13. 反撃の世界へ!
シェーラの行き先は中庭であった。
「シェーラさんここで何するんですか?」
シェーラはにやっと笑う。
「勿論治療よ」
「治療って。ここでですか?」
「おうよ。これくらい広くないとな」
「広く、ですか」
誠の頭には疑問符が並んでいる。
「じゃあファトラ、こっちにきな」
ファトラは不安そうに誠の影に隠れる。
「まことぉ」
誠も何か不安を感じていた。
「シェーラさん」
「なんだよ誠。あたいが信用できないって言うんじゃないだろうな」
「いえ、そう言う訳では、ただファトラさんが怯えているから」
「怯える? ファトラが? このエルハザード一の怖いもの知らずが怯えるって?」
「だからシェーラ、ファトラはんは記憶喪失や言うてますやろ」
アフラはファトラの傍へ行き取り敢えず言う通りにしてくれと頼んでみた。
「シェーラは一応あれでも大神官の端くれどす。そうそう変な事はせえへんと思いますし、ここには誠はんもいはるからちょっとシェーラの方へ行ってもらえまへんやろか」
「誠」
「うん、アフラさんが言うんやったら大丈夫やと思うで。僕ここで見とるから」
「うんなんかあったらすぐに助けに見てね」
歩き出すファトラ。
「誠はん信用されとりますなぁ」
「ちゃかさんで下さい。アフラさん。お陰でぼろぼろなんやから」
「アレーレも機嫌が悪いはずやね」
アフラが誠をおちょくっている間にファトラはシェーラの傍についた。
「いいか。ファトラそこを動くなよ」
「はあ」
「だあぁ。気が抜けるような返事するんじゃねぇ」
アフラが声をかける。
「所でシェーラ何をするつもりでおますか?」
「決まってるだろ。頭打って記憶なくしたんだ。もう一度打てば治るって。いくぜ!」
おりゃっとシェーラはファトラの頭を狙ってローリングソバットを放った。
「シェーラさん!」
次の瞬間、どすっという鈍い音と「ぐぇ」という悲鳴とも喘ぎ声とも分からない声が漏れる。
「はあ見事に決まりしたなぁ」
「なにのんびり言うとんですか。大丈夫ですか。シェーラさーん」
誠は慌てて地面に転がるシェーラの元へ駆け寄る。
傍にはファトラが何があったのかよく分からないという顔をして立っている。
「あかん。白目むいとる」
アフラもやってきた。
「これは見事ですなぁ、腎臓と裏三枚に綺麗に蹴りが入ってますわ。ファトラはん本気やったら死んでますな」
シェーラが飛び上がった瞬間ファトラは前に屈みそのまま倒立するように真上に蹴りを放ったのである。
「大丈夫やろかシェーラさん」
「だから止めとけ言うたんです。このままほっときまひょ。ええ薬やし」
「はあ」
「あのう、私、そのう突然…」
「ええってええって。あんたは何も悪うない。安直にもの考えたシェーラの責任どす。ファトラはんあんたが謝る事はあらしまへん」
「そうなんですか」
さすがにファトラもまずいのではないかと思う。
「それよりも誠はんさっきの続きをお願いします。シェーラのアホのお陰で中断してしもうたからね」
「はあじゃあその辺に座ってから続きを」
ファトラの突っ込みに注意しながら話す誠であった。
「なるほど面白い、いやこれは失礼しましたな、だけどほんまに興味深い事例どすなあ」
「面白い、ですか」
「気ぃ悪うせんでおくれやす。うちは単に学術的な感想を述べただけどすから」
「はあ、それで何かありますか。色々試したんですけど変化ないんです」
「色々どすなぁ。誠はん、さっき菜々美はんの所で食事言わはりましたが」
「ええ、菜々美ちゃんが私の料理を食べれば絶対だって、気合入ってまして」
アフラは溜息をついた。
「誠はん、どうしたんどすか。あんたはんらしゅうない。食事に目をつけたんは正解どす。そやけどファトラはんが食べ馴れておるんは菜々美はんの料理やありまへんえ」
あっと誠は声を上げる。
そうだ、ファトラはずっと城で育ち城で食事をしていたのだ。幼い頃から馴れ親しんだ食事と言えば宮中料理である。
「あっちゃあ、うっかりしてましたわ」
「ルーンはんアレーレにファトラはんの好きなお菓子買いに行かせてはるやろ。ルーンはんの方が考えてますなぁ」
「面目ありませんアフラさん」
誠は頭をかいた。
「ま、よほど疲れてはったんか、大きなショックでもあったんやろね。気にせん方がよろし」
「誠疲れているの、だったら」
「いや大丈夫! 僕は元気や!」
「そう疲れたらいつでも言ってね。また膝…」
「わあああ、そう言えばミーズさんと藤沢先生の姿が見えませんがどうしたんですか?」
慌ててファトラの言葉を遮る誠。
アフラはそっと溜息をつく。
「誠はん、相当酷い目に遭いはったんどすなぁ」
「え、別にそんな訳では」
「ま、今は関係あらしまへんからね。ミーズねえさんと藤沢センセはマルドゥーンどす」
「え、どうして? まさか先生怪我をしたとか」
アフラはゆっくり首を振る。
「違います。昨日突然センセがやってきましてなぁ」
「はい」
「なんやファトラはんが倒れた、記憶をなくしはった言うんですわ」
「ええ」
「それ伝えたら」
「伝えたら?」
「喉乾いたんで水が欲しいと」
「そうでしょうね」
「そしたらミーズねえさん飛んで行きましてな」
「はあ」
「コップを持ってセンセに差し出したんどす」
「あのうアフラさん」
「で、センセ一気に飲みはったんやけど」
「ですからアフラさん」
「所がそれが水やなくお酒だったんどすわ」
やっと結論が出た。
「えっ、ミーズさん先生にお酒出したんですか」
「そうなんどす。当然センセ、力は出ない。でセンセが言うにはロンズはんとの約束でなにかに備えて禁酒せなあかんかったとか」
「ええ、先日ロンズさんに頼まれました」
「で、ねえさんうちらに言うんどす。こうなったらあんた達先にフリスタリカへ行ってセンセの代わりをせい、とこうですわ」
「はあミーズさんらしいですね。ってじゃあ今先生とミーズさん二人きりですか?」
「いえ丁度仕事が溜まってましてなぁ。数人の神官が手伝いにきてるから二人きりという訳ではおへんけど、それがねえさん気に入らへんらしゅうて」
「そうですか…」
全くこっちは大変な思いをしているというのに、と思った誠だが藤沢の責任ではない。
それに問題なのは藤沢の貞操ではなくファトラの記憶だ。
「そういえばファトラさん、さっきどうやってシェーラさんの攻撃をかわしたんですか」
ファトラは小首を傾げ
「んー、わかんない」
代わりにアフラが答える。
「さっきファトラはんが動いたんは恐らく体が覚えとったためやと思います」
「つまり反射的なもんやと」
「そうどす。あの状況では考えて行動なんて無理どすえ」
「なるほど体に染み付いた技が自然に出たいう訳ですね」
ゆっくり頷くアフラ。その時誠はある事が閃いた。
「あのうアフラさん、もしかしてさっきシェーラさんが何をするか見当がついてたんじゃないですか?」
「違います。そんな事あらしまへん」
即答するアフラ。しかし額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「所でファトラはん、言葉も変っとるけどなんや少し幼児化しとる所もありますなあ」
急いで話題をファトラへ戻すアフラ。
誠はやや疑問が残ったがやはりファトラの記憶が第一優先事項である。
「ええそうなんです。ですが全体的やなく一部ですね」
「ややこしい話どすなぁ。さすがファトラはん。病状も捻くれ曲がってはりますなぁ」
「変な事に感心せんで下さい。はようなんとかせんと」
「誠はんの体が持ちまへんか」
「ええそうです、って何言わせるんですかアフラさん」
「まあまあこういう時貧乏クジ引くんは誠はん、あんたのようなお人やからなあ」
そうしみじみ言われると返す言葉もない誠であった。
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