14. 詮索の世界へ!
「それにしても」
アフラは続ける。
「凄い適応力どすなぁ」
「どう言う事ですかアフラさん?」
「今のファトラはんは以前の記憶を殆ど忘れているんどすえ。回りにおった人どころか姉のルーンはんさえも忘れてます」
「ええその通りです」
誠はルーンの寂しそうな表情を思い出す。
「所がファトラはん、自分の置かれとる立場をもう理解しております。ルーンはんの事をねえさんと呼んで本人にしてみればそう問題ない生活、と言うても一日どすが、ですがわずか一日でそこまで適応してはるんですえ」
「なるほどそう言えばそうですね」
「恐らくファトラはんの基本値は凄く高いのやおへんか」
なんの話だ?
「そやからシェーラの言葉やないですけど、今の状態からもう一度教育しなおせば希代の名君になるかもしれませんえ」
「名君ですか」
誠はぴんとこない。
「誠はんはどない思います?」
誠はファトラの顔を見た。無邪気に微笑み返してくる。
”もしファトラさんがこのままだったら…。僕は女装する事もないやろうし、確かに厄介事も減るやろう…。そやけど僕は”
「やだぁ、誠あんまり見つめないで」ファトラは朱に染まった頬に手を当てた。
「アフラさんお願いです! なんとかなりませんでしょうか!」
と、アフラの方を向いて懇願する誠。
しかしアフラは「くっくっく」と笑いながら体を捩っている。
「アフラさん!」
「くっく、すんません誠はん。笑うつもりはなかったんどすがつい」
そう言ってまだ笑っている。
一頻り笑った後アフラは真っ直ぐ誠を見た。
「まあ誠はんがそういうのは解り切っていましたけどな」
「解っていたって」
「ファトラはんを戻す事どす」
「じゃあなんでさっきの質問を」
なんとなく答えは見えていたのだがついきいてしまう。
「それはどすな」
「すんませんやっぱりいいです。それよりもファトラさんをお願いします」
聞かない方が幸せだと言う事もある。
「そうどすか。まあファトラはんを何とかするためうちはここにおるんどすが」
「お願いします。後はアフラさんだけが頼りですから」
「ふふふ、誠はん。たまには言葉だけやのうて態度で感謝の意を示して欲しいもんどすなぁ」
「え、態度って、それは…」
「はははは、誠はん。そんなんやから皆におもちゃにされるんどすえ」
「おもちゃ…」
「全く(見てて)飽きんお人やわ」
さすがの誠もむっとする。
「まあまあそう怒りはらんと。そこが誠はんの良さでもありますさかい」
「そうですか」
誉められている気がしない。
「さて本題に入りまひょ。ファトラはん、これから少し質問したい事がありますさかい、つきおうてもらえますやろか」
「はあ、で何をすればいいんですか」
「うちの質問に答えてくれるだけでよろし。そのまま誠はんの手ぇ握ってても構いまへんで」
「うん」
誠は抗議したかったがアフラが相手では勝ち目がない。
診察も始まったし大人しくしている事にする。
”ほんま食えん人や”そっと呟く誠であった。
アフラのする事を見ていた誠だがどうも芳しくないようだ。珍しく押し黙ったまま考え込んでいる。
声をかけたものかどうか悩んだ誠だが気がつくとファトラは誠に寄り添ったまま眠っている。
結構時間が経っているようだ。
「あのうアフラさん」
顔を上げるアフラ。
「誠はん、この件うちの手には負えんかもしれまへん」
「どうしてです」誠はファトラを起こさないように注意して話した。
「まず原因がはっきりしまへん。頭を強く打った訳やないと思いますし、いきなり水に飛び込んだ訳でもない」
「ですが」
「そうどす。実際に記憶は奇麗さっぱり消えとりますな。とても演技とは思えまへん」
「演技、ですか」
「ええその可能性もゼロやないと思うてきました」
はぁ、と誠は隣のファトラを見て溜め息をつく。
「演技やった方が何倍有り難いか」
「そうどすな」
「もしアフラさんでも駄目やったら…」
「全ての方法を試した訳やおへんからまだ諦めてはおりまへんけどな」
「ええ、お願いします。僕もお手伝いしますよって」
「まあ誠はんは」
「僕は?」
「ファトラはんの子守りが第一やね」
「アフラさん!」
その声でファトラが目を覚ます。
「あれ、私寝てたんだ。あ、誠おはよー」
「ほらほらお姫様が目を覚ましましたえ」
「アフラさんねぇ」
「ファトラはん、お姫様やないどすか」
言われてみれば、いや言われなくてもそうなんだが確かに第二王女という肩書きがある。
誠はがっくりと肩を落とす。
その時アレーレと菜々美がやってきた。
「ファトラ様、ただ今戻りました」
「お帰りアレーレ。菜々美さんも来たんだ。さっきは美味しかったよ。またご馳走してね」
「ええお代さえちゃんと頂けたらね。で、アフラさんどう? 元に戻りそう?」
「アフラお姉様大丈夫ですよね」
二人とも期待の眼差しでアフラを見る。
ふう、とアフラは息をつき
「すいまへんなあ。まだ見通しは立ってませんのや」
「え、アフラさんでも駄目なの」
「アフラお姉様、私の全てを差し上げますからファトラ様を」
「馬鹿言わんといて。うちはそんなもん要りまへん 」
「そんな私の体だけじゃぁ駄目なんですか」
「だからあほな事は言わんゆうてますやろ」
「落ち着いてアフラさん。それよりも今後の事を」
「そうでおました。うちとした事がつい熱うなって。そうどすな。取り敢えず王女はんに報告しまひょ」
「あのう」
「なんどす、ファトラはん」
「ちょっと待って下さいアフラさん」
「へ?」
「一度深呼吸して下さい。ええですか?」
「はあ深呼吸どすか?」
「誠様私は大丈夫です。菜々美お姉様は?」
「私もOKよ」
柳眉を寄せるアフラ。
「誠はん,うちをからこうとんですか? やったらうちは」
「いえちゃいます。え〜とこんだけ間が開いたらええでしょ。ファトラさんなんですか?」
「うん、シェーラさんどうするの?」
「あっ、そうや! シェーラさん」
「そう言えばシェーラはどこ?」
「あそこや」
と誠が指差した方向には地面に転がったままのシェーラの姿があった。
「すっかり忘れとったわ」
「そう言えばまだ寝とりましたなぁ」
「シェーラお姉様大変」
駆け寄る誠達。ただしアフラのみ歩いている。
「どうしたの一体?」
「いやちょっとな」
「シェーラお姉様しっかりして下さい。アレーレです。お姉様の愛のしもべアレーレですよぉ」
恐い事を言っている。
「大丈夫どすアレーレ。ちょっと気をうしのうとるだけどすえ」
「ちょっと、ってあのシェーラが気を失うなんて…」
「ま、シェーラも普通の、いやかなり普通とはちごうとりますけど一応はおなごやからね。ほらシェーラ。さっさと起きなはれ」
と言いながらシェーラの頭を小突くアフラ。勿論つま先でだ。
「そんなアフラお姉様それではシェーラお姉様が気の毒です。ここは私にお任せ下さい」
「お任せ、ってアレーレ一体どうするの」
怪訝そうに菜々美が尋ねる。
「勿論、眠ったままのお姫様を目覚めさせるのは王子様のキスです」
宣言するアレーレ。
それを聞いて誠が後ずさる。
「アレーレそれはちょっとな堪忍してや」
「何を言っているんですか。誰も誠様が王子様とはいっていませんよ」
「じゃあ誰どすか?」
「それは。不肖このアレーレが王子役を務めさせて頂きます」
「頂きますってあんたおなごやおへんか」
「いいんです。そういう細かい事は」
「細かい事なの、それ」突っ込む菜々美。
「そうです。ではいきます」だがそれにめげるアレーレではない。
「アフラさん」
「なんどす、誠はん」
「見ててええんですか?」
「何をどすか?」
「何をってアレーレ、シェーラさんにキスしようとしてるんですよ」
「そうみたいどすなぁ」
「そう、って放っておいてええんですか?」
「なんでです? 別にうちがキスされる訳やないし、まあシェーラはどう思うか知りまへんがそれでシェーラが起きれば手間が省けるゆうもんどすえ」
「は、はあ」
「ちょっと誠様。静かにして下さい。これからシェーラお姉様を私の愛の接吻で目覚めさせるのですから」
「シェーラ、迷わず成仏してね」手を合わせる菜々美。
「では」とアレーレが頭を下げた瞬間シェーラが逆に頭を上げた。
ガツン。鈍い音がする。
「いってぇ」「いったぁ」
「わあ誠,凄い音がしたねえ」
「シェーラは石頭どすからな、アレーレ大丈夫どすか?」
「痛いですぅ、アフラお姉様ぁ」
飛びついてくるアレーレをさっとかわしシェーラの方を向く。
「目ぇ覚めましたかシェーラ。馴れん事はよう手を出さんようせんとあきまへんなぁ」
「ちょっとアフラさん。一応シェーラさんも心配してくれたんやし、そないきつい事は」
「甘うおすな誠はん。この女の暴走でどんだけうちが辛い目におうて来たか知りはらへんからそういう事が言えるんどす」
「おうアフラ。黙って聞いてりゃ言いたい放題抜かしやがって。いつあたいがおめぇに世話かけたと言うんでぇ」
威勢はいいが頭を押えながらでは格好つかない。
「シェーラさん大丈夫ですか」
ファトラが寄っていく。
「うん、ファトラ…、あー! さっきはいってぇ」
「ちょっとシェーラさんいきなり大きな声出さないで下さいよ。びっくりするじゃないですか」
「そうじゃねえ、さっきおめえ何をしたんだ?」
「さーなんでしょう?」
「シェーラ、言っても無駄や。ファトラはん体が自然に動いたんどす。説明せえいうても無駄どすえ」
「ふーん体がねえ…。って事は何かアフラ、ファトラは強いって事か」
「そうなりますなぁ。少なくともさっきの動きはただ者やおへん」
「よっし、ファトラ勝負だ。このシェーラ・シェーラ様が相手してやるぜ」
「えーっとダンスのですかぁ。ですけど私女の子同士ではダンスしないと思うんですがぁ」
ぎいぃっとシェーラ、菜々美、そしてアレーレの首がアフラの方を向く。
誠も顔が青い。
「アフラさん」
アフラの白い顔もなんとなくいつもより白く見える。
「ええそうどすな。なんとか元にもどさんとあかんようどすな」
こくこくと皆の首が動く。
「わあ、みんな鳥みたい」
ファトラは相変らず元気だった。
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