白銀の剣



Fifth Expression  自由は何処にある?
 翌日の朝である。
 いつものように朝の剣術の訓練に騎士達の集う城の習練場で軽く汗を流していたときだった。
 俺の元に一人の兵士が駆けこんできた。そいつは確かミシニア石の探索に出かけたさすらいの研究者ガイナに付けた3人ほどの兵士の1人。
 「アリアス殿下,これを…」走ってきたのだろうか,彼は俺に一枚の手紙を手渡すと、その場でへたりこんでしまう。
 「ブラッデン,頼む」
 「はっ」隣に控えていた神官に兵士を任せ、俺は手紙の封を切る。
 中はガイナの字でこう書かれていた。
 『ミシニア石の鉱脈発見,しかし巨大な竜が巣くっているんで、こりゃ私にはお手上げですわ。ば〜い、愛しのガイナより』
 最後の方は脳みそから削除。
 「竜だってよ…」
 「何でそんなものがいるんだよ」
 「やばいなぁ」
 横から覗きこんで、ぶつぶつ言っている騎士達に俺は視線を向ける。
 明らかに彼らは足を引く。
 「約束は…したよな」ボソリ、言う。
 「さ、練習しようぜ」
 「今日も暑いなぁ」
 「ミシニア石の鉱脈はある,あとは発掘するだけだ! 100人組み手の約束に基づき、いざ行かん!!」
 ビッシィ!! 俺は朝日に向かって指さした。
 しかし騎士達は虚ろな目で俺を遠くから見ていただけだ。
 「どうなさったので? 殿下?」
 「あ、カルバーナ,傷はもういいのか?」声を掛けられ、そちらを向くと隻腕の三つ目族の男が苦いものを食べたような顔でこちらを見ている。 おそらく状況は雰囲気で察しただろう。
 「カルバーナは留守番だ。怪我を先に治せよ」
 「何を言っておられる,もう治ります」
 「治ってない…治る?」彼の言葉に疑問。治りますって一体?
 俺の首を傾げた姿に苦笑した彼は、急に厳しい表情になる。そして…
 「うおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!!!」
 「あ、カルバーナが力を溜めている!?!」
 3ターンほど経過…
 「ふん!!」
 カルバーナが気合いを発した。途端、
 ポン
 失っていた右腕が『生えた』。
 茫然とする一同。
 「はぁはぁ…これぞ奥義『蜥蜴の尻尾きり』です」
 「爬虫類に身を落としたみたいで、すんげぇ嫌な奥義だな,それ…」
 パチパチパチ…
 拍手が一人分、ある意味奇妙なものを見て朝飯がまずく感じられる、虚ろな習練場に響きわたった。
 「カルバーナ殿,良いものを見せていただきました」
 ””良いもの??””俺を含む騎士全員はそう思ったことだろう。
 やってきたのはかなり場違いな魔術師バランナ。
 彼は俺の隣までやってきて言う。
 「殿下、ミシニア石の鉱脈が見つかったそうで」
 「何で知ってる?!」
 「電波が飛んできました
 魔術師が嫌われるのは、魔術が気味悪いからではなく、魔術師自身に問題,大いにあり。
 「私も付いて行きたいのは山々なのですが、国王陛下よりこの地に魔術学校を開くことの許可を得まして、その準備に追われている始末で。ですが力仕事にうってつけな者がおりますゆえ,グラハ!」
 バランナがそう叫ぶと、彼の隣に虚空よりスキンヘッドの大男が現れた。リアとの戦いで生死を供に切り抜けた(嘘)男だ。コイツの名はグラハという。
 「グラハ,殿下の手助けをしてあげてください」
 「フフフ…お前に言われるまでもない,殿下、いざ供にミシニア石を竜より奪いましょうぞ!!」
 ビシィ!! 彼は空に向かって指さす。
 人がやっているのを見ると、自分でやっていたことが物凄く恥ずかしいことが再認識される。
 そして、こいつにはもう一つ間違いがあった。
 「グラハ…その方向は反対だよ」
 「てへ!」
 こうしてうやむやとした感じで、ミシニア石発掘の為のチームは騎士団の半数を巻きこんでの大編隊と相成ったのである。



 「で、ミシニア石を取りに行くと」苦い表情でセルゲイは言う、
 「ああ、竜がいるっていうけどな。あることは確かだ」
 「…財源がある程度は豊かになることは喜ぶべきでしょうが…明日出発とは」
 「即実行が俺のポリシーだ」
 「騎士達にも先日の魔族との戦いで傷付いたものが多いですな」
 「だから有事に備えても考慮して半数だけにしたろ」
 「あさってにはニ−ス皇国からラシーヌ皇女様がいらっしゃるのですよ」
 「それは初耳だな」素知らぬ振りをする。
 「それが原因ですね…」大きく溜め息を就くセルゲイ。
 「貴方に会いに来るのに肝心の貴方がいなくてどうするのです?」
 「後は任せた」ポン,彼の肩を軽く叩き…
 「まてぃ!!」背後からの声に、俺は猛ダッシュで逃げ出す。
 俺は通路を曲がり、小さな横道に身を隠す。
 その俺の前をセルゲイがバタバタと駆け過ぎて行った。
 「ふぅ」安堵の吐息。
 「捕まえたっ」グッ,腕を捕まれ、俺は硬直。ゆっくりと後ろを振り返る。
 「なんてね」凍った俺の顔を見て笑うは神官レティアだった。
 優しい笑顔,この娘にはこの表情が一番似合っている,そう思う。
 「どうしたんです? ぼぅっとして。そんなに驚いたんですか?」やや心配そうに彼女は尋ねる。
 「い、いや」思っていたことなど言える訳もなく。
 「ところで、殿下? ラシーヌ皇女様がいらっしゃるんですよね?」
 「そうみたいだね,でも俺、明日にはガイナのいるミシニア石の鉱脈のところまで行くから」
 「明日?! 聞いていませんよ」驚くレティア。
 「ああ、さっき決めた」
 「ラシーヌ様にはお会いには…」
 「この間、ジガー山脈で会ったからいいんだ」俺はぶっきらぼうに言う。
 「目を逸らさないで言って下さい」
 「うっ…」俺は渋々視線を彼女に合わせる。気の強い瞳が俺を睨んでいる。
 「ニース皇国の皇女という立場であれ、女の子には相違ないでしょう? 知らぬ地に一人でやってくるのです,貴方に会いに。それを逃げるっていうのはどういうことです?!」厳しく詰め寄る。
 それはまるで聞き分けのない弟に対する姉のような口調だ。もっとも俺より年上なんだけど,レティアは。
 「…レティアは俺がラシーヌと結婚させられても、良いのか?」
 「…それは殿下の決めることです。私の意見を求めないで下さい」僅かな躊躇のようなものを感じたが、きっぱりと言い放つ彼女。
 「もしも今の俺の立場が、頭の良いっていう弟のイリアスだったらラシーヌと形だけであろうと婚姻を交わすだろう。ニース皇国との提携によってもたらされるものは多いからね」
 「そうでしょうね」
 「王族だからこそ、決してない自由があるのは分かっている。だが分からないから俺は頭が悪い,それじゃ駄目なのかな?」
 「…」
 「心に素直に、好きな人に好きと言えてしまいたい。俺は…レティア,君がす…」
 俺の口にレティアの人差し指が軽く当てられる。彼女は寂しそうに微笑していた。
 「殿下,今回は見逃してあげます。本当は私も付いて行きたいところですが、司祭になるための試験があるのでラシーヌ様に殿下の説明をしておきますわ」
 「司祭に?」彼女の言葉の中で一番気になる単語だった。
 レティアは侍祭の位にある、司祭は立派に一人前であると言う位に相当するのだ。ちなみにレティアの歳で司祭というのは平均よりも5年は早い。それだけ優秀なのであろう。
 「おめでとう」
 「まだ試験は受けていませんから! 殿下がお戻りになられる頃、立派な司祭になっているよう、こちらでも頑張りますので」
 「ああ、お互い、頑張ろうね」
 結局、肝心なことは言えなかった,いや、言わせなかったようだった。



 自室に戻る。なんか朝から色々会ったような気がする。
 「なかなか興味深い感情だな,先程の女との会話は」
 「どうわぁぁ!!」
 不意に現れた魔族の言葉と姿に俺はまともに驚く。
 「いきなりでてくるなぁぁ!!」
 「そうか、すまんな」
 「それに見てたのか?」不安。
 「見ていたも何も、大抵の時間はお前を観察しているぞ、私は」
 「うおぉぉぉ!!」すっげ〜ヤだ。この人…
 「ふっ,そんなに喜ばれるとはな」
 「これのどこが喜んでるぅぅ!!」
 「照れ,か?」
 「もっと人の感情を勉強しろぉぉ!!」
 「だからしてるがな」
 「ま、まぁ…そ、だね」
 「ところで先程の女,レティアとかいったな。あいつに対しての感情は何だ?」俺のベットの端に座り、リアは尋ねる。
 「はい?」
 「お前のあの女に対する感情だけが、少し違う。よく分からんのだが」
 「それを考えるのがお前の勉強じゃないのか?」
 「…ふむ、それもそうだな。では」彼女は立ち上がり、俺の前へ。
 「?」
 リアはじっと俺を見つめる。
 灰色の瞳に俺が写る。人とは異なる、それ故にか澄んだ瞳だった。
 見つめ合うこと30秒経過…
 「おかしいな,あのレティアとかいう娘と同じようにしたのだが」
 ”そうかぁ??”
 「う〜む、他の人間で試してみるか」
 「って待てィ,人前に姿を表すとややこしいことになるだろ〜が!」
 危険な台詞を吐いて立ち去ろうとする彼女の肩を掴んで止める。
 「それもそうか,一応この間の戦いでは大量殺人者だからな」
 ”一応って…?”
 「しかし不思議なものだ。お前は自ら枷を掛け、あの娘を奪おうとしない。王族とか言ったな,人の作りし見えぬ枷に人は縛られるのか?」
 急に話題を変えるのが魔族の習性なのか? いきなり降ったようにヘビーな話題だ。
 「…」そして答えられない。人でない彼女であるから言えることだ。
 しかし思う。彼女の言葉はある意味正しいのではないかと。
 王族だから,世間体だ,そんなものはこの限られた生きている時間を前にしては、どうしようもないほど、くだらないこだわりなのではないか。
 「お前の気持ちが分かった時、私は人を理解することができるだろうか? そして私は変わるができるだろうか?」
 「変わる…か」呟く俺の言葉は妙に大きく聞こえた気がした。
 「我らは変わらぬよ」返答。
 予期せぬ声は背後から聞こえてきた。それに俺はおろか、リアもまた身構える。
 中年の男が立っていた,灰色の鎧を身に纏った、圧倒的な圧力を放つ人の姿をしたモノ。
 「魔…魔族」
 「ザナドゥ…」
 「我らは確固たる存在。生まれながらに完成されている。堕ちることはできるが、それは進化ではなく明らかに退化,それをお前は望んでいるのだよ,リア」中年のオヤジ,もといリアの言葉からすると炎の覇者ザナドゥ,彼女の父と言うことだ。
 言い伝えの通り、物凄い存在感を隠そうともせずに,いや、俺など無視しているようだ。
 「…」無言のリア,その表情からは思っていることは読み取れない。
 「帰るぞ。お前は炎の魔王たる素質のある存在,いつまでも勝手なことをしてもらっては困る」
 「私は…帰らぬ」
 ザナドゥは俺にチラリと視線を送る。一睨みされただけなのに、動けない。
 「この男に縛られているというのか? ならばこいつを殺してお前の楔を解き放つ」言うが早いか、無造作に男は腰の剣を俺に降り下ろしていた。
 瞬速,少なくとも人の目では捕らえることができるものではない。
 「…」だがその刃が俺に届くことはなかった。
 「楔ではない,翼の間違いだ」俺の額に一粒,二粒、冷たい液体が落ちる。
 ザナドゥの剣をリアが直前でやはり無造作に素手で受け止めていた。
 その右手のひらから青い血が俺の顔に落ちたのだ。
 「錯覚しているな、リア。私は娘であるお前を人によって汚されたくはないのだ」
 「私は貴方の庇護下にいつまでも甘んじている気はない」
 あ〜、あれだ。要するに娘の将来に口うるさい親父から逃げてきたってところか,こりゃ。凄いぎこちない親子関係だけど…
 どうでも良いが、魔族の親子と言うのは会話が滅茶苦茶堅いですな。
 「お前は非常に非効率だ。私の指示に従っていれば良い。人から学ぶべきことなど何もありはしない」俺の想いとは別に、彼等の会話は適当に進んでいるし。
 「私はそうは思わない、非効率? 大いに結構。私は人からこの短い時間でも多くのものを知った。我々にはない感情というものをな」
 「それこそが無駄なもの…
 おやじ魔族の言葉が途中で止まる。
 俺の拳が頬にめり込んだからだ。
 全然効いてないみたいだけど。
 「おっさん,いつまでも娘を自分の所有物と思ってんじゃねぇよ」馬鹿おやじ魔族の圧力に耐えながら、俺は言い放つ。
 「!?」小さく彼は眉を釣り上げた。
 「お、おい…」対するリアは初めて小さいながらも動揺を見せる。
 「魔族はど〜だか知らないが似たような考えはあっても、同じ考えを持った奴なんていないんだよ。自分のポリシーを人に,それも娘に押しつけて、リアのリアであることを殺してどうすんだ?!」
 「アリアス…」
 「結局、話聞いてるとアンタは娘が大切なんだろ。なら、なおさらリアの考えを大切にしてやれよ。多分、この娘が自分の意志で行動を起こしたってのはこれが初めてなんだろ? だからアンタは焦ってる…ちがうか?」
 「…よもや人の子が我に説教するとはな」無表情にザナドゥ。
 彼はリアに視線を移す。
 「もしも今、私がこの男を殺したら、お前はいかんとする?」
 「…分からない」一拍置き、リア。まるで絞り出すように答えた。
 「ふむ,そうか…私なら何とも思わんだろうな。そして少し前のお前もな。どう変わって行くか分からんが…少しの間,そう、冥王の星が一周する間だけ、お前の好きにするが良い」
 「…ザナドゥ?」
 「帰ってきた時、お前らしいお前に会えることを、私は願うぞ」
 彼は不気味な唇の端を小さく釣り上げると、現われた時と同様、煙のように消え去っていた。
 数拍の沈黙。
 そしてどちらからとも言わずに大きく溜め息。
 「バカだな,お前は。炎の覇者ザナドゥを殴るなんて」呆れたようにリアは俺に言う。よくよく見ると、彼女の額はうっすらと汗がにじんでいた。
 やっぱりぎこちない親子だ。
 「そうか?」
 「そうだよ。まったく…感謝している」
 「感謝…か?」
 「ああ…この感覚は感謝というものに似ている,違うかな?」
 尋ねる彼女の表情は明るい。
 「リアがそう思うのなら、そうじゃないのか?」
 「ふむ。なら礼をさせてもらおう」
 「礼?」凄く嫌な予感がして、俺はあとずさる。魔族の礼ってなんだ?!
 「礼とはされて喜ぶもの,そう辞書にはあったぞ」言いながら俺の腕を掴み、物凄い力で引き寄せる。
 「だぁ!?」バランスを崩し、柔らかい感覚に包まれる。
 顔を上げるとリアの胸に抱き抱えられていた。
 そしてリアは俺を見つめる。
 驚きと不可解な表情をした俺が彼女の瞳に映っていた。本来なら先程と同じく、それだけだ。
 しかしその奥にからかうような色が見えた気がする。
 その神秘的な瞳に魅入られた瞬間…
 俺の唇に彼女のそれが重なっていた。
 無言…
 「?!? 何すんじゃぁぁ〜!!」数瞬の後、俺は後ろへ撤退!!
 「…? この間の契約のとき、喜んでおったろ?」首を傾げるリア。
 「それは悲しい男の性だぁぁ!!」
 「?? 今も喜んでいるではないか」
 困ったものである。
 「ところで、冥王の星が一周する間ってのはいつ頃までだ? 一週間くらいか?」俺は照れを隠す為にも話題を変える。
 しかしこの返事には涙が出そうだった。
 「100年だ」あっさり。
 「おやじぃぃぃ!!! 戻ってこい!!」
 俺は虚空に向って叫びをあげていた…・・



 2人の男が向き合っていた。薄暗い、何処かの宿屋らしい一室だ。
 1つしかない窓の外からは沈みかけた弱々しい夕日が入って来ている。
 「裏切る気か?」
 鎧を着込んだ男の言葉に、ゆったりと長椅子に身を任せた中年は肩を竦める。
 「盗賊ギルドの仕事に裏切りも何もありませんよ。引き受けられる仕事は引き受け、無理な仕事は引き受けない,それが我々の仕事だ」表情は柔らかくも、確固たる意志で彼は男に臨む。
 「アリアスを庇いだてするとはな,メルーのギルドと対立することになるのだぞ。こんな弱小国のギルドなど、瞬殺だ」
 「旦那,ギルドはそもそも国単位のものです。今でこそ、お互い連携を取ってはいますが、芯の部分では独立しているのですよ。もともとメルーのギルドと我々は組んだ覚えはありゃしません」
 「…ほぅ」鎧の男の瞳に光が宿る,殺意に満ちた光だ。
 しかしそれを中年の男は軽く受け流し、続ける。
 「利益のある方向へ進む,それが当然の道でしょう?」
 「アリアスに付くことがアラムス,お前の利益だというのか?!」
 それに中年男は苦笑して首を横に振る。
 「私にとっての利益ではなく、我々,リーガル盗賊ギルドの利益であり、アリアス王子に付くのではなく、このリーガル王国に付くと,只それだけのことです」きっぱりと、彼は真っ向から男の視線を受け止める。
 暫し睨み合う2人。
 「…・・賭け,か?」
 「…・・そういうことになりますね。盗賊たるもの,賭け事は好きですから」
 「結果はどうであれ、今やお前達は我らの敵だ」男は背を向け、部屋を出ていった。
 沈黙。
 そして、中年男は大きく息を吐いた。
 何処に隠れていたか、その彼の後ろから一人の女性が現われる。
 「お疲れ様」
 「…ギルド長の影というのも、楽ではありませんね」中年・アラムスは彼女に向って苦笑。
 そして真顔に戻る。
 「しかし、アリアスという男,貴女がそこまで買う男なのですか?」
 それに彼女は小さく微笑。
 「貴方も言ったじゃない? アリアスに付くのではなく、リーガルそのものに付くのだと。今や彼を中心に色々なものが集まり、良い方向に向って進んでいる」
 「それが直接通って見てきた、貴女の答えですか,アイシャ?」
 「そうよ。そして、アリアスが消されても、この風は吹くのを止めないところまで来ている…」
 アイシャは窓の外を眺め、そう呟く。瞳の先には窓の外は決して映ってはいなかった。



 純粋な力が、凶凶しいモノに変化していく。
 純粋な力・魔力と呼ばれるそれからの変換,生まれしモノは瘴気。
 『ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ』
 不可視の力の満ち満ちた暗黒の空間,その真ん中に地の底から聞こえるような唸り声を上げるは、一匹の竜だった。
 体長は10mはあろうか、その黒い肌から直に、生れいずる瘴気を『食らって』いた。
 『もうすぐ、あと少しだ』
 その声は、竜の腹の中から聞こえてくる。
 「させるものか…決して」
 その声は竜の口から発せられる。
 『永きに渡る安息も、もう終わる,お前の命と伴に』
 「必ずや、私を殺す者が現われる。それまで…堪えてみせる!」
 『無駄だ,お前は黙って我を腹の中に抱いたまま…死ね!』
 「ぐぅ…」
 暗黒に、再び沈黙が戻った……


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