稲荷 Confidences
12. 忠誠心>>復讐心


 翌日の夕方。
 「あ、ちょっと! 急に走らないの! こら!!」
 リードを手にしつつ、元気に走る犬に引きずられるようにして走るのは眼鏡をかけた女性。
 ここ最近、この辺を散歩のコースとしている彼女は、いつもとは違う方向へ引っ張られて慌てていた。
 問答無用で彼女を引きづりつつ駆ける犬は、街中を流れる川の堤防へ。
 そこで足を止めた。
 息を切らしながらも眼鏡の彼女も足を止める。
 「あ……」
 犬を叱り付けようとした彼女の行動が止まる。
 何故なら彼女の視界に、見知った人影が映ったからだ。
 「先輩、こんにちわ」
 丁度前からやってきたのは彼女の通う大学の、研究室の先輩だ。
 その彼の右腕には、おまけのように少女と言って良いような女性がまるで彼を取られまいと腕を抱いている。
 だがしかし、眼鏡の彼女の視界には少女の姿は意図的に映っていない。
 「こんにちわ。今日も犬の散歩?」
 「はい。犬は毎日散歩させてあげないと、ノイローゼで死んじゃうんですって」
 「へぇ、そうなんだ」
 「あのー」
 「あ、もし良かったら途中までご一緒しませんか?」
 「あの!」
 「あら、いらっしゃったんですか?」
 「くっ、コイツ……」
 「そうだ、先輩。今日のケーキ、美味しかったですか?」
 「ん、あ、ああ」
 「ケーキ?」
 「明日はクッキー焼いてきてあげますね♪」
 「あ、いや、その…」
 「結構です! 私達、急いでますんで。それじゃ!」
 無理矢理視界に割り込んできた少女は、引きずるように先輩を連れて夕日の向こうへと消えていった。
 それを見送って、私は足元の愛犬に視線を向ける。
 「ふふふ……、面白いね」
 「わん?」
 胸に手を当て、自分の鼓動を聞きながら私は多分、自分自身に呟いた。
 「こんな私も、ここにいたんだね。あの子がいるから、私もこんなに積極的になれるみたい」
 「わん」
 「変かな、こんな私?」
 「くーん」
 「ん。ありがとね」
 彼女は愛犬の頭を軽く撫で、散歩を再開する。
 この日のルートはいつもよりもちょっと長かったそうな。

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