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秋の味覚

 
 校舎を一望できるもみじの大木の真下。
 仄かに湿気のはらんだ風を受けながら、安物のギターを抱えた彼は誰ともなしに呟いた。
 「秋も近づいてきたなぁ」
 「そうね、だから夕方は冷え込んでくるわよ」
 応えは彼の頭上。
 2mほどの高さのもみじの木の太い枝に腰掛けているのは少女だ。
 「そろそろ帰らない?」
 「先に帰ってな」
 愛想なく、彼はギターを抱えなおした。
 「むー! ホントに先に帰っちゃうんだからねっ!」
 ぽん、と枝からスカートを抑えつつ飛び降りた彼女は、彼の隣に置いてあったカバンを手にして数m小走りに歩き、
 クルリ、振り返る。
 「帰っちゃうからね!」
 その答えに、彼からはギターの音色が発せられた。
 「もぅ、ユウのばーか!」
 舌を出し、彼女は校舎への道を一人駆け去っていった。
 しばらく、余り巧いとは言えないギターの音色だけが辺りに響き渡る。
 ガサリ
 それはユウがギターを弾き終えてからのこと。
 彼の目の前の草むらが、僅かに揺れた。
 「??」
 彼が視線を向けると同時、そこから未紅が顔を出した。
 「……なにやってんだ、未紅?」
 「べつにー。ちょっと秋の味覚を集めてただけだよっ」
 彼女が胸の前で抱える両手には、山栗や木苺などが載っていた。
 「へぇ、ここってそんなのが成るんだ。思ったよりも田舎なのかな?」
 「かもね、あ!」
 未紅の手から木苺を一つ。ユウは自分の口に放り入れた。
 「ん、良い感じにすっぱいな」
 「勝手に取らないでよ」
 「そう言えば、未紅?」
 「ん?」
 「帰ったんじゃないのか?」
 「帰ったわよっ。帰ってからこれを集め始めたのっ!」
 頬を膨らませてそっぽを向く彼女に、ユウは小さく笑って言った。
 「帰ろうか」
 「ん」


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