BLACK POINT 〜 日陰の晩餐会



Second Experience / Slush and Cross,my Friend... 

 三人は廊下を歩く。そして横開きの扉の前で立ち止まった。
 「ここね、B組は」弓が開けると四十人クラスの内の三分の二はすでに思い思いの席に腰を下ろして、それぞれに自己紹介なぞをしている者もいる。
 「どっかに座ろう」空いている机を捜す僕に対して殺気が走る!
 それに僕は身を翻して交わした。騒がしかった教室に沈黙が広がる。
 「俺の剣を交わすか,中々だな」ロンゲのガクラン男が手にした木刀を降り下ろしたまま、僕を睨つけた。
 「どういうつもりだ,お前!」身を起こして僕はそいつ叫ぶ!
 「気に食わないんだよ,お前」鋭い眼光で僕を睨む。
 「いきなり両手に花を見せつけられちゃな」あやうく机の角に頭をぶつけるところだった。そんなことで殴り掛かってくるのか,こいつは!
 「ドクダミの花で良ければあげる…」
 「誰がドクダミよ!」弓のジャンピングニーパッドが僕の顎に炸裂。その鮮やかな,バーチャファイター顔負けの迫力に、木刀男他,守っていたクラスメイト達から自然と溜め息と拍手とが漏れた。
 「ドクダミであることを認識しているようだな…」小さな僕のその呟きは、弓のカバンぶん投げによって報復される。
 「すまない、どうやら俺は誤解していたみたいだ。南部 咬,よろしくな」木刀男が手を差し出す。何の誤解何だろうか?
 「僕は那孝 螢,よろしく」そして僕はその手を取った。
 不意にざわめきが弱くなる。僕は背中をつつかれる。
 「先生が来たようですわ,席に着いた方が」恵が言う。隣の席を取っておいてくれたようだ。ありがたく僕はそこを占拠する。
 「はーい、静かに,私がこのB組の担任になる榎本 和美よ,教科では物理を教えますからね」背の低い,子供のような先生だった。
 多分制服を着れば、中高生に見えないこともないだろう。肩まであるウェーブの掛かった髪をカチューシャで纏め、服装はまるで無理した子供がスーツを着ているようにも見える。
 「ん?」担任榎本と目が合う。
 「そこの,私が子供だと思ったわね」ビシッ,と僕を指さす。な、何故!
 「い、いや,若く見えるなーって,ハハハ…」しかしこの意見は僕に限ったことではないはずだ。さっきの木刀男,南部もまた僕の前の席で小さく同意するように頷いている。
 「私は某K共和国で五歳の時に大学を出て以来、こうして講師を努めているの,担任をやるのは始めてだけど。て、訳で今は花も恥じらう十四才よ」榎本の言葉に教室は完全に静まり返り…そして。
 「え〜!」
 「ありかよ、そんなの!」
 「中学生じゃない!」
 「どうなってんだよ,この学校は…」
 「まぁ、お若いのに大変ですねぇ」
 最後は恵だったりする。校長と言い、この先生と言い、よく教職が取れたものだ。
 「ほらほら、黙らっしゃい。ここでは私が法,神なのよ!」
 「それなんか違う…」どさくさに紛れて榎本はでたらめを言っていたりする。
 ガラッ,意を決したように一人の男が立ち上がる。角眼鏡を掛けた、神経質そうな何か学者を目指しそうな,足を踏み外したらマッド何とかになりそうな奴だ。
 「榎本さん,貴方が物理教師ならばお聞きしますが、エネルギーの最終的な形は何だとお考えですか?」そして眼鏡を直す。突然のアカデミックな話に教室は静かになった。
 「熱よ。質量と速度の熱への転換は証明がまだだけど、私が今開発している超小型,ハイパーサイクロトロンのサイクロ七号を使えば証明される可能性大いに大ね」言ってウインクする。
 「…先生と呼ばせて下さい!」目を輝かせて眼鏡の男。
 「…はぁ」疲れた,どっと…。
 「て、言う訳で自己紹介に行ってみよう,端から順にね」どういう訳だと突っ込みを入れたくなったが、この先生だと因縁を付けられそうなので自分を押さえる。
 最初はこの榎本を先生と認めた眼鏡男からだった。
 「僕は樋口 朗です。趣味は科学,将来の夢はこの科学の力を使って…フフフ,ハッハッハ,ヒャーヒャッヒャ!」こんな奴ばっかなのか,この学校…。
 「ホホホホホホ!」
 「先生も一緒に笑わないで下さい!」弓が溜まりかねたように叫んだ。
 そして僕の紹介も特に目立つ事なく終わり、全部終わった所で昼のチャイムが鳴る。
 「うーし、自己紹介も終わってお互い良く理解し合ったところで」
 「してないしてない」しまった,つい口が出てしまった!
 「では、那孝君,君と…そうね、南部君と樋口君,外のサクラ林で花見するから酒、買ってきて」言って榎本先生は懐の財布を僕に投げ渡す。
 「酒って…あんたなぁ」
 「十四の私が飲んでんだから、あんた達も飲めるわよねぇ?」
 「学校で酒を勧めるな,それも未成年に!」と南部。でも君が一番飲みそうだよ。
 「フッ,学校内は治外法権なのよ。さ、行っといで,つまみも忘れずにね!」
 そして僕達三人は教室から追い出されてしまった。
 「…ま、いいか」呟く。
 「そうだな,こういうのは嫌いじゃねぇ」木刀を肩に南部。
 「ところでお金はいくら入ってる?」樋口の言葉に僕は財布を開ける。
 「…ま、持てるだけ買ってこよう」中の金額を忘れるように、僕は二人に言った。
 サクラが風に吹かれて散る、散る。学内におよそ二十数本の桜が植えられている場所があった。何でも校長がわざわざ造らせたらしい。
 そこで僕達三人は、持てるだけの酒,ジュース,菓子ツマミを揃えて皆を待っていた。
 「あ、来た来た」何処から取り出したのか、オペラグラスを覗いて樋口が言う。
 ぞろぞろと、榎本先生を先頭に何かを持ってうちのクラスの連中がやってくる。
 「よ、ご苦労!」しゅたっと右手を挙げる先生。
 「何です,その道具は…」皆が持ってきたものに目を配りながら僕は尋ねる。
 「見て分かんない? 炭に金網,そして食材。バーベキューに決まってんでしょ,良く考えたら昼御飯まだだったし」さらりと言う。十四才と年下のはずなのに、経緯はどうであれ、行動や物腰に僕よりも大人に感じる。
 「でもいいんですかぁ? 勝手に調理室から持ってきちゃって。家庭部の人達困るんじゃあ…」
 「登山部の人達も驚きますよ」恵と弓が先生に言った。
 「後でちゃんと返しとけば良いのよ、返しとけば! 小さいこと,気にしない。さ、さっさと準備に入った!」いいのか、それ…。
 「先生,ライターかマッチありませんか?」生徒の一人が、ブロック塀からかっさらってきたそれで造った暖炉を前に、叫ぶ。
 「おう、俺が持ってるぜ,ほらよ!」買い出しのお蔭で仕事免除となった南部が答え、そいつにポケットから出したジッポを投げ付ける。
 「何であんたライター持ってんの?」レジャーシートにあぐらをかく先生が鋭い視線で南部を睨つけた。さすが腐っても教員、鋭し!
 「せ、先生,ささ,一杯…」初めて合った時の雰囲気は何処へやら、清酒・美青年を勧める南部,タバコは駄目でも酒は良いのか…。
 「おっとっと…じゃ、御返答ね,ほら、準備は他の連中に任せて良いから,那孝君と樋口君,こっちにきて飲みなさい!」語尾は断定。日本語は難しい。
 僕と樋口は顔を見合わせ…仕方なしにレジャーシートに腰を下ろす。
 「ささ、どうぞ」渡された紙コップに並々と清酒・美青年を注ぐ先生。南部,いきなりこの酒の封を切るか?!
 隣で樋口は困ったような顔でコップの中身を見つめている。おそらく酒は飲まないのだろう,こいつは。
 「では我々の新たな出会いを祝して,乾杯!」コップを高く掲げる先生。
 「いいんですか,先に乾杯してしまって」
 「何度もすりゃ良いのよ,そんなこと,ささ、飲んだ飲んだ!」
 「あぼあぼ…」無理矢理飲まされる樋口。あ、一気に飲まされた…。
 「…H,He,Li,Be…」無表情に原子表を呟き出した,危険だ。僕は心なし、樋口から一歩離れる。
 「あら、那孝君,もう飲んだの? さ、もう一杯」
 「あ、どうも」ちなみに僕は未だかつて酔ったことはない。そういう体質らしい。
 「ささ、先生も」先生から瓶を奪って南部が勧める。榎本先生は至上の笑顔でコップの中身を飲み干すとそれを受けた。
 そんなこんなで肉の焼ける良い匂いが漂ってくる。
 「やだ、螢ったら本当に飲んでるの?」弓の声。先生の視線が僕の背後に移った。
 フッ、捕まったか。軽い溜め息が僕と、そして南部から漏れる。
 「さ、本庄さんも飲んだ飲んだ」紙コップを渡され、本日四本目、清酒・鬼ごろしを並々とそれに注ぐ先生。
 「あの、その…まずいんじゃ…」後ろに下がる弓。しかし捕まり座らされる。
 「まずいだぁ? 私の酒が飲めないって言うの? 不思議なことに下がるわよ,物理の成績」誰だ、こいつに教職認めた奴は…。
 「…Rb,Sr,Y,Zr…」
 「そんなぁ…」
 「ほらほら」
 僕の背中がつつかれる。振り向くと僕の背に隠れるように屈んだ恵の姿がある。
 「バーベキュー、焼けましたわよ、逃げるなら今のうちですわ」もしや弓をここに仕掛けたのは彼女か? そんな想像がよぎるが、ここは彼女の言葉通り、僕は南部を連れてこの場を逃げ出した。
 「…ぐぅ」
 「さあさあ、もう一杯行ってみようか!」
 「…うぷっ」



 「いいか、焼肉は火力だ、火こそが力、旨味なのだ!」そこでは一人の男がそう解説しながら火を操っていた。聞く者半分、無視する者半分…。
 「…校長先生」
 「まぁ、お父様」それに校長はこちらに振り向く。
 「おお、朝の青春少年と恵ではないか! お前達のクラスであったのか,ぬ!」厳しい顔で僕につかつかと歩み寄る。
 「…酒の匂いがするな,お前達,酒を飲んでおるのか!」叫ぶ校長。僕は無言で後ろを指さす。
 「ひ、ひどいぞ,榎本先生,ワシを誘ってくれないなんて!」そして酒盛りする三人の元へと校長は走り去って行った。論点が違ったか…。
 「この校長にしてこの学校有り…か、こんな言葉、使わないと思っていたぜ」
 「ああ…」南部の呟きに僕もまた、頷く。
 「まぁ、父のせいで焦げてしまっておりますわ…」恵の声が乾いた僕達の心に空しく響いていた。
 そして宴は夕方まで続いたのであった…。



 日はすでに内地へと傾き、沈み掛かっている。一番星が天頂で淡く瞬いていた。
 「じゃあな、また明日」
 「お気を付けて」
 「じゃあね」僕は南部と恵に校門前で別れを告げると、弓の寝息を肩に家路へと急いだ。
 結局、榎本先生は校長という味方を得て、クラスの奴等全員に酒を飲ませて回っていた。収拾の付かない状態に僕は南部とともに脱出を決行,恵の協力もあって宴会場から逃げ延びることができた。
 今頃きっと、あっちの世界へと行った樋口と榎本先生,校長が三人で、泥酔したクラスの奴等を回りに撒き散らして、飲み明かしているに違いない。
 「うう〜、螢のバカ…」呟く寝言がすぐ左耳に聞こえる。何の夢を見ているのか。
 明日から新入生に対しての部活動,サークルの勧誘が解禁されると校長が言っていた。
 弓は習い事として幼い頃から弓道をやっていた。中学でも部員の少ないそれに入っていたのだが、やはり高校でも弓道部に入るのだろうか?
 ちなみに南部はこの学校にはスポーツ推薦的に入学した為、剣道部に入部することを暗黙のうちに決められているようだ。何でも中学剣道界でトップで立ちそうで、立たなかった男なのだそうだが(榎本先生談)。
 僕は…中学時代も帰宅部だった僕は何も決めていない。運動関係は苦手ではないのだが、どうもそれ一種目を重点的にやりたいとは思わない。趣味もこれといってないし…,もしかしたら、いや多分この高校でも部活には入らないだろう。
 「螢も弓道部に…入ろうよ…」小さな寝言。彼女のそれに僕は小さく微笑んだ。弓の赤い髪が僕の頬に掛かる。そして帰るべき家をようやくその視界に捕らえた。
 「ただいま!」玄関を開ける。
 「おかえりなさい」台所からの声、そしてスリッパの足音。白いエプロンが良く似合う逸美さんが玄関まで出てくる。
 「まぁ、どうしたの,弓ちゃんは?」逸美さんは僕の背に目を向ける。
 「泥酔してるんだよ。寝かしつけるから、着替えとかお願いしていい?」弓の部屋は二階にある。階段を上りながら僕は逸美さんに言った。
 「螢君がやってあげたら,きっと後で喜ぶわよ」
 「…逸美さんも冗談を言うんだね」しかし目が本気だった。
 「? 二日酔いの薬もいるわね。持ってくるから」そして僕は弓の部屋を開ける。
 ベットと机,小さな本棚とタンス。それだけの簡素な部屋だ。飾り気のないその部屋は僕の部屋とかなり共通している。やはり飾り気イコール色気という等式は成立するのか?
 僕は弓をベットに下ろす。弓は関節の固定されていない人形のように、力なく横たわった。顔に掛かった髪を避けてやると、安らかな寝顔が露になる。
 こうして見る分には可愛いのだが…不意に浮かんだその言葉を頭を振って打ち消した。弓にそんな感情を抱くなんて,僕も少し酔ったのか…。
 「アッパ〜カット!」突如、弓・泥酔バージョンからのアッパーが僕に炸裂する。力が入っていないのでさほど痛くはないが…やっぱり酒は程々がいいとしみじみ思う。
 「じゃ、後は私がやっておくわ」逸美さんがお盆に薬と水の入ったコップを乗せて部屋に入ってきた。
 「狂暴だから気を付けて」言いながら扉を閉める。
 「はいはい」逸美さんは笑ってそれに答えた。
 明日、全員が果たして登校できるのであろうか…そう言えばこんな無茶苦茶をやっていたクラスはうちだけだったのか? 同じような光景が他のクラスでも当てはまっていたら…新聞で取り上げられるに違いないな。



 昼のチャイムが鳴る。この時間までにクラスメイトの約三分の二が学校に来ていた。朝などは三分の一もいなかったのだが、ちらほらと遅刻しながら登校してきている。
 本格的な授業は三日後の来週から。今日は金曜日,土日休日だ。
 今日はガイダンスということになっており、人数が揃わないにも関わらず、榎本先生は学校の説明、授業での単位の方式もろもろ、結構重要なことをさらりと説明している。
 さらに学級委員その他も勝手に決めてしまう。反対もできるのだが、皆二日酔いでそれどころではないらしい。おそるべし、榎本,これも計算のうちか…。
 唯一正気の僕と南部はこれといった役職は貰わなかった。
 なお、恵と弓が学級委員に選ばれた(選んだと言った方が正しい)。
 「何で…私が…」
 「がんばりましょ、弓さん」机に突っ伏した弓に恵は微笑んで言う。この娘はちなみに昨日、酒は飲んでいない。立ち回りがうまかった為だ。弓にも少し見習って欲しいものだ。
 「じゃ、そういうことで,午後の予定も午前中にやったから今日は終わり!」言っててきぱきと教卓を片付ける榎本先生。こういうつまらない説明が早々に終わるのは願ってもいないことだ。でも何か急いでいるように見えるが…。
 「先生、何かあるんですか?」昼休みに入って僕は座ったまま尋ねる。
 「今日デートなの」資料を鞄に詰めて、担任。
 「…売春?」呟く南部の額にチョークが突き刺さった。
 「私とあの人とはもっとプラトニックなものよ」相手の年齢によるぞ、それは…。
 「じゃ、碇さん,後はよろしくね。取り合えず三時までは授業ってことになってるから」学級委員の恵にそう言い残し、榎本先生は有無を言わさず教室を後にした。
 「…三時まで暇なのか…まぁ、昼だし、飯食いに行こうぜ」南部が誘う。
 「飯…そうだな、弓も行くか?」二日酔いの彼女は小さく頷いた。
 「あ、私も行きますぅ」恵が走り寄ってくる。あ、転んだ…。
 「どうして何もないのに転べるんだ?」床に鼻の頭をぶつけた彼女に手を差し出す。
 「痛いの…」手に何か持って、彼女は目を潤ませた。
 「行くぞ!」南部が言う。その後ろに頭を押さえた弓がフラフラと就いて行く。僕は恵を伴ってそれを追いかけた。



 昼の食堂は混んでいた。まるで通勤ラッシュのようだ。そして次々と品切れの品物ができる。
 ここは高等部専用の食堂。ちょっとした体育館くらいの敷地面積があるが、メニューは少ない,購買のパンもすでに売り切れ,席は空いていないの三拍子。
 「のんびりしすぎたようだな」悔しそうに南部。
 「大学の方行って、食べようか」しかし僕の提案は却下。ここらか歩いて三十分ほど掛かるのだ。ならば外に出て食べた方がなんぼか早い。
 「やっぱり,父の言っていた通りでしたわねぇ」知っていたのなら教えてくれ、恵。
 「うどん…ならあるみたい」食券販売機を見て、弓。確かにそれとそばだけは売り切れのランプはついていない。
 「かけそばか,素うどんか…明日はもっと早く来よう」僕は言って、自販機にコインを掛ける。
 「あ、待って下さい。私、こうなると思ってたんで、たくさんお弁当を作って参りましたの」恵が言って手にした鞄を見せる。
 「弁当? 作ってきてくれたの?」意外な言葉に僕は聞き返す。それに彼女は微笑んで頷いた。
 「はい、外の広場で皆で食べましょう!」彼女が鞄を開くと、中には数段の重箱が入っていた。良い匂いがしてくる。
 「ありがとう、恵ちゃん,助かったよ」それに彼女は照れたように笑う。しかしだったら最初に言ってくれれば食堂にくる必要はなかったような…。
 「そうならそうと早く言ってくれよ,さ、行こうぜ!」嬉しそうに南部。
 「はへらほえ〜」へばった弓が僕にもたれかかる。本格的に駄目らしい。
 「背負ろうか?」それに力なく首を縦に振る。
 「弓さん、大丈夫ですか?」
 「あはり、らいびょうぶらない…」あまり大丈夫じゃないと言っているらしい。
 「三人は先に行っててくれ、俺、何か飲み物買ってくるわ」言って南部が走り去る。 弓を背負って恵とたわいのない話をするうちに、校門近くの広場へやってきた。
 ベンチが数多くあるここは、食堂でパンを買った主に高校二,三年生がおもいおもいに陣取っている。運よく空いているベンチを見つけ、僕達はそこに腰を下ろす。
 暖かな真昼の日差し,ほんわかとした空気が僕達を取り巻く。
 植えられた木の影が風に吹かれて僕を覆う。小さな噴水を中心にして、簡単な茂みを作るほどの木々で囲むように、この円形の広場は造られている。主に高等部の生徒の憩いの場として用いられているようだ。
 「あ〜、良い風」
 「本当,すっかり春ですねぇ」弓の言葉に恵が相槌を打つ。僕はベンチに身を任せ、背伸びをするように噴水に目を移した。そして、視線が止まる。
 噴水の向こう,丁度僕達とは反対側のベンチの向こう、茂みの中から一人の女の子がじっとこちらを,いや僕を見つめている。
 服装から間違いなくうちの学校の生徒,弓や恵とは違うタイプのかなりな美人だが、染めているのか,肩まである青い髪にその青い瞳で僕を何の感情もなく見つめていた。
 目立つはずの風貌だが彼女の醸し出す雰囲気からか,空気のように感じられる。しかし入学式にはいなかったはず,となると上級生か?
 短いはずの、長い時間,見つめ合うのに耐え切れなくなったその時、彼女の口が動く。
 「……・」しかし聞き取れるはずもない。僕は立ち上がる,同時に青い少女は僕に背を向け、茂みの中へと消えて行った。
 思い出し掛ける遠い記憶、しかしそれは遠すぎて今は捕らえることはできなかった。
 「どうしたの、急に立って?」弓のけだるい声。
 「え?」急に周りの時間が動きだしたような錯覚。僕は確認するように先程少女がいたはずの茂みに視線を戻す。
 が、当然もう彼女はいない。一体何だったのだろう? 僕は何か心の隅に引っかかるものを感じながらも、それを振り払うかのように二、三度頭を振ってベンチに腰を下ろした。
 「買ってきたぞ,午後ティーでいいよな」南部の声。
 「さぁ、食べましょう」明るい恵の声がそして響く。だが、いつまでたっても先程の青い少女の、表情のない瞳と聞こえなかった言葉が心の何処かに引っ掛かっていた。



 「じゃ、私は部活に出るから…螢もフラフラしてないで部活でも決めなさいよ!」放課後、御丁寧にも弓は行き先をそう告げて教室を出て行った。言うまでもなく弓道部である。しかし弓を家から持ってこなかったことから、今日は挨拶程度なのだろう。
 「螢,部活決めてないんだったら、俺と一緒に剣道部入らねぇか?」
 「いや、遠慮しとくよ」
 「そうか…お前なら良い線行くと思うんだが。じゃあな」南部もまた、ステータスシンボルの木刀を肩に教室を出て行った。
 「さて、僕も帰るかな」立ち上がりながら皮製の学生鞄を取り、肩に回す。
 ふと、僕の学生服の袖が引っ張られた。
 「ん?」振り返ると恵の微笑みがすぐ近くにあった。多少驚き一歩後ろに下がる。
 「那孝さんは何の部活に入るんですか?」
 「いや、決めてないけど…」というより、入る気がないのだが。
 「じゃあ、探しに行きませんか? 私も色々見てみたいので」楽しげな笑顔。そぅ、恵の表情はいつも裏表のない、素直な心が表れている。
 たった二日で分からないことも多いが、おそらく気難しいであろう,南部や樋口が彼女に向ける表情は他とは違い、やや柔らかいものであることを僕はすでに感づいていた。それは僕とて例外ではないことを。
 「そう…だね。何もせずにこのまま帰るのも何だし」
 「はい! さ、行きましょ」言うなり彼女は僕の左腕を抱えて歩き出す。
 「お、おい…そんなにくっつくことは…」腕に恵の柔らかな感触を感じながら、僕は鞄を引っ掴み引っ張られるようにして教室を後にした。


To Be Continued ...



Acter & Actress

那孝 螢
 父は式神使い,母は精霊使いという光と闇の混成児。
 両親を事故という名の闘争で亡くし、祖父に育てられるも、その祖父も彼が幼い頃に病死。
 祖父の付き人であった逸美に育てられる。
 三大魔獣をその身の内に宿す式神使いとしての能力を有し、また非常に高い精霊使いの能力をも有す。
 能力者にとってこれらの能力は16歳で覚醒を始め、通常はその時点で戦いに参列することとなる。
 血筋から次代、闇のリ−ダ−たる素質と権利を有するために身を隠す必要もあった。
 もっともこれらのことは本人の知るところではなく、この世界から離したいという祖父の意志も彼に働いている。
 高校生になり、長く住んだ地を離れ、新天地にて新たな生活を母代わりである逸美と始める。
 性格的には思考・即実行型。


氷上 水穂
 高校二年生,水の精霊。もともと精霊とは漠然とした力そのものであり、意識などは持ちえない。
 しかしその精霊が結集し、人に取りこまれることもある。
 そうなった場合、その人間は精霊力を集めるアンテナ的な役割を有する。単独ではたいした力を持たないが、精霊使いと組んだ場合、その組の同調度によって飛躍的に精霊使いの能力を上昇させることができる。
 完璧な同調になると精霊使いと融合し、「精霊王」いう形態を取ることができるが、その為には精霊使い自身が熟練していなくてはならない。
 このことから、精霊の加護を受けたものは精霊使いの道具に近いものとして見なされることもしばしばであるという。
 彼女は水に関する精霊の加護を受けているのだが、それ故に幼い頃からその使命に徹するように教育が施されているために感情が乏しい。
 螢の母専属の補佐である家系で育ち、螢を護るように厳命されている。
 しかし立場的にはあくまでも光に属している。


本庄 弓
 螢の幼馴染み,遠い従兄弟であり炎の精霊。水穂とは正反対で人として生きることを教育方針としていた家系の為に本人はその能力に関して全く知らない。
 弓の名手であり、勉学の才は非常に高い。
 螢に隠した想いを寄せているが、強情,負けん気が強いその性格のためにどつき合いの中から脱することはできないようだ。


南部 咬
 南部家に代々伝わる剣技を習得した剣道ボーイ(死語?),ロンゲだ(これも死語)。
 那孝の友人として彼にアドバイスを与える。もちろん普通の人間なのではあるが腕は立つので巻きこまれようが生きてはいるだろう。
 性格は騒動好き,さっぱりとしている。


碇 恵
 校長の娘,中学もこの学校だった為にエスカレーター的にこの高校へ入学。
 おっとりとした行動,外見からは想像が付かないほど行動力はあり、情報集積,解析能力に長けている。
 父の螢に対する本意を大まかではあるが見抜き、彼女の独断で螢に協力している。
 南部と同じく普通の人間である。
 螢に対する興味から好意へ変わるのを弓の視線を気にしながらも楽しんでいるようだ。


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