稲荷 Confidences
13. 贈り物=真心×(頂き物−個々の性格)


 学生賑わう授業終了後の講堂。
 学生達が敬遠しがちな前列で、一組の男女が話していた。
 男は女に手のひらに乗るほどの大きさの、可愛らしく放送された小さな包みを手渡す。
 「ありがとうございます、先輩」
 「いや、大した物じゃないし」
 「そんなことありませんよ。こうしてわざわざ頂けるっていう、気持ちがこもっているのが良いんです」
 「んー、そんなもんかなぁ」
 「そうですよ」
 「そっか」
 眼鏡の奥の瞳を笑みの形で描いた女の言葉に、彼は「なるほど」と頷きながらカバンを手にする。
 「じゃ、僕はコレで」
 「え? 研究室には寄らないんですか?」
 「ああ。ちょっと今日は、ね」
 「あ…」
 彼女が呼び止める間もなく、彼は講堂を早足で出ていった。
 残された彼女は手にした小さな包みを胸に抱く。
 「この義理堅さは、時に残酷ですよ。先輩」
 呟きは雑踏の中に消えた。


 カノジョの目の前には、仙台は定義山の名物「三角あぶらあげ」が山のように積まれていた。
 「え? こ、これは??」
 思わず耳と尻尾を出してしまったカノジョに苦笑いを浮かべつつ、彼は告げる。
 「ほら、一ヶ月前のバレンタインのお返しだよ」
 「あぁ、そっかぁ。ありがとう!」
 カノジョの満面の笑みに、彼は満足げに頷いた。
 わざわざ遠出して買ってきた甲斐があったというものだ。
 これ以上もなく至福の笑みで、あぶらあげを美味しそうに頬張るカノジョを幸せそうに眺めていた時だった。
 コンコン
 アパートの玄関がノックされる。
 「はい」
 彼が答えると同時、がしゃりと鍵のかかっていなかった扉は開く。
 「こんばんわ。あの娘、いる?」
 カノジョの姉が首だけをひょっこりと覗かせると、部屋の中をキョロキョロと見まわす。
 大して広くもない部屋の中、目的の人物とはすぐに目が合ったようだ。
 「今日の晩御飯はどうする? カレと食べてくる?」
 「んー。そうする」
 カノジョの姉は一瞬だけ妹の口にしたあぶらあげに視線が合うが、すぐにそれを彼へと変える。
 「じゃ、ごめんね。あの娘にあんまりつまみ食いさせると晩御飯食べなくなるわよ」
 「そうですか」
 彼が忠告に従い、あぶらあげの積まれた皿を取り上げようとするが、もろくもカノジョにブロックされた。
 「………あ、そうだ。お姉さんにもお返しがあるんです」
 「お返し?」
 首を傾げる玄関先の姉に、彼は赤い包装紙で包まれた小さな箱を手渡す。
 「バレンタインの時のお返しです」
 受け取った彼女は整った鼻を一瞬ひくつかせて嬉しそうに頷いた。
 「おや、香水だね……フェラガモの『サブティール』か。良いセンスしているね」
 「よく分かりましたね」
 「そりゃ、狐だし」
 苦笑いを浮かべるカノジョの姉はそれを大事そうに両手で抱く。
 「ありがたく使わせてもらうよ」
 「はい」
 と、その2人の間にカノジョが割り込んだ。
 「むー! どうして私があぶらあげで、姉さんが香水なの?」
 「どうしてって……あぶらあげじゃ、嫌だった?」
 「嫌じゃ…ないけど。でもなんか…むー!」
 そんなカノジョの頭を、姉はクシャっと撫でる。
 「まだまだ子供ね。それじゃ、先に帰ってるよ」
 背を向けてカノジョの姉は部屋から出ていく。
 バタンとしまった玄関の扉に、カノジョはおもいきりアカンベーをする。
 「子供だなぁ」
 「なんか言った?」
 「いや、何も」
 どこか納得いかない顔をしているカノジョを眺めつつ、僕は今夜の晩御飯のおかずにあぶらあげの味噌汁を追加することに決めたのだった。

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