4. 出張命令書

 廊下を仲良く歩く三人。
 イフリータ、イフリーテスの二人からは先程までの殺気は消えているがバグロム達の反応は相変わらずであった。
 本能的に戦って良い相手でない事を察していたのかもしれない。
 「ねえイフリーナちゃん。結構歩いたけど肝心の陣内君はどこにいるのかしら」 陣内の名を口にした時殺気が感じられたのは気のせいか?
 「ご主人様ですか。勿論……。ちょっと待って下さいね」 そう言って端に立っているバグラム達の所へ行き何やら囁いている。
 「えっとですねえ。ご主人様はディーバ様と大広間にいらっしゃるそうです」 ニコニコ笑いながら告げるイフリーナ。
 「もしかして何も考えずに歩いていたの、イフリーナちゃん?」 ジト目でイフリーナを見つめるイフリーテス。
 「それもさっき私が口にしたと思うのだが」 こちらは淡々とイフリータ。
 「や、やーねえ姉さん。さっきの事はもう時効でしょ」
 「時効と言うのは犯罪に対し使われる言葉ではないのか」 当然真顔だ。
 「いや,だから姉さん、さっきの事は忘れて。ね、お願い」 手を合わせにこっと笑って見せるイフリーテス。
 「なんですか? 時効とか、犯罪って?」 のほほんと訊いてくるイフリーナ。
 「いいのよ。あなたは知らなくても。だからさっさと用を済ませましょ」 慌ててイフリーナの背中を押し先へ進もうとするが
 「はあ。ですが大広間はこっちじゃなくって」 とイフリーナは一旦言葉を切りくるりと反転した。
 ばた! イフリーナの背中を押していたイフリーテスだがイフリーナが反転したため前に体が流れた所にイフリーナが持っていた箒につまずいてしまった。
 「えーと…あっちなんですけど…あの大丈夫ですか?」 指を差したまま床に倒れているイフリーテスに声を掛ける。
 ゆっくり立ち上がるイフリーテス。表情はともかく目が異様に光っている。
 「大丈夫かイフリーテス」 とイフリータが声を掛ける。
 「お前はしっかりしているようで案外抜けている所があるな」
 イフリータに声を掛けられて少しは落ち着いた(?)らしい、イフリーテスはいつもの口調で返す。
 「ふ、甘いわね姉さん。完璧なものなんて存在しないしまた逆に完璧過ぎるとかえって反感を買うものなのよ」 勿論強がりだ。
 「そうなんですか? ご主人様は何事も完璧じゃなきゃ駄目だっていつも言っていますが」
 「まあ完璧を目指すってのは良い事よ。特に彼のような落伍者はそれでやっと人並みに近付けるって感じね」
 「えーと私がいつも言われているんですけど私も落伍者っていうんですか?」 良く意味が分かってないらしい。
 「え、あのタコ、あなたにそんな事言ってんの?良く覚えときなさい。そう言うのを身の程知らずっていうのよ」
 「と言う事はご主人様は身の程知らずタコ人生落伍者って事でよろしいんですか?」 いや実は分かっているのかもしれない。
 「そうなるな。イフリーテスの評価はちょっと大雑把だが大体そんなもので良いだろう。それよりもさっさと用を済ませよう。帰りが遅くなる」 評価については異論はないらしい。
 「そうですね。では改めて」 と指を差し
 「大広間はこちらです」 にっこり笑って告げるイフリーナ。
 「じゃあ行きましょ、姉さん」 ゼンマイを構え直すイフリーテス。
 「ああ、一気に片をつけよう」 イフリータも同じく構え直した。



 「ええい、イフリータはどこに行っている。探しに行ったカツオはどうした」
 「まあまあ陣内殿。そう熱くならずとも直戻ってこよう。ゆっくり待てば良いではないか」
 「しかしディーバ、今回はお茶菓子だけでなくお茶の在庫も尽きかけているのだぞ。これはちゃんと在庫管理をしていなかったイフリータの責任だ」
 「まあ確かにお茶も後数日分しかないがイフリータに買いに行かせれば済む事。今回はちゃんとお茶とお菓子を購入する資金もあるから問題はなかろう」
 「私が問題にしているのはそういう事ではない。このような事態を招いたイフリータの責任を問うておるのだ」
 「責任とな」
 「そうだ。いいかディーバよ、在庫に限らずこの『管理』というのは重要な事なのだ」
 「と申すと?」
 「例えば進軍中に食料が無くなったとしよう。そうなると食料調達のために一旦停止せねばならん。その結果目的地へ到着するのが遅れてしまう」
 「ふむ。そうだな」
 「仮に一日程度の遅れであったとしてもだ、そのために戦略上重要なポイントを押さえられなかったという事も有り得る。当然それは作戦の失敗を意味する。分かるかディーバよ。お茶菓子の管理も軍の管理も同じ事、いやたかがお茶菓子の在庫管理が出来なくてこのエルハザードを征服できようか!」 拳を振り上げ熱弁を振るう陣内。
 「おおっ確かに! 陣内殿の言う通り。このディーバまた一つ教えられたな」
 「何、他愛の無い事よ。うひゃ、うひゃひゃ、ひゃはあっはははは…」
 「ほーっほっほほほほ…」
 高笑いを始める二人。
 そこへ一匹のバグロムがおずおずと近付く。
 「うひゃひゃひゃひゃ…なんだナミヘイ。何か用か」 笑いを邪魔されたせいか少々気分を害したようだ。
 「そうじゃこんな時に、全く気が利かぬ奴よのう」 同上。
 「まあそう言うなディーバよ。いつどんな情報が入ってくるか分からぬからな。指導者にはプライベートは無いのかもしれん」 一応本気で言っているようだ。
 「なるほど。さすがは陣内殿。真の支配者とはそなたの事を指すのであろうな」 こちらは100%マジだ。
 「ふ、そうおだてるなディーバ。さてナミヘイよ、報告があるのならさっさと伝えろ」
 「グガガギゴゴ…」
 「イフリータが三人いるだと。馬鹿者め。大方夢でも見たのではないのか。何」
 「ガゲゴバンゲンゴ…」
 「どういう事だ陣内殿。何人も見たと申しておるが」
 「ふむ…考えられるのは同盟側の二体のイフリータだがきゃつらは故障して人間並みの事しかできんという話。ここへ来れるはずが無い」
 「となると?」
 「後はイフリータの奴め仕事をサボって自分の等身大人形を作ったのかもしれん」
 「人形?何のために?」
 「さぁ、そこまではこの私でも分からん。だが自分の責務を全うせず遊んでいるのはけしからん。きつく仕置きをせねばならぬな。ふっふっふ…ふあっはっはっは」 完全に目がいっている。
 「それは致し方ないが陣内殿、程々にな。あれはすぐ泣くので鬼神とはいえちと可哀相」
 「ディーバよ、支配者にはそういう憐憫の情は不用。いや決して持ってはならぬもの。そういう事を言っているようではまだ修行が足らんようだな」
 「そうか…。済まないまだ甘さが残っているようだ。今後も宜しくな陣内殿」
 「当然の事。この私なくしてエルハザードの征服なぞ夢のまた夢」
 「全くその通り。頼むぞ陣内殿」
 「任せろディーバ。うひゃうひゃうひゃひゃ…」
 「あのぅ…ご主人様」
 「うひゃひゃ…、誰だいい所だったのに…ん、イフリータではないか。どこへ行っていたこのたわけめが! さっきから呼んでいたのが分からんのか!」
 「すいません、屋根の掃除をしていたので気がつきませんでした」
 ぺこりと頭を下げるイフリーナ。昼寝していた事は内緒だ。
 「まあいい。それよりもお茶とお茶菓子が切れかかっているぞ。補充を怠ったな」
 「すいません、後で買いに行こうかと…。あのそれよりもちょっとお願いがあるのですが…」
 「願いだと。たわけ!そういうのはちゃんと職務を果たした者が言う事。お前にその資格はない!」
 「ちょっと陣内殿」
 「なんだディーバ。これからこのぼんくらに言って聞かせる事が山ほど有るのだぞ」
 「いや、あれを見てくれ。入り口の所にイフリータが二人立っている」
 「何?」 ディーバが指差す方を見てみると
 「な、あれは同盟のイフリータ! おいイフリータ、これは一体どういう事だ!」
 「ええ、それもお話しようかと思っていたのですが…」
 「じゃあさっさとしろ。大体あいつらは能力が無くなったのではないのか? どうやってここへ?」
 「飛んできたみたいですよ。さっき私が屋根から落ちた所を助けてもらいましたし」
 「な、なにー! じゃあ誰かが修理したと言うのか? だがそう言った情報は入ってきておらんぞ」
 「ですがちゃんとお二人ともここにいらしてますし…」
 「馬鹿者! 敵に対して敬語を使う奴があるか! それよりもさっさと行って排除して来い!」
 「排除ってゴミをですか?」
 「おお分かっているではないか。そうださっさとあのゴミどもを片付けて来い」
 「大丈夫です。お掃除は先程終わりましたのでゴミはもう捨てちゃいました」 にこにこしながら告げるイフリーナ。
 誉められる事を期待していたのだが
 「ぶぁっかもん! 誰がそんな事を言っている。私はあの二体のガラクタ共を始末して来いと言っているのだ! 分かったらさっさと実行しろ」 びしっと入り口を指差して怒鳴りつける。
 「ええー。そんなご主人様それは不可能です。第一お姉さん達と戦うなんて私にはできません!」
 「姉だぁ。たわけた事を言うのではない! お前達機械に姉も弟も無かろう。ご主人様の命令だ。さっさとやってこい!」
 「そんな…。私できません…お姉さん達とは仲良くしていきたいのに…くすん…び、びえぇぇ」 座り込んで泣き出すイフリーナ。
 「ほらほら陣内殿余りきつく言うから泣き出したではないか」 ディーバがよしよしと頭を撫でる。
 「こいつが余りにもたわけた事を言うからだ。イフリータ! 泣いてないでさっさと」 陣内がイフリーナの腕を掴み立たせようとした瞬間。
 がしゃん!
 凄まじい音がした。
 何事かと音の出た方を見る陣内達。
 音の主はイフリーテスだった。
 手にしたゼンマイの先端が床にめり込んでいる。
 続いてイフリータがゼンマイを構えたと思うと陣内達の方へ向け一発放つ。
 ばしゅーん…。エネルギー弾は陣内の頭上を超えて壁に突き刺さりそのまま外へ抜けていく。
 さすがの陣内も青くなった。
 ”馬鹿な! 私が持っている情報が間違っていたと言うのか? あの二体が正常だとするとうちのポンコツでは勝ち目が…” 卑怯回路が動き出そうとした時イフリーナが入り口近くにいる二人の所へ飛んでいくのが見えた。
 離れていて声は聞こえないがイフリーナが一生懸命頭を下げているのは見える。
 「何をやっているのだあのポンコツは。敵に頭を下げるなぞ言語道断」
 「しかし陣内殿、相手が姉ならばそういう事もあるのではないのか」
 「何を言うディーバ。仮に親兄弟であっても一度戦場で会い見えたならばお互い敵でしかない。そうでなくては天下なぞ取れぬ」
 「そういうものなのか。辛いのう…」
 「それが征服者に課せられた試練。英雄が歩むべき修羅の道と言うものだ」
 などと陣内達が話している間もイフリーナは頭を下げ続けている。
 ややあって話がついたらしい陣内達の所へ戻ってきた。
 「何をしているイフリータ! 敵に頭を下げるなどとふざけた事をするんじゃない!」 開口一番怒鳴り声を上げる陣内。
 「あのご主人様。お姉さん達が切れると困るますのでもう少し平和的に話して頂けないでしょうか」 後ろ(入り口)を気にしながらイフリーナ。
 「なんだと。向こうで何を話してきたのかは知らんが」
 と陣内がイフリーナを怒鳴りつけようとした時イフリーナは慌てて後ろを向き再び頭を下げる。
 「どうしたのだイフリータ。なぜそう何度も頭を下げている。さっきから言っているようにだなあ」
 「あのご主人様」 さっとまた振り向いてからイフリーナが口を開く。
 「お姉さん達なんですけど…そのう…次は当てると仰っているんですけが…」
 「なんだと! この私を暗殺すると言うのか?」 さすがに慌てる陣内。
 「おい何とかしろイフリータ。追い出すだけでも構わんからさっさと行って来い!」
 「いえ別にご主人様を狙って来たのではないんです」
 「じゃあ何をしに来たと言うのだ」
 「ええ。それをお話しますので少しの間だけ聞いて頂けませんでしょうか」 ちらと後方を見るイフリーナ。
 陣内は自分ではなく後ろにいるイフリータ達を気にしながら話すイフリーナの態度は面白くないものの撃たれると痛いしと我慢する。
 取り敢えずはイフリータ達を無視しているように振る舞う事にした。
 「なんだ、聞いてやるから話してみろ」
 「はい。お姉さん達今度ロシュタリアへ遊びに行くそうなんです」 イフリーナは理由を聞いていない事もあり、みんなして遊びに行くものと思っていた。
 「ロシュタリアに遊びに行くだと」 目が吊り上る。
 「ええ、それで私も一緒に連れていってくれるそうなんです」 嬉しそうに話すイフリーナ。
 「お前も一緒にだぁ」 思いっきり不機嫌な声を出す陣内。
 「そうなんです。それで許可を頂こうと思いまして」 にこにこと笑顔で話すイフリーナ。
 「許可だと? ふざけるんじゃない! ロシュタリアは敵地だぞ。そこへ遊びに行くなど言語道断。大体この大事な時期に遊びにいくなどという馬鹿げた事を許可できると思っているのかこのボンクラが!」
 と陣内が叫んだ瞬間イフリーナが陣内を庇う様に後ろを向き手を広げる。手にした箒がプリティ。
 「どうしたイフリータ」 怪訝そうに問いただす陣内。
 しかしイフリーナは答えない。じっと正面を見ているだけだ。
 と言っても陣内からはその表情は窺い知れないが。
 ややあってほっと手を下ろすイフリーナ。
 「ふう。さっきイフリーテスお姉さんがご主人様の振り上げた手をポイントしたんです。なんとか堪えて貰えましたけど危なかったなあ」 口調はやや軽いもののいつもの陽気さが無い。
 さすがに陣内も彼女らが本気と言う事が分かったようである。
 「むうう…」 卑怯回路のスイッチが入ったらしい。
 それを見たディーバがお茶の準備を始める。
 ちゃぶ台に急須等を用意した後イフリーナを手招きし何か耳打ちする。
 頷いたイフリーナが入り口の方へ歩いていくが陣内は気付かないようだ。
 必死になって考え込む陣内。
 暫くして考えがまとまったのか顔を上げたがそれまでの思考時間は9分32秒に達した。
 最長記録である。
 「おいイフリータ」 陣内は振り向きざまに声を掛ける。
 「なんだ」「なんですか?」
 慌てて声の方を向いてみるとイフリータ達三人とディーバがちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいる。
 もっともイフリータだけは手をつけていなかったが。
 「なぁに陣内君。私に何か用があるのかしら」 イフリーテスの口調は軽いが表情はきつい。
 「な、私はイフリータを呼んだんだ。お前らに用はない!」
 「だからなんだと言うのだ」 同じく厳しい表情のイフリータ。
 「ぐ…」 言葉に詰まる陣内。
 ”そう言えばこいつら全員イフリータだった” どう呼ぶかと考え始めた時イフリーナが立ち上がる。
 「お姉さん、ご主人様は私を呼んでいるみたいですので」
 「そんな事は分かっている」
 「そうそうあの間抜けがなんと言うかと思ってね」
 ”機械におちょくられた!” ぶちきれ寸前の陣内だったが辛うじて踏みとどまる。
 やはり命は惜しいようだ。
 「何でしょうか、ご主人様」 陣内の前で一礼して見せるイフリーナ。
 その真摯な態度に思わず目頭を押える陣内。
 「くうぅ…今までお前の事を出来そこないと思っていたがそうではなかったようだな」
 思わぬ陣内の言葉にびっくりするイフリーナ。
 「あの二体に比べればお前の方が数段まし。同盟の奴らが手放したのも良く分かる」
 どうやら誤解をしているようだ。
 とにかくこれ以上長引くとどうなるか分からない。
 イフリーナは用件を尋ねてみる。
 「うん、ああそうだったな。ちょっとこっちへ来い」 とちゃぶ台から少し離れる。
 「何でしょうか。あの出来ましたら手短にお願いできませんか。お姉さん達いつでもゼンマイ撃てるようスタンバっているんです」 相変わらず後ろ(今度はちゃぶ台だが)を気にするイフリーナ。
 再び切れかかるが今ここで戦闘になるとまず勝ち目は無い、そう思い堪える陣内。
 「用件と言うのは他でもない。イフリータよロシュタリアへの出張を命ずる」
 「すいません。それってロシュタリアへ行って良いと言う事ですか?」
 「そうではない。私が命じているのだ」
 「はあどういう事でしょう」 首を傾げるイフリーナ。
 「よいかイフリータ。先程述べたように今お茶とお茶菓子は十分な在庫がない」
 「どうもすいません。ちゃんと買ってきますので」
 イフリーナの言葉を遮り陣内は続ける。
 「勿論購入はお前の役目だ。しかしだ今その購入資金が無い」 一旦話しを切りイフリーナを見る陣内。
 「え、ディーバ様は十分あると仰ってましたが」
 「先程まではな。お前の姉と申す輩が城の一部を壊すまでだ」
 「あ、すいません、すいません。お姉さん達別に悪気が、いや少しは有ったかもしれませんがですけど」
 「まぁいい。なんであろうと現状が変わるわけではない」 陣内らしくない台詞だ。
 「なんて優しいお言葉を…ご主人様もちゃんと血が通っていたんですね」 感激するイフリーナ。
 「ばっかもーん! 誰が冷血動物だ! ったくお前はご主人様に対する尊敬の念が…」 続けて何か言おうとした陣内だがイフリータのゼンマイがゆっくりとこちらを向くのを見て慌てて中断する。
 「ん、おっほん。今はそんな話ではない。いいかイフリータ。そう言う訳で壊れた城の修理が必要となる。しかし修理には費用がかかる。分かるなイフリータよ。今現在お茶を買う金なぞない!」
 「はあ…。ではどうするんですか」
 「そこでだ。お前はこれからロシュタリアへ行きそこでバイトして金を稼ぎそれでお茶とお茶菓子を買ってくるのだ」
 「アルバイトですか。ですけど何をすれば?」
 「お前の得意なものはなんだ」
 「ええっと、ご飯を食べてお昼寝して…」
 「馬鹿者! 誰が好きなものを訊いたか! 何ができるかと訊いたんだ!」 肩で息する陣内。
 「あのうご主人様、血圧が上がっているみたいですけど…」
 「誰のせいだ! 誰の!」
 「はあ。私が出来る事ですか…」 何も無かったかのように考えるイフリーナ。
 「むぎぎぎ…」 ”同盟のイフリータさえいなければこのたわけをああしてこうして…” 無駄な事を考えている。
 「えーとお掃除は大好きです」
 「そうだ。お前は掃除ならよくできる。いいかイフリータよ。ロシュタリア城で掃除のバイトをして金を得るのだ」
 「ロシュタリア城で…。しかしファトラ様が私を許してくれるとは思えないんですけど…」 悲しそうな目で答える。
 「大丈夫だイフリータよ。城には他に誰がいる?あそこには我が人生最大のライバル水原誠がいるではないか」
 誠の名を聞きちょっと頬を赤らめるイフリーナ。それに気付かず陣内は話しを続ける。
 「あやつの甘さは天下一品。お前が泣いて頼めば城の者に口利きもしてくれるだろう。それにあいつはあのお前の姉とかの片割れの主人のはず。と言う事は誠にも責任の一端がある」
 ”誠さんにお願いする…。誠さんに会ってお願いする…” どうやらイフリーナは残りの話しが耳に入ってないらしい。
 「…と言う訳でイフリータ」 懐から紙を出し何やら書き込む。
 「出張命令書。バグロム帝国軍総司令官陣内克彦様直属最終兵器イフリータ。右の者は直ちにロシュタリア城へ趣きそこでアルバイトを行う事。またその代金でお茶とお茶菓子を購入し帰還する事を命ずる」
 用紙を畳みイフリーナへ差し出す。
 「いいなイフリータ。しっかり働いてくるのだぞ。出来るだけ多くの場所を回り色々な事を見聞きしてくるのだ。分かったな。土産話を待っておるからな」 にやりと笑う陣内。
 命令書を受け取ったイフリーナは笑顔一杯だ。
 「分かりました! がんばってお仕事してお茶とお菓子を買ってまいります!」
 「うむ頼んだぞ」
 一礼してちゃぶ台へ戻るイフリーナ。
 「お姉さん。お出かけの許可を貰いました。早速出かけましょう」
 「ああそのようだな」 ちょっと不満そうだ。
 「そうね行きましょうか」 とこちらもやや面白くなさそうである。
 「じゃあディーバ様、出かけてまいりますので」
 「気をつけて行くのだぞ。ロシュタリアは遠いからな」
 「大丈夫です。お姉さん達も一緒ですし」
 「ああそうだな。お二方よろしく頼むぞ。こやつは一人では心もとない所があるからな」 子供を送り出す母親よろしくイフリータ達にお辞儀するディーバ。
 「わかっている」
 「大丈夫よおばさん。私達がついていればどこだって平気よ」
 「じゃあご主人様、ディーバ様行ってまいります」 元気一杯挨拶するイフリーナ。
 「ああ、しっかりやるのだぞ」 陣内は鷹揚(横柄?)に頷くがディーバは何やら上の空で応えない。
 「はい!」 しかしイフリーナは気にならない様だ。



 部屋を出て行くイフリータ達を見送る陣内。
 「やれやれだな。全くいい迷惑だったがうまくイフリータを送り込める口実が…ん、どうしたディーバよ」
 ディーバはぼーっとして何やら呟いている。
 イフリーテスにおばさんと言われた事が相当ショックだった様だ。
 「ディーバどうした。しっかりしろ。そんな事では征服はできんぞ!」
 ディーバは『征服』という言葉に反応したのかはっと顔を上げる。
 「どうしたと言うのだディーバよ。珍しくボーッとして、お前らしからぬ事だな」
 「いや済まぬ陣内殿。ちょっと考え事をしておったからな」
 「考え事?」
 「いや大した事ではない。それよりも陣内殿。イフリータをロシュタリアへ行かせるのは反対ではなかったのか?」 話を摩り替えるディーバ。
 普通なら突っ込む所だが陣内にとってそんな些細な事よりも壮大な(と自分で思っている)計画を説明(自慢)する方が遥かに重要であった。
 「ふふふ、何故かだと?ディーバよ私が言った事をよく考えてみろ」
 「確か金が無いからロシュタリア城で仕事をして金を得、それでお茶とお茶菓子を買ってくるという事だったと思うが、それが何か?」
 よく分からないというディーバの表情に満足して大きく頷く陣内。
 「分からんかディーバ? 私は城中の掃除のバイトをしろと言ったのだ。つまり城の中をあちこち出入りして回ってこいとな」 どうだといわんばかりに陣内。
 「という事は…イフリータは城の全てを掃除して回るのか…ロシュタリア城が狭いと良いけどのう」 変な心配をするディーバ。
 「そうではない。いいかよく聞くのだぞ。イフリータはいわば侍女として雇われる訳だ。となると城の中をあちこち出入りしても誰も怪しまん。また掃除と称して戸棚等を開ける事も可能」
 一旦言葉を切りディーバの顔を見る。
 ディーバの相変らずの表情を確認してから話を続ける。
 「つまり何かの弾みで重要書類を見る事が有るかもしれん」
 「おお!」
 「またルーンやにっくき水原誠の弱点を探り当てるやもしれん」
 「なんと!」
 「分かるかディーバよ。侍女とは名ばかり、スパイとして送り込んだという訳だ」
 「だが陣内殿。イフリータは全くその気はない様であるが」
 「そこが付け目よ。良く考えてみろ。あいつにスパイして来いといってまともに勤まると思うか?」
 「いやそれは無理であろう」
 「それに他のイフリータがいる前でスパイして来いという訳にもいくまい。しかしだ、私は城でバイトしてこいとしか言っていない」
 「確かにそうだがそれでは」
 ディーバの話しを遮って陣内が続ける。
 「もしロシュタリアでスパイではないかと問い詰められても後の二体が単なるバイトだと証言してくれる訳だ」
 「なるほど何の問題も無く城に入れるのだな」
 「そう。後はイフリータが色々見聞してきた事をじっくり解析すれば良い」
 「という事はイフリータは自分でも知らずにスパイを行っていると」
 「その通り。鋭いなディーバ」
 「いやそこまで説明してもらったからこそ分かったのだ。しかしさすが陣内殿、本人や回りに気付かせる事無くスパイをさせるなぞ凡人では思い付かん」
 回りに気付かれたらスパイは終わりだと思うのだが。
 「そうだろそうだろう。この私でなければこのようなキュートでエレガントな作戦は思い付くまい。ひゃーっはっはっは…」
 「全く…ほーっほっほっほっほ」



 二人が高笑いを続けている頃イフリータ達はナバハスへ向かうべく屋根の上にいた。
 「やれやれ、やっと戻れるわね」
 「ああ、思ったよりも遅くなってしまった。急がんとな」
 「すいません。私がすぐ説得できなかったもんですから」 ちょこんと頭を下げるイフリーナ。
 「別にあなたのせいじゃないわよイフリーナちゃん」
 まあ途中でゼンマイ忘れた事に気付いて引き返したりもしたがそれも今となっては些細な事だ。
 「それよりもディーバだっけ? あのおばさん。結構まともな事を言っていたわねえ」
 「ディーバ様ですか。ええ見かけと違って結構優しい方ですよ」
 「そうみたいだな。あの主は相変らずだったがな」
 「そうよね。もう一発くらいゼンマイ撃っとくんだったわ」 残念そうに言うイフリーテスに
 「全くだな」 イフリータも同調する。
 先程の不満そうな表情の原因はこれだったようだ。
 「あのうできればこの次にしてもらえませんか。今そんな事されるとロシュタリアへ行けなくなってしまうと思うんです」 少し的外れな事を言うイフリーナ。
 「仕方ないわね」 本当に残念そうだ。
 「では帰るか。イフリーテス、お前はイフリーナに運んでもらえ。速度を上げなければならないからな」
 「そうね、じゃあイフリーナちゃんお願いね」
 「??  お願いって言いますと?」
 「あっ、そうか。まだ話していなかったわねえ。前の戦いで私達が各種能力を失った事は知っているでしょ。それがどういう訳か最近一部だけど戻ってきているのよ」
 「どういう事ですか?」
 「私は一部の機能しか使えないけどパワーは昔に近いわね」
 「私は機能はほぼ戻っているようだがパワーが無い」
 「という事はさっきイフリータお姉さんゼンマイ撃ちましたけどあれって」
 「ああ、あれでフルパワーだ」
 「ええっ、私てっきり加減して下さったのかと思ってました」
 「手加減するにしてもあそこまで落とす事はしない」
 「はぁ、そうでしたか」
 「ロシュタリアへ行くのもそのためよ」
 「じゃあもし中途半端に力が戻ってなかったら」
 「行こうとは思わなかったかもね」
 「そっかー」 ”お姉さん達には悪いけどこの事は私にはラッキーだったな…”などと考えていると
 「イフリーナちゃん、今私達が中途半端に治った事を『ついてるぅ』とか『やったぁ』とか思ったでしょ」
 ギクっとするイフリーナ。
 「い、いえそんな事は…」
 「ほんとかしら」 すっと近付き顔を覗き込むイフリーテス。
 「え、あのその…」 追い詰められたイフリーナ。
 「それくらいにしてやれ」 とイフリータが口を挟む。
 「はぁーい」 殆ど笑い顔のイフリーテス。
 「有り難うございますお姉さん」 イフリータに頭を下げるが
 「礼ならイフリーテスに言うんだな。ロシュタリアへ行こうと言ったのもお前を連れて行こうと言ったのもあいつだ」
 「えっ、そうなんですか」
 「そうよ〜イフリーナちゃん。だからちゃんと連れてってね。途中で落としちゃいやぁよ」
 「勿論です。任せて下さい!」 異様にテンションが上がっている。
 「じゃあお姉さん、しっかり捕まって下さいね」
 「まてイフリーナ」
 「何でしょうか」 出花を挫かれた格好のイフリーナ。
 「さっきも言ったように私は以前ほどの速度は出ない。済まないが私に合せてくれ」
 「分かりました。では参りましょう!」
 この時イフリーテスが ”残念! 先に行ってデュラムさんと…” と考えていたのは秘密だ。



 城を離れゆっくりと上昇していく三人。
 徐々に速度を上げていくが
 「イフリータお姉さんほんとに調子悪いんですねえ」
 「ああ、これで精一杯だ」
 イフリーナにとっては、いや他の二人にとっても遅い飛行速度である。
 「早く治るといいですね。そうしたら今度は三人揃ってお散歩できるのに」
 「そうね。ストレルバウの爺様次第と言うのがちょっと不安だけど」
 「そうだな。後は誠か…当てにはならんがな」 あっさりと切り捨てるイフリータ。
 「え、誠さんも直せるんですか?」
 「ん〜どうかしら…ストレルバウ爺さんの手伝いをして私達の修理を行っていたけどちょっと怪しいわね」
 「ですが誠さん努力家で今はストレルバウ博士の助手をされてるってお話でしたし…」
 「ほう詳しいな」 とイフリータ。別にからかった訳ではないのだが
 「えっ、いえ、いつだったかご主人様がそんな事を仰っていたので…」 必死に言い訳をしている。
 「どうしたのイフリーナちゃん、顔が赤いわよ」 当然こちらは確信犯だ。
 「えっ、そんなこれは…」
 「サーモスタットの調子が悪いと言うのはなしね」
 「や、やだあ姉さん…」 と言いながら抱えている手を放しイフリーテスを軽く押すイフリーナ。
 当然…
 「きゃああぁぁぁ…」 落下する。
 「もうお姉さん変な事を…」 それに気付かず赤い頬に手を当て照れるイフリーナ。
 「おい!」
 「あ、はい!なんでしょうお姉さん?」 慌てて答える。
 「落ちたぞ」 ゆっくりと下を差す。
 「ああ! いっけなーい!」
 一気に急降下するイフリーナ。
 数秒後体に葉っぱをいっぱいつけたイフリーテスを抱えて上がってきた。
 「大丈夫かイフリーテス」
 「大丈夫じゃないわよ!全くもう。木の枝を数十本折ってやっと止まったけどそうでなかったら地面に大穴が空いている所だわ」
 「すいません、すいません。私が手を離したばっかりに。ほんとにすいません」 必死に謝るイフリーナ。
 「まあいいわ。あなたが手を離したのも私が変な事を言ったのが原因だし」
 「許してくれるんですか」 恐る恐る問い掛けるイフリーナ。
 「私を見つけた時のあなたの顔見れば何も言えないわよ。それよりさっさと行きましょう」
 「有難うございます。なんかお姉さんにはお世話になってばかりだなぁ…」
 「だからちゃんと運んでね。もう落としちゃ嫌よ」 笑いながら話すイフリーテス。
 「はい、任せて下さい!」 元気いっぱいのイフリーナ。
 そんな二人のやり取りをイフリータはじっと見つめている。
 「どうしたの姉さん?」 視線に気付いたイフリーテスが問い掛ける。
 「いやお前の答えは有る意味意外だったんだが、姉らしい受け答えだったなと思ってな」
 「ちょっと姉さん。意外ってのはなによ、意外って。それにこの子の一生懸命な所を見たら誰だってそう言うわよ」 べーと舌を出して見せるイフリーテス。
 「そうだな。それは言えているが、どうしたイフリーナ」
 今度はイフリーナが感心したような顔でイフリーテスを見ている。
 「え、いや、あのイフリーテスお姉さんって凄いなあって思っちゃって」
 「そう?私は普通にしているけど」 まんざらでもない表情で答えるイフリーテス。
 「ええ、イフリータお姉さんに喧嘩売れるなんて凄いですぅ」
 予想外の答えに思わずずっこけるイフリーテス。
 さすがに手を放す事はなかったが。
 「ちょっとそれどう言う事よ」
 「え、だってイフリータお姉さんにあんな感じで話せるなんて私じゃとても…」
 「あのねえ…。だけどこの中じゃあなたが一番強いのよ。その気になればお姉さんだって勝てないと思うけど」 意地悪っぽく言ってみる。
 「ま、待って下さい! 確かにお姉さんは絶不調みたいですけどだからと言ってお姉さんに勝つなんて不可能ですよ!」 一気に捲し立てるイフリーナ。
 「はあ、やっぱり…」 ため息混じりに答えるイフリーテス。
 「やっぱりって?」
 「いや実は私もそうなのよ」
 「どういう意味だイフリーテス」
 「うん…私だって能力は一部しか戻ってないけどパワーなら姉さんを圧倒出来ると思うんだけどさ…」
 「ああ、間違いない」
 「だけど実際に戦闘と思ったら…なんか勝てる気がしないのよねえ…」
 「よく分からんな」
 「私もそうですね。勝ち負け以前に喧嘩しちゃいけない相手だって思っちゃいます」
 「そうそう、そんな感じよね。絶対に逆らっちゃいけないって感じよね」
 「なあイフリーテス」 すっと傍によって話しかける。
 「そう言われると私はやはり『最強の鬼神イフリータ』であると再認識するのだが」
 ”びくう!” 二人とも硬直する。
 「い、いや姉さんそんなつもりで言ったんじゃ」
 「そ、そうですよ、やっぱりお姉さんは威厳があるなあって…」
 二人抱き合ったまま言い訳をしている。
 イフリータはそんな二人を見てくすくす笑いながら答える。
 「構わん。人間でもそういうのは有るらしい。戦闘能力に関係なくな」
 ほっとする二人。
 「もう姉さんったらお茶目なんだから」
 「本当に前とは全然違いますねえ」
 「そうか。とすると私も少しは成長していると言う事だな」
 「そうね、昔よりは全然だわ」
 「そうですよねえ。それに以前はこんな風にお話する事もありませんでしたからねえ」
 ハイロウズでの戦いの前に三人でおしゃべりした事を思い出しながら話すイフリーナ。
 いつもこんな風に楽しく過ごす事が出来るといいな、と考えながら飛行を続けていると
 「所でもう少し高度を取った方が良さそうだな」 イフリータが淡々と告げる。
 「構いませんがなぜですか?」
 イフリーテスも訳を聴きたそうだ。
 「またイフリーテスが落ちた時高度があれば途中で捕まえられるかもしれないだろう」 真顔で答える。
 「ちょっと待って姉さん。また落ちるって言うの?」 慌てて訊き返すイフリーテス。
 「大丈夫です。二度と落としませんから!」 珍しく断言するイフリーナ。
 「そうか。しかし念のために高度は取っておこう」 そう言って上昇していくイフリータ。
 「イフリーナちゃんお願いね。もう落としちゃいやよ」 やや声が震えている。
 「大丈夫ですって姉さん。絶対に放しませんから」
 「ほんとよ。所で姉さん、そんな事を言う根拠はあるの?」
 「ない。何となくだ」 あっさりと否定する。
 その返事に驚くイフリーテス。
 「へえぇ、姉さんが何となくねえ…」
 「どう言う事ですか?」 イフリータに合わせ高度を上げながらイフリーナが訊いてくる。
 「うん、姉さんここに来るまでは事実に基づいた事か推測にしても高確率な事しか言わなかったのよ。今みたいに勘なんて口にしなかったわ」
 「なるほど。そういう事ですか…という事はイフリータお姉さん、私がまた手を放すと思っているんですかあ」 納得できませんと言う感じで抗議するイフリーナ。
 「いや故意に放す事は有り得ないだろう。しかしこの先何があるか分からないし私らも本調子でないからな」
 「つまり保険ね」
 「まあそうだ」
 「えーと私が信用できないのではなくて万一に備えると言う事ですね」
 「そう言う事。あなたが信用できないなんて有り得ないわよ」
 バグロム城で言っていた事と少々食い違っている。
 さすがにイフリータは気付いたが敢えて口にしない。
 「なるほど完璧なものは有り得ないんでしたね」
 「そうそう」 さすがに笑いを堪えながら答える。
 「そうだな。とにかく注意しろ。もうすぐ聖大河だ」
 その言葉に先程渡河した時の事を思い出すイフリーテス。
 「なんかこの河好きになれないわねぇ」 ぼそっと呟く。
 「どうしてですか?」 当然抱きかかえているイフリーナには良く聞こえる。
 「さっきの事かイフリーテス?」 こちらもセンサーの調子はいいらしい。
 「え、ち、違うわ姉さん」 慌てて否定するが
 「お姉さん感情に乱れがありますよ」 まあ悪気はない。
 「別に構わないのではないか?」
 「だ、駄目よ。絶対に言っちゃいやよ、姉さん」
 「???」 何の事やら分からない。まあ当たり前ではある。
 ただ目の前でイフリータとイフリーテスが話している内容から二人がバグロム領へ来る時に何かあったのだろうという事は想像できる。
 更にイフリーテスが何かドジを踏んだのだろうと考えられる。
 ”そういえばお姉さん、バグロム城でもよく転んでいたしなぁ”
 「何が可笑しいのかしらイフリーナちゃん?」 突然イフリーテスが尋ねてくる。
 「え、私笑ってました?」 慌てて返すイフリーナ。
 「何を考えていたのかしら?」 それには答えず更に突っ込むイフリーテス。
 「その…お姉さん達の話されている内容が面白くって…」 まあ半分は本当だ。
 「それだけかしら?」 じっとイフリーナの眼を見つめる。
 ”どうしよう” 本当の事を言う訳にはいかないし、さりとて誤魔化し切れるとも思えない。
 となると残された手段はイフリータに仲裁してもらうしかない。
 が、イフリーテスを抱きかかえた状態で彼女に気付かれないようにイフリータに頼むのは難しい。
 返答に困っていると
 「全くしょうがないわねえ」 思わぬ台詞が聞こえてくる。
 はっとして顔を上げるとにやにや笑っているイフリーテスと眼が遭った。
 「どうしたのイフリーナちゃん。困った顔しちゃって」
 今一歩真意が分からない。
 「それにくらいにしておけイフリーテス。余りいじめるな」 内容とは裏腹に表情は明るい。
 「あーら私を散々いじめた姉さんの台詞とは思えないわねえ」 こちらは笑いを堪えながら話している。
 「私の気持ちがよく分かったんじゃないのか?」
 「???」 疑問符に埋め尽くされるイフリーナ。
 「よく分かったけど本人にしてみればたまったもんじゃないわねえ」
 「?????」 いよいよ持って何の事だか分からない。
 「そうだな。程々にという事か」
 「珍しいわね、姉さんがあやふやな表現を口にするなんて」
 「やはりちゃんと話しをつける必要がありそうだな」 すっと寄って囁く様に言う。
 「そうね。話す事はいっぱいあるし今夜は徹夜ね」 笑顔で答える。
 「あのう…すいません、話しが見えないんですけど…」 思いきってイフリーナが口を挟む。
 「今夜ね」 笑いながら答えるイフリーテス。
 「はあ…」 不安そうな顔のイフリーナ。
 「どうしたイフリーナ」 ちょっと心配そうな感じでイフリータ。
 「いえ、そのぅなんか置いてきぼりにされたみたいで…」
 「う〜ん、そういう訳じゃなくてね。今その話しをするとイフリーナちゃん思いっきり笑い転げそうで」
 「笑い転げるですか?」 やはりよく分からない。
 「そうよ。そんな事になったらまた落ちちゃうかもしれないでしょ」 口調はともかく表情は真剣だ。
 「そうですねえ」 尚更聞いて見たい気もする。
 「今夜ゆっくり話してやろう」 そう言ったイフリータだがイフリーナの表情を見て言葉を続ける。
 「そうだな。今私達が話していた内容は簡単に言うとイフリーナ、お前は実に可愛い妹だ、という事だ」
 「えっ、やっだあお姉さん、いきなりそんな事言わないで下さいよ」 赤くなった頬を押さえるが
 「おい」
 「は、はい」
 「落ちたぞ」
 「きゃっ! 大変!!」 慌てて急降下していく。
 「結局落ちるのは必然か」 囁く様に話す。
 「間に合うといいがな」 イフリーテスが落ちていった方を見てイフリータは微笑みながら呟いた。


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