稲荷 Confidences
11. 勝負>ゲーム>本来の目的


 「勝負だ!」
 犬神の彼はスーツの懐に右手を入れる。
 対する稲荷の彼女もまた、スーツの胸ポケットへ手を忍ばせた。
 犬神は懐から何かを取り出し、こう叫ぶ。
 「デュエル、スタート!」
 手にしたものは数十枚で形成されたカードの束――デッキだ。
 対する稲荷の彼女も同じ物を携えている。
 同時、2人は何処からか取り出したダイス(サイコロ)を宙に放る。
 二つは石畳に落ちて、止まる。
 犬神は5、稲荷は3だ。
 犬神はデッキから5枚のカードを引き抜き、己の胸の高さに並べる。
 それは驚くべきことに、まるで見えない机があるかのように宙に浮いた。
 同様にして稲荷の方もまた、自らの前に5枚のカードを並べた。
 こちらも胸の高さで裏を向いて浮いている。
 「まずは俺のターン!」
 ニヤリと犬神は笑みを浮かべ、目の前に浮いた真ん中のカードをめくる。
 カードの絵柄はアメコミチックに狼男が満月に向かって吼えているものだ。
 「俺は『半妖態』のカードを使い、妖力を解放する!!」
 叫んだかと思うと、彼のスーツの上半身が内側から破けて散った。
 代わりに毛皮に覆われた筋骨隆々な体があらわになる。
 それに伴い、彼の口は大きく裂け、やがて犬頭を形成する。
 「ウォォォォォン!」
 満月に向かって咆哮する犬神。
 彼の胸の辺りにはこんな文字が浮かび上がった。
 『犬神:攻撃力1200 防御力800』
 「今夜は満月! 俺達犬族は満月の夜には全ての能力が30%増加するっ!」
 ぴこーん
 そんな電子音が聞こえたかと思うと、彼の前の数字が変化する。
 『犬神:攻撃力1560 防御力1040』
 「そしてこのカードを使用する」
 続いて一番左のカードをめくった。
 4本の刀が交錯するイラストの描かれたカード。
 「『剣聖の四刀流』だ。これを俺自身に付加!」
 カードが淡く光ると、犬神の姿が変化する。
 両手の爪がまるで剣のように伸び、それぞれ一振りづつ。
 そして犬歯が左右とも伸び、これもまた剣となる。
 「まるでワンピースのゾロみたいな今までに見たことがない新しい剣術!?」
 ギャラリーと化した稲荷の妹が驚愕。
 それを横目に、余裕の笑みを浮かべて彼は呟く。
 「ターンエンドだ」
 彼の終了宣言に応じ、稲荷もまた目の前に並んだカードを一枚引く。
 それは狐火が描かれたカード。
 「私は『狐火で照らせ』を用い、お前のトラップカードを見抜いて破壊する」
 カードが消え、代わりに生まれた狐火が犬神の5枚並んだカードへ。
 内、裏を向いた一番右のカードが消滅した。
 仕込んでいたトラップカードを破壊され、小さく舌を打つ犬神。
 「私のターンはこれで終わりだ」
 言って彼女はデッキからカードを一枚抜き、消えたカードの場所へ置く。
 「俺のターンだな」
 デッキからカードを一枚抜き、先程消えた一番右にカードを置くと、彼は中央から右に2番目のカードをめくった。
 「まずはお前を討つために用意したこのカード!」
 描かれているのは阿修羅の腕を持つ少女。
 「それは剣系の斬撃力を40%向上させることのできる『紺壁のルシール』。レアカードだな、しかし」
 「そう、発動までに2ターンが必要だ。俺はこれをフィールドに出し、オープン。そして」
 中央から左に2番目のカードをめくる。
 それには猟銃を構えた猟師の姿か描かれていた。
 「『ハンターの千里眼』、か」
 「そう。これは狐系、鳥系に対し2ターン間、行動を不能にさせるカード。これを発動させる!」
 宣言直後、青白い光が稲荷の身を束縛した。
 「なるほどなるほど。向かってくるだけのことはあって、丸腰という訳ではないようだな」
 満足げに頷く稲荷。
 「その余裕はいつまで続くかな。ターンエンドだ」
 「そして私のターンだが、カード効果により行動できずか」
 「その通り。そして俺のターン。先程引いたカードをオープン」
 めくられていない、一番右のカードをめくるとそこには小さな悪魔が描かれている。
 「『貪欲な悪魔』か」
 「貪欲な悪魔を攻撃表示。行け!」
 カードから子供のような、餓鬼のようなコウモリの翼を持つ悪魔が生じた。
 その胸のところには『貧欲な悪魔:攻撃力300 防御力200』と書かれている。
 それが稲荷に襲いかかった。
 なお稲荷の胸のところにも数値が書かれており、『稲荷:攻撃力600 防御力600』とある。
 数値の高い稲荷を前に、悪魔は必死の形相で正拳突きの一撃をお見舞いした。
 ひ弱なパンチは、稲荷の大きな胸にぶち当たり、そして弾力で跳ねかえった。
 「……これはこれで」
 小さく呟きつつ、ダメージらしいものを与えることもなしに悪魔は虚空へと消える。何故か嬉しそうに。
 そして何もできずに消滅したかに見えた、が。
 「悪魔の初撃を受けた対象は、魔界から力が抜きとられ、毎ターンごとに攻撃・守備力ともに100づつ減少する」
 『稲荷:攻撃力500 防御力500』と数値が書きかえられた。
 「お姉ちゃん!」
 稲荷の妹が叫ぶ。
 それに返すことなしに、稲荷の姉はただ現状を見守るだけだ。
 「ターンエンドだ」
 犬神が告げる。
 「私のターンだな。しかしながらカード効果で動けず、か」
 「俺のターン。ルシールの発動で俺の攻撃力は一気に跳ねあがる!」
 『犬神:攻撃力2150 防御力1450』
 「行くぞ! これで終わりだっ!」
 攻撃力が2000台に乗り、4つ星モンスターと化した犬神は無防備な稲荷に襲い掛かった。
 彼が攻撃表示に移った、その瞬間。
 「トラップカード、オープン!」
 「なんだと?!」
 稲荷は手持ちの一番左のカードをめくった。
 そこは大きな関所が描かれたイラストが見て取れる。
 「『代官の関所』。攻撃力2000以上の敵に対し、現行ターンを強制終了させることができる」
 「ぐっ」
 「ターンエンドだな。ようやく私のターンだ」
 稲荷はまず、一番左のカードをめくった。
 白い狐が頭の上に葉っぱを置いて、回転しながら化けるイラストだ。
 「私もこの『半妖態』のカードを使い、妖力を解放する」
 ざわり
 彼女の髪が、影が、体の輪郭が揺れる。
 静かに、そして確実にその人型であったその姿が異形へと変形していく。
 「まずは満月の夜には、全ての妖は5%の能力向上の恩恵がある」
 告げる間にも、彼女に表示された数値はぐんぐんと上昇していく。
 「次にフィールド効果。ここは私の結界内であり、狐族に等しく恩恵のある稲荷神社の敷地内。これにより私の攻撃力・守備力ともに60%上昇する」
 ざわざわざわ
 「見せてやろう、狐族の闘争を。妖力開放!」
 彼女の口が裂け、端正だった人の顔は狐面となる。
 そして犬神の視界を巨大な白い尾が9本、まるで壁のように立ちはだかった。
 コーン!
 木を断ち割るような狐の咆哮が、夜空いっぱいに鳴り響く。
 『稲荷:攻撃力2800 防御力2400』
 最終的な数値は、犬神のソレを大きく上回っていた。
 「クッ、こんなにも簡単に5つ星モンスターになれるとは……」
 ぎりっと奥歯を噛み締め、しかし犬神は決心したように顔を上げた。
 「だからどうした! 犬神スキル『鉄砲玉』発動!! 俺は死すら恐れないっ」
 デッキのカードをランダムに10枚消費して、彼は己の能力を発動させる。
 その様子に稲荷もまたカードを10枚消費して迎え撃つ!
 「では君の本気に、誠心誠意応えよう。稲荷スキル『一族郎党皆殺し』発動!!」
 濃度の濃い死を予感させる波動に犬神は息を呑み、稲荷の妹は危うく気を失いかける。
 「本気になった私の一撃は、貴様のみならず貴様に縁ある全ての者どもに等しく死に近い不孝を与えよう」
 犬神を見下ろすように稲荷。
 「俺は…」
 犬神は自然と己の首に触れた。
 そこにあるのは、まだ新しい首輪。
 感触を確認したその瞬間、はっと彼の瞳に正気が戻った。
 「くっ」
 俯き、彼はデッキを横にして置いた。
 それの示すところは、
 「サレンダー?!」
 稲荷の妹が驚愕を伴って叫ぶ。
 途端、犬神の姿が元のスーツを着た人の姿に戻る。
 「今日のところは……」
 彼は呟くようにして、そして顔を上げて叫ぶ。
 「今日のところは俺の負けだ! だが次は、次は負けん!!」
 走り去る犬神。
 それを呆然と見送る稲荷妹と、そして同じく姿を元に戻す稲荷の姉。
 「あー、えっと」
 妹は彼の置いていったデッキを手に取りながら、姉に問う。
 「どうでもいいけど、どうしてこんな戦いになったの? ってか突っ込むに突っ込めなかったんだけど、何故にカードゲーム??」
 「おや、知らないのか?」
 彼女は怪訝な目で妹を見つめ、言葉を続けた。
 「私達くらいの神がまともに喧嘩すると、この付近が焦土と化すからね。勝負は勝負でも拠り代を用いた勝負にすることって、稲荷の昇格試験で習ったと思うけど?」
 「あ……そうだった、ね」
 愛想笑いを浮かべる妹の表情から、取り敢えず個人的に再教育してやろうと内心決める姉。
 「で、でもでも、どうしてカードゲームなの??」
 「んー、最近、近所の子供と遊戯王カードで遊んでてね。それだけさ」
 「ふーん、でもそんなのに付き合ってくれたなんて、ノリがいい人(犬神)だね」
 「昔からあんな感じだよ。今回は私の結界内だったから私が決めたけど、アイツの結界内だったら多分ドンジャラとか人生ゲームじゃないか?」
 「緊張感ないね」
 「ふむ。しかし今回はアイツの負けは負けだよ。妖力もごっそり奪ってやったから、しばらくまともな術も使えまい」
 鼻で笑う姉に、妹は小さく溜息。
 「お姉ちゃん、相変わらず意地悪だね」
 「生かしておいてあげただけでも優しいと思ってくれないかね?」
 「思わない思わない」
 ぶんぶん首を横に振る妹に、姉は不敵に微笑む。
 「殺っておいてくれればよかったのに、と思うかもしれないよ?」
 「え、ちょっと、どういうこと?!」
 「さぁ? じゃ私は帰るよ。貴方はどうするの? 今日もお泊り?」
 「今日もって、いつ泊まったって言うの! 私も帰りますっ」
 「じゃ、私がお泊りしてこようかな」
 「ダメっ!」
 夜の闇の中、2人の稲荷は社へと帰っていく。
 遠く、犬の悲しい遠吠えが響いていた。

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