８．　同衾の世界へ！

　我に戻った誠ではあるがファトラに手を引かれるままどうしたら良いのか見当つかなかった。
　「ファトラ様！　誠様！」
　追い付いたアレーレが声をかける。
　「なあにアレーレ」
　「あ、あのファトラ様。誠様のお部屋に行くとおっしゃていましたが場所はご存知なのですか？」
　ファトラは小首を傾げる。
　「そういえばどこでしょう。誠知ってる？」
　大きく溜息をつく誠とアレーレ。
　「あ、あのファトラさん、僕のベッドは小さいんや。二人で寝るには無理があると思うんやけど」
　「私構いませんよ」
　僕が構うんや！　と大声を出したくなるのを必死で堪える誠。
　アレーレも必死だ。
　「ファトラ様。ベッドが狭いと落っこちるかもしれません。危ないですからお止めになった方が」
　んー、とファトラは指を額に当て考える仕草をする。
　諦める気がないのは確かだ。
　誠とアレーレはファトラの言葉を待った。勿論十分に深呼吸をしてである。
　「それじゃ私の部屋ヘ行きましょう。あそこは広くてちょっと怖いけど誠が一緒なら怖くないわ」
　困った。ファトラのベッドは大きい。二人所か五人でも平気だろう。
　大きい？　そうや！　誠はアレーレに目配せしてから話し始める。
　「そうですね、ファトラさんのベッドやったら凄く広いし数人寝ても大丈夫や」
　アレーレは誠の言わんとしている事を理解した。
　「でしたら私もご一緒して良いでしょうか？　誠様」
　ファトラではなく誠に尋ねる。
　「うん僕は構わんよ。ねえファトラさん」
　「誠がいいのなら私もいいよ」
　邪気がない。
　「それじゃあファトラさんの部屋ヘ行きましょう」


　誠の狙いは広いベッドを活用することであった。
　自分は端の方に寝てアレーレにファトラを引き止めて貰えば何とかなると思ったのである。
　「さあファトラ様寝間着に着替えましょう」
　「うん誠も一緒に着替えよ」
　「えっ、いや僕はこのままでええよ。僕、寝間着を着る習慣がないんや」
　誠は今夜は絶対に服を脱がないと決めていた。
　「そう、じゃあ私着替えるから手伝ってね」
　「「駄目です！」」
　「わあ、またはもった」
　変な事に感心するファトラ。
　「僕は男やで！」
　「そうです、ファトラ様の珠の肌を男性に見せる訳には行きません！」
　「そういうものなの？」
　「「そうです！」」
　「よくはもれるねぇ」
　「だあぁ、そんな事はどうでもいいです。誠様向こうを向いてて下さい。ちょっとでも見たら菜々美お姉様に言いつけますよ」
　誠にとって死刑の判決に等しい。
　「も、勿論やアレーレ。絶対に振り向かんから安心してや」
　冷や汗を流しながら答える誠。
　「変な誠」
　「ささ誠様はほっといていいですから着替えましょう」


　ファトラのベッドなら何とかなると思っていた誠とアレーレだったが考えが甘かった。
　ファトラは誠の手を放さなかったのである。
　アレーレを防波堤にするつもりだったが早くも決壊寸前だ。
　「どうしようかアレーレ？」
　小声で尋ねる誠。
　「どうするって…そうですね、仕方ないので取り敢えず一緒に横になって下さい」
　「ちょっとアレーレそれは」
　「待って下さい。いいですか誠様。ファトラ様が寝るまで絶対に起きていて下さい」
　「あ、なるほどファトラさんが寝たら」
　「そうです。その後ご自分のお部屋へ戻って下さい」
　「で、明日の朝ファトラさんが起き出す前に戻ればええんやね」
　「ええ。ですが誠様。寝入ったファトラ様に変な事をしちゃ駄目ですよ。私が隣で見ているんですから」
　「当たり前や。そんな後恐ろしい事出来る訳ないやろ」
　「どうだか。ファトラ様と腕を組んでいる時まんざらでもないお顔でしたよ」
　「それは誤解やアレーレ」
　「まあいいでしょう。いいですね、ファトラ様が寝るまで起きている事、変な事はしない。この二つは守ってくださいね」
　「分かったでアレーレ」
　「では」
　アレーレはファトラの方を向く。
　「分かりましたファトラ様。真中に寝てください。私が右側に、誠様が左側に寝ますので」
　「うん。誠、一緒にいい夢見ようね」
　怖いセリフだ。誠は真意を図り切れず即答できない。
　「と、とにかく早く寝ましょうファトラさん。明日はまた大変ですから」
　「そんなにあせらないで誠。夜は長いのよ」
　「誠様」
　「分かってる。分かってるってアレーレ」
　「私冗談は嫌いですよ誠様」
　頷く誠。


　今度こそ完璧な計画を立てたはずだったがあっさりと崩壊した。
　まずアレーレがやはり疲れていたのであろう横になるやすぐに寝てしまった。
　「寝付きがいいんだねアレーレ」
　「そうやな、ははは」
　アレーレ，話が違うやないか、心の奥底で叫ぶ誠。しかしその言葉は誰にも届かない。
　もはや二人っきりと言っていい状態だ。誠はルーンの言葉を思い出す。
　「誠様は責任を取って下さると信じています」
　思わず逃げ出したくなる。が、誠の腕はファトラがしっかり握っていた。
　「ファ、ファトラさん」
　「なあに誠？」
　「そないに腕を掴まれたら僕寝にくいんやが…」
　「ごめんなさい。だけど暫くこのままにしていい。こうしていると落ちつくの」
　誠はファトラが記憶喪失である事を改めて思い出した。
　”そうや今ファトラさんは普通やない。表面は明るかったけど凄く不安な思いをしてたかもしれんのや。今僕にできる事は少しでもファトラさんの不安を和らげる事くらいやな”
　”僕は僕ができる事を”と思ったのであるが後で思いっきり後悔することになる。
　「いいよファトラさん。僕にできることやったらなんでも」
　「本当？」
　「うん…」
　一瞬いやな予感がしたが遅かった。
　次の瞬間誠はファトラに抱きしめられていた。
　「ファ、ファトラさん」
　何度このセリフを言ったかななどと間抜けな事を考える。
　「有難う誠。これでゆっくり眠れると思うよ」
　「さ、さよか」
　「お休み誠」
　当然誠は寝る所ではない。
　数分後ファトラは寝息を立て出したが抜け出そうにもファトラがしがみついている。
　何度かファトラの腕を外そうと試みたがその度にファトラの呼吸が不規則になり目を覚ましそうな感じがする。
　結局誠は朝まで殆ど眠ることができなかった。
　救いはファトラが目を覚ました時アレーレはまだ熟睡していた事くらいであった。


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