7. 放心の世界へ!

 「どうですか、味の方は?」
 「ええ、とても美味しいです」
 夕食はルーン、ファトラ、誠にアレーレの四人だけで取ることになった。
 本来ならアレーレは侍女なのでルーンと一緒に食事を取る事はないのだが、今回は労いの意味も含め一緒に取っていた。
 普通なら感激ものであるがさすがのアレーレも元気がなかった。
 「それで誠様明日はどうされますか?」
 「そうですね。ファトラさんの状態にもよりますが今日くらい元気だったら街へ出てみようかと思います」
 「大丈夫だよ誠。私いつも元気だから。明日は菜々美さんの所でお昼を食べるんでしょ? 楽しみだなあ」
 「他にはなにかありませんか? 誠様」
 「とにかくどんな些細な事でも良いので記憶を呼び覚ますような事ならなんでも」
 「ねえねえ菜々美さんどんな料理を作ってくれるかなぁ。どれくらい美味しいかな。どう思う誠?」
 ファトラはとことんマイペースであった。
 もっともこの点だけが記憶をなくす前と同じと言えば同じであった。



 その後ストレルバウ博士とロンズを交え改めて報告と今後の方針を話し合った。
 ストレルバウの方も収穫なしと言うことだった。
 「文献が多いですからな。明日もまた続けて探そうと思います」
 「博士、必要なものがあればお願い致します。すぐに取り揃えます故」
 「有難う侍従長。誠君も大変かと思うが宜しく頼むぞ」
 「はあ…」
 「なんじゃ誠君その返事は。若者らしくもっとしゃんと答えなさい、しゃんと」
 「すんません。ちょっと疲れているものですから」
 「誠大丈夫?」
 ファトラは心配そうに誠を見つめる。
 「大丈夫やファトラさん。一晩ゆっくり眠れば明日は元気になるわ」
 「そうですね。では今日はここまでにして休むことにしましょう」
 「御意。では私は下がらせていただきます」
 「私もこれで。姫様今日はゆっくり休まないとなりませんぞ」
 「分かっていますよストレルバウ」
 「ルーン様お休みなさい」
 「ええお休みなさい。誠様」
 「じゃあファトラさん明日。アレーレお休み」
 「誠様今日はお疲れ様でした。さあファトラ様もお休みに…、ファトラ様どちらへ」
 例の如くファトラは誠の後について部屋を出ようとしていた。
 アレーレの言葉に立ち止まり振り向く誠のすぐ目の前にファトラが立っている。
 予想できたが念のために訊いて見る。
 「あのうファトラさんどこへ行くんですか?」
 「誠は?」
 想像は確信に変わりつつある。
 「僕はこれから自分の部屋に戻って眠るんやけど」
 「私もそうだよ」
 部屋を出る寸前だったロンズの足が止まる。
 「あのうファトラさん。自分の部屋と言うのは…」
 「誠の部屋でしょ?」
 なんで訊くの、という感じだ。
 ロンズがゆっくり振り向く。
 「誠殿…」
 振り向いた誠はロンズの目が据わっているように思えた。
 「ロ、ロンズさん。誤解したらあかんで。僕は何もしとらんから」
 菜々美に首を絞められた事を思いだし慌てて答える。
 音もなくよってくるロンズ。
 「左様で…」
 殺気が滲み出ている。
 「ほんまや! ほんまやてロンズさん」
 ロンズはどこから出しのかいつのまにか剣を手にしていた。
 「その御言葉。信じて宜しいのですな」
 かくかくと首を縦に振る誠。
 「わあ面白い誠。なんか鳥みたい」
 ファトラ一人喜んでいる。
 「ファトラ、今夜は私と休みませんか」
 「そうですよ、ファトラさん。ルーン王女と一緒の方が…」
 「誠、私の事嫌いなの?」
 目に涙が浮かんでいる。
 「いやそんな事ないで、そやけどね」
 「じゃあ好き?」
 「だからそんな事を言って…」
 「どっちなの誠?」
 また涙が浮かぶ。
 「はぁ、ファトラさん、好きですよ。ですけどねファトラさん」
 「嬉しい!」
 ファトラはいきなり誠を抱きしめた。
 「ファトラさん、ちょっと、ファトラ…」
 不意に誠は殺気を感じた。それも二箇所からだ。
 「ま・こ・と・さ・ま」
 一人はアレーレだ。
 もう一人は振り向かなくても分かる。が誠は頬に冷たいものを感じていた。
 「あ、あのロンズさん?」
 「誠殿もう一度お答え願えますかな」
 「誠様はイフリータお姉様一筋じゃなかったんですか!」
 「そやから僕は何も」
 「納得できかねますな」
 「そうです誠様。そこまでファトラ様を虜にするなんてどんな手を使ったんですか!」
 絶体絶命のピンチであった。
 先ほどは切れる事により回避できた。だが今回は…。
 頬に当っているのはロンズの刀である。
 ロンズのことだから手入れを欠かした事はないだろう。
 下手に動こうものなら切れるのは誠自身だ。
 八方塞の誠に手を差し伸べたのはルーンである。
 「刀を引きなさいロンズ」
 「し、しかし」
 「早く。アレーレも誠様を責めるのはお止めなさい」
 「分かりました」
 不満そうではあったがロンズは刀を鞘へ納める。
 「ふう、助かりました王女様」
 「大丈夫ですか誠様。所でファトラですが」
 「僕何もしてませんよ。ほんまに」
 「誰もそのような事は言っておりませんよ」
 ルーンは静かに笑う。
 「ファトラ。ファトラは誠様から離れたくないのですか?」
 ファトラは誠から離れルーンの方を向き答えた。
 「はい!」
 明るくて元気な返事だ。
 「そうですか…。誠様」
 「はい、なんでしょうか」
 「お願いがあるのですが」
 「あ、あの僕明日も早いし」
 「いえ大した事ではないのです」
 「ですが僕、今日ちょっと疲れていますし…」
 「じゃあ誠。よく眠れるように私が歌を歌って上げるよ」
 「だそうです。誠様」
 「だそうですって、王女様。ちょっとそれは」
 「いいですかファトラ。誠様の言う事をよく聞くのですよ」
 「はい、ルーンお姉様」
 「「「ちょっと待って下さい」」」
 「わあ、三人綺麗にはもったね」
 「そうですねファトラ」
 やはり姉妹だ。
 ロンズが一歩前へ出る。
 「お待ちを殿下。仮にもファトラ様は殿下の妹君、このロシュタリア王家の第二王女でございます」
 続いてアレーレ。
 「そうですよ王女様。第一ファトラ様が元に戻られた時なんと言うおつもりですか」
 そして誠。
 「それにそんな事が知れたら僕、殺されてしまうやないですか」
 なんか誠の言葉が一番情けない。
 ルーンはにっこり笑う。
 「誠様。私は誠様を信じております」
 「と言いますと殿下は絶対に…」
 「いえそうではありませんよロンズ」
 「は?」
 「誠様は万一の時にはちゃんと責任を取って下さる方だと申しているのです」
 疲れていた三人には最大級のボディーブローであった。
 「はっはっは、誠君。わしも君の異能力が遺伝するものかどうか興味がある。がんばってくれ給え」
 それまで黙っていたストレルバウが怖い事を言って出ていった。
 「では誠様ファトラをよろしくお願いしますね。ほらファトラ、ちゃんとご挨拶しなさい」
 「はい、ルーンお姉様。誠、よろしくね。私がんばるから」
 意味が分かって言っているのであればこれほど怖い挨拶はない。
 「じゃあ誠行こ。お姉様お休みなさい」
 ファトラに引っ張られ呆けたように誠は部屋を出て行く。
 気付いたアレーレが慌てて後を追った。
 それを眺めていたロンズだったがはっと我に返る。
 「で、殿下!」
 「良いではありませんかロンズ」
 「し、しかし」
 「ファトラの相手として誠様は相応しくないと思いますかロンズ?」
 「いえ、確かに誠殿は貴族でも王族でもござらんが先の大戦の英雄。このエルハザードの救世主です。御身分としては申し分ございません」
 「ならば良いではないですか。ファトラがあんなに慕っているのです。姉としてはできる限り応援するしかありません」
 「しかしそのようなことになりましたら後々大変なことに」
 「その時はよろしくお願いしますねロンズ。ではお休みなさい。明日も大変ですからよく休むのですよ」
 しかし後半の言葉はロンズの耳に届いていなかった。
 「あ、あのお二人を、あのエルハザード最強の破壊魔とエルハザード最強の守銭奴を同時に相手にせよと…」
 ロンズの言葉は半分間違っていた。
 菜々美はエルハザード最強ではなく宇宙最強の守銭奴である。
 夜半に見廻りが発見した時ロンズは立ち尽くしたまま意味不明の事を呟いていたという。


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