3. バグロム帝国軍総司令官陣内克彦
「あ、あのう、お二人ともどうされました?」 恐々、改めて問い掛けてみる。
「イフリーナ、あの外道がお前を殴るんだな」
「あの変態があなたをいじめるのね」
「ええと…そのう…お二人とも目が恐いんですけど…」
「そうなんだな!」「そうなのね!」
「ひっ。す、すいません、すいません。私が悪いんです。私がどじばかり踏むから叱られるんですぅ」
必死に弁解するイフリーナ。逃げたくともイフリータに抱えられているから逃げようがない。
「許せんな」 目が半分いっている。
「そうね姉さん」 同上。
「「私達の可愛い妹を泣かすような奴はただじゃ済まさん(ないわ)!!」」
「行きましょう姉さん!」
「ああ。案内しろイフリーナ」
「は、はい。えーと、どちらへ」
「「お前(あなた)の主の所へだ(でしょ)!!」」
「そ、それはいいんですけど一体何を」
「決まっている」
「あなたをいじめるような奴は」
「「天誅だ(ね)!!」」
「ひいぃぃっ。お願いです。お願いです。無茶しないで下さい。あんな方でも私のご主人様なんです。それにあの方は誠さんの友人なんです。なんか有ったら誠さんも悲しみますから」 必死に頼み込むイフリーナ。
「どうする姉さん」
「そうだな…。イフリーナ、あいつがいなくなればお前は自由になれるかもしれないんだぞ」
「そんな!人の不幸で実現できる自由なんて要りません。お願いですから」
突然イフリーナをぐっと抱きしめる二人。
「立派ねイフリーナちゃん。あなたって本当に優しい子ね」
「ああ、お前のような妹を持てて嬉しいぞ」
「え、そんな…私いつもどじばかりだから…えーとぉ」 顔どころが首まで赤くなっている。
「ますますもってお前の主は許せないが」
「そうね、仕方ないわ。今回だけはあなたに免じて許して上げる」
「本当ですか」 ぱっと目を輝かせる。
「ああ、だが次はないからな」
「そうね。この次はただじゃ済まないわよ」
「うう…。ご主人様にお願いしてみますぅ」
「その必要はない」
「そうよ、今後あなたをいじめるような事があったら」
「違うんです。私が失敗ばかりするんでご主人様に叱られるんです。ですから私がもっとしっかりしていれば叱られる事はないんです」
「だがあいつがまともな用を言い付けるとは思えないのだが」
「そうよ、やはり一度しばいた方がいいんじゃない」
「あ、あの今回だけは」 すがるような目をしている。
「仕方ないわね。今回だけだからね」
こくこくと首を振るイフリーナ。
「まあいいだろう。所でイフリーナ、私達はお前に話があって来たのだが」 再びイフリーナが固くなる。
「そうよすっごくいい話なんだから」
「あ、あのそれよりも」
「なんだイフリーナ」 また固くなる。
「姉さんそんな話し方するからおびえるって言ったじゃない。もっと優しく声をかけて上げなきゃ」
「私は普通に話しているが」
「いえいいんです。それよりもあの…私の事」
「怒っていないぞ」 先を制する。
「え、何で…」
「イフリーテスが同じ事を言っていたからな。それともその理由を訊いたのか?」
「やるわね姉さん。理由と言わなかったら私が突っ込もうかと思ったのに」
「言葉に突っ込む事ができるのか?」 毎度ではあるがマジで言っている。
「あのう突っ込むって意味が違うと思うんですけど」 恐る恐る答えるイフリーナ。
「そうなのか。難しい話だな…」
「まあまあ姉さんその話はまた今度にしましょ。それよりもイフリーナちゃん明日私達ロシュタリアへ行くんだけど一緒に来ない」
「えっ、ロシュタリアへですか! 行きます、絶対に行きます!」 と元気に言った直後に暗い表情になる。
「どうしたイフリーナ。どこか具合でも悪いのか?」
「そうよ、悪い所でも…ま、まさかあの生態系異常に変な事をされたとか!」
「何!本当かイフリーナ!」 再び緊張が走る。
「いえ違うんです。その…私…同盟の方々を裏切っちゃいましたから行くと捕まっちゃうんじゃないかと思うんです」 悲しそうに答える。
「なんだ、そんな事か」
「あーびっくりした。何かあったかと思ったじゃない」
深刻そうなイフリータに対し二人とも大して意に介していない。
「どう言う事ですか?」 不思議そうに尋ねる。
「あなた捕まったらどうされると思うの?」
「どうって…そりゃ牢屋に入れられるのでは?」
「牢屋ねえ、考えて御覧なさい。私達を捕らえておける檻なんて存在しないわよ」
「だからと言って壊したら迷惑かかるじゃないですか」 とことん人が良いイフリーナ。
「お前は主の意思に従ったに過ぎない。私達は反抗できないように作られているからな。たとえ主が社会不適応者であってもだ。お前に責任はない」
「そうよ、悪いのはイフリーナちゃんじゃなくてあのド阿呆なんだから」
本人がいたら間違いなくぶち切れそうな事をぽんぽん言い放つ二人。
「ですが」 不安そうな顔のイフリーナ。
「安心しろ。お前は私達が守ってやる」 力強く宣言する。
「そうよ。それに元を正せばあなたを虫に取られたロシュタリアが悪いのよ」 同じく力強いがちょっと筋が通っていないような気もする。
「すいません。私なんかのために…」 思わず涙ぐむイフリーナ。
「気にするな。私達は姉妹だろ」
「そうよ、妹は大事にしないとね」
「イフリーテス、お前さっきの事をまだ根に持っているのか?」
「や、やーねえ。そんな事ないわよ。それよりもそうと決まったら早速出かけましょう。長時間ここにいると目眩がしそうだわ」 話を摩り替えるイフリーテス。
「すいません。ちょっと待ってもらえますか」
「なに? まだ何かあるの?」
「ええ、お出かけするならご主人様に許可を貰わないと。それに」
「それに?」
「ゼンマイを持ってきていないので」 未だに箒を握り締めている。
「そう言えばお前なぜ箒を持っているのだ?」 イフリータが不思議そうに問い掛ける。
「あっ! もしかしてあの寄生虫にこき使われているの?」
「いえ違います。私お掃除大好きなんです。だけどお料理はちょっと苦手で…てへへ」
すぐに返答するイフリーナ。ここで変な事を言ったら城が吹き飛ぶのが分かっているようだ。
「料理ねえ、私も余り得意ではないけれど…。まあいいわ。じゃあ必要無いようにも思うけど一言断ってさっさとでかけましょう」
「そうだな遅くなるとマリエルが心配するからな」
「そうね。デュラムさんに心配させちゃいけないわね」 必要以上に力が入っている。
「イフリーテス」 ちょっと声が怖い。
「や、やーね。そんなんじゃないわよ…。心配をかけちゃいけないな−と思っただけよ」
頬に一筋汗が流れている。
「そうか。今度は警告などはしないからな」
その言葉に少し顔が青くなるイフリーテス。
「なんですか?警告とか、心配って?」 話が見えないイフリーナ。
「え、何でもないわよイフリーナちゃん。こっちの話よ。それよりもさっさと用を済ませましょ」
そう言って二、三歩歩き出したイフリーテスだがすぐに立ち止まって振り向いた。
「ねえねえ、入り口どこ?」
「どこまで歩いていくかと思ったが結構早く気付いたな」
「うぅっ…姉さん。そんなに私をいじめるのが楽しいの?」
「いや…つい…。さっきも言ったように反応が面白くてな」 ちょっと困ったような表情のイフリータ。
「はあぁぁ、しばらく言われそうね…」 ちょっと脱力するイフリーテス。
「お二人とも仲いいんですね。羨ましいなぁ」
「何言ってんのよ。さっきからいじめられてばかりいるんだから」 少し恨めしそうに言ってみる。
「イフリーテス、さっきから言っている通り」
「はいはい分ってます。たまには私にもいじわる言わせてよ、姉さん」
半分笑いながら言うイフリーテスに困惑した表情のイフリータ。
「イフリーテス、本気かと思ったぞ。もう少し分りやすく言ってくれ」
「そう?姉さんの冗談よりはましだと思ったけど」 ここぞとばかりに攻めに転じるイフリーテス。
「あのう、まさかとは思いますが喧嘩されていると言う事はないですよね」 おずおずと口を挟む。
「いやそういう訳ではないのだが」 ちらとイフリーテスを見る。
「ふふふ、イフリーナちゃん。そんな事ないわよ。姉さんにちょっとだけ仕返ししたのよ」
「なるほど。言葉に対しては言葉で報復するか」 納得の表情。
「どうしましたイフリーテスさん」 のんびりした口調でイフリーナ。
イフリーテスはつんのめって屋根の上にのびていた。
「もう姉さん変な事言わないでよ。こけちゃったじゃない」
「どこが変だったんだ?」
「ちょっとした言葉のやり取りを報復なんて物騒な表現した所よ」
「物騒なのか?」 良く分からんと言う表情をしている。
「また今度にしましょう。こんな所で話す内容でもないし遅くなっちゃうわよ」
「そうだな。じゃあイフリーナ案内してくれ」
「はい。この上の方に入り口があります」
「OK。こっちね」 歩き出すイフリーテス。
「あっ。その辺りは…」 再びこけて屋根にキスするイフリーテス。
「足元が悪いので注意して…って。大丈夫ですか?」
「イフリーテス、人の話は最後までちゃんと聞いた方がいいぞ。それにしてもよくこけるなお前。やはりどこかおかしいのじゃないか」 イフリータにここまで言わせる者もそういないのではないだろうか?
「うう、何よこの屋根は!造りが悪いんじゃないの」 八つ当りしている。
「すいません。この間着地に失敗して少しへこんじゃったんです。早く修理しなくっちゃと思っていたんですけど」
「気にするなイフリーナ。用心しなかったイフリーテスにも責任がある」 いつものように淡々とイフリータ。
「姉さん。なんか私に対する風当たりが強いように感じるんだけど」 こちらは思いっきり不満があるようだ。
「イフリーテス。デュラムの話なんだが子供を叱るにはその内容とタイミングが難しいらしい。叱ってばかりでもいけないし甘やかしてもいけない。良く分からない話なのだがな。しかし今のは叱らなくてもいいように思うのだが」
「そりゃそうだけど私の立場はぁ?」 やはり少し恨めしいらしい。
「こういう時は年上の者が我慢するとも聞いたぞ」
「そうかもしれないけどさあ…。いいわねイフリーナちゃん、姉さんに可愛がって貰えて」
「ええっ。そうなんですか?」 意外そうな顔のイフリーナ。
「そうよ! 姉さんあなたの事は最初から可愛いと言ってたけど私にはそんな事言ってくれなかったし、さっきからいじめられてばかりなんだからあー」 一気に捲し立てるイフリーテス。肩で息をしている。
「イフリーテス…」 なんて言ったら良いのか分からないと言う表情でイフリータが口を開くが言葉が続かない。
「あーすっきりした。さ、行きましょ姉さん」
「いやお前」
「何よ変な顔して。ふふふ大丈夫よ。さっきのはちょっとしたストレス解消よ」
「ストレス…。私がお前にストレスを感じさせていたのか」 悲しそうな表情をしている。
「違うわよ。んーなんて言うかな…こういうのも嫉妬と言うのかな…」
「嫉妬、ですか?」 よく分からないと言う表情のイフリーナ。
「そう…姉さん最初からイフリーナちゃんに優しい言葉をかけたりしてたけど私と会った時はすごく無愛想だったからね」 一旦言葉を切りイフリータの方を見る。
「だけどここに来るまで、まあ色々あったけど結構楽しくやってきたのよね。で、着いたら姉さんいきなりイフリーナちゃんに優しいじゃない。だからちょっとね。ご免ね姉さん。変な事言っちゃって」
舌を出すイフリーテスに対し
「いや悪いのは私の方だろう。もっとお前の気持ちを考えなければならなかったのだからな」
神妙な表情のイフリータ。
「姉さん私達会ったのは久し振りじゃない。さっきも言ったけどお互い分からない部分が多いんだもの仕方ないわよ。学んでいかないといけない所も多いしね」
「そうだな…本当にお前からは色々な事を教えられるな。有難うイフリーテス」
「や、やーね。そんな事で礼なんて言わないでよ」 ちょっと頬が赤い。
「本当に仲良いんですね。いいなあ」
「何馬鹿な事言ってんのよ。私達姉妹でしょ。仲良くしていかないとね。あなたもこんな所にばかりいないで時々遊びに来れば良いのよ」
「そうだな。マリエルも喜ぶだろう」
「いいんですか、私なんかが行っても」 イフリーナは本当に嬉しそうな顔をしている。
「イフリーナちゃん、そんな言い方はやめなさい。あなたは優しくて素直な子よ。どこに行っても歓迎されるわ」 諭すように話すイフリーテス。
「やはりあの変人と一緒にいるのがまずいのじゃないか?」 とイフリータ。ちょっとだけ眼が怖い。
「そうかもしれないわね。あんな大たわけなんかと過ごしていると性格も曲がってしまうかもね」 ゼンマイを持つ手に力が入る。
「あ、あの…」 またきな臭い方へ進んでいるので気が気で無いイフリーナ。
「分かっている。今回は大人しくしていてやる」
「はあ仕方ないわね。取り敢えずさっさと用を済ませてナバハスへ行きましょう」
「そうだな…」 イフリータは何か言いかけたが途中でやめる。
「どうしたの姉さん?」
「いや何でも無い」 いつもの事ながら表情が読みにくい。
「そう?てっきり姉さんのことだから『今度は転ぶなよイフリーテス』くらい言うかと思ったんだけど」
「なんで分かった」 今度は明らかに驚いているのが読み取れる。
「やっぱり」
「よく分かりますねえ」 イフリーナが感心したように言う。
「そりゃあ今までの蓄積があるからね。割と読めるようになったわよ」 得意そうに話す。
「さすがだなイフリーテス。私には無理だな…」
「そんな事無いわよ、姉さん。相手の事を思えば分かってくるわよ」
「そうかな」 今一歩自信がないらしい。
「そうよ姉さん。だけどこの話しはまた今度にしましょ。さぁ行き、きゃっ!」 ばこっ!
「はあぁぁ、お約束とは言え見事ですねぇ」
「全くだ。イフリーテス、お前芸人になれるんじゃないのか?」
感心する二人に対し屋根にめり込んだ頭を引き抜いたイフリーテスは再び屋根に八つ当りを始める。
「なによこの!屋根の、しかも昆虫箱の屋根の分際で、エルハザード最強の鬼神イフリータに喧嘩を売ろっていうの!いい度胸じゃない!」
「イフリーテス、早く来ないと置いていくぞ」 イフリータはすでに入り口まで半分くらいの所まで移動している。
「姉さん。ちょっと待ってよ妹が痛い目に遭ったっていうのにそれは無いでしょ」 本気で言ってるようだ。
「あのうできれば屋根壊さないで貰えますかぁ。修理すんの私なんです」 困るなぁと言う表情のイフリーナ。
イフリーテスはゆっくり立ち上がった。握り締めた拳が震えている。
「いいわよ。二人して私をいじめるのね。ふんだ。ぐれてやる。ぐれてみんなに迷惑をかけてやるんだからあ」 殆ど子供だ。
「で、イフリーテス。ぐれて何をするんだ?」 話し掛けながらゆっくり近付く。
「あのう私が言うのもなんですが落ち着いた方が良いですよ」 全くその通りだ(二重の意味で)。
「ふん。いいのよ。私がぐれたって誰も構いはしないんだし。それに私は鬼神なんだもの。何をやっても誰も逆らえやしないわよ。そーよやりたい放題だわ!」 とガッツポーズ。
「そんな自棄にならないで下さい。私で良ければ相談に乗りますから」 一生懸命説得するイフリーナに対し
「無駄だな」 はっきりと断言するイフリータ。
「「何が無駄なのよ!(なんです?)」」 イフリーテスは怒りの、イフリーナは困惑の表情で問い掛ける。
「考えてみろ。イフリーナに相談事をして解決できると思うか?」 真顔で返すイフリータ。
「それは…そうかもしれないけど。だけど姉さんこの子だって私の事を思って言ってくれてんのよ。そんな言い方ないじゃない」 無駄と言う点には異論はないらしい。
「そうです。私だって精一杯がんばっているんです。ですから皆さん仲良くして下さい」 半分涙目だ。
「イフリーテス、この子がお前の事を考えている事が分かっているのにぐれると言うのか?」 痛い所を突いてくる。
「え、それは…」 さすがに言葉に詰まる。
「もしそうだと言うのなら」 一旦言葉を切りイフリーテスの方へ更に一歩近づき
「その時は私が制裁を加えるからな」 厳しい表情で言い放つ。
”ぞくり” 当事者のイフリーテスだけでなくイフリーナも背中に冷たいものを感じた。
「イ、イフリータさん無茶な事は…」 ハイロウズを思い出したのか顔が青くなっている。
「な、何よ、制裁って何するつもりよ」 強がっているがこちらは膝が震えている。
「決まっている。悪い事をしたら尻を叩く」
「「はあ??」」 二人とも思いもしなかった答えにどう反応していいのか分からない。
「この間マリエルが言いつけを守らなかったという事でデュラムがそうしていた。当然やり過ぎては行けないそうだが」
イフリータがイフリーテスを膝に抱えお尻を叩く姿を想像するイフリーナ。
「ぷ、ぷぷ」 悪気はないのだがつい笑ってしまう。
「な、何笑っているのよイフリーナちゃん…」 そう言いながらイフリーテスも笑いを我慢できないようだ。
「あははははは」「ふふふやだそう言うイフリーテスさんも笑って…きゃははは」
笑い続ける二人、特にイフリーテスは文字通り笑い転げている、に対しまたまた良く分からんと言う表情のイフリータ。
何か言いたかったが二人が笑い終わるのを待つ事にした。
”それに笑い声を聞くのはいやな事ではない” そっと思うイフリータ。
”ただしあの高笑いだけはご免だがな”
イフリータがそんな事を思っている内に二人とも何とか落ち着いたようだ。
「やっと静かになったな」
「やっだぁイフリータさん変な事言わないで下さい。笑い死ぬかと思いましたよ」
そう言いつつも思い出してまた笑いをこらえるイフリーナ。
「そうよ姉さん。笑いが止まらなかったらどうしようかと思ったわよ」
「所で…いやいい。それよりも今度こそ用事を済ませるぞ。さっきからそう言っているのに全然進まん」
彼女達が笑っていた理由を訊きたかったがそうするとまた二人とも笑い出しそうな気がした。正解だ。
「そうですね。早く行きましょう」
「なんか近くて遠い入り口ねえ」
「そうだな。所でイフリーナまだ立てないのか?」
その言葉にまた赤くなるイフリーナ。
「すいません。とっくに大丈夫でしたぁ」
申し訳なさそうに笑うイフリーナを見て
「しょうがない奴だな。ほらさっさと立て」
こちらも優しい表情で返す。
そんな二人を羨ましそうな目で見ていたイフリーテスへイフリータが優しい表情のまま手を差し出す。
「ほらお前も立て」
「あ、有難う…」 ちょっとどぎまぎしながらイフリータの手を握り立ち上がるイフリーテス。
「また転んだらたまらないからな。入り口まで連れて行ってやる」
「え、やだ姉さん子供じゃないんだから」 ちょっと顔を赤らめながら答える。
「さっきは子供だったら良かったと言っていただろう」
「あれは……まあいいわ。じゃあ行きましょう姉さん」 照れくさそうにイフリータの手を握り直す。
「じゃあ反対側は私と」 イフリーナが言ってくる。
「え、ちょっとそこまで私はドジじゃないわよ。それにこれじゃ護送されているみたいじゃない」
表情を見られないように横を向いて答えるイフリーテス。
「そう・ですか…」 ちょっと落胆気味のイフリーナ。
「イフリーテス、妹をいじめていいのか?」 にやっと笑ったようにも見える。
「え〜さっきまで散々私をいじめてた姉さんに言われたかないわよ……しょうがないわね…」
下を向いているイフリーナの方を向き
「じゃあイフリーナちゃん。一緒に行きましょ」
その言葉にぱっと顔を輝かせるイフリーナ。
「だけどこっちはゼンマイ持っているし」
「大丈夫ですよ」 イフリーテスの言葉を遮りイフリーナは腕を取る。
「さあ、いきましょう」 元気が良い。
「や、やだあこの子…私女の子と腕組む趣味なんて無いわよ」
「駄目ですか…」 腕を放しまた落ち込んだ表情になる。
「しょうがないわね。今回だけよ」
仕方ないなあという感じで腕を出すがまた横を向いている。
「はい! じゃあこっちです。イフリーテスさん」
嬉しそうに腕を組む姿を見て微笑むイフリーテスだが
「ねえイフリーナちゃん」
「はい。今度は何ですか?」
「できれば『イフリーテスさん』と言うの止めてくれない。なんか他人行儀で」
「えーと、じゃあなんてお呼びすればいいんですか?」 ちょっと戸惑ったように問い掛ける。
「それは…それからそんなに丁寧に話さなくてもいいわよ。私達姉妹じゃない」
「はあすいません。癖になってるもんですから急にはちょっと。で何とお呼びすれば?」
イフリーテスの言いたい事が分からないようだ。
「え、えーとねぇ」 困ったと言う表情のイフリーテス。
「はい!」 こちらは期待に満ちている。イフリータも興味が有るのか何も言わず見つめている。
「もう!自分で考えてよそれくらい」 顔が少々赤い。
「イフリーテス、ちゃんと答えて上げなきゃ駄目だろう」 それまで黙っていたイフリータが介入した。
「う、だってさ、そんな恥ずかしい事…」 俯いてしまった。
「どうしましたイフじゃないええとなんて呼べば…」
「お姉さん、だろ」 イフリータが助け船を出す。
「イフリーテスは前から私をそう呼んでいる。最初は『お姉ちゃん』だったが」
「はい。えーとお姉さん。これでいいですか?」
「ん、もう。すぐに分かりなさいよ。それくらい」 ちょっと怒ったように言う。
「はあすいません。やっぱり私出来が悪いのかな…。所でイフじゃない、お姉さん」
「何よ」 そんな気は無いのだが恥ずかしさを隠すためついつっけんどんになってしまう。
「お顔の色が赤いけどどうしましたぁ」 勿論悪気はこれっぽちもない。
更に赤味が増すイフリーテス。
「え、これは…多分サーモスタットの調子が悪いのよ。うん、そうに違いないわ」
「どこかで聞いた台詞だな」 こちらも悪気が有る訳ではない。
「えーとぉ確かロシュタリア城で同じ事を私が言いましたよね。あの時は…」
その時の状況を思い出しこちらも顔が赤くなる。
そんな二人を見つめるイフリータ。
「なるほど。妹と言うのは可愛いものだな」
「やだ姉さん。いきなり何言い出すのよ」 俯いたままやっと声を出す。
「本当に私、可愛いと思います?」 こちらは嬉しそうだ。
「ああ本当だ。ほらイフリーテスいつまでも下向いてないで前を見ろ。さっさと陣内をしばいて帰るぞ」
「あ、あの、えーと」
「なんだイフリーナ」
「ええ、なんてお呼びしようかなと。お二人とも私にとってはお姉さんですからそのう」
「なるほど。個々の区別がつかないと言う訳か」
「姉さん、もっとましな言い方があると思うんだけど…まあいいわ。イフリーナちゃん」
「はい」
「さっきは姉さんへ話し掛けてた事は明らかでしょう。そういう時は無理に言い方を変えなくても大丈夫よ」
「はい。じゃあそうでない時はなんて呼べば」
「そおねえ…。前に名前を付けたらどう?イフリータ姉さんとかさ」
「あ、いいですね。そうします」 嬉しそうに答えるイフリーナ。
「えーとイフリータお姉さん」
「なんだイフリーナ」
”うんうん、姉妹の会話よねえ” 変な事に感心するイフリーテス。
「あのご主人様をしばくのではなく外出の許可を貰うのでは?」
「だがあの人間もどきがすぐに、しかも平和的に許可を出すとは思えないからな。最後は力ずくだと思っている」
「えー、今回は見逃してくれるっておっしゃったじゃないですか」
「勿論あの分からず屋がすぐに言う事を聞けば何も問題はない」
「そ、それは…。確かにあの我侭な方がすぐに許可をくれるとは思えませんけど。ですが少しだけ時間を下さい。どんなに理不尽な人でも誠意を持って接すれば分かってもらえると思うんです」
「そうだな…どう思うイフリーテス?」
「いや、それはいいんだけど…さっきまでの平和な姉妹の会話はどこへ行ったの」 納得が行かないらしい。
「今でも平和的に話しているつもりだが」 不思議そうな表情のイフリータ。
「そうですよねえ」 のほほんと答えるイフリーナ。
「…まあいいけどね…。そうね一応は大人しくすると約束したんだから取り敢えずはイフリーナちゃんに任せて」
「はい! がんばります! 期待してて下さい!」 元気一杯答える。
「でもってどうせ駄目なんだからその後であの人外魔狂を思う存分しばけばいいのよ」
「なるほど。それなら約束は守った事になるな」 うんうんと頷くイフリータ。
「えーそんなあ。私ってそんなに信頼無いですか?」
「いえそういう訳じゃなくてね。相手があの畜生でしょ?ちょっときついかなと思うのよ」
「それはそうかもしれませんが…お願いです。5分いえ10分下さい。その間になんとか説得してみます」
「どう姉さん?」
「ああ構わない。10分後にあのパラノイアを張り倒して帰れるのだろう」
「あのう…」
「分かっている。今からじゃなくお前が説得を始めてからだ」
「はい!」 嬉しそうに返事をする。
どうやら後で陣内をタコ殴りにする事は三人の中では既成事実となったようだ。
合掌。
数分後彼女らはバグロム城の廊下に立っていた。
「ふうん…中は思ったより片付いているわね」 意外そうなイフリーテス。
「えへへへ。毎日一生懸命お掃除してますから」 嬉しそうにイフリーナ。
「この城の中全てをか?」 驚愕のイフリータ。
「いえさすがに全部は無理ですよ、え〜と、お姉さん」 ちらとイフリーテスを見る。
「そうねこの場合はそれでいいわよ」 にっこり笑って答える。
「凄いなあイフリーテスお姉さん。良く分かりますね」 尊敬の眼差しだ。
「うーん本当ならあなたの方が良く知っているはずだけどね」
「やはり経験値の違いではないか。イフリーテスの方が大人と接してきた時間が一番長いからな」
「そうねイフリーナちゃんが一番適応力があるはずなのに回りにいるのは虫と変質者だもんね」
「だけどディーバ様は大人ですよ」
「幾ら大人でも虫じゃあねえ」
「全くだな。どうだイフリーテス、力加減を間違えたとか言ってフルパワーで殴るというのは」 本気のようだ。
「それもいいだけどさあ。あんなの殴ったら手が汚れそうで…」 こちらもマジだ。
「それもそうだな…。全く厄介な奴が主になったもんだな」
再び陣内に新しい名称をつけながら歩く三人。
いつもより足取りが軽いイフリーナに対しイフリータ、イフリーテスの両名からは若干殺気が滲み出ている。
その僅かな殺気に気圧される様にバグロム兵達は道を譲っていた。
「なんか拍子抜けねえ」
「そうだな襲ってくると思ったが皆端の方に避けているな」
「そんな事しませんよ。普段は皆大人しいですよ〜」
怪訝そうな二人に対しのんびりと答えるイフリーナ。
もっとも箒片手に鼻歌交じりでは緊張感なぞあるはずもないが。
「それにしても残念ね」
「どう言う事だ?」
「もしここで襲われたらさ。正当防衛じゃない」
ぽんと手を打つイフリータ。
「なるほど。何をやっても構わんな」
「あのうイフリータお姉さん」
「なんだイフリーナ」
「なんか性格変わってません? 以前より少し軽くなったような…」
「あらいいじゃない。その方が」
「性格に重さがあるのか?」
その言葉にがっくりと肩を落とすイフリーテス。
「えーとですね」 どう説明しようかと悩むイフリーナ。
「分かっている」
「「へ?」」 二人して何が?という顔をしている。
「イフリーテスのようなのを軽い性格というのだろう」 別に悪気はない。単にそう認識しているだけである。
「ああそうですね。イフリーテスお姉さんがぴったりですね」 なにも考え無しに同調するイフリーナ。
「ちょっとイフリーナちゃん。あなたにまで言われたくないわよ。さっきから思ってたんだけどもしかしてあなた私に喧嘩売っているの?」 口調は柔らかいが十分どすの効いた声だ。
「あ、いえ、そんな訳じゃ、あの」 しどろもどろになるイフリーナ。
「似たような事をさっき私も言ったなイフリーテス」 こちらも静かだが迫力十分だ。
「あ、いえ、さっきも言ったじゃない、情報がアップされていないからって」 懸命に説明するイフリーテス。
あたふたしている二人を見て思わず笑みがこぼれるイフリータ。
「それくらいでいいだろう。イフリーナも悪気があるわけではないのだから許してやれ」
「あ、うん」 どうしても力負けしてしまうイフリーテス。
「イフリーナ、言った事は正しいかもしれないがそれを相手がどう思うかは別問題だからな。注意して話した方がいいぞ。もっともこれはイフリーテスからの受け売りだがな」
「はい、分かりました。すいませんお姉さん。失礼な事言ってしまって」 素直に頭を下げるイフリーナ。
「いえ、いいのよ。姉さんの言う通りね。相手によってはどうしようもない場合があるんだから、素直なのはいいんだけれどもう少し大人にならなくっちゃね」
「はい、がんばります」 妙にテンションが上がっている。
「イフリーナ、さっき会った時とは別人のようだな」 目が合った途端逃げ出した姿を思い出しつつイフリータ。
「え、さっきは…。あのすいませんでした。ちょっと混乱しちゃって…」
「構わん。良く考えてみればお前とは戦闘を行っている時に別れたきりだからな。お前が勘違いするのも無理は無い。むしろ私の方が注意すべきだったかもしれない」
「姉さん、やっぱりイフリーナちゃんに甘いように思うんだけど」 わざと恨めしそうに言ってみる。
「いやイフリーテスそういう訳では」
慌てるイフリータを制してイフリーテスが続ける。
「冗談よ姉さん。それだけ私の事を思ってくれているんだもの十分よ」
「そうか」 まだ心配そうな顔をしている。
「ふふふ、姉さんそんな顔しないで。ほんと可愛くなったわね」
何気なくイフリーテスは口にしたのだがイフリータには意外過ぎたようだ。
「どういう意味だイフリーテス! いや怒っているのでは無く良く分からない、というか全然理解できないのだが」
「言った通りよ、姉さん」
「だからどういう」
「ね、イフリーナちゃん。あなたどう思う」
突然話しを振られてイフリーナはドキッとする。
それまで二人の姉の会話をにこにこしながら聞いていただけだったのだがいきなり撒きこまれてしまった。
「え、えーとですねえ…」 ちらとイフリータを見る。
「構わん。思った通り言ってみてくれ。情報が少な過ぎる。どうしても理解できないのだ」
こんなに慌てるイフリータを初めて見る気がする。
イフリーナも笑みを見せる。
「そうですね。イフリータお姉さん、可愛いと思いますよ」
「そうよねえイフリーナちゃん」
イフリーテスは一人で頷いているがイフリータはそれ所ではない。
「なぜだ。どうしたらそう言う答えが出てくるのだ?」 半分パニくっている。
「落ち着いて姉さん。いい、私達は姉さんの外見を見て可愛いと言ったんじゃないのよ。姉さんの態度や振る舞いを見てそう言ったのよ」
「私の行動がそう思わせたと言うのか?」 やはり納得できないイフリータ。
「え〜と、その通りですよ。お姉さんにそんな事言うのはおかしいかもしれませんが私もそう思いましたよ」 イフリーナも同調する。
「ねえ姉さん。話している時の表情って意識して出しいる訳じゃないでしょ。姉さんまだちょっと無愛想な所があるけどそれでも最初の頃からすると全然違うわ。色々な事に疑問を持ったり、怒ったり、笑ったりしてるでしょ」
「そうだな。昔よりは多少だが感情表現が出来るようにはなったし、興味も持つようになったきたが」
「そういう所よ姉さん。まだ自分の変化に馴染んでないでしょ?姉さんその辺のギャップに戸惑っているように見えるわ」
「戸惑う…そうだなお前達といると落ち着かなくなる時が多い。マリエルが心配をかけるのとは少し違う…」
「私から見るとね、確かに姉さん大人びて見えるけどまだその辺が未発達でしょ。そうやって一生懸命努力している姿を見るともう可愛くて抱きしめたくなるわ」 嬉しくてたまらないと言う表情をしている。
「そういうものなのか…」 やはり憂鬱そうな顔で答えるイフリータに対し
「そうよ姉さん」 ニコニコしながら答えるイフリーテス。
「あのうイフリーテスお姉さん」 おずおずと話しかけるイフリーナ。
「なあにイフリーナちゃん」 にっこり笑って答えるが
「お姉さんさっき私が腕組んだ時いやがったのにイフリータお姉さんは抱きしめたくなるんですか?」
びっ!笑顔が凍りつくイフリーテス。
「いえ、そういう訳ではないの。あのね、えーとね…」
悲しそうな顔をするイフリーナを前になんと言っていいの言葉が続かない。
「イフリーナ、さっきお前はイフリーテスの表情を見ていないだろう」 代わりにという訳でもないがイフリータが口を開いた。
「はい」 やはり元気が無い。イフリーテスは困ったを通り越して辛そうな表情だ。
「こいつお前から顔を背けていたが実は嬉しそうな顔をしていたぞ」
「や、やーね、姉さん。いつ私がそんな顔したというのよ…」 また俯き加減になる。
「イフリーテス、表情は無意識に出るのではなかったのか?」
「え、それはそうだけど…」 聞き取りにくい声でごにょごにょ言っている。
「あのう、つまりはどういう事でしょうか?」 良く分からないと言う感じのイフリーナ。
「そうだな。こいつは、そうなんて言ったかな…。ああそうだ。こういうのを照れ屋さんというのだそうだ」
「ちょっと姉さん。私がいつ」 相変わらず俯いて話すイフリーテスの言葉をイフリータが遮る。
「イフリーテス、話す時は顔を上げたらどうだ?お前らしくないぞ」
「…いじわる…」
「イフリーテス。イフリーナの寂しそうな顔を見るよりはましじゃないのか」
「それはそうだけど…」
「すいません。イフリーテスお姉さんをいじめているわけじゃないですよね…」
見当違いなイフリーナの言葉に思わず顔を見合わせる二人。
「さっきもそんな事を言っていたな。私達が話しているとそう見えるのか?」
「そうじゃないわよ。姉さんが少し不器用だからそう見えるのよ」
「表情や抑揚の事を言っているのか?確かにそうかもしれん…難しいものだな」
「そんな事ありませんよお姉さん。自分の気持ちをそのまま伝えればいいんですよ」
そんなイフリーナの言葉にイフリータは小さく笑う。
「そうだな。お前の言う通りだ。もっと努力するようにしよう」 イフリーナと自分自身を元気付けるように答える。
「はい」 なんとか元気が戻ってきたようだ。
「じゃあイフリーナちゃん行きましょう」 真っ赤な顔してイフリーテスが手を差し出す。
「はい!」 完全復活したイフリーナが元気良く答えて手を握り返した。
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