稲荷 Confidences
18. 南の島+余暇=2人だけの時間
青い空は天高く、肌を撫でる風はわずかに湿気を帯びている。
天頂に輝く日の光に、波打ち寄せる水面はキラキラと眩しい。
一瞬、僕達は影に入り、そして暑い日の光の下に戻った。
空を見上げれば、青空に飛行機が1つ。
かすかにジェットエンジンの音が風に乗って聞こえてくる。
それ以外に聞こえるのは、踏みしめる砂浜に打ち寄せる波の音。
そして僕の隣で同じように遥か水平線を見つめているカノジョの息遣いのみだ。
ここはすっかり夏だった。
「すっかり夏ですね」
周りに誰もいないことを知ってだろう、髪の間にキツネの耳をちょこんと出してカノジョは感慨深げに僕の心境と同じことを呟いた。
「ちょうど今日、この辺は梅雨入りしたらしいよ」
「雨、降らないといいなぁ」
目を細めて、カノジョは雲一つない青空を見上げて祈る。
「そうだね」
僕もそう祈る。
ここは奄美。鹿児島県に属する、日本で3番目に大きい島だ。
位置的には沖縄県のおよそ100kmほど北に属してはいるが、南の島と呼んでも差し支えないだろう。
なぜ僕達がこんなところにきているのか?
それはもちろん、観光である。
お約束といえばお約束であるが、商店街の福引きでカノジョが見事に2等の奄美旅行ペアチケットを引き当てた結果だ。
なお1等はハワイ旅行ペアチケットであり、こちらはたまたま居合わせた僕の研究室の後輩が引き当てていた。
「ねぇねぇ」
袖を引っ張られて、僕は我に返る。
目の前で僕を見上げるカノジョ。
笑ってくるりと背を向ける。身にまとう白いワンピースが風に舞った。
両手には脱いだ白いパンプス。
さらに白い素足で砂浜を駆けて、ぱしゃっと波の中に足を踏み入れた。
「水もあったかいよっ」
くるぶしまで海に浸してこちらに振り返った。
青い空と、より青い海が水平線一本で区切られている。
それを背景に、白いカノジョが満面の笑みで僕を招いていた。
と。
その白い姿が青の中に消える。
「!?」
小さな波がカノジョの足をさらって、ぱしゃっと後ろに転ばせたのだ。
波打ち際に腰を下ろす格好で、すっかり白いワンピースを濡らしてしまっている。
「むー!」
頬を小さく膨らませている。
「まったく。はしゃぎすぎるから」
カノジョは頬を膨らませたまま、両手を僕に向けて伸ばした。
「起こして」
「……はいはい、お姫様」
伸ばされた白い両手を、僕も両手で掴んで軽く引っ張る。
さして力がかかることなくカノジョは立ち上がり、僕の胸にこつんと額をぶつけてきた。
カノジョの髪とシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
それも一瞬、するりと僕の腕から抜けて、再び砂浜を走り出す。
走りながらカノジョは笑いながら叫ぶ。
「そろそろ次のバスがきますよっ! 置いてっちゃいますよぉ!」
「え、もうそんな時間か?」
僕も慌てて荷物を持って歩き出す。
旅行は始まったばかり。
毎日、普通にカノジョと過ごしていても楽しいのだ。きっとこの旅行は今まで以上に楽しいものになるだろう。
「ホントに置いていきますよ?」
心配そうに、砂浜の向こうのパス停で振り返るカノジョ。
「今行きますよ」
僕はそんなカノジョに向かって、少しだけ駆け足で進んでいく。
遠く、焼けたアスファルトの彼方から車影が見えてくる。
「早く早くっ!」
「はいはい」
それに笑って答える僕は、いつも間にか駆け足になっていた。
まだまだ旅行は始まったばかり。けれども時間は限られているのだ。
ならば。
「走っても、いいよね」
僕は小さく、自分自身に呟いていた。
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