4. 追憶の世界へ!

 「で、どうするんです?」
 「そうやね…。ファトラさん」
 「はい」
 「(なんか調子狂うなぁ)何か分かる事、覚えている事はありますか?」
 「え〜っとですねぇ…」
 答えようとするファトラを見つめる誠とアレーレ。
 「やだぁ。そんなに見ないで下さい。恥ずかしいじゃないですか」
 ファトラらしからぬ反応に思いっきり戸惑う誠達であった。
 「誠様! お願いです! 何とかして下さい! 私何でもしますから!」
 「落ち着くんやアレーレ!」
 そう言う誠も頭の中が半分パニクリかけている。
 「えーとですねえ、そういう時は深呼吸すると良いですよ」
 のんびりした口調でファトラが言う。
 その言葉に思わず固まってしまう誠達であった。
 ふと気がつくとファトラはお茶を飲んでいる。
 見ると自分達の前にもお茶が置かれてある。
 「これはファトラさんが?」
 「ええ、廊下にいた女の人にお願いしたらすぐに持ってきてくれましたよ」
 「はあ…」
 もう何がなんだか。
 「誠様ぁ」
 「え〜〜と…。そうやファトラさん」
 「はい」
 「ファトラさんはこの城で育ったんや。この城にはファトラさんの思い出が詰まっているはずや」
 「はあ」
 「そう言う所を見て回れば何か思い出す事があるかもしれませんよファトラさん」
 「そうですよファトラ様。さっすが誠様ナイスな思い付きです」
 「ああうまく行くといいんやが」
 「行きますとも。まずはファトラ様と私の愛の巣へ行きましょう!」
 そう言ってアレーレは湯飲みを置き立ち上がる。
 「あのう」
 「何をしてるんですかファトラ様。ほら早く行きましょうよ」
 「いえ、その前に後片付けをしないと」
 きっちり3分間固まった誠達であった。



 ファトラの部屋の前へ来た誠達であるが疲れた顔をしている。
 無理もない。辿り着くまでファトラは誠の手を握り、というかぴったり寄り添う感じで離れようとせずアレーレの嫉妬を買っていた。
 また移動中は城内の者達にファトラが記憶喪失である事を悟らせてはまずいと言う事でかなり気を使い、部屋の前まで来た時にはほっと溜め息が出たくらいであった。
 「誠、疲れているの?」
 心配そうに尋ねるファトラ。
 「いやそんな事はないよファトラさん」
 誠は部屋の扉を開き中へ入る。
 「さあここがファトラさんの部屋や。小さい頃から過ごしてきたんやからなんか思い出すやろ。あれ、どうしたんです?ファトラさん」
 「ファトラ様どうしたのですか?中へ入りましょうよ」
 ファトラは入り口に立ったまま不安そうに中を見渡していた。
 「ファトラさん?」
 傍へ行き問い掛ける誠。
 「恐い…」
 「え?」
 「ここ広すぎて…、回りに誰もいない感じで…、寂しくて…」
 「どうしたんですかファトラ様。しっかりして下さいよう」
 「広い、か…」
 「誠様?」
 「あ、いや僕子供の頃の事を思い出してん」
 「子供の頃ですか」
 「ああ、あの頃はな両親が昼間仕事に行ってて、共働きという奴やね。そやから僕がうちに帰ってもだあれもおらん。僕は一人っ子でファトラさんや菜々美ちゃんのように兄弟がおらんかったらね。ほんまに家の中では一人やった。で、家と言ってもこの部屋よりも全然狭い家なんやけどそれでも子供の頃は大分広う感じてな、やっぱ寂しかったし、恐いと思うた事もあったなぁ」
 「誠」
 「何ですファトラさん」
 突然ファトラは誠をぐっと抱きしめる。
 「ファ、ファトラさん?!」
 「大丈夫だよ、誠。私がいるから。私が一緒にいるから一人じゃないよ。誠」
 抱き付かれびっくりした誠だったがファトラの言葉を聞きにっこりと笑った。
 「有り難うファトラさん。そう僕は一人やない。ファトラさん、君も一人やないんや。さあ部屋に入りましょう」
 「はい」
 なんか面白くないアレーレである。


 部屋の中へ入ったファトラだがやはり落ち着かないようである。
 「どうですファトラ様。何か思い出した事はございませんか?」
 「どんな事でも良いですから。なんかありませんか?」
 ファトラは回りを見渡すがその表情には反応が見られない。
 「本当に広い部屋ですね。ここで私は一人で過ごしていたんですか」
 「いーえ、ファトラ様。いつも私がお側にいたじゃないですか」
 「そうなの?」
 「そうです。ね、誠様」
 「そうやね。いつもアレーレはファトラさんと一緒やったなぁ」
 「はあ…」
 なんかはっきりしない。
 それではとアレーレはファトラをベッドへ引っ張っていく。
 「ほらファトラ様、いつもここで私たち愛し合っていたじゃないですか」
 「え、愛し合う?」
 「そうですよ、ファトラ様、ほらここに座って下さいよ」
 少し強引にファトラをベッドの縁に座らせる。
 「ねぇファトラ様ぁ、いつもこうして私を抱きしめて下さったじゃないですかぁ」
 「抱きしめるって、あなたを?」
 「そうです! 他に誰がいるんですか!」
 思わず叫んだアレーレだがファトラが抱きしめた人数といったら両手両足の指を足しても全然足らない。
 「あ、あの誠。私本当にそんな事してたんですか?」
 「えっ、そのうなんというか…、そうファトラさんとアレーレは本当に仲が良かったですよ」
 「その通りです、ファトラ様!ささ、いつものようにこの私を抱いて下さい」
 不安そうに誠を見上げるファトラ。
 誠もなんと言って良いのか困ったが
 「そうですね、何か思い出す事が有るかもしれません」
 「はあ」
 「勿論です!」
 「ですからファトラさん、ちょっとアレーレを抱きしめて見て下さい。僕ちょっと外に出てますから」
 「えっ。ここにいてくれないのですか。いやです私」
 「いやって、困ったなあ。どうしようアレーレ」
 「良いじゃないですか。誠様そこにいて下さい。私構いませんから」
 「構わないって言ってもなぁ」
 「じゃあ目をつぶってて下さい。ではファトラ様お願いします」
 これから愛し合おうと言うセリフではない。
 「えっと、こうですか?」
 取り敢えずアレーレを抱きしめてみるファトラ。
 「ええ、もっとぎゅっと抱きしめて下さい」
 「こう?」
 ぐっと力が入る。と、
 「ぐぇっ、ごほごほ。ヴァトラ様きづすぎまずう…」
 「あらごめんなさい。大丈夫? 力を入れろと言うからつい」
 「大丈夫かアレーレ」
 慌てて背中を擦る誠とファトラであった。
 「はぁ、はぁ、もう大丈夫です、ファトラ様どうもすびません」
 「本当にごめんなさいね、アレーレ。なんか加減が分からなくって」
 「だけどファトラさんが女の子を抱きしめる事も忘れてしまうなんて…」
 「誠!私いつもそんな事をしてたんですか?」
 「い、いやいつもと言う訳では…」
 「誠様。なぜはっきりと申し上げないんですか?」
 不思議そうにアレーレが尋ねる。
 誠はアレーレの耳元に口を寄せた。
 「ええかアレーレ。今ファトラさんは何も憶えてへんしその上情緒不安定や」
 「ええそうですね」
 「そんな時に実はあなたは同性愛者でいつも美少女を追い掛け回し、夜は遅くまで酒を呑んで翌日は昼過ぎまで誰かとベッドの中や、なんていうてみぃ、どうなると思う」
 「はあ、だけど誠様。誠様はファトラ様の事をそう思っていらしたんですか?」
 「い、いやそんなことないで、そんなこと。うん、ファトラさんは僕の友人やしよく世話になってるやないか」
 と必死に取り繕うが誠の引きつった顔を見て半分以上はそう思っていたに違いないとアレーレは思った。


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