5.憂鬱な姫君達

 やっとの思いでナバハスに辿り着いた三人。
 既に日が落ち辺りは暗いがイフリータとイフリーナの両名には関係ない。
 イフリーテスを中央に三人並んで歩いていた。



 「えー! そんなあ!」 突然響き渡るイフリーナの叫び声。
 「お姉さん,何とかならないんですか!」
 「今の所はどうしようもない」
 「そんな…。ね、イフリーテスお姉さん何か方法は」 悲痛な表情でイフリーテスを見つめるが彼女はゆっくり首を振った。
 「可哀相です…そんな小さい子が病気で苦しんでいるなんて」 涙しながら訴えるイフリーナ。
 飛行中そしてナバハスに着いてからもお互いの近況を話していたのだが、イフリータが話したマリエルの病気にイフリーナはショックを受けたのである。
 「そんなに泣かないで、イフリーナちゃん」
 「ですが」
 「有難うイフリーナ。だが泣くのはやめろ。マリエルが見たら心配する」
 「しかし…」
 「それに一応策はある」
 「ほんとですか!」 イフリータにすがりつくイフリーナ。
 「ああ。さっきも言ったようにマリエルもロシュタリアへ連れていく。あそこなら医者や薬等揃っているからな」
 「じゃあロシュタリアへ行けば」
 「確実ではない。しかし確率は高いと思う」
 「そうよイフリーナちゃん。このエルハザードで一番人が多い所ですもの、きっと誰か知っているわよ」
 「そうですよね!ロシュタリアへ行けば何か分かりますよね!」
 「ああ、私もそう願っている」
 「大丈夫よ。ストレルバウのじいさん伊達に歳食ってないと思うし、誠ちゃんだって他の世界から来たとか言ってたでしょう、何か知っているかもしれないわ」 精一杯明るく話すイフリーテス。
 「私もお手伝いします!」 強い口調で言うイフリーナ。拳を握り締めている。
 「お姉さん、お薬代とか治療費は私に任せて下さい。ファトラ様とルーン様にお願いしていっぱいお仕事貰いますから!」
 「お前は主の言いつけがあるだろう」
 イフリータは更に言葉を続けようとしたがイフリーナがそれを遮る。
 「大丈夫です! ご主人様の元へはお茶とお菓子を持っていけばいいんです。いっぱいお仕事すればいっぱいお給料貰えますからそれでお薬を買いましょう。お茶はその残りでも買えます」
 珍しく熱くなっているイフリーナ。
 残る二人は思わず顔を見合わせる。
 「時間かかるかもよ」
 「構いません。命令書には帰還の期限が書かれてませんからいつまでも大丈夫です」
 「イフリーナ、お前は本当に優しい子だな。有難う」
 「お礼なんていいです。とにかく出来る事は何でもしますからどんどん言いつけて下さい!」
 「ではまず最初に」
 「はい!」
 「この事で泣くのと力むのはやめろ。マリエルが気にする」
 「そうよイフリーナちゃん、あんな小さい子に気を使わせちゃ駄目よ」
 二人に言われ恐縮するイフリーナ。
 「すいません。気が回りませんでした」
 「そこまでかしこまらなくてもいい。ただマリエルの前では余り病気の事は口にしないで欲しい。あの子は自分の病気が周りに迷惑をかけていると思っている。だから」
 再びイフリーナの目に涙がたまっていく。それを見たイフリータも一旦言葉を切る。
 「イフリーナ、あの子の事を気遣ってくれるのは嬉しい。だがあの子の事で余り感情的になるな」
 「そうね、イフリーナちゃん。マリエルはまだ小さいけどあの子なりにがんばっているわ。見守る事も必要よ」
 「はい…」 力なく答えるイフリーナ。
 「それにあの子はお前と会えるのを楽しみにしている。だからそんな顔はしないで笑ってくれ」
 「私にですか?」 涙を浮かべたまま問い掛けるイフリーナ。
 「そうよ。『イフリータの可愛い妹に会える』ってすっごく嬉しそうだったわよ」 イフリーテスが代わりに答える。
 「はあ、ですけどイフリーテスお姉さんも妹では」
 「あのねえ…私は可愛くないんだって」 イフリーナの耳元へ口を寄せそっと囁く。
 ただしイフリータに聞こえるであろう事は計算済みだ。
 「その話しはもういいだろう、イフリーテス」 苦笑しながらイフリータが口を開く。
 「あら、どういう事かしら。少し前に散々私を笑い者にしてくれた姉さんの言葉とは思えないわ」 笑みを浮かべながら返すイフリーテス。
 「いや別に笑い者にした訳ではない」 こちらは必死だ。
 「だけどイフリーナちゃん、けらけら笑っていたわよ」
 「まあ結果としてそうなった訳だがそれを意図して言った訳ではない」
 「ほんとかしら」 上目遣いにイフリータを見る。
 「当然だ。可愛い妹を笑い者にしようとは思わない」
 その言葉を聞きにっこり笑うイフリーテス。
 「このようにね、私が姉さんから『可愛い』と言ってもらうのは結構大変なのよ」 イフリーナの方を見て笑いながら話すイフリーテス。
 「おいイフリーテス」 少々語気が強い。
 「なあに姉さん」 それに構わずにこっと笑うイフリーテス。
 「いや、もういい」 諦めたような表情になる。
 「しばらく言われそうだな」
 「あら、それは昼間私が言った台詞だけど」 楽しくてしょうがないという顔をしている。
 「そうだったな…会話ではお前には当分勝てそうにないな」 微笑みながら返すイフリータ。
 「あのう、やっぱり喧嘩しているように聞こえるんですが…違うんですよね」 思わず確認するイフリーナ。
 「勿論だ。それに喧嘩する理由がない」
 「そうそう。それにねイフリーナちゃん、会話は姉さんが一番苦手としている事ですもの」
 「なるほど、イフリータお姉さんの手助けをしている訳ですね」 と感心するイフリーナだが。
 「あっまーい。ねえイフリーナちゃん、戦闘になったら逆立ちしたって姉さんには勝てやしないのよ。だったらせめて会話だけでも有利に立たないと。それに姉さん、いつ私達のレベルを超えるか分からないでしょ?今のうちよ」
 「は、はあ」 思いがけない答えになんと言っていいのか分からない。
 「ほう、そういうつもりだったのかイフリーテス」 じっと見つめるイフリータ。
 「そうよ姉さん。悔しかったら早く私に追いつく事ね」 臆する事なく見つめ返すイフリーテス。
 それを見ておろおろするイフリーナ。
 なんか言おうにも間に入るのさえ躊躇われる。と、その時
 「どうしたイフリーナ、変な顔して?」
 「ほんと。どうしたの?」
 いきなり二人から問い掛けられる。
 「は、あのその…お二人とも睨み合っていたんじゃないんですか?」
 恐る恐る訊き返すイフリーナ。
 二人の姉達は思わず顔を見合わせ
 「ふふふ…なるほどそう見えても不思議ではないかもしれないな」
 「きゃはははは…イフリーナちゃん面白過ぎ…」
 突然笑い出す。
 「はあ?」 ますます分からない。
 「ねえ、イフリーナちゃん」 笑いを堪えながらイフリーテスが話しかける。
 「あんな事で姉さんが怒るはずないでしょ」
 「そうなんですか?」
 「そうよ。まだまだ修行が足りないわね」
 イフリーテスは面白がっているがイフリータはそうでもないようだ。
 「お前は私達の会話を聞いてよくそう思うようだがなぜだ?」 真剣な表情で問い掛ける。
 「なぜって…その、なんとなくなんですけど…」 はっきり言いたくても言えないイフリーナ。
 「決まっているわ。それはもう全て姉さんのせいよ」 びっとイフリータを指差し宣言するイフリーテス。
 「その根拠は?」 静かに問い掛けるイフリータ。
 「表情よ」
 ゆっくりとイフリーナのほうを見るイフリータ。
 イフリーナは何と答えたものか迷ったが小さく肯いた。
 「そうか、表情か…難しいものだな」
 寂しそうに答えるイフリータを見てイフリーテスが軽く背中を叩く。
 「なんて顔してんの姉さん。またマリエルが心配しちゃうわよ」
 「そうだったな。だけど本当に今日は考えさせられる事が多い…」
 そんなイフリータを心配そうに見つめるイフリーナ。
 イフリーテスがやれやれという感じで話を続ける。
 「今日はねイフリーナちゃん、姉さんったら考え事ばかりしていてその度にマリエルが『イフリータ大丈夫』ってよく言っていたのよ」
 「はあ…。という事は今までイフリータお姉さんは余り考えた事がないと」 深く考えないで話すイフリーナだが
 「イフリーナ、もしかして私を馬鹿にしているのか」 十分過ぎるくらいの迫力だ。
 「い、いえ。その、余り悩みがなくて羨ましいなあと…」 引きつりながらも何とか答える。しかし
 「私にだって一応悩みはあるのだが」 どうやら油を注いだようだ。
 一気に青ざめていくイフリーナ。
 それを見て、ため息を吐いたイフリーテスが声をかける。
 「姉さんやり過ぎ。そんな顔されたら私だって恐いわよ」
 「…そうか…難しいな。だがイフリーテスに分かってイフリーナに分からないのはどういう訳だ?」 基本能力はイフリーナの方が上なのにと思うイフリータ。
 「それはやはり私の方が一緒にいた時間が長いからでしょ」
 「後半はこいつも一緒だったろう。それを考えると差が大きいように思うのだが」
 「そうねえ…この子はおとなしい所があるし、それに普段の生活環境においてまともな会話がなされているとは思えないわ。だから」
 「元々の経験値はともかくそれを伸ばさせなければ状況判断が的確に行えないという訳か」
 「まあ近いんじゃないかしら。それに積極性も必要だと思うけどこの子はちょっとその辺がねえ」
 「だが十分過ぎるくらいやさしい子だ。若干の欠点は補えるくらいのな」
 当のイフリーナを前にして人物評価を続ける二人。
 「やはり訓練次第ね。そういう意味では姉さんの方が環境的には恵まれているわ」
 「そうだな。小さい町だが活気はある。能力が戻れば遠出もできるだろうし」
 「イフリーナちゃんもねえ、あんな所じゃなくって…あれ? イフリーナちゃん?」 慌てて振り返る二人。
 それまで隣りにいたイフリーナだがいつの間にやら、というかイフリータに睨まれた(?)後二人のすぐ後ろをとぼとぼ歩いていた。
 「どうしたイフリーナ? 元気がないようだが」 原因が分かっていないようだ。
 イフリーテスは苦笑いしながらイフリーナを軽く抱きしめる。
 「そんな顔しないのイフリーナちゃん。美人が台無しよ」
 「はい…ですが私、イフリータお姉さんのご機嫌を損ねちゃったみたいだし…」
 「そんな事ないわよ」
 「ああその通りだ、私達の話を聞いていれば分かるだろう」
 「ええ…」 力なく答えるイフリーナ。
 やれやれとまたイフリーテスは苦笑する。
 “この子変なコンプレックスでも持っているのかしら? だけどこのままではねぇ” と考えた後
 「笑いなさい、イフリーナちゃん」
 「へ? 笑う、ですか?」 咄嗟の事に何の事だか理解できない。
 「そう笑ってご覧なさい」 やさしく促すイフリーテス。
 「は、はあ。こうですか?」 にこっと笑ってみる。
 「そう、それでいいわ。いい、この先姉さんに何か言われたらそうやって笑いなさい」
 「あのどういう事でしょうか?」 イフリーナだけでなくイフリータも理解できないようだ。
 「じゃあもう一回、今度は姉さんの方を見て笑ってみて」
 「何を考えているイフリーテス?」
 「すぐに分かるわよ」 と直接答えずイフリーナを促す。
 「はあ、では」 よく分からないなあ、という感じではあるがとにかく笑ってみるイフリーナ。
 「どう姉さん?」 いたずらっぽく問い掛けるイフリーテス。
 「「???」」 二人して首を傾げている。
 「どういう事ですか?」
 イフリーテスを見つめる二人。彼女は可笑しそうに笑いながら答える。
 「まだ分からないの姉さん?」
 「ああ。一体何を言いたいんだお前は?」
 「しょうがないわねえ」
 くすくす笑いながら再度二人を向かい合わせ、イフリータの後ろに廻ってからまた笑うように言う。
 分からないが取り敢えず笑ってみせるイフリーナ。
 「どう姉さん? この笑顔見たら怒るに怒れないでしょ」
 ぽんと手を叩くイフリータ。
 「なるほどそういう事か」
 「そういう事よ姉さん。分かったイフリーナちゃん、あなたが笑顔見せれば誰でも許してくれるわよ」
 「はあ…ですがご主人様の前で笑うと叱られるんですけど…」
 「はあぁぁぁ。ほんっとに最っ低な奴ねえ。やっぱりとどめ刺しとくんだったわ」
 「全くだな。こんな可愛い笑顔見て怒るなんて信じられん。本当に人間か?」
 再び危ない話を始める二人。
 「あ、あのご主人様にはよく言っておきますので…。それにもう暗いし早く帰らないと…」 慌てて話を逸らせようとする。
 その言葉に顔を見合わせる二人。
 「そうね。こんな所であんなろくでなしの話をするのも不毛だわ」
 「そうだな。これ以上遅くなると…いや、もう遅いな…」
 「何? どうしたの姉さん」
 イフリーテスの問いに答える代わりにゆっくりと指を差すイフリータ。
 暗くて見辛いが子供の影のようだ。
 「イフリータぁ」 手を振っている。
 「あの子がマリエルちゃんですか」
 「そうだ。さっき言った事を忘れるなよイフリーナ」
 「そうよ、怒られそうになったら笑って誤魔化すのよ」 笑いながらイフリーナを前に出すイフリーテス。
 その言葉に苦笑いするイフリータ。
 「そうだな。お前の笑顔を見ればマリエルも一緒に笑うだろう。頼むぞイフリーナ」
 「はい。任せて下さい!」 拳を握り締める。
 「だから力を抜け、イフリーナ」
 その台詞にイフリーテスが笑みを浮かべる。
 「どうしましたお姉さん」
 「今の台詞、私も言われたのよ。全然違うシチュエーションだったけどね」
 イフリータも微笑みながら後を受ける。
 「そうだったな。本当に力加減を知らない妹達だ」
 「はあ、すいません」
 「だからイフリーナ、笑えと言っただろう」 くすくす笑いながらゆっくりとしゃがむ。
 そこへマリエルが飛び込んできた。
 「お帰りイフリータ。遅いから心配しちゃった」
 「済まないマリエル。色々あったからな」 マリエルを抱え上げる。
 「ご免ねマリエル。遅くなっちゃって」 イフリーテスも一緒に謝る。
 「ううん、いいんだよ。ねえイフリータ」 とマリエルはイフリーナの方を向き
 「このお姉ちゃん…」 とても子供には見えないイフリーナを見つめて口を開く。
 「ああ、こいつがイフリーナ。私の、いや私達の妹だ」 イフリーナを前にイフリーテスと並んで答えるイフリータ。
 「姉さん」 イフリータの手を握って話しかける。
 「なんだイフリーテス」
 「言葉は悪かったけど内容は最高だったわ」 嬉しそうに話すイフリーテス。
 イフリータがマリエルマリエルを抱きかかえていなかったら抱きついている所だ。
 「どういう事だ?」 首を傾げイフリーナの方を見る。
 「分かるかイフリーナ?」
 イフリーナはゆっくり頷いてから答える。
 「ええ、私をお姉さん、のではなくお姉さん達の妹だ、と言った事じゃないかと思います」
 「当たり前の事ではないのか?」 再び首を傾げるイフリータ。
 「ですが私も嬉しかったです。今までお姉さん達と離れて暮してましたけど三人は姉妹だって言って貰えて」
 「いいじゃない姉さん。私達はそれだけの事が嬉しかったんだから」
 「そうか…。どうもその辺の感情はまだよく分からんな…」
 「ほら姉さん、そんなこと言っているとまたマリエルが心配するわよ」 笑いながら進言する。
 イフリータも微笑みを返す。
 そんなイフリータにマリエルが話しかける。
 「ねえイフリータ、私まだご挨拶していないんだけど」
 「そうですよね。こんばんわ、初めましてマリエルちゃん。私イフリーナというのよ。よろしくね」 極上の笑顔でイフリーナ。
 「こんばんわ、私マリエルです。ナバハスの町へようこそ」 こちらも負けないくらい明るい笑みを返す。
 「すごーいマリエル。立派な挨拶ができるのねえ」 感心するイフリーテス。
 「へへへ、パパに教えてもらったの」
 「そう言えばデュラムはどこにいる? まさか一人で来たのか?」 ちょっと厳しい顔になる。
 さっと周りを見渡すイフリーナ。
 「この辺りを歩いている人はいませんねえ」
 「あのね、イフリータ達が遅いから迎えに来たんだよ」
 「デュラムは?」
 「おうち…」 ちょっと下を向き話すマリエル。
 「断って来たのか?」
 「ううん…パパ外は暗いからうちにいなさいと言っていたんだけど私…」 ちょっと表情が堅くなる。
 イフリータの表情も更にきつくなった。
 彼女が口を開く前にイフリーテスがマリエルに話しかける。
 「マリエル、そんな事をしたらパパが心配するでしょ。どうしてそんな事をしたの?」
 「うん…イフリータが帰ってくるのが遅いから…どうしたのかなあって思って。そしたらパパがイフリータ達はすぐそこまで来ているって言うからその…」
 そっとため息をつきイフリーテスが後を受ける。
 「姉さん。今回だけは大目に見てくれないかな」
 「なぜだ?」 表情は相変わらず厳しい。
 「お姉さん、私からもお願いします。遅くなったのは私のせいですしそれに…」
 妹二人から頭を下げられ少し考えるイフリータ。
 「分かった。デュラムには私から話そう。マリエル、今回は無事に会えたが次からもそうとは限らない。それでなくても夜間の外出は危険を伴う。二度とするんじゃないぞ」
 イフリータに注意されしゅんとなるマリエル。
 「ごめんなさいイフリータ」 それでも顔を上げしっかりとした口調で謝った。
 「偉いわねぇ、マリエル。挨拶だけでなくちゃんとご免なさいも言えるのね」
 「そうですね。私もしっかりしなくっちゃ」 とイフリーナ。
 「ってね、あなたこんな小さな子を見習ってどうするのよ」 イフリーテスが突っ込む。
 「構わないのではないか。どんな事柄からも学ぶことはできるはずだ」 あまりフォローになっていないような気もする。
 「そりゃまあそうだけど…。やっぱりイフリーナちゃんがお手本を見せるのが普通じゃないかしら」
 「えっ! 私がお手本になるんですか?」 慌てて確認するイフリーナ。
 「無理をすることはない。お前は緊張しやすい性格のようだし」
 「う〜ん…なんか姉さん、昼間とは別人のようだわ」 感心したように話すイフリーテス。
 「そうか?余り変わったようには思えないが。それよりイフリーテスこの子を頼む」 と言ってマリエルをイフリーテスの傍に降ろす。
 「どういう事?」
 「今頃デュラムはマリエルがいないんで慌てているに違いない。先に戻って説明しておく。お前達は歩いてきてくれ」
 「って姉さん飛ぶの?」
 「ああ、この暗さなら問題ないだろう。では頼んだぞ。マリエル、イフリーテス達をちゃんと家まで案内してくれ。二人の言うことを聞いてまっすぐ帰ってくるんだぞ」
 ゆっくりと飛翔するイフリータ。
 それを見守る三人だがイフリーテスはこの時ほど飛行能力を無くしているのが悔まれたことはなかった。



 「ただいまー」 ドアを開け元気よくマリエルが飛び込んでくる。
 一瞬デュラムは眉を寄せるがイフリータとの約束もあり何も言わず迎え入れる。
 「どうも遅くなってすいません。今戻りましたわ」 満面笑みのイフリーテス。
 少し横によけてイフリーナを前に出す。
 「あ、あの初めまして。私はバグロム帝国軍総司」 とそこまで言った時、イフリーテスが後ろからハイキックを入れる。
 「いったーい、何するんですかお姉さん」 床に突っ伏し涙目で訴えるイフリーナ。
 「何をじゃないわよ。あなたねえここは同盟領よ、デュラムさんは事情を知っているから良いけどバグロム領から来たなんて言ったらみんな逃げちゃうわよ」
 「はあ、マリエルちゃんのようにちゃんとしたご挨拶をしなきゃと思ったもんですから…」
 イフリーナの手を取って立たせながら更にイフリーテスは注意する。
 「それならそれでもっと違う言い方があるでしょ。もう少し考えなさい」
 「どうもすいません。えーとそれでは改めまして」 とデュラムの方を向き再度挨拶を始めるイフリーナ。
 「ふう」 思わずため息がでる。そんなイフリーテスにイフリータが話しかける。
 「なあイフリーテス。やはりあいつに手本」 だがすぐにイフリーテスが後のセリフを遮る。
 「言わないで姉さん。私もそう思っているところなんだから…」
 「そうか」
 「さっき言った事を後悔している所よ」 溜息混じりに言葉を続ける。
 「あの子はロシュタリア城で掃除なんかしないで行儀作法を習った方がいいかもね」
 そんな事を話しているうちになんとか自己紹介は終わったようだ。
 もっともデュラムの表情から彼が困惑していることが読みとれたが…。


 取り敢えず食事も無事に終わり(相変わらずイフリータは手を付けずイフリーナの話は要領を得なかったが)ロシュタリア城へ向かう時間や手段を話していた。


 「では明朝早い時間に?」
 「明日は早起きかあ…」
 「ああ、早ければ人に見られることはないだろう」
 「マリエルちゃんは早起き苦手なの?」
 「そうね、姉さんだけならともかく私たちも一緒じゃ目立っちゃうしね」
 「うん、なかなか起ききれないの。いつもイフリータが起こしてくれるんだけど…」
 「そうだな、できるだけ早い方がいいかもしれん」
 「お姉さんにかぁ…(いいなあマリエルちゃん)」
 「どれくらい時間がかかるかもあるけれど」
 「明日はみんなでお空を飛んでいくのね。楽しいだろうなあ」
 「ロシュタリア城内まで飛んで行く訳にはいかないしね」
 「マリエルちゃんはイフリータお姉さんと飛んだ事があるのよね」
 「朝食はどうされます?」
 「うん、すごく気持ちいいんだよ」
 「そうですね。少なくともマリエルだけは取らないとまずいでしょう」
 「そうなの。それでどこまで行ったの?」
 「後は昼食だがその時間帯にどこにいるか予測できないからな」
 「ん〜とね、森を越えてねお空の上まで行ったんだよー」
 「飛行しながらお弁当を食べるのは無理でしょうね」
 「今度はもっと遠くまで行くのよ」
 「ロシュタリアまで距離があります。無理をせず休みながら行って下さい」
 「私そんな遠くまで行くのは初めてなの」
 「大丈夫だ。それにイフリーテスは飛行能力こそなくしているが一番頼りになる」
 「大丈夫よ、お姉さん達が付いているから」
 「どうしたの姉さん。そんな事を言うなんて、一体…」
 「そうだよね。イフリータが一緒だからどこでも平気だよ」
 「場合によってはどこかの村とかで休むことがあるかもしれないだろう」
 「そうよ。お姉さん達がいればどんな事でもへっちゃらよ」
 「なるほど、渉外役という訳ね。そうね今回は引き受けるわ」
 「うん。だけどロシュタリアは大きいから迷子にならないかな」
 「頼むぞイフリーテス。デュラム済まないが明日の朝食と弁当を作ってやってくれ」
 「大丈夫よ。もし迷子になってもお姉さんと私がお空から探してあげるわ」
 「分かりました。では明日早朝に出立できるよう準備をしましょう」
 「うん」


 取り敢えず出発時刻は決まったようだ…。


 翌朝、ちょっと大きめの荷物を抱えたイフリーナに寝ぼけ眼のマリエルらが玄関前に集合した。
 デュラムは少し心配ではあるが顔には出さない。
 それにイフリータにイフリーテスがいれば大抵の事は何とかなりそうだ、と考えるようになっていた。
 またイフリーナはマリエルのいい遊び相手になってくれそうだし、結果は出ずともいい旅、経験をして帰ってくるだろうと考え直した。
 「じゃあイフリータさん、皆さんお願いしますね。道中お気をつけて」
 「ああ、十分に注意しよう」 やはり少し愛想に欠けるイフリータ。
 「はい」 デュラムに名を呼んで貰えなかったので少々元気がないイフリーテスに
 「大丈夫です!任せて下さい」 こちらは相変わらず元気なイフリーナ。
 「パパ行って来ます。おみやげ買ってくるね」 同じく元気に手を振るマリエル。
 マリエルを毛布にくるんだ後、四人は真っ直ぐ上昇していく。
 デュラムは彼女らが見えなくなるまで上を見続け…筋を痛めてしまった…。
 人に聞かれてもさすがに本当の事は言えず 「寝違えて」 と誤魔化していたが。



 「あ〜あ〜退屈じゃのう…」
 質素な部屋に似合わない特大のベッドに寝そべって一人ごちるはロシュタリア王国第二王女ファトラである。
 無理もない。ファトラは先の戦いの後謹慎を申しつけられていたが、彼女が大人しくしているはずはなくその度に期間は延びていき、数日前にも改めて三ヶ月の延長を言い渡されたばかりである。
 しかもルーンの独断で…。
 理由は実にファトラらしいとも言える。
 夜這いをかけたのだ。誠の寝所へ。
 所が寝ているはずの誠はまだ起きており、更に間が悪いことにルーンと菜々美の両名が誠を挟んで対峙していた。
 そこへ勢いよく扉を開け、思いっきり丈が短い服を身に纏ったファトラが乱入してきたのである。
 勿論その下には何も付けていない。
 驚いたのは中にいる三名だけでない。
 ファトラも 「起きろ誠! 今から」 とまで叫んだ後固まってしまった。
 それを解いたのはアレーレである。
 「あっちゃ〜皆様いらしたんですか。これはまずいですねえ。ファトラ様、今夜は誠様のご都合が悪いようですからまたこの次にしましょう。ではお部屋へ」
 と、ファトラの手を取って引き返そうとしたのだが当然後ろから声がかかる。
 「お待ちなさい!」「ちょっと待ちなさいよ!」
 誠は何が起こっているのか理解できなかったようだ。
 まあ今まで目の前で王女様と幼馴染みが延々と表向きやんわりと相手を部屋から排除しようとしていたのである。
 精神的にグロッキーとなっている所へ突然ファトラの乱入である。
 はっきりしない頭で分かった事はこれから更に話がこじれるだろうという事だけであった。



 「…とまあそういう訳でしてわらわの結婚相手としてはやはり誠しかおりません。しかしながらこやつはなかなか態度をはっきりしようと致しません」
 勿論誠はとっくに拒否しているしルーンも許可を出していない。
 「ですのでここは実力行使、いや白黒はっきりさせようと思いましてな」
 それまで眉を寄せてファトラの言い分というか作り話(一部を除く)を聞いていたルーンと菜々美だがいい加減飽きたようである。
 「あなたねえだからってそんな格好でやってくる普通?」
 「そうですよ、もっと王女としての威厳を持ってですねえ」
 「いえ、わらわは威厳を持って誠を」
 「どうしようって言うのよ!」 ファトラを睨み付ける菜々美だがその程度で臆するファトラではない。
 「決まっておる。誠にわらわの愛の素晴らしさを体の隅々にまで教えてくれようと思うてな」
 「ファトラ、あなたはなんて事を」
 「冗談言わないでよ!私の前で、いや前でなくったてそんな真似はさせないわ!」
 「いや別に菜々美が一緒でも構わぬのだが…おお! その方が楽しそうじゃのう。どうじゃ菜々美? これから三人で」 ルーンの前という事を忘れ思わず危ない事を口走るファトラ。
 さすがの菜々美も思いがけない返答になんと言っていいのか、すぐ言葉にならない。
 代わりにルーンが口を開く。
 「馬鹿なことを言うのではありませんファトラ! あなたはもう…そんな事で王女としてやっていけると思っているのですか!」 しかしながら少々興奮し過ぎているようだ。
 「まあまあ姉上も落ち着いて。第二王女であるこのわらわは婿を取り子を作らねばなりません。ですかあの一件以来それまで山ほど有った見合い話も今は全く有りません」
 もっとも話が有ってもそれをことごとく潰してきたのはファトラ自身だ。
 ラマールとの婚約はルーン達に逃げ道を塞がれ不承不承交わしたものだった。
 その婚約も解消され更に新たな話がないとなるとファトラの言う事にも一理あるようにも見える。
 「馬鹿な事を言ってんじゃないわよ。なんで誠ちゃんなのよ」
 「だから先ほどから言っておるようにだな」
 「ですから駄目ですって先ほどから言っているのが分からないのファトラ!」
 「姉上、誠を婿とするのに何が障害となっておるのかご説明願えませんでしょうか。ただ駄目と言われただけでは」
 「駄目なものは駄目に決まっているでしょ!そんな事も分からないのファトラさん!」
 「そうですよ。あなたも第二王女なんだから…」
 当事者である誠の意志を無視したこの会話(?)はその数時間後に誠がダウンした事で一旦中止された。
 再開の目処は立っていないがファトラに三ヶ月の謹慎延長が伝えられたのはこの直後である。
 その退屈しきったファトラの元へロンズからの至急の知らせが届いたのはファトラがこの日十数回目のあくびをした時であった。



 「はあぁぁ」 私室に入るなりルーンは溜息をつく。
 ハイロウズの責任ということでファトラに謹慎させていたが、その間に少しは王女らしくという願いも空しく行状は一向に収まらない。
 いやむしろ以前より悪くなったような気さえしてくる。
 誠を身代わりに立て城外へ遊びに出かけるなんて今から思えばまだ可愛いものだ。
 先日のファトラの所行を思い出すと自分事ではないものの恥ずかしさがこみ上げてくる。
 「全くファトラったらなんて事を…」
 第一王女である我が身が恨めしかったが法を変えることはできない。
 もし誠でなく別の男性であったならファトラの好きにさせていただろう。しかし…
 「誠様だけは…」 切なさで胸が苦しくなる。だがその想いを口にする事はできなかった。
 なぜ同じ双子でこうも違うのか…ファトラの行動力に決断の早さ(ただし正解とは限らないが)はルーンには無いものだ。
 それでも第一王女として責務を果たさなければならない、例え自分の想いを封印してもだ。
 第二王女ながら自由奔放に生きるファトラ。そして同じく何事にも縛られない菜々美(但し金は除く)、ルーンは彼女らが羨ましかった。
 そんなルーンの元へロンズが厳めしい顔を更にきつくしてやってきた。
 まあ見たくもないが滅多に見られるものでは無い事も確かだ。
 「どうしたのですかロンズ。そんなに慌てて」
 「はっ、一大事にてございます」 型通りの返答をするロンズ。
 「そんな事はあなたの顔を見れば分かります。何があったと言うのですか」
 「は、申し訳ございません。実は」 その時扉を勢いよく開けてファトラが飛び込んできた。
 一瞬ぎょっとするルーンだがさすがに今回はまともな服装のようだ。
 「どうしたと言うのですか、ファトラまでもそんなに慌てて…」
 だがファトラはルーンの問いには答えずいきなりロンズに問い掛ける。
 「ロンズ、真か!」 かなり語気が強い。
 「はっ、まだ詳細は把握しておりませぬが間違いございませぬ」
 「そうか…。となると礼をせねばなるまいな」 サディスティックな笑みを浮かべるファトラ。
 「失礼ですよファトラ! いきなり部屋に来るなりロンズの報告を中断させるなんて」 二人が何の話をしているか分からない事がよけい苛立ちを増幅させた。
 「これは失礼致しました。ロンズがこんな紙切れ一枚でわらわを姉上の部屋へ呼びつけましてな」 とメモを渡す。
 それを見たルーンも驚きを隠せない。
 「本当なのですか、ロンズ?」
 「はっ、何名か斥候を出しております。しかる後により正確な事が分かるはずです」
 「で、現在どの程度分かっておるのじゃ?」
 「申し訳ございません。まだその用紙に書かれている事以外何も分かっておりませぬ。しかし」
 言葉を続けようとしたロンズを制してルーンが口を開く。
 「分かっていますロンズ。詳細は分からずとも急を要する事と言うのはよく分かります。それでどういう対応を考えているのですか?」
 「姉上、決まっております。このファトラにあれだけの恥をかかせたのですぞ。この上は捕らえ処刑する以外汚名を雪ぐ手段はございません」
 「待ちなさいファトラ。ロンズ、考えを聞かせて貰えますか」
 「はっ、市内に入った所まで確認されておりますがその後の事はまだ何も、目的とその目指す場所等何ら分かっておりませぬ。ですので」
 「それらを確認するのが先と言う事ですか」
 「御意にございます」 そう言って頭を下げるロンズ。考えを変える気はなさそうだ。
 ファトラとしては面白くないのだがルーンもロンズの意見を採用しそうな雰囲気なのでそれ以上何も言わない。
 ロンズと一緒にルーンの言葉を待った。
 ルーンは少し考えた後口を開く。
 「所で誠様とストレルバウはどこへ?」 待ちあぐんだ答えが誠ではファトラも堪らない。
 とは言え予想された答えではある。
 「さあ、本日はまだ姿を見かけておりませぬなあ。そろそろ昼時ですし菜々美の所へでも行っているのでは?」 筋の通った返事だがルーンを意識して言ったのは間違いない。
 案の定ルーンは「菜々美の所」という言葉に一瞬だが頬を引きつらせている。
 「私も存じませぬ。ストレルバウ博士なら研究室に居られるはずですが」
 「そうですか。ではストレルバウをここへ。それから誠様も城内にいらっしゃるかもしれません。お見かけしたらすぐに私の元へ来ていただくよう他の者にも伝えて下さい」
 その言葉に一礼し部屋を出ていくロンズ。
 後ろ姿を見送りながらやれやれとファトラは思う。
 そんなに誠が気になるならさっさと奪ってしまえば良いものを、更にルーンを縛っている王家の法を考える。
 全くあんな古くさい物をいつまでも後生大事にせずとも、第一神の目は破壊され意味も半減しているはず、姉上もご自分の好きになされば良い…。後の事ならわらわがいかようにでもして差し上げるのに…。
 別に王位を狙っているわけではない。むしろ毛嫌いしていると言えるだろう。
 だが便利な事もあるし何よりもルーンはたった一人の身内だ、その思いがファトラを城に縛っていたと言って良い。
 それに対しルーンは目の前にいる双子の妹を、何か言いたげな表情で見つめていた。
 もしもこの子が本当に誠様を愛していると言ってきたら…、いえファトラが男性に興味を持つ訳が…、だけど誠様にははっきりと興味を…ああどうしたら良いの…。
 第一王女と言えど若干18歳。
 しかもごく身近に未解決の問題が山積みで更にその問題の最大の当事者(間違いなく90%以上関わっている)が目の前にいるとなると冷静ではいられない。
 「ファトラ、先ほどのことですが」 黙っているのにも我慢できなくなったようだ。
 「何でしょうか姉上?」 こちらは至極冷静さを保っている。
 「あなたは『処刑する』と言いましたが」
 「ああ、その事ですか。当然ですよ姉上。このファトラを謀ったのです。できることならこの手で八つ裂きにしてやりたいものです」 本当に残念そうに話すファトラ。
 その言葉は、予想できたとは言えルーンは慌てて問い質す。
 「本気で言っているのですかファトラ。あなたは王族なのですよ。もっと慈悲の心を」
 「姉上。それは違います。正すべき所は正さねばなりませぬ。あやつはわらわを謀った、それだけでも十分死罪に値します」
 「ですがファトラ…」
 「よろしいですか姉上。王族に対する罪は他の者へ対するそれとは重みが違います。もしもわらわが理由もなく許すような事をしたらどうなると思われますか?更にこのロシュタリアは同盟の首長国なのですよ」
 理はファトラの方にある。それは間違いないのだがそれだけは避けたいルーンであった。
 何かないかと思案顔のルーンを見てファトラは苦笑する。
 全くご自分のお立場が分かっているんだかいないんだか…、いつまでも考えさせておくのも悪いのでファトラは助け船を出す。
 「姉上、わらわの考えは述べた通りでございます。後は姉上がご決断された事に従います」
 「ファトラ、私に何を決断せよと言うのですか」 悩み過ぎて考えが回らないようだ。
 そっと嘆息するファトラ。誠がいれば話が早いのにと思うが肝心の誠はやはり城内にいないのかまだ姿を見せない。
 困ったな、と思って(ファトラがそう思うのは明らかに筋違いだが)いる所へロンズとストレルバウが姿を見せた。
 「遅くなりまして申し訳ございません。大方の状況は侍従長から聞いております。早速対策の方を」
 挨拶もそこそこにストレルバウが話を切り出す。
 ルーンより先にファトラが口を開く。
 「ストレルバウ、連中の目的は予測できるか?」
 「それはちょっと難しいですな。なにせ情報が少なすぎます。ただ敵意を持っていない事は確かでしょう」
 「なぜそう言いきれる?」
 「もしも破壊活動が目的なら街に入る前に攻撃すれば良いからです。その方が確実です。不意を突けますから」
 「なるほど一理あるな。では敵意がないとしてそれ以外に考えられることはないのか?」
 「そうですなあ…知人に会いに来たというのも考えられますが」
 「それならば真っ直ぐ城へ来るのではないのか」
 「まだ行き先は分かりませぬが先ほど斥候の一人が戻りましたがやはり城へは向かっていないそうです」
 「そういう点からしますと、まあ考えにくいのですが」
 「まさかロシュタリア観光と言うのではあるまいな」
 「いえ、そのまさかです。ただなぜ今になってというのもございます」
 「つまりは何も分からないと言うことですか」 それまで口を閉ざしていたルーンが問い掛ける。
 「全く持って厚顔の至りなのですがその通りです。敵意がないであろう事以外は何も…」
 「そうですか…」
 「ふむ…」
 「何ですかファトラ?」
 「いえ姉上、このままここで待ちましょう」
 「どういう事ですか?」
 「丁度今はランチタイムです。連中食事でもしているのでしょう。終わればやってきますよ。という訳で昼食にしましょう」
 軽く言うファトラだが他の三人は信じられないという顔をしている。
 「連中の処遇をどうするかは食事しながら考えましょう」
 そう言ってファトラはゆっくりと立ち上がった。


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