白黒双月
4 託された願い
部活動。
それは学業とは別に、生徒の自主性に任せられた課外活動。
特にこの学校の場合は「他人の迷惑にならなきゃ何でも良いよ」的な要素が強いため、様々な活動団体がある模様。
またこの自由さから、別に入らなくても良いとも言える。
「僕はアニゲー同好会に入ったんだ」
昼休み、お弁当をつつきながら柚木 巧はそう言った。
様々な食材が見て取れる、結構豪華なお弁当だ。
「アニゲー??」
「アニメとゲームを扱ってる同好会だよ」
「へぇ、すごいね」
この2つは先日、お隣の土屋さんTVのお礼にとお茶菓子を持っていったときにに見せてもらった。あんなのを作れるんだ、すごいな。
「……えーっと、卯月くん?」
「ん?」
巧は上目がちに僕を見ている。
「もしかして、なにか勘違いしてない??」
恐る恐る訊いてくる巧に、僕は購買で買ったイチゴジャム入りコッペパンをこくりと飲み込んでから答えた。
「?? 作ってるんでしょ、アニメとゲーム」
「いやいやいやいや!」
ぶんぶんと首を横に振る巧。
「作れないよっ、見る方だよ、楽しむ方っ!」
「へぇ、そんな部活動もあるんだね。まるで遊んでいるような」
「うぁ、なんて耳に痛いことを」
器用にタコさんの形に焼いてあるウィンナーを口に運びながら巧は沈んだ顔で言った。
「卯月くんは部活はもう決めた?」
気を取り直してか、彼はそう尋ねてくる。
「んー、引越し後の準備とか挨拶とかでばたばたしてて、まだぜんぜん決めてないや」
「そうなんだ。どのへんに引っ越してきたの?」
「駅向こうにあるアパートだよ、猫寝荘ってところ」
「ふーん、ご家族は何人で?」
「一人暮らしだけど」
「えぇ、そうなの?!」
びっくりした表情で巧。
「大変でしょ、高校1年で一人暮らしなんて」
「大変というか…ご近所付き合いが大変なくらいかなぁ」
思わずため息。
猫寝荘の住人はみな一癖も二癖もあって、おかげで色々巻き込まれてしまい引っ越してきてから暇な時間がほとんどなかったりする。
「で、部活動事体は入るつもりないの?」
「一応、落ち着いたらあちこち見学してみるつもりだけど…って」
今の質問は巧の後ろから。
巧の弁当を勝手につまみながら、彼と同じ顔の女子がそう尋ねて来る。
「歩。ここC組だけど?」
「お昼休みくらい別にどこいたっていいだろーが」
弁当をブロックする巧の包囲をくぐって、今度はから揚げを奪っていたりする彼女。
「そんなことより、陸上部に来ないか、陸上部!」
「歩は陸上部入ったのか」
「あぁ、目指せオリンピックだぞ」
どこまで本気か分からない目をして言う。
「陸上部か、活動は忙しいんでしょ?」
「毎日朝練から始まって夕方までみっちり」
「パス」
「何故?!」
身を乗り出して訊いてくる歩。
「いや、だって」
「だって?」
「一人暮らししてて、生活費多分足りないからバイトもしなきゃいけないし」
「自炊すれば安く済むぞ。おまけに弁当作ってくれば昼飯も購買で買うよりずっと安くなる」
「いや、自炊はしてるけど」
どうにも安くならない。
多分、同じ料理として何日分も作り置きしてれば浮くのだと思うが、一人分だとよっぽど材料をうまくまわさないと安くならないと思う。
そんな僕の表情を読み取って、彼女は思いついたように、ぽんと手を打った。
「じゃ、オレが作ってやろう」
「はぃ?」
なんだか急に話が飛躍してない?
それ以前に、歩に料理ができるのか??
疑問を抱きつつ、巧を見る。
「あ、このお弁当は歩が作ってるんだよ」
申し訳なさそうに巧は自らのお弁当を僕に改めて見せる。
そしてその隙に今度は卵焼きが略奪された。
「へー、雪音さんといい歩といい、結構みんな料理が巧いんだなぁ」
ちなみに姉の乙音さんは巧いとは言いがたかったけれど。味が宇宙風味だ。
「雪音さん?? 誰?」
なぜか歩に睨まれる。思わずうろたえつつも、僕は簡単に説明。
「アパートの隣の部屋に住んでるお姉さん。この学校の2年生だよ」
「へぇ、総一郎はずいぶんその人と仲良いみたいだな」
「お隣だからね」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
なにかぶつぶつ言いつつ一人頷きながら、歩は僕らに背を向け教室を出て行く。
「な、なんなんだ、巧?」
「さ、さぁ??」
それを見送る僕ら。
と。
「きゃ!」
「おっと」
教室に入ってきた女子と歩がぶつかって、入ってきた女子の方が倒れたようだ。
声は此花さんのものだった。
「悪い、ぼーっとしてた。っと、ほぇー」
「いえ、こちらこそすいません。どうかされました?」
「あ、いや、なんでもないよ、ほら」
歩に助け起こされて、此花さんは微笑を浮かべる。こうして見ると、まるで対照的な2人だ。
此花さんは初日にダウンしていたものの、今では色々慣れたらしく巧くクラスに溶け込んできている。
しかしやはりどこかぎこちないよう様子もある。加えてその容姿もあって男子生徒からの注目も熱い。
立ち上がった此花さんは教室を見回すと、僕と視線が合った。そしてそのままこちらに向かってくる。
「総一郎さん、明後日の土曜日は学校が終わった午後から時間空いてるかしら?」
「ん。特に何もないけど、どうしたの?」
「ちょっと行ってみたい所があって。付き合ってもらえるかしら?」
「あぁ、良いよ」
と、答えたその時。
「ちょっと待ったぁ!」
まだ自分のクラスに帰っていなかったのか、歩が割って入ってきた。
「な、どうしたの??」
「あ、いや、その、なんだ」
挙動不審げにきょろきょろと彼女は辺りを見回すと、
「オレと巧も半ドンのあとは暇でさ、一緒に付き合うぜ!」
「え、僕は部活…」
「付き合うぜ!」
「ぅ、ぁ、はぃ」
迫力に押されて兄であるはずの巧は勢いに押されて頷いた。
「歩は陸上部の練習…」
「ない」
きっぱりと僕の質問を途中でぶった切る歩。
一体なにがなんだか??
こうして次の土曜日は4人で駅前にある、とある施設へと向かうことになったのだった。
午前中で授業が終わる半ドンな土曜日。
僕と巧、何故か歩は此花さんに連れられて、学校から線路を挟んだ西口の駅前に来ていた。
時刻は13時を回ったところ。
「どこへ行くのか分からないけど、俺はまずこの空腹を何とかしたいと思うのだが!」
叫ぶようにして提案するのは歩だ。
恥ずかしげもなくお腹がぐーぐー鳴っているのがステキすぎる。
「それもそうだね、何かお腹に入れてからでいいかな、此花さん?」
巧の問いにこくりと頷く彼女。
「じゃ、マック行こうよ。アイスコーヒーが美味しいよ」
そう巧が僕の袖を引っ張りながら、妹と此花さんの顔色を伺う。
此花さんは反応なし。というか多分よくわかってない。
歩はというと、
「えー、結構高いじゃん。オレ、セット一つじゃ足りないんだよなぁ」
「メガマックなら歩も1つで済むと思うけど」
「そうかなぁ。駅前のランチバイキングが良かったんだけど」
しぶしぶといった感じで従う歩。
「総一郎くん」
「ん?」
此花さんに小声で耳打ちされる。
「マックって、なに??」
「え、えーっと」
僕も此花さんと同じく、これまでマックには足を運んだことがない。
話には聞いていたくらいの知識しかないのです。
「聞いたところによると、アメリカ的ないわゆるジャンクフードらしいよ?」
「アメリカ……メリケンですか。これはとても楽しみ」
「あ、うん」
十中八九、これから向かう先には此花さんの楽しみはないような気がした。というかメリケンって??
ともあれ入った初めてのマック。
「「にがっ」」
「「そぅ??」」
巧オススメのアイスコーヒーを飲んでの感想。
僕と歩がハモり、巧と此花さんが首をかしげた。
「いや、これは苦いだろ。水で10倍に薄めるのがいいよ。むしろオレは銭湯のコーヒー牛乳以外コーヒーを認めていないから」
「砂糖入れても苦甘だし、一体これはどーしたら」
顔をしかめる僕達と、
「2人とも大げさだなぁ」
「そうねぇ」
さらりと受け流す巧と此花さんは対照的だ。
「で、さくら」
「はぃ?」
メガマックを頬張りながら、歩は此花さんに問う。
名前で呼んでいるけれど、いつの間に仲が良くなったのか?
「どこに行くんだ? 何か買いたいものでも??」
「それもありますね」
「ちょうど良かった。オレも買い物あったんだ、食べたらついでにショッピングモール寄っていこうぜ」
「えぇ、かまわないわ」
「じゃ、僕も途中寄りたいところが」
そーっと手を挙げる巧を、歩がつぶす。
「巧はどうせゲーセンだろ。そんなの一人で行けよ」
「うぅぅ」
轟沈。
「さて、そうと決まったらさっさと食っていこうぜ!」
一番良くしゃべりつつも、最初にハンバーガーを食べ終えて彼女は苦いコーヒーを一気に飲み干したのだった。
まず最初に、
「中学の頃から使ってたスパイクがさすがにぼろぼろになっちまってさ」
歩の要請でスポーツ用品店にやってきた。
「さくらは何部に入ってるんだ?」
「私はまだ決めてない。でもあまり体が丈夫じゃないから文科系にしようかと」
「バカだなぁ、丈夫じゃないからこそ、運動部で鍛えないと」
「………そういう考えもあるのね」
「で。総一郎も陸上部考えておいてくれよ、一緒にオリンピック目指そうぜ!」
「目指しはしないけど、応援はしてるよ。がんばれ」
「冷たいなぁ、おい」
結局、歩は何も買わずに店を出る。
しかしながら一応目星はつけたようで、今のスパイクが破れるまで使ったらどれを買うか決めたようだった。
次に足を運んだのは、巧の強い希望でゲームセンター。
猫寝荘の土屋さんから色々聞く機会があったのだけれど、今は名古屋打ちは主流ではないらしい。
日本全国のゲームセンターを通信で結んで、各プレイヤーの優劣を競うクイズゲームなんてのもあり。
「それはなかなか面白そうね」
と、ただならぬ興味を示したのは此花さんだった。
彼女はゲスト参入ということで早速プレイを始める。ゲームタイトルは「ネットワーク対戦クイズ Answer×Answer」。
4人でタイトルを狙う仕様らしい。
「なぁ、総一郎。一緒にレースゲームやらね?」
喧騒の中、歩が手近にあった筐体を指差して誘ってくれるが、とても僕にはできる気がしない。
名古屋打ちならそこそこ上手いつもりなのだけれど。
「僕が付き合うよ、歩」
「巧、上手いんだもんなぁ」
言いながらも結局2人で始めたようだ。とりあえず僕は此花さんの方に視線を戻した。
……なんか、優勝していた。
「あの、此花さん?」
「1つはずしちゃった、情けない」
画面にでている賞賛内容とは逆に、悔しそうな顔をしていた。
「もっと勉強して再チャレンジしないと。いえ、相手の心理を読まないと」
「そんなにハマるゲームなの、これ??」
「えぇ、なかなか人間も面白いものを作るわ。ただ回答できるかできないかだけでなく、相手の出方を読みながら回答していくっていうのは心理戦でもあるの」
「へぇ」
「総一郎さんもやってみる?」
「いや、ごめん」
少なくとも、此花さんをそこまで熱くさせる相手がいるようなゲームに僕がまともに参加できる気がしない。
「あ、すごい、初めてやって優勝したんだ」
ゲームを終えた巧が此花さんの結果が出ている画面を見て言った。
隣の歩の様子では、レースでは巧が勝ったようだった。
「いえ、まだまだ」
謙遜する此花さん。
「そう、まだまだだね」
そう答える巧に、思わず驚きの視線を向ける。
「初級ランクでは簡単に優勝できるもんだよ。でも中級、上級と進むと相手も只者じゃなくなるからね」
「よく知ってるな、巧」
「だって僕、上級者だもの」
言って彼はカードを見せた。クイズゲームの名が入っている。
「それは?」
問う此花さんに「ICカード」と答える彼。
なんでも戦績を保存できて、一定以上の成果を収めると上のランクへいけるようなシステムとのこと。
それを聞いて、此花さんは早速カードを作成。後日、最上位クラス入りしたことを自慢げに話しながら見せられることになるのだが、その時まで僕はこのゲームの存在をすっかり忘れていたりするのだった。
その後、駅前のデパートへ入ってみたり、間食で買い食いしたり、女子お二方の服選びに付き合わされたりと。
面倒ながらも楽しい時間をすごし終えた頃には、日はすっかりと暮れていた。
「じゃ、また来週」
「じゃあね!」
線路の向こうに家のある柚木兄妹と駅前で別れ、僕と此花さんもまた帰路に着く。
「さて」
一呼吸置いて足を止めたのは、駅前から繁華街を抜け、オフィスビルの一群に差し掛かった頃。
「約束どおり、ちょっと付き合ってくれる?」
此花さんがそう僕に告げた。
「え?」
「約束したでしょう。もしかしてすっかり忘れてた?」
小さく笑う彼女に、今日歩いたところのどこかが目的の場所だったと思った、と告げる。
「残念でした。でもここからすぐだから」
言って進むはオフィスビルの1つ。この市内で一番高いビルだ。
様々な企業が入っているようで、スーツの人もいれば作業着の人もいる。
もしもこれが単一の企業であれば僕たちは警備員につまみ出されていただろう。
エレベーターで僕たちは一番上のフロアへ。
そして、
「結界?」
「弱いものよ。気配を消すだけのね」
彼女は狭い結界を張りながら、非常口へ向かう。
扉を開けると、一瞬息が詰まるような風の塊が襲い掛かってきた。
それに負けないように足を踏み出し、屋上へと続く関係者以外立ち入り禁止の階段を上がる。
やがてたどり着くはオフィスビルの屋上。
眼下には薄闇の中に溶けた町並みと、それぞれが自己主張する無数の灯火。
見上げれば、これもまた西から東に向かって藍色から黒へと変色するキャンバスに、地上よりも少ない星々のきらめきが見える。
「ここ?」
問う僕に、
「そう、ここが目的地」
言って此花さんはフェンス越しに体を預け、天と地を眺めて大きく深呼吸。
僕も彼女の隣で街を一望した。
一瞬遠く、僕の故郷も見えるような錯覚に陥る。
「広いわね、この世界は」
風に髪を流しながら、彼女は呟く。
「世界にいくつでもあるこの規模の街ですら、一目で見渡すことができない」
「街の広さを見に、ここに来たの?」
頷く彼女。
「今日、改めて知ったわ。ここから見える街の灯火の一つ一つに、今日4人で訪れたそれぞれの場所があることを」
無数の街の灯火。その一つ一つに人はいて、場所はあり、そこで何かが起こりうる。
「私はね、自分は何でも知っていると思ってた。私達妖樹の構成するイグドラシルネットワークを用いて、様々なことを知ったわ。自分がその場にいながらね。でも」
「でも?」
「知っているのと体験するのとでは大違い。あの人は世界は広いと言ったけれど、私は心の底ではそんなことはないと思っていた」
あの人、っていうのは誰だろう?
彼女にこうして外界を知るように働きかけた人、だと思う。
「広さを知るためにこの街で一番見晴らしのいいここへ着たけれど、今日みんなとあちこち足を運んで改めて広さを知ったわ」
にっこりと微笑む彼女は、
「私はこの広い世界をもっと知りたい。総一郎さんも、そうは思わない?」
「僕は―――」
問いに答える前に、
彼女、此花さんはエネルギー切れで倒れた。
さすがに周囲がコンクリートの上に高層階屋上というのは、眷属からのサポートを受けられなかったようである。
「寒い、眠い、何もかもが遠い……」
「そんなに無理してまでここに来たかったの?」
カタカタと震えながら意識が半分飛んでいる此花さんを抱き上げて。
「あー、なるほど。だからか」
僕がここに付き合わされた意味を理解したのだった。
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