走れ!雪音ちゃん 前編
著 御調


1.此処は何処…?

 疾走する500系のぞみ。
 その風圧を受けて呆然と立ちつくす少女が居た。
 名は雪音。
 某サイトでマスコットキャラクターをしている少女だが、彼女はナゼ此処にいるのか自分でよく解らない状態であった。
 ―――ふくやま―――
 「雪音ちゃん、呆然としてるのも解るけど、アレ読んだ方がいいよ」
 どこからか、こんな声がする。
 ドラ○もんがヘリウムを吸ったような声だが、人影はない。
 声は背後からしていた。
 雪音の肩に下げられたディバッグから声がして、脇のジップ口から何かゴム突起みたいなのが突き出ている。
 その先にあるのはベンチ上に置いたクリアファイル。
 雪音はソレを取って開く。
 そこにはこんな文言が―――
 『広島の特産を5点以上探し当てる安芸路の旅、但しご予算1000円也』
 心の中を寒風が吹きすさんだ。
 事態を徐々にしか飲み込めなかった彼女だが、一つハッキリしたことがある。
 彼女は、叫んだ。
 「は…謀られたぁ〜!!」


 事の起こりはダイレクトメールが送られたことにあった。
 持ってきたのは乙音という、彼女の姉だ。
 「あら〜」
 と、いつものとぼけた声が雪音に届く。
 「どうしたのですか、姉上? また変なメールじゃないでしょうね」
 警戒感タップリの雪音の言葉には訳がある。
 初夏頃、プラ家の四姉妹を巻き込んでウィルスを蔓延させ、修羅場にしたばかりだからだ。
 ソレはさすがに悪いとは思ってるようだが「てんねん」な所から懲りていないフシがある。
 しかし乙音は便りの内容に得意げになっていた。
 「い〜いお知らせよォ〜」
 と、笑顔満面で雪音に相対するとこう話を切りだした。
 「えっと。平素はペルソナウェアのマスコットのお務め、まことにご苦労様です。そこで当社では近場ながら皆様方を順次慰安旅行にお誘いしたく思います。就いてはえれくとら様にて頑張っておられる乙音、雪音姉妹を初冬の岩国錦川・宮島の紅葉を巡る旅にお誘いしたく思います。日時を調整の上是非ご参加のお返事を頂きたく思います」
 「イキナリ何ですか? ウィルスより拙くないですか?」
 最近トラブルが先に立っている雪音は話の経緯に怪しいモノを感じたが、乙音は全く違うようである。
 「タダで旅行に出られるなんて何年ぶりかしらぁ〜! 日時調整なんて野暮なこと言わずに明日にでも行きましょう!」
 雪音の心配をよそに、既に旅行に出るつもりでいる。
 こうなると彼女は全く聞く耳を持たない。
 血へドを吐かしてマットに沈めるのは簡単だが、現在雪音は『イメージ向上警戒月間』中である。
 タダでさえ凶暴というイメージが先行しているため急遽自重のため設けたばかりである。
 禁煙を耐えかねた世の親父様のような煮え切らない気持ちはあったが、喜びに浮かれる姉を無下に張り倒す趣味はないんだと、心に言い聞かせていた。


 翌朝新大阪駅。
 地下鉄駅を降り立った二人を迎えたのはノーネクタイのコンダクターであった。
 「ぉ、お待ちしておりましたぁ! お二人様。私今回の旅のご案内をさせていただく楳田と申します」
 しかしオーバーアクション気味な見るからに怪しいコンダクターだ。
 『ヤッパこの旅行、怪しくない?』
 と、いぶかしむ雪音の心配をよそに、
 「愉しい旅になりそうですねぇ」
 無神経丸出しの乙音。
 その答えに楳田は過剰反応を始めた。
 「見目麗しき曼珠沙華とうら若き桔梗のようなご姉妹には冷たい風の鍛えた赤! 紅葉の雲を仰いでもらいます! お二人を待ち構える秋の楽天地はくぉちらです!」
 と言うやパンフレットを拡げる。
 そこにはメールにもあったように錦川の紅葉、掛け替えが進む錦帯橋、そして宮島が描かれていた。
 「是非お願いしまぁす♪」
 ノリに弱いのか、乙音がもうすっかりその気だったが、
 『やっぱ怪しい』
 雪音はどうも腑に落ちなかった。


 のぞみに乗り込み、まずは広島を目指すのだという。
 普通の指定席だったが別に殺人級の混雑があるわけでなく、実に快適に山陽路を西進していた。
 しかし話がおかしくなったのは岡山を過ぎた辺りであった。
 楳田は岡山駅に着く前にケータイを受けたあと所作がぎこちなくなった。
 岡山駅で一旦席を外した後、戻って来るや小忙しくゴソゴソし始めた。
 そして倉敷を通過した辺りで楳田はこう切り出した。
 「ソレではおふたかたに一足早く広島の雰囲気を味わって貰いましょう。名物・もみじまんじゅうです」
 そして10個入りの箱詰めを取り出した。
 無邪気に喜ぶ乙音に、しかし楳田は遮った。
 「タダでは駄目です。一つずつ食して頂いて、アタリが出たらもう一つオプションを用意させて頂きます」
 と言うや、うやうやしく箱を差し出した。
 「王様と乞食ゲームみたいなものですね」
 なにげに言った乙音のこの一言があとで修羅場を召還するとは、本人でさえ予想が付かなかった。
 「まずお一つ…」
 先攻は乙音。モグモグがモシャモシャに変わった。
 「………変なお味ですね」
 「ハイ外れ! きなこです」
 ぶっ!
 楳田のコメントに乙音はお茶をかきこんだ。
 嫌な予感を背負って雪音が後攻。
 「はぐ…む…ぅぁぁああああああ! 舌がぁーー」
 「ハイ…鷹の爪(唐辛子)入り」
 やはりお茶をかきこむ雪音。
 こんな調子でゲームが進行していく。
 「すぅぅっぉぉぉぉぉおぉおーーー鼻がとぉおるぅ〜」
 「ハイ! わさび餡!」
 ガブガブ
 「げほっ!」
 「ハイッ! 龍角散」
 ごくごくごく!
 「しぃぇぇええええええええ…歯にシミるぅ〜」
 「ハイ…ソレは…あ…正露丸だ」
 オエぇぇぇぇぇえぇぇえええええ!!
 「あの…楳田さん?」
 たまらず雪音がエクキューズ。
 「何でしょ?」
 「もみじまんじゅうって確かいくつも味があるんですから、こんな凝った仕掛けしなくても」
 鋭い指摘に楳田が寸秒の沈黙ののち、
 「さぁあと半分、アタリのこしあんは間近です!」
 まるで意に介さない。
 ジト目で次のまんじゅうに手をつけるが、修羅場は続いた。
 「うぇ」
 「ヨモギ餡はもみじまんじゅうには無いです」
 「コレって餡じゃなくヨモギそのものじゃん!」
 「ぶ…なんかヘン」
 「ガラムマサラ。カステラまんには合わないか」
 「合いません」
 「あ…コレおいし」
 「蒟蒻畑も外れ!」
 「でも久々口が落ち着いたわ……」
 そして図ったように最後の対戦。
 「イヤ…最後までもつれるとは正直思いませんでしたが、泣いても笑ってもコレが最後」
 楳田のかけ声で両名一つずつまんじゅうを取る。
 「いっせいのせ、で………がぶ!」
 かぶりつく二人。
 「やった〜!」
 歓喜に溢れた声を上げたのは雪音だった。
 「うぶ! …なんなの…コレ?」
 「ソレは練り歯磨き! 確かにツライ」
 情け容赦ない楳田。むせる乙音をしりめに、
 「オプション獲得は雪音ちゃんだぁ〜っ」
 と、雪音の腕を天空に上げる。
 「で? オプションって何ですか?」
 そう訊ねる雪音だが、口許が歪んでいる。
 なんか嫌な予感が拭えなかったからだ。
 しかし楳田は答える代わりに、
 「ソレでは目を閉じて、さん! にぃ! いち!」
 と、カウントダウンを始めた。
 雪音が「ぜろ!」の声を聞くことはなかった。
 コレがアノ悪夢の始まりになろうとは………
 雪音は辛うじて膝が崩れ落ちるのを感じ取ったが、激しい睡魔にその感覚の全てを奪われた。


2.怪しい? 男

 呆然と福山駅のホームに佇む雪音だったが、彼女には此処がどういう所かさえ解らない。
 譜代大名・水野藩主の福山城はどうこうなんて余裕などあるはずもなく。ましてや、
 「だいたい広島名産5つ以上って1000円でどうやって揃えるのよ」
 このこと自体がもう無理難題であった。
 しかもファイルには「漱石さん」がいる様子がない。
 まさぐり回してファイルを裏がえさんとする雪音にまた背後の声が、
 「雪音ちゃん、そこに磁気カードが」
 と、教える。
 足元を見ると、ファイルから落ちたのだろう、一見テレホンカードらしきモノが落ちていた。
 拾い上げて見てみる。
 『ぱせおかーど
 確かに券面に1100円とかかれてある。
 背後の声が続ける。
 「ボクの記憶が確かなら、ソレは広島近郊で交通費に使えるプリペイドカードですね」
 雪音は再び呆然とした。1000円ってこれのこと??
 ようやく我に返って一言。


 「ところで『くー』? なんでアンタ当たり前のようにそこに居るの? アンタお留守番だったでしょ?」
 相手は背後の声の主である。
 『くー』とはペンギン様の知的生命体でポリエステル65%綿35%…じゃなかった、その80%がぬいぐるみで出来ている以外は国家の謎? とされている。
 雪音のペット兼サポーターとして彼女と常に行動を共にする。
 「置いてけぼりは酷いよ」
 「誰がペルソナのサポートをするのよ、みんなイキナリ出てきてサイトがからっぽになったら、ユーザーさん卒倒するわよ。だいたい無断でディバッグに忍び込むなんてアンタ『サヴァイブ』のチャコか?」
 「細かい話は置いといて、今はこの状況をナントカしないと」
 「するわよ!」
 「切符無いんですけど」
 「……歩く!」
 「ボクの記憶が確かなら、福山から広島までは優に100キロありますよ。雪音ちゃんの早足が時速4キロですから歩きづめで25時間…」
 「やかましい! だいたい何でアンタ観秋ちゃんモードなのよ」
 「今回ボクは雪音ちゃんをサポートするアンドレアス・シュルツ役なんですよ」
 「あたしゃ増岡浩か?」
 今年も健闘をお祈りいたします。
 ともあれ福山駅を出て西に歩き始めた、くーを背負った雪音だが、2キロも歩くとすぐ足が悲鳴をあげた。
 歩きを殆ど考慮していない靴だったのだ。
 「あいたたた…イキナリ歩くと」
 「休んだ方がいいよ…雪音ちゃん」
 「冗談じゃないわ。こんな異邦の地で早々悲鳴を上げてノンビリしてられますかっての」
 「そう言うときは地元のかたに話を訊くもんですよ」
 「誰にそう訊くの?」
 「例えばあそこ」
 くーが促す方向の河原に、バックパックを降ろしマットを敷いて休んでる男がいた。
 「なんか随分旅慣れしてるかたと見受けますが」
 とりあえず処方無し、くーの提言に乗ってみる雪音。
 「こんにちは。旅されてるかたですかぁ?」
 雪音が声を掛けると男は、意外だという顔はしたが席を空けて促した。
 「疲れたけぇのう。休むんならこっちに来ンさい」
 そう言うと男は水筒とカップを出してお茶を勧めた。
 「そっちはハイキングか? …にしちゃあ装備が無さそうじゃのう」
 答えに窮した雪音は、お茶を受けながらこう事情を説明した。
 「……寝てたら相方に駅に置いてけぼりにされたの。仕方ないから広島まで歩いて行くのよ」
 男は絶句。
 「ワシは今朝、尾道駅から歩いてきたけど結構たいぎぃ(疲れる)でぇ。その格好で広島に着ける訳無いじゃん」
 「そぉですよねぇ……」
 力無く答える雪音。
 男は雪音に靴と靴下を脱ぐように言う。足にマメが出来てるのを看破されたのだ。
 「ワシもマメが出来そうじゃったけェ休憩しとったんじゃが、アンタもう出来とるじゃん」
 と言うや、男は縫い針を取り出してライターであぶり、絆創膏も出してこう言う。
 「ワシがオナゴの足を取る訳にゃあイケンけぇ、『水を出す』のは自分でやりんさい」
 足の手入れをする雪音は男に訊ねる。
 「ところで広島の特産品って、ナニがありますか? でも全くお金がないんでモノも買えないし」
 それに男は、
 「罰ゲームまであるンかいの。しょうがない…」
 と言いかけてこう言い出す。
 「ソレ持って行ってもイイんよ」
 急に言われて雪音は戸惑う。
 「ほら、持っとるソレよ。縫い針」
 「コレですか?」
 すると男は縫い針の袋を出す。
 「国産のほぼ10割の縫い針を生産する会社(萬国製針)は広島市にあるンよ。コレで文句無いよ」
 瓢箪から駒、足止めどころか収穫を得て雪音は少しやる気が出た。
 男は更にうなって、
 「コレ……履くか?」
 と、ザックから有るモノを取り出した。
 「ワシの非常用じゃが、今はアンタのほうが必要なようじゃ」
 男と別れた雪音は………
 「下駄ァを鳴らァして奴がァきたァ〜」
 と、くーが突っ込む状態に。
 「あたしゃ、かまやつかいッ!」
 カラコロカラコロと音を立てて歩く雪音。
 鼻緒の当たる辺りは絆創膏だらけで補強し、男の薦めでコレを履いて歩くことになった。
 下駄は足が露出しているので、馴れないと辛いが、蒸れから来る足の痛みからは解放される。
 コレにはもう一つ訳がある。
 『下駄は此処の近くの松永の名産じゃ。下駄飛ばし選手権もあるけぇ、文句は言わんじゃろ』
 と言うことで既に男から二つの課題を消化した形になった。
 そうして雪音達は、尾道市にたどり着いた。


3.疑惑

 日がすっかり高くなり、雪音を深刻な事態が襲う。
 「腹へったぁ〜」
 確かに罰ゲームで、もみじまんじゅうを食べはしたがマトモに食べていないので、すぐに空腹が来る。
 尾道とはいえ、よく言われるあの風景まではまだ遠く及ばず、傍のうず高い造船ドックの壁によりかかりたいばかりになった。
 近くのバス停のベンチで座り込むと、雪音は恨めしく「但しご予算1000円也」のパセオカードを恨めしく見た。やってくるバスはこのカードが使えないのだ。
 「ど〜やって広島まで行くやら」
 カードをポケットに戻すとき、雪音は紙切れがあるのを認めて取り出した。
 ソレにはこう書かれてある。
 『ヒッチハイクの方法――乙音』
 じわっと涙が。
 「姉上………」
 気を取り直して雪音は歩き出した。
 ?
 ヒッチハイクは歩き出したら成り立たないだろ?
 しかし雪音は歩きながら歩道の縁石辺りを指さして、ひたすらカラコロカラコロ歩き続けた。
 すると尾道大橋が遠く見えだした辺りでエンジン音が近付いてきた。
 ソバに滑り込んできたのは黄色いセダン。
 ちょっと排気音が怪しいが、乗っていたのは若い女性だった。
 「アンタひょっとしてヒッチハイク?」
 ちょっと朦朧気味の雪音。力無く頷く。
 雪音を拉致宜しく助手席に引き込むとセダンは猛然と駆け出した。
 「ウチは鴨渡 舞妓(かもと まき)。アんタは?」
 「雪音」
 「へとへとやん。下駄履いてるしなんかタチの悪いゲームでもしとるんやね?」
 「うん………」
 さすがに空腹で30分以上も歩けば元気もなくなると言うもの。
 「どこまで行くノン?」
 「広島まで」
 「さよか。ほならウチも広島に用があるさかい、一緒に行ってそのタチの悪い友達をウタワしたロや」
 キツイ関西弁だが言葉尻は優しい。
 しかしこのあと彼女の会話で雪音は空腹が飛ぶほどになる。


 クルマが前に進まなくなった。
 急に苛ついた女性…舞妓は雪音に話題を振る。
 「御免ねぇ、雪音ちゃん。糸崎の渋滞にハマってしもうた。これヤから三原はイヤなンよ。渋滞を避けよう思うたら隣町の山まで入らにゃあならへんノンよ」
 「いつもなノ?」
 「此処はいつもそう。幹線国道がこうも頻繁に渋滞するンは広島ぐらいやね」
 「そうなんだ」
 「ちょっと渋滞の出口まで話し訊こか。どないしたんな?」
 「姉と一緒に旅行に誘われたんだけ、途中のゲームで睡眠薬を盛られて気が付いたら福山駅のホームに」
 「手が凝ってンなぁ。普通睡眠薬盛る?」
 「で、このていたらく」
 クリアファイルを拡げて舞妓に見せる。
 「なになに…特産5つ求めて広島まで。1000円プリカだけでェ? しかもヒッチハイクの方法はオージー式の消極的(※)なものだし、どう見てもこりゃイジメだわ」
 (※オーストラリアで使われる「捕まらなかったら歩いていきますよ」という意思表示のハイクサイン。日本人は普通ヒッチハイクと解らない。苦)
 「特産の方は幸い、旅の人に二つは貰ったんだけど」
 「なんヤ知らへンけど、とことんタチが悪いゲームやなァ。承知で参加した…訳無いな」
 「普通の招待旅行だったんだけどなぁ」
 トロの様な情けない顔で涙の雪音。
 「招待? ソレって最初から出来レースのハメっちんぐや無いノン?」
 出来レース。
 「そう言えば姉上が招待メールを取ってきただけで、アタシ文面は見てないし。そういやゲームやる時に姉上は『王様と乞食』なんて言ってたし、だいたいゲームで勝ったのはアタシだったし」
 そう呟く雪音の表情は夜叉だった。
 そら寒い空気が車内を包むが、舞妓はそれに一気に火を付けた。
 「ソレでヒッチハイクが歩き優先のサインじゃ、何処から何処を取っても怪しい話しでんな」
 雪音から『ピィ〜ン』と言う音が聞こえたようだった。
 「はかったなぁぁぁ、姉上!」
 劇画調の陰影が雪音を包む。
 「うわ〜、シャアに謀られたガルマだわ」
 そう言うや、舞妓は右に急ハンドルをきった。
 「うわたた」「あたた」
 雪音がしたたかシートに頭を打つが、もう一人声がした。
 「ふへ?」
 声の主はリアシート。雪音が振り返るとやはり頭を押さえた同年輩の少女が居た。
 「アンタ誰?」
 「ヒッチハイクで拾われた雪音っていうんだけど…?」
 答える雪音に少女は表情を失った。
 「あんた………クルマ強いほう?」
 「乗ること自体珍しいよ」
 「うあわわああぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
 「どうしたの?!」
 「この先、胃袋が裏返るわよ?」
 「失礼な」
 少女の言い分を否定する舞妓だが、周りを見てみるとすれ違うのも難儀な古い住宅地の道路をぶっ飛ばしている。
 がくぅっ! ごきぃい!
 連続クランク。
 すこぶる冷静な舞妓以外の車内は修羅場と化していた。
 『また渋滞明けの暴走だぁ〜』
 少女がナミダ顔で訴える。口を開こうものなら間違いなく舌を噛むからだ。
 『いつもこんななの…この人?!』
 と訊ねることも、イヤ、彼女の名前すら訊けない雪音だった。
 ザックの中のくーは………限りなく絶命に近い失神状態であった。


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