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その味は?
時刻は夕方。
だが空はまだ青く、西の空には元気良く日の光が輝いている。
じりじり焼けたアスファルトの上を、1組の男女が歩いていた。
「暑いわねぇ」
「夏だしな」
「蒸してるわねぇ」
「まだ梅雨明けてないしな」
「受検、面倒よねぇ」
「大学行かないなら別にいいんじゃないか?」
「……なんで学校で夏期講習なんて受けないといけないのかしら?」
「仮にも進学校だからだろ、それに塾は高いしな」
少女の、半ば心ここにあらずといった愚痴に少年は素っ気無く答えていく。
やがて2人の前には一件のコンビニが目に入ってきた。
「ねぇねぇ、ユウくん! コンビニで冷たいもの買っていこうよっ」
「んー、そうだな」
そして2人はコンビニの扉をオープン。
「わっ、涼しーい♪」
「出たくなくなるな、これは」
言いながら、2人は各々で商品を物色していく。
レジを通過後、名残惜しそうに店を出た2人。
それぞれ購入したものを開けて、口にしながら帰路に戻る。
「なんだ、千夏。アイスにしたのか」
ユウと呼ばれた少年は、隣の少女のくわえるアイスキャンディーを見つめる。
空の色よりも薄い青の、中にブルーハワイ味のカキ氷が入っているものだ。
「ん。やっぱり夏といえばガリガリくんでしょー」
言いつつガリガリ食べていく彼女から、やや距離を置くユウ。
「ん? どうしたの??」
「そんな食べ方して、頭痛くならないのか、お前は」
「うん、ぜんぜん。ところでユウくんは何を飲んでるの??」
千夏と呼ばれる少女はユウの口に運ぶボトルを見る。
ペプシSHISOと書かれた、エメラルドグリーン色の炭酸飲料だった。
「綺麗な色だけど、身体に悪そうね」
「夏限定品で今しか飲めないそうだ」
「へー」
しげしげと千夏は、ペットボトルを傾けるユウを見つめる。
その視線はものすごく。
ものすごく物欲しげだ。
「……飲んでみる?」
「え……」
視線に晒されたユウは仕方なさげに千夏に告げるが、予想に反して彼女は小さく驚きの声を上げた。
「なんだ、別にいらないのか」
「そ! そんなことないよっ、飲んでみたいなー、なんて思うし」
「ほら」
半分ほど減ったそのペプシを手渡すユウ。
千夏はそれを恐る恐る受け取り、見つめる。
困ったような、恥ずかしいような、そんな微妙な表情でぼそぼそと彼女は呟いた。
「…でもこれって、間接…キスじゃ?」
「?? 何か言った?」
「う、ううん、何も言ってないよっ、じゃ、いただきまーす♪」
彼女は何かを振り払うようにペットボトルを口に運び、一気に傾けて……
「ぶふぉっ!!」
吹いた。
エメラルドグリーンの飛沫が、青い空に虹を描く。
「うぁ、きったねぇ!」
「な、な、な…」
「なんだよ」
「ユウくん、なによこれ! シソ味じゃないのっ!」
目に涙を貯めて千夏は訴える。
「そりゃ、そうだろう。だってペプシ『シソ』だからな。知らなかったのか?」
「うぅぅぅ」
「ペプシは去年はブルーハワイ、一昨年はキューカンバー(きゅうり味)と、なかなか独創的なものを出しやがるから油断できないんだよな。ところでなにも泣くことないんじゃないか?」
「うるさいうるさいっ、この純粋な乙女心を弄ぶ悪魔っ!」
「?? はぃ?」
いつしか西の空に日は沈み。
ユウには千夏の顔色が、夕焼け空に溶け込んでいるようにしか見えなかったそうな。
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