Elhazard The Confusly World !! 



 幾霜もの夜を越え 蓄えられし位相の力
 想いは時に引き金となり 壊れた歯車を再び廻す
 過ぎ去りし時と 訪れる時 信じ得る時は今この時
 想い出により開かれし時の扉 今、訪れし約束された出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード ここにその扉が開かれん



混迷の世界 エルハザード

第参夜 混戦の世界へ



 狭い部屋の中、ガラクタを山と積んだちゃぶ台のような机の前。
 小さな窓から熱線のような日の光が差し込んでくる。その高さからして午前10時頃であろうか?
 「う〜む」 あぐらをかき、腕を組んで悩む姿があり。
 「誠様,お茶が入りましたわよ」 扉のない入口を潜り、少女はお盆に載せた二つの湯飲みのうちの一つを、彼の机の上に置く。
 そこで初めて彼は、彼女の存在に気付いたのであろう,顔を上げる。
 「王女様! いつの間に?!」 
 その誠の驚きに、ルーンは小さく微笑む。
 そして彼の表情を見て、それは心配げなものに変わった。
 「もしかして、昨日から眠っておられないのですか?」
 「え? ええ。こういうモノを見つけると、ついつい区切りが付くまで眠ることすら忘れてしまうんや」 疲れた表情の中に微笑みを浮かべて、誠は掌の上に乗った、親指の爪の大きさほどの白い珠をルーンに手渡す。
 「それに、王女様をこの時代にいつまでも留めて置くのは危険やし。何かあったら歴史そのものが変わってしまうかもしれへん」 言って、その場に仰むけに寝転ぶ。
 「それでも、休まれて下さい。根を詰めると体を壊してしまいますよ」 クリスタルを机の上に置き、ルーン。
 「…王女様は不安やあらへんか?」 ぽつり、誠は呟く。
 「え?」
 「違う世界へ来てしもうたんや。早く戻りたいやろ」
 「誠様がこのエルハザードに来た時、どう思われました?」 数拍の後、ルーンは逆に問い掛ける。
 「?」
 「陣内様にお聞きしましたわ。誠様もこの世界の方ではないのですね」
 「…そうや。だから僕は」
 「不安でした? いえ,不安だけでした?」
 誠の瞳を静かに見つめるルーン,誠はゆっくりとその目を閉じる。
 「誠様の言われる通り、不安です,でもそれと同じくらい、何か,そう、わくわくしませんか?」 しばしの沈黙,やがて誠は目を開く。
 「そうやね…でも王女様って、結構活発な方ですね」 寝転んだ体勢のまま、誠は微笑み答える。
 「それは、おてんばということですか?」 少し憮然とルーン。
 「死語です,それ…」
 と、寝転ぶ誠の両の目にルーンの右手が置かれた。
 「?」
 「考えに詰まった時は、寝るのが一番ですわ。目が覚めた時、きっと新しい発想が生まれています」
 「そんなもんかなぁ」
 「そういうものですわ」 断言,ゆったりとした口調の中にも有無を言わせないものがあった。
 「ふぅ…心配してくれて、ありがとな,王女様」 折れる誠。
 「いいえ」
 数分の静かな時間。
 やがて規則正しい息が続く。
 ルーンは手を放す。安らかな誠の寝顔がある。
 「心配してくれているのは誠様です,ありがとうございます」 小さく呟き、お盆の上のもう一つの湯飲みを手に取った。
 少しぬるくなったそれを一口、ルーンは優しい顔で、誠の寝顔をいつまでも眺めていた。




 今日も今日とて、陣内は作戦を練っている。
 作戦といってもロクなものではない。別名、連合国への嫌がらせなどとも言えそうだ。
 コト
 「おおう、お茶か,礼を言うぞ、ディーバ」 ずずず…啜りながら、陣内はエルハザード全図を見ながら思案。
 「ところでのう,陣内殿? 前々から聴いておることなのだが」
 「ん?」 ディーバに視線を向ける事なく、陣内は地図とにらめっこをしながらお茶を啜っている。
 「バグロム増員計画のことなのだがな」
 「ぶふぅぅぅぅっ!!」 お茶を地図に向って霧吹く。
 「水芸か? 陣内殿」
 「わ、私は急に用事を思い出した」
 立ち上がろうとする陣内のブレザーをディーバはしっかりと捕まえている。
 「ひぇぇ!」 恐怖の表情で陣内はディーバを見る。
 悲しげな顔のディーバが彼の目に入った。
 「妾ではいけないのか?」
 「へ?」
 「陣内殿は妾のことを嫌っておるのか?」
 「そんなことは、ないが,いや、あのな,そういうことは清らかな交際からな…」 おどおどと陣内。
 「??」
 「え〜、その〜,そう! 少数精鋭,今はそれでとても良い作戦を思い付いておるのだ」
 「ではもしも、それが失敗するようなことがあれば…じゃな」 ニヤリ,ディーバは微笑む。
 自ら逃げ道を塞いだことに気づく陣内,しかしもう遅い。
 「誠の奴の力が必要なのでな,ちょ、ちょっと打合せに行ってくるぞ」
 「陣内殿!」 ディーバを寸でのところで振り切り、陣内は逃げるようにして誠の元へ向かった。




 目が覚めると陣内がいた。
 「うっわぁぁぁぁぁ!!」
 「何だ、その驚き方は…」
 「寝起きに陣内見るのは、あんまり心臓に良くないで」 目を白黒させ、誠は荒い息を吐く。
 「お前、失礼なこと言ってるって気づいておるのか?」 かなり呆れ顔で陣内は言った。
 その隣では笑いを堪えるカツオと首を傾げるイフリーナの姿がある。
 「何でここにいるんや、お前」
 「色々事情があってな。それはともかく、どうなのだ? 分かったのか?」
 言うまでもなくルーンの時間転移の件である。
 「少しだけな」
 誠は言って、机の上の白い珠を陣内に放り投げる。
 「柱時計は何の関係もあらへんかった。時計の中にネズミかなんかが持ち込んだんやろ,それが入っとってな。その宝石が時間跳躍に一役かっていたみたいや」
 「ほぅ,これがな」 下から見たり日に透かしてみたりと、陣内。
 「それを握って、強く何か思ってみ?」 あぐらをかいて、誠は勧める。
 「ふむ」 陣内は両手で白い珠を握り、
 「エルハザード征服,エルハザードの支配者…」 ブツブツ呟く。
 やがて白い宝石からドロリをした闇が零れ出す。腐敗したような、粘着性のある闇だ。
 「な、なんだ、これは!!」 慌てて宝石を投げ捨てる陣内。
 途端、闇は消え、床には落ちた宝石だけが残る。
 それを拾う誠。
 「僕もこんなん初めて見てびっくりやった。これは人の精神に感応して何らかの力を具現化させるものらしいんや。今の変な闇は、言うなれば陣内の心そのものみたいなもんやな」
 「御主人様、心まで腐っていたんですねぇ,痛い〜」 グーで頭を殴られ、イフリーナは瞳に涙を貯める。
 「でも原理はどうであれ、かなり強い思念と色んな事象が揃わない限り、時間跳躍なんてできんのや。王女様を見る限り、何かを思い詰めているみたいなことはなかったし…」
 「むぅ、要はよく分からん、そういうことだな」 拳をさすりながら、陣内は一人納得。
 「身も蓋もないな,陣内…」
 「私が知りたいのはそんなことではない,今、あのルーンを始末すれば、今の同盟はないということだ!」 瞳の奥がキラリ,光る。
 「じ、陣内、お前まさか!」
 「フフフフ…もっとも効率的な侵略こそが真の支配者の取るべき道」
 「ゾデハチョット」 辞めた方が良い,カツオの言葉は無視される。
 「ちょっと待てや、陣内。もしも、もしもや,ルーン王女様がこのまま過去に戻らなかったとしたら、想像してみぃ」
 「ぬ?」


 王位継承者は残るファトラのみ。
 やがて彼女は成長し、あの正体をさらす事となる。当然片腕はアレーレ。
 「姉上…姉上の御意志はわらわが継ぎます!」
 「素敵ですわ、ファトラ様ぁん!」
 「世の中の男たちはルックス平均以下は死刑,それ以上は奴隷! 美しい女性はこのロシュタリア城に宮仕えじゃぁ!!」
 「もう最高ですわ!」
 以下、省略…



 「…悪夢だ,というより地獄か?」 額に汗の陣内。
 「そうやろ」
 「だがしかぁし!! ともかく,何とかこれで私をエルハザードの支配者にするような力を引き出すのだ!」 クリスタルを指差し、陣内は叫んだ。
 「無茶言うなって!」
 「私には後がないのだ! 何とかしろぉ!!」
 「訳分からん,お前の頭をどうにかせぇや」
 陣内が頭を抱えて誠の元から離れたのは、この後30分後くらいである。



 「長いお話でしたね」
 「あ、王女様」 誠は新たな客を見て、ほっとする反面、現状を思い出し暗い表情になる。
 「どうかしまして? 寝たら良い考え,浮かびました?」
 「ええ、ここではあきませんということが。ロシュタリアの研究室に戻らんと、この宝珠の分析なんてできませんわ」
 「じゃ、戻りましょう」 誠のその言葉にルーンはあっさりと言い放つ。
 「戻るって,陣内が僕達をここから出す訳が」
 「それはそうでしょう?」 ルーンは笑い、小さく舌を出した。




 「ん?」 イシエルは目を覚ます。
 何かが聞こえる,視線を横たわったまま左に移すと、ミーズの姿がある。
 イシエルが眠るベットに椅子を横付けて、彼女の胸の上に両手をかざしていた。
 聞こえるはミーズの呪の呟き。目を閉じて、祈るように言葉を紡いでいる。
 と、それが不意に止まり、ミーズは目を開いた。
 「起こしてしまいまして?」 軟らかな微笑み,イシエルの知るミーズからは想像が付かない。
 「い、いえ…何やってるのかなぁ,なんてね」
 ミーズは手を自分の膝の上に戻す。
 「貴方の体内にある水を操作して治癒力を高めていたんです。激しい運動でもしなければ、もう痛みは感じないはずですわ」
 その言葉に、イシエルは身を起こす。
 起きる際にあったはずの肋骨の痛みが消えている。
 「へぇ、すごいものね。さすがは大神官だけはあるっしょ」
 「それなんですが…」 そこでミーズの顔色が曇る。
 「どうしたの?」
 「あの,貴方、どちら様でしょう? 私を大神官だと御存じということは、どこかでお会いしていると思うのですが,就任したばかりですので」
 ”そう言えば…” 瞬時、考えるイシエル。本当のことを話しても、多分苦労しそうだ。
 「ええと、ロシュタリア城での就任の儀式の際に私も居合わせていたのよ」
 「ああ、それで! 泉でお会いしたときのお姿は貴族の方が着るドレスでしたものね」
 「そうそう,一応貴族の端くれでね、儀式の立会いに許されてたんだ」
 「でも、何であの泉にお供の方も連れないでいらっしゃっていたんです?」
 ”もしかして…墓穴?” 額に大汗。
 「ちょ、ちょっと散歩がてらに」
 「それに貴方のお持ちのその杖…神官の力に似ているように思われるのですが」
 ”ああ、もう!!” 痛いところばかり突いてくる彼女に内心、苛立つ。
 ガタン,そんな折り、扉の向こうで音がした。


 「放せと言っておろうが!」
 「てめぇのその態度で通すわきゃ,ねぇだろ!」
 「殿下の誘拐に一役買っておるのだぞ、あの女は!!」



 「殿下の誘拐って?」 聞こえてくる男の言葉に、イシエルは話を変えようとミーズに尋ねる。
 「ええ、昨晩でしたか…ルーン殿下が行方不明になってしまったんです」 困った様子でミーズ,話を逸らす事には成功したようだ。
 「ルーン王女が?」
 「はい、良く黙ってお散歩に出ることはあるそうなんですが。昨晩はとある貴族の飼ってらしたあの大蛇が逃げたこともあって、大変なんです」
 「ペットだったの? あれ」 ジト目のイシエル。大神官ともあろう彼女が危うく殺されかけたのだ,とてつもない怪物である。
 「ええ、昔ブームだったらしいですよ,爬虫類を飼うのが」
 「で、肝心の王女様は見つかったの?」 話を戻し、イシエルは水の神官に尋ねた。
 「それが…」 ミーズは首を横に振る。
 「侍従長を始め、城の者全員で捜したのですが、今朝になってもお帰りにならないんです」
 バン! 扉が蹴り破られる!
 失踪する黒い影!
 白刃がイシエルを襲う!!
 ザン!
 部屋を白い羽が舞った。
 両断された枕がベットに落ちる。
 「何! こいつ…」 身を捻って咄嗟にその一撃を交わしたイシエルは、ベットを間に挟んでそれと対峙する。
 そこには20代後半か,30代前半の褐色の肌の男が抜き身の剣を片手に立っている。その表情は鋭く、瞳は獲物を睨む捕獲者のようにイシエルを真っ直ぐ見つめていた。
 「ア、アンタ…」
 「ロンズ侍従長様,いきなり何です!」 ミーズの鋭い声が飛ぶ。
 「ろ、ろんず? ってもしかして」 ミーズの言葉に多少戸惑い、イシエルはまじまじと男を見つめる。
 確かにあのロンズとそっくりではあるが…雰囲気が全く異なっている。
 彼女の知るロンズは厳しいところもあるが、どことなく柔らかさをもっている。
 しかし目の前の男はまるで研いだばかりの剣のように息の詰まる感じさえ覚えた。
 「ロンズ,怪我人の部屋に押しかけたばかりか、切りつけるとは、いってぃどういうことでぃ!!」 ロンズの背後から女性の怒鳴り声,そして炎の奔流がロンズを襲った!
 「…」 ロンズと呼ばれる男は、彼女に振り向く事無しに、軽く手に提げた剣を一閃,襲い来る炎は散り散りに消え去る。
 実体のない炎を切り裂くなど、並みの剣士では不可能である。
 ”ロンズのおっさんは、でも確か剣は使わないで、坤を使うはずだし…別人?” イシエルは自分を睨み付ける男を見ながら、冴えない中年を思い出す。
 腰にはいつも剣を提げてはいるが形だけで、いつもは手にした木の棒・坤を武器として用いている,そしてそれはロシュタリアの衛兵全員に言える事だと思っていたのだが。
 「くそっ!」 その間、炎を放った少女が再び念を込める。
 「おやめなさい,クレンナ! お城を火事にするおつもり?!」
 「チッ!」 ミーズの声に我に戻った炎の大神官,クレンナ=クレンナは舌を打つと、いまいましげな視線をロンズに向けながらミーズの隣に歩み寄る。
 ロンズはそんなクレンナを一瞥すると、懐から黒い何かを取り出して、イシエルに見せた。
 「お主,この髪飾りを一体何処で手に入れた?」 ロンズがイシエルに見せたのは、ルーンにドレスと一緒に付けさせられた、黒い髪飾りである。
 「どこって…」 思い出し、イシエルは考える。ルーンに付けてもらったなどと言えば、どうなるか分かったものではない。
 「買ったものっしょ」
 「ほぅ、何処で?」
 「近くのアクセサリーショップで。どこにでも売っているものっしょ」
 「フフフ…ハハハ!!」 似合わぬ爆笑,妙に腹立たしい。
 「何が面白い?」 男を睨み付けながら、イシエルは不機嫌に問う。
 「これは夜空石といってな,10年に一度出るか出ないかの希少石だ。何処にでも売っているものではない、さらにこれほどの大きさを持つものは世界を捜してもこれ一つあるかないかの貴重な品物だ」 自信ありげにロンズはイシエルに言い放った。
 「…まじ?」 額に汗のイシエル。
 「嘘をついてどうする」
 ”王女様ぁ,そんなモノを軽々私に渡すことないっしょ?!” 心で叫ぶ。
 しかしイシエルは表面上、冷静に。
 「見間違いじゃないの? そんな髪飾り、似たようなものは何処にでもあるし。ちゃんと鑑定したの?」                              
 「…これは、拙者が殿下にお送りしたものだ」
 ”オゥ,シット! しっかし…もしかしてこのオヤジ,ロリコン?”
 そんなこと考えている場合じゃないぞ,イシエル!!





 菜々美達は小一時間ほどで広大な砂漠へと身を躍らせていた。
 誠の作った特製のエアカーは通常のものの5倍のパワーを持っているそうだ。
 灼熱の日差しに菜々美はシーツを頭から被って、疾走するエアカーの上から360度を見渡した。
 「何にもないわねぇ」
 「ほんと,遺跡なんかあるのかなぁ」 カーリアもまた、眩しそうに目を細め、エアカーの運転席から辺りを見渡した。
 見渡すかぎりの砂・砂・砂…
 すでに通過してきた街の影すら見えない。
 カーリアは運転席のスピードメーターの隣にあるレーダーを見る。
 周囲10kmに渡って、建造物などの影は探知されていなかった。
 と、その下にあるいくつかのボタンが目に入る。
 「? 何だろ,これ」 そのボタンの下には小さく文字が書いてある。
 その一つには『誠のテーマ』と書かれていた。
 ポチ,カーリアはためらいなくそれを押す。
 「ルパン・ザ・サ〜ド,ウァアオォ!」
 突如、大音響で歌声が鳴り響いた。
 「真っ赤なぁ、ば〜らはぁ、あいつのぉ〜,くちびるぅ♪」
 「何何何? 一体何???」 シーツを風に飛ばし、菜々美は慌てて立ち上がる。
 プチ、カーリアはもう一度そのボタンを押す,すると歌声は消えた。
 「??? 今の、誠のテーマだって」
 「カーステレオだったの?! でも誠っちゃんのテーマって…」茫然と菜々美はカーリアの指すボタン群を眺める。
 「新曲はないのかしら」
 菜々美は『萌え萌えのテーマ』と書かれたボタンを押した。
 「恋っしま〜しょ、粘りぃ〜ましょ♪」
 「! んな! 鳩子バージョン!?」 驚愕の菜々美。
 何故最近の曲を知っている? 菜々美??(風化するけど)[ほら、風化した(汗)]
 そんな菜々美の背中をつつくカーリア。
 「ねぇ、菜々美、あれ、何だろ」 彼女の指し示す方向に菜々美は視線を変えた。
 そこには遥か遠方だが、山のようなものが蜃気楼のように揺らめいて見えた。
 「あれかもしれない,行くわよ,カーリア!」
 「OK,菜々美!」 カーリアはそれへ向けて、エアカーの方向を転換する。



 岩山の一角をくり抜くように遺跡が見て取れた。
 岩山そのものが風化した遺跡なのかも知れない。
 彼女達は遺跡の入口らしきものの前でエアカーを止めた。
 「よっと!」 砂地に降り立つ菜々美。サンダル越しにも焼けた砂の熱さが伝わってくる。
 「なんか、懐かしい感じがする」 カーリアは岩山を見上げ、呟いた。
 「行こう、カーリア,お醤油を探す冒険へ!」
 「ええ」 微笑み合い、二人はうす暗い遺跡の中へと踏み込んで行った。



 カンテラの炎が揺らめく。
 ジメっとした通路を進むうちに、この遺跡に誰かが生活しているような雰囲気を、二人は受けていた。
 通路は結構、ホコリも少なくまるで掃除されているようだ。
 「カーリア,なんか出てきたら、問答無用で張り倒しちゃってOKだかんね」
 「いいのかなぁ」 苦笑するカーリア。しかしすぐに真顔に戻り、隙なく周囲を見渡す。
 「ん?」 菜々美は個室に繋がる小さな扉を見つけた。
 カチャリ,扉の取っ手は腐る事なくしっかりと機能、菜々美は足を踏み込む。
 ひんやりとした部屋。そこには大きなカメが所狭しと置かれていた。
 「何だろ、これ?」 上蓋を取る菜々美。
 懐かしい香りがうっすらと彼女の鼻腔を突いた。
 「これって!」 彼女は慌ててカメの中身を見る。
 一杯に満たされた液体が入っていた。
 菜々美は人差し指を軽く付け、それをカンテラの明かりに照らす。
 黒い液体だった。
 舐める,芳醇な香りと独特の塩辛さが舌を満たしていく。
 「お醤油,GETだぜ!」 ガッツポーズの菜々美。
 「菜々美!」 同時に警戒を促すカーリアの鋭い声!
 バタバタバタ…
 廊下から騒がしい音が聞こえる。
 「何,やっぱり誰かがいたの?」 小声で菜々美はカーリアに問いかける。
 が、カーリアは無言のまま、菜々美を背に扉を見据える。
 騒がしい音は次第に大きくなり…
 バタン!
 勢い良く、扉が開かれた!




 「行きましょう,誠様!」 誠の手を取り、立ち上がるルーン。
 「行きましょうって…どこへ?」 それに対し、誠は首を傾げた。
 ルーンはその誠のあっけらかんとした態度に頬を膨らませる。
 「ここを抜け出すんです。決まってるじゃないですか!」
 「でもここがどこだか分からんし」
 「じゃあ、ずっとここにいるおつもりですの?」 挑戦的に、彼女は問う。
 「…それもそうですね,ほな、行きますか!」 誠は白い宝珠を右手に立ち上がる。持って行く物で、必要なものはこれだけだ。
 「見張りはいないんですか?」 誠は小声でルーンに尋ねた。
 「ええ、なんでも人手が足りないみたいで。それに陣内さんは私達が絶対逃げられないと思っているようですわ」
 ルーンを先頭に、二人は部屋を後にする。
 まっすぐに延びる廊下を歩く。やがてT字路へと差し掛かった。
 そこで二人は立ち止まる。
 「右に行くとディーバさん達のいる大広間になっています。左はまだ行ったことがありません」
 「じゃ、左に行きましょう」
 「はい」
 やがて通路は拓けてくる。
 ドーム状の部屋へとたどり着いた。
 そこにはバグロムの使う飛空艇が一隻、置かれている。遥かに高い天井は吹き抜けで、青い空が小さく覗いていた。
 「王女様、隠れて!」
 「え?」 誠は通路の影にルーンを引き寄せた。飛空艇から二匹のバグロムが降りてくる。
 彼らは何やら言いながら、飛空艇の下や側面に移動して行った。
 「何をやっているんでしょう?」
 「整備してるみたいです。あれを使うのは無理そうですね」 物陰に隠れ、二人は話す。
 「操縦できないと思いますけど…あら?」
 やがてルーンは飛空艇を挟んで反対側に開かれた両開きの扉があるのに気付く。
 「裏門みたいなものでしょうか? 外に通じていそうですよ」 ルーンは流れてくる風向きからそう告げた。
 「あそこしかなさそうですね,そぅっと行きましょう」 誠が足を踏み出す。
 飛空艇を整備するバグロムの内、一匹が腰が痛くなったのであろうか,いきなり背筋を延ばした。
 「フア〜ア」 眠たそうなバグロムの目。
 誠と目が合った。
 「…お、おおきに」
 「…ガウ」
 バグロムは返事をすると飛空艇に目を移し…
 「?? ダッソウデズ!!」 叫ぶ。
 もう一匹もまた、誠とルーンを見つけて叫ぶ!
 「アカン,走るで!」
 「はい!」
 誠はルーンの手を掴んで、一気に扉に向かって駆け抜けた。
 後ろから追ってくる足音が聞こえる。
 「誠様,早く!」 いつの間にやら手を引かれている誠。
 「はぁはぁ,近頃運動してへんかったから…体力落ちとるなぁ」
 「ここを抜け出したら、ちゃんと運動もしましょうね」
 「…王女様,余裕ですね,あ!」 誠は立ち止まる。
 「きゃ!」 手を捕まれたままのルーンもまた、誠に引っ張られるようにして立ち止まった。
 「どうしたんですか!」 後ろから迫ってくる二匹のバグロムを睨みながらルーン。
 誠はそれには無言で彼女の後ろ,これから行く先を指さした。
 そこからは一人と一匹の姿がある。
 「なんだ,誠。逃げ出すつもりか?」 それはそう、人間の言葉で言い放った。
 彼の背後からはうっすらとではあるが、日の光が見えて、その表情は逆光の為に読み取れない。
 おそらく高笑い3秒前といったところか。
 「くそっ,後少しのところで」
 「誠様!」 ルーンは誠の手を引く。
 バタン!
 扉の開く音がした。
 「え?」 二人の立つ通路の壁に、小部屋か何かの扉があったのだ。ルーンが開いたのだろう,暗闇が先に広がっている。
 二人はそこに飛び込む!
 「何や?」 薄暗い部屋,そこは物置だった。
 樽らしきものが幾つも、所狭しと置かれている。
 そして動く影が二つ!
 「ここにもバグロムか!」 ルーンを背に隠し、あとずさる誠。
 しかし帰ってきた返事は予想だにしなかったものであった。
 「まこっちゃん? まこっちゃんじゃない!!」



 「…? 菜々美ちゃん? な、何でこんなところに菜々美ちゃんが?」
 「それはこっちのセリフよ! お兄ちゃんにさらわれたって言うから…わざわざ探しにきたのよ」
 「そうだっけ?」ボソリ,呟くもう一つの少女の声。
 「カ、カーリア? 君まで…」
 「神妙にしろ,誠ぉ!」 バグロムを伴なって、陣内が踏み込んできた!
 「お兄ちゃん?! カーリア,やっておしまい!」 慈悲なく、菜々美。ドロンチョみたいだ。
 「いいのかなぁ」
 困った顔をしながらカーリアが一気に彼らとの距離を詰める。
 「な、お前はカーリア!! 何で生きている?!」
 おののく陣内の水月に一撃,前のめりになる陣内からその隣のバグロム,カツオに向って軽く飛び上がり、延髄切りを食らわす。
 その間,0.8秒。
 「ぐぅぅ!!」
 「グゲ」
 倒れる一人と一匹。
 その早業に呆気に取られながらも、残る二匹のバグロムはカーリアに飛び掛かった。
 「遅いよ,全然」 ニタリと不気味な笑みをカーリアは浮かべると、手前のバグロムに足払い,後ろに転倒するバグロムは残るもう一匹をも巻き込み、倒れた。
 そこへ彼女の連続カカト落としが炸裂。
 目標は完全に沈黙した。
 「っと、2.2秒。まぁまぁのタイムね」 いつの間にかストップウォッチを手にした菜々美。
 「お強いんですね」 ルーンが目を大きく見開いて、カーリアに呟いた。
 「そかな?」
 「さ、行くわよ,カーリアも一つお願いね」 タルを一つ、肩に担いだ菜々美。
 「早く逃げるわよ,まこっちゃんと…あれ?」
 「ルーンです」
 「そう、ルーンさんも,ええ?」 立ち止まるが、取り合えず詮索は後回しにしたのか、菜々美は実の兄を踏み越えて駆け出した。
 そのあとに樽を二つ持ったカーリアと誠,ルーンが続く。
 徐々に近づく太陽の光。
 やがてそれは拓け、目を開けていられないような眩しい光景が広がった。
 「「クッ」」 眩しさに立ち止まる誠とルーン。
 「早く,なにやってるの!」 菜々美の叱咤が飛ぶ。
 何とか誠は目を開けると、すでにエンジンを掛けてエアカーの上で二人を待つ、菜々美とカーリアの姿があった。
 そして辺り一面の砂・砂・砂…
 「砂漠? 陣内の余裕はこのせいか」
 「置いてっちゃうわよ!」
 「ちょ、ちょっと待ってぇや!!」 片手で額を押さえて眩しさに堪えるルーンのその手を無理矢理、誠は取ると、彼女を引き摺るようにしてエアカーに飛び乗った。
 ブォン!!
 突発的な排気,掛かる横のG。
 「きゃぁ!」 視界が戻っていない上に、急な衝撃で誠にのしかかるルーン。
 「うぁぶ…」 なにやら柔らかいものに気道と視界を奪われ、誠は呻き声だけを残して、カーリアの遺跡を後にしていた。



 「くっそう…何故菜々美がここに」制服のホコリを払いながら陣内はよろよろと立ち上がった。
 「我が飛空艇の燃料を奪って行くとは…相変わらず良く分からないことをする」彼は、なくなった三つの樽を眺めながら、首を捻る。
 「ええい、ともかく追うぞ,飛空挺を用意せい!!」 だが、陣内の言葉に誠の第一発見者であるイクラが困ったように何かを言う。
 それに陣内の表情が厳しくなった。
 「なぬぅ! 整備にあと1時間はかかるだと?! 3分でやれ!」 イクラに頭ごなしに怒鳴りつけた!
 さすがに一時間を三分は無理だろう,陣内…
 「「ウッキョ〜」」 仕方なし,そんな感じで廊下にバグロムの返事が響いたのだった。




 「…・・」
 「…・・」
 にらみ合う二人。
 先に視線を外したのは男の方だった。
 「確かにその髪飾りが夜空石であると言う証拠はないな」 言って、背を向ける。
 「だが、ルーン殿下行方不明の件は、お前が一番犯人に近いと俺は思う。せいぜい尻尾を隠し通すが良い」 そう言い残し、彼は部屋を出て行った。
 「…・・」 出て行った扉を見つめながら、イシエルは内心ほっと一息付く。
 「ったく、イケすかねぇ野郎だぜ」 クレンナが張り詰めた沈黙を破る。
 「アンタ,怪我はないか?」
 「ええ、大丈夫」 答えるイシエルに、クレンナは地のランプを差し出した。
 「ドレスの方はヘビの血とかでどうしようもなくなっちまってな。これを着てくれ」 続けて手渡すのは、イシエルの髪と同じ藍色のタイトスーツにマントだった。
 「アタシの同僚がアンタに渡してくれってさ。変わった服だな」
 「…ええ」 イシエルは半日前に会った風の大神官を思い出す。
 アフラに似ていて食えない人間のようだ。
 ”地の神官ってのを黙認ということね” 苦笑。
 「さて」 トン,パジャマ姿の彼女は地のランプで床を軽く一叩き。
 「ミーズ,クレンナ。私がルーン王女をさらった犯人を捕まえてあげるっしょ!」



 「とは言ったものの…」 ロシュタリア城下町,イシエルは公園の噴水のほとりで一人、途方に暮れる。
 勢いで飛び出してきてしまったのは良いが、彼女は重大な問題に気が付いたのだ。
 そう、一文無しだったのである。
 「どこぞの貴族ではなかったのですかな?」 背後からの声に、彼女は振り返る。
 ロンズである。
 「何でここに?」
 「容疑者をホイホイ外へ出すほど、俺はバカではない」
 「…ロンズ…さん?」
 「なんだ?」
 「小銭,ある?」



 「来た来たきたぁぁ!!」
 馬のような,ロバのような生き物がトラックを走る。
 背に番号が書かれたその生き物はテープを切ってゴールイン!
 「っしゃ!! 倍率4倍で頂き!!」 手にした券を抱きしめて、イシエルは嬉しさに飛び跳ねた。
 「おいおい…」 その隣で、男がジト目を向けている。
 言わずと知れたロンズである。彼はロシュタリアの国営競馬場に来ていた。
 すでに4レース,イシエルは勝ち続け、ロンズに借りた分もとうに返している。
 「ロンズさん,最後のレースは大穴の1−3っしょ」
 「どこからその自信が来るのですかな?」 半ば呆れ、ロンズ。
 「私が未来から来たから…っていうのは?」 彼の顔色を伺うように、イシエルは切り出した。
 「ほぅ」 半眼。
 「なら、次のレース,私の言う通り1−3だったらそれを認めてもらうべさ」
 「いいだろう,これは素人目に見ても、大穴の結果だ」
 「その言葉、覚えておきなさいよ」 言い捨て、彼女は券売場へと走っていった。



 馬のようなものが走る走る…
 先頭を行くのはD,その次がF。
 ほとんどダンゴ状態だ。
 と、先頭がコケた!
 砂煙が上がる競馬場。
 その煙の中から出てきたのは…
 一番遅れていた二頭だけだった。
 結果、一位は@,二位はA!
 「っしゃ!! 見た見た見た? ロンズさん?!」
 「…フッ」 苦笑するロンズ。
 そこかしこで、馬券を投げ捨てる光景が見られる。
 一人喜ぶイシエルに憎しみの視線を投げかける者もいるくらいだ。
 「この年は私も大損したのよねぇ,今頃、昔の私が夜逃げしてるころっしょ」
 「未来から来た…か。その言葉に偽りはないようだな」 呟くロンズに悔しさの色はなかった。
 「? ロンズさん?」 いぶかしむイシエル。
 「まぁ、こんなところだ」 言って、彼はイシエルに紙の束を見せた。
 それはこのレースの馬券,1−3の一点買いである。
 「…信じてたの? 一体いくら分を」 茫然とイシエル。その馬券の量からかなりの額に違いない。
 「取り合えず貯金を全てな。酔狂だ」
 「酔狂で全部賭けるなぁぁぁ!!」
 「確信があったのであろう,お前には? 俺はそんなお前に賭けたにすぎん」
 そのロンズの言葉の言わんとしていることを、イシエルは気づいていた。
 「ルーン王女様の居場所っしょ?」 コクリ,ロンズは頷く。
 しかしイシエルの記憶には、この頃ルーンが行方不明になったというニュースはない。
 「…この件は公表していないっしょ?」
 「当然だ」鷹揚に頷くロンズ。
 「私の記憶には王女様が行方不明になったっていう事件はないわ。要するに」
 「誰かが、いや,俺が解決しなければいけないということか」
 しかしそれにイシエルは首を横に振った。
 「俺が,じゃない。俺達が,っしょ!」 断言するイシエル。
 二人の間に沈黙の空気が流れた。
 「…そうか,礼を言う」 頭を下げるロンズ。
 「何言ってるべさ! 私もなんとかして元の時代に帰らなくちゃいけないんだから。それに…なんか王女様の件と私がここに来てしまったのって、偶然じゃない気がするし」
 言うイシエルに、ロンズは右手を差し出した。
 「俺はロシュタリア第二近衛隊隊長ロンズだ」
 「イシエル・ソエルよ、よろしく」


To Be Contiuned !! 




なかがきU
 若い頃のロンズ。
 今でこそ燻し銀の魅力を持つ脇役ではありますが、過去はどんなんだったのかと。
 「そこに直れぇい! 歯を食いしばれぃ!!」な感じだったのだろうか?!
 それとも…
 今回のこれ,言うまでもなく、ロンズが裏の主役です,たまにはオヤジキャラも見てやって下さい(笑)




次回予告

菜々美さんから留守番をいいつかったのですが、難しいものですね
どうやら評判を落としてしまったようなので、ここは名誉挽回とばかりに
『味皇決定戦』にエントリーしたのですけど…
私,クァウール・タウラス,死を恐れず頑張ります!!
次回、混迷の世界エルハザード 第四夜 『混濁の世界へ』
見ていて下さい,菜々美さん! 必ず勝ってみせます(親指グッ!)


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