BLACK POINT 〜 日陰の晩餐会



Third Experience / Far or Close...What's it? 

 校舎の外では思ったよりも賑やかに勧誘活動が行われていた。元々この学校のリベラルな校風によって、何だかよく分からない部活が多く群雄割拠しているようだ。
 「アナタハか〜みヲ信ンジマスカ?」いきなり一人の男が駆け寄ってきて僕達二人に十字架を押しつけてきた。
 「間に合っています。それに日本語変だよ、あんた」
 「気にするな,ソ〜言ワズニ、チョットダケデモ,オ試シ版ヲオ渡シシマスンデ,ジャ!」一瞬真顔になったが結局変な日本語のまま、どう見ても米と味噌の好きそうな男はそう言って僕に紙袋を押し付け、走り去って行った。
 紙袋には「カミの福袋」なんぞと書かれている。
 「…こんな勧誘ばかりなのか?」紙袋の中身が怖いので即近くにあったゴミ箱に投げ捨て、僕は改めて辺りを見回す。
 ここから校門まで各サークル毎の出し物やどさくさ紛れの出店なんぞが軒を並べ、賑やいでいる。騒音のような音楽はデスメタル部の野外コンサートか?
 このお祭り騒ぎを2年,3年も総出で楽しんでいるようだ。すでに僕達は人込みの中にいる。ふとはぐれないように僕の腕をつかみながら、何かを探っている恵に視線を移した。
 「…恵ちゃん、怖いからそれ開けないで」さっき捨てたものを回収,開封しようと恵。
 「え? でも中身も見ないで」
 「いいの!」半分開いた先程のカミの紙袋を取り上げ、人込みで見えなくなったごみ箱に向かって投げ捨てた。
 …お前もと〜めさ迷う心いまぁ〜
 「読書で青春をえんじょいしてみないかい?」
 あつくも〜えてぇるぅ
 「空手で熱い男同志のぶつかりあいを!」
 全てとかぁす
 「我々は決して怪しいものではない,アニメを通して世界を知るという…」
 無残にとびぃちるぅぅ〜
 「たこやきいかぁっすか〜」
 はずさぁ〜
 「サバゲーこそ男のロマン,あ、いや女のロマンでもあるぞぉ!」
 どこぞのデスメタルなノリのライブをバックミュージックに、勧誘活動が繰り広げられる。歩いているうちにBGMの根源である仮設ステージまでやってきた。
 ステージの周りにはそのファンと思われる女子高生からモヒカンや長髪に色を染めたサイバーなノリの人々が、そして普通の学生もまた集まってきていた。
 その注目の中心にいるのは4人のバンドグループと熱唱する金髪の男。何処かで見覚えが…。
 「あ、入学式の時の…」思い出す。そう、確か入学式の始めの挨拶で校長を差し置いて壇上に上がり、司会に蹴り落とされた奴だ。
 「あの方はジョン=レアノンっていう三年生の方ですわ。私が中等部の時にもあの歌は何度もお聞きしました」と恵。
 「…それ、本名?」
 「え〜と、本名は山田 太郎さんと伝え聞いたことが…」コテコテだった。
 視界の隅に何かが入る。青い何かが。
 何気なくそちらを振り向く。人込みの隙間,僕の視線はその視線と重なった。
 青い髪の少女,瞳の奥にそこはかとない悲しさを湛えた彼女。
 聞こえない,何か言葉を発する。3言のようだ。彼女は小さく首を横に振り、もう一度同じ何かを発する。
 キ・ケ・ン…そう言ったのだろうか? キケン,危険,僕の意識が少女からはずれ、一気に周囲に拡がる。
 うるさいだけのロック,声援,ざわめき。それらが僕を取り巻く。それらの気配の中から、一点だけこちらを刺すようなそれが確かにある!
 ヒュ! 風を切る音,反射的に音のした方へ手にある鞄を掲げる、トットッ,軽い音と振動が構えた鞄から受ける。
 「恵ちゃん!」
 「はい?」僕は彼女の手を掴み、人込みを掻き分ける。
 ヒュヒュ! 再び風の切る音,咄嗟にその方向に鞄を構える! 同じような手応え。
 「一体どうしたんです?」
 「いいからここを離れるんだ!」狙われているのは僕か? それとも恵か? とにかく人込みでない、広い場所に出ないといけない。
 「あぶねぇな!」どっかのあんちゃんを突き飛ばし、走る走る。
 そしてようやく人が見事にいない,ざわめきから離れた場所に出た。
 「体育館裏…何があったんです? 那孝さん」尋ねる恵。僕は無言で鞄を見る。
 するとそこには何かが刺さったはずだがこれと言ったものは…ふと目を擦る。何か5本ほど長い糸のようなものが鞄に生えるように垂れていた。僕はそれの一本を引き抜く。
 「髪? だな」二十cmほどのやや茶色の掛かった髪の毛だった。
 「髪の毛ですね。男性の髪ですよ」言う恵。何故分かる?
 ヒュヒュヒュ! 飛来音,僕は咄嗟に恵を突き飛ばす,方向は…僕を狙った全方位! 僕は鞄を振り回す、トッ,背中に1つ小さな痛みを感じる。
 視線を感じる,強いそれは体育館の屋根の上から。逆光にそれは見えないが、学ラン姿の長髪であることは分かった。
 しかし僕の視界は唐突に歪み、そして…



 ミーンミーン…蝉の鳴き声があちらこちらでこだまする。広い広い森の中を抜けると、唐突にただっ広い草原に出た。
 夏の真昼の日差しが腰程までに延びる草を青々と写す。
 僕は虫取り網を片手,背中にサックと空の虫籠を振り回しながら草原を歩いていた。
 そう、これは遠い夏の記憶。まだ父と母の死というものを実感しようがなかった幼い頃の記憶。
 きっと草原と思っていたのは、今見ればよくある原っぱに違いない。
 その幼い僕は立ち止まった。泣き声が聞こえる,小さな声が。
 聞こえるままに足を運ぶ。そこにはうずくまるように一人の少女がいた。歳の頃は同じくらい,ショートカットの良く似合う子だ。
 「どうしたの?」僕は尋ねる。それに少女は涙で濡れた顔を上げる。
 「…」
 「…そうだ,お菓子食べる? 僕持ってきてたんだ」背中のサックを降ろして、おやつにと持ってきた饅頭を取り出す。
 「はい,お腹一杯になると元気になるよ」言って手渡す。僕も自分の分を取り出した。
 「…いいの?」尋ねる少女。涙はもう止まったようだ。
 「うん」包み紙を取りながら、僕は言った。少女は手にした饅頭を少しの間、見つめると、僕の手を見ながら同じように包み紙を取った。
 それを眺めながら、僕は一口食べる。同じように少女も小さな口で一口食べた。
 「僕、那孝 螢って言うんだ。君は?」お菓子を頬ばりながら、僕は隣に座る少女に尋ねた。
 「…水穂」おずおずと、少女は言った。
 「水穂ちゃん? よろしくね」
 「う、うん」そして少女はその顔にようやく微笑みを浮かべて僕の顔を見た。
 「よろしく、螢」



 額に暖かいものを感じる。日の眩しさに目を細めながらもゆっくりと開いてゆく。不意に日差しが遮られる。無表情に僕を見つめる女性の顔。
 「水穂…」まだはっきりとしない頭に浮かんだ名前。僕を覗くその人は古い友人に似ていた。その僕の呟きが聞こえたのか,女性の変わることのないと思われた表情が一瞬ハッとしたものになる。
 手足が痺れているように動かない,が次第に意識がはっきりとしてくる。僕を見つめているのは…そう、あの青い髪の少女。
 女性は立ち上がり、一つ小さく頷くと何も言わずに立ち去って行った。
 「まっ…待ってく…」そして数分後、僕の体に走っていた痺れの様なものは完全に消え去った。もうすでに彼女の姿はない。
 「一体何が…」そう、確か背中に変なものを受けて僕は倒れたのだ。
 その変なもの,髪の毛らしい物を放ったのは体育館の屋根の上に立っていた長髪の男。 その男の姿もすでにない,2人とも何者なのか?
 そして…あの女性,あの時何故古い友の名を思い出したのだろう?
 思い返しても事態が把握できない,僕は辺りを見回す。すぐ近くに鞄を、そして何故か延びている恵を見つけた。
 僕は恵を抱き起こし、頬を軽く叩く。
 「うっ、あれ? 那孝さん,大丈夫ですか!」起き上がり様、慌てて言う恵。どうやら僕が突き飛ばした時、気を失なわせてしまったようだ。
 「恵ちゃんこそ怪我はない? ごめん、突き飛ばしちゃって」
 「突き飛ばしたなんて…助けてくれたんじゃないですか,ありがとうございます」 「いや、しかしさっきのは一体…」
 「ええ、一体どういうことなんでしょう。狙われたのは私か…螢さんか」考える恵,しかしそれもすぐに諦める。
 「体育館の上にいた人の顔は見えませんでしたが、長髪で男子だったことは分かっています。お父様の力を借りてさっそく調べてみますわ,那孝さんもお気を付けて」彼女は言うなり元来た道を走って戻って行く。
 「一人で危ないよ!」追いかけようとする僕に彼女は立ち止まり微笑んだ。
 「今日はもう大丈夫ですわ,どんな理由にせよ一度失敗して同じ日にもう一度犯行に及ぶということはありませんもの」
 「…そうなん?」心理学者か、あんたは…心の中で呟く。
 「では、くれぐれもお気を付けて」1つお辞儀をし、彼女は駆けて行く。
 僕はその後ろ姿が見えなくなると、鞄を拾い彼女とは反対の方向,校門の方へと足を向けた。



 結局、恵ちゃんも弓と一緒で思い立ったらそれしか見えなくなるんだな,表情豊かな彼女の顔を思い出しながら、僕はふと目を逸らす。
 校庭を挟んで体育館とは対称の位置にある武道館,その武道館の隣には弓道場があった。
 金網で区切られた向こうには砂のもってある壁の下一直線に5つ並ぶ的から25メートル離れた檜舞台たる道場から矢を射る弓道部員達がいる。
 的に当たる度に待機している部員達からのよっしゃーという掛け声が掛かる。
 確かここには弓がいるはずだが…僕は足を止め、金網の向こうを眺めた。
 ヒュ,トン! 軽快な音を立てて四本目のジュラルミン製の矢が的に付き刺さった。
 「全中してるな,当然か」放った当人,赤い髪の少女を見て僕は呟く。学生の間で行われている弓道は1回につき4本の矢を射る。
 巴矢,乙矢,巴矢,乙矢の順で射るその競技の本質は武道であり、当たったか当たらないかではなく矢を放つことによって自らを再確認する,そう弓に何度も聞かされている。
 彼女は的に礼,神棚に礼をした後僕の視界から消えて行った。
 「頑張っているみたいだな,あいつ」しかいをも視線を元に戻し、再び帰路に付こうとした時である。
 「それに引き換え、那孝,暇そうだな」背後からの声,振り返ることはない。
 「バイトでも探そうと思ってるよ,僕は」
 「そうか、剣道やらねぇか? お前なら良い線行くと思うぞ」
 「遠慮しておく。南部と打ち合いやってたら体もたないよ」
 「ハハハしかし武道関係は入っておいたほうが良いぜ。本庄の奴、狙われてるぞ」その言葉に振り返る。僕の表情からか、南部はやや驚いてあとずさった。
 「狙われてるって…」
 「ああ、知らない奴から見れば可愛いからな。俺んとこの上の連中もそんな話題ばっかだ」木刀を肩に南部。
 「なんだ、そういうことか…」ほっと胸を撫で下ろす。
 「じゃ、どういうことなんだ?」
 「いや、何でもない。じゃね」後ろから南部の何やら声が聞こえるが、僕は捕まる前に走り去って行った。



 玄関の扉を開ける…鍵が掛かっていた。僕は懐から鍵を取り出す。
 「ただいま〜,逸美さん、いないの?」リビングへと向かう。その机の上には紙が一枚,逸美さんの字で走り書きがしてあった。
 ”出版社へ行ってきます。遅くなりますので晩ご飯はシチューを作ってあります。暖めて食べてください。  逸美”
 「書き上がったのかな? 遅くなるのか」テーブルの上においてあるせんべいの入った籠からそれを1つ摘む。
 袋を開け、口にもって行くその時,放課後の殺気が蘇る!
 バキッ! 煎餅は僕の口の前で砕け散った。立て続けに針と化した髪が襲い掛かる。
 「恵ちゃんの嘘付き!」自分でも惚れ惚れするような体裁きで見えない敵の攻撃を交わしながら、僕は家を飛び出した。
 とにかく走る,路地に入りこみ、他人の庭を抜け、車道を突っ切る。さすがに体力が尽き、周りを見回すとそこは夕日の美しい利根川の流れる見渡しの良い土手だった。
 そして、沈み行く夕日を背にしてその長髪の男は姿を現した。
 「はぁはぁ…も、もう鬼ごっこは終わりだ」見たこともない、同じ制服を着たその男もまた、僕以上に息を切らしていた。
 「い、一体、何者…なんだ」息を切らし、僕は尋ねる。しかしそれを無視する長髪の男。
 「この、手柄は一人占めだぜ! 一気に殺してやる!」両手に針を計10本,彼は構え僕に投げつけた!
 「くそっ!」避けられない! 走り疲れて足が鳴っていた。
 ゴゥ! 飛び来る針は川から飛び出した大量の水に,いや沸騰した湯に男ごと飲みこまれた!
 「ギィヤァァァッ!」男の絶叫,両手で顔を押さえてのたうちまわる。
 目の前で起きた突然の出来事と男の悲鳴に、僕は後ずさった。
 「貴様…一度ならず二度までも…」濡れた髪で顔は隠され表情は分からない。しかしその男の赤く光る視線は僕の方へ向けられていた。
 「人間じゃ…ない」赤く光る瞳,そして髪を硬質化させ、毒針と化す。後者はミスターマリックでもできそうだが、前者が加わるとやはり人ではない。
 「ここでケリを付けてやる!」睨みつける男,その言葉に僕は背後の気配を知った。
 背後の気配は近づいてくる。僕は視線を横にずらす。途端、透明な水の帯が僕を包むように宙に漂った。
 「水?」絶句する。そして僕の隣には青い髪の少女が鋭い目で男を睨む。
 「君は…」尋ねる前に長髪の暗殺者の髪が飛んだ。しかしそれは全弾水の帯に阻まれる。しかし男は熱湯に赤くなった左目を曝し、不敵に微笑む。
 「本気で行くぜ!」右手を振り上げ、地面に叩き付ける!
 ゴゴゴ…直後地鳴りがする。僕の第六感が危険を告げている。
 「危ない!」
 「え?」僕は少女を胸に抱えて河原の土手を滑り降りる!
 ゴカッ! 土手を滑り降りながら後ろを振り向く。先程まで僕達のいた所には土手から生え出た鉄筋やら針金やらで生めつくされている。
 「やはり…手強い」土手の草の上を滑り降りながら彼女は呟く。
 川辺まで降り、強く掴んでいた僕の腕を放すと彼女は立ち上がって川の水に向かって手を差し伸べた。
 ぞぞぞ…音を立てて川の水がせり上がり、それは水の壁となって僕達2人の前にそそり立つ。河原で体制を立て直す僕達を鉄筋を片手に長髪の男が赤い瞳を光らせて眺めていた。
 「舐めるなよ,俺達使い人が本気になればお前のような精霊如き、敵じゃない!」男は手を横に振る。途端、先程の鉄筋やら針金やらが物凄いスピードでこちらに飛んできた,当然狙いは僕である!
 少女が何かを叫んだ,すると水の壁は一瞬に氷の壁に変化する!
 しかしその厚さの結構ある氷の壁は所詮氷でしかない,飛び来る鉄筋に打ち壊され、崩れたところから針金が無数と思われるほど飛び来る!
 「クソッ!」彼女を抱え、その場を飛び退く,ドドッ、重たい音を立てて太い針金が数本、河原に突き刺さった。逃げている間に次々と襲い掛かってくる!
 「あ、あんなのくらったら死ぬぞ!」僕が一体何をした,殺されるような恨みは買ってない!
 「誰だ、川にあんなものを不法投棄してた奴等は!」数本の小さな針金が僕達を包む水の幕に入り込むが、貫通はしない。しかし大きいものだったら…思うとゾッとする。
 事実、この状況を何とかしなければそれは現実になる。
 「何とかしないと…」少女も当然ながら同じことを考えている。逃げながらも辺りを見回し、何か捜している。
 川の水が次々と握り拳大の固まりとなって一つづつ針金や鉄筋を打ち落とす。青い髪の彼女の力なのだろうが、一体どう言う原理なのだろう?
 もっともそんなことは考えている暇がないが。
 バチッ,頭上で何か弾けるような音がした。
 「あ!」少女の叫び。数瞬後、耐え難い衝撃が走った。
 「ぐあぁぁぁ!」衝撃が体中に走る! 頭上に走っていた送電線が切れ、僕達を包む水の帯に絡み付いていた。
 バシャ,水の帯はまるで糸の切れたように普通の水に戻り河原に吸いこまれていく。
 どうやら咄嗟にアースを引いてくれていたようだ。まだ生きている。しかし、
 「うっ」痺れが体の自由と思考を奪って行く。隣ではすでに少女は倒れていた。
 「これで終わりだ」男の声。
 やがて打ち落とされた針金や鉄筋が再びゆっくりと動き出す。しかし僕の意識は次第に暗転して行く。



 小さな手を取って走る。雨の中を追っ手を逃れて。
 やがて追っ手を撒き、林の中にある一番大きな木の下で雨宿りをした。
 「螢…ありがとう」雷が鳴る,一段と雨が強くなったようだ。
 「でも、私は…」寂しげに俯く少女。
 「水穂!」僕は言って彼女の手を強く掴んだ。
 「水穂は、僕が守るから!」その言葉に彼女は嬉しそうに微笑み、そして。
 「うん、でも今は…ダメ,大きくなって、その時もう一度その言葉を聞かせて」雷が光る。そして彼女を捜す懐中電灯の明かりがあちこちに走っていた。
 「ありがとう、螢…楽しかった!」言って彼女は雨の中走り去る。
 その時、僕は何もできなかった…



 「クッ,水穂!」倒れている彼女を掴み、後ろへ飛び退く。
 ドッ,鉄筋が2本、その場に突き刺さった。僕はその内一本を引き抜き、構える。
 「水穂は僕が、守る!」飛び来る針金,それらを手にした鉄筋で全て叩き落とす。
 「何だと!」男の驚きの声,しかし彼は気付いているのだろうか、飛んでくる針金等は全て直線運動であることを。
 が、さすがに大きな鉄筋は叩き落とすなどという芸当はできない。男もそれに気付き、先程氷の壁を打ち破った鉄筋を飛ばしてきた,計三本!
 「だぁぁ! これは駄目だぁ!」ドクン,何かが動いた。僕の中で何かが。
 「水穂だけは…この娘は僕が守らないと」鉄筋を構える。ドクン,やけに自分の心臓の音が大きく聞こえる。
 ”フォ−スだ、フォ−スを信じろ”かつて見た映画のワンシ−ン,しかしそんなものはない。僅かな時間にほんとにどうでもいいことばかり思い出す。
 ゴッ! 鉄筋は早くて見えない,それが目視できたのはまばたきを1回して目の前にきたとき,思わず目をつむり死を予感した。
 来るべき衝撃は来ない,死んだのか? 恐る恐る目を開ける。
 そこには鉄筋の姿はなかった。土手の上の男は茫然としている。ふと足下に気配を感じ、見ると一匹のいたちのようなものが僕を睨んでいた。
 「…九尾」そう、九つの尾をそのいたち,いやテンは持っていた。何より僕を見つめるその瞳には人以上の知性が見て取れる。
 「そんな…消滅だなんて」男はその場に膝を付く。
 「螢殿,あの男、どうする? 殺すか?」テンはしゃべった。すでに今までの状況に止めを刺され、何も言う気がしなかった。
 「僕は殺人犯の片棒を担ぎたくは…うっ」上空からの重圧感、思わず僕とテンは上を見上げる!
 それは土手の男の下へ舞い降りた。おののく男。
 「もういい,彼には手を出すな。これは決定事項だ」光の翼をその背に有した少年,歳の頃は小学4年生くらいであろうか、その子供の言葉に男は戸惑いながらも畏まる。
 「すまなかった。これからは我々は君を狙うことはない事を保証する。我々としても好んで伝説の魔獣と呼ばれる貴方と戦う気はしないので」
 「ほぅ、それは賢いことだな」テンが言う。伝説の魔獣? もう何が何やら。
 「それと、そこの精霊は我々の方で送り返しておこう。せめてもの罪滅ぼしだ」少女の体が光に包まれ浮き上がる。
 「ま、待て!」それをテンが止める。
 「彼は今は敵ではない,それに任せたほうが賢明だ」
 光はすぐに小さく収縮し、消え去った。
 「さようなら、僕は朱雀の力を継ぐ者,協定により貴方から一切の手を引きましょう」光の翼を持った少年は、長髪の男と供に光に包まれ水穂と同じように消えた。
 後には荒れ果てた土手と河原,修復が大変そうな送電線が残るのみだった。
 「帰ろう、螢殿。ここに留まるのは賢明なことではない」言うテン。
 「…それはそうと、君は何?」鉄筋に串刺しになる所を助けてくれたには違いないようだが、喋るテンに知り合いはいない。
 「…生憎と私はイタチでもなければテンでもない。かつては百と三の妖魔を従えた存在だ。名は玉藻前,聞いたことはないか?」しかし僕は首を横に振る。水木しげるフリークではない。
 「…そうか、そんなんでよく私を呼び出せたものだ」僕の肩に飛び乗り、溜め息を吐くテン。僕は土手を上りながら考える,どこまでが夢なのだろうかと。
 「真実が夢となり、夢が真実ともなる。最も気を付けねばならないのは現実と幻想を混ぜないことだ」よく分からないことを彼(?)は言う。
 「…考えるのは明日にするよ。今日は色んな事がありすぎた」土手を上りきり、沈み切った夕日をふと立ち止まって眺めながら僕はそう呟いた。



 「ねぇ、玉ちゃん」
 「…私は玉藻前だ!」呼び方が気に入ったらしい。
 「あの娘は大丈夫かな,消えちゃったけど」帰り道、肩に乗る玉藻前に尋ねる。
 「…大丈夫だ、安心しろ。そもそも精霊は死ぬことはない」
 「あの長髪の男も言っていたけど、その精霊って何のことだよ」
 「あやつは人間ではないということだ。まぁいい、今まであったことは忘れろ」
 「忘れろって…何無理言ってんだよ」しかしそれに肩に乗った玉藻前はうっすらと笑みのようなものを浮かべる。すると背中を伝って僕の影の中へと消え去った。
 「お、おい!」電柱の明かりが僕を一人照らす。まるで今までのことが幻であったかのような静けさ。目を前へと向けるとそこには僕の自宅があった。



 「ただいま〜」玄関を開ける。玄関と居間の明かりが付いているので逸美さんが帰ってきたのだろうか? やがて居間から足音が聞こえ弓が顔を出す。
 「どこフラついてたのよ,ごはんあっためてあるから食べよ」
 「あ、ああ」靴を脱ぎ、居間へと入る。テーブルには弓が並べたのであろう,空の食器が並んでいる。ついているTVでは前半の丁度ニュースが終わり、天気予報に移っていた。
 何も変わらぬ、ありきたりの風景。
 「そうそう螢,玄関の鍵掛かってなかったわよ。気を付けてね」言い、弓は鍋を持ちながら僕の隣で食器にシチューを入れてくれる。すぐ側の彼女の気配にはっと我に返る。
 「ありきたりな風景では、なかったな」
 「ん? 何か言った?」僕の呟きに弓は首を傾げる。
 「あ、いや,こうして弓と2人きりで食事取るの初めてだなって思ってさ。でも昔からやってきたことのように思えてね,弓がいつもすぐ近くにいること、これはついこの間からなんだよね。ごめん,何だかよく分からないこと言ったね、気にしないで」言って僕は頭を掻く。どうもさっきの事件のせいで現実を現実として見つめ直させている。
 「私は…これからもこうしていたい…」小さな呟き。
 「え?」
 「は、早く食べないとせっかくあっためたのが冷えるよ,食べた食べた」急に明るい声で言いながら席に付く弓。
 ”気を付けねばならないことは現実と幻想を混ぜないことだ”玉ちゃん(呼び名決定)の言葉が蘇る。幻想とは…今が幻想だったとしたら。いや、先程の出来事の方が幻想らしい。
 しかし全て現実だ。こうして弓と食事を取っているもの現実,玉ちゃんと出会ったのも現実,そしてあの青い髪の女性の存在もまた現実。
 「どうしたの,螢? 変だよ」弓の視線に気がつく。
 「何かあったの? 話してみなよ」彼女らしからぬ、心配した表情。
 「い、いや。そうそう、弓は今日、変なことなかった?」話題の矛先を変える!
 「うん、あったよ」軌道修正成功?
 「へぇ、どんなこと?」
 「螢の様子がおかしい。何か隠してる」失敗!
 「…無理には聞かない。螢がそうした方が良いと判断しているのだから。でもね」
 ”…話しようがない”状況を思い出す。
 「うん、ありがと、弓。大した事じゃないんだ、だから」
 「…そう、わかった。ほらほら、さっさと食べた食べた」いつもの弓に戻る。そしていつもの夜は更けて行く。



 「あら、螢君,今朝は早いのね」朝日に目を細めた逸美さんが言った。
 「うん、ちょっと寄るところがあって、ね」いつもならまだ朝のまどろみの中だが、すでに僕は制服を着こんでいる。そしてそのままの足で洗面所へと向かった。
 「そうそう、螢君」
 「はい?」呼び止める逸美さんの声が聞こえる。そのまま洗面所の扉を開けた。
 「弓ちゃんがシャワー浴びてると思うわよ、この時間は」その声が妙にはっきりと聞こえていた。陥った状況に硬直する僕。
 「え?」信じられないものを見つめるような弓。
 数瞬後、僕は三途の川を観光しに行っていた。



 間違いなくこれは現実だろう。この痛さは幻想ではない。
 僕は昨日の出来事を再確認する為にあの川辺に寄るつもりだ。本当に昨日あったことは事実なのか? それを確認するために。
 「まぁ、今回は勘弁してあげるけど、こんどやったら殺すわよ」
 「昔は2人で一緒にお風呂入っていたりしたじゃないの」
 「い、いつのことですか! そんな大昔のこと!」
 「…そんなに昔のことだったかしら?」
 「んじゃ、いってきま−す!」弓をからかう逸美さんに言い、僕は鞄を手にリビングを後にする。
 「あ、ちょっと待ってよ! 私を置いていく気?」
 「いってらっしゃーい」逸美さんの声を背に受け、僕は弓と供に家を出た。


To Be Continued ...



Acter & Actress

逸美 遙
 三大魔獣の一人。螢の祖父である那孝 斎の最後の命の下、螢を育ててきた。三大魔獣の中で最も強い力を持つ。
 螢が16歳になった時点で使命は時効なのであるが、彼女の独断で母役を務めている。
 性格は冷静かつ狡猾,情け容赦のない「九尾の狐」と呼ばれる魔獣なのであるが、いささか螢を育てている間に親しい者に対しては恐ろしい程に優しくなったようである。
 当然正体を螢には明かしていないが、彼が魔獣としての彼女の力を必要とするときには日本そのものが焦土と化すであろう。
 普段は小説家として生計を立てている。ファンタジーな物を書いているようだ。
 螢に対して母としての惜しみない愛情を注いでいる。


榎本 和美
 狂った科学者,鷲羽のパクリ(爆)…以上


樋口 朗
 狂った科学者の卵…以上


ジョン=レアノン(山田 太郎)
 ロッカー,本名が嫌い。のちにビックになる…はずもない。


碇 伸也
 総合学校法人・城東平成学校の校長,恵の父。
 斎と面識があり、光と闇を知る普通人。
 螢をある程度利用することを考えているが、結局、彼を守ることとなる。
 娘に弱い。


那孝 斎
 明治の時代より政治の裏側で闇の部分を請け負ってきた闇の王。
 彼の息子が光の側の、力ある娘と駆け落ちし、結果事故と見せかけた闘争で殺されたことを悔やんでいる。
 彼の死後、再び光と闇の緊張が最高潮にまで高まり、孫である螢を狙った動きもあったが、逸美によってその全てが策略的にも、実行的にも阻まれた。
 彼は闇の者を統べる絶大なカリスマを有しており、それは光の者にすら大きく及ぼした。
 後継者は結局作ることはできなかったが、死後に大きな争いがなかったのは彼の根回しの良さもあったと思われる。


玉藻前
 三大魔獣の一。通常はイタチ大の大きさだが、その力は雷雲を呼び、かつては小さな国家ならたやすく滅亡させるほどの力量を有する。
 もともと式神使いにとっての魔獣とは、「従わせる」ことができないとその魔獣の力は使役できない。
 螢の場合、力の具現化する16歳まで祖父が彼の影の中に潜ませておき、折を観て従属させていくことを考えていたようだ。
 性格は皮肉屋,傍観型。人間の形態も取ることができ、その場合、かなりの美青年となる。
 螢の頼りなげな所が気に入っているようである。


シフォン=冴木
 光の戦士,地の精霊使い。螢の命を狙うも敗退,後に彼の監視役となる。
 もともと能力は中の上程度であり、性格も戦いが好きな訳ではなく、高校生として楽しい生活を送りたいというのが本音のようだ。
 欧系との混血の為か、ルックスはかなり良く、南部には嫌われている(というより、ひがまれている)。
 結局のところ、螢とは仲は良い。
 短絡的な面もあり。


佐原 戒
 光の王。幼くして力に目覚めた素質のある者。万物の精霊『朱雀』を操ることからもそれが言えるだろう。
 彼の思想は今や亡き、斎に酷似しており、できるかぎりの争いを避けることをモットーとしている。
 それ故に螢を殺すことで全て解決しようとしたが、三大魔獣の伝説を知り、急遽懐柔策に出る。
 頭脳明晰という言葉がもっとも似合うキャラクター,いざというときはその圧倒的な力に訴えてものを聴かせることもしばしば。


炎龍王(神谷 猟)
 お祭り、戦い好きな炎の精霊使い。純粋な戦いを望む彼は精霊の加護を受けた者の力をも拒み、一対一の正々堂々としたものを望む。
 隠し事がなく豪快でいて威風堂々とした様に従う者は多く、今回の件に関しては光の王ではなく彼に賛同するものも多いようだ。
 あまり使命感に捕らわれることはない故に、純粋でもあるおやじ。一応、この物語の〆を司る(^^;


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