EL-HAZARD THE ILLUSIONAL WORLD !! 



 幾千もの時を越え 拓かれる太古の力 意志を抱きし力達
 光と影 相容れぬ存在 憎しみ合う心と心
 光と影が在りし所 人の息遣い有り それは世界
 今 幻影の扉 開かれし時 新たなる出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード 今ここにその扉が開かれる…



幻影の世界 エルハザード

第伍夜 幽幻の世界へ



 風向きが変わった。
 温暖な気候の中にも冬の空気を含んだ風が誠の頬を撫でる。
 「急がんと…」 呟き、誠は帆に繋がるロープを引く。
 一人用ヨットは、風をその白い帆一杯に受け、草原の上をさらに加速して滑った。
 誠は別れ際のアフラの言葉を思い出す。



 「誠はん,ウチはシェーラ達を探しに行くさかい、地の神官の方を頼みますぇ」
 「聖石ヶ丘で年一度の集会があるんですね?」
 「ええ、そう聞き及んでますわ。ほとんどお祭りみたいと聞いてますぇ,確か今日と明日。大神官に会ってみておくんなまし」 手荷物をまとめながら、アフラは言う。
 「でも会った事がないですし。アフラさんはないんですか?」
 「地の神官はウチらとは毛色が違うんどすわ。未だかつて接触を持った事がないんから、ウチらも困っとるんぇ」
 「僕なんかに会ってくれますかね?」 心配そうに言う誠の肩を、アフラは叩く。
 「誠はんならうまくやれますわ。そもそも地の神官はウチらみたいにしきたりは厳しゅうないし、気さくな派閥聞いてますし」
 「…そうですかね」
 そして誠はヨットをひた走り、2日目に入っていた。



 ふと、誠の前に黒い影が飛び出した!
 「う、うわ!!」 帆をあらぬ方向に向ける誠,風を進行方向に垂直に受け、ヨットはあえなく横転する!!
 「…いたた」 ヨットから這い出す誠。立ち上がろうとする彼を4つの影が囲んでいた。
 見上げると人相の悪そうな男達が卑らしい笑いを浮かべている。
 「さて、金目のもんをおいていってもらおうか」
 「い・いうとうりにしていれば、い・命は、たすけるんだなぁ」
 「ははぁ! 運が悪いよねぇ、君もぉ!」
 「腹、減った…」
 「何や何や、あんたら」 あとずさろうにも囲まれて動けない誠。
 「て・ていよく言えば,海賊なんだな」
 「あっはっは,海でもないのに海賊はないだろう?」
 「腹、減った…」
 「…どないしよ」 野盗らしいのは一人しかいないのだが、誠一人では逃げようにも逃げられそうにない。
 ボコ!
 「ひょえぇぇぇ〜」 最も野盗らしい男が、急に足元に開いた穴に落ちていった。
 「今や!」 誠は上品そうな男に肘鉄をかますと、一目散に逃げ出す!
 「痛いなぁ」
 「ま・待つんだな」
 「腹減ったぞぉ!」 追いかける3人。
 と、誠と3人の間に一人、立ち塞がる者がいた。
 「ハァ!」
 ゴゴゴ…
 「「「ひぁぁぁぁ〜」」」
 その気合いの入った掛け声とともに3人の野盗は、やはり不意に開いた地面の穴に落下していった。
 「あ…」
 「元気だった? 誠!」 彼女は彼に駆け寄る。
 「イシエルさん!」 誠を救ったのはイシエル=ソエル、その人だった。
 「今のは…もしかしてイシエルさんの?」 誠は彼女の手に持つ大きな杖と野盗が叫ぶ穴を交互に見つめ、呟いた。
 「ええ…私は地の神官よ」 言ってイシエルはその表情に満面の笑みを湛えた。



 「ふぅん、地の大神官にねぇ」 ヨットの縁に腰掛け、風に目を細めながらイシエルは呟く。
 「会えるやろか?」
 「…どうかしら?」 心ここに有らずと言った感で彼女は答える。
 「でも誠,よく一人でまた聖石ヶ丘に行こうと思ったわね。幻影族に捕まる可能性なきにしもあらずだし、何より私が一緒なのよ」
 「大丈夫や。イシエルさんが一緒やから」 逆に自信たっぷりに言う誠。
 「私もまぁ、信用されてるコト」 そう言ってイシエルは微笑んだ。
 「あ、着いたわ。凄い人やなぁ…」 誠はヨットのスピードを落とす。
 この間、全くの無人で音すらないくらいだった巨石の遺跡を囲むようにして至る所に露店が建ち並び、様々な衣装の人々が行き来している。
 「全国各地から色んな人が集まっとるようやな」 ヨットを止めて、誠は地面に足を付けた。
 イシエルもまた降り、確認するように足で地を踏む。
 彼女は目を細めて行き交う人々を見つめる。そして誠のそばに寄り、直接彼の耳に囁く。
 「サンキュ,誠。今夜12時、聖石ヶ丘の中心で大神官に会わせてあげるわ」
 「え、イシエルさん…?」 それだけ言うと、彼女は人込みの中に消えていってしまう。
 「会わせてあげるって…そんな簡単にできるんか?」 ただ、誠は呆然とするより他なかった。



 祭り最後の夜,聖石ヶ丘の真ん中で何らかの儀式が執り行われた。
 それは大地の豊作を祈願するとか、色々言われているが、誠には良く分からない。
 覆面をした3人の神官が中央で皆の見守る中、地の法術で聖石と呼ばれる周囲の巨石を共鳴させて大地の歌を披露していた。
 祭りの最後はつつがなく締め括られ、人々はまるで蜘蛛の子を散らしたようにあっという間にこの場から去っていった。
 「祭りの後ってなんか、寂しいな」 完全に人気がなくなり、誠は一人呟く。
 初めてここに来た時のような全くの無音,誠は聖石ヶ丘に踏み込んだ。
 誰もいなかったはずの巨石のサークルの中央には仮面をかぶった神官が一人,設けられた一つしかない石の台座に腰を下ろしている。
 「地の大神官,ですね」 誠は語り掛ける。
 「神の目…か?」 仮面のせいであろう,くぐもった声で神官は問う。大地の精霊アーシアを象ったこげ茶色の仮面が微妙に震える。
 「…はい。まだ神の目を使うとは決まっていないんですが,多分…」
 「世界を滅ぼし得る力…そんなものが使われるのならば、本当に滅んでしまえば良いとは、思わないのか?」 試すように尋ねる神官。
 「そんなんやったら終わりやないか。あんたは今日ここに集まった人達の笑顔を無くしたいんか?」 逆に尋ねる誠。
 「…地の大神官ならばやはり守るべきなのだろうね。でも私はそれ以前に人だから…義務と感情を計りにかけた時、どっちが重たいかしら」
 「イシエルさん…?」 誠は神官に尋ねるでもなく、呟いた。
 「誠。私の力が欲しいんでしょう?」 神官は仮面を取る。
 青い髪に白い肌,端整な顔立ちのその人はイシエルである。
 「何でイシエルさんが…?」
 「私が座るこの石は、地の大神官のみに許された席よ。嘘をついたわけじゃないわ」 仮面を投げ捨て、彼女は誠を見る。
 「そうやったんか…イシエルさん,改めて僕達に力を貸してくれへんか?」 誠はイシエルの目をしっかりと見て、言った。
 「誠達に,ではないでしょう? エルハザードに生きるいけとし生ける者のため…の間違いじゃなくて?」 小さく笑って、彼女は続ける。
 「前にも言ったわよね、私はこのエルハザードが滅びることに何の抵抗もないって」 しかし冷たく彼女は返す。
 「何でや? 何でイシエルさんはそんなこと言うんや?!」
 「この世界に、私の居場所はないの,地の大神官という姿の私でしか。幻影族の血とエルハザードの者の血を持ったイシエル=ソエルと言う人間の居場所はないもの!」 叫ぶようにイシエル,彼女にしては珍しい表情だ。
 「そんな私を受け入れてくれない,居場所のない世界を私は…大切に思えない」 俯く。
 「僕は…イシエルさんが好きや」 誠は言う,それにイシエルは顔を上げた。
 「それに良く分からんからはっきり言えへんけど、地の大神官はイシエルさんでもあるんやろ。慕ってくる地の神官達はイシエルさんを慕ってもいるはずや」
 「…かもね,でもこの気持ちは変わらない,多分これからも難しいと思う」 悲しそうに,しかし微笑みながら彼女は言う。
 「そうか…」 肩を落とし、俯く誠。
 「でも、誠が傷つくのは見たくないな」
 「え? それってどういう…」 誠は顔を上げる。
 「手伝ってあげるよ,今は誠の為に、ね」 そういうとイシエルは誠の手を取った。
 それを機にしてか、風向きが変わった…



 時間は一日ほど溯る。
 アフラは誠のヨットのおよそ倍近い速度で北上していた。
 そしてその日の夕方、見た事のあるホバーを発見する。
 というより襲撃を受けたと言って良い。
 「どういうことどす? シェーラはん?」 黒くコゲながら、アフラはホバーの上でシェーラに詰め寄る。
 「テメエが誠をかっさらったりするからいけねぇんじゃねぇかよ!」 こちらは服をズタボロにしたシェーラ。
 「ああぁ! もう、いちいち騒ぐんじゃないの,アンタ達は!」 ミーズの一喝(拳入り)。しぶしぶ折れる二人。
 「しかしアフラ君。我々は何とか戻れるから、君は誠の方を頼む。もしも地の大神官を見つけたとしても、あさってまでに帰ってこれんだろう?」 一部始終を聞いた藤沢はアフラを促す。
 「そうどすな,ウチの高速移動の法術やないと、確かに誠はんの方でうまく行ってもフリスタリカまで戻ってこれんどすなぁ」 言うが早いか、アフラはホバーから飛び去って行った。



 翌朝,ルーンは大きな溜め息を吐いた後、決断を下した。
 「神の目を…使用します」
 「「おお」」喜びの色が強く、ざわめく諸侯達。
 その横ではウーラを枕代わりに寝こけるファトラの姿があったかは定かではない。



 闇の中、二つの影が動く。
 「イフリーナ,しっかり目立ってきなよ」 少年の声に、少女は小さく頷いた。



 「行くぞ,ディーバ!」
 「おぅ、陣内殿。皆の者,船を出せ!」
 「「ゴゥゴォ!!」」
 2人の指揮の下、総勢7匹のバグロム達は列を組んで戦艦に乗り込んだ。
 「ところで陣内殿? アブザハールは?」
 「そう言えば、誠誘拐作戦に失敗してから姿を見ていないな,まぁ、今は良い。いても寒いジョークを聞かされるだけだ」
 「それもそうだの…」 そして2人もまた乗り込んだ。
 戦艦は轟音をあげて始動を始める…



 日が落ちる,赤い空がやがて蒼暗く変わる時…
 ロシュタリア城にホバーが一台,物凄い勢いで乗り入れてきた。
 「何者だ!!」 衛兵が二人,槍を構えながら駆け寄る。
 「アタイらだよ」 褐色の肌の少女がよろよろとホバーから飛び降りる。酔ったのか、背をホバーにもたれた。
 「シェーラ=シェーラ様,お戻りになられたのですね!」 衛兵の一人がまるで『助かった』と言わんばかりの表情で話し掛ける。
 「誠は戻ったか?」
 「誠殿? ですか?」 もう一人の衛兵は首を傾げ、そして首を横に…
 ゴォォ! ドガシャ!
 ホバーの横を一陣の風が通り抜ける。それは城壁前の植え込みに突き刺さって止まった。
 風の力で大地を滑る船,エアヨット,誠が良く用いるものだ。
 植え込みから、やはりこちらもふらふらと人影が立ち上がった。
 「アフラさん,飛ばしすぎやで」
 「こうでもしないと間に合いませんどすぇ」
 「船酔いしちゃったわ,誠…」
 植え込みから這い出してくる3人の男女。彼らはホバーの上の面子を見つけると駆け寄ってくる。
 「シェーラさん,先生も…何とか揃いましたね」 誠は懐かしそうに彼らを見つめて言った。
 「誠もご苦労だったな,で、そちらの御婦人が?」 藤沢は誠の後ろに立つイシエルを眺めて尋ねる。
 「わぁ! 奇麗な人!」 ホバーから飛び降り、彼女に駆け寄ろうとするアレーレ。
 「ええ、こちらが…」
 「ああ! 手前は!!」 誠の言葉をぶった切るのはシェーラだ。
 彼女は首を傾げるイシエルに詰め寄る。
 「テメエ,イシエル! 5年前はよくもやってくれたな,勝負だ!!」 叫び、懐から数枚のカードのようなものを取り出す。
 「??? シェーラさん?」 彼女の勢いに誠は数歩後ろに下がった。
 「…あ! あんたシェーラ=シェーラ!? 大きくなったわねぇ」 が、シェーラとは対称的に、相好を崩して微笑み彼女の頭を撫でるイシエル。
 そのイシエルの腕を思い切り払い、シェーラは手にしたカードを突きつけた!
 「あの時の『ペッタン』勝負,あん時はちょいと油断したが、この5年間の修行の成果,見せてやるぜ!!」
 「…あんさん、神官の修行もせずにそんなコトを?」 アフラの冷たい視線にシェーラはしかし無視する。額に汗しているところが彼女らしい。
 『ペッタン』とはメンコのようなものだ。一時期エルハザード全土で流行したが、今はもう廃れている。
 「懐かしいわねぇ。あの時は貴方が、身ぐるみ剥がされるまで勝負続けて、逆上したところを返り討ちにされたのよね」 思い出をついつい口にしてしまうイシエル。シェーラの周囲から怒りに炎がもれる。
 「でもあんな古い遊び、もう私やってないっしょ」
 「なら、これで勝負だ!!」 シェーラは叫び、腕を捲り上げ背中に炎を背負う。誠は逃げる,アレーレもイシエルの足元から脱兎のごとく駆け出した。
 「変わってないわね,ったく」 トン,イシエルは地のランプである杖で軽く地面を叩く。
 「いくぜぇぇぇぇ…」 シェーラの姿が底の見えない深い穴の底に消えた。虚しく彼女の声だけが木霊する。
 「そういう訳で、こちらが地の大神官,イシエル=ソエルさんです」 穴の底から僅かに聞こえてくる声を無視し、誠は紹介する。
 「よろしくね」 イシエルは微笑む。
 その後ろでイシエルを見つめる時だけ怪訝な表情のアフラ。
 「私、アレーレと申します。もう何でもお申し付け下さいぃ!」 対称的に、少女がイシエルにくっついた。
 「ほほぅ、アレーレよ。それはどういうことか?」
 「はぅ! ファ、ファトラ様!」 背後の声に凍り付くアレーレ。
 「皆様、お疲れでしょう? ともかく王宮の中へどうぞ」 ファトラを伴ったルーンがやってくる。
 「あら、藤沢様にミーズ様まで」 口に手を当ててルーン。
 「途中でこの娘達に会いましたの。私どもも帰り道でしたので」 ミーズがそれに答える。
 「ま、何よりまこっちゃんが無事で良かった。心配したのよ」 ホバーの上から菜々美は誠にそう言った。
 「それはともかく、まこっちゃん、こっちに来て。途中でユバさん所にいたイフリータを拾ったんだけど…」
 「? イフリータを?」 菜々美の言葉に、誠はホバーに乗り込む。そこにはイフリータが寝かされていた。
 「だ、大丈夫か? イフリータ?!」
 彼女は誠を見ると小さく口を開く。
 「お前か…遺跡にあったもう1台の兵器が持ち去られた。あの陣内とか言う男と,初めて見る鬼神に…」
 「あれはユバさんとこにあったもんやったのか…イフリータ,もうしゃべらん方がいい」
 「私なら大丈夫だ…2週間もすれば修復機能で完治する。そんなことよりもだ…私そのものをその鬼神は完全に複写した。その時にそいつの思考を少し感じたのだ」
 「…イフリータを複写? だからあの時」 誠は鬼神アブザハールとの出会いを思い出す。あの時はイフリータの姿をしていたが、どうやらこのイフリータから採取したデータだったのだろう。
 「あの鬼神は…鬼神カーリアと同じく、このエルハザードの破壊を目的にしている。いや、すでにカーリアであり、私でもあるのだろう」 イフリータの言わんとしていることが分からず、誠と菜々美は首を傾げる。
 その後ろで、アレーレとファトラの包囲網を突破したイシエルもまた、ホバーの上に乗り、誠の後ろから話に耳を傾ける。
 「どういうことや?」
 「…複数の人格を模倣した為に…あの鬼神は暴走している」
 「「「…」」」
 「そして持ち去った兵器は、かなり強力なものだ…。以前のように内部に侵入して破壊するか、もしくは現存する火力で対抗するしかない」
 「現存する火力言うたら、神の目以外にあるんか?」
 それにイフリータは小さく首を横に振り、ゆっくりと目を閉じる。
 「…何か良い手はないんか」 誠は考え込みながら、そう呟いた。
 「ま、皆で考えましょうよ。夕御飯でも食べながら、ね?」
 「そうやね,こうしとっても仕方あらへん。多分、神の目を使わざるをえんやろうなぁ」 立ち上がる誠。
 そして一同はルーンの案内の下、王宮に入る。
 忘れられたシェーラが救い出されたのは数刻が過ぎた真夜中だったと言う。



 彼女は夢を見ていた。忘れられない、嫌な夢だ。
 赤い光がその建物の中全体で点滅している。ハザードランプ,何か危険な事が起きている事を物語っていた。
 その建物の最深部,やはり暗い部屋に赤い灯かりが点滅する中、割れた1mほどのガラスのカプセルの側に3人の男達がいる。
 「ぐああああぁぁ!」 黒い霧が唯一、褐色の肌の男を包み込む。
 その状況を満足気に傍観する青い肌の男と少年。
 イシエルはそのうめき声を聞きつけ、足を速めた。
 「!」 彼女は目の前の3人を見つけ、苦しそうにうずくまる男に近寄ろうとした。
 「駄目だよ、イシエル」 少年の手が彼女の前に出される。
 「し、しかし,一体彼に何を?」
 「力を授けたのだ,先エルハザードの、な」 もう一人の男がそれに答えた。
 「イシエル,お前はこれをバグロムどものいる遺跡に、見つかるようにおいてくるんだ,いいね?」
 「は、はい…ナハト様」 イシエルは少年から一冊の古文書のようなものを受け取る。しかし視線は苦しむ男から外せない。
 男は黒い霧を纏ったまま、顔を上げてイシエルを見る。
 「…イシエル…行け!」 最後の言葉の様に、彼は叫ぶ。
 「早く行け,事は急を要しているのだ」 少年の穏やかながらも有無を言わさぬその命令に、彼女は自然とその場を駆け出していた。
 ゴメン,助け出せなかった…強い後悔の念,彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちる。



 彼女は目を覚ます。床についてからまだ半時も経っていない。
 「…複数の人格,強いエルハザード破壊の衝動,神の目の起動…もしも私なら、…どう出る?」 身を起こし、彼女は考え込む。
 そして、何を思ったか,身の上のシーツを跳ね除け、ベットを降りる。
 「私一人じゃ…さすがにきついっしょ」 呟き、部屋を後にした。



 シェーラ,アフラ,イシエル。思惑はそれぞれに、三神官により神の目の封印は解かれる…
 翌朝、結局のところ良い案が出ずに神の目使用に踏み切る事になった。
 開かれた天空の階段を前に、ルーンとファトラは振り返る。
 「それでは…」
 「行ってくるぞ!」
 「回りの警備のことは僕達に任せてや」
 「はい,お願いします、誠様」 ルーンのその言葉を最後に、二人の王女は光の中に消えた。
 そしてそれを確認すると、誠は後ろを振り返る。
 厳しい顔をした皆の姿がある。微妙には異なるが、思いは皆同じに近いはずだった。
 「ほな、僕達もいこか!」
 「ちょっと待って,誠」 と、彼を止めるのはイシエル。
 「私と藤沢センセは別行動を取らせてもらうわ」
 「て、てんめぇ! 勝手なことを…」 食って掛かろうとするシェーラ。
 「分かりました。お願いします」
 「ま、誠…ちぇ!」
 「サンキュ! 誠」
 「恩にきるぜ」 言い残し、その場を立ち去る二人。
 「ロンズさんは街が混乱しないようにお願いします,博士はあの兵器に関する情報の収拾を頼みますね」
 「分かっておる」
 「心得ました」 頷く2人。
 「まこっちゃん,私は?」 菜々美は手を挙げて尋ねた。
 「菜々美ちゃんとアレーレは博士を手伝ってもらえへんか?」
 「それって、私達は邪魔ってことですね…」
 「ごめんな」
 「アレーレ,変なこと言わないの! 私達はここから応援してるから…おいしいもの作って待ってるからね」 精一杯の微笑みを浮かべる菜々美。
 「うん、楽しみにしてるさかい。じゃ、ミーズさん、シェーラさん」
 「おう!」
 「神官クラスの水のランプしかありませんが、バグロム程度なら追い返せますわ」 気合十分,答える2人。
 「それじゃ、アフラさん,お願いします」
 「ええ、3人なら何とか一回で運べますぇ」 アフラは大きく頷いた。



 誠達は神の目の上に降り立った。強めの風が気を抜くと彼らを飛ばしてしまいそうな感じだ。
 少し離れたところにルーンとファトラが神の目を操作する部屋が見える。やはり王族にしか通り抜けできない特殊な透明な壁で構成された部屋だ。
 誠達の姿を認め、ルーンが軽く手を振る。
 と、その手が止まる。
 『ん,神の目で対抗しようと言うのか?』 スピーカーを通しての陣内の声が響いた。
 神の目は普段よりも高度を下げ、陣内の乗る戦艦の前に立ち塞がる。
 『まずは神の目から落としてくれるわ! カツヲ,破滅の光発射準備!』
 『うご!』
 ギィィン ,力が集まりはじめる、戦艦に。
 だが、神の目の方が充填速度は速かった!



 ゴゥ!
 「集って,水よ!」
 突如、爆風が一同を襲った!
 「「わぁぁぁぁ!!」」
 直撃を食らう,気配を察知したミーズの張る水の結界も不完全なままではあったが、かなりその威力は裂いていた。
 攻撃が放たれた方向,彼らが立つ神の目よりもさらに上空に彼女はいた。
 「イフリーナ!」 無表情にゼンマイを彼らに向けた少女に、アフラが空を駆ける!
 「みんな,怪我はない?」 頭を押さえながら、ミーズは一同を見回す。 シェーラ,上空で交戦を始めるアフラ,そして…
 「ま、誠君がいない?!」
 「あ、あそこだ!」 シェーラが指さす方向はすでにかなりの傾斜が効いた場所。
 ウーラが神の目の外壁に必死に爪を立てているが食いこむはずもなく、嫌な音を立てて少しづつ滑って行く。
 「アフラ!」 ミーズは空を見上げる。イフリーナと交戦中の彼女には余裕が見られるようには思えない。
 「ハァ!」 破壊力を有した火の球を数十と投げつけるシェーラ。
 「フッ」 冷たくイフリーナは微笑むとアフラの攻撃を交わしながら迫りくる火球をゼンマイで一閃,それらは弾かれたように戻ってくる!
 「どわわわわ!」
 「何やってるの! アンタは!!」 爆発から逃れながら二人。
 しかし火の球は二人のところに戻ってきたばかりでない。
 「わ…」
 「にゃ!」
 身近に爆風を受け、誠の体が神の目から離れる!
 襲う浮遊感。
 「誠!」 駆け出す人影一つ!
 「あ!」 ルーンの声が響く。
 その者もまた、猛スピードで駆け出した後、神の目よりその体を離す…
 キュ…
 無意識の内に延ばした誠の右手を、しっかりと掴む。
 「ファトラさん…?」 コマ送りのように次第に離れて行く神の目の外壁を背に、誠は同じ顔の女性を見る。
 「バカ者,集中できんではないか!」 小さく呟き、ファトラは誠を胸に抱きしめた。
 「うにゃ?」 見上げるウーラ。
 「わらわに翼を…」 願いを込めた言葉,彼女は願いを叶えるという腕の飾りに、そっと口づけた。
 バサッ!
 「光の…翼…」 誠は茫然と言葉を呟く。すでに浮遊感は消えていた。ゆっくりと二人は上昇していく。
 誠をきつく抱きしめるファトラの背には、一対の光の翼が優雅に羽ばたいている。
 「帰るのであろう,無事に皆の所へな」 神の目に足を付き、ファトラは自分自身に言い聞かせるように、誠から腕をほどきながらそう言った。
 ピシィ
 「あ…」 ファトラは腕を見る。白く変色した腕飾りはヒビが入り、そして砕けて落ちた。
 「今度は普通のものを,お前の手から直接受け取りたいものだ」 振り返る事なく、ルーンの下に戻りながらファトラは言う。
 それに、誠は小さく微笑み、答えた。
 「分かりました,約束しますよ」



 「始まったようね」
 「ええ、しかし我々二人で何とかなるんでしょうか?」 藤沢はロープを束ねながら尋ねた。良くは分からないが、物凄い力がこの宙域に2点、集まっているのがビリビリと肌で感じる。
 「何とかするのよ。ここは神の目の中枢に近いところ。だから…」
 「広域の破壊力のある法術は使えない…ですか。しかし一応皆に話しておけばいいものを」 藤沢の怪力を以って、神の目にロープを引っかけて登ってきたのである。
 「そんな暇、ないっしょ。それに…知っているべき人は気がついているみたいだし」
 「…それもそうですな」
 「フフフ…でも藤沢センセも大変ね。あとでミーズに根掘り葉掘り聞かれるわよ,何していたんだって」
 「大丈夫ですよ,貴方と同じく、ミーズには分かっていると思いますから」
 「あらあら…ま、軽口はこんなトコくらいにしておいて…」
 「そうですな」 二人は鋭い目で、やってきた人影を出迎える。
 「お迎え、ご苦労様」 場違いな陽気な微笑みを浮かべながら、それはやってきた。
 「どういたしまして。でもここから先は通させはしないわ。ナハトの目的を達成させる訳には行かないの。それに親友を殺して乗っ取った貴方を放って置けないしね!」
 「ナハト? …フフフ,ハハハハハハ!」 馬鹿笑いを挙げる鬼神。
 「…そんなに可笑しいのか?」
 「私があんな子供の言うことを聞いていると思ったのか?」
 「なら、一体…」
 「私の目的は、エルハザードの破滅さ」 壮絶な笑みを讃え、アブザハールはイフリータの姿を取った。
 「鬼神イフリータ,カーリア。ともに破壊を目的として作られたモノ。その力を写し取った私には破壊,全エルハザードの破壊が最優先だ!」
 「チィ,ナハトの奴ですら、こいつをコントロールしていた訳じゃなかったってか!」 イフリータ/アブザハールに殴り掛かる藤沢。
 「おっと」 藤沢パンチはイフリータの足下を破壊したにすぎない。
 上空に逃れた鬼神を、イシエルの地のランプより放たれた電撃が襲う!



 ゴゴゴ…
 神の目の中心部,次元をも破壊しうる力が一点に集中し、人の頭ほどの小さな黒い球体を作っていた。
 それに向かって歩み寄る人影一つ。
 「ようやく見つけたよ…これで…」 彼はおもむろにその球体に手を突っ込む。
 そしてその手を引き抜いた時、小さく光る何かが握られていた…



 「ファトラ,行きますよ」
 「はい、姉上!」2人の王女はともに手を握り、その腕を前方に見える戦艦に向かって伸ばした。
 「「撃て!」」



 「カツヲ,準備は?」 双眼鏡で神の目上の何らかの戦いを眺めながら、陣内は尋ねる。
 「オ〜ゲ〜デスゥ」 ファトラが一時、離脱した為、神の目のエネルギー充填が遅れたのが陣内側からも分かった。
 「全エネルギーを注ぎ込め,発射!」



 菜々美は遥か上空を見つめる。神の目と空中戦艦ラピュタ。
 「まこっちゃん,絶対帰って来てよ…」
 東雲食堂の前で、彼女はおたまを手にして呟いていた…


To Be Contiuned !! 




なかがきW
 神の目,唯一無比な超兵器。空間を歪めるほどの力を持った破壊力…
 そしてそれを扱えるのは決まった人間だけであると。
 ファトラはともかく、ルーンはそれを有するに値する人格ですね。
 もしも陣内やナハトだったら…この話はないか(笑)
 しかしこの話をこっちの世界,現実に置き換えてみると…危ないなぁ
 ルーンみたいな方,いないもんですかね。
 そんなこんなで次が最終回,乞う御期待!!




次回予告

 僕はこの世界が好きや
 イフリータと出会ったこの世界が
 イシエルさんやシェーラさん,アフラさんや皆と出会ったこの世界が
 だから僕は僕のできる事をしたい
 イシエルさんが心を開けるエルハザードに
 イフリーナが笑って過ごせるように…
 次回,幻影の世界エルハザード 最終夜 『幻滅の世界へ』
 さぁ、行こう,イフリーナ!


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