You put a Ring.
You promise a Dream.

 

 『はーどぼいるど』『にひる』『だんでぃ』とゆ〜言葉は僕の為にある。
 漢ならば一度はそう思うに違いない。
 地上最強を夢見るのと同じ位の頻度で、きっと夢見るはずやし、少なくとも僕はそうやった。
 ……まぁ、某同人活動などえ「萌え〜」などとはしゃぎまわっていた事もあるが、あれもあれで漢らしいので良しとしよう、うん!
 そもそも同人活動は想像力を形にする行為であって、その想像したものが必ずしも現実で起こる事を夢見ている訳ではないんや。
 さて、この章の出だしは僕に任せてもろうた以上、こんな前置きを念頭の上で楽しんで貰えたらと思う。
 生涯芸人魂を持ち続ける、この梅崎 圭の名にかけて!!
 ……いや、まじで僕は辛いんやで,いちお〜人並みのモラルは持ち合わせてんねん。


 朝6時――
 自然と目が覚める。
 母が死んでこの12年間、繰り返してきた習慣というものは簡単には崩れるものではない。
 カーテンを開ける。
 「良い天気や」
 初夏を感じさせる強い朝日が、僕の目に突き刺さる。
 目は覚めているが、胃は目覚めていない。
 いつもの通り、濃いインスタントコーヒーを流しこむとしよう。
 眩しさに目を細めつつ、僕は寝間着を脱ぎ捨て、壁に掛けておいたYシャツを手に取る。
 ガチャリ――
 背後で起きた小さな音は、僕の部屋のドアを開く音。
 「おはよっ、お兄ちゃん! 朝だ……よ?」
 元気良く飛び込んできたのは栗色の髪が朝日に光る女の子。僕と同じ慶京高校の制服の上から白いエプロンを着けている。
 僕を兄と呼ぶその少女の視線が、挨拶の末尾と共にある一点に…
 「いやぁぁぁ!!」
 彼女の振りかぶるは、花山顔負けの右ストレート!!
 「なぜぇぇぇ〜〜〜!!」
 思いきり顎に一撃を食らい、僕は窓を突き破って朝日輝く晴天の彼方に消えて行った……。


 我が梅崎家は父子家庭やった。
 僕の母は、僕が小学校に上がる時に病気であっさり他界。それ以来、僕とオヤジの2人での生活が続いていたんや。
 別にオヤジが再婚したとしても、それはそれで良いと思っとった。結局は親子であっても別の人間であるという考えが昔から僕にはあったし、何よりオヤジ自身の仕事柄、あまり家に顔を出さないということも影響しているのやろう。
 だがオヤジに特に色気のある話もないまま、僕は来年大学受験を迎える。
 ある意味味気ないこの生活は、僕がこの家を出る歳になるまでずっと続いて行くものやと思っとったんやが……
 「圭、お前のお母さんだ」
 「よろしくね、圭ちゃん♪」
 「なにぃぃぃ!!!!」
 一週間前、オヤジは再婚した。
 相談も何もなしにだ,まぁされても困るんやけど。
 しかし問題は結婚ではない。
 その相手、や!!
 相手の女性は柊 沙耶さん。
 御歳20歳!!! 30近くも歳に開きがあるやんけ!
 っつうか親子ほどの違いがっ!
 「オヤジ,犯罪はアカン!!」
 「はっはっは,嫉妬するなよ,圭」
 「さぁ、圭ちゃん,私をお母さんって呼んで♪」
 「呼べるかぁぁ!!! 僕とアンタ、2つしかと違わへんやんけ!」
 と、オヤジの目がギラリと光る,肉食獣の瞳だ。
 「圭ぃ〜、お母さんに向って『アンタ』ってのは何だ、あ〜、コルァ」
 ……コイツ、人間じゃねぇ,色んな意味で。
 2人の親を前に内心汗しながら僕は気付く。
 沙耶さんの背後に同い歳くらいの女の子がいることに。
 「んじゃ、父さん達は新婚旅行に行ってくるから、留守番,ちゃんと2人でするんだぞ」
 「はぃ?」
 「沙菜、お兄ちゃんに迷惑かけちゃダメよ」
 「はい」
 「はぃ??」
 「「では!」」
 シュタッと手を振って風の様に去って行くオヤジと沙耶さん。
 そして僕と、女の子が残された。
 「……っちゅうかアンタ、ダレ?」
 状況に乗り遅れてついて行けない僕は、ポツンと佇む少女に問う。
 髪をツインテールにした、どことなく沙耶さんに似ている彼女。僕と同じ高校生くらいだろうか?
 そんな彼女はニコッと微笑んでこう言った。
 「私、沙菜って言います。よろしくね、お兄ちゃん♪」
 「そっか、沙菜ちゃん言うんか、よろしくな………って何やてぇぇ!!!」
 それがボケではないことを認識するのは、ツッコミ役がいないという事実がどうでも良いほどだった。


 「いてて…」
 「ゴメンね、お兄ちゃん…」
 沙菜の小さな手がぎこちなく僕の顎に伸びる。
 張られるはサロ●パス,湿布薬の独特の匂いが嗅覚を刺激した。
 「部屋に入る時はノックしてからにしてや」
 「うん…」
 うなだれる沙菜の頭を軽く撫で、僕は問う。
 「でも何で今日に限って起こしにきたんや?」
 「ん…あの、あのね…」
 おずおずと話し出す沙菜。
 彼女は沙耶さんの妹に当たる娘だ。
 もともと沙耶さんと2人暮らしをしていて、彼女が結婚するにあたってこの家にやってきた。
 実際は僕の叔母に当たるのだが、僕の一個歳下なので妹ということになっている。
 沙菜自身、兄――というか家族が出来ることを夢見ていた様で僕に懐いてくるのだが、これが僕にとって非常に困る。
 沙菜が『可愛すぎる』ということ,これがネックや。
 そしてオヤジと沙耶さんが新婚旅行で不在であり、しばらく2人きりの生活であるということ。
 以上を以ってして、ちゃんとモラルを持つ健全な青年である僕の地獄は始まったのやった。
 ともあれ2人きりの生活が始まって三日目,もぅ、なんというか色々な事件があったんやけど何とか乗り越えて来たんやが、今朝のコレや。
 「お兄ちゃんのお友達のね、市村さんが『朝、耳元で「おはよう、お兄ちゃん」って言ってあげると、きっと喜ぶよ』って沙菜に教えてくれたの、だから…」
 「なんでセイちゃんのコト、知ってんのやぁぁ?!」
 悲鳴を挙げてしまう僕。
 「昨日の朝、偶然会ったの。お兄ちゃんの写真に良く映ってる人だったから知ってたんだ」
 ということは…セイちゃんに今、僕が隠している沙菜という秘密がバレれいることになる。
 「……ぐはっ!」
 「お、お兄ちゃん,急に吐血して!?」
 「僕はもぅ、ダメや……恥ずかしゅうてガッコに行けへん」
 精神疲労で胃に穴を開けながら、僕は頭を抱える。
 「…かな?」
 「ん?」
 沙菜の小さな声に、僕は顔を上げる。
 俯いて表情の見えない彼女は消え入りそうな声でこう呟いていた。
 「……沙菜が妹なのって…やっぱりお兄ちゃんに迷惑、かな?」
 はぅ!
 「い、いや、そんなこと…」
 つぃと顔を上げる沙菜の瞳は涙ぐんでいた。
 それを見た瞬間、僕の口は勝手に動いていたのだった。
 「そんなこと、あらへんよ! も〜、自慢の妹や、セィちゃんも羨ましがるやろなぁ」
 「ホント?」
 「こんなことで嘘ついてどうすんのや。ゴメンな、沙菜。ちょっと僕が恥ずかしかっただけや,可愛い妹が出来て、僕も嬉しいわ〜」
 ”言ってしまった…”
 心で涙。
 「ありがとう、お兄ちゃん♪」
 笑顔になった沙菜に、ほっと一息。
 そしてつい、口を突いて出る一言。
 「沙菜もこんなカッコイイ兄貴ができて、嬉しいやろ?」
 「え…う、うん,でも……そ、そうだね、うん!」
 なんだ、その煮え切らない返事は…
 再び心で涙する僕だった。
 ともあれ、こうして僕の硬派な学生生活は崩されようとしていたのである。
 ……いや、まじでつらいんやでぇ!


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不連続設定

Part.12 決裂



≪Site of Camera≫

 「……とゆ〜わけで妹ができたんや」
 四時限目が終わり、昼休みの開始を告げるベルが鳴ると同時、梅崎は市村にそんないきさつを告げていた。
 それを聞く市村は興味なさそうに机に肘を付いて聞いている。
 「幸せそうでよかったね、圭」
 「ど〜してそういう結論になるんや〜〜!」
 「でもさ」
 横に入って来たのは若桜だ。両手に手提げ袋を抱えていた。
 「梅崎さんと、その沙菜ちゃんって、血は繋がっていない訳よね」
 「そうやね」
 「んじゃ、結婚も出来るね〜」
 「「………」」
 無言になる梅崎と市村。
 一瞬早く我に返った市村が弱々しい声でツッコンだ。
 「な、なかなか臓腑を抉るようなジョークを言うね、若桜さん」
 「ジョークじゃなくて事実ですよ。法的にも問題ないし」
 「グハッ!」
 梅崎、本日2回目の吐血。
 「け、圭! 大丈夫か?!」
 「ううっ……逃げちゃダメや、逃げちゃダメや、逃げちゃダメや……」
 「圭ぃぃぃ! 帰ってこぃぃぃ!!」
 ぶつぶつ己の手のひらを見つめながら呟く梅崎の肩をがくがく揺する市村。
 「あの、すみません」
 困り果てた少女の声に、三人は振り返る。
 そこには話題の少女が手に包みを持って立っていた。
 「お兄ちゃん、お弁当……渡し忘れちゃった、ゴメンね」
 コトリ,沙菜は机の上に置いて、市村と若桜に一礼。
 顔を赤らめて早足で教室を出ていった。
 「「愛妻弁当?」」
 「はぅ!」
 市村と若桜のハモった声に、梅崎は完全に戦線を離脱したのだった。
 真っ白に燃え尽きた彼を横目に、市村は仕方なしに教室を後にする。
 「しょ〜がないな,今日は一人でうどんでもつつくかな」
 ポケットに手を入れて中のコインを手触りだけで確認しながら彼は呟き、
 ぎゅ
 その袖が引っ張られた。
 「ん?」
 廊下を出たところで市村はその足を止める。
 そして階段の方へと引っ張られた。
 「ど、どうしたの? 若桜さん?」
 彼の顔を見ずに、右手を掴んで引っ張りながら階段を登るは若桜だった。
 市村は首を傾げつつ、従う。
 やがて2人の頬を風が撫でた。
 屋上、だ。
 昼休みは生徒に解放されているそこは、昼休みも半ばということもあって人はまばらながらもいるが、教室ほどではない。
 「市村くん,お昼、まだでしょう?」
 彼を見上げる様にして問う彼女に、小さく頷く。
 若桜はそんな彼の返事に嬉しそうに,やや恥じらいを込めて、両手に持った手提げ袋を抱えながら言った。
 「お弁当多めに造っちゃってね,一緒に……食べましょ!」
 空は透き通る様に青かった。こんな日に屋上で弁当,なんてのは青春の一ページだ。
 市村は彼女の手を取り、フェンスの一角へ。
 二人並んでフェンスに背を預けて座る。
 若桜の膝の上には弁当箱2つ,その内の一つを彼女は市村に手渡した。
 「良い天気だねぇ〜」
 彼は一つ背伸び,ふと何か思い当たる事があったのか、彼女に問う。
 「若桜さん?」
 「ん?」
 市村に向く若桜の顔は、やや赤い。
 「何でここに来るまでに、隠れる様に引っ張ってきたの?」
 「何でって…」
 彼女は困った様に照れ笑い。
 「みんなに冷やかされるの、なんかイヤじゃないですか?」
 「そか?」
 市村は軽く頭を掻きつつ、弁当箱を開ける。
 中は特に目立った特徴はないが、まるで弁当の見本ともいうべきモノだった。
 「市村くんって、案外そ〜ゆ〜のはニブイのね…」
 溜息と共に吐いた若桜の言葉に、
 「好きな相手との仲だったら別に良いじゃないか?」
 言われて若桜の頬が更なる朱に染まった。
 黙ってしまった彼女に、市村はただ困った視線を送るのみ……


 ”どういうことだ?”
 シャーウッドとこ有森はその事態に気付き、首を傾げる。
 昨夜のセージとのチャットによる外部――すなわち世のハッカー達へのアピールは、途中予想外の侵入者はあったものの、ほどほどの結果に終わった。
 今夜のセージの返答がYesであれNoであれ、こちらの主張は『一般的な人間』であるセージを通して不特定多数の彼らへ行き渡る事だろう。
 セージが皐に関してYesの解答をするのならば数多くの協力者を求められるに違いない。
 もしもNoであればセージは彼にとって………
 ”まぁいい。しかし途中、予想外の侵入者もあったが”
 チャットソフト「CHOCHOA」を用いた通常のチャットであったが、実はあの場は『見る』ことはできても『参加』することはできないように『物理的』に彼自身が調整したはずだった。
 そこに「赤き巫女」なるハッカーが参加してきた,大きな影響力はなかったもののシャーウッドのハッカーとしてのプライドを傷つけられた事には相違ない。
 ”もしもあれは本物の『赤き巫女』だったとするならば……いや、それはないな”
 己の予測を全否定。伝説は伝説であり、現実は現実だ。
 シャーウッドこと有森は逸れてしまった己の思考を元に戻す。
 有森はこのチャットによる公開会議の前に現実のセージについて調べ上げたはずだった。
 彼のメールアドレスから本名、住所、血液型から趣味や交友関係まで。
 それはセージがイリーガルコネクションの七人目だから。
 そこからきっと有森の当面の敵である「イリーガル・コネクション」への糸口が見つかるだろうと思っていたからだ。
 しかし、今さっきである。
 調べ上げた現実のセージに関する資料その他、全ての痕跡が――記憶すらぽっかりと穴を空けて消えてしまっていることに気付いたのは。
 ”まるでPCからデータを消したような感触だな”
 有森は小さく微笑む、己のふと思ってしまった考えがあまりにも幼稚であるからだ。
 「私も疲れているのか?」
 己の頭を軽く叩き、有森は今度は苦笑。
 ”仕方あるまい,位置から洗い直しだ。今夜セージとやらを逆探知するとしよう”
 しかしシャーウッドは気付かない。
 彼のふと思った『幼稚』な考えがあまりにも現実に近い事に……



≪Site of Seiichi Ichimura≫

 わんわんわん!!
 わんわん!
 シャオオオ!!
 犬と猫の声に、俺達の足が止まる。
 今日は那智先生のトコロへは寄らずに、期末テストに備えて若桜さんと共に本屋へ。
 その道すがら、である。
 「何でしょうね?」
 「この声は…」
 俺は猫の方の声色に聞き覚えのあるものを感じ、その声の方へと足を速める。
 若桜さんもまた俺の後に続く。
 「あ…」
 T字路を曲がったところだった。
 三匹の野良犬に囲まれてコンクリの塀を背にするは白い猫。
 それは俺の飼い猫・ミィであった。
 「助けないと…」
 若桜さんの声に俺は動こうとし、しかし。
 ミィは一瞬こちらに視線を移し――
 無視,いや一瞥しただけだった。
 俺は動かない,ミィの瞳の中に声を聴いた気がしたからだ。
 『護ってもらう必要は、案外ないものさ』
 そんな瞬間の刹那、目の前の黒い犬に向ってミィは飛びかかる!
 「ギャ!」
 鼻面を引っ掛かれた黒犬は後ろに下がる,ミィは小さな肢体をしならせて二匹目に。
 その滞空時間中、ミィの視線と俺のそれとが重なる。
 ニヤリ
 猫が笑った、そんな錯覚?!
 「ヒャン!」
 一匹目との時間差は僅か1.5秒,二匹目の犬の額にミィの爪の一撃が一閃した。
 スタッ!
 元の位置に着地する我が家の猫。
 残る一匹の野良犬は、引っ掻かれて逃げ腰になる二匹を見やり、一歩後ろへ。
 それで決まりだった。
 「シャァァ!!」
 ミィの裂帛の吐息,三匹の野良犬は気迫に負けて逃げ去った。
 「……すごい猫ですね」
 「うちの爺さんに似たのかなぁ」
 今や亡き祖父を思い出す。ミィは爺さんに拾われた猫で、もぅ15歳にもなる老猫だ。
 三匹の野良犬を見送ったミィは後ろの壁――恐怖にうずくまる二匹の野良猫を一瞥した後、俺の足下に。
 「おいで♪」
 しゃがんで手招きする若桜さんを一瞥,しかし彼女には近づかない。
 「にゃおん」
 首元を俺の足首に一度擦り付け、その場を立ち去っていった。
 慌てて野良猫二匹がその後を追う。
 「え、えと…」
 「あんまり人には慣れてなくて…ごめんね」
 俺はしゃがんだままの若桜さんに苦笑いを浮かべるしかなかった。


 「お時間ですわ」
 モニターの向こうから、乙音が俺に告げる。
 約束の時間――家電OS『皐』の開発責任者・シャーウッド氏とのチャットの時間だ。
 皐に付加する監視機能,それに賛成か反対かの、俺なりの答え。
 俺は目を瞑る。
 ――若桜さんの姿が生まれた。
 彼女は困ったような、恥ずかしいような、そんな笑顔で俺に弁当箱を差し出す。
 『恥ずかしいじゃないですか』
 言う彼女――
 「なぉ」
 猫の声に目を開ける。
 白い猫・ミィだ。
 ミィは俺の踵に軽く尻尾で触れると、すぐに俺の部屋を出てゆく。
 帰宅の挨拶…なんだろう。
 そして思い出す。
 ――護ってもらう必要は、案外ないものさ
 猫の声…幻聴か。
 生きるということは容易ではない。
 だから生きている者は強い者。
 そんな彼らをすべからく護ってやる,なんて思いは慈悲ではなく高慢。
 誰かに常に何かをしてもらう…その思いは甘え――
 「さて、乙音」
 「はい」
 彼女はモニターの向こうで俺を見つめ、満足げに微笑んだ。
 どんな答えであろうと、結果を決めた俺に満足した…そんな笑顔を。
 「接続しますわ」
 彼女の声に、俺は力強く頷いた。



 シャーウッド : こんにちは
 セージ : どうも
 シャーウッド : 君なりの結論は出ましたか?
 セージ : はい
 シャーウッド :では、聞かせてください。Yesか、Noかを
 セージ : 皐の監視機能に付いては、反対です
 シャーウッド : 何故かな?
 セージ : 理由は2つ。まず技術的な問題です
 シャーウッド : 技術的ですか?
 セージ : 素人考えで申し訳ないですが、完璧なセキュリティなど、存在しない,そう思います。そして構築されたOS網は諸刃の剣となる
 シャーウッド : 悪意ある者に逆に使われると、そういうことですか?
 セージ :その通りです。そして人の作り上げた物である以上、必ず人によって其れは破られる。完全な物などこの世に存在しません
 シャーウッド : それを防ぐ為に、私は技術の全てを注いでいるのですよ
 セージ : それは完全であるという保証はありません。そして理由はもう一つ
 シャーウッド : 倫理面ですか?
 セージ : それに近いです。一言で言うと
 シャーウッド : 言うと?
 セージ : こんなものに護られるほど人は弱くないし、犯罪者はこんなものに捕まるほど安易にできてはいない。いや、犯罪対策というのならば、犯罪はこれまで以上に複雑化するはずだ
 シャーウッド : 複雑化…その可能性はあるでしょうがね
 セージ : だから、個人的な意見として反対です
 シャーウッド : そうか、一ユーザーの重要な意見として預かっておく。しかし
 セージ : はい
 シャーウッド : この時より、私と君とは敵同士、ということになる




 「警告します!」
 乙音が叫ぶ,悲痛の叫びだっ!
 「誠一さん,このPCがアタックされています!!」
 「アタック?」
 俺は首を傾げる。
 この通信は乙音によって、俺のアドレスやIPなどはフェイクが使われていた。
 しかしそれらを乗り越えて、こちらに侵入しようとする者がいる、ということだ。
 「CHOCOAからたどってきたものと思われます」
 「えと、アタックを受けるとどうなるの?」
 俺の問いに彼女は答えるが、答え方は心ここにあらずだ。
 おそらく水面下でアタックを描けているハッカーとの必死の攻防戦が繰り広げられているのだろう。
 「全ての個人情報が奪われる可能性があります,またこれほどの強いクラッキングでは」
 乙音の顔が苦痛に歪む。
 「乙音?!」
 「ファイアウォールの第二層まで突破されましたっ」
 PCの中ながら、乙音の額に汗が浮かんでいる。
 「データが全て消える可能性が強いです,すみません、回線を強制切断します!」
 叫ぶ乙音,しかしモニター越しの顔色が青い。
 「切断できません!! 攻性プログラムの侵入を受けました,応戦します!」
 背を向ける乙音。
 「ま、待て! 乙音!」
 声を聴かずに彼女はモニターから消えた。
 『攻撃元は 123.242.12.23 ,個人情報の一部を搾取されました』
 羅列する文字列。
 『全力を以って追跡の上、削除します』
 「追跡?!」
 俺は慌てて乙音にメッセージを送る。
 『引き返せ,こんなに簡単に侵入を許した奴に、勝てるわけないだろ!』
 『誠一さんのデータを持ち帰らせる訳には行きません』
 そのまま乙音との回線はシャットダウン,俺はこの時初めて乙音の言う通りにハッキング技術を学ばなかった事を悔やむ。
 嫌な予感がする,俺の個人データが盗まれたということだけではなく、もっと大きな物を失う予感が。
 モニターに目をやると、先程のCHOCHOAの画面が動いている。
 シャーウッド氏は離席し、ここぞとばかりに傍観者と思われるネットウォーカー達が参加し、ひしめき合っていた。



 フロウ : 良く言った!
 リオナ : 僕もそう思うよ
 カーズ : 一般的な見方が一番だ
 コーリン : しかしプライバシーの侵害なんてそんな簡単になされるのか?     
 ツキレー : 気楽に考えちゃいけない
 アイラ : くだらないヤツがくだらない事をしでかすにちがいない
 ジオ : けれども先に一歩進む事が必要だ




 しかしそんなものは今の俺にはどうでも良かった。
 ”嫌な予感がする”
 乙音の帰りを祈るばかりだった。



≪Site of Otone≫

 情報の海の中を私は泳ぎます。
 侵入者の僅かな形跡を追いながら…
 「いました!」
 それは異形でした。八本の足を持った私の二倍の背丈はあるモノ――そう、これは蜘蛛と呼ばれる生物をモチーフしたプログラム。
 それは次々とIPアドレスを渡って行きます,しかしその速度は私の全速力よりは…遅いっ!
 「攻性プログラム・紫電、発動!」
 私は駆けながら右手に刃を生みます。それは輝く紫色の刀身。
 「はぁぁぁ!!」
 私はそいつの背に向って飛びました,刃を背に突き立てます!!
 「ギャホォォォ!!!」
 狂った様に蜘蛛は暴れます,私は刀身を両手で掴んだまま、飛ばされないように頑張ります。
 ですが、
 ズッ!
 「くぅ!」
 いきなり蜘蛛の背に長い槍のような棘が生まれました。
 私はその内の一本に貫かれ、思わず刀身から手を離してしまいます。
 「グッ!」
 そのまま電脳空間に叩きつけられます。貫かれた左胸に、まるで溶岩を抱いたような熱を感じながら立ち上がりました。
 対する侵入者である蜘蛛はこちらに身構えます。
 「逃げるのは諦めた様ですね」
 私は蜘蛛に対峙,身構えました。
 脇に構えた右腕に、私の持て得る限りの破壊のプログラムを送り込みます。
 対峙は数瞬,どちらからでもなくお互いに飛びかかりました!
 「クシャァァ」
 蜘蛛が後ろの二本の足で立ち上がり、6本の脚の先に生えた鋭い爪を私にっ!
 対する私はっ、
 一本目、二本目を避けました。
 三本、四本目を右と左の肩に掠らせながらさらに前進。
 五、六本目の爪に苦痛を感じながらも私は辿りつきますっ!
 蜘蛛の懐に。
 ”これで終わりです”
 「食らえ、斜め45度からのアッパーカットッ!!」
 ズドムッ!
 蜘蛛の生暖かい感触が私の右腕に。
 プログラム内もめり込んだその腕から、私はありったけの攻撃プログラムを叩きこみます!
 「グギャァァァ!!」
 叫びを発し、蜘蛛は爆裂四散!!!
 私はその余波に飛ばされて電脳空間の流れの中に落ちて流されて行きました。
 「個人データは、消し去りましたね」
 四散した蜘蛛から一部の誠一さんのデータが飛んで去っていったようですが、あれくらいならば支障はないはずです。
 私は流れのたゆたう位置に落ちつき、痛む右脇腹を押さえて立ち上がりました。
 蜘蛛の爪に引き裂かれたそこは、完全にデータ欠損しています。
 ”プログラム・コアにまで達していますわね”
 溜息が漏れます。肩の荷を下ろした、そんな感じです。
 ちょっとこれから誠一さんが心配ですが、それは私の杞憂ということにしておきましょう。
 ”何よりこれ以上の私の介入は、彼の力になりませんものね,スプーキー?”
 「……もぅ、お一人で大丈夫ですよね、誠一さん」
 私は背中に伸びた帰りのルートに軽く手を触れ、最後の想いを彼に。
 そして手に生んだ紫電で立ち切りました。彼との痕跡を残さぬ様に。
 「さぁ、貴方『達』も当然道ずれです!」
 背後で私を追いかけてきた、先程と同じタイプの蜘蛛達に振り返ります。
 私を媒介に再び誠一さんのPCをクラックしようとしているのでしょうが、もぅそれは無駄です。
 私は血の代わりに、口からプログラムの破片を一つ吐き、見据えます。
 動きを取り戻した蜘蛛達は、じわじわと包囲を狭めてきました。
 それは返って私に好都合。
 紫電を構えつつ、私は攻撃力を自らの内で暴走させます。
 ザッ!!
 蜘蛛達が一斉に飛びかかってきました。
 私は小さく微笑み、自らの中で力を解放――すなわち自爆――



≪Site of Seiichi Ichimura≫

 ばしゅ!
 「?!」
 音と共にPCから白い煙が立ち昇り、強制的にシャットダウン。
 「乙音?!」
 俺はPCケースを開ける。
 するとPCIバスに刺さった一枚のボードが焼きついていた。そのボードは一体何のボードなのかは不明だが、おそらく物理的に壊れているのだろう。
 俺はそれを抜き取りPCを再起動。
 いつも出迎えてくれる乙音の姿は、ない。
 代わりにメールボックスには新着のメールが一通あった。
 俺は嫌な予感がしつつも、たった今届いた新着メールをクリックする。
 「うそだろ…」
 それを見て、俺は己の声を他人のものの様に聞いた。
 メールは乙音からだった。


   短い間でしたが楽しかったです。
   誠一さんはもう、一人で歩けますよね。
   だから私は消えます。
   自分の心をしっかり持って、この世界を生きてください
   貴方の判断は常に正しいのですから
 
              今はただ消え去る 乙音 より  』


 「そんな…乙音っ……クソッ!」
 己の力のなさに、ただただ憤慨。拳を壁に叩きつける。
 血が滲むが、痛みは感じなかった。
 『敵』は分かっている,シャーウッドその人だ。
 奴は「敵同士だ」と言った。何よりセキュリティは乙音の管理する限り、生半可なハッカーでは破れない。それが出来るとなれば、彼しか今の俺には該当しない。
 「きっと…カタキは討つ!」
 呟く俺に声をかける者はなく。
 PCは魂が抜けたようにとても静かだった。



≪Site of Camera≫

 「分かったのは住んでいる町だけ、か」
 手元に戻った攻性プログラム『D.スパイダー』の断片にこびりついた個人情報の残骸を見て、有森は苦笑い。
 「なるほどなるほど,あくまでイリーガルコネクションの一員。ガーディアンがいてもおかしくないという事だな」
 嬉しそうな笑い声が、彼しかいない橘ネットワーク社のオフィスに木霊する。
 すべてに対して平等に光を与える月明かりだけが、全てのいきさつを知っているかのようだった。


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