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バレンタインディ

 
 薄暗いキッチンで、小さな鍋をコトコト煮込む女がいた。
 周囲には鼻につく甘い匂いが立ち込め、小鍋を見つめる彼女の目には狂気が灯っている。
 「うふふふふ、あとはこのザムザラ虫の足を入れて完成、と」
 ゴキブリの足らしきものをパラパラと小鍋に入れる。
 中は、やや白味を帯びた茶色のどろどろとした液体に満ちていた。
 「さぁ、完成よ。明日を楽しみにしていなさい、ユウ。これを口にした瞬間、アナタはアタシ以外の事は考えられなくなるのよっ!」
 女はニタリとその表情を歪める。
 深夜のキッチンにはやがて邪悪な笑い声に満ちていくのだった―――
 
 「はい、ユウ。バレンタインチョコ♪」
 きれいにラッピングされた小箱を、未紅は目の前の男に手渡した。
 訝しげに彼はそれを見つめ、おもむろにパチンと指を鳴らす。
 「ひぃ?!」
 唐突に音もなく、黒服の男達が2人を囲む。
 「鑑識に廻せ」
 振り向くことなく後ろ手に小箱を男の一人に渡すユウ。
 「「サー、イエッサー!」」
 男達はそれを受け取ると、いずこへと去って行く。
 「え、なになに?! 今の何なの、ユウ??」
 「「分析、完了」」
 「うわっ!」
 ものの数分もせずに再度男達が出現し、2人を囲む。
 目を白黒させる未紅に対し、ユウは平然と、
 「結果は?」
 「こちらに」
 問いかけに応じて1枚の紙が手渡された。
 彼はそれを一瞥すると、未紅に宣告するようにこう言った。
 「雑菌の基準値が大幅にオーバーしている。また使用してはならない添加物も使用しているね。何より賞味期限が過ぎているよ」
 「それってどこの不二家?!」


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