Elhazard The Confusly World !! 



 幾霜もの夜を越え 蓄えられし位相の力
 想いは時に引き金となり 壊れた歯車を再び廻す
 過ぎ去りし時と 訪れる時 信じ得る時は今この時
 想い出により開かれし時の扉 今、訪れし約束された出会いが始まる
 神秘と混沌の世界エルハザード ここにその扉が開かれん



混迷の世界 エルハザード

第伍夜 混交の世界へ



 日が傾きかけた頃、一台のエア・カーがフリスタリカの土地に入った。
 ロシュタリア城の前でそれは止まる。
 「んじゃ、まこっちゃん。また後でね!」
 「ありがとな,菜々美ちゃん。晩御飯食べに行くさかい」
 そう言う誠とルーン王女,アフラが地に降り立つ。
 「行くよ,菜々美」 カーリアが言い、エア・カーがゆっくりと地を滑り始めた。



 「臨時休業?!」 菜々美は玄関のその看板に目を剥く。
 「え〜と、『味皇決定戦出場のため休ませて頂きます』,だって」
 「良い度胸してんじゃない,どうしてくれよう…」 かなり怖い微笑みの浮かべる菜々美。
 「な、菜々美に任せるよ」 何処かで聞いたことのある事を言うカーリア。しかし前回の時程、精神的に余裕はなさそうだ。
 「行くわよ!」
 「え?」
 「味皇決定戦とやらによ! 見てやろうじゃない,どこまで勝ち進んだのかを」 含み笑いを浮かべつつ、彼女は広場へ向って足を進める。
 「んじゃ、今日はお休みだね」 少し嬉しそうに、カーリアは彼女の背を追って駆け出していた。




 彼女は画面を見つめていた。
 それは以前襲撃した近くのオアシスにある村から強奪したものだ。
 緩みきっていた透明な羽が次第に、活力を帯びたかのように張って行く。
 と、彼女は立ち上がる!
 「誰か、誰かおらぬか!!」
 「ゴゴニ」 彼女の招聘に応じ、一匹のバグロムが駆け寄ってくる。
 それを満足げに眺め、彼女は再び画面を一瞥。そして…
 「輿を持てぃ,行く先はフリスタリカ!」
 高らかな声が、ここカーリアの遺跡に響き渡った。
 彼女,ディーバとお供のバグロム達が去って行った後、画面から流れる光と音だけが虚しく広い遺跡に木霊する。
 そこに映るはロシュタリア首都フリスタリカの郊外,三人の少女達が大観衆の中、豪快にその腕を奮っているのが見て取れる。
 そして場面は、その画面の中へと映り行く…




 結局、数々の予選を運悪くも勝ち抜いてしまったファトラ。
 予選の内容は言うに及ばず,ストレルバウの趣味を反映させたとしか思えないものだった。
 特に状況経過は述べないが、妙に盛り上がりがあり、料理とは全く関係ない内容であった事を書き添えておく事にする。
 「アレーレよ」 控え室にてファトラは隣に控える美少女を呼ぶ。
 「はい?」 彼女は予選2回戦目にして脱落したのである。
 予選2回目,すなわち『ジブラルタル海峡』とかいうアトラクションであった。
 「こうなったら勝ちに行くぞ」
 「はい! 陰ながら応援させていただきます」 ファトラの意気込みに、アレーレは頷く。
 「いや、しっかりと協力してもらうぞ」
 「???」
 ファトラのその意図を理解するのは、少し後の事になる。



 日の傾く頃,そこには3人の勇者が残っていた。
 タキシードを着込んだ老人がステージに立つ。
 公園にあつらえられた巨大なステージの上には3つの厨房がセットされていた。
 そしてその前には観客席,取り囲むようにカメラとスタッフが。
 「レッディース&ジェントルメ〜ン,ディスイズザ、ス〜パ〜えきしびじょんゥゥ!!」 何処の言葉か分からないが、ノリノリなストレルバウ。
 そのストレルバウの前に3人の女性達が並んだ。
 「まずは我がロシュタリ,東雲食堂代理クァウール・タウラス!」
 うぉぉぉ!! 観客から歓声が上がる。
 それにクァウールは緊張した面持ちで立ち尽くすだけだった。
 「そして遠い地よりやってきた…河合砂沙美ちゃん!」
 「ど〜もど〜も!」 なんか魔法少女っぽい小学生くらいの女の子,冷や汗の中、引きつった笑いを浮かべている。
 「そしてそして最後はなんと、料理もできる姫君ファトラ殿下!!」
 「料理はあまりできんぞ」 ぼそり呟くが運が良いのか悪いのか,ストレルバウの持つマイクには音が拾われなかったようだ。
 「さて、我々は甘いものを取ることによって心に安らぎを得る事ができる。これは神の与えてくれた至福の贈り物といえよう。そんな甘いもの,特に主食を食べた後に取る時がまた格別であろう」
 そこで彼は一旦言葉を切る。
 「今回のお題はこれだ! 『デザート』ぉぉ!!」
 うおぉぉぉ!! 唸る観客。
 “”デザート…曖昧な“”
 3人の料理人は内心、そう叫んでいた。



 ジャァ〜ン,銅鑼が鳴る。
 同時に3人は各々の厨房へと散った。
 ストレルバウとカメラがまずはクァウールの下へと近づく。
 「おおっと,クァウール選手、鍋を取り出したぞ。火に掛けております」
 ストレルバウは見たまんまのことを叫ぶように実況する。
 クァウールはそれを一瞥すると、まな板と包丁を取り出した。
 「ねぎを刻んだ!!」
 シュカカカカ,菜々美の下でこき使われていた甲斐があったのか、素早い包丁さばきである。
 「バナナを剥く!!」彼の言葉の通り、彼女は黄色いそれを掴む。
 一口。
 「100g10円,100gだけ欲しい時にはどうしたら良いのかしら?」 何やら難しい事を呟いている。
 その足で彼女は移動し
 コココッ!!
 「ニワトリを掴んだぞ!!」
 コケェ〜
 「絞めた,素晴らしい包丁裁きだぁぁ!!!」
 羽を毟り、あっという間に捌く。
 「それらを鍋に放りこむ!」
 「ケケケ〜」 鉄鍋のジャンを彷彿とさせるクァウール。
 「食材が空に舞っております,そこに加えるは」
 「万能調味料! 醤油!!!」 叫び、彼女は黒磯の液体を惜しげもなくドボドボを加えた。
 と、ボトルから出なくなる。
 「あら? 使い切ってしまったみたい」 後に殺される事、必至。
 その様子にストレルバウは額に汗する。
 「はてさて、ほんとにデザートを作る気があるのか? クァウール選手?! 対してこちらは河合砂沙美選手!」
 隣の厨房に移動してストレルバウは少女を見た。
 小麦粉を捏ねている。
 「何を作るのかの?」
 「はい、パイです!」 鼻の頭を白くして、彼女は元気に応えた。
 「なんか、良いのう。お主,わしの娘にならんか?」
 「やです」 きっぱり否定。
 肩の力を落として、老人は隣の厨房に移動した。
 「…そしてファトラ選手は…おや?」
 ファトラは椅子に腰掛けて眠っていた。
 「あのぅ、ファトラ様?」
 「ん? なんじゃ,ストレルバウ」 片目だけを開けてファトラ。
 「料理の方は…」
 「もう終わっておるわ。時間が来たら、起こすのじゃぞ」
 「は、はぁ…」
 ストレルバウは仕方なしにその場を離れるしかなかった。
 ファトラの厨房にある、蓋をされた大皿の中で何が起こっているのかも知らずに…。




 男は高速艇から降り立つ。
 「礼を言う」 運転席に向かって、彼は頭を下げる。
 それに対し、運転席から中年の親父が満面の笑みで応えた。
 「良いってことよ。今日はロシュタリア挙げてのお祭りだぁ。ゆっくり楽しんでいきな」 言い残し、高速艇は徐行,そしてフリスタリカの街の中へと消えて行った。
 一人残された男は辺りを見渡す。
 町外れとはいえ、今日は味皇決定戦という国際的なイベントが行われているのだ,人の姿が数多く見て取れる。
 「ゆっくりと帰ってくるつもりだったのだがな」 彼は呟き、苦笑。高速艇に拾われたお陰で、訪れていた廃虚からフリスタリカまで来る時の五分の一ほどの時間,二刻ほどで辿り着いてしまった。
 もっとも馬車と高速艇には雲泥の格差はあるのだが。
 「祭りもまた、良かろう」 彼は一人呟き、大きく街の空気を吸い込んだ。





 「…なんだってぇ!!」 夕日の明かりを赤く照り返す白亜の城に女性の叫び声がこだました。
 「クレンナ,声が大きすぎるわ」 眉をひそめて非難を上げるはミーズ。
 そんな彼女にクレンナは食ってかかった。
 「よくもまぁ、そんなに冷静にしていられるな,お前は! 二人しかいない王族がいなくなっちまったんだぞ!」 拳を震わせる炎の大神官は彼女等にそのことを知らせた衛兵に問いつめる。
 「いつだ? いついなくなったんだ?!」
 「そ、それがですね…」 全てを塵になるまで燃やし尽くしそうな剣幕で問いつめられ、衛兵は後退りながら答えた。
 「本日昼過ぎかと…王女の部屋に一枚の紙に拙い字で『姉上を捜しに行く』と」
 「僅か6歳の少女がか?! 何者かにさらわれたと見た方が可能性が高いわ!」
 「しかし…」
 「お前も何をしている! さっさと捜しに行きやがれ!」
 「ですから…街の者から情報が入りまして」 まるで弁解するように彼は続ける。
 「?」
 「おそらく姫様と思われる少女がロンズ殿と供に行動していたと。郊外の森へと向かうのを衛兵を含め、幾人もの人間が確認しております」
 「…なんだと?」 鬼気迫る怒りとも笑いとも受け取れない表情のクレンナ。
 対するミーズは衛兵のその言葉に小さく胸を撫で下ろしていた。
 「それなら安心ね,でも探索は続けて下さい。違う可能性もありますから」
 「了解しております」 ミーズの言葉に衛兵から僅かながら緊張が払拭された。
 が、ふとクレンナの方に視線を向けてしまった衛兵は、次の瞬間には息が止まることとなる。
 「一個師団を用意しろ」
 「「は?」」 ミーズと衛兵の声がダブる。ミーズのものは疑問のそれ,そして衛兵のものはある程度予測はしていた恐怖のそれ。
 「ルーン王女,及びファトラ王女の誘拐の黒幕は近衛隊長ロンズ! 奴を発見次第二王女を救出,ロンズは捕獲…いや、始末しろ」
 「なっ,何言ってるの?! クレンナ!」
 「考えても見な,ミーズ。この城は決して外部からの侵入者を通しやすくできている訳ではない。その状況でいともたやすく王族を外へと出すことの可能な者,そしてそれに見合う信用を持つ者。といったら数は限られてくるだろう?」
 「それがロンズ様だと…?」
 「事実、ルーン様,ファトラ様ともあの男にはそれなりの信用を置いてあるからこそ、あの若さで近衛隊長などという職に就けたのだろう?」
 「…私情で言っている訳ではないわよね,貴方」
 「あたりまえだ」 クレンナはミーズの目を見る事なくそう返した。
 そのままクレンナは衛兵に視線を戻す。
 「ロンズはかなりの剣の使い手,全力で掛からねば破れるのはこちらだ。気を引き締めて行くよう、伝えておけ」
 そしてクレンナはきびすを返し、2人に背を向けた。
 「クレンナ様,どちらへ?」
 「私も同行する。さっさと準備をしろ」 言い捨てる。
 「はっ!」 衛兵はその言葉に慌ただしく彼女とは反対の方向へと走り去って行った。
 そして苦悩する水の大神官が一人、城の廊下に残される。



 「ふぅん…」イシエルはそう呟いた。
 ロシュタリアから港町ガナンへと向かう街道。
 ロシュタリアを発つとすぐに大きな森が広がり、街道はその中を突っ切っている。
 その森の中の道を進むこと数刻…神の目の背後に月が隠れ、新月のように暗い森をさらに暗くしていた。
 松明片手のイシエルはその場に立ち止まる。そして大きくもない声で一言。
 「でてきたらどう? それともか弱い女性一人がそんなに怖いのかな?」
 ガサリ
 イシエルの右手,街道の脇の森の中から一人の男が現れる。髭面の中年の男,片手には反り身の剣,ファルシオンを持っていた。
 ガサリ
 そちらに振り返った彼女の背後からも音がする。チラリと横目で見遣ると同じような出で立ちの男が一人,二人と現れてくる。
 結局、10人ばかりの山賊に彼女は囲まれていた。しかしイシエルは全く物怖じしない。イシエルは彼らを見回す。
 っと、一番始めに姿を表した目の前の男に詰問する。
 「ルーン王女を浚ったのはアンタ等?」
 イシエルのその問いに、男はしばらくの沈黙。
 「さぁ、どうかな」くぐもった声が返ってくる。
 「人攫いもやってるの?」
 「相手によるがな」 男は苦笑。
 「先日一人、16、7の女をさらった。だが俺等はルーン王女なんど御拝顔したことがねぇからな,知らんよ」
 「お頭,何やってるんでさ,さっさと片付けちまいやしょうよ!」 背後から若い男の声が飛んだ。それを男は一睨み。
 「月並みなセリフではあるが、身ぐるみ置いていきな,命が惜しくば、な」
 「で、その女の子をどうしたの?」 無視し、イシエルは続けた。彼女のその態度に山賊の頭領は呆れたように両手を上げた。
 「それは教えてやれんな,特にお役人の肩を持つような奴には」 男はファルシオンを横に一閃,松明の明かりに閃くそれを合図に、山賊達は一斉にイシエルに向かって襲い掛かった!





 ロシュタリア城の中庭に立つ小さな研究室。
 「汚いけど、勘弁してな」 誠は言いながら二人の訪問者を招き入れる。
 「は〜い、こんにちわ〜」 玄関を閉めた途端,研究室から少女の声が響いてきた。
 そして物陰から次々と現れるはバグロムの姿。
 「な、何でここに!」 引き返そうとする彼らの前に、ひょろりとした男が立ち塞がった!
 「おっと、待てぃ、誠!」
 「クッ,陣内…どうやってここに!」
 それに陣内は含み笑い。
 「我らバグロムの隠密行動のたわ物と言えよう!」
 「門が開いてたんですぅ,衛兵さんも誰もいないんで私は止めたんですよぉ」
 「ってこら〜! バラすな!!」
 「ホンマ、一体どうなっとるんどす? 近頃の警備態勢は」
 「とにかく! 王女と宝玉を渡してもらおうか」
 「渡したらあきまへんで」
 「もちろんですよ」 アフラの言葉に、誠は一変,余裕の微笑みを浮かべて答える。
 「生憎やな,陣内。ここは僕の研究室や」 言いながら彼はルーンとアフラの手を取った。
 その誠の態度に陣内は鼻白む。
 「? 何だか良く分からんが、とにかくすごい自信だ」
 「御主人様,なんだか懐かしい台詞ですね」
 「僕は王女様を元の時代に送り返して上げないとならんのや,お前に構っている暇はあらへん」
 「!?」
 「きゃ!」
 誠は手を取る二人を抱き寄せる。その動作のまま右足で足下のタイルにステップ3回。陣内達の前から3人の姿がかき消すように消えた!
 「んな!!」 目をこする陣内。
 「どうなっておる,消えたぞ!」 カツオに詰め寄るが、彼もまた首を傾げるだけだ。
 そんな彼らを後ろに、イフリーナは誠の消えた床のタイルをゼンマイでつつく。
 コンコンカンコンコン
 「御主人様ぁ、ここの床だけ音が違いますぅ」
 「…なに?」 カツオを放り投げ、イフリータが指す床のタイルを陣内は軽く叩いた。
 カンカン…
 3度目,それはクルリと回転し、その先に下へと向かう細いなだらかな滑り台があるのが見えた。
 「良く気付いた,イフリーナ」 ポン,陣内はイフリーナの頭を軽く撫で瞬考。
 「ワカメ,タラ,お前達ならここを通れるだろう。カツオ達は城門の前まで移動の後、待機,誠達を見つけたら捕らえるのだぞ! 行くぞ,イフリーナ」 言い放ち、彼もまたタイルにステップ,誠達の後を追った。




 彼は夜目を利かせ、前方の影に一定の距離を置きながら街道を進んでいた。
 すでに辺りは深い森の中である。昼でもなるべくならば一人では歩きたくはないところだ。
 「む…」 男は辺りの雰囲気に気が付く。徐々にではあるが、前方の女性に向かって殺気が増えていっている。
 と、女性が足を止めた。
 それに応じ、男もまた木陰に身を隠す。
 「うまく接触したようじゃの」
 「そうだな…?!」 男は足下から聞こえた突然の少女の声に危うく転ぶところだった。
 彼の足下には同じように前方の女性を見る5〜6歳ほどの黒い髪の少女がいた。
 一見すると少年のようにも見える活発さが見て取れる。
 そして彼女が身に纏うのは王族御用足しのネコ。
 「ろんず,ボクハ止メタ」 困ったような声でそれはしゃべる。
 「ファトラ様…一体何時から?」 驚きと困惑を伴ってロンズは少女に尋ねた。
 「ロシュタリア城の裏でお主等が口喧嘩をしていた辺り…かのぅ」
 「ずっと後ろに?」
 「そうじゃ。何じゃ? お主気付いておらんかったのか? そんなにあのイシエルという女が気になるのか?」 場の雰囲気の為、抑揚は押さえてはいるが、からかいの色がその大きな瞳に宿っていた。
 「何をおっしゃるので…囮に過ぎませぬ」
 しかし内心、ロンズはファトラの能力に舌を巻く。
 ファトラの言葉にも一理はあるかもしれないが、だからといってこんなにも長時間、年端も行かない子供に背後を取られていたのは、ロンズの察知能力が低かったからではない。
 ”末恐ろしいものよ…”
 この時のロンズは、ファトラに恐るべき趣味嗜好が生まれていることなど想像もつくはずがなかった。
 「ほれ、何をボサっとしておる! あの女、ドンパチ始めおったぞ!」言うが早いか、ファトラは混戦の和を目指して駆け出していた。





 ズサァァ!!
 「キャァァ!!」 狭い滑り台を3人はかなりのスピードで滑走していく。ルーンは誠の首筋にしがみつき、浮遊感と衝撃に必死に耐えていた。
 「王女はん,声が…大きい」 誠を胸に抱くような格好で等加速運動をするアフラが苦い顔でそう呟く。
 と、急な右カーブが折り重なるようにして滑る3人を襲う。
 「ぶっ…」 アフラのふくよかな胸に顔を埋め、その上ルーンに後ろから横Gで押しつけられる誠。苦しそうではあるが、菜々美やシェーラに見られたら半殺しの目にあうは必至だ。
 「あちち,ま、摩擦熱がぁぁ」 構うことなしに、背中の衝撃にアフラは悲鳴を上げる。そして今度は突然の左カーブ。脱出口を作った製作者の意図が読めない。
 「「「うわぁぁ!!」」」
 正反対の横Gにルーン,誠の順で滑り台に押しつけられる!
 ルーンの目前に誠の顔が等位置にあった。
 「きゅぅ」 ルーンを押えつけるような格好の誠の背中に、目を回したアフラが慣性に乗っ取って凭れ掛かる。
 「あ…」 その力に、急速に接近する2人。ルーンの唇に誠のそれが重な…
 滑り台がやはり予告もなしに回転のコースに入った!
 ルーンは瞬間、額に暖かいものを感じる。
 滑り台は右カーブ,左カーブ,そして回転(?!)を幾度となく繰り返し、3人の平行感覚を徐々に削り初めていった。
 ズッシャ!
 ようやく止まったのは暗い石畳の上。
 「た、立てます?」 フラフラと立ち上がり、誠はルーンの手を取った。
 それに彼女は聞き取れないほど小さな声で何かを答えた後に立ち上がる。
 フラリ,よろめくルーン。
 誠は抱きとめる。
 「だ、大丈夫ですわ!」 叫ぶようにして誠を振り払うルーン。
 「そ、そうですか…」 しかし安心したように誠は微笑み、滑り落ちてきた穴に振り返る。
 「あ…」 ルーンは誠の背に向かって右手を延ばす,が、思い止まったようにその手を自分の胸に抱いた。
 「どうしました? 顔が赤いどすぇ?」
 「何でも…ありません」 俯くルーン。対するアフラは、顔は真面目だが足下はタップダンスを踊るようにフラフラしていたりする。
 そんな彼女達を後ろに、誠は壁に開いた穴の天井を手で探る。何かを掴んだのか、次には掌にはいるような銅の棒のようなものを手にしていた。
 「誠はん,ここは地下牢おますな」
 「ええ、おそらくじき、陣内達も追いついてくるでしょう,早く出ましょう」 二人を促し、誠は牢を出た。そして手にした鍵で錠を掛けた。
 「これで少しは時間稼ぎになるでしょう」 彼は二人に笑い掛ける。




 包囲の輪が一気に狭まる!
 その輪の中心で、イシエルは思い切り手にした杖,地のランプを剥き出しの大地に叩きつけた。
 ヴン
 大気が震え、イシエルを中心とした大地に同心円状に波動が広がる。
 まるで畳み返しのように、彼女を中心に大地がめくれ、高さ2m程にもなった大地の波が襲い来る山賊達を飲みこんで行く!
 「気を付けろ! 地の神官だ!」頭領と思われる男の叫び声。
 それを機に、まるで統率の取れた軍隊のように山賊達は一斉にイシエルから一定の距離を置いた。
 今の一撃で山賊達はおよそ3分の2の15人程に減少している。
 だが、イシエルは軽く舌打ち。
 ”まずったっしょ…”
 山賊の頭の判断力と部下の統率力はイシエルの予想を遥かに越えていた。
 彼の言葉がもう少し遅ければ、半数以下にできたはずなのだ。
 それが早かった,というよりも瞬時にイシエルの力を分析できたこと,対応策がなされていることに、彼女は内心、危機感を募らせる。
 彼らの取る距離は法術の届くか届かないかのギリギリの距離なのである。
 大規模な法術ならば数人は地獄送りできるかもしれないが、その後は著しく消耗した彼女を残る山賊の刃が襲うことは確実だ。
 「どうした? 意外という顔をしているな」 男は弓を取り、矢を番える。
 同様に他の山賊等も同じ行動に出る。
 「はみだした俺等でも守らなきゃなんねぇ家族があるんだ。恨らまねぇでくれよ」 矢を放とうとしたその時。
 「グハッ!」 と、断末魔。
 倒れた山賊の背後に一人の男が立っている。松明の炎が枯れ葉に燃え移り、姿を浮かび上がらせる。
 赤く濡れた剣を持った男,表情はない。
 「ちっ! 連れがいたか!」 叫ぶ頭領,矢を放つ!
 同時にイシエルに,ロンズに矢が飛んだ!
 だが、イシエルへのそれは大地の壁に,ロンズへは剣ではたき落とされた。
 ザッ,森の中を疾走するロンズ。
 断続的に呻き声と剣檄が聞こえてくる。
 「クッ!」 乱入者の異様な強さに頭領は呻き…
 ゴメス!
 後頭部に衝撃を受け、顔を地面にめり込ませた。
 倒れた彼の後ろ頭に立つはネコを纏った少女。
 「さぁ、イシエルとやら,指揮官は倒れた,思う存分やるが良い!」 朗々と叫ぶ少女,ファトラ。
 「? ファトラ王女?? ま、それは後っしょ!」 イシエルは矢を避けながら、杖を振りかざして攻勢に転じた。
 森の中へ逃げ込もうする山賊の一人の足下に大地の力を。
 蔦のように転じた土が数人の山賊を絡め取る!
 そこへどこからともなくロンズが現れ…
 「「!!」」 ロンズは剣を振り上げた態勢のまま,イシエルは地のランプに念を込めたまま、動きを止める。
 そう,灰色の空間に、二人はいた。





 ドンガラガシャァァ…
 2人と2匹は転がりながら鉄格子に激突する。その衝撃に鉄格子は無残にも根元から外れてしまった。
 だが、頑丈なバグロムは良いのだが、外骨格でない陣内とイフリーナは頭に大きなコブを作り、しばらく意識を戻すことはなかったという。



 誠とルーンの二人はストレルバウの書斎にいた。
 すでに時は夕方を過ぎ、夜を向かえようとしている。
 「まずは王女様の戻る方法やけど…その夜光石,そしてこの宝玉、それに月と神の目の食に、人の強い想いが関連しているようや。おそらく今回王女様がこっちにきたのは色々な要因が偶然重なって起こったようやなぁ」 困った顔で誠。
 「では戻る方法は分からないと…」 2人の間には壁のように本が山と積まれている。
 「今の僕には…ね。でもストレルバウ博士なら多分、分かると思うんや。これだけの情報をもっとるさかい」 言いながら誠は部屋をを見渡す。
 壁という壁は本棚になっており、カビのような本の匂いが充満している。
 ストレルバウの書斎は王立図書館にある蔵書以上に質が上であり、量もかなりのものだ。
 ガシャリ,両開きの扉が開く。
 そこにアフラが戻ってきた。
 「誠はん,分かりおましたわ」 苦笑しながら彼女は二人に告げる。
 「今、広場で味皇決定戦が行われとります」 椅子に座りながらアフラ。
 「すっかり忘れ取りましたわ,毎年恒例の料理を競い合う戦いで世界的行事なんですわ」
 「世界的行事?」
 「ええ、各国持ち回りで開催するのです。大会を国に招くのは名誉なことなんですの。我がロシュタリアでも行われるのですね」 ルーンが微笑みながら補足する。
 「で、ホント少数の衛兵しか残ってないということですわ。ここ数日は兵士すら駆り出して準備してるということおます,ちょっと平和ボケどすな」 アフラは呆れたように言い放った。
 「そうですか、で、シェーラさんは見つかりました?」
 「それがどすなぁ…ルーン王女はコンテストの審査員でシェーラを連れて行ってしまったようなんどすわ」 小さな薬瓶を見遣りながら、彼女は言った。
 その中には仄かに輝く金色の粒子が入っている。夜空石を触媒にして誠が数分で作りあげてしまった解毒剤である。
 「ストレルバウ博士は?」
 「博士は司会者を…もうウチには何が何だか…」
 「では誠様,そのコンテストに行ってみましょう!」
 「え?」
 「ここでゆっくりしていても仕方ありませんし。それに何より、有名なお祭りなんですよ,味皇決定戦って!」 立ち上がり、ルーンは楽しげに言った。
 「そうどすな,ルーン王女にもこの世界の楽しいお土産が必要かもしれまへんわ」
 「…じゃぁ、陣内に気を付けて行きましょうか」




 「げ…」 菜々美は舞台上で繰り広げられる光景に唖然。
 「やったじゃない,菜々美」 対するカーリアは嬉しそうに彼女の肩を叩いた。
 と、菜々美から発せられる只ならぬ殺気に凍りつく。
 「あんの触覚小娘がぁぁ…あたしの店の評判を地に落としたい訳ぇ?!」 ぶるぶると拳を震わせ、菜々美は怒りの炎を瞳の中に燃やしていた。
 「で、でも、ここまで勝ち抜いてこれたってことは」
 「あんなんで勝ち抜いて何がど〜なるってのよ!!」 宥めようとするカーリアに、菜々美は舞台の端に置かれた、コンテストプログラムの書かれた巨大な表を指差す。
 そこには

 1.水中騎馬戦
 2.悪魔の館
 3.ジブラルタル海峡
 4.熱湯コマーシャル
 ……

 「料理が、ぜんっぜん関係ないじゃないのよ!!」
 「いいや、関係大ありじゃ!!」
 「「にょほぉぉ!!」」
 観客席に座る2人の間に、後ろから顔を出したのは顎髭の白いストレルバウ博士。
 「心・技・体! これらを極めてこそ、初めて究極のシェフとしての資格を受けるに値するのじゃ!!」
 「博士,司会じゃなかったの?」
 「おお、今はちょっと休憩じゃ」
 「…あ、そ」
 「ストレルバウ博士,この予選とかって、誰が決めたの?」 カーリアは不思議そうに尋ねる。
 「ふむ、カーリア君。良い質問じゃな。国を挙げての催しじゃ。学術顧問としてのワシを筆頭に、学会総出であらゆる面から見て組み上げたプログラムがこれなのじゃ」
 「来るところまできちゃったわね,学会も…」
 「何か言ったかの? 菜々美君?」
 「いえ、何も」 しかしジト目の菜々美。
 「では、ワシはそろそろ仕事に戻るとしよう,楽しんで見て行ってくれ」
 いそいそと舞台裏へとストレルバウは戻って行った。
 「じゃ、お言葉に甘えて楽しんでいこうよ、菜々美って…ヒィ!!」
 「…東雲食堂の看板を背っている以上、あの娘の作った料理を出す訳にはいかないのよ,カーリア、協力して頂戴…」
 「は、はいぃぃ!!」
 舞台上で燃え盛る炎の中、鳥肉を思い切り炒める水の大神官を見遣りながら、菜々美は無表情にカーリアに言い放った。
 お題はデザートじゃなかったのか?!
 ボゥ! 何やら舞台の上に炎の花が咲いた!
 と、そのカーリアの膝の上にロシュタリア紙幣が数枚、菜々美の手により置かれる。
 「?」
 「それで何かお菓子を買ってきて」 舞台から目を離す事なく菜々美。
 対する何処から調達したのか、ポップコーンを食べながら、その束を眺める。
 「自分で食べる分くらい自分で買ってきてよ,パシリじゃないんだから」
 カーリアの非難は、菜々美の飛ぶ鳥がショック死しそうな氷の殺気に消し飛ばされる。
 「クァウールの皿とアンタの買ってきたお菓子をうまいことすり替えるのよ」
 「ちょ、それって…」
 「あんなんの出されたら、東雲食堂はもう二度とエルハザードで、のれんを広げらんなくなるわ,頼むわよ、カーリア」
 「う、うん…」 その迫力に押され、鬼神は頷くしかなかった。




 「まいど!」
 屋台で彼はタコ焼きのようなものを購入。
 それをつまみながら、人だかりの中央へと進路を取っていた。
 と、子供の泣き声が聞こえる。
 彼はその方向へと視線を向ける。
 人だかりの中、路地の片隅に泣きながら座り込む5、6才の少女の姿が一つ有り。
 だが通行人は皆、先を急ぐかのように彼女の前をまるで気が付かないように歩き去って行く。
 「迷子か」 彼は人を掻き分け、彼女の前へ。
 「?」
 「どうした?」
 「う…」 男の姿とおそらく表情に、少女はひときわ大きな声で泣き声を上げようと準備。
 慌てた男は、左右を見回し…自らの手にあったものを差し出す。
 「食べるか?」
 「…うん」 泣き顔を止める事は成功したようだった。





 彼女は高速飛空艇から降り立つ。
 フリスタリカの郊外にある森の中,小さめのそれは人目に付く事なく降下できた。
 「お前達はここで待つが良い」
 「「ウィ」」
 威厳を備えた彼女は配下の虫の怪物,バグロム兵にそう言い放つと、一人,町へ向けて歩を進める。
 進むこと十数分,やがて彼女は大きな張りぼての裏に出た。
 多数の作業服の男女があたふたと、その周りを走り回っている。
 「ほぅ、舞台裏,という訳か。結構安普請なのだな」 ベニヤ板丸見えのセットを眺めながら、彼女は呟いた。
 そう、ここはデザートコンテスト会場の舞台裏。彼女の見ているものはセットの裏側である。
 「ちょっと、どいてどいて!!」
 「おお、すまんな」 荷物を両手一杯に抱えて走る女性の言葉に、彼女は優雅に身を交わす。
 その拍子に視線の先に明らかに作業員でない人物達の姿が入った。
 彼らは何やら打合せをしながら近づいてくる。
 「皆様には味見をして頂きます,しかしあくまでも味見,いくら美味しいからといって全て食べてはいけません。3人を正当に評価して頂くのですから」
 台本らしき物を持って、そう彼らに諭すのは白髪白髭の老人,彼の言葉に赤子を抱いた女性を始め、正装をした男女数名が素直に頷いている。
 「その通りだな,でないと一番始めの料理人に有利に評価が傾いてしまう」 彼女は老人の言葉にそう、応えた。
 「ええ、お解り頂いて助かります…?」 と、老人,ストレルバウは彼女を一瞥。小さく首を捻る。
 「貴女はどちらからの来賓で?」
 「わらわか? わらわはディーバじゃ」 胸を張り、彼女は厳かに告げる。
 「…はて? ま、ともかく、皆様、正当な御評価をお願い致します」
 そして彼女達は舞台袖を登って行く。




 ロシュタリアの城門,延びた衛兵達を前に、彼らはいた。
 「カツオ,誠は来なかったか?」
 「ガ」
 「むぅ,ではまだ城内にいるのか…む?!」 ようやく目を覚ました陣内は、やってくる3人の影を捕らえる。
 「あ、陣内や」 誠の声。
 「フフフ…今度は逃げられんぞ。イフリーナ!」
 しかし答える声はない。
 「あれ? どうした,おい!」 タラの背中で未だ目を回しているイフリーナの姿が目に入る。
 「邪魔どすぇ」 アフラは大気を練り、一蹴!
 「「ゴエェェェ!!!」」 なす術もなく叫び声を残してカツオ達が宙に浮く。
 「覚えていろよぉぉ!!」 陣内とバグロム達は生まれた突風によって夜空の彼方へと消えて行った。
 「屋外でウチを向かえ打とうなんて、101年程早いどすぇ」
 「さぁ、早く行きましょう!」 ルーンは誠とアフラの手を引っ張った。


To Be Contiuned !! 




なかがきW
 時間移動は可能なのか?
 謎です,多分不可能なんでしょうが。
 実際、可能ならば私は過去の自分に会いに行きます。
 そうすれば、今の私は未来の自分を知ることができることになりますから。
 って、反則ですな(笑)




次回予告

王女様、絶対に元の世界に返してあげるさかい
って、そんな意気込み虚しく、王女様! 何言うのや!!
いや、これは王女様に言ったんではなくて、僕達の世界の王女様に…
ああ、もう訳分からんで,僕が一体何悪いことしたっていうんや!?
この一件が済んだら、ともかく殺される前に逃げましょうか、アフラさん
次回、混迷の世界エルハザード 第六夜 『混同の世界へ』
完全なる月の光に晒され、想い届く時,静止した時間は再び動き出す…


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