<Camera>
 一陣の強風が神殿を、盗賊ギルドのメンバーと魔術師達の間を吹き抜けた。
 「何、今の?」
 イリッサが呟く。そして手にした鞭を下ろした。彼女を捉えていた闘争心がきれいさっぱり消し飛んでしまっていた。
 同様に今まで狂信的に襲ってきた魔術師達の態度が一変していたのだ。
 ある者は恐れおののき、またある者は茫然と立ち尽くす。
 少なくともこれまで手こずっていた彼らに戦意はなくなっていた。
 「よし。そら、そこ、動くんじゃないよ。武器を捨てて両手を挙げな!」
 イリッサの勝利を確信した声が遺跡に響いた。


 ソロンは心が軽いことに気がついた。
 なんだろう、きれいさっぱり、なにも心配事がない、そんな気分だ。
 今まで何をやっていたのだったか? そうだ、カーリとの戦いだ。
 そして改めて周囲を見渡す。
 戦場は変わらない。息絶えた狂信者たちの死体がそこかしこに転がっているが、大きく異なっている点に気がついた。
 「壁の門が、ないな」
 カーリの玉座の後ろに掘り込まれていた巨大な門のレリーフが、ただの岩壁になってしまっていた。
 気を失う直前、誰かがあの彫刻かと思っていた門を開けた、そんな記憶があるが。
 「そうだ、シリアは?!」
 彼はすぐ隣に倒れている魔術師を抱き起こす。彼女は小さく呻き、そして目を開いた。
 「ソロン? 良かった、生きているのね」 
 「ああ、ともかく、終わったみたいだな」 
 「いいえ、終わったんじゃない」
 ソロンの瞳を見つめ、シリアは強い意志でそう言った。
 「やっと始まったのよ」 
 「そうだな。その通りだ」
 ソロンは満足気に頷いた。
 「ソロン、あれ!」
 シリアは鋭い口調で相棒に告げる。
 「アルバート、か?」
 二人は少し離れた所で呻くアルバートの姿を捕らえた。


 アルバートは心の奥底からあふれ出してくる破壊衝動に呻いていた。
 血が騒いでいる。全てを混沌に戻せと、そして破壊へと導けと。
 「くっ、頭が割れそうだ!」
 彼の白かった前髪の一房が急速に白の領域を広げていく。
 「何でこんな時に昔のことが」
 理性を失いそうになる彼の脳裏に、不意に彼の幼い頃が思い出されていった―――


 騎士の一人が僅か六才になったばかりの子供に剣を突きつけている。それに対し、子供は気丈な笑みを浮かべていた。
 騎士達の修練場での事だ。
 「悪魔の子め、今ここで始末してくれる。王族殺しの罪に問われようがこの国の為になればこそ!」 
 「俺の才能に嫉妬して剣を抜くとな。それでよく騎士になれたな」
 灰色の髪の少年は背こそ遥かに騎士に及ばないが、まるで見下げるようにして騎士を睨つける。
 二人の様子を書士や騎士等およそ十名そこそこが取り巻くようにして見ているが、誰も止めようとしない。
 それどころか騎士を応援するような声さえ聞こえてくる。
 アルバート・アークス――六才のこの少年は呪語魔術及びアークス正規騎士剣術、世界知識、帝王学他そのほとんどの学問と技をこの歳にして習得していた。
 天才という言葉どころではないが、才能のある彼に対して周囲の反応は冷たかった。
 それは彼の母親に大きく関係しているところである。
 そしてこの騎士も、先程自ら修練場でアルバート少年に挑戦を申し込んで惨敗した経験を持っている。
 「そもそも王妃は魔族。王は操られているに違いない。私が王を解放する!」
 騎士の言葉に周囲の者達も賛同の声を挙げた。
 「おやめなさい!」
 不意に鋭い声が響く。それに彼らに沈黙が訪れた。
 「ニリュート王妃っ!」
 誰かが叫ぶ。
 腰まである灰色の長い髪にやや尖った耳、そして金色の瞳。
 彼女に睨つけられた者はその不可思議な眼力に何もできなくなってしまう。
 「さぁ、アル。おいで」
 騎士の前まで行き、ニリュートはしゃがんで両手を広げた。そこにアルバートが飛び込む。
 「病気なんでしょ、寝てなきゃ」
 心配そうに言うアルバートにニリュートは優しく微笑んで首を横に振った。
 そのニリュートに先程の騎士の剣が突き付けられる。
 「この魔族め、私が成敗してくれる!」
 脅えを隠すように叫ぶ騎士。しかし明らかに脅えているのが剣が小刻みに動いているので分かる。
 すでにこの時点で彼の運命は決している。相手が何であれ、無手の王族に剣を向けることは死刑以外の何ごとでもない。
 「魔族が悪いのかしら?」
 剣に脅える事なくニリュートは騎士に静かに問うた。
 「アークス王家を陥れようとしているのだろう! その怪しげな魔力で」 
 「残念ながら私に魔力はないわ。いえ、貴方にとっては幸運かしら」
 魔族のハーフであるニリュートの言葉は本当である。だが、騎士はそれに取り合わない。
 「ガイル、やっちまえ!」 
 「そうだ!」
 取り巻きからの声に騎士の剣が小さく動いた。
 「うっ」
 ニリュートに見つめられたその騎士の剣は、彼女の首の皮膚を軽く切る。
 青い血がうっすらと滲んだ。
 「魔力か!?」
 騎士は一歩後ろに下がる。しかしニリュートはただ見つめているだけである。騎士の怯えが彼を後ろに下がらせているに過ぎない。
 ニリュート王妃の金色の瞳には魔力はない。彼らの思い込みに過ぎないのだ。
 「母さん?! よくも!」 
 「おやめなさい、アル!」 
 しかしニリュートの言葉を聞かず、アルバートは自分よりの大きな剣を抜いて騎士に切り掛かった。
 「やめなさい、アルバート!」
 ニリュートの叫びも空しく、アルバートの瞳は魔族の如く赤く染まっていた。それに対し、周囲の騎士達も武器を取る。
 そして――白亜の城に消せない血の池が生まれることとなった。


 「貴方はクォーターだけれど魔力も知力も、そして体力も人間どころか魔族より強いわ。そしてそれが貴方の脚かせとなっている」
 ベットに上身だけ起こしたニリュートはアルバート少年の頭に手を乗せる。
 「貴方の力を封印します。そして今は人を想うことを学びなさい。そうすれば」
 「母さん」
 少年は呟き、目を閉じる。
 ニリュートの歌うような呪文がアルバート少年を包み込み、そして。


 ニリュートの死を悲しむ者は、幼いアルバートですら皆無と思っていた。
 父であるアークス現王すら涙を見せないことに幼いながらも彼は諦めていた。そう、人という存在を見捨てていたのである。
 「人を想うなんてできないよ、母さん」
 白い目で見られる彼に、もはや安息の地は残されていないと思われた。


 「そうだ、全て滅んでしまえば良い。捕らわれた固定観念を持つ人という種なぞ」
 アルバートの瞳が赤色に怪しく輝く。
 だが起き上がろうとしたアルバートを暖かい何かが包み込んだ。
 強く抱きしめられる彼は戸惑いを覚える。それは昔、母に感じたものと同じ香り。
 「フレイラース! アルバートから邪気を感じる、離れよ!」
 イルハイムの乾いた声が響く。一方、アルバートはさらに強く抱きしめられた。
 「大丈夫、大丈夫だよ。アルはアルだもの。封印が解けたって大事な仲間よ、だから」
 フレイラースの言葉にアルバートの息が止まる。
 彼女は知っていたのだ、自分が魔族の血を引いていることを。そしてそれを知った上で長年つき合ってきたのだ。
 「そうだな、まったく確かにその通りだ」
 イルハイムの声が聞こえ、彼の気配が近づいてくる。
 「一体どうした? アルバートに何かあったのか?」
 ソロンの声。それに新たな二人の気配を感じる。
 ”人を想うことを学びなさい、そうすれば”
 忘れかけていた母の言葉が蘇る。
 ”貴方はいつかかけがえのないものを見つけられるはずだから”
 「見つけているよ、母さん」
 小さく呟き、そしてアルバートはフレイラースを見上げる。
 「心配かけたな。さ、あと一仕事だ」
 起き上がるアルバートの髪は一房を残し、黒一色に戻っていた。

<Aska>
 カーリとラファエルは風の中に消え去った。
 代わりに、ファブルー族のミーヤが転がり込んできた。
 「あ、ご主人!」
 ミーヤはリャントの腕の中に飛び込んでゴロゴロと喉を鳴らす。
 「色々大変だったね、ミーヤ」
 彼は猫の頭を撫でると、いつの間に手にしたのか風の門の鍵であった煙管をミーヤに渡す。
 「ご主人、これは?」
 「さぁ、君は今日から風の守部だ。まずは風の王にそこの闇の子と一緒に挨拶してきなさい」
 「??」
 ミーヤは首を傾げる。
 私も首を傾げる。
 「成り行きでこうなったけど、闇の子って一体?」
 問う私に、リャントは改めて私に向き合った。
 「そうですね、改めて自己紹介をしましょう。私は元・風の守り部の紋様師リャント。お待ちしておりました、アスカ・ルシアーヌ殿」
 白髪の混じった腰まである茶色の長い髪は後ろで一つに束ねられている。歳の頃は五十代前半、優しい瞳をした細身の中年男性だった。
 高山民族の纏うような貫頭衣に身を包み、体の露出している部分には不可思議な紋様の入れ墨が見て取れた。それはまた顔面の一部にまで及んでいる。
 「そしてこの子が次代の風の守部、ミーヤです」
 そう告げられたミーヤはしかし、心配そうにリャントを見上げている。
 「我々、守り部は紡ぐ者を支えることが使命です」
 リャントはゆっくりと言った。
 「紡ぐ者?」
 「世界の綻びを縫い直す希望、とでも申しましょうか。その闇の横糸を紡ぐのが貴女なのです、アスカ殿」 
 「希望と言われても」
 しかしリャントは小さく首を横に振り、私を見る。
 「貴女は成り行きとおっしゃいましたが、それは違います。知っているはずです。そして現実を受け止めることができなかった、いや、受け止めたくなかった。だからこそ、自ら記憶を封じた」
 「どういうこと?」
 この男は私の過去を知っている、少なくとも私以上に。
 「ミーヤとともにこの奥にいる風の王に会えば、おのずと自らの役割を知ることでしょう。それを踏まえ、貴女はこの先どうするのか」
 リャントは静かにそう言うと傍らのミーヤから手を放して告げる。
 「貴女の意志で道を決めていくことでしょう。そこに僅かではありますがこの子が力になれればと思います。さ、ミーヤ行きなさい」
 「ご主人!」
 告げるリャントの姿が消えていく。
 「もともと短い命を永らえる為に風の精霊界に立ち入ったのです。最期に闇の子に会えて良かった」
 微笑み、最期に彼はミーヤを見る。
 「後は頼みましたよ。君には十分な力がある、ミーヤ」
 ミーヤを撫でようとした彼の手が消え、そしてリャントは風の精霊界の一陣の風となって消え去った。
 「ミーヤ?」
 「ご主人の意志は確かに受け継いだニャ」
 煙管を強く握り締めると、ミーヤは空いた方の手で私の右手を取る。
 「行くニャ。ご主人が何を僕らに伝えようとしていたのか、確かめに」
 私は小さく頷き、一歩を踏み出す。
 私達を取り巻く風の声が耳に聞こえて来る。
 「風は自由の象徴。存在すること以外の束縛から全て解放しましょう。そして」
 その精霊語に、私の中で防波堤となっていた何かが音を立てて外された。
 様々な記憶が私の中で堰を切ったように蘇る。
 ぼんやりとした視界に映る父と母の温もりの記憶、そして同じく双子の兄の存在。
 寂しかった幼い頃、親しげに語り合った光との記憶。生まれ育った村人との生活。
 それを全て壊し、白紙に戻した破壊。外の世界という刺激的な記憶。
 懐かしさを感じる大切な人との再会。突然の父との邂逅と彼から受け取った魔術、世界、力、精神その他、全てを結びつける概念について。
 それが今まさに白紙に戻さんと動く勢力と、私の成せるべき事柄。そしてそれは私にしかできずこの世界に生きるモノの全ての死につながる重大なこと。
 過去の人であるアッティファートとクロースターの悲劇。無の巨大な力、天からの災い、一つの巨大な意志。
 そしてそれが私の家族を奪ったということ。
 ネレイド、イーグル、アルバート一行との出会い。カーリやリャント、ミーヤ、そしてこれから出会う人達。
 思い起こされる記憶と知識にネレイドが私の村を襲い、戦った魔族であったことに今更気が付くが些細なことだ。
 渦巻く過去の自分自身の記憶と、父から与えられた大量の知識。
 その中で今は何よりも大切で一番暖かい記憶を抱きしめていたい。これからはきっと辛いことの方が多いのだから―――
 短い時間でしかなかった。でも本当の自分でいられた唯一の時間。そして彼は幼い頃から光、私は闇という形ですぐ側にいた。
 ルーン――私に最も近くて、また遠い存在――それ以前に理由なく好きになった人。
 私は目の前に立つ巨大な存在を前に、己の存在の大きさを再確認する。
 目の前の存在は大きく、強く、そして何より自由だ。この風の精霊界の王・ジンである。
 ジンは私の考えに頷く。そして制約などしない。
 自由に決めて、生きろ。私がその生き方を貫く限り、ジンは私と共にある。
 そう風の王は私に提示し、背を押してくれた。
 私の背には、いつか見た絵画に描かれた翼人のような、白い翼が姿を現す。
 私は右手の感触を思い出す。
 そこにはジンの存在に圧倒されながらも、しっかりと自身の意思を貫くファブルーの子の姿がある。
 「さ、ミーヤ。準備はいい?」
 私の問いに、ミーヤは力強く頷く。
 「行こう、旅の続きに!」
 言って、精霊界の外へ一歩を踏み出した。
 不意に体の感覚が現実に帰還する。
 目の前にはイーグルと、ネレイドの姿がある。
 イーグルは人間のような血色の良くなった顔で、ネレイドはいつも通りの不敵な笑みを浮かべて私達二人を迎える。
 「ただいま」
 「おかえり、答えは出たかい?」
 ネレイドの何もかも知っているような問いに私は笑って頷いた。
 世界には万物を構成する地水火風の精霊がそれぞれの役割を担っている。
 精霊達が住まう精霊界はある点において、まるでヘソの様にこの物質界と繋がっている。
 そこは精霊の力――転換すれば魔力が尽きる事なく満ち溢れる転移点(ラグランジュポイント)と呼ばれる場所である。
 その内、地水火風の四大精霊王が治める最大級の規模を誇る四ヶ所の内の一つが、ここだ。
 そしてこの世界を作りたもう神々は、巨大すぎる力の溢れるその四ヶ所の転移点にそれぞれ番人を配置した。
 大きすぎるその力を補佐する神具をそれぞれに与えたと伝えられている。
 もっともここで神が絡んでいたというのは、各々の番人達が作り上げた美談であると、私には思われる。
 番人たる守り部の役目は転移点の監視と守護。そして来たるべき時に現れる紡ぐ者に、力を与えるに相応しいかどうかの試しを行うこと。
 今回、風の守り部たるリャントが私、アスカ・ルシアーヌを闇を紡ぐ者として認定し、それを風の精霊王ジンも認めた。
 闇を紡ぐ者の仕事は当然、父からの知識で私は知っている。
 それを成すか成さぬべきか、私はこの旅を通して結論付けたいと思う。
 ルーンと再会する為のこの旅の中で。
 「良い顔をしていますね」
 そう声をかけてきたイーグルに視線を移すと、彼は困ったような、寂しいような笑みを浮かべている。
 「私の方は吸血鬼の呪いが解けました。ありがとうございます」
 「呪いというか、イーグルを噛んだ相手に対する未練だったんでしょ、元々の原因は」
 「まいったな、その通りですよ」
 彼は笑う。彼を噛んだ吸血鬼は彼が愛した相手だった。愛したが故に自らの手で滅ぼした。
 それが今でも未練となり、自らを吸血鬼として束縛していたのだ。
 風の解放の力で未練が解かれた今、彼はその未練を続けるか、手放すかを迫られたのだ。
 百年の月日は彼を未練から抜けさせるのに十分な時間だったのだろうと思う。
 「ともあれこのご恩はしっかり返させて頂きます、アスカ殿」
 言って彼は私の左手を取り、その甲にキスをした。
 「ニャ?!」
 「む」
 「あら」
 ミーヤ、イーグル、ネレイドそれそれが私の背後に視線を移す。
 「強くなったわね、アスカ」
 「貴方は?」
 私は声の主を見た。
 長い黒髪にアメジストの瞳。歳は四十前半であろうか、しかし若く見える美しい女性であった。
 そして何より、その背には私と同じ白い翼を有している。
 「それに強くまっすぐな魔力を感じるわ」
  優しい表情で彼女は言った。
 「お母さん、ね」
 それは父・カルスから与えられた知識。そして彼の知り得る限りの情報は私も有している。だから喜べない。
 「ガブリエル、茶番は止めよ」
 私を背後から支える様に立つルシフェルの言葉に、母を名乗る女の顔には侮蔑するような表情が浮かんだ。
 「ルシフェル、堕ちた者よ。母子の感動的な再開を茶番とするか?」
 女の姿にダブるように三対の翼を持った女性天使の姿が見える。
 「ここに何の用だ? すでに風の特異点は天使の手に渡ることはない。それとも私に用か?」
 凄むルシフェルに、しかし天使ガブリエルは微笑んで返す。
 「まさか、貴方に喧嘩を売る訳がないでしょう? 私はましてやミカエルほどではないにしろ、一度でも貴方を愛してしまったのだから」
 さらりとやり過ごすガブリエル。いや、その挙動は素体である私の母と完全に混じっている気がする。
 「私はラファエルの最期を見に来ただけ。この地はもはや闇の子のものよ」
 言って、後ろに一歩退く。
 「また会いましょう、アスカ。そしてルシフェル、その時は全力を以て相手になるわ」
 現れた時と同様、霞のように消え行く黒の魔女。
 「ガブリエル、貴女を倒し、お母さんを助け出すわ。それまでその体、傷付けないように待ってなさい」
 私は小さく、そう呟いていた。

<Camera>
 朝焼けの中、戦後処理が続いている。
 怪我人の手当て、教団魔術師の確保、等など。
 神殿の入り口でそんな慌しい動きを眺めていた彼は、盗賊ギルドの長に声をかけられる。
 「終わったね、アルバート」
 イリッサはアルバートの元へやってきて言った。
 「俺の命を狙っている依頼主の名前を聞き出すのを忘れちまったがな」
 彼女にそうアルバートは返す。
 「文書処理なんかで分かったら教えてあげるよ。ところでカーリの遺体はどうなったんだい? 見つからないようだけど」
 「人の力を超えたものを扱った反動さ」
 アルバートは朝日に目を細めて言う。
 「この世にカケラも残らないってのは、それはそれで寂しいものだな」
 「ふーん。アタイは身の程の背丈に合った贅沢ができれば良いや」
 「それが一番欲張りかもな」
 言って、アルバートは笑った。
 この日、盗賊ギルドの支援を受けたアルバート王子ら一行の力により、長年続いていた暗殺教団として知られる呪語魔術教団に終止符が打たれた。
 教団員はその全てが教祖によって強力な束縛、及び従属の呪いがかけられており、教祖の死とともに解放。
 しかし一部の社会復帰は難しいとのことから、アルバート王子の厚意によりそのほとんどが皇国の魔術研究部門に配属されるという形となった。
 これにより、アークスの魔術部門における技術は飛躍的に上昇することとなる。
 が、言い換えるとアークスへの魔力の集中が問題となり、新たな非難が諸国から生まれつつあるのも事実であった。


 ガートルートよりおよそ五十キリール南にあるザイル帝国内。
 ザイル北壁として名高い城塞都市マーレにミレイア・グラッセ率いるザイル軍の簡易キャンプがあった。
 その中心にあるテント――そこで魔将軍グラッセは一人、頭を抱えて椅子に座っていた。抱えるその手は振えている。
 ここは一体、そして私は今まで何ということを。
 本当ならば心優しい妻と義父、そしてささやかながらも心休まる小さな帰るべき家のある忍びの里で過ごしていたはずだった。
 それを全てこの手で壊し、さらに昔の冒険者仲間まで騙して金を奪い、権力を欲してザイル帝国の将軍になっていようとは。
 全ては忍者の里に伝わる宝珠を見た時からだ。あれが自分を変えた。
 「何故だ。私は操られていたのか? いや違う、あれもまた私の本性。キヅキ、生きていてくれ」
 自分を兄のように慕ってくれた少女を思い出し、彼は唇を噛み締めた。
 「ウリエルのみ滅ぼされるとは。私も気を付けねばならない」 
 「だ、誰だ!」
 突然の背後の声にグラッセは振り返る。
 そこには白い仮面で口許だけを出した女が立っていた。黒く長いローブに身を包み、その背には長い黒髪と白い翼が見えている。
 「レイナ。黒の魔女が何故ここに!」
 グラッセは叫び、椅子を蹴倒し後ずさる。
 黒の魔女レイナ――ザイル帝国の唯一の魔導参謀であり、その名はアークスの白の魔女に対抗して周りが呼ぶものである。
 しかしその力は一人でザイル帝国の魔術部門をアークスに対抗させる辺り、白の魔女を遥かに凌ぐという噂ではある。
 そして何よりその行動、存在の多くが謎に包まれ、王ですらその素顔を見たことがない。素顔を見せるのはその正体を知る者のみ。
 「レイナ? 私の名を忘れたわけではないでしょう、ウリエルであった者よ」 
 「ガブリエル、私に何の用だ?」
 彼はゆっくりと横に動く。剣の置いてあるテーブルまであと少し。
 「ウリエルを失ったお前は我々としても、そしてザイルとしても無用の存在。そうは思わない?」
 レイナ=ラファエルの言わんとしていることに気付き、グラッセはついに剣に飛びつく。そして抜き放ち、正眼に構えた。
 「私は、死なん。これ以上自分を失ってたまるか!」
 「剣を抜きますか? さようなら、ミレイア・グラッセ」
 「な、ぐあぁぁぁぁぁ!」
 グラッセの抜いた刀身は毒々しい大蛇となり、持ち主の首に噛みついた!
 「な、どうしたんです!」 
 「一体何が!?」
 衛兵達がグラッセの声を聞き付け、テントに駆けつける。
 そこには自ら剣で首を指し貫いたグラッセの死体が一つ、転がっていただけだった。


 白銀の世界に一人佇む青い髪の少女――彼女は吹き付ける雪をまるで風に舞う桜の花びらの様に軽くあしらい、ただ目をつむっている。
 どれくらいの時間が経ったろう、彼女はゆっくりとようやく目を開いた。
 「攻撃ユニット・アルファー、防御ユニット・ベータ」
 呟く。
 すると彼女の前に黒い二次元のスクリーンが生まれ、長さ二リール程の大きな針のようなものと帯のようなものが飛び出してきた。
 そしてスクリーンは現れたときと同時に唐突に消えた。
 「よし、成功だね。ちゃんと物質化してる」
 空中に蠢く二つの幾何学的なモノを見つめ、彼女――雪音は満足気に微笑んだ。
 「取り合えず、アイツに試してもらおうか。一般ユーザーの声っていうのは重要だからね」
 言いながら彼女はスクリーンを眺めつつ、二つのユニットと呼ばれるそれに変化を加えていく。
 「もう少し親しみやすい形にして、かつ一体化しておくかな。それと経験をしっかりモニターして、バック修正プログラムとバックアップも組み込んでおこう」
 なにやら専門的な単語を交えつつ、彼女はスクリーン上の文字の羅列を操っていく。
 どれくらいの時間が経過しただろう、やがて作業を終了させると彼女は再び瞑想に入る。
 もっともそれは正確には瞑想ではなく、スクリーンの向こうに展開する己のプログラムを監視している行為であった。


 ノールの彼女は苛立っていた。
 想う男は全く全然さっぱり、相変わらず自分の気持ちに気が付いていないのだ。
 それは昔から変わっていなかった。
 「ライブラ、どうしたんだ? 飯が冷えるぞ」 
 「分かってるわよ!」 
 「何を怒ってるんだ?」
 貫頭衣を着た同じノール族の男は困ったように溜め息を就く。
 「更年期かなぁ」
 「いや、マジ殺すよ?」
 「ごめんなさい」
 火の神殿の天使からの守護。それが彼らの役目だった。
 取り合えず以前に施された封印が未だに力の流出の大部分を防いでくれている。
 故に偵察隊である天使を引き付ける要素は少なく、彼ら二人で守護は大丈夫だった。
 もっとも、火の精霊力を求めてやってくるのは天使だけでなく、今時点では魔族も多い。
 「ね、レナード」
 ライブラは意を決したように尋ねた。
 「何だい?」 
 「えっと、あのね、あー、やっぱり何でもない」
 しかし、ライブラはそう言って口を閉ざした。
 「そうか。おや、またお客が来たぞ」
 レナードは呟き、剣を取る。
 火口の途中に作られたこの神殿の入口には、天使達の一団が侵入しようとしている。
 彼らの戦いは次第に頻繁になって行くことを、二人は気が付いていた。

Temporary end & continuation ...


 青い髪の詩人は紅茶のカップをテーブルに置いて、軽く竪琴を鐘でる。
 「アスカさん、記憶を取り戻したの?」
 女の子が首を傾げて吟遊詩人に尋ねた。
 「さぁ、どうなのかしら。それは彼にしてみれば分かりたくはないでしょうけど」
 思い出すように、寂しげに詩人は呟いた。
 「何だよ、お前。どうしたんだ?」 
 「いや、何か彼らのやろうとしてる事が分かってきたような」 
 眼鏡の少年の頭にリーダー格の少年の拳が軽く入った。
 「こんな奴は放っておいて。お姉さん、続き早く!」 
 「あ、僕も聞くよ!」 
 「フフフ。じゃ、続けるわよ―――



   少年は知る、世界の流れを、傷を、均衡を。
   捜し求める人はすでに全てを受け入れ、彼を待つ。
   それは全て彼の為
   彼は彼女の為、認めず葛藤する,ささやかな望みすら叶わず。
   本は全てを知る,それは過去における未来を記す
   そして光は闇を信じて空に舞う………



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