9. 困憊の世界へ!

 「おはようございます。ルーンお姉様」
 「おはようファトラ。良く眠れましたか」
 「ええ、誠のお陰で朝までぐっすりです」
 「そうそれは良かったわねぇ」
 一見普通の姉妹の挨拶だが当然の事ながら違和感ばりばりである。
 ともあれルーンはファトラが目を覚ました事をまずは良しとしていた。
 後は時間が解決してくれるだろう、焦る事はない、そう思うようになっていた。
 が、そう思っていないのが三名ほどいた。
 「おはようございます。ルーン王女」
 「まあどうしたんですか誠様目の下に隅ができていますよ」
 「ええ中々寝付けなかったもんやから」
 それだけではない。朝遅れて目を覚ましたアレーレから散々責められていた。


 「誠様その目の下の隅はなんですか」
 「いやよう眠れんかったからな」
 「ほーなぜでしょう」
 「えっ、いや色々考え事をしてたらな」
 「ファトラ様」
 「なあにアレーレ」
 「今朝誠様はどこにいらっしゃいましたか」
 誠は逃げたかったが例の如くファトラが腕を掴んでいてどうしようもない。
 また今のファトラに目配せとかしても100%無駄に終わるだろう。
 どうやってアレーレを納得させるか、難しい命題であった。
 「勿論私の隣よ」
 「お隣と申しますと?」
 「あのねぇ、昨夜はね、誠が抱きしめてくれたの。お陰で恐い夢も見ずに眠れたわ」
 にっこり答えるファトラ。だが誠にとっては最悪だ。
 「誠様」
 「な、なんやアレーレ」
 発しているオーラが恐い。
 「何かおっしゃっておきたい事はございますか?」
 にっこり笑っているが目は殺気立っている。
 「い、いや、あのねえアレーレ…」
 「遺言として承りますのでよくお考え下さい」
 「ア、アレーレ。僕は何もしとらん。それに抱き付いたんはファトラさんや。僕やない」
 「同じ事です、誠様。往生際が悪いですね」
 「アレーレほんまやて、それに僕は服をずっと着てたんや、それに」
 「誠様、服を着ていても出来る事はありますよ」
 「だ、だから何もなかったんや。ね、ファトラさんも言うて下さい。寝てただけでしょ」
 「んーとね。私寝ていたから分からないけど」
 「うんうん」
 「その間なぜかとても幸せだったわ。きっと誠のお陰ね」
 「ファトラさーん」
 絶叫する誠。
 「誠様、今までのご親切は決して忘れません」
 そう思うならその目はやめてや、と思うが声に出ない。
 「菜々美お姉様とシェーラ・シェーラお姉様はファトラ様と私が責任持ってお世話させて戴きますから安心して旅立って下さい」
 完全に目が据わっている。
 誠はイフリータの事を思った。
 ”ごめんイフリータ。迎えに行く事できへんかもしれん”
 「ねえねえ誠、どこかへ遊びに行くの? だったら私も連れてってくれるよね」
 場違いなトーンで場違いな発言をするファトラ。
 「ファトラ様、誠様は一人で行かれるのです」
 「えっ! いやだよ誠、私も連れてってよ。お願い」
 ファトラは誠にすがり付いて泣きそうな顔をしている。
 誠はファトラの顔を見て思わずにっこり笑った。
 「大丈夫やファトラさん。僕はどこにも行かんから」
 「本当?」
 「ほんまや。今の君を置いてはどこへも行けんよ」
 「うん、ありがとう誠」
 またしがみついてくる。
 誠はファトラの髪を優しく撫でながらアレーレに向かう。
 「アレーレ、僕は男やけど今のファトラさんに何かしようとは思わん。ファトラさんはいつものファトラさんやないんやからね。人の弱みに付込むような事僕には出来んわ」
 「誠様…」
 「もしアレーレが」
 「分かりました」
 「へ」
 「今回は誠様の言葉を信じましょう。ですが誠様、次はありませんよ」
 「わ、分かっとるでアレーレ」


 このようなやり取りがあったばかりである。
 誠はかなり敏感になっていた。
 「ですか王女様、寝れなかっただけで他には何もありませんよ」
 先程のような事は二度と御免だった。
 「何もって、何です?」
 知っていて言っているのかそれとも知らないのか。
 どちらにせよ誠は墓穴を掘ったようである。
 「えっ、そ、それは」
 そこへロンズがやってきた。
 彼は朝方までファトラの部屋の入り口で耳を澄ましていた。
 勿論手には愛刀が握られていた。
 何か有れば踏み込んで、と構えていたのである。
 当然目は真っ赤だし誠以上のやつれ方だった。
 「おはようございます。ルーン殿下」
 「あ、ロンズさんおはよう。どうしたの目真っ赤よ」
 「ロンズ、ファトラの言う通りです。どうしたのですか」
 助かった、と誠は思った。
 「いえなんでもございません。ただの寝不足でございます」
 「ロンズもですか」
 「とおっしゃいますと」
 「誠様も寝不足とかおっしゃって、目の下に隅が出来ているのですよ」
 まだピンチは続いていたようである。
 誠とロンズの目が会う。
 ロンズが口を開くより先に誠が叫んだ。
 「ロンズさん、僕は絶対に潔白です!」
 きょとんとするファトラ。
 ルーンはぽんと手を打った。
 「誠様、それって昨晩は何もなかったと言う事ですか」
 「当たり前です! ルーン王女。そないな事できる訳ないやないですか。隣にはアレーレもいましたし」
 「あらそれは残念。アレーレも気が利きませんねぇ」
 「「「王女様!」」」
 「わあ今日もはもってる」
 「本当に」
 のどかな姉妹であった。


 「で、本日はどうされるおつもりですか」
 なんとか誠達が復活したのを確認してからルーンは切り出した。
 「ええ、できれば今日は外へ出てみたいんですけど、ロンズさんええでしょうか?」
 「構いませんがファトラ様の症状、くれぐれも御内密に。また他に悟られないようお願い致しますぞ」
 「分かっています。では今日はちょっと外を回って街並みとか見ようと思うてます」
 「お昼ご飯は菜々美さんの所で食べるんだよね」
 よく覚えている。
 「ええ昼を食べてから城に戻るつもりです」
 「えーっ。もっと遊ぼうよ」
 「ファトラ、誠様の言う事を聞きなさい」
 「はあーい」
 「良い子ですねファトラ」
 「えへへ誉められちゃった」
 確かにルーンがファトラを誉めるなんてここ数年なかった事だ。
 「それからどうされるのですか」
 「実は考えていないんです。多分その頃にはアフラさん達も到着していると思いますよってなんか知恵を拝借しようかと」
 「なるほど。では誠様、私試してみたい事がございますので午後戻られたら私の部屋へ来て頂けますでしょうか」
 「分かりました。じゃあファトラさん出かけようか」
 「気を付けてファトラ。誠様を困らせては行けませんよ」
 「はい。ルーンお姉様行ってまいります」
 元気よく出ていくファトラと足元がはっきりしない誠。その後をアレーレが不安そうに着いていく。
 「大丈夫でしょうか。殿下」
 「大丈夫ですよ。少なくとも今より悪くなる事はありませんから」
 「はあ」
 「それよりも仕事を進めましょう。午後からファトラの相手をしますから」
 「かしこまりました」
 いまいち釈然としないロンズではあったが余り深く考えたくなかった。
 二日続けての貫徹はさすがのロンズも辛かった。


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