稲荷 Confidences
7. ¥×度胸÷予想=博打王


 大学の学食に見覚えのある女性の後ろ姿があった。
 僕はできたてのたぬきソバをトレイに持ちながら、前へと回り込む。
 彼女はやはり、僕の知る人物だった。
 「こんにちわ、お姉さん」
 「おや、奇遇だな、こんにちわ」
 一人きつねうどんをすすっているのは僕のカノジョのお姉さんである。
 奇遇もなにも、それ以前にアンタはここで何をやっている??
 「きつねうどんを食べているのだが、何か?」
 「いえ、何でもないですよ」
 ずるずる
 ちゅるちゅる
 しばらくお互いの麺をすする音だけが交わした音だった。
 ふと、僕は気になったことを尋ねてみる。
 「お姉さんもアルバイトとかしてるんですか?」
 そう、彼女がここでうどんを食べているということは、食券を買えるだけのお金があったということだ。
 そのお金の出所は?
 僕のカノジョのようにどこかでバイトしているのだろうか、やはり……??
 ちゅるちゅる
 ずずず
 「ふぅ」
 きつねうどん、完食。
 そして僕の問いに、
 「していないが」
 「じゃあ、食券はもしかして落ち葉をお金に替えて買ったとか?」
 「いや、それやると上に怒られるし」
 上ってどこだ?? というか、一応できるんだ。
 「ちゃんと真っ当に手に入れているぞ。丁度手持ちが少なくなったから稼ぎに行くけれど、付き合うか?」
 彼女がどうやって稼いでいるか、ちょっと興味がある。
 だから、
 「はい、行きましょう」
 たぬきソバを食べ終え、僕は彼女の後に続く。
 彼女はそのまま大学の駐車場へ。その足は一台の車の前に止まった。
 流線型の美しい、銀色のオープンカーだ。車体の先端部分には猫科のエンブレムが輝いている。
 「JAGUAR XKR Convertibleだとっ!」
 いくらしたんだ、こんな高級車。
 「さぁ、行くぞ」
 彼女は運転席に乗りこみ、エンジンをかける。
 この女、車の免許を持ってるのか?!
 「うむ、この間、取ったのだ。合宿とやらで半月以上かかったな」
 「でも、なんでジャガーなんて……」
 あまりにも、あまりにも『似合いすぎている』。
 「何でと言われても…、そうだな、なんとなく、このにゃんこが気に入ったからかなぁ」
 言って彼女は、両手を自身のあごの前で揃えて軽く握った。
 多分、ジャガーのエンブレムの真似だと思う。
 そもそもそれはネコじゃなくて猛獣のジャガーです。
 「そう、ですか」
 思いはしたがツッコむと負けたような気分になる気がして、特に指摘はしない。
 ともあれどうでも良い理由に適当に頷きつつ、僕達はやがて地方競馬場へと到着した。
 丁度レース前で、出走予定の馬達がコースを回っている。
 「え、もしかして…競馬で儲けているのか…??」
 「ふむ。一番手っ取り早くてな。行くぞ」
 彼女は僕の腕を掴み、コースを囲う柵のところまでやってきた。
 地方だけあって、人もまばらだ。
 「なぁ、今日の調子はどうだい?」
 彼女は言葉を投げかける。
 馬を引く調教師、にではなく、馬自身に対して。
 彼女に声をかけられた馬は軽くこちらを振り向き、
 「ぶひひん」
 一声いななく。
 「ふむ」
 頷き、彼女は次にやってきた馬にも同じことを尋ね、最終的に全頭に同じことをした。
 「馬の言葉、分かるんですか?」
 「うむ。私は稲荷だからな」
 理由になっているのだろうか?
 「さて、このレースは1−4で決まりそうだな。券を買ってくるが、君も買うかね?」
 ちなみに1−4は手堅い予想で、電光掲示板には1.2倍と書かれている。
 「いや、僕は良いです。いくら買うんです?」
 問いに彼女は、車を降りたときから持っていたアタッシュケースを軽く持ち上げる。
 「いくら入ってるんです?」
 「1000万」
 「……マジですか?」
 唖然とする僕を置いて、彼女はさっさと馬券を1000万円分買いこみ、戻ってきた。
 彼女は横で僕が戦々恐々としているにも関わらず、淡々とレースが始まるのを見守っている。
 そしてレースはスタート。
 僕にとってはひどく長い時間に感じたが、実際はあっという間だったと思う。
 結果が予想通りになると、彼女は軽く「よし」と拳を握るだけだった。
 1.2倍と言っても1000万円ならば1200万円と、200万円の勝ちである。
 「いくら馬の言葉が分かるからって、必ずしも当たるわけでもないでしょうに。勝負師ですねぇ」
 「ふむ。稲荷の特殊能力である『未来予測Lv5』を使えば確実だけれど、さすがにそれをやると上に怒られるだろうからな」
 「何です、その特殊能力だとか未来予測だとかって?」
 「『先読み』と『キツネの嫁入り』技能を修得すると派生する能力でね。二次職のJOBLvがカンストの40ないとここまではスキル取れないのだよ」
 「……何だか全然分からないんですけど?」
 何だよ、二次職って??
 「一次職は野狐、もしくは見習い稲荷でな。二次職は寄方、これは先日妹がようやくなれたお稲荷様本職だ。そしてその上位である三次職は主領と言われ、言うなればグレートお稲荷様だ」
 「グレート?」
 「そう、グレート。この辺になるとスキルが多様化してな。私は攻撃系スキルを中心に取っているのだ」
 えへん、と。彼女は偉そうに胸を張る。
 「はぁ、そうですか」
 何だか良く分からないけれど、僕のカノジョには『癒し系』になってもらいたいと思います。

[BACK] [TOP] [NEXT]