You get "BALANCE".
You can't understand all things.




 アリス > 私、もう寝るわ。
 リトルバード > 何だよ、まだ2時じゃないか
 パワー > 最近付き合い悪いなぁ
 アリス > ゴメンね〜,平日の夜更かしはあんまりしたくないの
 パワー > ふぅん
 リトルバード > おやすみ
 アリス > おやすみ〜
 COM >> アリスは会議室#イリーガルコネクションを退出しました        



 キーボードから手を放し、私は欠伸を手で押さえました。
 「もぅ1時ですか」
 そのまま机の上の一体型PCの電源を切り、ベットに腰を下ろします。
 明かりを消すと窓から差しこむ月明かりが、白い眩しさを私の視覚に与えてきました。
 耳を澄ますと遠く、今は流行らない暴走族らしきオートバイの排気音が僅かに耳に届いてきます。
 静かです。
 一戸建てのこの自宅には、今は私と姉しか住んでいません。
 世界的に高名なプログラマーである両親はこの4,5年,仕事がらみで海外に出たまま、ロクに顔を合わせたことがありませんが…けれど仲が悪いというわけではありませんのであしからず。
 今日は姉も自宅に帰ってきませんでした。何をやっているのかは分かりません。
 我が家の家風といいますか、例え家族であっても深くちょっかいをださないというのが根底にある為にこうなってしまいます。
 「静か、ですね」
 心に再び思ったことを思わず口にしながら、ベットに潜りこんで目を閉じました。
 明日の朝は最近のいつもと同じように、早く起きてしまうことでしょう。
 学校に行くことが楽しく感じられるのは、初めてです。
 この楽しさは姉から初めてPCを貰った時…そぅ、小学校低学年の時以来です。
 その時、姉にチャットというものを初めて教えてもらったんです。
 電脳世界には、ホンの小さな私の言葉に、ちゃんと耳を傾けてくれる人達がいました。
 不思議でした。
 現実世界では、私の言葉に耳を傾けてくれる人なんていなかったのに。
 ……いえ、違いますね。
 私は恐くて言葉を発っせなかったんです。聴いてもらえないならまだしも、遠ざかって行ってしまうのが恐かったから。
 でもそんなことに気付くのは遅かったです。私は結局、言葉の発し方を憶えることが出来なかったんです。友達もいないまま、今の私になってしまいました。
 現実世界では、言葉を発することがからっきしダメな人間に。
 対して電脳世界での私は違います。
 アリスは私のHN(ハンドルネーム)。私の理想とする人格です。
 元気で活発,人見知りすることなく、自分の言いたいことをはっきり言うことが出来る,そんな性格。私にはないものを持っている、憧れの性格なんです。
 私は電脳世界を通してだけ、彼女を演じることが,いえ、彼女に「なる」ことができます。
 この現実世界で彼女のように振舞えれば、どんなに楽しいことでしょうね?
 でも私には出来ません。そう思っていました。
 けれども、初めて私の『直接の言葉』に耳を傾けてくれる人を見つけたんです。
 同じクラスの男子でした。
 彼は私をちゃんと『見て』話をしてくれます。
 小さな声の私の言葉も、ちゃんと聞いてくれます。
 それだけで、嬉しいんです。とっても嬉しいんです。
 最近は彼を起点にして、色んな人とお話することが出来るようになりました。
 でも…彼とお話しているときが一番楽しいです。
 何ででしょうね?
 分かりませんが、彼の事を思うと心が温かくなります。
 一昨日は映画のお話して、今週末に一緒に行くことになりました。
 今から待ち遠しいです。お友達と一緒にお出かけするのなんて、初めてですから。
 私は彼の顔を思い浮かべながら、意識を眠りの中へと落していきました。
 きっと『今日』の朝も、早起きしてしまうのでしょうね。


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不連続設定

Part.09 混迷



≪Site of Camera≫

 女が夜の闇の中を駆けていた。
 深夜1時。
 さすがに雑多なアーケード下の商店街は静かだ。
 「何でヤツがこんなトコにいるのよ!」
 舌打ち。
 薄闇の背後を駆けながら振り返り、金色の左目で追跡者を見据える。
 黒いスーツの男だった。
 キツネの様に細く鋭い目には微笑すら浮かべて『狩り』を楽しんでいる。
 「クソッ!」
 女はアーケードの中央通りの一角で細い路地に飛びこんだ。
 汚水だろうか?広がる水たまりを駆け抜け、女は息を切らせて細い路地を右へ左へ。
 だが首の後ろあたりにはひっきりなしにちくちくとした殺気を感じ取っている。
 「?!」
 女の足が、止まる。
 目の前は壁……すなわち。
 「行き止まり、ですね」
 男の声に女は振り返る。
 黒スーツの男だ。懐に右手を忍ばせている。
 「全く、偶然というものは恐ろしい。まさかこんなところで貴方に再会できるなんて。そう思いませんか? 機神さん?」
 「ああ、全くだね,シャーウッド」
 暗闇の中、機械の左目だけが仄かな光を放っている。
 男は機神と呼んだ女の言葉に苦笑い。
 「そのHNは今ではもぅ使っていませんよ。貴方達、イリーガルコネクションを敵に回したその時から、ね」
 「んじゃ、有森と現実世界の名前で呼ぶとするかね」
 女は肩の力を落して男に言葉を返す。
 有森は右手を懐から出した。握ったものを女に突き付ける。
 小型銃・デリンジャーだ。
 「死んでもらう前に訊きたい事があります。宜しいですか? レディ?」
 「まぁ、死ぬ気はないけどね。何だい?」
 ポケットから煙草を一本,口に咥えて女は応えた。
 有森は丁寧にもライターを放って寄越す。
 「貴方達イリーガルコネクションの7人目……愚者のカードを持つ者は見つかったのですか?」
 「へぇ、一応気にしてるんだ」
 女は煙を一吐き、くゆらせる。
 「アンタらを滅ぼすことの出来る、無知を味方にしたネットワーカー,私達の7人目となるモノ、ね」
 クスリと、女は笑う。
 イリーガルコネクションは電脳世界に存在する、PC全般を取り扱う数多くの無名に近いサークルの内の一つである。
 だが、サークルを構成する人間はS級に属するハッカーやプログラマー,クラッカーや技術者であると有森の握る情報にはあった。
 イリーガル=非合法と言うだけあって、彼らに善悪の区別はない。
 ただ、技術の追求,探求を第一に活動する一団なのだ。
 時には犯罪行為も行い、そして時には善行も行う。
 かつて、有森の主とイリーガルコネクションが接触したことがあった。
 結果は『対立』と『抗争』。
 これによって有森の主は片足を失い、イリーガルコネクションのリーダーである目の前の女は左目を失った。
 そう昔のことではない。
 有森が当時の怒りを思い出すのにそう、時間は掛からなかった。
 機神はもう一度、大きく煙を吐いた。
 彼女にはすでに先程の疾走の疲労は取れているようだ。
 「有森さん,アンタ、何か勘違いしてない?」
 「何をだ?」
 「7人目の事に決まってるでしょう? それを聞きたいんじゃないの?」
 「…」
 無言のまま、彼はデリンジャーを構え直す。
 「7人目は「見つかる」ものじゃない。「見つける」ものなのよ。そして「育て上げる」!」
 ニタリと、機神は形の良いその顔に、壮絶な笑みを浮かべた。
 有森が身の危険を察知し、引き金を引いたのと同時だった。
 天から空間を引き裂くような白光が、彼と女の間に落ちたのは………
 その日、2度目のキラー衛星・来火のレーザー砲『メテオ』がクラックされたと記録には残されている。



≪Site of Amon Tutimikado≫

 「では那智師匠,行ってまいります」
 「亜門くん、気をつけてな」
 俺は飄々とした老人に朝の挨拶を告げると、学生服に袖を通し玄関に出た。
 そこでは巫女装束の女が一人、箒で庭先を掃いている。
 彼女の名は伊織。なんかロボットらしい。俺は機械は苦手だ。
 昨晩の侵入者の件は朝食の時間の際に那智師匠に話してある。
 あの老人は「楽しそうじゃのぅ」とニヤリと笑うだけだった。侮れん。
 そもそもあんな老人を師匠と呼ぶのが差し控えられる。俺は何一つ、あの老人から学んではいない。
 不満はたくさんあるが、そんな事を考えている暇はない。
 今日は俺の苦手な英語のテストがあるのだから。
 俺はいつもよりもやや早足で、学校までの道のりを英単語を思い出しながら歩いて行った。


 ぽすっ!
 俺の胸に彼女がぶつかってきたのは学校の中庭のところである。
 いや失礼。
 俺が丁度、本日3度目の『interesting』の単語を思い浮かべてその意味を唸っていたところで、俺の前方不注意だ。
 「あ、すまん」
 俺は一歩後ろに、下がる。学年は一つ上の三年生だった。
 そして彼女には面識があるし、北見とかいう口うるさい女のような強暴なヤツではない。
 だから俺はこう、挨拶した。
 「おはようございます、若桜先輩。早いですね、部活か何かされているんですか?」
 「あの…えと…その…」
 妙におどおどした顔で俺を見上げると、彼女は俺と視線を合わせまいとして慌てて顔を下に背ける。
 「先輩?」
 「あの…誰?」
 小さい声でいきなりショッキングなことを言う。俺の学生服姿を見たことなかった…からか??
 「誰って、土御門ですよ。こみパにも一緒に行ったでしょうが。それに昨日も神社の弓道場でお会いしませんでしたっけ?」
 「え…その…どういう…」
 両手をわななかせ、彼女は俺をそっと見上げると、
 「ごめんなさい」
 言い残して走り去って行った。
 「…なんなんだ? 一体ぜんたい??」
 校門の方へと駆けてゆく小柄な彼女の後姿を、俺はぼんやりと見つめるしかなかったのだった。


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