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ハロウィンのこと

 
 狂ったような夏の日差しもすっかり和らいでいた。
 むしろ少し肌寒さすら感じた、穏やかな休日のこと。
 彼は誰にも邪魔されない惰眠を心地良く味わっていた。
 はずだった。
 どんどん!
 アパートの玄関が景気よくノックという名でぶん殴られ、
 がちゃがちゃ
 乱暴に鍵を開ける音、そして。
 「はーろうぃーん!」
 意味のないくらいに元気な声が狭い4畳半に響き渡った。
 ねむけ眼で乱入者を見つめる彼。
 そこにはかぼちゃの仮面をかぶった少女が一人。
 「とりっく おあ とりーとっ!」
 「うるさい、バカ」
 一瞥すると彼は再び眠りに落ちた。
 「……おーい、未紅ちゃんですよー。お菓子くれなきゃいたずらしちゃうよー」
 かぼちゃのお化けは小さく主張した。
 「お菓子なら冷蔵庫の中に魚肉ソーセージ入ってるから」
 「ソレお菓子じゃないしっ! ってか、いつまで寝てるのよ」
 返事はない。
 未紅は「うー」と小さく唸り、
 「とりっく発動!」
 その身をユウの蒲団の上に躍らせた。
 どす!
 「げふ!」
 「さぁ、未紅様の豊満な肉体に目を覚ますが良い」
 「ええぃ、重いわっ!!」
 ようやく未紅を蒲団ごと跳ねのけるユウ。
 「お、重くないもん!」
 頬を膨らませる未紅に、
 「なんだよ、その珍妙な格好は」
 枕元のメガネをかけながらユウ。
 「何って…ハロウィンじゃないの。知らないの?? まじ?」
 かぼちゃの仮面の下からしげしげと珍獣を見るような目つきの彼女に、彼は憮然とこう言い放つ。
 「キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭だな。起源は古代ヨーロッパの原住民ケルト族の収穫感謝祭がキリスト教に取り入れられたことにはじまる。そもそもケルト族の1年の終わりは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていたんだ。日本のお盆みたいなものかな。そしてこれらから身を守る為に仮面をかぶったとされている。今の形式になったのはお祭りって観点からであり、もともとはこんなに騒ぐようなものではないとオレは解釈している」
 「……まるで辞書を読んだような解答、ありがとう」
 「どういたしまして。それよりもだな」
 「ん?」
 「どーして未紅が部屋の鍵を持ってるんだ??」
 「そ、そんなっ! あの告白の夜を忘れたの?! 私の誕生日に「プレゼントだ」って言ってくれたじゃない」
 「どこの夢物語の1シーンだ、それ??」
 「そんなことよりっ! さぁさぁ、起きた起きた。せっかくのお休みなんだから、遊びに行きましょ」
 「せっかくの休みなんだからゆっくりしていたいというオレの意見も聞いて欲しいんだけれど」

 ちなみにいつの間にか複製させられた鍵はユウによってボッシュートされましたとさ。


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