You get "Lucky".
You think your unlucky.

 

 俺は大あくび。
 夏はすぐ傍にいるらしい,朝だというのに照りつける日差しは強い。
 そんな朝日を浴びながらの通学路、一人俺はもう一度あくび。
 ”昨日は結構遅くまで起きてたもんなぁ”
 僅かに時間は遡る。
 俺は机に珍しく夜遅くまで向っていた。しかし教科書を広げていた訳じゃないが。
 例の橘ネットワーク社の開発する家電製品向け汎用の新OS『皐』に関する情報収拾である。
 これまでで気づいた事は、この次世代家電OSに橘ネットワーク社が組み込もうとしている特定キーワードによる監視機構は、長所もあり短所もあるということだ。
 しかしながら、連続殺人犯にすら人権を主張するこの世の中では短所の方が広く非難されるに違いないだろう。
 「これはいかんともしがたいなぁ」
 「誠一さんはどう思われますか?」
 デスクトップエージェント『乙音』はモニターの向こうから問い掛ける。
 「俺も…どちらかというと反対かな」
 「それはどうしてですか?」
 「気分的に、ね」
 苦笑いでそう答えた。
 この乙音,PCに疎い俺ですら彼女の存在は『通常ではない』と思う。
 彼女は自ら考え、行動し、そして意見を出す。いくらAIが発達しようと、今の技術力でこんなことは可能なのだろうか?
 ”そもそも買った店も怪しかったからなぁ”
 店主の顔をうる覚えながらも脳裏に。このPC、どこかの研究所の盗品じゃなかろうか?
 「気分的に、ですか。それはまだ誠一さんの中で結論が出ていないということですね」
 「ん〜、まぁ、そうなるかな」
 「そんな誠一さんにインスタントメールが来ています。というか…申し訳御座いません,私、トラップに引っかかってしまった様です」
 「トラップ?」
 眉をしかめる俺に、乙音は申し訳なさそうに,それでいて探る様に俺の顔を覗く。
 「…どんなメールだい?」
 「橘ネットワーク社の技術員主任からです」
 「??」
 「先日、私が橘ネットワーク社のサーバーにハッキングをかけて情報を閲覧した際、外したと思っていたトラップがダミーだったみたいです」
 「ハッキングって…君はそんなことまでやっていたのか??」
 さすがに驚く。幾ら疎い俺でも分かる。彼女のやった事は産業スパイと同列だ。
 「私のハッキング/クラッキング能力ランクはA+に属します。滅多な事では発覚されないのですが…もっとも最終接続地点までは発覚されなかったのですが、こちらのメールアドレスが漏れてしまった様です」
 「……滅多な事が起きたってことか」
 「申し訳ありません」
 俺のやや怒りのこもった声を察してだろう、しゅんとしてしまう彼女に思わず小さく笑う。
 ”ホント、人間みたいだな”
 「で、メールって言うのは?」
 「は、はい。ハッキングの際に23まで多重トラップを潜り抜けた事を評価されたようで、先方もこちらに興味をもったようです。また私の閲覧したファイルが現在ハッカーの興味対象であるアクア オブ ソウル関連ではなく、次世代OSにのみ特化していた事,この2点を踏まえて先方はこちらが『持っているであろう,皐に関する疑問』に直接答えて下さるそうです」
 「……それって?」
 「要するにチャットでこちらの疑問、質問に直接答える時間を取ってくださるそうですわ」
 「へぇ、律儀な人だね」
 「向こうも一人でも疑いを晴らしたいというのがあるのではないでしょうか?」
 「そか、で、いつだい?」
 「今夜9時です。橘ネットワーク社主任のHN『シャーウッド』氏ですわ」
 ”一応、本名じゃなくHN使うんだ”
 「分かった。でさ、どんな質問した方が良いかな?」
 「そうですねぇ…」
 そしてその夜、乙音との打ち合わせが遅くまで続いたのだった………
 「ふぁぁ…」
 学校まで後少し,住宅街のT字路を右に曲がった時だった。
 「おはようございます!」
 左手から元気な女の子の声が横から刺さる。
 「おはよう」
 と、返事をするが…知った声ではない事に気付き慌てて振り返る。
 俺の隣を歩く彼女は、俺と同じ慶京高校の制服を着込んでいる。
 学章から一年生と分かるが、やはり知らない顔だった。
 大きな瞳に朝日を映し、ツインテールが夏風になびく。『元気』という要素を詰め込んだ、そんな印象を受ける可愛らしい女の子だった。
 「あの…誰?」
 「え?」
 俺の言葉に彼女は一瞬驚いた顔,そして「ああ!」と己の手をポンと叩く。
 「ごめんなさい!」
 ペコリ、頭を下げて彼女。
 「いつも見てるお兄ちゃんの写真に映ってたから…お会いするのは初めてなんですよね」
 「はぁ?」
 「私、梅崎 沙菜っていいます。いつも兄がご迷惑おかけしてます」
 ”沙菜…梅崎 沙菜。梅崎…梅崎…梅崎って…?!”
 「って、圭の?!?!」
 「はい!」
 元気に頷く彼女に、俺はただ絶句。
 ”ちょっと待て!”
 「圭は確か…父親と2人きりの父子家庭だったはずだぞ」
 そうだ、ヤツは幼い頃に母を亡くして、警官である父と2人暮らしだ。
 妹なんていないはずだが。
 「えと、私の姉がお父さんと,じゃなかった、お兄ちゃんのお父さんと結婚したんです」
 ”なるほど”
 「なんだ………はぃぃ?!?!」
 さらりと難解な事を言ってくれるな!
 俺は考えをまとめる為に立ち止まる。この子が嘘を付いている可能性は、
 横目で彼女をチラリ、見る。
 ないな。
 「どうかしました?」
 「ちょっと頭が混乱して…」
 要するにだ。
 圭の父が再婚したということだ。
 そういや、前に圭のやつが変な事言ってたっけ?
 まぁ、それは置いておいてだ。
 彼の父の相手がこの沙菜ちゃんの…母ではなく姉。
 姉って何歳だよ。
 「沙菜ちゃん?」
 「はぃ?」
 「お姉さんって歳、おいくつ?」
 「女性に歳を尋ねちゃいけないですよ」
 「今回ばかりは教えて。ひょっとしたら犯罪かもしれないから」
 「そうなんですか?」
 圭の父は確かに若いが……たしか、そう、42だったはず。
 「姉は21ですよ」
 「犯罪だ! 警官が犯罪起こしてる!!」
 「それは大丈夫ですよ」
 歳にしては大きめな胸を張って沙菜ちゃん。
 「愛があれば大丈夫だって言ってましたから」
 「おぃおぃ…」
 そりゃ、ノロケだ。
 「でも良く両親が許したねぇ」
 「いませんから」
 「え?」
 「ずっと昔に死んじゃったんです。私、お姉ちゃんとずっと2人で生きてきたんです」
 遠い目をして言う彼女。
 ヤバイ…言ってはいけない事を言ってしまった!!
 「家族ってこんなに暖かいものだと思いませんでした。お姉ちゃんも笑えるようになったし、お父さんはカッコ良いし、お兄ちゃんも優しいし…こんなに幸せでちょっと不安です」
 笑ってペロリ、舌を出す彼女。
 なんとゆ〜か,こういう子は無条件で一生幸せになってもらいたい。だから、
 「今まで甘えられなかった分、圭にどんな無茶言っても良いからね。俺が許す!」
 拳を握って俺は笑う。
 「はぃ! あ、それで今日はお兄ちゃんに会いませんでした?」
 「?? まだすれちがってもいないけど…朝、顔合わせなかったの?」
 「ええ、いつの間にか先に学校行っちゃったみたいで。昨日から様子がおかしいんです」
 おかしいのはいつもだけど…?
 「昨日、何かあったの?」
 「何か…という訳ではないんですけど、お父さんとお姉ちゃんが新婚旅行に行っちゃったんです。もしかしてお兄ちゃん、お父さんに甘えられなくて寂しいのかな?」
 それはないぞ、絶対。
 俺はしかし、圭の行動の理由がこの時はっきりと分かった。
 最近の圭の疲れた顔,その原因はこの沙菜ちゃんに違いあるまい!
 ”今まで俺に事ある毎に苦労をかけさせた礼、今こそ払ってもらうぜ”
 いたずらという悪意の芽が心の底で発芽する。
 「沙菜ちゃん、それは予想通り、君のお姉ちゃんに父親を独占されてひがんでるんだよ」
 「…やっぱり」
 納得というか、弱ったというか、困った顔の彼女に続ける。
 「だから圭の寂しさを沙菜ちゃんで埋めてあげたらいいんじゃないかな?」
 「私?」
 「圭も前っから『可愛い妹がいれば良いのにな〜』なんて言ってたし」
 嘘ではないぞ。
 「そうなんだ! ありがとう,市村さん!! よっし、がんばるぞ〜〜」
 何を頑張るのか良く分からんが、きっと圭は喜んでくれるだろう。
 ……理性が崩壊せにゃ、良いが。


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不連続設定

Part.10 Re : Start up



≪Site of Camera≫

 乙音が侵入に気付くと同時に、全身がフリーズする。
 その間、わずかに0.1nsec,人間業ではない。
 そいつは乙音が再起動する暇も与えない,僅かに視覚素子のみの再起動に成功し…
 乙音は息を呑む。
 「へぇ、どこで手に入れたんだい,これは?」
 ”あ、貴女は…”
 誠一のPC、すなわち乙音の住まいに立ち入ったのは『姿を持つ意識』。
 この情報で構成されるワイアード空間において、人や人工知能やプログラムはある姿を持つ事が出来る。
 例えばHPの閲覧などは目だけの姿を,チャットならば口と耳だけ。
 ハッカーやクラッカーはそれに手が付く。
 しかしワイヤード空間に強い干渉力を持つ者はその姿をはっきりとした、確実な物をとる事が出来る。
 例えば乙音の知る特A級ハッカー『スプーキー』はピエロの姿,A級の『アリス』は目隠しをした女の子だし、『パワー』などは機械仕掛けの天使だ。
 だが目の前の存在は、一線を画していた。
 その姿は燃えるような赤い袴に純白の上着,そして白いその面には赤い瞳が輝いている。
 何よりも、見る者全てに与える緊張感・ただならぬ威厳を纏っていた。
 乙音はあるはずのない恐怖を身の奥底に感じつつ、目の前の彼女の正体に感づいている己に気付く。
 どのような世界にも、伝説は存在する。
 このワイアード空間にも、だ。
 伝説――その気になれば全てのワイアード空間を麻痺させ得る能力を持った、S級を超える超S級のハッカー。
 その名は『赤き巫女』。
 彼女にかかって破れぬセキュリティは存在しない。
 腰に提げるは高機能攻勢プログラムとの噂の秘剣『明星』。
 その赤い刀身の一振りは何物をも紙の様に切断すると言われる。
 そんな赤き巫女の輝く赤い瞳に見つめられると同時、乙音は視線すら動きが取れなくなった。
 実体のないはずの乙音に、冷や汗が流れる。
 暁の巫女の右手が乙音の額にするり、潜りこんだからだ。
 「うぁ?!」
 「暴れると痛いよ」
 感情の抑揚がない声。だが乙音は暴れるどころか身動き一つ出来ない。
 頭の中,すなわち記憶を直接観察される乙音は、敵意を剥き出しに赤き巫女を睨み付けた。
 しかし赤き巫女は動じる事もなく、検索を続ける。
 「ふぅん,アンタ、イリーガルコネクションの手が入ってるのね。道理で……でも遠回しなこのやり方はスプーキー主導って訳じゃないってことか」
 「一体…何の為にこんな…」
 どうにか声を絞り出す乙音。
 「大丈夫だよ。私はどちらかというと、何があろうとアンタの側に付くことになるだろうからさ。でも…私のコトは忘れてもらうよ」
 乙音の頭の中で何かを、暁の巫女は弾いた。
 「あ…」
 声が漏れると同時、乙音はハングアップ。
 フェイドアウト――



≪Site of Seiithi Ithimura≫

 「それじゃ、圭に会ったらガツンと言っておくよ」
 「うふふ…、はい」
 校門で、俺は沙菜ちゃんと別れる。学年毎に校舎も異なるからだ。
 話しながら歩いてきたせいだろう,朝のHRまであと5分だった。
 部活の朝錬の連中も戻ったらしく、校門前にある人の姿はまばら。
 と、校舎へ振り返った俺の胸に何かが飛びこんだ!
 「へ?!」
 そこには息切れする…若桜さん?
 「ヤバイわ」
 額に汗し、苦しそうな顔で俺にもたれるのは、
 「アリス?」
 「玲ちゃんが気付き始めてる」
 息を整えながら、アリスは俺の胸に額を当てて呟く様にして言った。
 「お前にか?」
 「いいえ、記憶の捏造に、よ」
 アリスは彼女が『こちら』側に出現している間は、若桜さんが疑問を持たない様、その時間の記憶を『作り上げている』と言っているのを思い出した。
 「ヤバイ…のか?」
 「まだ早いと思う。もうちょっと世間慣れしてからじゃないと」
 「……」
 ようやく息の整ってきたアリスに、俺は前から思っていた納得の出来ない事が喉元に溢れる。
 「何よ?」
 「お前は…いいのか?」
 「はぃ?」
 「若桜さんの自立、だっけか? それが出来たらお前はどうなるんだよ、消えるのか?」
 「……初めに言ったよね?」
 溜息とともにアリス。
 「?」
 「私は死にたがっているのかもしれないって」
 「あ、ああ」
 真摯な瞳のアリスに、俺は返答に困った。
 「私は玲ちゃんの為に存在している騎士『アリス・リデル』。彼女が私の全てであり、私は彼女の一部に過ぎない」
 達観したような彼女の言葉。だからこそ、納得できなかった。
 「俺は嫌だな」
 「え?」
 「若桜さんも好きだけど、アリス,お前も好きだよ。消えて欲しくない」
 「バカ…」
 ドス!
 「うっ!」
 鳩尾に軽くではあるがパンチを食らい、思わず唸る。
 「どうしてお前はそんなことをっ!」
 「アリス?」
 右手を添えて俯いたまま、アリスは続けた。
 「そんなコト、思うなっ! でないと私は…消えるのが辛いだろぅ」
 震えながら苦しげに小声で叫ぶ彼女の頭を、軽く撫でる。
 徐々にアリスから余分な力が抜けて行くのが分かった。
 彼女は顔を上げぬまま、こう言った。俺に対して『最期』の言葉を。
 「玲ちゃんはきっと一人でも大丈夫。でもお前が傍にいてくれたなら、私は安心して消えることが出来る」
 「アリス?」
 「っ?!」
 顔を上げるアリス,その頬は涙で濡れていた。
 いや、彼女はすでにアリスではなく、
 「若桜…さん?」
 「私、どうして…市村さんに? あれ…」
 己の頬に触れる。
 「私、どうして…泣いてるの?」
 よろけながら後ろへ一歩、二歩、
 そして、校門に向って駆け出す。
 「若桜さん!!」
 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん♪
 予鈴が鳴ったのを意識の隅に記憶して、俺は彼女の後を追う!



 みるみる小さくなる若桜さんの背中。
 「なんであんなに足が速いんだ?!」
 駿馬を思わせる走りっぷりで校門を飛び出し右に曲がる彼女を追う僕もまた、飛び出すと同時に、
 ガツン!
 「「ぎゃ!!」」
 校門に飛び込んできた誰かと額同士がぶつかり、お互い転げまわる。
 あまりの痛みに思わず涙がポロリ。
 歪む視界に入って来たのは、
 「圭かよ!」
 「セィちゃん,急に出てこんとってや!」
 コイツ、沙菜ちゃん置いて先に出たんじゃなかったのか?
 まぁ、良い。
 「圭,ちょっと色々あって、俺と若桜さん、遅れるから。なんとか誤魔化しといて!」
 「はぃ? ちょ、ちょっと待ちや〜、セィちゃ〜〜ん」
 背中にそんな声を聞きながら、俺は若桜さんの後を追う。
 校門を曲がって右というと、ほぼ一本道。
 その先にあるのは……北野天神社だ。



≪Site of Rei Wakasa≫

 さすがに疲れて来た。
 こんなに走った事が、これまであっただろうか?
 こんなに速く走れた事が、これまであっただろうか?
 ここは学校の裏に『あるという』神社の境内。
 来たことなどないのに、何故か私はこの場所を知っている。
 恐かった、泣きたくなってきた。
 「私は……」
 ”私は誰なの??”
 当たり前だった日常、ありふれた日常の記憶。
 その全てが、まるで張りぼてだった様に私の中から剥がされて行く。
 剥がされたその中に息づき、広がるのは…
 「あ…」
 目に映る深緑の木々と、階段の向こうに見える眼下に広がる街並みは、すでに私の視界にはない。
 映るのは私の『知らないはず』の記憶。
 断片的に蘇る記憶はしかし、私の本来の記憶を汚すことなく良く馴染み、鮮明に刷り込まれて行く。
 私は一瞬蘇った記憶に、頭を抱える。
 知らないはずの記憶――
 乗れるはずもない原動機付き二輪車を飛ばして彼らの前に横滑りをする私。
 彼ら――市村さんに、同じクラスの梅崎さん,先程初めて出会った土御門さん――そぅ、梅崎さんと土御門さんに出会ったのは、私が知るよりも前のこと。
 そんな彼らに、『私』は不敵とも言える笑みを浮かべていた。
 それは私じゃない,まるでアリスのような。
 私が憧れるもう一人の自分――電脳世界にのみ演じ得るもう一人の私――アリス=リデル。
 「アリス?」
 己が口をついて漏れる言葉。
 途端、
 私の全ての記憶が陽光の下に晒される錯覚に陥った。
 記憶という無限に広がる布は、つぎはぎだらけ。
 しかしそのつぎはぎは、現実世界の私の頬を撫でた風とともにいっぺんに消え去る。
 「あぁ……そうだったの……」
 覆いが全て消え去った真実の私の記憶を見渡し、私は嘆息した。
 目の前にいつしか立っているのはもう一人の私。
 愛しむような、しかしそのことに疲れたような、そんな笑顔を浮かべている。
 ”いえ、『いつしか』ではないですね”
 『いつも』私の後ろに立っていてくれた、その名はアリス。
 情けないくらいに弱い『私』を護る為に生まれた、理想の『私』。
 知らなかったのではない、知っていたはずだった。
 私は今まで彼女に甘えていたから……見たくないものを見ないで、全て彼女に任せてしまっていた。
 そしていつしか私は彼女を忘れてしまったという錯覚に捕らわれていた。
 「どうする、玲ちゃん?」
 私と同じを顔をしたアリスは問いかける。
 「まだ私は…必要かしら?」
 私自身の口を借りて発せられる彼女の言葉。
 答えは要らない。
 私達自身が再確認する為に言葉を発しているに過ぎないのだから。
 私は彼女に向って両手を伸ばす。
 彼女もまた、安らかな微笑を浮かべて私に両手を伸ばした。
 触れ合う手と手。
 交じり合う記憶と記憶、心と心。
 私は彼女の全てを受け入れる。
 今まで目を背けてきたこと,見たくなかったこと,現実と理想の格差……そして、彼女『アリス』の抱く気持ちも。
 その瞬間、『私』は消え、『アリス』も消えた。



≪Site of Seiithi Ithimura≫

 結構長い石段を登りきったそこは北野天神社。
 社務所に控えている伊織が掃除をしているのだろう,社に向う石畳は掃き清められている。
 えも言えぬ荘厳な雰囲気がある境内の、古い社の前に一人だけ人の気配があった。
 「若桜さん!!」
 俺の声に、彼女は顔を上げる。
 「若桜…さん?」
 駆け寄り、しかし俺は訂正。
 「アリスか。若桜さんは大丈夫か?」
 問いに彼女は何処か困った笑みを浮かべ、そしてニヤリといつもの何かを企んだ時の笑みを浮かべた。
 「大丈夫。全然問題ないわ」
 「そか。てっきりアリスが消えたのかと思ったよ」
 「ん〜、それは間違ってはいないですね」
 「え?」
 言葉遣いに、気が付いた。
 それは唐突に吹く夏風の様に
 俺の肩に手をかけた若桜さんは瞬間、俺の唇をふさぐ。
 呆気に取られる俺を見て、クスリと微笑む彼女。
 その次は彼女の表情――力強く見えながらも、どこか折れそうな儚さで気付く。
 「今のは……アリスの気持ちが8割,今の私の気持ちが2割です」
 最後に言葉と態度で判明。
 アリスは若桜さんの一部となったことを。
 「…若桜さんの気持ちがたった2割なのかぁ」
 「あ、いえ、その……あの、もっとです、ごめんなさい」
 顔を真っ赤にして俯いてしまう若桜さん。
 次の瞬間、お互いクスクス笑いあった。


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