白銀の剣
Forth Expression 白と黒の断章
バランナとファランツの不可思議な呪文の詠唱が続く。
光が俺達を包み込む。
襲い来る浮遊感…
そして俺とレティア,ブラッテンの3人を加えた5人は次の瞬間にはジガー山脈の麓,臨時駐屯地に足を下ろしていた。
「お待ちしておりました」スキンヘッドの大男が現われた俺達の前に跪く。
同じように7人の男女がそれに習っている。
「貴方達が魔導師か?」
「はっ!」まるで蛮族のシャーマンのようなその男は立ちあがり、頷いた。
「魔導師ギルド総勢10名,貴方の指揮の下に加わる事を約束いたしましょう」俺の隣にいるバランナがそう告げる。
「ありがとう,期待している」そして俺は彼等の後ろで控える騎士隊長と思しき男を招き寄せる。年季の入った老将だ。
彼は額に包帯を巻いていた。
「酷い怪我だな,それほど手強いのか?」
「いえ、これは先日殿下に殴られた時のものです」畏まって騎士。それに俺は苦笑いするしかなかった。
「現状はお聴きだと思います。ジガー山脈より降りてきた魔族は多数の妖魔を引き連れ、麓の村々を蹂躪,占拠している次第です。その数およそ250」
「こちらの戦力は?」
「騎士およそ75名,神官戦士10名ほどです」
「厳しいなぁ」溜め息。
カルバーナの報告では彼の率いた先発隊は瞬時にして壊滅したという事だ,数の上でも質の上でもかなわないという事か。
「妖魔は数に数えなくてもさほど影響はないと思われますな」と、スキンヘッドの魔導師がそう続ける。
「問題は先発隊を壊滅に追い遣った魔族,実際、今回のこの魔族の侵攻には魔族と呼ばれる者は数名しかおりますまい」
「何故そんな事が分かる?」
「数えるほどしかその気配を感じませぬ故」
「我々、魔導師は魔力の強いものを感じ取る事ができるのですよ」バランナがそう耳打ちした。
なお、妖魔というのはコブリンやコボルトといった悪しき精霊のようなものだ。数で攻められると困り者だが、実際はとことん弱い。
「ならば魔導師殿には、その魔族を押さえてもらうとしましょう」ブラッテンが挑戦的に言った。それに魔導師達から緊張の気配を感じる。
「その為の我々ゆえ,神官殿は後ろでゆっくり休んでいて頂こう」スキンヘッドの魔導師が凄む。
“…連れてくるんじゃなかった”後悔あとを絶たず。
「では、騎士隊は妖魔撃滅に,俺は魔導師殿達を率いて魔族にぶつかる。頼んだぞ!」
「「ハッ!!」」一同からの返事。
慌ただしい陣内を通り抜け、俺は魔導師達を引き連れ、駐屯地から魔族の占拠するという村へと向う。
「敵のリーダーのような奴はいないのか?」
皆の居並ぶ中、俺は尋ねる。
「コブリンやコボルト如きで、あのカルバーナの隊が一瞬で消滅なんて考えられん,というかこのくらいのレベルのやつらがそんな技をもっているとは考えられん」
「その通りで御座います」これに答えたのはこの軍の総大将,騎士団長でもあるゼファという老将だ。
「カルバーナが遭遇したのは彼らが大将,爆炎の支配者ザナドゥかと思われます」
その彼の言葉にブラッテンを始め、バランナ達魔術師の間から明らかに動揺の声が漏れる。
「何だ? ファランツ,ザナドゥって?」俺の隣に座る若き魔女に小声で尋ねた。
「ザナドゥ,ジガー山脈に巣くう魔族達の王の配下には四天王と呼ばれる巨大な力を持った四人の魔族がいます。その内の一人…」
「あ、ありきたりな設定だな」
「王子、元も子もないことを」ブラッテンからお叱りを受ける。
「ザナドゥは伝え聞くところによれば、瞬炎と呼ばれる非常に高温度の炎を辺り一面に撒き散らします。おそらくカルバーナ殿達はこの炎によって壊滅したのでしょう」ファランツが立ち上がり、意見を述べる。
「炎か…要はそのザナドゥ一人にやられたって訳か」
「そういうこと」
「「?!」」
その声は俺達の頭上で聞こえた。
皆、一斉に顔を上げる!
そこには黒いローブを纏った灰色の髪の青年が浮かんで嘲笑を撒き散らしていた。
「バランナ,お前の友達か?」
「フォーメーションDを展開! 各員衝撃に気を付けろ!!」仲間に叫ぶバランナ,蚊帳の外にされたらしい。
一斉に呪を紡ぎ出す魔術師達。それを青年は余裕の表情で見下ろしている。
「あれはまさしく、カルバーナ殿の前に立ち塞がった…」
「王子,あれがザナドゥです」
老将ゼファと神官の言葉に改めて上空のそいつを見つめる。
グレイの瞳には理知的なものが秘められ、圧倒的な力を感じさせるものの、コブリンやコボルトのような醜悪さは微塵も感じられない。
洗練された暗黒を感じる。
「効かないな」俺はバランナ達の行動が徒労に終わるのを感じ、言葉が小さく漏れてしまう。
「?」聞こえたのか、魔族は俺に視線を向けた。
「「GUSKHKJWFHOIVV!!」」
魔術師達の合同呪文,おそらく氷の魔法か何かであろう。
「ほぅ,ブラーナ大陸の魔法ではないか。こんな弱小国で見られるとはな」低いアルト調の声が流れる。
しかしそれは彼自身ごと、巨大な樹氷の中に閉じ込められた。
そう、今まで円卓があった位置に巨大な樹氷が生えて魔族を飲みこんだのだ!
「やったぞ!」スキンヘッドの魔術師が叫ぶ。
「急いで退くぞ!!」俺はあらん限りの声を以て叫んだ。気づいたのだ,樹氷の中の魔族がニヤリと微笑みを浮かべるのを。
俺の嫌な予感に同調してゼファやブラッテン達は駆け出して離れる!
「どうしてだ?」一人,勝利を確信していたのか、スキンヘッドの男のみが茫然と立ちつくしていた。
「ちぃ!!」俺は彼にタックル! その場に伏せさせる!
同時に背中で爆発が起きた…
耳の感覚が戻ってくる。俺は立ち上がった。
円卓と樹氷があったところは小規模な焦土と化している。
「なかなか良い判断だ」その俺の目の前に、魔族は立っていた。
その身に炎を纏い、変わらぬ余裕の微笑みを浮かべている。
”勝てないな”心の内で呟く。
強いとかそういうレベルではない。住む世界の異なる生物である。
「男よ。お前の名は?」
「アリアス=マシュール,このリーガルの次期王だ」素直に答えてやる。この魔族の目には殺意がない。
人を殺すことに殺意すら浮かばないだけかもしれんが。
「ふぅん」まじまじと俺を見つめる魔族。
「私はリアという」サラリ,彼は言った。
「リア?」
「ザナドゥの娘だ」
「娘ぇ?!」
「何だ? その反応は」かなり憮然としている魔族リア。
ザナドゥ本人でなかったことでなく、女性であることに驚いたのは事実だ。
魔族は性別がはっきりしていないのか?
「ところでアリアスとやら。お主、何故その魔術師を助けた?」
リアは俺の足下で気を失っているスキンヘッドのおっちゃんを指さして尋ねる。
「何故って…仲間だし」
「配下であろう? 配下が君主を守るために命を投げ出すのは分かるが、その逆は解せん。どういうことだ? 答えろ」
ずびし,俺を指さして尋ねるリア。
「…そう言われてもなぁ」理由はないので俺は頭を掻く。
「仲間だからって答えじゃいけないのか?」
リアはその答えに腕を組んで熟考。
その間にも、俺達を遠巻きに取り囲んで右往左往しているグラハの兵達やバランナ達魔術師の気配があった。俺達の位置のせいで迂闊に手を出せないようだ。
「ううむ、お前の思考は分からぬな」顔をあげて、リアは俺をキッと睨む。
「ジガー山脈を飛び出してきた甲斐があったというものだ。学ぶべきものがここには多い」
「学ぶべきもの?」
「ああ、そうだ。私は学ぶためにあの狭い世界から飛び出してきたのだ。まずは人間どもの恐怖,これはなかなか興味深いものではあったぞ」
「もしかしてお前…」
「何だ?」
「魔族の中の困ったちゃん?」
「お主には恐怖というものがないのか?」額に怒りのひし形を浮かべてリアは呟いた。しかし図星のようだ。
要は魔族の侵攻というより、リアが勝手にその辺にはびこってる下位妖魔を集めてこの村を手初めに人間を観察していた,そういったところか。
しかしこの言葉からすると、魔族達は意図して山脈から出てこないということか。
ちなみにこの一体は治安が悪いが、それはコブリンやコボルトといった、魔族の気配に自然と集まった下位妖魔のせいであり、魔族による直接的な影響は今まで皆無であった。
なにはともあれ、そんなことよりもまずはこの魔族相手にどうするべきか?
おそらく滅ぼすことは不可能であろう。
だからといってこいつに幾人もの命が失われた。カルバーナの腕にしてもそうだ。
というより、今の俺の命はかなり危ない状況にあるのでは?
頬に冷たいものが触れた。
俺は我に返る!
目のすぐ前にリアの顔があった。
彼女の右手が俺の頬をそっと撫でている。
灰色の瞳に俺の姿が映える。
「な…」その姿が驚きに変わっていた。
リアは小さく微笑む。そこには先程の嘲笑はない,女性らしい柔らかな微笑みだった。
「契約を交わさないか?」そっと、彼女は小さく囁いた。
「契約…だと?」
「私はお前の目を通して人間をと言うものを観察してみたい。代わりにお前には私の守護をやろう」
「…は?」
「…ごめん、難しかったか?」
「うむ」溜め息2つ。
リアは再び顔を上げる。
「つまりな、こういうことだ」
リアの顔が俺に急接近した…
「んな!!」
「何かの術か?!」
「ホモか!?」
彼らの目の前では王子たるアリアスと突如発生した魔族とのやりとりがなされたいた。
もともと遠巻きにしていたので声は聞こえなかったが、どこでどうなったのか…
魔族はアリアスに口づけを交わしていた!
直後、ホモか!と叫んだ兵士の尻に炎が付いていたのは蛇足である。
仄かに甘い芳香が鼻を突いた。
唇に柔らかく冷たいものを感じる。
俺は予期せぬ出来事に、見事硬直していた。
数瞬後、リアは元の位置で無表情で俺を見ている。
「ふむ、この契約の行為には人間で言うところの特別な感情が含まれているのか…」淡々と俺の感情を分析…っておい!!
「そうだ、これが契約だ。お前の感情を知ること,それが私の望むこと」
「んな強引な契約を交わすなぁぁ!!」
「少し嬉しいと、お前の感情にあるぞ。それは私に少なからずの好意を持っているということか」
「だから淡々とそういう事を語るなぁぁ!!」
「照れんで良い」
ガクッ,俺は物凄い疲れを感じて膝を付く。契約なんて物じゃない,これは呪いだ…
「では、これからも宜しくな,アリアスよ」
そう言い残し、リアは虚空へ姿を消した…
「で、一体どうなったので?」ブラッテンの質問に俺は困る。
リアはそもそも人をどうこうすることが目的ではなく、俺をいう実験媒体を手に入れたのであとはどうでも良いようだった。
おそらくこの場で戦うことはないだろう,戦っても勝てないけど。
「ま、あの魔族は手出ししてこないよ。残るは下位妖魔やザコのデーモンだけだ! 一掃するぞ!」
俺の声に半信半疑ながらも、グラハ達は従った。
俺の振う剣の下、黒い血が飛び散った!
リアは御丁寧にもこの一帯の妖魔達を残らず集めてしっかりと軍隊として仕立てあげていたようだ。
総指令である彼女がいなくても、しっかりと軍として機能している。
”私は中途半端は嫌いなのだ”
そんな声が聞こえたような気がする。
「アリアス様!」声と供に白光が俺の背後を襲いかかろうとしたダークエルフを貫いた。
飛んできた方向に目をやれば、スキンヘッドの魔術師の姿がある。彼は親指をグッと構えると、兵士達と供にコブリンの一群へと飛びこんで行く。
”ふぅん,なかなか面白いものだ。あの男はお前のためなら進んで命を投げ出すだろう。だがこれを狙うだけならば、先程の行為はいささかリスクは大きすぎるのではないか?”
「だからそんなんじゃないっての! そんなことよりお前、契約の時言ったろ,力を貸すって!」
”これしきの戦で何を弱気になっている。私が力を貸すまでもなかろうが”
「つ、使えん奴…」
「殿下、何を一人でぶつぶつと…」明らかに引き腰で老将グラハが恐る恐る尋ねてくる。リアの声は俺にしか聞こえないのだ。
「な、何でもない!!」
俺は次の相手を求めて駆け出した!
力は拮抗していた。
妖魔達は力は弱いのだが数が多いところに利点がある。
そしてそれは長期戦になると明らかに俺達にとっては不利になりうる事態だった。
が、それは突然現れた一団によって解決する。
「?! いきなり敵の左弦が崩れたな」
「…援軍のようです」戦斧を振り回すブラッテンの言葉に俺は目を凝らす。
馬の駆ける音が敵陣を貫いてこちらに迫ってきた。
だんだんとはっきり、騎影が見えてくる。
それは騎馬隊の一団であった。
先頭には白馬に乗った白銀の鎧を纏う小柄な騎士がハルバードを振り回している。
それは大将旗を掲げる俺達の下へと駆けてくると、止まった。
「我はニース皇国騎士団,ラシーヌ=ニース。我ら50名,貴軍とともに魔を打ち払おう!」ソプラノの良く通る女性の声で先頭の騎士が騎上からそう叫んだ。
「おぅ! あんたらはその機動力を生かして敵右舷を剥いでいってくれ,奴等を完全に殲滅する!」
「了解した!」金色の長い髪を黒い血に染め上げた彼女は気持ちの良い返事を残して現れたときと同じように風のように駆けて行った。
「ゼファ! 俺達も負けられんぞ,正面突破だ!」
「ハッ!」
魔術師達の魔法という援護とニースからの騎馬隊の援軍もあって、被害こそ大きいものの、妖魔の軍を夕刻には殲滅することができた。
占拠されていた村人達は生気のない顔ながらも解放を祝っている。
「ところであの魔族はどうなさったのですか?」
「ま、勝ったんだから良いじゃないか」ゼファやバランナ達の追求をのらりくらりと交わし(ここらへんはセルゲイを見習った)、俺は村外れで一息付く。
町の喧噪がここでは遠くに聞こえる。俺は家畜用だったのであろう,柵に腰かける。
「一段落はしたが…結局リアの我儘が原因の戦いだったのかな」
”…”
返事はない。勝ちどきを上げている兵士達でも見に行ったのか…
ふと、背後に人の気配を感じて振り返った。
「先程はどうも」俺はその人影に頭を下げる。
ニース皇国のラシーヌとかいう人だ。
ん? ラシーヌ…どこかで聞いた名だな。
「貴方の奮闘ぶり、なかなか爽快でしたよ。ええと…」
「アリアスと申します」
「アリアスさん…アリアス?」怪訝な顔になるラシーヌ。
「もしかして、貴方はリーガルの第一王子の?」
「ええ」
「ふぅん…」彼女は俺の隣に腰かける。
「噂ってのは当てにならないものね。貴方だったら別に私は構わないのに」
「はぁ?」
「私は皇女ラシーヌ。貴方と前に婚約させられていた…」
「ああ、そういえばそんな話もあったな!」ポン,手を叩く。何処かで聞いた名だとは思っていたのだ。
「そういえばって…」ジト目の彼女。
「い、いや,ははは…」カラ笑いの俺。
「ふふふ…」
「ハハハ…」
いつしか俺達二人の笑い声が優しく吹く風の中に響いていた。
「…という訳でさ」
「ふぅん,なかなか破天荒な皇女様ね」
ここは俺の自室。
目の前には盗賊アイシャがお茶を啜っている。
言うまでもなく、また無断侵入してきたのだ。
もっとも近頃はそれが当たり前になっており、逆にこうして相談に乗ってもらうことが多かったりする。
アラムスのパシリではあるのだが、公私はしっかりとわきまえていてくれているのが嬉しい。
今は『私』の方だ。
「それで、どうしよう…」
「どうしようもなにも…どうしようもないじゃない」
言うまでもない,リアのことだ。
「いいんじゃない? 危害は加えそうもないし」
「そうは言うがなぁ…」
「それ以前の問題が残っているでしょう?」立ち上がり、カップを持ったまま彼女は言う。
「何だよ、それ以前って」
「アンタのその契約の儀,レティアさんの耳にしっかりと入っているってことよ」
「げ…」ここ数日、機嫌が悪いのはそのせいだったか,っていうか、漏らしたのはお前だろ!!
「あと良いこと教えて上げるわ。ニース皇国の皇女との婚約がまたくすぶり始めてるわ」
「え、それって…」
「数日中にはそのラシーヌって人が花嫁修行に、ここリーガルにやってくるそうよ」
言い残し、彼女は窓から飛び降りて去って行った(ここは5階だぞ…)
「なんですとぉぉ!!」俺の虚しい叫びが部屋に一人、響いていた。
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