6. 追想の世界へ!
菜々美が出て行った後アレーレが尋ねる。
「これからどうします?」
「う〜ん、可能性は低いかもしれんけど他を回ってみよか。もしかしたら何か分かるかもしれんし」
「そうですね。それしかありませんね」
二人とも菜々美が『私が治して見せる』と宣言した事は考えないようにしていた。
部屋を出て歩き出す三人。
「だけどなんか忘れているような…」
「あれ誠様もですか? 実は私もそうなんです」
「あのう…」
誠とアレーレは一瞬ギョッとして顔を見合わせた。
「ちょっと待ってや」
ゆっくり深呼吸する誠とアレーレ。
「ええかアレーレ」
「大丈夫です誠様」
「よっしゃ。じゃあファトラさんお願いします」
「はあ、そのう忘れ物ってさっきの猫ちゃんじゃないですかぁ」
「あっ!」
「そうやウーラや!」
急いで部屋に戻ると片足を前へ踏み出そうとしたまま固まっているウーラがいた。
「ウーラ、ウーラ。大丈夫か。しっかりせいや」
「ウーラ生きてる?」
「アレーレ怖いこと言わんといてや。ウーラ動けんのか?」
ウーラはぎいっと首を誠の方に回す。
「まこと…」
「そうや」
「まこと、まことぉ、ファトラがファトラがぁ」
誠に飛びつくウーラ。
「よしよし大丈夫やウーラ。大丈夫やで」
「ウーラ、ちゃんと言うんですかこの猫ちゃん」
「ヒッ!」
再び硬直するウーラ。
「ほらウーラちゃん。こっちにいらっしゃい」
「ヴゥ」
「どうしたの?ウーラちゃん?」
「ヴィミュアァァァァ…」
「ウ、ウーラ」
誠の手を跳ね除けて駆け出していく。
「ウーラ危ない!」
アレーレの警告空しく壁に激突するウーラ。
頭を一瞬抱えるがすぐに体勢を整え凄い勢いで部屋を飛び出していった。
「あーいっちゃいましたね」
「ウーラ、よっぽど怖かったんやなー」
「そうですね。いつもと正反対の事をされるとああなっちゃうんですねぇ」
しみじみ言う二人である。
「どうしたんですか? ウーラちゃん? 壁に頭ぶつけたようですが大丈夫でしょうか」
「あ、ああ大丈夫やと思うけど」
「それならいいんですが…」
「と、とにかく先を急ぎましょう」
「はい」
幼い頃ファトラが遊んでいたであろう中庭や庭園を回るが何も思い浮かばないようだ。
「ファトラ様は幼い頃はウーラとよく中庭で遊んでいたと聞いていたんですけどねぇ」
「まあそうなんですか」
「そうなんですかってファトラさん、自分の事やで」
「はあすいません」
「ま、ええわ。でアレーレ、ファトラさんウーラと何して遊んでたか聞いた事ある?」
「ええ確かボール遊びと聞いてますけど」
「ボール? ウーラとか?」
「はい」
「その頃のウーラはまだ子猫やろ。何やってたんやろう?」
「えーとぉ、キャッチボールとかじゃないんですかぁ」
「あ、あのファトラさん」
「なんでしょう」
「ウーラは猫やからボールを掴む、というか捕らえる事はできても投げる事はできんと思うんやけど」
「そうなんですかぁ。不便ですねぇ」
思いっきり脱力した誠達ではあったがルーンの事を思いなんとか踏みとどまった。
もう夕方である。
太陽も半分沈んでいる。
「綺麗な夕日ですねぇ」
「…」
いつものアレーレならここでファトラを賛美する言葉が出る所だがとてもそう言う気分にはなれない。
代わりに出たのは
「誠様ぁどうしますこれから。もう日は沈んじゃうしあちこち歩き回って疲れちゃいましたぁ」
「そうやな…」
実際には体力的にはなく精神的にダメージを受けた感じである。
「誠、疲れたの?」
ファトラは元気だ。
「ええ少しですけど」
「私お腹も空いてきましたぁ」
「じゃあ誠どこかへご飯食べに行こうよ。ほら菜々美さんもおいでって言ってたじゃない」
ファトラの言葉には疲れなぞ微塵もない。
「ファトラさん、さっきも言うたように今日は外に出たくないんや」
「そうですね、今日は止めときましょうよファトラ様」
アレーレも同意する。
「そう…、じゃどこで食べる?」
「どこって言われても取り敢えずルーン王女の所へ戻るのが一番やな」
「そうですね。ご報告もしないと行けないし」
「それが一番難儀やな」
「がんばってね誠」
「ははは、おおきにファトラさん」
ルーンの執務室にやっとの思いで辿り着いた三人。
もっともファトラだけは元気だ。
誠は先ほど菜々美に言われた事が気にはなったがファトラは誠の手を握ったまま離さないのでどうしようもない。
扉の前へ行くとすぐに開かれ中へ入る。
ファトラを見たルーンはすぐに仕事を中断し傍へ行く。
「いかがですかファトラ」
「ええ良い気分です。ルーンお姉様」
「そうですか…」
「すんません王女様。色々回ってみたんですが結局駄目でした」
「ううん、誠は悪くないよ。思い出せない私が悪いんだから。ねえそうでしょうお姉様」
ゆっくりと溜息をついてからルーンは告げる。
「いいえ、ファトラ。誰が悪いのでもありません。誠様とアレーレは一生懸命やってくれました。あなたが何も思い出せないからと言って誰に責任がある訳ではないのですよファトラ」
優しく話すルーンだが今回の原因と責任はファトラ自身にある事は間違いなかった。
「そうですよね。誠よかったね。誰も悪くないってよ」
「誠様ぁ」
「分かっとる。そやけどどうしたらいいんや…」
眉間にしわ寄せ考え込む三人。
そこへロンズがやってきた。
「ルーン殿下この書類にご署名を…、おおファトラ様お加減はいかがですか」
「あ、ロンズさん。ええっとちょっとお腹空いたけど気分良いです」
「左様でございますか…」
ロンズは午後見たときよりやつれて見える。
”ロンズさん疲れとるみたいやなぁ、いや当たり前かただでさえ仕事大変やしなぁ…、あ、そうや”
「あのうロンズさん、菜々美ちゃんそちらヘ行きました?」
「菜々美殿? ええ見えられましたが」
「え〜とそれで、菜々美ちゃん食事代がどうとか言うてませんでした」
ふうとロンズは嘆息し片手を出す。
「50、のはずはないですね。って500ロシュタルですか?!」
「うむ」
「じゃあロンズ様治療費って一体…」
黙って指を一本立てる。
「「1000ロシュタル」」
二人がはもるがロンズは首を振り
「いえ一万ロシュタルでござる」
「一万…」
「ロシュタル…」
思わず絶句する二人、だがロンズは続ける。
「それでファトラ様が戻るのなら安いものです」
「それはそうかもしれませんが…それにしても一万ロシュタル…。菜々美ちゃんちょっとぼり過ぎやで」
「そうなんですか」
はぁ、とルーンも嘆息して言う。
「誠様、費用は幾ら掛かっても構いません。なにとぞよろしくお願いします」
「ええ、全力で」
「私もお手伝い致しますわ」
「誠、がんばろうね」
今したばかりの決意が鈍る誠とアレーレだった。
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