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 彼は再びその地にやってきた。
 木々の鬱蒼と茂る小高い丘――いや、山と言って良いだろう、その上には古めかしい神社が建っている。
 「この街には色々いるものだ」
 彼――有森は思い出す。この五代という街には彼の求めるモノが多く存在していた。
 まずは彼の主が完全に始末する様に指令を下した、メイドロイドの伊織。
 これは先代社長のサポート役だった為、主の行ってきたことがほとんどデータとして内部に残っていると思って良いだろう。
 さらに主の昔からの宿敵・スプーキー。
 コイツはかつては主の陣営にいたが、意見の食い違いにより対立。主は当時所属していた有能なハッカーが集うイリーガルコネクションから脱退し、野望を実現しようとした。
 が、スプーキーは主の片足と野望を右目と引き換えに奪ったのだ。
 ”そして…”
 新たな敵として立ちはだかり始めたイリーガルコネクションの7人目。
 愚者のカードを持つが故、しがらみに捕らわれずにあくまでも一般的な意見を持つネットウォーカー・セージ。
 彼はこの町の何処かに住んでいるということを、前回のハッキングによって掴んでいた。
 今やセージを中心に橘ネットワーク社の新OS『皐』を発売と同時にオープンソースとして公開する様、電脳空間では運動が起きている。
 それだけではない,家電OSとして広める為に買収した国会議員のリストや様々な裏ルートが彼を中心とするコミュニティによって暴露され始めていた。
 有森はCHOCOAを用いたチャットによってOSにおける盗聴機能の正統性を示したが、実際のところはシャーウッドというHNでの発言であり、それが本当に橘ネットワーク社の社員であるという証拠は何処にもない。
 現在のところ、ある程度マスコミ各社にもあらかじめ手を回していただけあって、詮索を受けるのは中小のゴシップ誌だけだ。
 橘ネットワーク社としては『そのような事実は一切ない』と一方的に否定している。
 だが、次第にセージ達の勢力は強くなってきている。
 同時にセージの能力も向上していると有森は感じ取っていた。
 今までは何も出来ない,ただネット上を見つめるだけのネットウォーカーだった彼は今や、自ら情報を集めるハッカーとしての充分な能力を着実に付け始めているのだ。
 もっとも有森のサイドにも収穫はある。
 敵に回る数だけ、皐開発に参加したいという有能なハッカー達とのコンタクトを取り選別し、彼の陣営に加えている。
 ”だが、煩わしいことには相違ない”
 スプーキーと、そしてまだ見ぬセージを必ず探し出すことを胸に。
 ”まずは出来ることから片付けて行こう,それは主の為になる”
 シャーウッドこと有森は北野天神社への階段を登ってゆく。
 日は落ちかけ、もともと参拝客の少ないこの神社で彼の姿を目に留める者は烏くらいであった。


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不連続設定

Part.13 降臨



≪Site of A Bow≫

 ひゅん………とっ!
 なだらかな放物線を描き、矢は的にまっすぐ突き刺さる。
 放つはワシを掴む青年。
 その面に浮かぶは、無表情。
 全てを見通したかのような、空気がそのまま突き抜けてしまうような顔だ。
 ”良い顔をしておる”
 ワシは彼の落ち着いた心を感じて満足する。
 これこそこのワシ,那須与一乃弓を扱うに値する心の持ち主である。
 弓道は当てようとして当てるのではない。当たるべくして当たるのだ。
 そもそも的に矢を当てることに意味を見出すのではない,その行為において自らの内面を見つめ直すこと,それこそが本来あるべき弓道の姿。
 今、ワシを掴む彼――誠一殿の精神は確固たる信念を土台に、安定している。
 風のない日の湖面の様に、一つの荒れもない静けさに満ちた……無為にまでは達しないが、落ちついた状態。
 ひゅん……とッ!
 最後の一本もまた、的に突き刺さる。
 誠一殿はワシを腰の高さにまで下ろすと、的に向って一礼。
 彼が顔を上げた,その視線の先には一人の少女が穏やかに微笑んでいた。
 彼女は若桜 玲。誠一殿と同じ学び舎の娘であり、誠一殿とは恋仲のようだ。
 ついこの間までこの娘には2つの心が見えていたが、今では何処にでもいる普通の人間である。
 ”しかし…”
 ワシはこの娘からは危険なものを感じる。
 言うまでもなく、ワシに対しての危険ではない,誠一殿へ対しての危険だ。
 何かをまだ隠している………所々、心の中に影が見え隠れするのはワシの気のせいであって欲しいとは思う。
 現在、この2人は幸せそのものに見える,きっとその通りなのだろう。
 そしてワシは、それが続いて欲しい――道具のこの身ながらも、そう願うのだ。



≪Site of Seiiti Itimura≫

 白い袴が矢や湿り気を帯びた風に揺れる。
 俺は的に向けて提げた頭をゆっくりと上げた。
 「さて、帰ろっか」
 視線を矢道の外に向けて、俺は言う。
 「そうですか?」
 返って来るのは同意ではなく、やや疑問の混じったソプラノ。
 弓を壁に建てかけながら、俺は弓道場の柵の向こう側でこちらを眺めていた若桜さんに改めて振りかえった。
 「もぅ、いいんですか?」
 「ああ。それにコレは数こなせば巧くなるものでもないしね。それに」
 俺は木々に遮られた空を見上げる。
 7月を間近に控え、日はかなり長くなっては来ているが時間の上ではもぅすっかり夕方だ。
 「これ以上、付き合せる訳にもいかないよ。ってかゴメン,暇だったでしょ」
 若桜さんは穏やかに首を横に振る。
 「市村くんの弓を持った姿見てると、何だか落ちつくの。もっと観ていたいくらい」
 ニッコリ微笑む彼女の表情と言葉に、心の底から何とも言えない感情が溢れてくるのをグッと飲み込んだ。
 「着替えるから、ちょっと待っててね」


 神社の境内経由で俺達は帰路に就く。
 「わぁ、綺麗……」
 若桜さんが思わず声を上げた。
 ここ北野天神社は小高い山の頂上に建てられている。境内の西側は街を見下ろせる夕日の絶好のスポットを兼ねているのだ。
 その西側に向って駆け出そうとする彼女の右手を、俺は掴んで引き寄せる。
 「え?!」
 若桜さんの驚きの声を背中に聴きながら、俺は彼女の前へと出た。
 そして、
 「誰だ,お前はっ!」
 叫ぶ。
 人影は無人のはずの社務所から。
 自我のない伊織の手を引いてスーツ姿の見知らぬ男が姿を現した。
 「ドロボーか?」
 「っ?!」
 そう声を上げる俺の視界の隅に映った若桜さんに妙な表情が浮かんだのが見えた気がした。
 「運が悪いな、小僧」
 スーツの男は開いているのか閉じているのか分からない瞳で俺と、若桜さんを睨む。
 瞬間、背筋に冷たいものが走る。コイツは…
 「っ! 伊織を置いて立ち去れ!」
 鞄を投げ捨て、俺は弓を構える。
 目の前のこの男――年の頃は20代後半であろうか?――コイツは恐ろしく強い,俺の本能がそう告げていた。
 僅かに己の体が震えているのが分かる。
 ”まずいな”
 思う。
 ”若桜さんだけでも何とか……クソッ!”
 伊織の手を離し、こちらに無造作に歩み寄ってくるスーツの男。
 無防備に見えるが、全く隙というものが見出せない。
 何より静かに発せられる殺気が、俺の気勢を殺いで行く。この殺気は間違いない。
 ”本当に人を殺しているな”
 奥歯を噛む,男がスーツの懐に右手を忍ばせる。
 これ以上は、ダメだ。心の中で悲鳴をあげた!
 俺は矢を放つ,本気で人を殺すつもりで心を奮い立たせ!!
 連射,一本――二本――三本!
 風を纏って男を襲撃する俺の牙、だがそれらは、
 ピタリ
 「嘘…だろう?」
 男の2cm前で、三本全てが空中でピタリと動きを止めた。
 まるで見えない手に捕まれたかが如き。
 「顔を知られた以上、ここで死んでもらう」
 抑揚なく言葉を放つ男,懐から出た右手に握られているのは小型銃――デリンジャーと呼ばれる米国では女性の護身用として用いられることの多い銃だ。
 その銃口がピタリ、俺のおそらくは額を狙う。
 「恐れることはない,すぐにそちらの女も後を追わせてやる」
 「させるか!」
 その言葉に、俺の体は本能的に動いていた。
 俺は男に向って掴みかかる!
 対するスーツの男は引き金に伸びた人差し指を動かしただけ。
 ぱん!
 爆竹を破裂させたような、安っぽく小さい音が境内に響く!!
 俺の動きは止まっていた――いや、止められていた。
 男との間に入った伊織によって。
 「フーーー!」
 まるで猫の様に男に威嚇の声を上げつつ、俺を左手で後ろへ押し退ける格好の彼女。
 巫女の袴の赤が、夕日のそれと混じって鮮やかに目に残る。
 俺は男を見る。
 その右の頬に赤い線が一本。
 伊織が間に入って振り下ろした右手には、まるで剣のような爪が五本,境内の石畳に突き立っていた。
 そのすぐ傍の石畳には、男のデリンジャーが放ったと思われる2つの弾痕。
 ”伊織が…何だ? 一体何が起こっているんだ???”
 考える暇は、しかしない。
 男は流れ始めた己の右頬の赤い液体をデリンジャーのない左手で拭う。
 彼に浮かぶのは僅かな驚きの表情。
 俺はその間にもう一度弓を構え…右の袖を引っ張られた。
 「市村くん」
 小声で若桜さん。
 「逃げるのっ!」
 「ここは俺と伊織で時間を稼ぐ,若桜さんは早く!」
 「嫌!」
 言い放ち、彼女は俺の袖を掴んだまま弓道場の方へと走り出す。
 「逃がすか!」
 男は手にした銃で俺達の背中を狙う,が!
 「シャァ!!」
 「クッ!」
 伊織がまるで猫のような動きで男に襲いかかる,両手に計10本の爪という剣を振りかざして。
 男はバックステップで伊織の爪の攻撃を交わす,一撃目、二撃目、三撃目…
 俺は若桜さんと共に駆けながらも、後ろを振り返り状況把握。
 四撃目で伊織の振りかざされた両手の爪は、石畳に見事に食い込む。抜けない!
 男に完全に見切られ、誘導されたのだ
 俺の眼から見ても、伊織の攻撃は素早いが単調なものだった。もしもそれなりに場数を踏み、腕に自信のある者ならば対処できないこともない。
 もっともメイドロイドが突如爪を刃物のように伸ばして攻撃をしてくるという状況に咄嗟に対応できる者はそういるとも思えないが。
 男は今度はスラックスのポケットから何やら手のひらサイズの一枚の紙片を取り出した。
 それを伊織の額に突きつけ――ビュルッ――紙片から白いリボンが無数に飛び出し、伊織をがんじがらめに束縛した。
 伊織はまるで蚕の繭のように紙の帯に包み込まれ、境内にごろりと転がる。
 ”何だ。あれは? 手品師か??”
 思うも束の間、スーツの男はスーツ姿であるにも関わらず時代劇ドラマか何かに出てくる忍者のような素早さで俺達との距離を縮めてきた。
 「早い!?」
 「きゃ!」
 俺は若桜さんを抱き上げ、駆け足を加速。
 若桜さんは俺の腕の中、後ろを見ながら声を上げる。
 「追いつかれるっ!」
 後ろを見ずとも強すぎる殺気で嫌なほど分かる,俺は息が上がるのも構わず、とにかく疾駆!
 しかし殺気はとうとう俺の背に追いついた。
 擦れ違うのは黒い学生服。
 「「え?!」」
 殺気が俺が走る距離ほど遠ざかる。
 振りかえる!
 「亜門!」
 「土御門さん!」
 学生服姿の巨漢――土御門 亜門だ。
 スーツの男は亜門と対峙。そう言えば亜門はここで那智師匠と暮らしているのだ。
 さっきの爆竹っぽい銃声を不審に思って駆けつけてくれたのだろう。
 「また会ったな」
 亜門は俺達と男の間に入り、素っ気無く言った。
 またっていうのは??
 「そのようだな」
 薄笑いを浮かべてスーツの男。
 「まさか日の出ているうちから来るとはな」
 「参拝者のいる時間帯なら、結界は張らないだろう?」
 「その通りだ。しかしこうして見つかっては意味がない。痛い目にあっていってもらおう」
 亜門が懐からの取り出すは五芒星の描かれた数枚の札。
 対するスーツの男も懐から札を補充する,こちらはアルファベットのような文字が一面に描かれた羊皮紙を材料にしたような数枚の札だった。
 「今日の装備は前とは違い万端だよ」
 男は薄く微笑み……
 「AN TWICE GOOLE!!」
 「風より速き破壊の光よ!」
 短句を叫ぶ二人,間で赤と青の光が交錯し、そして白い爆発が生まれた――



≪Site of A cat≫

 ”全く,予想外だね、これは”
 小さくあくびを一つ。猫は実は困っていた。
 猫の脳裏には一つの映像が映っている,その映像は石畳の地面が斜めに広がり視界の半分を白い紙が覆っているモノ――すなわち伊織の視覚である。
 ”『鏡』を通しての操作は所詮「操作」ということか”
 誠一の部屋の中で大きく溜息の猫。
 ”スプーキーとやらが動くまで取っておこうと思ったが…致し方あるまい。あの娘を使うか”
 猫は白い尻尾を二回ほど縦横に振り、宙を漂う電波をキャッチ,それに己の意識を一部乗せて、電子の世界へとダイブした―――



≪Site of Otone≫

 ――私は海に漂っています。
 データという流れのない、浮遊するだけの海の中で、私は次第に意識が薄れて行くのを感じています。
 私を構成するプログラムは先の戦いで断片と化し、今の私は新しいデータに上書きされるのを待つ、どこにでもあるゴミデータです。
 安らぎがもう少しでやってきます――
 「乙音」
 声が、聞こえました。
 「乙音」
 呼んでいます。
 「乙音」
 なんでしょう? しかし答える口は、すでに私にはありません。
 「答える必要は無い、乙音」
 そうですか
 「お前は蘇りたいか?」
 悔いは、ありません
 「誠一を守りたくは無いか?」
 何故誠一さんを知っているのですか?
 「質問にだけ答えよ」
 …すでに私が守らなくても、誠一さんは一人でしっかりやっていけます
 「それは乙音、お前の本心か?」
 本心…って? 誠一さんはしっかりした人ですよ
 「誠一は良い,お前の本心だけで答えよ」
 本心……
 「このまま消えてしまうのを望むか? それとも、再び誠一の傍にありたいか?」
 誠一さんの…そばに?
 「望むのなら、乙音よ,お前に体を与えよう,誠一の傍にあれるように」
 誠一さんと同じ空気を吸う事が出来るのですか、それはきっと、素敵な事でしょうね。
 「望むや? 望まざるや??」
 誠一さん……
 私の本心…
 私は――
 「はい。力を貸してください,ミィさん」
 出るはずの無い声までをも発して、私を見つめる獣の目に向って契約を受理した。


 Welcome TO オペレーティングシステム(雅) 4.05・改
 システムウェア『HXXP-8802』と判別
 システムチェック開始――――――――
   五感デバイス正常起動
   並行感覚チェック………正常起動
   全デバイスチェック………48の不明なデバイスが検出されました
   現在時刻は7月2日18時03分です。
 ハードウェアをA.I.へ開放します―――


 私は起動します,同時に自ら何かに拘束されていることに気付きました。
 ――筋力制御/解放70%
 ぶち!
 戒めを解く,それは白い紙のようなもの。
 それが何かを識別する前に、右手50mの所で熱源反応,のち発光/爆音!
 生命反応は3つ,内一つは彼女の『護る』べき命と判別。
 「誠一さんっ!」私は駆けます。
 ”ミィさんの言っていた誠一さんに仇なす敵,今行きます!”
 ――システムチェック『攻撃デバイス』検出
     48の不明なデバイスの内、三基の互換性のある攻撃ユニットを検出
     超振動破砕――右拳
     電磁刀『紫電・改』――左肘
     外部ユニット/仕込みナイフ――右足踵(靴内)―――
 「紫電・改、起動!」
 森の中を駆けながら私は叫ぶ,左肘から筒が射出され、手の中に収まる。
 同時に紫色の光を放つエネルギーの刃が生まれます。
 「今行きます!」
 前方からの爆発による熱を全身に感じつつ、私はようやく見えた背中を向ける人影に飛び掛って行く!!



≪Site of Seiiti Itimura≫

 「くっ!」
 「きゃ!」
 「「むぅ!!」」
 爆発は小規模ながらも、指向性を有していた。
 俺は若桜さんを胸に抱き、その場に伏せる!
 「ぐはっ!」
 悲鳴は一つ。
 指向性は術の威力の弱い方へ、全て流れた様だった。
 負けたのは、
 「亜門!!」
 彼は術の反動に吹き飛ばされ、遠く薮の中で倒れこんだまま眼をまわしていた。
 ということは…
 「ん…」
 胸の中の彼女を抱きしめ、上を向く。
 そこには再びこちらに向けてデリンジャーを構えたスーツの男の姿。
 いつの間にか、俺のすぐ傍にやってきていた,銃口は僅か2m。
 外れる訳がない。
 「死…」
 男が言葉を放つ寸前、彼は真横に飛び退いた!
 彼のいた場所を紫色の光が通りすぎる!!
 それは左手にエネルギーの刃を生んだ伊織の一撃だった。
 「伊織!」
 「誠一さん、下がっていて下さい」
 彼女はそれだけ「言う」と、体勢の建て直しが出来ていないスーツの男に向って急接近!
 鋭い右の蹴りが…外れる。
 体勢を立て直した男に対し、目の追いつかないほどの素早さで伊織はラッシュ!!
 エネルギー刀の一撃、二撃――ハズレ
 空いた右腕での男の懐への一撃・二撃・三撃――ハズレ
 体をしならせての回し蹴り――ハズレ
 しかしことごとくを男は回避する。
 いや…違う,何処かおかしい。
 伊織の動きの欠点があると気付いたのは、それからまもなくのことだった。



≪Site of Otone≫

 ”当たりません?!”
 私は目の前の男に対しての攻撃が、私の要因で当たらないことに気付いていました。
 このミィさんから頂いた体――詳しく調べないまま動かしていますが――は、私のシミュレーションの通りに動きが付いて来ないのです。
 コンマ二秒ほどのズレが、私の感覚とズレているのです。
 ”故障?!”
 男の動きを牽制しながら、私は使用できる全感覚を用いて要因の検索――
 男が懐から一枚の札を出しました,同時に検索が終了します。
 ”そうなんですか!”
 目の前の札から高エネルギーを検知しながら、私は紫電を男に向って振りかぶります。
 ”現実世界は空気抵抗や重力を初めとした障害要因がこんなにもあるのですね!!”
 気付いたけれど、遅かったようです。
 私の紫電が男に届く前に、男の構える札が発動したのでした――――



≪Site of Seiiti Itimura≫

 俺はうっすらと気付く。
 伊織の瞳に力が宿っていることを。
 ”治ったのか? いや…この雰囲気は何処かで……”
 思うが、喉元まで出かかった言葉の様に出てこない。
 「まぁ、いい。今はとにかく…」
 「はい、市村くん」
 若桜さんの声に俺は振り向く。
 彼女は俺のやろうとしていることを察し、弓と残る一本の矢を差し出していた。
 「ありがとう」
 受け取り、俺は構える。
 先程放った矢は全て男の手前で見えない力によって停止した。
 しかし伊織の攻撃を受けて逃げている今ならば…
 弓を持ち上げ、そして引き絞る――狙いは唯一点。
 余裕を取り戻してきた男の構える、右手の札。
 標的だけを考える,その瞬間、弓が俺の体の一部となる錯覚に陥った。
 男の周りに展開する、見えない力場が見えた感覚と、ターゲットに至る弓道がはっきりと見えた。
 「秘技・弓一身!」
 脳裏に浮かぶ那須与一のあみ出した古技の名,俺は呟き矢を放つ。
 同時に男の札が破壊の力を持って輝き出したのだった。


 ごぅん!!


 「「くっ!!」」
 一同が声を上げる。
 札は俺の矢が突き刺さり、暴発,俺と若桜さんに向けて暴風が襲い来る。
 伊織にも強い風が当たるが、臆した風はない。
 だが男の右手は黒くこげていた。
 「そこまでだ!」
 声は亜門、右に北見嬢,左に三郎の肩を借りていた。
 彼はスーツの男を睨み付けると、再びおぼつかない足で札を構える。
 おそらく師匠の家でだべっていたのだろう、北見嬢と三郎は持ち出した弓で各々男を狙っている。
 「一体何事よ、コレ?」
 「亜門もどきがこの世には他にもいるもんですねー」
 嬢と三郎は言いながらも、弓を構えた注意は男に向けたまま。
 今やスーツの男は伊織、亜門、そして矢を番える二人に完全に包囲されていた。
 男の肩の力が……抜ける。
 「まったく…ついていない」
 彼は伊織をギロリ,睨む。
 瞬間、日が落ちた。男が影に入る。
 「「え?!」」
 「逃げたか」
 亜門の冷静な言葉の通り、男の姿は影の中に解け込む様にして消え去っていた。
 ざっ!
 音に俺は振りかえる。
 伊織が己の肩を抱えて、膝を付いていた。
 全身が細かく震えている??
 俺は色々と不審な点の多い彼女に、そっと近づいていった。



≪Site of Otone≫

 戦いが終わったのを意識したと同時。
 私は我に返った感覚を覚える,全てが鮮明に私の五感を刺激する。
 これは、このハードウェアを通して私に届けられるとんでもない量の情報量。
 現実に「存在する」為に必要な情報の波に、私は翻弄された。
 「うあぁぁぁ……」
 思わずしゃがみこみ、己の両腕で体を抱く。
 存在することが恐かった。
 情報量以上に、強烈な孤独感という名の恐怖が私の自我をかき消す様に襲い来る。
 常に確認する様に、手のひらに伝わる己の体があるという感触。
 現実世界にこの身一つで放り出されたという、頼りなさがこれほどのものとは。
 吹き行く風は私の長い髪を揺らし、そのまま体が風に溶け込んでしまいそうな錯覚に陥る。
 全てが不安定で、立ち上がることさえ出来ない。
 「何なんですか、これは……リアルというのはこれほどまでにっ!」
 唇を噛む。
 その痛みすらも、今の私には強烈な感覚。
 「これほどまでに何もかもが強烈なのですか??」
 視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。どの感覚も強すぎて、私自身が消え入りそう。
 「伊織?!」
 頭上から響くのは、聞き慣れた青年の声。
 不安定に感じていた聴覚が、安らいだ。
 私は恐る恐る顔を、上げる。
 「誠一さん……」
 映る映像に、視覚が落ちつく。
 彼の隣には一人の少女。おそらく彼女が若桜 玲。
 「いや、君はもしかして…乙音、なのか?」
 ”分かって…くれた”
 胸が温かくなる,コレは一体なんだろう? この暖かいモノに全てを預ければ、私はきっと……
 誠一さんの驚きの混じった問いに、私はしゃがみこんだまま小さく頷いた。
 「調子が…悪いのか?」
 「いいえ…」
 私は応える。
 「恐くて…動けないんです。全てが新鮮で…リアルで…私が何処にいるのか分からなくなるほど……」
 私はそこで声が出せなくなる。
 「「あ」」
 私の声と、若桜さんと思われる声とが複奏した。
 座り込む私を、誠一さんが膝を付いて抱き寄せる。
 気付くと私の顔は彼の胸の中。
 彼の香りが私の嗅覚を落ちつかせ、背中に回された彼の腕は、私をこの世界につなぎ止めるかの様に、強く強く抱きしめた。
 私は大きく息を吐いて、そして力を抜いて彼に身を任せる。
 全ての感覚が静かに、落ちついて行く。
 誠一さんの鼓動を耳に聞きながら、彼の存在を柱として、しっかりと確実に安定して行った。
 「落ちついた?」
 ずっとこのままでいたい、そんな私にあるはずもない『欲望』に駆られる、けれども。
 「はい。ありがとうございました」
 私は身を起こす。
 吹き抜ける風に、しかしもぅ恐れることはない。
 誠一さんの差し出す手を取り、私は立ち上がる。
 そう、私が彼に甘えるのはここまで。
 これからは私が彼を護らないといけない。
 私は背筋を伸ばし、右手を胸に当てて小さく敬礼。
 「改めて、乙音と申します。契約により誠一さんをお守り致します。よろしくお願いしますね」
 「契約?」
 「あ、いえ、こっちの話です」
 「こっち?」
 「ええと、ハハ、ハハハ…」
 と、誠一さんの後ろで不満げに私を見つめる女の子に気付き、私は微笑を向ける。
 しかし彼女――若桜さんは訝しげな視線を私に向けるばかり。
 私は彼女を知っています。そしてそれ故に、彼女の表情の意味を知っています。
 ですが、今の私は貴方――アリスの子ではなく、ただ一人の人を護る為に再構成されたプログラム。
 だからこそ、貴方の動き次第では敵同士になるやもしれません。
 私的状況においては私がプログラムである以上、その可能性はないでしょうけれども、ね。


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