白銀の剣
Third Expression 禁断の雫
リーガル王国の裏の世界を絞める盗賊ギルドは、街の表参道沿いにあるある宿屋の地下にあるという。
盗賊ギルドといってもそれは犯罪組織ではなく、それと対称的な,出すぎた犯罪を抑制または阻止する裏の巨大組織なのである。
そして下っぱのスリから暗殺者に至るまで、裏の世界に足を踏み入れるものは必ず仕事の際にはその地方地方のギルドへ認可を取らなければならないという。
そんなこの都市の盗賊ギルドは敏腕(?)として名高いアラムスという30代後半の男が取り仕切っている。
そのアラムスと俺とは、一応友達のような仲だったらしい。
しかしこの俺が例の事故でいない間に大きな依頼、すなわち帝国からの一件があり、アラムスはその依頼を受けてしまったのだという。
「俺はそんな大それた事までやってたのか」とある喫茶店、俺はトリアレットの話に溜め息を就いていた。表の世界すら支配できない王族の息子が裏の世界に手を出していたなどとはお笑い草もいいとこだ。
「で、おいらがアリアス兄貴の一の子分、トリアレットだ」
「一の子分っていうからには2や3もいるの?」レティアの突っ込みに少年は顔を曇らせる。
「いつも兄貴の回りにくっついて護衛してたゴライアスとかブラインなんてのは金で兄貴が釣ってたような奴らだしね。そうすると2はおいらの妹のイリアレットかな? んでもって3は…」
「殿下、本当に乗り込むおつもりで?」トリアレットの言葉を聞きながらレティアはその表情にありありと”やめてほしい”と浮かべて尋ねる。
「ああ、俺がそのアラムスって奴と知り合いだって言うのなら話は早い。放っておくと次はどんな噂が流されるか分かったものじゃないからな」俺は立ち上がる。
「では私も…」
「君は城へ帰れ」レティアの言葉を遮る。彼女を連れて行くのは危険すぎる。
そして何よりレティアが盗賊ギルドに顔を出すことによりリーガル王国第一王子の知り合いとしてマークされるのだけは避けたかった。
「私にも力はあります。殿下の傷を直した力を…」
「いいから君は帰るんだ。これは王族としての命令だ」
「何故です?」レティアは理由が分からないと決して納得しない性格であることを俺はついこの間、知った。
彼女自身は意識していないだろうが、その真摯な目で見つめられると本当のことを言ってしまいたくなる。
「…大切な人を危険な場所に連れて行きたくないからだよ。行くぞ、トリアレット」
「え?」立ち竦むレティア。
俺達2人は背を向けて足を速める。
「…殿下…お気を付けて」呟くレティアと犬のように就いてくる少年を確認すると俺は店を出る。ふとあることに気が付き、後ろのレティアに言った。
「レティア,ここの勘定は頼んだ」
そこは雰囲気の言い石造りの3階建の建物だった。看板には”家なき亭”と書かれている。
「ありがとな、トリアレット。ちょっくら行ってくる」少年を返させ、俺は宿屋へ向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ、兄貴。おいらも行くよ!」付いてこようとする少年を片手で制する。
「子分は親分の言うことを聞くもんだぞ。お前は隠れながら尾行してきたレティアの相手でもしてやってくれ」
「お姉ちゃんが? どこにいるんだよ…あ、いた」トリアレットは人込みの中に黒髪の麗人を見つけ出す。
「兄貴、よく気が付いたね。さすがはおいらの兄貴だ」
「じゃ、レティアを連れてさっきの店で待ってな」俺の言葉に少年は頷くと昼の人込みの中に紛れて消えて行った。
「さて、行くか」そして俺は宿屋の扉を開ける。
小奇麗なロビーを持つ宿屋に踏みこむとすぐに店の主人がやってきた。
「アリアス様、お久しぶりにございます。アラムス様がお待ちです。ささ、こちらへ」小太りの気の良さそうな中年のおやじに付いて、俺は店の奥に通された。
レティアはローブを軽く引っ張られ、その方向に目を向けた。
そこには先程のトリアレットと名乗る少年がいた。
「兄貴がさっきの店で待ってろだってさ。それから約束を破るなって」
「そう…では殿下を無事を祈りましょう」
「ところでお姉ちゃん、お姉ちゃんは兄貴の何なの?」
「え?」純粋な好奇の目の少年にレティアは鼻白む。
「私は王城付きの神官です。ただそれだけ」
「神官って王子の護衛までやるの?」
「…時々ね」言って足を早める神官の後ろ姿に、少年は笑いを堪えていた。
客室の1室に通された。
中に入る。
そこには一人の中年の男がテーブルを前に座っていた。
その隣には見覚えのある女性がいる。
「きたね,アリアス殿下」
「おひさ!」
女性の方は前に俺の部屋に忍び込んできた,そう、アイシャとか言う盗賊。
中年の方がアラムスだろう。
「町中に流れる俺の噂を撤回してもらおう」
「報酬は持ってきているんだろうな?」薄い笑いを浮かべつつ、アラムス。
「報酬だと?」
「ああ、噂を広めるのも俺達の仕事,逆もまたしかりさ」
「勝手に噂を広められて、それを静めるのに金を払えただと!」
「おおっと、怒りなさんな。それが俺達の仕事だろ、ってお前は記憶を失っているのだったな」ニヤリ,微笑むアラムス。
「俺の事は、そっちの女から大体調べがついているんだろう?」
俺はアイシャを見る。
「ああ、お前が記憶を無くして人が変わったのには驚いたな。だからこそ、この依頼を受けさせてもらった」
つまりは昔の俺でないから義理はない,ということか。
「報酬は高いぞ。現金以外になら2種類の払い方を選ばせてやろう」
「…続けろ」俺は言葉を促す。
「1つは発掘されるであろう,ミシニア石の販売ルートを任せるかだ。これはアイシャを通して伝えたな」
俺は頷く。
「もしくは1つの事件を解決してもらうかだ」
「1つの事件?」俺は聞き返す。
「そう。それを無事に解決してきたならばお前の噂は嘘だったという噂を流す依頼料はチャラにしよう」挑戦的な笑みをその彫りの深い顔に浮かべてアラムスは言う。
「あの事件のこと?」アイシャの言葉にアラムスは頷く。
そしてそれを説明する様にアイシャを促した。
ここ、首都ラッセルから東に2日行った山奥にヌオナという村がある。
人口300人程度のその小さな村に災厄はやってきた。その災厄が来てからというもののちょっとした雨で川は氾濫、牛は死産を繰り返し、夜になると何か分からない化け物の遠吠えが村人を安眠から妨げるというものであった。
そしてアラムスの言う事件とはその災厄,山の中に住む魔導師をどうにかするというものである。
今まで3回、腕利きの暗殺者を送りこんだが帰ってこなかったという。
タチの悪い事件を解決するのも彼らギルドの仕事の一環であるそうだ。
そして俺は…
「着いた着いた、ここがヌオナ村だな」真夜中、疲れ果てた馬で人気の全くない大通りを歩きながら俺は呟く。俺の背には馬と同じように疲れ果てぐったりともたれ掛かるレティアの姿があった。
「兄貴、早いよ」トリアレットが俺の後ろ,馬上から声を掛ける。
俺はギルドを出るとすぐにトリアレットをして馬を調達させ、半日でヌオナに到着することができた。その際、トリアレットとレティアが付いてきてしまったのは言うまでもない。
俺は一件しかない宿屋を見つけ、馬をトリアレットに任せて玄関を叩いた。しばらくして顔色の悪い老人が顔を出す。
「何か用かの?」何か脅える様子の老人は恐る恐る尋ねた。
「部屋は開いているかい? 2部屋取りたいのだが」
「部屋は全部開いているよ。こんな辺鄙な所に珍しい、さぁお入りなさい」老人に誘われ、俺達3人は中へ入った。
それはささやかな夕食の席でのことであった。
キュゴロギャゥゥゥ〜
その不気味な遠吠えに俺はスプーンを取り落とし、トリアレットはその身を大きく震わせる。宿の主人である老夫婦がその声に答えた。
「あれは山奥に住んでいる魔導師が飼っている人食い獣の遠吠えじゃ。あの魔導師のおかげでこの村はさんざんじゃよ」悲痛に老人は呟く。
「その魔導師はどこに住んでいるのですか?」
「北の山奥じゃ。皆怖がって行ったものはおらん。村の若いもんのほとんどはこの機会にとラッセルに流れてしもうた」老人の悲しげな表情から目を離し、テーブルを挟んで反対側で食事を取る神官に目を移す。
「レティア? おい…」
「長旅で疲れたのじゃろう。部屋に連れて行ってあげなされ」パンを持ったまま眠るレティアに2人の老夫婦に久しぶりの笑みが戻ったようだった。
翌朝、宿を後にした俺達3人は北の山の麓へとやってきていた。木の一株に馬を繋ぎ、山を上って行く。俺はここで2人を待たせておこうと思っていたが、猛烈な反対にあい結局3人で魔導師の家を捜すこととなった。
「しかし見つかるのかね」30分程登ったところで俺は愚痴をこぼす。
もしかして得意の魔法とやらで家が見えないかもしれない。それに家を言う形ではないかも知れないのだ。例えば洞窟だとか木の上にあるとか…。
「兄貴、あったよ」急に森から視界が開け、こじんまりとした日の当たる広場状の場所に出た。そこには一件の木造の小屋が建ち、小さいながらも畑があった。その畑でクワを振りかざす中年の男の姿がある。
「ここ…かな?」
「さぁ?」俺達の姿に気が付き、中年の男は笑顔を見せてこちらへやってくる。
「何か御用ですか?」人の良さそうな中年男は尋ねる。
「この山に住んでいる魔導師を捜しているんですが」レティアが言った。
「ああ、それなら私ですが」
「貴方が?!」どう見ても農夫にしか見えないおじさんを目の前にして俺達は立ち竦む。しかし人は外見で判断してはいけない。
「ヌオナの村に危害を加えるのは止めてもらいたい。それを交渉しにきたんだ」
「はぁ?」間抜けた声を出したのは自称魔導師の方だった。
「私どもがそんなことを?」質素な家に招かれて、俺達は魔導師と話していた。ここに住んでいたのは魔導師の夫婦だった。
「では身の覚えもないと?」レティアの問いに2人とも頷く。
「大体、牛の死産なんかさせて何の得があるんですか? 偶然が重なったにすぎないのでしょう」夫人は言う。
「じゃ、川の氾濫ッていうのは?」
「治水がなっていないんですよ。我々が移り住んできた頃、大雨が降りましてね、その際に堤防が決壊したんですよ。それを手抜き工事で直したもんだから…」レティアの疑問に魔導師は簡単に答える。
「じゃあ、夜な夜なの化け物の遠吠えは?」
「ここからさらに2キロほど行ったところに鍾乳洞ができたんですよ。つい最近地震がありましたよね、それで顔を出したんだと思います。そこは夜になると中にある池の水位が上がりましてね。そこに風が吹き込むと笛の要領で音が出るんですよ。私達も不気味で調べに行ったんでしてね」トリアレットは納得する。よくよく考えれば牛の死産を促したりしたところで、魔導師に何の得があろう?
「すみませんでした。どうやら我々の勘違いだったようです」俺は素直に謝る。
「いえ、いいんですよ。我々の力が受け入れられないのもそれなりの根拠がありますしね」
「根拠?」俺は聞き返す。確かに俺などは魔導師というものに対してある種の畏怖と嫌悪を持っている。しかしそれが何に由来しているのかなど考えたこともなかった。ただ不思議でいて不気味であるとしか。
「我々魔導師の力は魔族に由来しているのです。魔族の操る言葉に含まれる力を解析し、魔法とするのが我々なのです」
「言い換えれば魔族に唯一対抗できるのが、私達魔導師ということになるわ」夫人が付け加える。
「しかし魔法も万能ではありません。近頃、暗殺者に狙われるようになってそう感じざるにいられません」
「そう、その暗殺者達はどうしたんだ?」アラムスは3回ほど送り込んだと言っていた。
「私の魔法で遥か遠方へ飛んでもらったわ。盗賊ギルドからの差し金って言ってたけど、こういう事があったからなのね」夫人は言う。
「人々の好奇の目を避けるため、こうして隠れ住んでいるのですが、また移動しなくてはならないようですね」魔導師は寂しそうに言った。
「…そうだ、俺に仕える気はないかい?」俺の思い付きに2人の魔導師は首を傾げる。
「そういや言ってなかったね。俺はリーガル王国第一王子,アリアス=マシュール。今現在、メルー山脈から魔族が侵攻してきたんだ。貴方達の力を貸してもらいたいんだが…」
「貴方がアリアス…噂と違いますね。どうする、ファランツ?」眉間に皺を寄せ、魔導師。
「いいんじゃない? ここを出たところで他に行くところは決めてないんだし」妻の言葉に魔導師は鷹揚に頷き、俺に振り返る。
「では我々、バランナ=ガルディンと妻のファランツ,殿下の下で持てる限りの力を発揮いたしましょう」
ファランツとレティアが荷支度をしている間に、俺とバランナ,トリアレットの3人で鍾乳洞を塞ぎ、その後にヌオナの村長にできるかぎり分かりやすく誤解を話した。村長は半信半疑ながらも了解し、治水工事をやり直すことを承諾し、魔導師騒ぎにどうにか終止符が打たれたのだった。
「さ、支度は整ったわよ」つむじ風と供にファランツとレティアが荷物を背負って現れた。丁度、村人達を前にして話していたところで現れたので、俺ばかりでなく皆がその神秘の術に驚いた。
「おいら本当は馬で帰りたいんだけど」2頭の馬を引っ張ってきたトリアレットは呟く。俺も内心そう思うのだが、2人の魔導師に悪い。
「それじゃ、行くわよ!」ファランツが意味不明の単語の羅列を述べ始める。次第に俺達の回りの景色が揺らいでゆき、もう1つの景色,王城の中庭のそれと混ざり合いながら、いつしか景色は後者のものとなっていた。
「着いたわよ。どうかしら,魔法っていうのは?」笑って言うファランツに俺は引き吊った笑みを見せていたようだった。
魔法による異変を目撃して人が集まるのを避けるため、俺は4人を俺の部屋に招き要れた。そして間髪入れずにセルゲイが俺の部屋を訪れる。
「着たね。この2人に部屋を用意してくれないか?」
「この方々は?」
「魔導師のバランナ…」
「同じく妻のファランツです」
「はぁ、よろしくお願いします,セルゲイと申します。取り合えず客間へご案内致します」事情を聞くのは後にしたらしい。セルゲイは2人と荷物を手伝って客間へと案内して行った。
「さてと、レティア,セルゲイに説明頼むぞ。トリアレット,ギルドに乗りこむが一緒に来るか?」少年はコクリと頷く。
「ちょ、ちょっと、殿下!」後始末を託されたレティアをおいて俺達は窓から部屋を飛び出した。
薄暗いその部屋のテーブルには2つの笑顔があった。
「やったわね、アリアス」アイシャの微笑み。すでにどうやったかは分からないが、情報は入っているらしい。
「ではお前からの仕事を引き受けよう」アラムスもまた、頷いた。
「アラムス、俺の噂を依頼したのはどこのどいつだ?」
「それは言えないな,信用ってものがあるからな。だが、分かってはいるんだろう?」彼の言葉は俺の,いやセルゲイらの言葉を意味していた。
「メルー帝国か」厄介だな、今回の魔族の騒ぎと連携しているかもしれない,セルゲイの言葉を思い出し、俺はうめく。
「ま、せいぜい気を付けるんだな。なにか良い情報でも入ったら、そこのガキに伝えてやるよ」アラムスは言う。無関心な風を装ってはいるが、結構俺に気を遣ってくれているように思える。
「ああ、また仕事がある時はこちらからお願いする」俺はそう言い残し、トリアレットを伴なって部屋を後にした。
その夜,トリアレットと別れ、一人城に戻るとセルゲイに捕まった。
「殿下、いろいろと動き回ったようですな。しかしまだ休めませんぞ」
「どういうことだ?」セルゲイの意味深の言葉に聞き返すが、彼は無言で俺を王の間へと誘った。
そこは正面の玉座に父が座り、その両脇には参謀達が並んでいた。
その参謀達の中に魔導師の夫婦,バランナとファランツも何食わぬ顔をして従っている。
そして彼らの正面で跪くのは隻碗の男だった。
「カルバーナ! どうしたんだ?! その腕は!」俺は彼に駆け寄る。
「…殿下、王の御前であるぞ」
「いや、もうよい。下がってゆっくりと休むがよい」父はカルバーナを労り引かせる。それを神官達が手伝い出て行った。
「困ったことになったな」父の顔色は紫色に近かった。よく見ると父だけでなく参謀達もまたその色は複雑である。
「何か良い意見はないか?」父のその言葉に場は隻を切ったように騒然となる。
「どういうことだ、セルゲイ」付いて行けず、俺は隣の中年に尋ねる。
「先発隊が一瞬にして消されたのです。魔族達によって。カルバーナ殿は亜人である特性から瞬間移動の能力を持っていたためその場から逃れることができたのです」彼もまた、その状況に愕然としていた。
「魔族…そんなに強いのか…」剣を交えたあの騎士達が一瞬にして,手の平に汗を憶えた。
「陛下、我に案があります」ざわめきから1つの声が挙がる。それは魔導師バランナであった。
「魔族に剣で立ち向かうには普通の兵士では無理です。魔族に対抗するにはそれと同じ力を持つ者が戦うのがよろしいかと」
「どういうことだ?」父はよく分からないという顔をする。
「我々の魔導師に魔族はお任せできませぬか?」
「魔導師だと? 道理で見たことのない顔だと思ったら。ペテン師など要らん。帰れ!」参謀の1人が言う。それに賛同する声が次々に沸き起こった。
「誰に断わってここにいる?」
「それだけの魔導師は集まるのか?」
「お前に力などあるのか?」
非生産的な意見に俺は怒りを覚えた。
「黙れ、彼らを連れてきたのはこの俺だ! 文句があるならこの俺に言え!」そして沈黙が訪れた。俺は言葉を続ける。
「バランナ,ファランツ。2人ではどうすることもできまい。それに今から魔法を兵士に覚えさせようにも無理がある。何か考えがあるのか?」
「私達、魔導師には魔導ギルドというものがあります。性質は盗賊ギルドと似たようなものです。そこを通せば魔導師は集めることができることでしょう。しかし交換条件が必要です」再び王の間はざわめく。
「何だ、交換条件とは。すまぬが金は行政上あまり払えぬぞ」父は困った顔で言うがファランツは首を横に振る。
「交換条件とは我々魔導師を認めてもらうことです。我々は人々の非難と畏怖の目を交い潜り、ほそぼそとした暮らしを強いられています。是非とも我々を認めて欲しいのです」バランナのその言葉に特に反対の声は出なかった。我関せず,といった感じだ。
「…その条件を飲もう。魔導ギルドに本部として城下に建物を与え、要職として新たに魔導顧問を置く。それにはお主,」父は言葉に詰まる。
「バランナです」
「そう、バランナを任命しよう。反対はあるか?」なかった。しかし参謀達の大半は釈然としない風ではあったが。
「ではすぐ行動に移させてもらいます。2日後には出撃致しますので、我々はこれにて」バランナはファランツを連れて王の間を足早に後にした。
「では本隊は魔族の襲撃に対し、待機を命ずる。これにて散会!」父の言葉に皆が元の部署へと戻る。俺はセルゲイを伴ってカルバーナが治療を受けている風の神殿の間へと足を向けた。
レティアと中年の神官の2人の治癒魔法を受けながらカルバーナは俺達に苦笑してみせた。彼の右腕は肩口からきれいになくなっている。
「ドジったぜ。俺ともあろう者がな」
「どんな奴にやられたんだ?」俺の問いに彼はしばし考える。
「…夢やおとぎ話に出てくるような怪物だった。表現できんな。ともかくそんなやつらが百か二百、麓の村を占拠してやがった。俺の率いていた先発隊は20人いたんだが、生き残りは俺だけだ」
「そんなに強いのか?」
「強いとか言えるレベルじゃないな。突然、目の眩むような閃光が魔族から発せられた瞬間に俺達は蒸発しちまった。どうにかしょっぱなの光には腕一本で済んだがすぐにもう一回光が襲ってきやがった。俺は特性を使って寸前で逃げてきたんだよ」刻銘に思い出したのであろう,やや青ざめて彼は言った。
彼の言う特性とは人間にはない,三つ目族にある特殊能力のようなものであるという。
彼ら三つ目族には一人に一つだけ特有の能力を持っているという。カルバーナの特性とはその言葉から瞬間移動のことであろう。
「ところで会議の方はどうなったんだ? 良い案でも浮かんだのか?」彼の問いにセルゲイが手身近に説明した。
「あの2人がですか? 来て早々忙しそうですね」レティアが治癒を終え、そう呟く。
しかしセルゲイの言葉に最も驚いたのはもう1人の神官だった。
「魔導師ギルドでぇ〜! どげんしてんなもんがこの国にいるとばい?」
「おっさん、お前のほうが変だぞ…」
「はっ、失礼しました,殿下。つい故郷の方言に」赤面して禿げ掛かった頭を掻く神官。
「どういうことだ? 魔導師がまずいのか?」セルゲイが神官に尋ねる。それに神官は静かに答えた。
「魔導師ギルドは私の故郷のある隣の大陸,ブラーナで大きな勢力を持っています。ブラーナはこの大陸と違い、魔法は一般的なものなのです。また魔導師ギルドはブラーナで政治、経済にすら絶大な影響力を持っていまし、なにかとうるさい連中です。しかしその勢力は大陸ブラーナのみだったはずですが…」
「でもブラーナ大陸では,だろ。この国じゃ魔導師なんてのはおとぎ話で聞く位の存在だからなぁ、そんなに心配することじゃないよ。何もこの国を乗っ取るわけじゃないんだし」
「私の故郷は王政から魔導師ギルドに取って変わられましたけど」神官の言葉にセルゲイとカルバーナは沈黙した。
「な〜に、心配すんな。こんな国乗っ取ったところで苦労するだけだよ」
「「殿下ぁ〜」」セルゲイとカルバーナの恨めしい声を無視して、俺は続ける。
「それに,頼るしかないだろ。剣が効かない相手じゃな」俺の悲観な言葉にレティアは励ますように微笑む。そして神官は納得したように言った。
「そうですか。私は一介の神官なので戦争に関してはよく分かりませんが、猫の手も借りたくなったらお呼び下さい。ブラッテンと申します」
「ありがとう、ブラッテン。そう言っている間に来たようだぞ」俺は頼りない足取りで駆けてくる魔導師に視線を移す。
バランナはその両手に何やら書類を抱えて神殿の間に駆けこんできた。
「殿下,魔導師ギルドはすでにジガー山脈の麓に集結致しました。指令顧問として殿下にお付き添いを願いたいのですが」
「は、早いな。会議が終わってから一時間も経ってないぞ」
「魔導師はそんなにいませんし、暇ですから」俺の驚きを暇の一言で片付けて、バランナは言った。
「今すぐ行くのか?」
「できればそうしてもらえるとギルドの仲間への印象は良くなると思います」遠回しに答える魔導師に俺は首を縦に振った。
よくよく考えると、これが俺にとって初陣だった。
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