稲荷 Confidences
4. ドキドキ+乱入=ガッカリ
僕の周りは湯気で真っ白だった。
ここは、とある山奥にある秘湯。
滅多に人間が訪れない、野生動物達むしろメインと言われる露天温泉である。
「いい湯だなぁ」
「でしょう? ここは私達の間でも有名なんですよー」
僕の背後には大きな岩が1つ。
それを挟んで、向こう側から僕のカノジョの声が返ってきた。
僕達がこの温泉にやってきたのは、カノジョの応募した懸賞が当たったからだ。
なんでも狐の王国とやらで発行されている旅情報誌のアンケートに答えたところ、この秘湯の一泊ペアチケットに当選したのだそうだ。
「今日の晩御飯も楽しみですよ。ここでしか取れない山菜と、山鳥のコースが出るそうなんです」
「それは楽しみだね」
一応、やけに古風な屋敷が近くにあり、そこが宿となっている。
チェックインの際に出てきてくれたお婆さんもまた、きっと人間じゃないんだろうなぁ。
そんなことより、だ。
初めての2人きりの旅行で、一泊である。
なんとも言えない緊張を感じつつ、ぼんやりと今夜のことを考え始めたときだった。
目の前に大きな影が横切った。
「?! く、くまーー?!」
体長2mはあろうかというクマが僕の前を通りすぎた。
クマはこちらを一瞥すると、軽くお辞儀したように見える。
「あ、どうも」
思わずこちらも頭を下げると、大きなクマはお湯の中を移動して去っていった。
「どうかしました?」
「あ、いや、クマが」
「大丈夫ですよ。温泉では絶対襲ってきませんから。それがルールですし」
「そう、みたいだね」
溜息とともに僕はお湯の中でリラックス。
ぱしゃ
お湯をはじく音は僕の前の方から。湯煙の中、近づいてくる影がある。
今度はサルかなにか、だろうなぁ。
白い世界の中で、ソレが輪郭を持って僕の目に映ったのは50cmも離れない距離になってからだった。
「おや、奇遇だな。こんなところで会うとはな」
「お、お姉さん?!」
現れたのはカノジョの姉。先日、色々と僕を試して(遊んで?)去っていた女性である。
真正面から一糸纏わぬ姿を再び目にしてしまい、慌てて視線を水面に逸らした。
「どうしてこんなところに??」
「どうしてもなにも…」
彼女は苦笑いを浮かべつつ、岩を背にした僕の左隣に腰掛ける。
まるでGirl'sブラボー並みの湯気のおかげで、彼女が見えるようで見えないのが救いだ…と思う。
「傷心旅行、かな?」
「へ……?」
顔を上げた僕の右腕が急に引かれた。
同時、腕にとてつもない柔らかな感触が広がる。
「お姉ちゃん、どーしてここに?!」
僕の腕を取って引っ張るようにして彼女から引き離したのは、僕のカノジョだった。
「あら、貴女も来てたの?」
「『来てたの?』って、ここに旅行で行ってきますって、言っておいたでしょ!」
「そうだったか…??」
「むーー!」
僕の腕を抱きながら姉を睨むカノジョ。
そして軽くそれを受け流し、何故か僕を眺めて小さく微笑む彼女。
そんな間で、取り敢えず僕としては、
「ああ、いい湯だなぁ」
としか、言えなかったわけで。
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