EL-HAZARD THE ILLUSIONAL WORLD !! 



 幾千もの時を越え 拓かれる太古の力 意志を抱きし力達
 光と影 相容れぬ存在 憎しみ合う心と心
 光と影が在りし所 人の息遣い有り それは世界
 今 幻影の扉 開かれし時 新たなる出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード 今ここにその扉が開かれる…



幻影の世界 エルハザード

第四夜 幻惑の世界へ



 商人達の声,子供のはしゃぐ声,人々の息遣いがそこにはあった。
 そう、数瞬前までは。
 ヴゥン!
 褐色の肌の少女の姿から中年の男の姿に変わる鬼神が、その場所の上空に立っていた。
 その足下には巨大なクレーターが口開いている。
 真っ黒な巨大な穴,大地すらも焦がす、強力な力だ。
 「さてと」
 「待ちなさい!」 飛び去ろうとする鬼神アブザハールを呼び止める声が一つ。
 「…ふぅん」 彼は振り返り、その声の主を確認する。彼の知らない人間,しかしその人間を操る意志はよく知っている。
 「サーリアか,何の用だ?」 陣内達に見せた陽気さは、その鋭い表情からは微塵も感じさせない。
 「…先にお前を封じておくのだった,失敗したよ」 サーリア/アフラは身構え、言い放つ。
 「一部機能停止に柔軟な行動,お前、人間を吸収したね? あの子供にプロテクトを外されたのか?」
 「さぁね,しかし意志のない機能でしかなかったこの私に、今までなかったものを貰ったことには,あの子に感謝しているよ」 その瞳に明らかに理性を宿して、鬼神は言い放つ。
 「…あの子供を甘く見ていた,か。何が目的,貴方達は!」
 「教えてやる必要はないな,死に行く者に!!」 ゼンマイを構えるアブザハール,再び彼の姿は歪み、少女の姿へと変わる!
 「チッ!」 真空の刃をアブザハール/カーリアに向かって放つサーリア。
 「そんな貧弱な技で勝てると思ったか,サーリア!」
 パシィ,消え去る真空の刃。
 「クッ! やはり無理か!!」 叫ぶサーリアの前に鬼神の姿はない。
 「こっちだ」
 「グゥ!」 背中にゼンマイの一撃を食らうサーリア,そのまま地上へと落ちて行く。
 カーリアは彼女が落ちたクレーターに向かって右手を向け、小さな光を生み…
 消した。
 「今回はロバーツに免じてここまでにしてやる,だが、次回はないぞ」 姿を戻し、アブザハールは来た道を飛び帰って行った。



 「というわけで、都市を一個滅ぼしてきましたぁ!」
 「どぉバカもぉぉん!!」 陣内のアッパーがアブザハールの顎に炸裂!!
 「滅ぼしてしまったら、征服されるものがなくなってしまうではないか!」
 「おお、そう言われてみれば」 ポンと手を叩くアブザハール。そこには先程の鋭さは微塵もない。
 「まぁまぁ,陣内殿,今回のことをダシに同盟軍を脅せば済むことではないか」 ディーバは陣内をなだめる。
 「ふむ、そういう手もあるな。まぁ、今回は許そう。しかし…」 まじまじとアブザハールを見つめる陣内。
 「いやん,そんなに見つめちゃ…ゴフゥ!!」 陣内のコークスクリューパンチがアブザハールの腹を襲う。
 「お前にあれ程までの力があったとはな,正直驚いたぞ」
 「へぇ,ここの遺跡、鬼神カーリアの能力をコピーして使ったまでにすぎませんぜ」 あぐらをかき、彼はのたまう。
 「コピー? イフリータのようなものか。では神の目の能力もコピーできるのか?」 陣内の言葉に、しかし彼は首を横に振る。
 「あっしのコピーできるのは、ほどほどの能力と、もしくは機動中の力だけですわ。神の目ほどになると、機動中でないと無理ですな」
 「では、イフリータの能力は複写できるか?」
 「カーリアができたんで、可能だと思いまっせ。でも、できれば機動中なのが一番ですがね」
 「…ふむ,では機動中のイフリータに会わせてやろう。付いて来い,アブザハール」 陣内は遺跡の外に向かって歩き出した。



 一同はその惨状に沈黙する。
 「城塞都市ミハルドは…外敵よりの侵入を一度も許したことのない,堅固な城壁が街を囲んでいたはず」
 「城壁どころか,家一件すらあらへんで」
 「ネズミ一匹おらんの」
 やがて飛空艇はクレーターの中心部にやってくる。
 「? なんじゃ,あれは…誰か倒れておるぞ!!」 ファトラは焼け焦げて黒くなった大地に人が一人倒れているのを発見した。
 降下する船。
 「!? アフラさん!」 飛び降り、駆け寄る誠。
 「うっ…また、お前か…」 苦しそうにそう呻くと、サーリア/アフラは気を失った。
 「ちょ、ちょっと!」 彼女を抱き上げる誠。その手に何か生暖かいものを感じる。
 彼は自分の右手を見る。
 赤い,明らかにアフラの命が削られている証が誠の手を濡らしていた。
 「ロンズさん,早く担架を!!」 悲痛な誠の声が響いた。



 客室の外で待つ誠,そして何か気に食わぬ顔のファトラ。
 そして客室の扉が開く。中から白衣を来た女性が現れた。
 「どうです,アフラさんの容体は!」 彼女に駆け寄る誠。
 「…それが,何と申し上げたら良いのか…」言葉に詰まる女医。
 「ええい,はっきりと申せ!」 ファトラが活を入れる。
 「はい,アフラ様に…怪我はありません、言い換えると私が診断している間に完治なさいました」 信じられないものを見たかのように彼女は答えた。
 「完治?」 ファトラはその答えに眉をひそめる。
 「…サーリアさんの力か?」 部屋に踏み込む二人。
 ベットに横たわるサーリアは、しかし青い顔で二人を出迎えた。
 「…2度目か,お前に貸しができたのは」 薄い微笑みを生気のないその顔に張り付かせ、サーリアは身を起こす。
 「不本意だが、私はここまでのようだ。あとはお前…誠だったな,お前に任せる」
 「ここまでって…」 額に汗する誠。
 「安心しろ,この女は私が残りの力を全て使って治すよ」 誠の心を読んだのか,軽く微笑み彼女は言う。
 「私の力が尽きたということだ。私の代わりにイフリーナを,いや、今はまずはアブザハールを破壊してくれ。奴は危険すぎる」
 「何で僕がそないなことを…」 アブサハールはともかくイフリーナは破壊したくないと言うのが誠の心情だ。
 「奴等は今のエルハザードを滅ぼしうる力を持っている。特に今のアブザハールは…奴は力のコピーという機能のみの存在だった」 そこまで言って咳き込む。
 「…それが今では意志すら有した無感情な破壊兵器だ。そんな危険なものを放って置けるのか? お前は?」 誠の目を見つめ、彼女は尋ねた。
 「そのアブザハールとやらがこの都市をこんなありさまにしたとでも言うのか?」 横から入ったファトラにサーリアは小さく頷く。
 「あの幻影族の子供が全て裏で糸を引いている…何を考えているのか分からんが、良からぬ事は確かだ」
 「ナハトのことやな,あいつがもう一体の鬼神を目覚めさせたいうんか? それにそれはそうと、あんたは一体どこから幻影族の地下世界に入ったんや?」
 「あの地下はアブザハールが保管されていた研究施設の一つだ。あの子供がアブザハールの主と見て良いだろう」 疲れたように彼女は続ける。
 「お前見ただろう,私が使用していた兵器を。あの破壊力を使用してあいつらのところへ乗り込んだのだ。あの時は聖石ケ丘の地下に位置していたが、もう移動しているはずだ」
 「じゃ、どうやってその位置をつかんだんや?」
 「その為にロシュタリア城でわらわを襲ったのじゃな」 ファトラは呟く。サーリアは否定しない。
 「あの城はかつては我々の国の都市機能を司る中心だった。私の研究も監視・管理していてな,イフリーナとアブザハールにはその位置を割り出すマーカーが付けられているのだが…アブザハールは外されていた。イフリーナもまた、すでに外されていることだろう」 苦い顔でサーリア。
 「そうだったのか,そんな昔からロシュタリア城はあったのか」 ファトラは感心。
 「誠よ,鬼神を…破壊せよ」 命令調にサーリアは誠に視線を変え、言った。 
 「僕はイフリーナの心を覗いてしまった以上、アブザハールはともかくイフリーナを破壊することはできへん!」 きっぱり断る。
 「…」 無言で俯くサーリア。ゆっくりと顔を上げる。
 「まぁ良い,私の力がこうして尽きてしまう以上、どうしようもないことだ。ともかく、あの二体の鬼神と私についての話,別れ際に聞いてはくれないか?」
 誠とファトラは無言で、サーリアの弱々しい言葉に耳を傾けた…



 そこは極寒の地にある研究所,僅か十数名の研究員が各々の研究に勤しんでいた。
 「ロバーツ!」
 「ん?」 20代後半の長い金色の髪を持った女性が、薬品を扱う機具が乱雑に散らかるその部屋に駆けこんでくる。
 彼女のそれに、どこかぼぅっとした,やはり20代後半の男はビーカーと試験管片手に振り返りもせずに返事した。
 「一体どう言うこと?!」 バン,女性は様々なガラス器具の並ぶ実験台を叩く。揺れる器材。
 「どうしたんですぅ,サーリアさん??」 部屋のすみっこで漫画を読んでいた少女がその声を聞きつけて寄ってくる。
 「何がだ?」 対する男は溜め息一つ、手にした薬品を置いて一人怒る彼女に視線を向けた。
 「私達がやっているイフリーナ達のこと,軍事目的に利用するなんて、聞いていないわよ!」
 「ああ、そのことか…」 予測していたのであろう、彼は気のない返事で椅子に座った。そして棒読みをするように続ける。
 「本日12:00を以て、AIユニット『イフリーナ』及び疑似能力習得プログラム『アブザハール』は軍事開発部に接収される,だろ?」 男,ロバーツの言葉に再び机を叩く女性。
 ビクッと身を震わせる少女。それを僅かに視界に入れながら、女性サーリアは続けた。
 「ここの責任者の私よりも先にそれを知っていたってことは…まさか!」 詰め寄るサーリア。
 「ああ、僕は転属だ。とはいっても自分で希望を出したのだけど」
 パシィ!
 乾いた音が響く。
 「貴方…イフリーナを兵器にするつもりなの?!」
 「軍部が興味あるのはアブザハールの方さ。イフリーナは設計図だけで本体はここに封印だ。兵器に感情があってはならないからな」 やはり気がないのか,ぼぅっとしながら彼は答えた。
 「何を考えているの? 貴方は…人を傷つけるのが嫌いな貴方がどうして??」
 「サーリアさん,ロバーツさんは…」 しかし少女,イフリーナの顔の前に右手を出してロバーツは言葉を止めさせる。
 「進むべき道が君とは違った,ということさ」 言い残し、彼は部屋を出て行く。
 「ロバーツ!」 追い掛けようとするサーリア,しかしその行く手を少女が止める。
 「イフリーナ,邪魔しないで頂戴!」
 「サーリアさん,ロバーツさんの気持ち、分かってあげて下さい」 寂しさしか映っていない瞳で言うイフリーナ。
 「気持ちってどういうこと!? 貴方分かってるの? 無理矢理封印されてしまうのよ!」 サーリアは言って、イフリーナの肩を抱ぅ。
 しかし彼女は小さく頷くのみ。
 「ロバーツは…あんな人じゃなかった,だから私はあの人を…」 椅子に座り、大きく息を吐くサーリア。
 「ロバーツさんは、守りたいんです。始まろうとしている戦いから皆を。私や研究所員の皆を、何よりサーリアさんを」 小さく鬼神は呟いた。
 「戦いから…守るですって?」
 「私もいつの日か、ロバーツさんとサーリアさんと、そして皆と一緒に暮らせる日を待っています」 めいっぱいの微笑み。
 「イフリーナ?」 サーリアは悲しみを隠した微笑みに、まだ答えることはできなかった。



 その後、私はイフリーナをこの研究所に封印し、私自身の人格をガーディアンとしてこの地を守護させた,イフリーナの言うようにいつの日か皆が揃って、そして笑えるように。



 「だから言うてロバーツさんは兵器開発に加わったというんですか?! 結局人殺しの道具を作ったにすぎない…」 そこまで言って、誠は言葉を止める。
 「アブザハールとイフリーナを基礎に手がけた兵器っていうのは…イフリータですね」 頷くサーリア。
 「もう、どうでも良い話だわ。今ので大切なのは、アブザハールは純粋に相手の力を真似る機能にすぎないということ。感情も人格もない,あるのは相手から奪った知識、記憶、そして力…」
 「鬼神とは違ったモノってことやな…それは分かったけど、イフリーナをどうしてそんなに壊したがるんや? あんたは」
 「ロバーツと私の娘のようなものだから,力として利用されるくらいなら壊してしまったほうが良いのよ」 目を細めて、彼女は呟く。
 「そんな…僕がナハトからイフリーナを助け出してみせるさかい」
 「そう,それも良いでしょう。もう、私には力はない」 目を閉じるサーリア。そして誠の手を握る。
 「私はもう消える,アブザハールを破壊し…イフリーナを,頼む。お前はロバーツに似ているような気がするな…」 最後はまるで囁くような小さな声で、サーリアから力が抜けた。
 「サーリアさん!」 サーリアを揺り起こす誠。
 「ううん…ふぁ〜あ、よく寝たような気が,あら、誠はん? それにファトラはんも?」 首をコキコキ鳴らしながら、アフラは身を起こした。
 「アフラ…さん?」
 「…誠はん,どうしてウチの手を握っとるの?」
 「へ? あ、これは」 慌てて手を放す誠。
 アフラはしかし、鋭い目つきになる。
 「誠はん,何か…起こり起こったんどすね?」 起こした原因を良く知っているはずの意識は、すでに彼女の中から喪失していた。



 陣内がアブザハールの背に乗って飛ぶこと2時間余り…
 到着した先,二人の目の前には岩山があった。
 「さぁ、突っ込め,アブザハール!」
 「…はぁ?」
 ポゲ,頭をひっぱたく。
 「あの岩山は幻影だ。あの奥にはイフリータと、先エルハザードの遺跡があるのだ!」
 「ほんまでっか?」
 「つべこべ言わずに行かんか!」
 「へいへい…」 アブザハールはヤケクソ気味に岩壁に向かって突っ込んだ!
 ヴン!
 「! …あれれ? 本当だ」 来るべき衝撃がなく、目を開けるアブザハール。そして彼らは地面に降り立った。
 「そろそろだな,おう、来たぞ,あれだ」 陣内は迫り来る彼女を指さす。侵入者排除にやってきたイフリータは二人の前に降り立つ。
 そして陣内の顔をまじまじと見つめ…
 「またお前か,何の用だ?!」 ゼンマイを突きつける。
 「いや、用があるのは俺の方だよ,姉さん」 アブザハールの姿が歪む。そして一人の少女になった。
 イフリータにとっては忘れられない、最愛の人を奪った鬼神の姿に。
 「カーリア!!」 ゼンマイを一閃,しかし空を切る。
 「!」 背に回り込んだアブザハールは、イフリータの背に触れ…
 イフリータに電撃が走る! その一撃で倒れるイフリータ。
 「さ、完了しました,それと…ここには良いものありますよ」
 「良いもの?」 怪訝な顔の陣内。
 「そ、良いもの。もっとも、それが目的の一つでもあるんですがね」 後の言葉は陣内に聞こえないように、彼は呟いた。


 「かなり奥まで来たな」 おそらく地上から50mは降りたであろう,遺跡の最深部と思われるところまでやってきた。
 そしてそこには両開きの扉に閉ざされた一つの部屋があった。
 カーリアの姿をしたままのアブザハールは扉に触れる。音もなく暗黒への扉は開かれた。
 「何も見えんぞ」
 「今明かりを点けますよ」 アブザハールは暗闇の中、目の前に広がるコンソールパネルを叩いた。
 灯る明かり,ランプの点灯,そして重たい衝撃音。
 「さて、いきます」
 「?? 何の事だ?」
 「空中戦艦ラピュタ,発進!!」
 ゴゴゴゴゴゴ…
 「うおぉぉぉぉぉぉ?? な、何じゃこれは!!」 暗かった窓の向こう側が青い,空の青さだ。
 「言ったでしょう? 空中戦艦ですよ,これを使えばエルハザード征服も夢じゃないっすよ」
 「…何かうまく行き過ぎているような,ま、良いか。よし、アブザハール,帝国まで舵を取れ!」
 「は〜い,おもかじいっぱ〜い!」 いつの間にあったのか,アブザハールは部屋の真ん中にある舵を廻した。



 「いけない…」 イフリータは身を起こそうとする,しかし動かない。
 頭上には全長200mはあろうかという巨大な戦艦が飛び去ろうとしている。
 「伝えなくては…あの者達に」渾身の力を込めて、彼女はゼンマイを杖に立ち上がった…



 ゴォォォォ…
 ホバーの上を巨大な影が通り抜ける。
 「…何、今の」
 「さぁ…」 茫然去り行く巨大戦艦を見送りながら、菜々美とシェーラは見送った。
 「一体何だ? 今のは!!」
 「イフリータのいる遺跡の方向から来たみたいね,アレーレ、ここから彼女のいる所までの距離は?」 ミーズはホバーの運転手にそう尋ねる。
 「ええと、ここから一時間もかかりません,寄ります?」
 「ええ,お願いね」



 「止めて,アレーレ!」 菜々美の叫びに近い言葉に、アレーレは急ブレーキを掛けた。
 船影を発見してから40分余り,菜々美は荒野にそれを発見した。
 「一体何でぇ!」
 「あそこに人が倒れてる!」 菜々美は通り過ぎた後ろを指差す。
 ホバーを降り、駆け寄る藤沢。
 「こりゃぁ…本格的にまずいな」 その人物を抱き上げ、藤沢はこれから起こり得るであろう危機を感じずには得なかった。



 「イフリーナ,水原誠を…消して来い」
 「はい…」
 “…”
 去っていくイフリーナを彼女は無言で物陰から眺める。
 “誠…ナハトの罠には、気を付けて” 彼女,イシエルは今はそう祈るしかなかった。



 戦艦を前に踊るバグロム。
 「よくぞやってくれた,陣内殿! これで同盟とも渡り合えるぞ」 ディーバのその言葉に、しかし陣内は不敵に微笑む。
 「甘いな,ディーバ。アブザハール,イフリータの姿となり…水原誠を攫ってこい!」
 「?? 誰? それ…」 陣内の3ヒットコンボが決まる。
 「さっき襲ったイフリータの記憶の中にあるだろう! ちょこっと!」
 思案顔のアブザハール,そしてポンと拳を叩く。
 「こいつですか,攫ってくるだけの価値があるようには思えないけど…」
 「いいから行って来い! ロシュタリア城にでもいるはずだ」
 「へいへい」 飛び去るアブザハールの後ろ姿を満足げに見る陣内。
 「策は二重にも三重にも張っておくものだ。誠を盾に、同盟を脅すのも一つの手,違うか,ディーバ?」
 「ううむ,全く持って恐ろしい男よ,陣内殿…」



 日は大きく傾き、夜の帳が下り始めた。
 誠は大きく深呼吸。
 久しぶりに帰って来たと言う感じがする。
 “そんな長い間でもなかったけど” 誠は飛空挺から降り立つ。
 下ではルーン王女が直々に待っていた。
 「誠さん,無事だったのですね。良かった」
 「ファトラさんのお陰ですよ。命拾いしましたわ」
 「そう、良くやったわね,ありがとう、ファトラ」
 「いえ、その、まぁ…」 しどろもどろに顔を赤らめるファトラ。
 「ふぁとら,ヘン!」
 「うるさい,ウーラ!」 蹴り一発,ウーラは木陰に逃げ込んだ。
 「ところで誠殿」 ルーンの横に控えた老人が口を開く。
 「明日の朝でかまわないのだが、見てもらいたいものがある」 老賢者ストレルバウに誠は小さく頷いた。
 「ファトラさんから話は聞いてます」
 「そうか,ならあとは直接見るだけじゃの」 満足そうに頷く。
 「誠さん、今日はゆっくりとおやすみなさい。あとは明日に,ね?」 誠の性格を知るルーンは優しいながらも反論を許さない口調でそう言った。
 「…はい」



 その夜…
 誠は今までの緊張と疲れを解き、ベットに横たわった。
 まるで体が溶けるように疲労で動けなくなる。
 「ふぅ…」 天井を見つめる。石造りの天井,その石が赤熱しているように見える。
 「って,何や!!」 転げ落ちてその場から身を翻す誠。直後…
 バゴン! ベッドに瓦礫が降り注いだ!
 「!!」 爆発音に眠りかけた頭が完全に覚める。
 大穴を開けた天井から少女が一人舞い下りる。
 その穴から差し込む冷たい月の光に雪のように白い肌が目に刺さった。
 「イフリーナ…」
 彼女は誠の姿を確認すると、一気に距離を縮める!
 「あかん,本気や!」 跡ずさる誠,足元に何故かビンが!
 「うわっと!」 誠は後ろに倒れる。丁度鼻の上を通り過ぎるゼンマイの突き。
 倒れまいと、誠は掴めるものを掴んだ。
 目の前のイフリーナのゼンマイを…
 瞬時に、誠の意識はイフリーナのそれにリンクする。
 誠の頭に映し出される映像!



 「イフリーナ,すまない」 男は彼女にそう言った。
 「力に対し、力で対抗することは破壊しか生まない…だが、ここまで来てしまった以上、僕も参加するしかない」
 「サーリアさんには,皆には言わないんですか?」
 「サーリアはああ見えても弱いところがある。戦争には巻き込みたくないさ,皆もね」
 「そうですか,でもロバーツさんは一体どうするおつもりで?」
 「僕は兵器に心を持たせるつもりだ。君の持つ優しい心を一片でもいい,鬼神イフリータに植えつけてみせる。そうすればこの戦いも行くところまで行くことはないはずだ…」 言って彼女の頭を撫でる。微笑むロバーツの顔を見るのは、それが最後だった。



 「貴方の意識を深く封印しするわ。でも忘れないで、貴方も人間と同じに笑ったり、泣いたりできることを…ね」 娘を見送るような表情のサーリア。イフリーナは遠のく意識を感じながら、目を閉じた。



 「私を起こしてくれる貴方は…ロバーツさん?」
 「違う,僕の名は誠。もういないんや、ロバーツさんもサーリアさんも…でも目ぇさましてぇな!」
 「目を覚ます…目を…」 誠の前にイフリーナが現れる。彼女はゆっくりと目を開き、そして誠に向かって手を延ばす。
 バシィ!
 「きゃ!」 見えない壁があるように、彼女は後方へ突き飛ばされた!
 「イフリーナ!」 駆け寄ろうとする誠。しかし彼もまた見えない壁にぶつかる。
 全身に走る電撃のような痺れ,それは誠が の意志が戻るのに十分なショックだった。



 「…誠?」 立ち竦むイフリーナ。冷たい月明かりに照らされた白い肌はまるで死者のようだった。
 「イフ…」
 「誠」 背後からの懐かしい声,誠は振り返る。
 窓枠に腰かけるのは忘れもしない姿,ゼンマイを手にした破壊の鬼神イフリータだった。
 「戻ってきたよ、誠。幾霜もの次元と月日を越えて…」 微笑み、誠に近づくイフリータ。驚きに動けない誠との間に、しかしイフリーナが立ち塞がった。
 「殺気,敵!」 ゼンマイをイフリータに向かって凪下ろすイフリーナ。それをイフリータは後ろに飛び退き交わす!
 「誠,どうして私を避けるの?」 寂しい表情で近づいてくるイフリータ,それにしかし、誠ははっきりとした口調で答える。
 「何者や,お前!」 イフリーナの背後で身構える誠。その手には手繰りよせたイフリータのゼンマイがある。別れ際に受け取ったゼンマイが。
 「…まいったね,もうばれてしまったよ」 軽く鼻で笑うと、イフリータの周囲の空間が歪む。
 と、中年男の姿になった。
 「幻影族?!」
 「ノンノン,俺は鬼神アブザハール,以後お身知りおきを」 そう言い残し、彼は窓から夜空に飛び立った。
 「あれがアブザハール…イフリーナ?」 振り返ると、もう一人の刺客も消えていた。
 そして今頃になって、慌ただしい警備兵達の足音が近づいてきた。



 「結局、一睡もできんかったわ」 窓から差し込む朝日に目を細め、誠は呟く。
 ルーンのはからいで、イフリーナによって破壊された自室から、来賓用の部屋に移って夜を明かしたのだが、昨晩の事が強烈すぎて眠れなかったのである。
 おそらくナハトの指令で自分の命を狙いに来たイフリーナ,だがやはり誠にとって、彼女を敵にはまわしたくはない気持ちがさらに強まらずを得なかった。
 そして初めて出会った鬼神アブザハール。あのイフリータの姿をとって現れたのは驚きではあったが、しかし何故自分を狙いに来たのかが分からない。
 サーリアから、アブザハールが目覚めていたのは聞かされ、ナハトが主人であるような事をサーリアは言っていた。
 しかしイフリーナとアブザハールが昨夜、ああして現れたところを考えると、どうもそれは考えにくい。
 「としたら、誰がアブザハールの主人なんやろ…?」 いつもの制服に着替えながら、誠は出口のない考えを巡らす。
 ふと誠の脳裏に、甲高い笑い声が聞こえたような気がするが、生理的に打ち消していたりする。
 コンコン…
 「はい、どうぞ」扉がノックされ、誠は答えた。もう着替えは終わっている。
 「おはよう、誠殿。昨夜は大変だったの」
 「おはようございます、博士」 おそらく朝は早い老人を部屋に招き入れ、誠は微笑む。
 「早速じゃが、朝食の前に地下を見てもらおうと思ってのぅ」
 「そうですね,ほな行きましょうか」



 ロシュタリア城の北部分にある地下室,地下3階の地点のそこは普段は武器庫として使われている区画だった。
 その、古さ以外を除いたら何の変哲もない地下の廊下の壁に、ポンと現れたかのようにホコリ1つない部屋が口開いている。
 「この扉は王族にのみ反応する事が分かっておる」 部屋に足を踏み入れながらストレルバウは解説する。
 2人が部屋に踏み込むと同時に何処からか灯かりがともる。
 「へぇ…」 誠は目の前に広がる装置に感嘆の溜め息。
 部屋の広さは5m四方の小さなものだったが、壁一面に格子状のラインをひいたブラウン管のようなスクリーンで埋め尽くされている。
 「じゃが、これを制御する装置が見当たらんのじゃよ」
 その言葉の通り、部屋にはスクリーン以外の装置は見当たらなかった。
 誠は自分の右手の手のひらを見つめる。しばらく考えた後、それをスクリーンにかざした。
 ヴン!
 くぐもった音と共に全てのスクリーンが黒色から灰色に変わる。
 そして誠とストレルバウの目の前には文字が浮いていた。
    イフリーナ    : マーカーより応答がありません
    アブザハール  : Unknown
 「何じゃ、これは?」
 「立体映像ですね。サーリアさんが使った時そのままになってるみたいや。でもこれ、ほんとの所は何の装置なんやろ」
 『周辺地域のミリタリーバランスを発見・開発するものです』
 「にょぉぉ?!」
 「だ、誰や?!」 辺りを見回す2人。当然誰もいない。
 『我々、中央政府は危険要因を含み得ると予測される研究はここで監視しています』 はっきりと、女性の声で部屋に響く。
 「…この部屋がしゃべっとるのかの?」
 「先エルハザードの国やろか? 中央政府って?」
 『警告します! 高エネルギー体接近』 その言葉にスクリーンが、おそらくロシュタリア城の外を映し出す!
 青い空に浮かんだ巨大な金属の塊…それは船のように見える。
 「な、何や?!」
 「戦艦…かの?」
 その空を浮く戦艦からスクリーンを覆い尽くすような光が放たれた!
 ガゴン!!
 「「うわわっ!!」」 突然強烈な揺れが部屋を,いやロシュタリア城を揺らす。
 バシィ!
 破裂する音に部屋が暗転した。
 ドドドドドド…
 頭上で響く地鳴り。まるで何かが崩れたような音だった。
 数秒が物凄く長く感じられた瞬間。真っ暗になった部屋の中で、揺れがなくなってから2人はようやく頭を上げる。
 「一体何が?」
 「今灯かり付けますさかい」 暗闇の中、ランタンの灯かりを灯す。
 部屋の壁にはひびが入り、スクリーンは至る所が割れていた。
 誠は先程同様、手をかざして装置にアクセスを試みるが全く動かない。
 「壊れてもうたようや」 残念そうに誠は呟く。
 「ともかく外に出んかの?」
 「そうですね。足元に気を付けて下さい」 誠は部屋を出、あちこち壁の崩れかけた廊下に出る。
 「どうやら外には出られるようじゃ」
 「生き埋めは免れましたね」 2人はおぼつかない足取りでゆっくりと外へと向かう。
 『あ〜,マイクのテスト中。ア〜』 外から聞き覚えのある声が伝わってきた。まるで国中に聞こえるような大きな声だ。
 『私はこのエルハザードの支配者,陣内克彦である!』
 「げ,陣内?!」 誠は足を速める。
 『今の砲撃は本来の破壊力の255分の1にも満たない。この私がその気になれば、都市ミハルドのようにロシュタリアを滅ぼす事など造作もないことなのだ,ヒャヒャヒャ! ほら,お前等も笑え!』
 『グホグホ』
 『ぐげぐげ』
 『ホーッホッホ!』
 『あ、さて,私も鬼ではない。お前達が我々の要求を飲むのならば命は助けよう。さぁ、ディーバ』
 『うむ、まずはロシュタリア及び近隣諸国の全面降伏,民衆のバグロムへの隷属化,それと取り敢えず特別税としてGNPの10%ほど差し出してもらおう』
 『というわけだ。考える時間を3日間やろう,じっくりと悩み、己等の無力を噛み締めるが良い! ヒャッハッハハハハハハ…』
 『ホッホッホホホホホホ…』
 『グゴグゴ…』
 「ま、待てや,陣内!」 瓦礫を乗り越え、地上に出る誠。
 しかし陣内達を乗せた戦艦はすでに空の彼方に小さくなっていた。



 「城の北塔及びその周囲区画が壊滅,また塔の後ろに広がっていた森も一瞬にして焦土と化しましたな」 一冊の本になり得る書類の束を手に、ロンズは唸りながら報告した。
 先程の陣内による攻撃の被害である。
 ルーン,ファトラ,ストレルバウ,ロンズと重臣達を交えた会議。
 同盟国である近隣諸国からも王族が集まりつつある。
 「神の目…しかないのでは?」 重臣の一人がそう呟く。
 重たい雰囲気。
 誠とアフラは席には着かないが、一部始終を部屋の隅で聞いている。
 「神の目は…できれば先の戦いでも言いましたが使いたくはありません」
 「ではあの兵器を前に、我々にどうしろと!」 到着した近隣国の王が、言いながら入室する。
 「城塞都市ミハルドが一瞬にして滅んだのだ,そんな力にどうやって対抗すると言うのだ?!」 続いてやってきた女性の大臣らしき者が言った。
 それに会した人々はざわめく。
 「それは…」
 「誠はん」 出て行こうとする誠をアフラは制する。
 「これ以上混乱させてどないするんで? アブザハールやイフリーナ,もちろん幻影族のことはまだ秘密にしておかんと」
 「そう、ですね。でも何とかしないと」
 「ルーン陛下が言っとりました。大神官を集めておくんなまし」 鋭い目付きでアフラは言う。
 「神の目ですか…」
 「いざとなったら、どすな」 しばらく誠とアフラは無言で考える。その沈黙を破るのは誠の方だった。
 「3人の大神官ですね。アフラさんはここにいるから良いとして…」
 「シェーラはんは菜々美はんと一緒に誠はんを探しに北へ向かったそうですわ」 肩を落として彼女は続ける。
 「クァウールはんはパルナスはんを連れて、何でも『男を極める』修行に出たそうで」
 「…何です? それ?」 呆気に取られる誠。
 「ウチに聞かんといて下さい。ちなみにミーズ姉さんは藤沢先生と新婚旅行だそうですな」
 「何とか連絡取れませんかね?」
 「シェーラはウチが探しに行くさかい。よう目立つ娘どすからすぐにでも見つかりますやろ。ただクァウールはんの方は足取りがさっぱり…」 大きく溜め息。
 「ミーズさんではもう無理なんですよね…もう1人くらい余分に大神官がいれば」 ありもしないことを願う誠。しかし
 「それどす! 地の大神官がおりますぇ!」
 「…へ?」



 延々と広がる草原。風が彼女の頬を撫でる。
 彼女は空を見上げた,雲一つない青い空が彼女に世界の広さを実感させる。
 「縁があれば、また会えるっしょ…」 視線を前に戻し、再び足を進める。
 彼女,イシエル=ソエルの視線はまだ見えない遥か彼方にある目的地を見ていた…


To Be Contiuned !! 




なかがきV
 エルハザードを見ていて気が付いた事。
 TV版は人が死なない(というかそんな場面が出てこない)
 よくよく考えると陣内なんて大量虐殺者なんですよね,シリアスに考えるとほのぼのしてらんないぞ,これって(汗)
 今回、これを書いていて非常に困りました。やっぱりそういう場面を書くと暗くなりますしね。
 マクロな視野とミクロな視野,この使い分けがエルハザードの魅力なようです。




次回予告

 また会えたね,誠。
 え…誠はその人に会ってどうするの?
 守りたいの,エルハザードを? でも私は…
 誠は幻影族の私を受け入れてくれるの?
 誠だけじゃない,皆は?
 幻影の世界エルハザード 第伍夜 『幽幻の世界へ』
 私の中から消えていくモノ…それは,不安?


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