3. 争点の世界へ!

 部屋に辿り着くとロンズも姿を見せていた。
 「おおストレルバウ博士お待ちしておりましたぞ」
 「はぁはぁ、すまん水を一杯。ふう年を考えるべきであったな」
 「大丈夫ですかストレルバウ」
 「なんの姫様、このストレルバウまだまだ若いもんには負けませんぞ。さてファトラ様が動かれたと言うことでしたが」
 「ええ、少しですが体を動かしました」
 「なるほど……」


 回りが騒がしい。
 なんか変な感じ、そう目の前がはっきりしないような…。
 ストレルバウ博士を中心に話しが始まった頃ベッドに横たわる少女は何かもやの中にいるように感じていた。
 何か声が聞こえるような気もするけどなんだろう…。
 声の方へ注意が向いた途端目の前がはっきりした。
 「ファトラ!」
 ゆっくりと目を明け背伸びしたファトラを見てルーンが駆け寄る。
 「ファトラ様ぁ」
 目にいっぱい涙を溜めアレーレが抱きつこうとする。
 体を起こしたファトラは周りをゆっくりと見渡した。
 「えーとすいません。ここはどこでしょうか?」
 一瞬固まったルーン達だがファトラの傍で思い思い声を出す。
 「ファトラ、私が分かりますか」
 「ファトラ様ぁ、私ですアレーレですよぅ」
 「ファトラ様、どうなさったのですか」
 だがファトラは答える所か逆に怯えるように後ずさる。
 「お待ち下さい」
 「ストレルバウ一体これは?」
 「お待ち下さい姫様。ファトラ様は永い眠りからお目覚めになったばかりです。一度に多くの事を聞かれても混乱するだけでしょう。お一人ずつ、まずは姫様からお願い致します。よろしいですか、ゆっくりとお願い致します」
 「分かりました」ファトラの方を向く。
 「ファトラ。気分はどうですか?」
 「はあ気分は良いんですけど『ファトラ』というのが私の名前ですか?」
 「ストレルバウ!」
 慌てて振り向くルーン。
 ストレルバウはファトラの傍へ行き話しかける。
 「ファトラ様、私に見覚えはございますかな?」
 頭を抱えるファトラ。
 「すいません。何も分からないんです。ここはどこでしょうか。私はここで何をしていたのでしょうか?」
 「ああっファトラ。なんて事に…」
 「そんなぁファトラ様ぁ、私と愛し合った日々までもお忘れになったのですかぁ」
 もうパニック状態だ。
 「誠、これって」
 「ええそうですね。記憶喪失というやつですか。言葉遣いまで変っとる」
 「だけどファトラさん風呂に入っていただけだろ。なんで記憶がなくなるんだ?」
 「倒れたと聞いていますからその時なんかで頭を打ったとか」
 「いや誠君。それはありませんぞ」
 「うわっと、は、博士。それは一体どう言うことです」
 いきなり話に入ってきたストレルバウに驚きながらも聞き返す誠。
 気がつくと皆誠達の会話に注目していた。
 「うむ、まずファトラ様には何も外傷がなかったという事は聞いておると思うが」
 「ええそれは知ってます」
 「というか外傷がつくとは思えない状況であったがの」
 「どう言うことです?校長」
 「ファトラ様が倒れられたのは浴槽の中じゃ」
 「そう聞いてます。だけど倒れる時に壁とかで頭を打ったかもしれないじゃないですか」
 「何を言う藤沢君。浴槽がそんなに狭いはずはなかろう」
 「は?」
 「ファトラ様は浴槽の真中で倒れられたと言う事だ。半径10mに壁なぞない」
 「そ、それはまたでかい風呂場で」
 「そう言う訳でファトラ様はせいぜい水で体を打ったくらいで外傷はおろか何か影響を受けるとは考え難い」
 「どう思う誠]
 「そうですね…。ファトラさんは水の中に倒れたんか…」
 「誠様何か分かりますか」
 「えっとそうですね、ルーン様。水ちゅうのはですね柔らかそうに感じますが硬いものでもあるんです」
 「水が硬い…?」
 「ええ、ほらプールとかで経験ありません?下手な飛びみすると思いっきりお腹打つでしょう。あれですよ」
 「は、はあ」
 プールで飛込みなどした事がないルーンには分からない。
 「ですから水の上に倒れた時思いがけない衝撃を受けた可能性もあると思うんです」
 「なるほど誠君。では君の言う通りだとして治療法とか分かるかね」
 「それは…」
 回りを見渡す。皆誠の言葉を待っている。
 ルーンはそれこそ祈るような感じである。
 誠はここで皆の気持ちを落ち込ませるような事は言いたくはなかった。だが、
 「すんません。僕では分かりません」
 「そうですか…」
 「ですが王女様。古文書に何かあるかもしれませんしそれに三神官の方々なら知っているかもしれません」
 「おおっ! そうですな! あのお方達なら何とかできるかもしれません」
 「ええ。僕すぐに行ってきます」
 「お願いします。誠様」
 「誠。俺も行くぜ」
 「すんません先生。急ぎましょう」
 「おう! じゃ吉報を待っていて下さい」
 誠たちが部屋から出て行こうとした時である、それまで黙っていたファトラが突然ベッドから飛び出し誠の手を握り締めた。
 「お願い! 行かないで!」
 「えっ、どういう事ですファトラさん?」
 「そうですよファトラ様。誠様達はファトラ様のために」
 「お願い。傍にいて下さい」
 思わず顔を見合わせるルーン達。
 「ファトラ。誠様の事が分かるのですか?]
 「誠様とおっしゃるのですか?」
 誠の顔をじっと見つめている。
 「そうです。そやけど『誠様』というんはやめてや。いつも通り『誠』と呼んで下さい」
 「まこと?」
 「そうです」
 「誠。どこかへ行くのなら私も連れていって」
 これにはさすがに誠も困った顔をする。
 「ファトラ様ぁ私がいるじゃないですかぁ。私じゃ駄目なんですかぁ」
 「ごめんなさい。そう言う訳ではないの。ここにいる皆さんは優しい方ばかりだと、そのう初めて見る人達ばかりですけどそう感じます。だけどこの人」
 と誠の顔を見てから続ける。
 「この人を見ているとなぜか安心するんです。良く分からないんですけどなぜか…」
 ルーンは困惑の表情を湛えストレルバウに尋ねる。
 「ストレルバウどう思いますか」
 「そうですなぁ…、誠君はファトラ様とそっくりの顔をしておる」
 「誠様が兄弟かなにかのように感じられるのでしょうか」
 「そうかもしれません姫様。特に今は目覚められたばかりですし時間が経ち落着いてくればまた何か変かがあるかもしれません」
 「そう、ですね…。誠様」
 「は、はい」
 「すいませんがしばらくファトラをお願いできますでしょうか」
 こうなっては誠様だけが頼りです、口にこそ出さないがルーンの目はそう訴えていた。
 「分かりましたルーン様。何ができるか分かりませんが精一杯努力します」
 「お願い致します。では藤沢様」
 「ええ任せてください。丁度酒も抜けているしマルドゥーンまでひとっ走り行って来ます。考えてみりゃ誠がいない方が早く着きますよ」
 「かたじけない藤沢殿。宜しくお願い致します。誠殿もファトラ様を宜しく。取り敢えず私は業務に戻ります故なにかあればすぐにお知らせ下さい」
 「ロンズ私も戻ります」
 「いえ殿下はお休み下さい。後は私めが」
 「良いのですロンズ。私にも何かやらせて下さい」
 辛さを仕事で紛らわせようとしているのが誰にも理解できる。
 「ですが」
 「お願いします。ロンズ」
 「分かりました。それでは未決済の書類がございますのでお願いいたします」
 「ええ分かりました。では誠様ファトラをよろしくお願いします」
 「誠殿頼みましたぞ」
 「それじゃ誠。後は頼んだぞ」
 「私は古文書を当たるとしよう。何かあれば私の書斎に来なさい」
 皆それぞれの思いを誠に託して出ていった。
 後に残ったのは誠とアレーレそしてファトラの3人である。
 「誠様ぁどうしましょうか」
 「そうやなあ…記憶か…」
 「元に戻りますよね、きっと」
 「ああ、絶対に戻るはずや」
 「あのう」
 「何ですファトラさん?」
 「こんな所に立ってないで座りません?」
 一気に緊張感がなくなった誠達であった。


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