You get "Heart".
You think only his HEART !



 彼女はPCに電源を入れる。
 時は草木も眠る丑密時。
 チチチチチ
 ハードディスクを読み取る軽快音をBGMに、彼女の銀色の左目はモニターであるブラウン管に照準が合わされた。
 『Spookies Linux』
 鎖文字で映し出される。その後ろで次々とウィンドウが開いてゆく。
 OSは独自のものらしい。瞬時に閉じたり開いたりするウィンドウに、彼女の左目だけが別の生き物の様にせわしなく動く。
 ピッ!
 唐突に、画面は暗転。いや、ウィンドウの一つが拡大されたのだ。
 『スプーキーがLoginしました』
 白い文字で、そしてカーソルが点滅。
 『現在時刻は3:32分 会議室#イリーガルコネクションへ接続 … 完了』
 以下、チャット画面に入る。



 COM < スプーキーが入場しました
 パワー < よ、おはよう!
 アリス < 今日は遅いね
 スプーキー < これから寝ようと思ってたんだけどねぇ
 リトルバード < チャットジャンキー?
 スプーキー < 君に言われたくないな
 パワー < まさにその通り
 リトルバード < それもそだなぁ
 スプーキー < ところでなんの話をしてたんだい?
 パワー < アリスの人生相談、かな?
 アリス < だから私じゃないっての!
 リトルバード < それにしちゃ、話の細部がしっかりしてるなぁ
 スプーキー < なになに?
 パワー < 仲良くなりたい人がいるんだけど、どうしたら良いのか? だってさ
 リトルバード < 例えば異性の場合
 アリス < 言っとくけど、私のことじゃないからね。知り合いから相談されたの!
 スプーキー < ふ〜ん、そうか
 パワー < 改めて聞かれると、なんとも分からんものだな。スプーキーはどう思う?
 スプーキー < この場と一緒だろ?
 アリス < ??
 スプーキー < この電脳世界も、現実世界も変わらんよ。アリスが一番最初に、この話の輪にどうやって入ったか、思いだしなよ
 リトルバード < そだな,チャットも、現実世界も変わらん
 パワー < 顔が見えているか、いないかの違いだけさ
 アリス < …う〜ん
 スプーキー < 顔が見える分だけ、話しやすいこともあれば、逆もある。まぁ、大切なのは
 パワー < 踏み込む勇気、かな?
 リトルバード < そうだな
 アリス < そか…分かった。ありがとね、みんな、私もう寝る〜
 パワー < おやすみ
 リトルバード < 良い夢を
 スプーキー < じゃね〜〜
 COM < アリスはLog Outしました
 スプーキー < なんかあったのかな?
 リトルバード < さぁ?
 パワー < 顔が見えないって言えば、オレ達もお互い知らないんだよな
 リトルバード < 結構付き合い長いけどな
 スプーキー < 顔が見えなくて良い事もあるよ
 リトルバード < それもそうか。そうだ、スプーキー,お前から譲り受けたPCだが、条件にあった奴が見つかったからそいつに売ったぞ
 スプーキー < 知ってるよ。乙音が教えてくれた
 パワー < 乙音…スプーキー,お前の人格のコピー体だったな、確か
 スプーキー < ああ。プログラムはアリスが組んだアレだ
 パワー < そうか,もっともオレとしてはあの有森の野郎に仕返しできれば、言うことはない
 リトルバード < 三下と言えども、アイツの干渉力は半端じゃなかったからな
 パワー < ともあれ、新しい7人目か。楽しみだ
 リトルバード < 7人目になれたら、俺はソイツの顔を知ることになるなぁ。ま、PCに関しては全くの素人だ、しかし素質は十分ある。プログラム乙音が鍛えてくれるだろうよ
 スプーキー < しかし成長を待つだけの時間があるかどうか…奴らの力は次世代のプロトコルにまで及ぶぞ
 パワー < いざとなったら、死の天使や赤の巫女に協力を仰いだらどうだ?
 スプーキー < …そこまで恥を捨てられないよ。私等のケツは自分自身で拭かなきゃね



 「ふぅ」
 機神スプーキー,その名のHNを持つ彼女は椅子に背を凭れ、大きく溜息をついた。
 ショートカットの栗色の髪を右手で掻きあげる。
 ピッ!
 電子音に、彼女は再びモニターに目を移した。
 画面の端に一人の女性が立っている。
 長い黒髪の、タイトなスーツに身を包んだ大き目の眼鏡を掛けた女性。
 「やぁ、乙音。どうだい?『彼』は?」
 スプーキーは『声』で尋ねる。それに対し画面の中の女性もまた、『声』にて応答する。
 「HNをセージと決められましたわ」
 「セージ…賢者か?」
 「いえ、お名前が誠一ですから、その二番目ということで」
 「あ、そ」拍子抜けしたようにスプーキー。
 「彼は昨日から泊りがけで、明日のこみパと言う祭典に向けて徹夜で準備中です」
 ニッコリ笑って乙音。
 「…泊りがけなのにどうしてそんな情報を?」
 「母親宛てにかかった電話からです」すなわち盗聴していると言う事だ。
 実際、仮想人格・乙音はユーザーによって設置された日に、その家の全て電化製品を支配下に置く様にプログラムされている。
 「こみパ、か…ふぅん」
 スプーキーは何かを考えるかのように右目を閉じる。
 銀色の左目はしかし、機械の光を放ちながらモニターを見つめていた。


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不連続設定

Part.05 Party Moon!



≪Site of Seiithi Ithimura≫

 ぴんぽんぱんぽん♪
 「これより、こみっくパーティー,開催です!」
 館内放送が響くとともに、遠く雪崩のような足音が無数に響いてくる。
 来場者達の足音だ。何万人いることだろう?
 これから嵐のような混雑が始まるであろう,緊張感の漂った会場内に俺達はいた。
 机の上の新刊、良し! おつり良し! 心構え…良し?
 そんな俺達に圭が力説を初めた。
 「ここにはプロもアマもないんや! ただ実力だけが支配する…とかつてのこみパの帝王・黄金の夜明けの織田氏も言うとる」
 「「さっぱり分からん」」僕と亜門、玲は見事なハーモニーでそう答えた。
 「取り敢えず、亜門ちゃん。式神だしぃ」
 「やたら滅多ら出すものではない!」キッパリと亜門は断る。
 「今使わんで何時使うんや?」
 今は使う時なのか? 圭??
 迫力に押されてか、抵抗も無駄と感じたのか、亜門は圭の写し身と俺の写し身を作り出した。
 「この2つに店番しておいて…と」二つを座らせる。単純な命令ならこなせると亜門は呟く様にして言っていたが…良いのかなぁ?
 「我が陰陽が…店番?」はらはら涙を落としながら亜門。
 「その程度にしか役にたたへんやろ、今の時代」きっぱりと圭は言い放つ。
 「そしてぇ!」
 彼は俺達にそれぞれ紙切れを手渡した。
 「何だ,これ?」
 「諸君はそこに書いてあるものをそれぞれ手に入れてくること! 所要時間は一時間!」
 紙にはサークル名と同人誌のタイトル、購入部数が書かれている。
 「これが軍資金や」
 それぞれ万札が手渡された。
 「これも那智殿の指令の一つや、行け,我が精鋭達よ!!」
 某風雲たけし城を彷彿とさせるセリフを吐いて、圭もまた自ら走り去って行った。
 「…えと、買わなきゃイカンのか?」流されるままの俺に、亜門は呆然と尋ねる。
 「さぁ?」
 「混んで来たよ」玲に袖を引っ張られて我に返る。
 「文句は買ってきてからにするか,師匠が絡んでるんだったらあとで何されるか分からん」
 「私も?」尋ねる玲,本来は部外者だが…
 「…ごめん」
 「ったく」
 そして俺達三人もまた、おのおの会場に散った。



 きっかり一時間後。
 「4サークル,合計26冊、買ってきたわよ」肩で息をしながら玲。
 「俺は5サークル,合計45冊だ」亜門がムスリとして玲の本の上に重ねた。
 「俺も5サークル,42冊」俺もまたその上に重ねた。
 満足げに圭は頷くと携帯電話に呼びかける。
 「こちら通天閣,ノルマは達成したわ、スプーキー」
 それだけ言うと彼は電話を切る。
 「ところで圭、お前は何冊買ったんだ?」亜門の鋭い視線が圭に突き刺さった。
 その答えに圭は後ろに積まれた本の山を見せる。
 「52サークル,合計882冊や」
 「「化物か、お前?!」」
 「そんなことよりや,さっさと宣伝活動に入るで。みんなこれに着替えてや」
 彼は言って、俺達に服を押し付ける。
 「宣伝活動? 机に戻らなくて良いのか?」
 「かまへんかまへん,式神がちゃんとやってくれてるわ。さっさと着替えぃ」
 しぶしぶ俺達は渡された物に袖を通した…のだが。
 「圭、これは一体??」
 「セイちゃん、しらへんの?」
 「いや、しらへんのじゃなくてだね…」
 半ば呆れて俺は後ろの二人を見る。
 「どうしてオレがこんな格好を…」
 「にゃん?」
 キョンシー姿の亜門と、ネコミミ&ネコパンチを身に付けた玲の姿があった。
 そして俺自身はなんか吸血鬼の格好してるし。
 圭はと言うと、大きな数珠を肩からかけて大きな剣を背負った三つ編みの戦士風の格好だ。
 傍らに妙な女の子の人形を抱えている。
 「これはな、コスプレ言うて、参加者は絶対にしなきゃあかんねん」
 「「嘘つくなぁぁ!!」」
 俺と亜門のダブルパンチが圭を襲った。
 それをしかし圭は不気味な人形で受け止める。
 「秘技・空蝉の術!」
 ちがうちがう
 コスプレ、それは何らかのキャラクタに自分自身が変装すること…らしい。
 圭が用意していたのは『Vampire Hunter』というゲームのキャラクタ一式だった。
 彼はドノバン、俺はデミトリ、玲がフェリシア,そして亜門が何故かレイレイという女性キャラだ。
 「御札だからな」
 どういう理由だ? 圭??
 「こんな格好まで付き合ってられるか!」
 レイレイ亜門が叫び、中段のパンチをドノバン圭に炸裂! 着替える途中にどうして気付かない? 亜門??
 「むぅ、やるな!」背の剣を抜き放ち、ドノバン圭はニヤリと微笑んだ。
 そんな二人の様子をいつしかギャラリーが二重三重に取り囲んでいる。格好の見世物…か。
 と、フェリシア玲に目を向けた。
 「は〜い、フェリシアちゃん、そこで一回転!」
 「にゃん!」
 パシャ!
 こちらもこちらで写真取られていたりするし…あとでややこしいことになってんも知らんぞ、アリス?
 「あ、あの…」
 「はい?」
 急に声をかけられ、俺は振り返る。
 数人の女の子達がいた。
 「あの、デミトリさん,写真一枚お願いします!」
 「あ、はいはい」
 「腕、組んで良いですか?」
 「うん、良いよ」
 パシャ!
 って、何か目的が違う様な気がするんだけど…
 そう思った俺のこめかみに、強烈な一撃が見まわれた!
 「ぐぉぉぉぉ!!」
 「なぁに、鼻の下伸ばしてんのぉ?」
 しゃがみ込む俺に、飛びネコキックをかましたフェリシア玲が馬鹿にしたように見下ろしている。
 「け、蹴ることないだろうが!」詰め寄る俺。
 「ローリングバックラー!(↓→PP)」
 「ぐっはぁ!」
 強烈なアッパーカットを受けた。何だ、コイツ、妙にテンション高いぞ?!
 「もう少し強くなったらオトモダチになってあげる」
 勝ち言葉もどこで憶えた?! 貴様!!
 パチパチパチ…
 あ、拍手も起こってる。見世物かい?
 「こら、そこ、何やってる!!」
 突如、人の輪を割って眼帯をした軍服姿の男と同じ格好をした男達がやって来る。
 「ヤバイ、影虎中隊や、逃げるで、セイちゃん! 一時休戦や、亜門レイレイ!」
 「何だ? それ??」
 「混雑対応部隊,こみパの警察みたいなもんや。捕まったらタダじゃすまんで!」
 俺達四人は人の間をかいくぐってその場を逃げ出す。
 「「っていうか、このコスプレは売ってる同人誌と関係ない内容じゃないのか?」」
 素朴な俺と亜門の疑問に、逃げながら圭は答える。
 「こういうもんはな、ノリやさかい」
 君の人生そのものがノリで出来てはいまいか? そんな言葉を危うく吐きそうになりつつも、俺は玲の毛皮でふわふわした腕を引っ張りながら影虎中隊から逃げていた。


 閑話休題


 式神を引っ込め、サークルの販売席へ戻ったら戻ったで問題は向こうからやって来る。
 「梅崎 圭、いや、ドノバン! ここで会ったが三日ぶり!」
 「ふん、相変わらずテンション高いな,徹夜明けか? 緒方 睦,いやリリス!」
 やはり同じゲームのコスプレをして現れたのは、同じ学校の同級生の女の子だった。
 「モリガンじゃぁぁ!! シャドウブレイド!(→↓P)」
 「何の,まだまだ甘いわぁ!」圭は背にした木製の剣で彼女の攻撃を弾き返す。
 ちなみにモリガンとリリスの違いは…多分見れば分かるだろう。
 ともあれゲームさながらの一戦を交える二人から目を逸らし、もう一人のお客に視線を移す。
 「こんちは、遠藤」俺は笑って手を上げた。
 「あ、おっす,市村。何やってるんだ? こんなところで…それにその格好?」
 見るからに利発そうな青年に、俺は苦笑い。
 彼の名は遠藤 晶。今は師匠宅で爆睡中の北見嬢の幼馴染みだ。
 「まぁ、圭の奴、いや、梅崎の付き合いでさ。お前もどうしてここに?」
 「うん、臨時バイトで緒方さんの手伝いをね」
 あらゆる意味で遠い目を向けながら、遠藤は観客が集まる二人の戦いを眺めつつ言った。
 ふと、俺はどうしても気に掛かることを尋ねてみる。
 「昨日は徹夜か何かだろ? こんなバイトしなきゃいけないほど金に困ってるのか?」
 「ん〜、ちょっと足りなくてね」
 きょろきょろ辺りを見渡しながら、彼は呟いた。俺はくすりと微笑む。
 「北見さんなら来てないよ」
 「そか」ほっと肩の力を抜き、遠藤は溜息一つ。
 彼女もコレに関わっていることを暗に悟っていたのだろう、そして彼女の子供っぽい参加理由も。
 「アイツの誕生日が明後日なんだよ」
 「そなの?」
 「ああ。本人は忘れてるみたいだけどなぁ」
 苦笑いで遠藤、そういうことか。
 「それで、か。本人は妙に対抗意識燃やしてたぞ、ほら」
 俺は彼に同人誌を手渡し、彼女の書いた部分を指差す。
 「で、その当人は?」
 訊く彼に、俺はジェスチャーで眠る格好。
 「だろうなぁ」遠藤は小さく笑う。北見嬢の行動の予測は大抵つくのだろう,もっとも彼女は直情型なのでつきやすいのだが。
 「ところで緒方さんって…あんな感じだっけ?」
 俺は再び影虎中隊に追いまわされる二人の内の一人を指差した。
 美術部の彼女はなんというか、普段は物静かだった印象が強いのだが。
 「三日徹夜したからなぁ…テンション高くなるだろう? 梅崎もそうじゃないのか?」
 「あれは地だよ」
 「…地か。市村も大変だなぁ」
 北見嬢に苦労している彼のしみじみとしたその言葉は、多分この世で一番俺の気持ちを理解している者の呟きであったろう。
 「お〜い、亜門! 挨拶回り行くから付き合え!」
 「次行くわよ、遠藤君!」
 逃げながら叫ぶ二人に、
 「「はぁ」」
 やはり二人の男は疲れた溜息を就いて追いかけた。
 「まぁ、とにかく今は店番ね」
 「そだな。あ、いらっしゃいませ!」
 残された俺と玲は収まりつつあった人の列が再び出来あがってゆくのを感じていた。
 圭の捨て身の宣伝効果のお陰であろうか?
 それはそれで内容と違うのでマズイ気はするのだが…



 挨拶回りとか言って戻ってきた圭と亜門は傷だらけだった。
 …何やって来たんだ? おまえら…
 さっきの緒方さんの時のようなことを各地でやらかしてきた…可能性は大だな。
 「僕達が店番しとるから、昼御飯食べに行ってき」圭は言いつつ、玲の背中を押した。
 もうお昼かぁ。しかし人の列は一時は収まったものの、圭が亜門を連れてこの場を去った時からずっと出来あがっている。
 …圭が恐くて近寄れなかったんじゃないのか?
 ともあれ、外の空気を吸ってくるのもいいかな。
 「行こうか,若桜さん?」
 「うん」
 「これ持ってけ」
 立ちあがる俺達に亜門が手にしていた物を俺に渡した。
 『超絶モノ ここにあり! A52-3 えれくとら』
 「…看板?」
 「超絶モノ??」
 「ちゃんと練り歩いてくるんやで!」
 そんな圭の声を背中に聞きながら、俺と玲は混雑した人の間を掻き分けつつ会場の外を目指した。



 空は快晴だった。頬を撫でる涼やかな風が、この上も無く心地好い。
 俺達は大きく深呼吸。
 ふぅ
 「さて、何食べる?」俺は隣の玲に、いや、今はアリスに尋ねた。
 彼女はニヤリと笑い、後ろ手に持ったバスケットを見せる。
 「あの二人には悪いけど、これ作ってきたんだ」
 中を開くとサンドイッチと飲み物が入っていた。
 「どこも人でいっぱいって聞いたからね。ありあわせで慌てて作ったから味は保証しないよ」
 「いや、助かるよ。ありがとう」
 案外細かい所に気を回す娘だな。
 「あ、あそこが空いてる」
 五代ビックサイトを見渡せるベンチの一つに、俺達は腰を下ろす。
 「いただきます!」
 サンドイッチを一つ摘み、一口。
 ?? 何だ? この妙な魚臭さは…そして塩辛い。これは?
 「ところでアリス」
 「ん?」
 「具にいかの塩辛とか、入れてない?」
 「美味いだろ?」
 只者じゃねぇ…
 「まずい…か?」恐る恐る、彼女は俺に尋ねた。そんな目をするなぁ!
 「いや、個性的な味だなって思ってさ。美味しいよ」
 「そか」嬉しそうに微笑むアリス。
 「たくさんあるから、どんどん食べてな」
 「ああ、ありがと」
 心の中で泣いた。
 青空が何だか憎くなったりする。



 「やっぱりこの格好、恥ずかしいね」
 食べ終わり、一息ついた頃。
 アリスのその言葉に、俺はホッと溜息。
 一応、未だに俺はデミトリ、アリスはフェリシアの格好のままだ。
 この会場ではしかし、そんなに違和感がないのが恐いな。
 「何よ?」ジト目のアリス。
 「一応、恥ずかしいという感覚はあったんだなって思って」
 めき
 ぐーで殴られた。
 「冗談は置いといて、もしも玲の方がこんな格好してうろついていると知ったら、倒れるどころじゃ済まないんじゃないか?」
 「ん〜」
 アリスは顎に人差し指を当てて、何やら考える。
 「もしもね」
 「ん?」
 「もしも、私がアリスじゃなくて玲だったとしたら? アリスなんて初めからいない,玲のお芝居だとしたら、貴方はどうする?」
 試す様に、彼女・アリスは尋ねた。すなわちアリスなんてのはお芝居だったら、ということか。
 「どうもしないけど」
 「嫌いにならない?」
 「結局は同じ人間なんだろ? アリスもまた、玲の一部だと俺は思ってるけど」
 多重人格は自覚があるかないかだ。誰しもそういった側面は持っている。
 例えば電話で応対する時。普段の言葉で話す奴なんでいない。これも人間の多面性の一つだ。
 ともあれ、もしもアリスというのが芝居だったら、それはそれで歓迎することではある。
 「ん〜、そか」
 何を思ったか,アリスはそんな俺の横顔を眺めたまま、意味ありげな笑みを浮かべただけだった。
 太陽が傾きかける。そろそろ戻らなくちゃな。
 キラリ
 「?」
 そんな太陽の光が何かに反射して俺の目に一瞬突き刺さった。
 俺は反射先を見つめる。
 「あれ?」
 栗色の髪をした20代前半の女性が10mほど先の建物の柱の影に立っている。
 俺は彼女を知らなかった、しかし…
 どこか引っかかる。
 黒い右目に銀色の左目,彼女は左目をつむると、何事も無かったかのようにその場を立ち去る。
 「どうしたの、市村君?」
 「いや、あそこにいる人が」俺は指差して…迷わせた。
 「誰もいないわよ」
 「…ああ、そうだね」
 俺は誰もいない柱をだた、見つめ続けていた。



 列は消えかかっていた。そんな夕方の今、圭が宣言した。
 「ラストスパートだ!」
 「「は??」」
 俺達三人は間抜けた問い掛け。
 「今、一部買えば、もう一部付いてくる!」
 きゅど〜ん,そんな効果音をバックに響かせそうな格好で同人誌を掲げつつ、圭。
 「こらこら!」
 「じゃ、もれなく買ってくれた人には若桜フェリシア嬢の熱いキスを!」
 バキ,言うまでも無く殴られる。
 「ならば亜門の破魔のお札プレゼント!」
 「同人誌とは、もはや関係無い世界だな」もう勝手にしろと言わんばかりの亜門だ。
 圭はそのまま思考の海に沈む。ぶつぶつとアレを付ければ売れるとかなんとか呟いているが…放っておくか。
 「ちょっと席外すね」
 アリスは一言言い残して席を立つ。
 「どうした?」
 「レディーに野暮なこと、訊くんじゃないの!」小さくアカンベーをして彼女はトイレの方角へと去って行った。
 「レディー…か? 亜門?」
 「北見に比べたら、ずっとそうだと思うが」
 北見嬢を相当嫌ってるな、コイツ。まぁ、あそこまでコテンパンに口で負かされれば反撃も出来ないし、相手が女性だけに手も出せないのだろう。
 同人誌を作っている時の二人の口論を思いだし、俺はふと笑みが零れる。
 と、そんな時である。
 どががが…
 テーブルを蹴倒すような、そんな音が響いてくる。
 きしゃぁぁぁ!!
 なんか絹を引き裂くような鳴き声もあったようだ。
 「なんか騒いでるな」
 「? なんかいるようだが」亜門が立ちあがって騒ぎの中心を眺めた。
 と、そんな彼の肩にヒラリと乗るは我に返った圭。
 「こ、こら!」
 「んな!」
 「「??」」
 亜門の肩に立った圭の驚きに、俺達二人は訝しげな表情を漏らす。
 普段は脅かす側に回る圭が驚くなど、滅多なことではない。
 「TとかGがいるぞ」
 「「は??」」
 彼の訳の分からない呟き。
 「バイオハザードとか、やったことあるだろう?」
 「ああ」
 「あれのTとかGだ」
 きしょい化物のことか?
 「影虎中隊全滅!」
 そんな野次馬の声が飛んでくる。騒ぎの中心を円の真ん中として、逃げ出す人々で会場は騒然となった。
 「梅崎! ヤバイわよ!」突如、そんな女性の声が掛けられる。
 「リリス緒方、何事だ?」
 「モリガン! そんなことより、どっかの馬鹿がバイオハザードの怪しげな生物連れ込んだみたいで、影虎さんがやられたわよ!」
 「まぁ、『生物兵器の持ち込みを禁ずる』って書かれていないからなぁ」
 誰が書くか!
 「市村、逃げた方が良いぜ」
 遠藤が叫ぶ様にして言った。そんな助言も聞いちゃいないのか、
 「ここは」
 「僕等の出番やな」
 亜門と圭が立ちあがる。
 「「ええ?!」」
 驚愕の俺と緒方一行。
 「行くで、誰か、バズーカ持ってきぃ!」
 「誰ももってないわぃ!」俺のツッコミ。
 「あれ、若桜さんは?」
 緒方さんが非常に鋭い指摘をした。
 「先程、小用をと…」
 「にゃにゃ?!」
 聞いた事のある声に俺はハッと目を向けた。
 人のいなくなった会場中心部には二体のみょうな化物が立っている。ゲームに出てくるきしょい化け物、そのままだ。
 その一体の大きな腕にフェリシアの格好をした『彼女』が握られていた。
 「イカン! 圭、この剣を借りるぞ!」俺は圭の背の木刀をひったくる。
 「亜門、援護を!」
 「おう!」
 俺は二体の化物に向かって駆け出した。
 きしゃぁぁ!!
 そんな奇声が二体から上がる,アリスは…青い顔をしていた。いや、
 「このこのこの!!」
 ぽかぽか
 彼女を捕らえるGの方を殴っている、効いている様には見えないけど。
 「全ての動きを零の冷ややかさにより停止せよ! 氷結の呪よ、いまここに!」
 ぶわぁ!
 レイレイ亜門の袖の中から数十枚の札が舞い、TとGに纏わりつく。
 主に足と二の腕の部位だ。
 キィィン!
 耳に響く音を立てて、二体の足が凍り付く。そしてアリスを握ったGの二の腕も!
 「でやぁぁ!!」
 木刀を抱え上げて、俺は大きく跳躍!
 「市村君?!」思わず目を閉じるアリス。
 その時だ、視界の隅に銀色の光が走った。それは…昼間の銀色の瞳を持つ女性。
 注意の逸れたのは一瞬だけ。
 俺は狙い定めて凍った腕に木刀を振り下ろす!
 ばきん!
 木刀が折れ、同時に凍ったGの腕を中程から叩き落とすことに成功した!
 腕と一緒にアリスが、
 「きゃ!」
 ぼと,落ちた。
 「立てるか!」
 「うん」
 俺は彼女の手を引き、その場を離れる!
 離れ様に振り返り、人ごみの中にある栗色の髪の女性に視線を走らせた。
 彼女は…確かに薄く微笑んでいた。俺が彼女に気付いたことを知っての笑みだ。
 彼女の唇が緩やかに、確かにこう動いたのを俺は確信する。
 『め・て・お』
 カッ!
 突如、頭上からの閃光!
 ごぅん!
 次の瞬間、
 轟音とともにTとGは焼失していた。
 「あ…」
 左の瞳を光らせた女性はもういない。
 後には小さく天井に穴の開いた五代ビックサイトと、黒い塊が燻っているだけだった。



 「完売や!」
 圭が嬉しそうに叫んだ。
 「なんかスゴイお祭だったね〜。いつもこんなのなの?」
 「そんなわけあるか…多分ね」アリスに俺はツッコミを入れる。
 「また無駄な術を使ってしまった」その隣では頭を抱える亜門。
 ともあれ妙な術とは言え、あんな化物とやり合えるとは…ちょっと恐いぞ、亜門。
 そんな亜門と互角に戦いのパフォーマンスをしていた圭もよくよく考えるとすごいんじゃないか?
 「売上げでパーっとやりますか!」
 「太っ腹、圭!」アリスが囃す。
 「「俺は眠いぞ」」俺と亜門の声が素晴らしくダブった。
 色々とあったようななかったような…
 一抹の疑問を残しつつも、
 こうして春のこみパは幕を閉じたのであった。


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