Elhazard The Confusly World !! 



 幾霜もの夜を越え 蓄えられし位相の力
 想いは時に引き金となり 壊れた歯車を再び廻す
 過ぎ去りし時と 訪れる時 信じ得る時は今この時
 想い出により開かれし時の扉 今、訪れし約束された出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード ここにその扉が開かれん



混迷の世界 エルハザード

第四夜 混濁の世界へ



 崩れた石柱。それはかつての館の支柱であったのであろうか?
 ガレキの中、無人のその町はそういった無機物のみが乱立している。
 所々に見える黒いシミは、火災において高温にさらされた跡であろう。
 そのひときわ大きな石柱の麓に、黄色い花がたくさん詰まった花束が備えられている。
 風に花が揺れ、花びらが一枚、大空に飛び去る。
 それを見上げる一人の男。
 柱を前に膝を付いている彼は腰に指した長剣を鞘ごと外した。
 「覚えているか?」
 彼のつぶやきは風の中に消える。
 「お前の為に剣を取り、彼女の為に剣を封じた」
 目の前に剣を持ち、ゆっくりと抜刀する。
 昼の太陽の光が曇り一つない刀身に照り返す。
 「結局は彼女の言葉は正しかったのかも知れぬ。剣は人の心をも傷つける。切られた者を愛する者の心をも」
 チャキ、刀身を鞘に戻す男。
 「お前を守れなかった私だが…こうして守るべき者を見つけ、私は未だ生きている。お前は私を怨むだろうな、こんな私を」 自虐的に微笑む。
 彼を見つめるのは青空ばかり。過去の彼を見つめていたのも、やはり炎に赤く染まった空だけであった。





 アフラはロシュタリアの王宮内を歩いていた。
 行き先は当然、誠の研究室のある中庭である。
 「うう…」 彼女の腕の中、赤い髪の少女がグズりだす。
 「う…ぎゃぁ,おんぎゃあ!」
 「泣き声も景気の良いお人どすなぁ」 眉をしかめアフラはあやすが、一向に静かになる気配はない。
 「よしよし,ミルクやね、もう少ししたらあげますし」 困った顔で彼女。
 「ちっが〜う,モノホンを欲しがっておるのじゃ!!」
 「っっわぁ〜!! ス、ストレルバウ博士?!」 慌てて驚きに転びそうになるのを押さえる。
 肩を上下させ、息切れしながら彼女の後ろに立つはストレルバウ。
 目が何故か血走っていたりする。
 「ささ、アフラ殿,母乳をずずぃっと!」
 「死にさらせ,ワレぇ!!」
 ゲシィ,アフラの渾身の蹴りがストレルバウを通路の遥か彼方に吹き飛ばした。
 「ったく、ロシュタリアの末も見えたような気がしますわ」 壁にめり込んで動かなくなったことを遠目に確認。
 「あら、アフラ様? その子は?」
 聞き覚えのある声に、アフラは再び前を向いた。
 そこにはルーンが不思議そうにアフラの抱く赤ん坊を見ている。
 「この子,アフラ様のお子さんですか?」
 「…誰とのです?」 半ば呆れ、アフラは逆に問い返す。
 「そうねぇ…その赤い髪は,シェーラ様との?」 人差し指を顎に当て、ルーンは思案した。
 「…」
 「冗談ですわ,誠様でしょう?」
 「それも冗談ですよね?」 引きつった笑いでアフラ。
 「違うのですか?」
 「違いますぇ!! そもそもウチの子じゃありません!」 力一杯否定。
 「そうですの,そんなに照れなくても…残念ですわ」 ルーンは困った顔で溜め息一つ。
 ”何故、残念??” 心の中で呟く。ルーンのペースにはどうもアフラは付いていけない。
 アフラは話題を変える。
 「誠はんはおります?」
 その問いに、ルーンはさらに困った顔になる。
 「それがバグロムにさらわれてしまったのです」
 「またですか」 肩の力を落とす。
 バグロムの司令官・陣内とかいう男とは誠は結構仲が良いと、アフラは踏んでいる。
 ”まぁ、命に危険はなさそうどすが”
 「うんぎゃぁぁ…」 シェーラの声が王宮内に響く。
 瞬間の熟考の後、アフラは名案一つ。
 「王女様、一つ頼みたいことがあるんですが」
 「なんなりと」
 「この子を預かっていてくれませんか?」



 アフラは取り合えずルーンにミルクのあげ方,おしめの変え方,ゲップのさせ、等々を簡単に教え、ルーンにシェーラを預けた。
 こういう時に限って女官が一人も見つからなかった事に色んな意味で解せないものを感じたが。
 だが、この時に彼女は人生最大のミスを犯した事に、この時は気付いてはいなかった…



 アフラはロシュタリア城の最も高い塔の屋根に立つ。
 目を閉じ、流れ行く風の声を聞く。
 遠方から来た風,路地裏を流れる風,空を行く風,それらの見てきた映像を受け取る。
 そしてその様々な映像の中からバグロムの姿を見つけだした。
 「砂漠の中…遺跡?」
 それを見て来た風に導かれ、アフラは屋根から足を放し、風の翼を広げる。
 ロシュタリアの空に、爽やかな風が一陣、舞った。



 「るーん,ソノ子,ナンダ?」
 「あら、ウーラ。この子はアフラ様と誠様のお子さんなの」 食事をして満足げな寝顔を見せるシェーラを抱いたルーンに猫が尋ねる。
 「…ホントウカ?」 ルーンの隣に寄り、シェーラの寝顔をウーラは見つめた。
 「ええ、確かそう言っていたような気がするわ,アフラ様、照れちゃって」 フフフと思い出すように微笑むルーン。
 「ナンカ、何処カデ嗅イダ匂イダ」 匂いを嗅いで何か釈然としないものを感じる。しかしそう思ったのは一瞬,すぐに興味の対象に意識は行く。
 「誠ハアフラヲ選ンダノカ,以外ダネ」
 「そうねぇ」
 穏やかな昼下がりの、ほのぼのとした光景だった…




 「すごい人ですねぇ」 クァウールは人だかりの辺りを見回す。
 フリスタリカ郊外にある公園,普段は街の雑踏に疲れた市民の心を安らげる場所として重宝されているここは、本日ばかりは街の中以上に人が集っている。
 ロシュタリア中,いや、諸外国からの料理の腕利きが集う『第50回味皇決定戦』,文字通り料理を作りその優越を争うコンテストである。
 「クァウール,何をボサっとしておる!」
 「え、あ,はい!」 人の波に押し流されそうになるクァウールの手を掴み、ファトラはアレーレ,パルナスを伴って『エントリー受付』と書かれた看板のある屋台に向かって足を向けた。
 「おい、エントリー4名じゃ」
 「はい,承知いたし…ファ、ファトラ様?!」 受付の男は彼女達の顔を見て絶句。
 「? 何じゃ,お主、城の衛士ではないか。こんな所で何をやっている?」
 ファトラは彼の姿を見て納得する。確かに一国の王女がエントリーなどとは驚くのは無理もない。
 「ハッ,この大会は某サッカーのW杯の様に国を挙げての行事であります故」
 「それもそうであるな,衛兵のほとんどが手伝いに駆り出されておるのというのは、あながち大袈裟ではなさそうだな」
 「ここで優勝すれば、その道ではかなりの名声を得られそうですね」 こちらはアレーレ。
 「その通りです,諸外国の首脳を始め、全国から人々がやってきますから…本当に出場なさるのですか?」
 「無論じゃ!」 半ば自棄なファトラ。
 「この大会は心技体の三拍子を試すために無茶苦茶な予選があるんです。昨年、隣国ガナンで開催されたときには、およそ半数の料理人が負傷,そのまた半分が再起不能に陥りまして」 忠告する衛士。
 ”””なぬぅ!!”””
 しかしその衛士の言葉をクァウールが片手で制す。
 「死は覚悟の上ですわ」 彼女は自信を持ってきっぱり言い切った。
 ”””おいおい””” 額に汗の残る3名。
 「そこまでのお覚悟の上でしたか,でしたら私はもうお止めしません!!」 これまた何故か感動の涙の衛士。
 ””止めてくれ”” 逃げ出しそうな3人の心に響く悲痛な叫びは、クァウールと衛士の心に届くことはなかった。



 ドドン,ドン
 青空に花火の煙が浮かんだ。
 「さぁ、皆の衆,ノッてるか〜い!!」
 「「おう!!」」 司会の言葉に物凄い数の観衆が一斉に答える。
 赤い垂れ幕をバックに段上に立つは学術顧問ストレルバウ,老体に似合わず妙にハツラツとしていたりする。
 「さて、今回の出場者は総勢500名,この中で見事キング オブ デザートの名に輝くのは一体誰か?!」
 ストレルバウは叫び、垂れ幕を引っ張る。
 バサリ,音を立てて落ちる幕の向こうには500名の料理人達が立っていた。



 「緊張しますね」 広いはずの公園の広場にぎっしりと押しかけた観衆を見て、クァウールは呟いた。
 観客席の前には、取り囲むように近頃エルハザード全土で採用され始めたカメラと呼ばれる代物が置かれている。
 このカメラ,これに映る画像は他国のテレビと呼ばれる画面に転送されるのだそうだ。すなわちここで起こった事は現在、他国にいる者すらも知り得る事が出来るのだ。
 「クァウール様ぁ、僕達生きて帰れますかねぇ」
 「??? 当たり前でしょう? ところで博士,お怪我なさってるみたいだけど、パルナス,知ってる?」
 「? さぁ?」
 「そんなことより、予選とはどんなものなのだ?」 ファトラが小声で尋ねた。
 「皿洗いとか…じゃないですかねぇ」 アレーレは答える。
 「皿洗いで再起不能になるのかなぁ」 と、そんなパルナスの言葉をアレーレは人差し指を口に当てて止めた。



 「まず予選一戦目は…
 「一戦目は…
 「水上騎馬戦だぁ〜!」 ストレルバウがマイクを持った手をグッと天に掲げた。
 「うおぉぉぉ!!!」」 観衆(主に男性)から喜びの叫びとも取れる押し寄せるような喚声。
 「おい!」 ジト目のファトラ。
 「水着の間からポロリ,なんてのも大アリじゃ!!」
 「「お〜!!」」
 「何がポロリなんでしょう?」 事体に付いていけないのか,クァウールはファトラに困ったように尋ねた。
 「…色々とな」 それをまるで聞かずに額に汗のファトラ。
 料理人は当然、男性もいる。見せたくもないが、見たくないものを見るかもしれない。
 「どうでも良いが,全然料理と関係ない予選じゃぁないのか?!」
 ファトラはこれから繰り広げられるであろう,予選の数々に気が遠のく思いを抱いたのだった。




 勝ちどきの祝杯,二人は杯を酌み交わす。
 城下町のとある酒場。
 「しかし…なんだな」
 カウンターに陣取った二人。時刻は夕方,結構客はいるが物静かな雰囲気の店だ。
 ちなみにイシエルのいる時代にはこの店はなかったはずだった。
 「ん?」 落ち着きのないロンズにイシエルは視線を向ける。
 「どうもこういう場所は落ち着かぬ」 辺りを見回しながらロンズ。
 「そう?」 まじまじと彼を見つめる。
 「なんだ?」 怪訝そうに眉をひそめる。
 「真面目すぎるべさ。それじゃ、部下も肩が凝ってしょうがないっしょ」 溜め息一つ,彼女は率直な感想を言う。
 「ストレルバウ殿と同じことを言うな」
 「へぇ、博士もねぇ。それはともかく、おまけにそんなに殺気を振りまいて、ケンカしたいの?」
 ロンズの半径2mに入ると背筋が寒くなるのであろう,二人の周りには一般の客はいなかった。
 「これが地なのだ,仕方あるまい」 グラスを傾け、ぼやくロンズ。
 「治しなさいよ…」
 「無理だな」 あっさりと否定され、イシエルも諦める。
 「ま、いいっしょ。マスター,近頃人攫いの事件とか聞かない?」
 イシエルは目の前にいたバーテンダーに尋ねる。
 「…さぁな」 そっけなく、彼は流し、違う客に呼ばれそちらへと移動した。
 「どんなことでも良いんだけどね」 イシエルはロシュタリア紙幣を丸め、空のグラスに入れてカウンターを滑らせる。
 バーテンはそれを手にする。
 やがて戻ってくる。
 「北の森にあぶれた幻影族と徒党を組んだ奴等が住み着いている。そいつらが裏のルートで、さらってきた人間をなんらかの術で記憶喪失させ、奴隷として流しているようだ」 小声で答えるバーテン。
 「何だと!!」 椅子を蹴倒し、ロンズは立ち上がった。
 その勢いのまま、彼はバーテンの襟首を掴む!
 「何故そんな犯罪を報告しない!」
 「く、くるし…」
 「貴様もそいつらと同じ犯罪者だ!」 片手で彼はバーテンを持ち上げ、背後に投げ捨てる。
 宙を舞うバーテンは、茫然とそれを見つめていた客のテーブルをひっくり返すと完全に白目を剥いた。
 「バ、バカ,何をするべさ!!!」 慌てるイシエル。
 しかし彼は無視,抜刀する。
 そんなロンズを腕っぷしの良い常連客達が取り囲んだ。
 ”マ、マジ? …どうする…”
 躊躇は一瞬,彼女は地のランプを手繰り寄せる。
 “大地よ…” 彼女の念に伴ない、不意に床から土で出来た巨大な拳が次々と出現,突き破ったそれは客とロンズにアッパーカットを食らわせる。
 のびたロンズの襟首を掴み、イシエルは阿鼻叫喚の店内から逃げる様にして走り去った…・・



 「いったい何考えてるべさ!」 ロシュタリア城の裏、人気のない広場で、イシエルはロンズに詰め寄る。
 月明かりが地平線の向こうに沈んだ太陽の残り香に打ち勝つこの時間、彼方から聞こえてくる仕事を終えた人々の雑踏に混じって消防隊のサイレンも混じって届いてきた。
 「…あのお店、だから私の時代にはもうなかったの,かな」 紺とオレンジのグラデーションに彩られた空を見上げて彼女は小さく呟いた。
 「フン、国賊を黙認しておる輩など滅びて当然」
 「あのねぇ、真っ白な世界なんてないのよ。光を求める以上、影を認めないといけないの」 厳しい表情でイシエルは言う。
 「誰がそんなことを決めたのだ。ならば影のない世界を作ればいい、全ての影を殲滅してな」 聞く耳持たず,ロンズは応えた。
 「皆が皆,まっすぐに生きているわけではないのよ。誰でも心に黒いものを持っている。私も…」
 「くだらんな」 一笑。
 「どういうことっしょ」
 「そんなことで普通に生きているものが脅えていなくてはならないのなら、俺が影を全て切り払う」 腰に差した剣に手を振れ、彼は言う。
 「…そぅ、ならここでサヨナラっしょ」 イシエルは寂しそうな、それでいて辛そうな表情でそう言い残した。
 「? 何だと?」
 イシエルはロンズに背を向ける。
 彼が止める間もなく、彼女の背中は陽炎のように揺れ、消えていった。





 「ふぅ、ほっと一息やなぁ」
 砂漠の中、誠は灼熱の日差しに目を細める。
 肌を焼き付けるような空気を切り、思わずホバーの影に身を隠してしまう。
 「で、まこっちゃん,その娘は?」 日差しを避ける為、マントを羽織る菜々美は誠の隣に寄り添うように腰かけるルーンを怪訝な視線で眺めながら、尋ねる。
 「ん? ああ、この方は」
 「ルーンと申します。危ないところをどうも有り難う御座いました」 穏やかな微笑。
 「…? ルーンって」
 「危ないところ,ってまだ危険は続いているよ」 言葉を遮って、運転席から少女の声が響いた。
 「どういうことや? カーリア」
 誠の問いに彼女は上空を指さす。
 見上げる3人。
 遥か上空に黒い点が見えた。
 それは次第に大きくなり…
 「バグロムの…
 …飛空艇や!」
 「まぁ、見つかってしまったようですわね」 のほほんとルーン。
 『ヒャ〜ッハッハッハ,この私から逃れられると思っているのか?!』 飛空挺の拡声器から、陣内の甲高い声が砂漠に響いた。
 「お兄ちゃん…いい加減、まっとうな人間になったらどうなの!!」
 『菜々美よ、兄を裏切り、誠に加担するとは愚かな。そのように育てた覚えは…』
 「育ててもらった覚えなんかないわよ! それに人類の敵を兄に持つ妹の気苦労も少しは分かりなさいよ!!」
 『栄誉の間違いであろう,そんなことはどうでも良い、誠,逃げるとは卑怯だぞ!』
 「なんか支離滅裂やなぁ,カーリア、運転席にある黄色いボタン,押してくれへん?」 二人の兄妹喧嘩を眺めながら、誠はカーリアに向き直る。
 「? これ?」 誠に言われ、カーリアは無造作にそれを押した。
 『行け、イフリーナ!』 ほぼそれと同時に陣内の声が響く。
 「はぁい!」 上空からは鬼神の少女が降りてくる。
 バカン,ホバーのトランクに当たる部分が開いた。
 そこには何やら筒のようなものが数本入っている。
 それらは小さく振動したかと思うと…
 ドドシュ!!
 上空に向かって発射された。先にはイフリーナがいる。
 「何です? これ?」 襲い来るそれらをゼンマイで打ちのめし…
 ドグァァ!!!
 紅蓮の炎に包まれた。
 「ひょ〜〜」 黒く焦げて地平線の彼方に落下していくイフリーナ。
 「何て酷いことを,お兄ちゃん!」
 「むごいで,陣内!!」
 『こらこら! 私のせいなのか?!』 スピーカーの向こうから狼狽えた陣内の声が聞こえてくる。
 「今のうちや、カーリア,加速装置発動!!」
 「イエッサ〜」 グン,横Gが四人に加わる。
 『ま、まてぇい!!』 その声は次第に後ろへ、後ろへと下がって行った。
 ゴン と、そんな音が背後から聞こえてくる。
 「あら? 誠様、飛空艇が」 後ろを見たルーンは誠の袖を引っ張った。
 誠もまた振り返る。
 飛空艇が砂漠にめり込んでいる。墜落したようだ。
 そのシルエットもまた、小さくなって行く。
 「どうしたんやろ?」
 「操縦をミスったんじゃない?」 さして気にした風でもなく菜々美は言う。
 加速装置が切れ、ホバーは慣性に従い、軽快に砂の海を滑る。
 「そうかなぁ」 首を傾げる誠の前を、一陣の風が後ろから駆け抜けた。
 と、4人は影の中に入る。
 「やっと見つけおましたわ」
 その声に誠は顔を上げる。逆光に目を細めるが、シルエットからその正体が掴めた。
 ホバーの舳先に立つは風の大神官,アフラ・マーン。
 「ホント,厄介ごとに好まれるお人やねぇ」
 「アフラさん,もしかしてバグロムの飛空艇は…」
 「ええ、しばらく航行は不能おへんか?」 菜々美にアフラは答えながら船体の縁に腰を下ろした。
 「ちょっと誠はんに用がおまして」
 「僕にですか?」
 「ええ、実は…シェーラが若年化の魔薬で赤ん坊に」
 「なんでです?!」
 「シッ,あんまり公にしたくないどすぇ。特に菜々美はんにはシェーラのことでおますし」
 「それもそうですね。半年はからかわれるさかい」

 「なぁに二人でヒソヒソと話してんのよ」ジト目で菜々美。
 「な、何でもあらへん,ちょっと…研究の事で」
 「研究,ねぇ」 怪訝に見つめながらも菜々美はカーリアの方へと移動していった。
 「あのバカ,暇だからって開けてしまいよって」
 「あれを直すには夜空石っていう宝石が必要なんです」 困った顔で誠は言う。
 「? 夜空石?」
 「ええ、僕も研究しようとしたんです。書物の記述では大体どんな物かは想像つくんですが、何しろ高価な物で」
 「どんな物なんです?」
 「空間の圧縮されたものだと僕は思います。その圧縮により、時空に歪みが生じて非常に美しい光彩を放つとか…。でもそんな外観よりも重要なのは持っている力です」
 「時空を操る事ができる,ということどすな?」
 「ええ。その可能性がある宝石です。その特異性から滅多に発掘されないという事ですけど」 可能性という点を強調する。
 「幾らくらいのものでおますか?」
 「ロシュタリア城が買えます」
 「シェーラは諦めますぇ」 両手を広げ、アフラ。
 「そんなあっさりと…」

 「夜空石なら持ってますわ」
 「「うわわ!!」」 突然二人の間に入り込んだのはルーン王女その人だった。
 「? はい」 ルーンは自らの髪に手を伸ばし、黒い髪飾りを外した。
 ルーンの髪が砂漠を切る風に広がる。
 「これが?」
 「夜空石」
 誠の掌の上で黒く光る髪飾り。その漆黒の黒は何処までも続く夜空のようだ。
 と、誠は懐に入ったクリスタルを思い出す。
 意志を具現化させる宝玉,時空を操る夜空石,そして過去の人物ルーン。
 それらが崩れたパズルのように、誠の脳裏に散らばる。
 「菜々美ちゃん」
 「ん?」
 「ロシュタリアに…急いで戻ってくれへんか?」
 「もちろんよ。クァウールに任せてきたお店が心配だもの」 当然といった風の菜々美。
 「クァウールはんもきとったんか?」
 「昨日の夜からね。何よ,嬉しそうじゃない?」 ちょっと不機嫌に菜々美は頬を膨らませた。
 それを無視し、誠は反転,ルーンの両手をギュっと掴む。
 「王女様」
 「え?! は、はい!」 突然の誠の行動に頬を赤らめルーン。
 「きっと元の世界に戻してあげるさかい。心配せんといてや」 何か糸口を見つけたのか,誠は満面の笑みで彼女に告げる。
 「はい!」 それにつられてか、ルーンもまた天使の微笑みを若き科学者に向けていた。




 『水上騎馬戦
 任意の四名で組み、相手の額に巻かれたはちまきを取る。
 そこには極度の集中力,判断力,下にいるものへの責任感が問われるのだ。
 だから料理に大きく関係ある!!』
 というのが学術顧問であるストレルバウを始めとした学会の意見だ。
 「で、こうなる訳ですね」 騎上で、クァウールは大きな溜め息。
 先頭にファトラ,右にパルナス,左にアレーレの三角形でクァウールを担ぎ挙げている。どれか一つの騎馬のハチマキを取ること,それが勝利条件だ。
 先程までの舞台の隣に、広大なプールが作られていた。そこに125組の騎馬がひしめいていたりする。
 第一回戦のこれで半分の料理人が振り落とされることになる。
 「でも…」
 「何じゃ,クァウール。公平にじゃんけんで決めたのだぞ」
 「いえ、そうではなくて…どうして水着なんでしょう?」
 「当たり前じゃないですか,クァウ−ル様!」
 「プールですもの」 自信を持ってパルナス&アレーレ。
 「う〜ん,そういうものなんでしょうかねぇ?」
 クァウールは白いビキニをその白い肌に纏っている。
 結構きわどいそのデザインはもちろん、大会開催者側が用意したものだ。
 首謀者は敢えて言うまでもないだろう。
 「アレーレ,パルナス,分かっておるだろうな」
 「もちろんです」
 「ファトラ様」 小声で同意を求めるファトラに、二人の双子は頷く。
 「隙を見て、クァウール様の水着をポロリ,ですね!」 ニヤつきながらパルナス。
 「何を言っておるのだ!!」
 「え…」
 「違うんですか?!」
 「クァウールの肌は、わらわのモノじゃ! 俗物共に見せてなるものか! 二人とも,しっかりとクァウールのポロリだけは、阻止するのじゃぞ!!」
 「「は〜い」」 残念そうに二人。
 「何を騒いでいるんです?」 足元の会話が気になったか,クァウールは声を掛ける。
 「いや」
 「何も」
 「何でもありません」
 ジャンジャンジャン!!
 銅鑼が鳴る!
 「お待たせしました皆様,これより第一回戦,水上騎馬戦を行います! 選手皆さん,準備は宜しいですかな?」 司会・ストレルバウの声に、選手を含め、会場が静まり返る。
 「では、レディ…
 ゴクリ,皆が息を呑んだ。
 ゴ〜!!」 何処から持ってきたか,サーキットフラグを振るストレルバウ!
 「「「うおおおおお!!!」」」
 選手が,観客が声を上げ、奮闘を始める!
 そこかしこでストレルバウを始めとした審判達の『勝負あり!』の声が響き始めた。
 「クァウール,ボサっとしとらんと、さっさとターゲットを決めるのじゃ!」
 「は、はい!」
 と、そんな彼女達の前に一騎が立ち塞がる。
 そこに見覚えのある姿を見出し、クァウールは絶句!
 「貴方は!!」
 「フフフ…久しぶりだな,クァウールよ」
 「皇帝陛下!」 ダル・ナルシスである。
 そしてその下は…
 「藤沢センセ!」 アレーレは先頭を見て叫ぶ。
 「後ろはミーズさんにギルダさん?!」
 「悪いがクァウールよ。お主のその水着,じゃなかった、ハチマキを頂戴するぞ」
 「行くわよ!」 ミーズの活に、藤沢とギルダ3人は案外しっかりとしたリズムで四人に迫る!
 「ファトラ様,皇帝のハチマキを取りましょう!」 こちらはクァウール。
 「望むところじゃ,アレーレ,パルナス! お前達の早業,拝ませてもらうぞ!」
 「「はい!」」
 突撃を開始する!
 交錯する二組!!
 「「きゃ〜!」」 黄色い叫びが上がる。
 「「「「おおおおおお!!!!」」」 カメラがその惨状をズーム・イン!
 ダルの騎馬が崩れた!
 ダバ〜ン,落ちる皇帝。
 胸を両手で押さえて隠すはギルダとミーズ!!
 パルナスとアレーレの口にはビキニがくわえられている。
 「つまらぬ(人妻の)ものを取ってしまった」 向き直るファトラ号。呟く彼女には何故か哀愁すらも感じさせる。
 ファトラ号は、ゆっくりと潰れたダルの元へと歩み寄り、クァウールが茫然とするダルからハチマキを外す。
 「勝負あり!」 ストレルバウの判断が下された。
 ダルが顔を上げる。
 「皇帝陛下,これも勝負です」
 「ああ、勝負では負けたが、良いものは得られた」 爽やかな微笑みを浮かべて、彼は右手を上げる。
 そこには水着がしっかりと握られている。
 慌てて己の胸を見るクァウール。
 だが、水着はしっかりと着ている。
 「ってことは一体誰の…」
 ファトラはふと、自分の胸が妙に水を感じるのを知る。
 恐る恐る視線を下げると…
 形の良い見慣れた白いものが見えた。
 「うぉのれぃ!!!」 ファトラは左手で胸を防御,右手でダルの顎に鉄拳をお見舞!
 「みょ〜〜〜」 ダルは大空に舞い上がり…
 グワシャ!!
 そのままカメラ群に飛びこんで行った。
 「ひょっとして、俺の出番ってこれだけ?」 茫然と呟く藤沢。
 「さ、帰るわよ,アナタ」
 「ダルにも困ったものね」 壊れたカメラの中で、スタッフにどつかれるダルを眺めて、ギルダは深い溜め息をついていた。
 そして彼女は顔を上げ、勝利の喜び(??)に浮かれる四人を見る。
 「私達の分まで頑張ってくれ,応援しているぞ」
 「はい!」
 「「「勝ち抜きたくはないんですけど」」」 明瞭なクァウールに反して3人の小さな批判は、未だ誰にも届かない。




 風の中に声が聞こえる。
 それは男が良く知っていた声。
 ”まだ想い出に変わらないの?” 少女の声だった。笑うような、そんな可愛らしい声。
 ”私が望むものは兄さんの幸せ,それさえあれば何も悔いはないもの”
 「だが…」
 ”昔の、そう、私と暮らしていた頃の兄さんに戻って欲しいな…”
 その声は再び風の中へと消えて行った,いや、風の中ではないかもしれない。声は彼の想い出の中から…
 「戻れたら…良いな」 日が天頂を差し、穏やかな日差しが降り注ぐ廃墟の中、彼はロシュタリアの方向へ向かってその足を踏み出した。


To Be Contiuned !! 




なかがきV
 あ、ところで藤沢とミーズを忘れてました。
 結婚して忙しそうだからメインの出番なしですね(笑)
 藤沢とミーズの子…山登りの好きなヒステリック少女と見た!!
 …恐い恐い




次回予告

過去の世界でも相変わらず元気(?)にやっています
まったく、何度死にかけたことか,恐い世界っしょ…
それはともかく! 私はとうとうルーン王女の糸口を発見!
でもでもそこで待っていた展開は!
くぉら、ロンズ,隠れてないで出てくぉい!!
次回、混迷の世界エルハザード 第伍夜 『混交の世界へ』
誠ぉ、なんかアンタ,良い目にあってるねぇ,許さん!!


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