稲荷 Confidences
5. 努力×(時間+愛情)=¥


 トントン
 ノック音の後、
 「こんにちわー♪」
 笑顔を伴って現れたのは僕のカノジョだ。
 両手に抱えているのはパンの入った紙袋だった。
 紙袋には『神戸屋』と書かれている。
 「おみやげです」
 とす、とテーブルの上に置いた紙袋の中身は結構詰まっている。
 明日の晩御飯分くらいはありそうな量である。
 ふと僕は普段から気になっていることを訊いてみる事にした。
 「あのさ、お金とかって……どうしてるの?」
 このパンにしても、買って来たのならお金をどうしているのかが気になるところだ。
 はっきり言って裏の稲荷社にある賽銭箱には、小銭すらも入っていない状態だったと思う。
 「え、えーっと」
 僕の問いにカノジョは困った顔で笑い、
 「言わなきゃ、ダメですか?」
 「ダメ」
 「あぅ〜〜〜」
 別にダメではないけれど、一方的に押せばいいことを最近気付き始めた僕である。
 そう、押しが肝心なのだ。
 「実は」
 「実は?」
 「駅前の神戸屋でアルバイトを始めまして……このパンも売れ残ったのを勿体無いから貰ってきたんです」
 「なるほどー」
 なんと、お稲荷様が…お稲荷様がアルバイト?!
 顔は平静を装う僕だけれど、内心爆笑していた。仮にも神様がバイトだって?!
 「やっぱり、おかしいですか?」
 「いや、全然」
 付き合いがそれなりに長いからだろう、僕の内心に気付いたカノジョは小さく頬を膨らませている。
 「じゃ、明日応援に行ってあげるよ」
 「ダ、ダメダメダメ、絶対ダメですっ!」
 カノジョは力いっぱい否定した。
 「どうして?」
 「恥ずかしいですから」
 僕はカノジョの神戸屋の制服姿を想像する。
 ………うぁ、可愛いじゃないか。
 すごい見たい、いや絶対見る!
 「来ないでくださいね」
 「うん、そうだね」
 「来るつもりですね」
 「うん、そうだね」
 「あー、言わなきゃ良かったぁぁ〜〜」
 頭を抱えるカノジョを眺めながら、僕はパンを一つ口に運ぶ。
 少し固くなってしまっていたけれど、充分美味しかった。
 それはきっと、昔みたいに一人で食べているからではない為だと、カノジョを見つめながらしみじみ思うのだった。

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