第二章 白亜城の王族達
<Camera>
外は一寸先も見えないほどの吹雪だった。
彼らがこの村に足止めされて二週間、例年以上の吹雪の為に身動きが取れなかった。
ここはリハーバー共和国の西方に位置するブラックパスの村。
シルバーン大山脈を北に臨む、人間が住む最も北の土地である。すぐ近くにはほとんど崩れかけた古代遺跡『ベフィモスガーデン』がある。
シルバーン大山脈をとって見ても、少数の亜人が住んでいるだけで、住み心地は決して良いとは言えない悪所であった。
「はぁ、何故私がこんな…」
板金の鎧を常に身に纏った中年騎士は手にしたカードを一枚、テーブルに投げ捨てる。
「あ、ナセル。それダウト!」
隣に座った、頭にターバンを巻く小柄な色白の少女が言い、彼の出したカードをめくる。
それには七と書かれていた。
「これでナセルは終わったな」
ナセルと呼ばれた中年騎士の正面に座った青年が言って、テーブルに積まれたカードの山を中年騎士に押し付けた。
黒い髪に前髪の一房だけが白く染まっている、隠さずともどこか気品が感じられる若者であった。
その腰には鷲を形どった紋章が刻み込まれた鞘に長剣が納まっている。
鷲を形どった紋章は隣国アークスの王家の紋章である。
「王子、いつまでこうしておるおつもりですか?」
テーブルに突っ伏して、中年騎士は呻く。歳は三十代後半であろうか。白いものが混じり始めた短髪と、その面には幾筋もの皺が刻みこまれていた。
「ギブアップなら金を出すのだな」
呟くように、テーブルを囲む最後の一人――緑色のローブを頭から被った中年男が言った。
それに騎士は震える手を押さえて金貨を一枚差し出す。
「よ〜し、ここからが本番だ、行くぜ!」
若者は言って、手持ちのカードを一枚、テーブルに叩き付けた。
アークス皇国には王家の血をひくものは現在、五人いる。
現国王アークス十六世は二回結婚をしている。第一王子のアルバートは今は亡き先妻ニリュート王妃の子である。
ニリュートはアルバートが六歳の時にこの世を去ったとされる。
再婚した妻イリア王妃は、ミアセイアとウルバーンを生み、なお健在である。
また南の敵対国ザイルの暗殺者の手に掛かって殺された王弟エンリヒとその妻フローラには二人の娘がいた。
上の娘はシシリア、下はリースという。
しかし王位継承となると、この五人にはそれぞれ強い個性がありすぎて本人達以外がもめる原因となっている。
まず、この後継車筆頭であるアルバート第一王子である。
「殿下、いつまでこの放浪を続けるのでございますか! 王家の血筋をひく者たる者、常に国の…」
「それダウト!」
「ああ、無常」
中年騎士の小言に全く耳を傾けることのない三人。
まず王子アルバートと娘フレイラースがカードゲームで騒ぐ。
そこに騎士ナセルが説教し、魔術師イルハイムがちゃっかりと勝者となるのが、ここ二週間の日課であった。
王子アルバートには放浪癖がある。
今回もシルバーン大山脈付近で魔族が騒いでいるとの噂を聞き、ここまでフラリとやってきたのだ。
監視役を受けている騎士ナセルにしてみれば迷惑この上ないことである。そもそも彼は実直が故、王子たる確信がないアルバートを憎んでもいた。
それに対しフレイラースとイルハイムの思惑はまるで異なっている。
二人は王家から彼を護る様に依頼されている訳ではなく、気の合う冒険者仲間までしかないのだから当然かもしれない。
フレイラースからすれば、アルバートは退屈しない遊び相手であり、イルハイムにとっては危険を運んできてくれる便利な男と言った具合に、だ。
「アル、飽きたよー」
フレイラースがカードを投げ捨てて欠伸をする。
「よし、そろそろ行くか!」
アルバートが勢い良く席を立った。
「老いてなお、その腕一つで宿をきりもりする白髪の老人ハーデン・ベルクさん。二週間分の清算するぜ」
「誰にそんな細かくわしの紹介をしておるのだ?」
カウンターからの老人の声。
「こんな吹雪の中、飛び出してどうする。自殺するようなものじゃぞ」
「ご忠告、ありがとう。だが心配いらない」
言いながらもアルバートはコートを羽織る。
「俺を誰だと思っている。吹雪なぞそよ風にすぎんわ、それに何より」
アルバートはナセルに視線を移す。
「出発したいと騒ぐ奴がいるのでね」
慌てるのはナセルその人だ。
「確かにいつまでもここにいるべきでないと言いましたが、何もこんな吹雪の中を!?」
宿の主人に睨まれながら、ナセルは慌ててアルバートを止めに入る。
「ええい、泣き言申すな、行くぞ!」
「泣き言ではありませんよ。ほ、本気ですか?」
返事をせずにアルバートはフレイラースとイルハイムを伴って戸を開く。
雪と凍るような風が店内に吹き込む。
「では、またいつかどこかで会おう! ははははは〜〜〜」
「ま、待ってくださ〜い!」
あっと言う間に雪の中へと消える三人を、ナセルは慌てて追いかけて行った。
そして店内は二週間振りの静寂を取り戻す。
「寒さでは死なんな、あいつらは」
老いてなお、その腕一つで宿をきりもりする白髪の老人ハーデン・ベルクさんの呟きがやけに大きく店内に響いていた。
<Rune>
弱々しい冬の日の光が僕達のいる森の中の所々に光を落とす。
その光を浴びようとしてか、木立ちが風に揺れ、葉を擦る音があちらこちらで鳴らしている。
そして。
辺りには新しい死臭――むせ返るような血の匂いが漂っている。
”ルーン、上!”
イリナーゼの思念が飛ぶ。僕はそれを聞くか聞かないかのうちに横へと身を投げるようにして飛んだ。
トストス!
軽い連続音を立てて、今まで僕のいた柔らかい土には矢が二本生えた。
「上かっ!」
僕の隣で矢をつがえていた猟師が必殺の一撃を、木の上で次の矢をつがえようとするゴブリンに放つ。
矢は寸分違うことなくゴブリンの喉笛に突き刺さり、妖魔は声なく木から落ちて息絶える。
「これで三匹目か」
猟師が溜息と共に呟いた。
僕とアスカがファレスの追手を撃退して二日。
野宿続きはさすがに体にこたえるため、街道沿いのとある宿屋街で腰を下ろした。
ソロン達貰った路銀代わりとして宝石は、金額的には一週間は遊んで暮らせる程のものだった。
その資金を使って改めて旅の支度と疲れをほぐしている時だった。
この村の村長さんが僕達を冒険者と見たのだろうか、直々に依頼を申し込んできたのである。
「近くの森の中にある洞窟に流れ者のゴブリン達が住み着いて家畜達を襲うので、討伐隊に加わって欲しい」
彼はそう言って相場よりも多めの依頼料を提示した。
丁度、路銀を結構使い込んでしまい不足がちだった僕達は喜んでその依頼を受けたのであった。
ゴブリンとは妖魔の一種で、簡単に言えば魔族と亜人の中間に位置する生物だ。
性格は卑しく悪賢いが、それほど強くはない。だからと言って団体で来られると武芸が達者なものでも命を落とすことは十分ありうる。
討伐隊の構成は、村の猟師が三人。武芸にちょっとでも心得のある村人六人。そして僕とアスカを加えた計十一人である。
対してゴブリンはおよそ十五匹。数の上ではこちらが劣っているが、ゴブリンは人間よりも体力、魔力ともに劣っているので勝算は十分にある。
そして夜行性である彼らを昼間に襲ったのだが。
「みんな、どこに行ったんだろう?」
「あまり遠くには行っていないと思うのだが。この森は奥には魔獣も住んでいるから、ろくに人の手が入っていなくてな」
僕達は襲撃に備えていたゴブリン達の誘導によって、離れ離れになってしまったのだ。侮れない妖魔だ。
前を行く猟師は山刀で行く先を塞いでいるツタを切り裂きながら続ける。
「慣れてる俺達猟師はまだ良いが、あんたや村の奴等は妖魔の思うつぼだ。おそらくもぅ、半分はやられてる」
暗く、彼は言う。その半数にアスカが入っていないことを祈るばかりだ。
”囲まれたわ、来るわよ”
イリナーゼの思念。この依頼を受けるにあたっては、彼女の要望が強かったのだ。
彼女曰く、”私の意識は貴方の意識。同調させて貴方の感覚を高めなさい。これなんか良い訓練ね”
であった。
何故イリナーゼが僕を鍛えてくれるのか? それは好意なのか、考えがあってのことなのかは分からない。
が、腕に自信をつけたい僕は、それに逆らわずに指導を受けている。
僕は剣を握り直す。
辺りは僕の肩の高さまである茂みだ。どこから来るのか、気配だけで察知できるほどの技量は僕にはない。
「おっさん、囲まれてるよ」
一応、忠告。
猟師はすでに気が付いているのだろう。頷いて、山刀を握り直す。
と、視界の隅が光った!
「「シャギャ!」」
錆びたナイフや剣をかざして、茂みから僕達を囲む様に五匹のゴブリンが飛び出してきた。
その内、二匹は後ろで弓を構えて三匹の援護をする。
飛来する一筋の矢を頭をかがめて交わし、僕はナイフを突き出してくる一匹のゴブリンの懐に入る。
勢いに乗ったままイリナーゼをその左胸に叩き込んだ。
「「ぐぁ!」」
呻き声がダブる。一つは僕の一撃を受けて致命傷を負ったゴブリン。
もう一つは猟師のおっさんのものだ。ゴブリンの矢を受けたようだ、山刀を持つ右腕に一本突き刺さっていた。
「おっさん、後ろっ」
僕は叫ぶ。
猟師の後ろに回り込んだゴブリンが手にした剣を突き上げる。力任せな錆びついた剣の一撃は、おっさんの背中に深々と潜り込む。
「ぐぁぁぁっ!」
断末魔の叫びをあげて猟師は倒れた。二つのうち一つの目標が消えたことで、残るゴブリン達は僕に殺到する!
「クソッ、剣が抜けない!」
ゴブリンの胸に突き刺ささるイリナーゼが抜けない。すでに絶命しながらも足を引っ張るとはなかなか見上げたヤツだ。
突き刺すのに用いる槍などの武器はリーチが長く、何よりも破壊力があるので知られている。
しかしそれらは一度突き刺したら次の攻撃まで時間が掛かる。その瞬間が槍を用いる敵の弱点でもあるのだが、僕はそれと同じことをしてしまったのだ。
矢が二方向から僕を襲う。それと同時にナイフを手にしたゴブリンと、猟師のおっさんを突き刺した奴が僕に迫る。
ちなみにこいつは僕と同じく剣が抜けなかったらしく、おっさんの山刀を奪ってそれを振りかざしている。
「このぉ!」
ゴブリンの死体が突き刺さったまま、僕はナイフを手にしたゴブリンに渾身の力を込めて剣を薙ぐ。まるで砲丸投げのような体勢だ。
振った拍子に剣が死体から抜け、ゴブリンの死体はナイフを持つ仲間に激突、巻きこんで倒れた。
カッ
「クッ!」
放たれた二本の矢のうち一本はなぜかあさっての方向に。一本は僕の背中の胸鎧のつなぎ目に突き刺さる。
一本についてはシフ姐に貰った鎧の魔術効果だが、完全に頼れないところに「モノに頼るな」という彼女の厳しさを感じざるを得ない。
ともあれ、鋭い痛みが走るが大丈夫。動きに支障が出るほどではない。
「ルァァ!」
山刀を手にしたゴブリンが雄叫びを上げながらその武器を投げてきた。
予想外の行動に僕はついて行けない、山刀は回転しながら僕の額をめがけて迫る。
”もぅ!”
僅かな苛立ちの声が魔剣から届き、己の意志外で体が動く。魔剣は山刀を弾いて落とし、返す刀で無手のゴブリンの首筋を切り裂いた。
再び二方向から矢が迫る。一本目を横に交わして避け、二本目を。
「ギュワ」
突如、足を捕まれた。先程死体を投げて転倒させたゴブリンだ。
”何とかなさい”
イリナーゼの冷静な叱咤が頭に響いた。
僕は矢を避けるため身を捻る。鎧の魔術効果で矢の軌道は若干変わるが、右のわき腹に熱い痛みを感じた。
それに構わず、僕は足を掴むゴブリンの頭に剣を突き立てた。手に鈍い感触を受けると同時に、足を掴む手が緩む。
次の矢を番えるゴブリン二匹に視線を移した時、急激にその視界は揺れ、白くぼやける。
歪む視界の先には勝利を確信して、ゆっくりと弓を引き絞るゴブリン達の姿が見えた。
「まずい」
矢毒かっ! 背中に受けたときにすでに回り始めていたか。
体の動きが意思と反して緩慢となり、まともに動かない、やられる!
そう、敗北を悟ったときだ。
「風の精霊さん、真空の刃を!」
僕の背後から精霊語の短句が発せられたかと思うと、二匹のゴブリンの体は瞬時に二分にされた。
「ルーン?」
茂みから飛び出してきたのは翼を持つ少女。
「ちょっ、大怪我じゃない!」
駆け寄ってくる彼女に向かって、自らの意志に従わない体が倒れ込む。
「優しき風よ、安息よ。我が名の下に癒しの力を与えたまえ」
矢を抜かれ、血が溢れる傷口に暖かな手が当てられ、耳元で精霊語の呪文が囁かれる。
すると暖かい何かが体を駆け抜け、僕の傷は小さく小さくなり、やがて消えていた。
「ありがとう、アスカ。助かったよ。それと、ごめん」
「気にしないで」
僕の返り血で赤く染まったアスカは、僕をその場に寝かせた。
「喋らないのっ、それに動かないで。傷は塞いでも流れた血までは回復してないんだから」
彼女の言葉に無言で従った。目だけで辺りを見ると、三人の男達の姿がある。
姿から猟師が一人、村人が二人だ。
「四、五とこれで全部だな。ディーバックの奴もやられたのかよ。結局、残ったのは五人とはな」
猟師が溜め息を吐き捨てた。
どうやらゴブリンは全て仕留めたらしい。けれど、こちらも六人やられたということか。
弱小な妖魔と見下していたことがなによりの敗因だろう。また地の利をゴブリン達はうまく生かしていた。
こういう戦い方があるのだと、肝に命じておくことにする。
「ルシアーヌさん、連れの人は動けそうか?」
村人の言葉に彼女は頭を横に振った。
「お〜い、テアフル。この兄ちゃんおぶってってくれ」
もう一人の村人に彼は呼び掛ける。テアフルと呼ばれた巨漢は頷き、僕を背負う。
「さ、行きましょうか。日が暮れる前に帰りましょう」
こうして一行は森を出て、村への帰路についたのだった。
立ち眩みがした。それに伴い吐き気がする。
矢毒は即効性に重点を置いたもので致死性はないと町医者に判断され、薬草の苦汁を飲まされて現在に至るが、そう簡単には回復しないようだ。
僕はベットに這うようにして戻る。
「ルーン、後金貰ってきたよ」
同時に部屋にアスカが入ってくる。
ここは村の宿屋の二階。僕は戻り次第、ベットに放りこまれた。そして数時間が経つ。
「死んだ村人達はどうしたんだ?」
僕をここまで運んでくれた大男がしきりに気にしていた言葉を僕は尋ねた。
「さっきゴブリンの死体の確認と一緒に埋葬もしてきたわ。だから礼金もこんなに早く貰えたんだけどね」
そう言ってベットに横たわる僕の上に何かを投げ渡した。
「ゴブリンのいた洞窟で見つけたの。何だと思う?」
手にとって良く見てみる。
それは20セリール程の長さの、銀色の金属でできた煙管だ。
管の側面には、古代の神聖文字のようなものが刻まれている。どこかで見たことがある文字体系のような気がするが、毒の後遺症でちょっと頭が働かなかった。
神聖文字というのは、字の通り宗教関係者が使うものであるが、今では彼らももっぱら共通語を用いているため、神聖文字は死語となっている。
それ故に古いものとなると解読できる者は専門に研究している学者くらいだろう。
さらに都合の悪いことに、古い神聖文字になるほど文字自体に魔力があるために魔術による解読は不可能である、と学院で学んだ記憶がある。
「価値があるものかしら?」
空色のゆったりとした服を新調したらしいアスカの問いに、僕は首を傾げた。
「ちょっと分からないな。ただ」
僕はキセルを左手に握って、呪語を呟いて右手で発火の呪語魔術を発動させてみる。
パッと、普段よりも若干大きめの炎が一瞬生まれて部屋を赤く照らす。
「な、なになに?!」
目を白黒させるアスカ。
「んー、術者の魔力を若干高めてくれる法具みたいだね。力の流れてくる先がちょっと分からないけど」
答えて煙管をアスカに返す。
「今度大きな街で鑑定してもらおう。煙草吸うなら使うのもいいかもね」
「煙いのは嫌いなの。どこかで売ってしまいましょうか。でも魔力が高まるのはちょっと惜しいかも」
彼女は煙管をポケットにしまい、ベットに腰を下ろして尋ねた。
「それで気分はどう?」
「吐き気がして頭が痛い。おまけに起き上がると立ち眩みがする」
「貧血ね、毒は大したものじゃないってお医者も言っていたし一日もすれば治るわよ。特製の料理を作ってきてあげるわ」
まかせなさい、そう右腕をガッツポーズにして見せる彼女。
「えーっと」
料理はダメなこと言ってなかったかな、この子は?
しかし好意を無駄にするのもどうかと思う。
「そうかい? それは楽しみだ、お願いするよ」
嫌な予感がしたが張り切っている彼女の手前、お願いすることにした。
結局この判断ミスによって、僕は生死の狭間に陥る羽目となる。
以来、僕は彼女に料理をさせることを禁じることとなったのは自明の理だ。
無事に朝日を見ることができた。
ゴブリン退治から三日目の朝、僕はようやく体調を回復させた。
この二日間、言っちゃ悪いがアスカの作った殺人料理の為に生死の境をさまよっていたのだ。
彼女の祖父が料理を禁じていたのが身に染みて思い知らされた一件だ。
それはさておき、懐の暖かくなった僕達は再び西へと延びる街道をひた進む。
ゆっくり行って二週間もすれば、この国の首都であるアークスにたどり着くことができるだろう。
何やらアークスでは兵士達が動くだの、南のザイル帝国が不穏な動きを見せているなど、色々な噂が飛びかっているという。
その噂の中に何か面白い情報があればいいのだが。
「ルーン?」
「ん?」
「アークスって街はさっきの村の何倍くらい大きいの?」
子供の様に瞳を輝かせて、アスカが尋ねてくる。
「う〜ん。百倍位って言ったら、どうする?」
「取り合えず、あなたを殴っておこうかしら」
にこやかに答えやがる彼女。
「じゃ、賭けよう。僕の言う通りだったら、どうする?」
「そうねぇ、一つだけ何でも言うことを聞いてあげるわ。でもあなたの言ったことが嘘だったら、一つ言うことを聞いてもらうわよ」
挑戦的な笑みをこぼして彼女は言った。
まるっきり僕の言ったことを信じていない。確かにあんな森の小さな村にずっと暮らしていたのでは信じられないのも分かるが。
「良いだろう、百聞は一見にしかずだ。いざ、アークスに向かって!」
暖かい朝日の下、冷たい北風が今が冬だということを思い出させる。
丘へと上る街道の先には、見えないはずのアークスの街が広がっているように思えた。
<Camera>
エルファランドの森を越えて幾つめの宿場町であろうか、彼らは立ち寄ったそこでようやく情報を得た。
彼らの進行は遅い。行く先々で何らかのトラブルを巻き起こす(巻き込まれる)のだ。
「ルーン様、ですか。ああ、一昨日泊まって行かれましたよ。お連れの方と二人で」
「連れ?」
クレオソートは宿屋の主人の言葉に首を傾げる。
「ええ、美しい女性の方で。名前を、そうそうアスカさんと言いましたね」
「そ、そうですか。ありがとうございました」
クレオソートは言い、銅貨を一枚カウンターに置く。
そして彼女は宿屋を後にした。
「どうだった、クレア?」
「うん、一昨日アスカさんと泊まったそうよ」
外の大通りで待っていたのは四人。
ソロンとシリア、そしてケビンとキースだ。
「一昨日かぁ、なかなか距離が縮まないな」
ソロンの溜息。
「なぁなぁ」
「なによ?」
キースが真剣な顔でクレアに問う。
「ルーンは、そのー、アスカちゃんだっけ? その子と相部屋だったのか?」
クレアの額がピクリを引きつる。
同時、キースの脛に強烈なローキックが炸裂していた。
「ぬはぁ、図星かよっ」
転がりまわるキースに、
「やるなぁ、ルーン」
「やるねぇ」
「やるわね」
感心するソロンとケビン、シリアの三人。
「なっ、ルーンお兄ちゃんがやましいことするわけないでしょ!!」
顔を真っ赤にしてクレオソートが叫ぶ。
そこへキースがニヤニヤ笑みを浮かべながら問いかける。
「やましいことって、クレアちゃんはどんなことを想像してるんだい?」
「んなっ?!」
「単に宿代を浮かせてるだけだろー、やましいことってなんだよー、げふっ!」
喉元にクレアの正拳突きを食らって吹き飛ぶキース。
「急ぐわよ、ルーンお兄ちゃんを追わないとっ」
急くクレアの肩を掴む者がいる。
シリアだ。
「ダメよ、クレア。気持ちは分かるけど、もう夕方だし、今日はここで宿をとるわ」
「でもっ」
「なら一人で行きなさい。この先の山越えでは山賊が出るから夜歩くのは危険なの」
「……はい」
しぶしぶ頷くクレア。
そんな彼女を眺めつつ、シリアは苦笑いを浮かべてクレアの背を叩く。
宿へ向かう一行の最後につきながら、ソロンはシリアの小さく囁いた。
「ルーンを追うのは良いがな、シリア」
「分かってる。あの日は近いけど、みんなには気付かれないようにするから」
前を行く三人には気付かれないよう、そっと彼女はソロンの手を握る。
「だから、またお願いね」
「あぁ、分かってるよ。まぁアイツらは酒でも呑ませておけば追ってこないだろうさ」
いつになく気弱なシリアの顔を見てしまったソロンは、バツが悪そうに彼女の髪を乱暴に撫でたのだった。
<Rune>
暗雲立ち込める空の下、とある川にかけられた橋の真ん中でそいつは待っていた。
身の丈は僕と同じ位。全身鎧に身を包み、フルフェイスの兜には金と銀の飾り毛が獅子のたてがみの様に付いており、肩口まで伸びている。
「ここを渡りたくば、我といざ尋常に勝負!」
兜越しのくぐもった声でそいつは腰から長剣を抜き、正方盾を構えて行く手を塞いだ。
その脇には大籠が四つ。
中には数十本の武器が無雑作に突っ込まれている。
「噂話は本当だったみたいだね」
「そうだなぁ、ったく」
アスカの苦りきった言葉に、僕は溜息を伴って頷く。
「私、空飛んでくね」
関わらないのが一番と判断した彼女は、背の翼を広げて飛び立った。
「僕は自力で渡れって言うのかい?」
僕の非難を背中でさらりと流すと、彼女は高く高く舞い上がる。
橋に変な騎士がいる―――そう聞いたのは今朝出た宿場街でのことだ。
なんでも戦士や騎士、傭兵がその橋を通るものなら何処からともなく変な騎士が現れ、行く手を塞ぎ、勝負を挑んでくるのだという。
始末の悪いことに、そいつは滅法強い。今まで勝てたものはおらず、勝負に負けた者は武器を取られるとのことだ。
その時は宿屋のオヤジの冗談かと思ったが、本当にそんな暇人がいるとは。
曇り空に舞うアスカを見上げ、僕はこの橋以外の渡河路を探す。
いざとなれば、歩いて川を渡ることもできる。
深さは腰程度しかないからだが、寒い冬にこんなことはやりたくのが心情だ。
「勝負しろと言ってるだろうが!」
きょろきょろしている僕と、上空を行くアスカを睨みつけたヤツはそう叫ぶ。
そして丁度上空に差しかかろうとしていたアスカに向かって、届きもしない長剣を天にかざした、その時だ。
剣から一条の閃光が放たれたかと思うと、それはアスカの右の羽を焼き焦がした。
「アスカ?!」
「ひゃ、あっちちちっ!」
舞い散る落ち葉のようにひらひらと落下するファレスの彼女。
翼からは煙がくすぶっており、ばたばたと翼を動かしているがなかなか消えないようだ。
そんな彼女は慌てて川に飛び込んだ。
「くぅぅ!! 冷たい〜〜〜!」
全身ずぶ濡れで飛び出し、慌てて川から飛び出した。翼からは炎は消えているが、一部黒く焦げている。
さらに今は冬である。川の水は氷のように冷たいはずだ。
「よ、よくもやってくれたわね!」
彼女は腰の剣を抜き放ち、寒さでガタガタ震えながらも橋の騎士に切りかかって行った。
アスカの鋭い太刀筋を、騎士は難なく盾で受け止める。
続けざまにアスカは剣を打ち込むが、その全てが盾と厚い鎧によって防がれていた。
「強いな」
僕は思わず呟く。
僕やアスカのようなタイプは身の軽さを活かして素早い攻撃を繰り出す軽戦士だ。
対する橋の上の騎士は、装備の面で頑丈なものを用い、素早さはないがその分を頑丈さでカバーした重戦士である。
軽戦士が重戦士を倒すには、鎧のつなぎ目などを確実に狙って行かねばならない。もしくは「切る」攻撃でなくメイスなどを用いた「叩く」攻撃を加える必要がある。
さらにアスカの太刀筋は騎士に見切られているようだ。彼女の攻撃は最小限の動きで騎士に防がれていた。
ここ数日の観察ではあるが、アスカは並みの剣士よりも腕が立ち、精霊使いとしての資質もある。
戦いの駆け引きは僕以上の実力を持っていると言っていいはずだ。そんな彼女の攻撃が効かないとは。
「この勝負、もらった」
騎士の言葉と供に長剣が振りかざされ、いとも簡単にアスカの剣を叩き折った。
「クッ」
手が痺れたのだろう、剣としての役割をなくした柄を落として彼女は身を引く。
「ならば私の風を受けてみなさい!」
風の精霊を呼び出そうとする彼女の肩に、僕は手を置いて下がらせる。
「ルーン?」
「風邪をひくよ。それに翼の治療もある。あとは僕が何とかするから」
しぶしぶ身を引く彼女に、ほっと溜息。
アスカの風の刃は騎士の鎧を通さないだろう。物理的だけでなく、魔術的にも騎士の鎧は加護を受けているように僕には見えたからだ。
「ほう、手合わせ願おうか」
騎士はアスカの捨てた剣の柄を拾い傍らの籠に入れ、僕に目を向けた。
僕は歩み寄り、剣を抜く。その剣からいきなり思念が飛ぶ。
”気を付けなさい、ルーン。あれは聖剣の類よ”
「どうした、若き剣士よ。心配するな、いきなり雷を使ったりせぬ」
僕の警戒を感じ取ったのか、くぐもった声で忠告が入る。
「そうかい、それはありがたいな。では、行くぞ!」
僕はアスカと同じような太刀筋で切りかかる。
彼女を相手に、行く道すがら練習しているのだが、つい昨日ようやく三回に一回勝てるようになったくらいだ。
太刀筋が似ているのは、どうしても彼女を参考にしてしまう為だろうと思う。
しかし僕にはこの騎士に勝てる自信があった。『ここ』だからこそ、勝てる見込みが。
「何だ? 先程の娘と同じ太刀筋ではないか。そんなものでは私には勝てん!」
叫び、騎士は剣を大きく振りかざす。
その時、騎士には余裕があったに違いない。剣技はアスカと同じだし、それ以前にスピードが彼女より遥かに劣っている。
しかしその余裕に生まれる僅かな隙が僕の狙ったものだった。
「もらった!」
僕は騎士が盾で庇う胸に向かって、思いきり肩で体当たり!
これにはやはり予想していなかったらしく、騎士は大きくよろける。
しかしそれはダメージにはつながらない。騎士と戦っている場所が橋の上だからこそ、効果的なものなのだ。
「そんなものがどうしたというのだっ、ったったぁ?!」
騎士がよろけてたたらを踏んだ先には、もう足場はない。
「しまっ」
完全鎧を着た騎士は激しい水飛沫をあげて川に沈んで、幾つかの気泡を生む。
「よし」
僕は川底を見る。騎士は上がってこない。いや、上がってこれないのだ。
「どうしたの、アイツ?」
アスカは北風に身を震わせながら、不思議そうに僕の隣で浅い川の底に沈む騎士を眺める。
「起き上がれないんだよ、鎧が重くて」
川の底でもがく騎士を見つめながら、僕は気の毒そうに答えた。
「で、どうする? もう動かなくなっちゃったよ」
「寝覚めが悪くなりそうだから、助けようか?」
「でも川の水、すごく冷たいよ?」
そうこうしている間に、騎士は川底で完全に動かなくなっていた。
「さむっ!」
「お疲れさま」
ようやく引き上げた騎士を焚き火の前に寝かし、僕は震える体を火で温める。
アスカがキツめの蒸留酒を手渡してくれた。
それを口に含みつつ、引き上げた騎士を見る。
鎧の塊であるソイツは、鎧の隙間から川の水を流しながら動く気配がない。
「よし、アスカ。人工呼吸だ」
「何で私が何処の馬の骨か分からない奴に唇をあげなきゃなんないのよ!」
顔を赤くして抗議するアスカ。まぁ、当然の反応だろうなぁ、しかしだ。
「何を勘違いしてるね。人工呼吸っていうのはこうして背中を踏めばいい、えい!」
僕は騎士をうつ伏せにすると、背中を踏む。
フルフェイスの兜から多少だが水が漏れた。
「そんなんで息を吹き返すかなぁ?」
アスカの疑問通り、あまり効果はなかったように見える。
「取り合えず兜を取ろうか」
言いながら僕は仰向けに騎士を戻すと、その兜を取った。
「へ?」
「あれ?」
兜の下は僕達の予想していたようなむさ苦しいおじさんではなく、二十代後半の金色の髪が美しい女性だ。
その容姿からおそらく、レナおばさんと同じ南の民族ディアル――ザイル帝国の人だろう。
「え〜っと、人工呼吸は口移しだったな」
「だめ!」
アスカに飛び蹴りを食らう。何故だ?
「ゴホッ、ううっ」
そうこうしている内に騎士は勝手に息を吹き返した。なかなか生命力の強い人のようだな。
「大丈夫?」
「ぬう、鎧の重さというものを忘れておったわ」
アスカの言葉を無視し、傍らに置いておいた剣に手をかける女騎士。
「今の勝負は納得いかん。もう一度だ、次は本気で行かせてもらうぞ!」
問答無用で言い放ち、手にした長剣から雷が放たれて僕達を襲う!
「!?」
その咄嗟の攻撃について行けない僕を見兼ねて、イリナーゼが勝手に動き雷を受け止め、地面へと流した。
「こらこら、それが命の恩人に対してすることなの?!」
「恩などすぐに忘れるのが私の取り柄だ」
上空に逃れたアスカの言葉に、とんでもないことを騎士は言い放つと再び雷を放つ。
「げ」
先程の倍の大きさのある雷の閃光を、僕は右に身を投げてかわした。
地面を転がりつつ僕は見る。
騎士の閃光は焚き火をえぐり、その周囲3リールを爆風で包み込む。
土煙が噴き上がり、その跡には焚き火は跡形もなく消え去り、深く地面が抉られていた。
まるで呪語魔術で上位に位置する消滅の魔術に近い威力だ。
「何だ、あの剣は」
”逃げた方がいいんじゃない?”
できればそうしたいが。ともあれイリナーゼの言葉を実行に移してみる。
「アスカ、逃げるぞ!」
上空でそれを承認したアスカは、逃げる僕の背後に向かって、風の精霊魔術である真空の刃を連続して飛ばす。
パキ、パキ、ポキ
そんな乾いた音が聞こえたかと思うと、
「ひぇ!」
雷が僕の頭の上、ギリギリを通りすぎる。
「逃がすかぁぁ!!」
「風が割られた?!」
女騎士の雄叫びとアスカの叫びが複奏する。そして今度はこれまでとは比べものにならないくらいの殺気が背後で生まれた。
”ルーン、伏せて!”
イリナーゼの思念より早く、僕は今度は左へと身を投げる。
ゴゥ
一瞬の後、土砂と水を吹き上げて騎士の放った雷は川を、その橋もろとも消し飛ばした。
そして遅れてやって来た爆風が、地面に這う僕をやすやすと吹き飛ばす。
何処かに叩き付けられる――そう思ったのも束の間、アスカの放った風のクッションが僕に怪我を負わせる事なく地面へと下ろしてくれた。
土砂が収まった先には不敵な笑いを浮かべた騎士が立っている。
「見たか、我が至上最強の聖剣『栄誉の光』の力を!」
「栄誉の光だと?」
武器が嫌いな人でも、栄誉の光は知っている。
呼び名は様々あり、『光をつむぐ剣』や『光の剣』、『創始の剣』なんて言われたりもする。
数ある聖剣の中でも栄誉の光は、地の神アースディが百と十日を掛けて鍛え上げ、四大精霊の王に祝福されたとされる伝説の剣であり、光の神フィースがこの世界を作る際に虚無をこの剣で引き裂き、光と闇を生み出したとさえ言われている。
当然のことながら伝説に過ぎず、その存在は定かではなかった。伝説というのは常に夢物語であると言うのが僕の持論である。
”ふん、光の剣ですって?”
小馬鹿にしたようにイリナーゼが呟いた。剣に写る彼女の表情は、何故か怒りの形相を示している。
”そのような神剣が貴様の様な無粋な者に扱える訳がなかろう”
「何をっ!」
騎士が怒る。何故だか分からないが、イリナーゼの思念が届いたようだ。
女騎士はビシッと僕を指差す。
「貴様の持っているその剣、いや刀か。そいつは魔剣だな?」
「む、そうだけど」
迫力に押されてつい答えてしまう僕。
「私の刀狩りの七十一本目に相応しい、望み通りへし折ってやろう!」
ヤツは言い放ち、自称栄誉の光へ力を込め始める。
七十一本目って……何本目でも良いのでは? 思わずツッコミを入れたくなったがそんな暇はない。
「僕は折られることなんて望んでいないな」
騎士の持つ長剣に青白い光が溜まっていくのを視界に入れながら、僕は隠れ場所を捜す。
”どこに逃げるの、どこに”
イリナーゼが僕の行動を制止する。確かにこの辺りは開けているので逃げ場などはないのだが。
”今回は私の力を貸してあげる。けちょんけちょんにのしてやりなさい!”
「死語だよ、けちょんけちょんなんて」
”いいから、意識を私に集中!”
叱咤と同時に手に痛みを感じる。見ると何故か右手から小さく血の球が生まれていた。
”血を少し借りるわよ”
彼女の言葉と同時に僕の手の内にある魔剣が変化した。
刀身の鏡のような金属の光沢が消え、生々しい肉のような物質に変化する。
そして柄から触手のようなものが生え、僕の両腕に同化した。
「げ、何だ、これー!」
”集中なさい、来るわよ”
視線を女騎士に戻す。
彼女の持つ剣は眩しいくらいの輝きを放っており、それを彼女は大上段に構えている。
「食らえ、白裂聖光!」
自称栄誉の光を彼女は振り下ろす。
白い光の帯が真っ直ぐに僕に延びる。光の速さを伴ったそれは、本来僕には見えないはずの速度だった。
「弾けぇ!」
魔剣イリナーゼと同化した為か、しかし僕ははっきりと光を確認してそれを魔剣で弾き返した。
「ハッ」
確かな手ごたえと供に、白い光は騎士の剣に逆流!
「へ?」
力の逆流を食らった聖剣はその刀身に自らの破壊を食らい、高い音を立てて真ん中からへし折れた。
そして余ったエネルギーは所有者である女騎士を安々とその場から弾き飛ばす。
どがん!
「なーーー?!?!」
派手な音を立てて、騎士はまるでマンガのように爆風と供に曇り空の遥か向こうへと飛ばされて行く。
「勝った?」
空の彼方を眺めながら、僕は呟く。騎士が戻ってくる気配はない。
「ルーン、怪我はない?」
アスカが心配そうに傍らに降り立った。
「ああ、平気みたい」
「でも両手が」
そんなやり取りの間に魔剣イリナーゼは次第に元の刀に戻っていった。右手に小さな掠り傷が残るだけだ。
”ばれちゃったわね、予定外だわ”
イリナーゼの思念ではなく呟きが耳に聞こえる。
「心配しないで、お嬢さん。私はルーンに何もしてないから」
金属光沢の戻った刀身にイリナーゼが映り、アスカに言った。
「誰、あなた?」
茫然とするファレスの少女。
「私は剣魔イリナーゼ。お初にお目にかかるわね。よろしく、アスカさん」
「よ、よろしく」
釈然としない様子でアスカは、僕とイリナーゼを交互に見ながらも取り合えず剣へ会釈する。
その様子から後で問いただされるに違いない。何とも答えようがないぞ、これは。
「さぁ、あの騎士が戻ってくる前に先を急ごう」
「待って、騎士の残していった籠があるわ」
アスカは騎士が橋の側に置いていた、武器の入った籠に走り寄る。
「私、剣折られちゃったし。ここから貰っていくね」
言って中身を吟味し始めた。
ファレスである彼女の体格は華奢だ。自然と扱いに向いている武器は限られてくる。
彼女向きの武器をあの女騎士が収集しえたとは、なかなか思えない。
案の定、アスカは折れた槍だの2リールはあるかという実用性がなさそうな大剣だのを取り出して首を傾げている。
「僕が選んであげるよ」
口の中で魔力感知の呪語を唱えながら、僕は籠の中を漁る。
上位呪語魔術の魔力感知は、なんらかの魔力がかけられているものに反応して、青いオーラを放つのだ。
数ある武器の中から壊れた物、普通の武器を除くと3点ほどがなんらかの魔力が宿っていた。
魔力の宿る武器は普通のそれよりも、少なくとも二割以上で売買することができる。
「この三つを持って行こう。この中から選ぶといいよ」
長剣と戦斧が一振りづつ。それと小振りで刀身が細い剣だ。
「じゃ、これにするわ」
アスカの選んだ物は小振りの剣。
さっと見たところでは、水の力に起因する切れ味倍増の魔術と重量軽減のそれがかけられているようだ。しかし魔力感知によるオーラの見えない彼女にはそれは分からない。
「あとで鑑定してね」
籠の中から鞘を見つけ出し、腰に差しながらアスカ。
「ああ、宿でゆっくり見るよ。じゃ、出発しようか」
「お〜!」
しかし。
元気なアスカの背中を追いかける僕は一人、冷たい川を腰まで浸かって渡らなくてはならなかった。
橋を壊した辻切り騎士に殺意すら抱く。
もっともどのみち、冬の水で濡れた僕達は後ほど風邪をこじらせることとなるのだが。
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