8.師弟関係

 ”遅いわね。何をしているのかしら…。まさか喧嘩しているって事はないわよね…” ルーンは先程から同じ事を考えていた。
 ファトラの提案で昼食を取りながら協議を行い取り敢えずはイフリーナの件も含めルーンに一任する事になったのだが詳細は何も決まっていない。
 イフリータ達の目的が分からない以上仕方がないことではある。
 途中彼女達が誠やミーズら三神官と接触した事も、そしてイフリータが飛翔した事も伝えられた。
 また一部を除いて友好的に進んでおり彼女らが平和目的で来訪した事だけは確実となった。
 となるとイフリータ、イフリーテスの両名は先の戦いの功労者でもあり特に問題はない。
 まあ少々騒ぎが起きるかもしれないが許容範囲ならば構わないだろう。
 しかしながらイフリーナは違う。
 彼女の主はバグロムに属しており他の二名と同様に扱う事は難しかった。
 だが彼女は一人でやってきたのではなく他の二名と、しかも幼女も一緒だという。
 ファトラの話からその子はイフリータが一緒に暮らしている、ファトラが『小さな主』と呼んでいる幼女に間違いなさそうである。
 イフリーナも他の二名同様平和目的では有るらしい。
 戻ってきた斥候の話によると一番大人しいのが彼女だったと言うことだ。
 しかしイフリータが飛翔したという事実はルーン達に衝撃を与えた。
 もし彼女らの能力が戻ってきているとすると軍事バランスが大きく崩れてしまう。
 ルーン達も今後の政策を見直さなければならない。
 さらにイフリーナが他の二人と一緒にいると言うことは彼女らは敵対しているのではなく、逆に協力関係を築いている可能性が大きかった。
 特にイフリーテスは城を去る前からイフリータの事を『お姉ちゃん』と呼び積極的にコミュニケーションを取ろうとしていた。
 仮にイフリーナを捕らえる、または危害を加えるような行為を行った場合イフリーナだけでなくイフリータやイフリーテスとも戦かうことになりかねない。
 名目上ファトラはイフリータの、誠はイフリーテスの主ではあるが二人とも彼女らに『今後は自由である』と宣言しており命令を受け付けない可能性も有った。
 と言うことは仮にイフリーナと戦闘になったら勝ち目はないと言うことである。
 過去数回バグロムとの戦闘(と言っても小さいものだが)にイフリーナが参加した事がある。
 結果としてはイフリーナが攻撃目標を間違えたりしてなんとか双方痛み分けで終わっているがその時とは訳が違う。
 もしもイフリーナを捕らえるのが目的で彼女と交戦状態になったら彼女は周りを適当に攻撃して逃げれば良いだけである。
 場合によっては怪我人が出る程度では済まない。
 また捕らえると言っても通常のロシュタリアの法を適応するのは難しかった。
 ハイロウズの戦いではイフリーナの裏切りがなくとも結果は同じであったのは間違いない。
 公式にはイフリーナは裏切ったのではなく『余りにも近くに本来のマスター(陣内)がいたためそちらの命令が有効になってしまった』となっていた。
 実は陣内とイフリーナに騙されてました、というのはロシュタリア王室の権威に傷が付く。
 幸い(?)戦役後の同盟会議では安易に神の目を使ったファトラに非難が集中しイフリータら鬼神に関しては大して話題にはなっていない。
 ファトラ一人が泥を被った形だ。
 表向きイフリーナはバグロム側の鬼神と言うだけであり戦争犯罪以外に罪状はない。
 ルーンとしてはまずは目的を確認し可能な限り穏便に済ませたいと思っていた。
 だがファトラは断固とした処置を執るべきだと主張した。
 彼女の言い分はもっともである。
 イフリーナの目的がなんであれ『同盟に敵対する陣営に所属する輩』に対し何もしないと言うのは同盟の首長国として許されることではない。
 確かにその通りだ。
 イフリータとイフリーナだけならまだしもイフリーテスも一緒では騒動が起こるのは必然である。
 そうなると彼女らの来訪が外部に漏れるのは間違いない。
 仮にイフリーナを受け入れるのなら少なくとも周りを納得させられるだけの理由が必要であった。
 悩むルーンの元へイフリータ達が城へ向かった、という知らせが届いた。
 それを聞いたファトラが今度は一人で彼女らを出迎えると言い出す。
 それにはルーンだけでなくロンズも反対したが、彼女らの警戒心を解くには自分が行くしかない、というファトラの言葉にストレルバウも同意したため渋々許可を出した。
 せめて護衛を言うルーンに対し
 「姉上、今は戦う意志が無いことを示す必要が有るのです。供は不要です」 とファトラは答えアレーレにもついてこぬよう命令した。
 アレーレは不満そうな顔をしたもののファトラの命令である。大人しく従った。
 部屋を出ていくファトラを見送ったルーン達であるがやはり不安は残る。
 特にルーンは妹であるファトラの事を信じてはいるもののイフリーナを前にしてどこまで彼女が大人しくしていられるか疑問であった。
 そんな中、ストレルバウだけは落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
 ルーンが 「なぜそんなに落ち着いていられるのか」 と尋ねた所、「もしもファトラ様と戦闘状態になったのならここまで騒ぎが聞こえてくる事でしょう。或いは城の一部が吹き飛ぶとかの被害が出ているはず。それらがないと言うことは今は少なくとも穏便に事が進んでいるということです」 と答える。
 密かに 「私はファトラ様を信じております故に」 と言う答えを期待したルーンはますます不安になったのは言うまでもない。
 城が吹き飛んでからでは遅いのである。
 ルーンが溜息をついている隣でアレーレもまたファトラの身を案じていた。
 常に彼女は謹慎していた(?)ファトラに付き添っていたが、今日までファトラの口からイフリーナに関することは殆ど聞いたことがない。
 それだけに今回はファトラの出方が全くと言っていいほど見当がつかなかった。
 待っている間も皆のお茶を入れたりと侍女としての仕事も行ってはいるものの半分上の空である。
 もっともルーンやロンズも似たような状態なので注意するものはいなかったが。
 ファトラの帰りを待ちきれなくなったルーンがアレーレに様子を見てくるよう命じた時ようやくファトラが戻ってきた事を知らせに侍女が入ってきた。
 すぐに扉を開けさせる。
 何事もなく戻ってきたファトラの顔を見てやっとルーンはほっとした。
 ”全くこの子は私に心配を掛けずに行動することができないのかしら…” 部屋に入ってきたファトラを見ながらそう思うルーンであった。
 「姉上、遅くなって申し訳ございません」 一旦ルーンの正面に座ったファトラが深々と頭を下げる。
 「構いません。所で大神官の方々はどうされたのですか?ご一緒と聞いていましたが」
 「何でも急用ができたとか言ってました。ですがすぐに戻ってくるでしょう」 にやりと笑いながら答えるファトラ。
 ルーンは一瞬目眩を覚えたが何とかイフリータ達へ視線を移す。
 「久し振りですね。元気にしていましたか」
 「ああ元気だ」 今更解説する必要もないがイフリータの挨拶だ。
 「お陰様で息災に過しております。ルーン殿下もお元気そうで安心致しました」 イフリーテスの返事は少々怪しいがイフリータに比べれば100倍ましだろう。
 「あ、あの、その…あ、あの時はどうもすみませんでした!」 突然床に額をこすりつけるイフリーナ。
 いきなり土下座されルーンは困ってしまった。
 彼女の謝罪を受け入れると言うのはその罪も水に流すと言うことでもある。
 かと言って一方的に拒絶する事もできない。
 ルーンの胸中を察したようにファトラがイフリーナの方を向く。
 「イフリーナ、面を上げよ。今はその件を詮議している訳ではない」
 その言葉に今度は勢いよく体を起こすイフリーナ。
 「は、はい! すいませんファトラ様!」 緊張度130%と言ったところか。
 「姉上、この子が以前お話ししたマリエルです。マリエル、わらわの姉上、ルーン殿下じゃ」
 そう言ってマリエルに挨拶するよう促すファトラ。
 マリエルは知らない大人達に囲まれ緊張した顔をしていたがイフリータからも促され少し前に出た。
 「初めまして。私マリエルといいます。イフリータと一緒にナバハスからやってきました」 ちょこんと頭を下げるマリエル。
 「そうですか、小さいのに大変でしたね。私はこの国の王女、ルーン・ヴェーナスです。ゆっくりしていって下さいね」 普段子供と接することがないルーンの方がやや緊張している感じだ。
 一通り挨拶が済んだところでファトラはルーンの隣へ移動した。
 ゆっくりと来訪者達を見渡すルーン。
 イフリーナの隣に誠とその隣に菜々美が座っているのを見てちょっとだけ顔を曇らせたがすぐに元の表情に戻る。
 「遠いところから遙々ご苦労様です。してこの国にどのようなご用が有って参ったのですか?」
 ルーンの言葉にイフリーテスが前に出て頭を下げた。
 「本来なら長姉であるイフリータがご説明しなくてはなりませんが彼女は口べたですので代わって私がお答えしたいと存じます」
  「驚いたわ。イフリーテスさん一体どこで覚えたんやろ…」 イフリーテスの口上を聞いて誠が小声で呟く。
 「お姉さんここに来るまであちこちで働いていたそうなのでその時じゃないですか」 誠の疑問というか独り言にイフリーナが答える。
 「働いて?」 今度は違う疑問が浮かぶ誠。
 「ええ、ナバハスに行く前はどこかでウェイトレスをしていたと言ってましたよ」
 「へえウェイトレスねえ…彼女暫くここにいるんだったらうちで働いて貰おうかしら。今ちょっと人手不足なのよねえ」 菜々美も加わった。
 「だけどお姉さん、料理はそれほど得意じゃないって言ってましたけど」
 「別にいいわよ。料理人、と言っても下ごしらえは全部私だけど、まあ作れる人は他にいるからウェイトレスと後は用心棒としても最適よねえ」
 「用心棒って菜々美ちゃん、そんな危ない客くるんか?」
 「普段はいないけど時々酔っぱう人がいるからね。いざとなったらつまみ出して貰うとか」
 「立派なお店ですけど色々大変なんですねえ」
 「そうなのよ…。仕入れからメニューの選定、人雇って給料払って…全部私一人だから…」
 この後菜々美が 『だからねえまこっちゃん、手伝ってよ』 と続けようとしたとき
 「そこ、静かにする!」 ファトラから注意が入った。
 小声だったのは最初の誠の独り言だけで後は普通の大きさで話していた。
 「すんません。静かにしてますので続けて下さい」 恥ずかしそうに誠が頭を下げる。
 イフリーテスも苦笑いしながら
 「どうもすいません。スカな主と妹で」 と軽く頭を下げた。
 「ほう、お主まだ誠を主と認識しておるのか?」 興味深そうにファトラが尋ねる。
 「ええ、菜々美さんが主である誠さんのつけでいつでもご馳走して下さるそうで」 にっこり笑って答えるイフリーテス。
 「なるほど。それは羨ましい話だな」 誠の方を見てにやりと笑うファトラ。
 誠は力無く肩を落とした。
 「さてイフリーテス、続けてくれ」
 「はい」
 イフリーテスは先程誠達に話したことを再度説明した。
 「…以上が今までの経緯です。私達が希望しておりますのはまずはマリエルの治療、そして私達の能力、機能の復帰についてです。この二点の解決をお願いに参上した次第です」
 そこまで話したイフリーテスは一旦イフリーナの方を見てから続ける。
 「妹の件もございますが…」
 「その件は後で良いだろう。それにしても驚いたな、お主達の能力が全てではないにしろ戻っていたとはな」
 「私達も困惑していますよファトラ姫。このままでは実生活に多大な影響が出ますから」
 「ふむ、普通の生活をするのに過大な能力は要らない、という訳か」
 「その通りだファトラ。だがイフリーテスが言ったようにまずはマリエルの病気を何とかしたい。お願いだ、助けて欲しい」 それまで黙っていたイフリータだがルーン達も状況を理解したと判断し口を開いた。
 「そうです!お願いです、マリエルちゃんの病気を早く治して下さい。お願いします!」 続いてイフリーナが一生懸命頭を下げる。
 マリエルが何か言いかけたがイフリータがそれを制しファトラの顔を見る。
 ルーンとファトラが顔を見合わせ揃ってストレルバウの方を見たとき、唐突に扉が開かれた。
 見るとシェーラとアフラが息を切らせて、文字通り肩で息をしながら立っている。
 「早かったな。もう少し後になるかと思っていたが」 笑いながらファトラが声を掛けた。
 「て、てめえ…」 息が苦しいのと怒りで声が出ないようだ。
 「ファトラはん…あんたねえ…」 珍しくアフラも熱くなっている。
 両名がにやにやしているファトラの元へ辿り着く前に今度はミーズが飛び込んできた。
 藤沢も一緒にというかミーズに引きずられてきた。
 片腕をミーズに掴まれたままぐったりしており服も擦り切れてぼろぼろだ。
 「シェーラ! アフラ! もう逃げられなくってよ!」 ルーンの姿が目に入っていないようだ。
 その剣幕にルーンや誠達は驚いてミーズに注目する。
 一方、ファトラにイフリーテスはにやにや笑いながら事の成り行きを見守っていた。
 根っからのトラブルメーカーだけのことはある。
 ミーズの乱入にシェーラとアフラは再び顔色をなくすが騒ぎになる前(?)にロンズが立ち上がって注意を促した。
 「ルーン殿下の御前ですぞ。何が有ったかは存じませぬが大神官ともあろう方々が人前でそんなに取り乱すのはどうかと存じますが」
 その言葉で改めて部屋の中を見渡す三人。
 確かにファトラの隣にルーンが座っている。
 三人が顔を見合わせたところで今度は侍女が入ってきてロンズに何か伝える。
 「火急の用件だと? ふむ…分かった話を聞こう」
 そう言われた侍女が一人の兵士を招き入れる。
 ロンズは部屋の隅で報告を受けた。
 「何、誠か! それで被害は?…」 小声で話しているので詳細は分からないが何か起ったらしい。
 兵士を下がらせたロンズはルーンの前へ出て報告をする。
 「殿下。テロリストと思われる者達が城下に出没したという報告が入りました。私は現場へ向かいたいと存じます」
 「テロ…。それで被害は出ているのですか?」 驚愕の表情で問い質すルーン。
 建国以来テロなぞ皆無だったのだから無理はない。
 「はっ。人的被害は出ていない模様ですが露天に並べてあった商品が吹き飛ばされたり一部の家屋が損傷を受けているようです」
 「で、ロンズ。そのテロリストとやらの人数や風体は分かっておるのか」 こちらは実に楽しそうだ。
 笑顔のファトラに違和感を抱きつつロンズは答える。
 「人数は三人または四人程度。妖しげな術を用い、女だったという情報も有りますがはっきり致しません。とにかく街を一気に走り抜けその姿を確認するのは困難だったと言うことです」
 その答えにルーンは深刻な表情になるが
 「どうしたシェーラ、顔色が悪いぞ」 そう言うファトラは実に機嫌が良さそうだ。
 「そう言えばミーズさんもいつもよりお顔の色が…あら汗で厚化粧が流れちゃっただけですね。ご免なさいね変なこと言っちゃって」 可笑しくて堪らないという表情でイフリーテス。
 そう言われたミーズは普段なら100倍にして返す所だが今はそれどころでは無い。
 「ど、どうするんでえ,姉貴?」 小声でシェーラが問い掛ける。
 「どうするって、あなた達が逃げ回るからいけないんでしょ」
 「ミーズ姉さん今はそんなこと言うとる場合ではおへん。この場をどう収めるかが第一どす」
 暫く話はまとまりそうにもない。
 ミーズら三神官とファトラを見比べる誠達。
 どうやらロンズから報告があったテロリストとミーズ達は何やら関係有りそうな感じである。
 誠が何か言おうとしたときそれに気付いたファトラが声を掛けた。
 「誠、知らない方が幸せと言うこともある。余計なことは訊かぬ方が良いぞ」 にやりと笑うファトラ。
 それを見た誠、菜々美そしてルーンは疑問がほぼ確証に変わった。
 「ファトラ、一体どういうことです」 小声で問い質すルーン。
 「さぁ、わらわは何も存じません。ですがロンズの苦労を軽減させ更に大神官達の窮地を救う方法ならば存じておりますが」 今度は一転してまじめに答えるファトラ。
 ルーンは絶句したもののミーズ達が困っているのは明らかだし、もしもルーンの考えが正しければロンズは無駄な努力をすることになる。
 仕方なく頷くルーン。
 ファトラは楽しそうに笑みを浮かべ、そしてそれを見たルーンは後悔した。
 「ミーズよ」 少々大仰に呼びかけるファトラ。
 「なによファトラ姫」 精神的な余裕がないようだ。
 「ロンズが言うテロリストとやらはそなたらが追っていた者であろう。首尾はどうだったのかな?」
 思いがけないファトラの言葉にきょとんとするミーズ。
 シェーラもミーズ同様ファトラが何を言いたいのか分からないようだ。
 ファトラの方を向いて怒鳴ろうとしたときアフラがシェーラの口を塞いで一気に話し出した。
 「さすがファトラはん分かってましたか。そうどす。さっきうちらが外へ出たんはそのためやったんどすがすばしっこい奴でしてな、後一歩という所で惜しくも逃がしてしまいまして」
 「そ、そうなのよ。だけどシェーラの攻撃がかなり効いているはずだからもう二度とこのロシュタリアへはやって来ないと思うけど。オホホホホホ…」 ミーズも慌ててアフラに合わせる。
 「な、なるほどそうでしたか…」 目の前が真っ暗になりそうなのを必死に耐えながらルーンは頷く。
 「ロンズ、聞いた通りじゃ。テロリストはミーズら大神官によって撃退された。舞い戻ってくることはないだろう。だが念のため警備は強化しておけ。それと被った被害じゃが全て保証するようにしろ。その一部は三神官の方術によるものやもしれんが彼女らもこの国のために行ったこと。構わぬだろ」 にやりと笑うファトラ。
 それを聞いたイフリーテスは床を叩きながら声を殺して笑っている。
 ロンズは全てを理解したものの三神官暴走の影にファトラがいるらしい事を感じ取り何も言わずに頭を下げ事後処理のために退出した。
 一方ミーズとアフラはロシュタリア王家に借りを作った形になったものの取り敢えずは大事に至らずほっとした。
 しかし…
  ”ぐ、ぐるじい…” アフラに口を押さえられていたシェーラだがどうやら鼻孔も一緒に塞がれたようだ。
 アフラが話していた頃はじたばた動いていたのだがロンズが退出した時には大人しくなっていた。
 ”ふう…ファトラはんに助けられたのは癪どすがまあ良しとしまひょ”
 アフラがそう思いながら力を抜くとずるずるとシェーラが床にずり落ちて行く。
 「シェーラ!どないしたんどすか!」 びっくりしてシェーラを抱き起こすアフラ。
 ミーズも何事かと覗き込む。ちなみに藤沢も腕を掴まれたまま床に倒れてたがミーズは腕を取っていることに安心しているのか気付いていないようだ。
 誠達も慌ててよってきた。
 「まさか息をしていないんじゃあ…」 イフリーナが無責任な事を言う。
 「よしわらわに任せろ。アレーレ!」 とファトラがアレーレと共にアフラから強引にシェーラを受け取ろうとする。アフラも咄嗟の事でついファトラに渡してしまった。
 「アレーレ準備はいいか?」
 「いつでもOKです!」
 「ちょっとファトラさん何を…?」 いやな予感がした誠が尋ねる。
 「もちろん人工呼吸と心臓マッサージじゃ。一刻を争う。邪魔するでない!」
 誠の問いを一蹴してシェーラを抱きかかえたファトラだがその時イフリータが軽くゼンマイでシェーラを小突いた。
 「何をするイフリータ?」 再度邪魔をされたファトラが抗議するが
 「う、う〜ん…」 シェーラが目を覚ました。
 「シェーラ! 大丈夫どすか! シェーラ!」 ファトラを突き飛ばしてシェーラを抱きかかえるアフラ。
 「…あふら…か…って事はここは天国じゃあねえんだな…」 目の焦点が合ってない。
 体を起こそうとするシェーラをアフラは慌てて押さえる。
 「無理したらあきまへんえ。少し横になっていた方が…」
 「そうじゃ、アフラの言う通り大人しく寝るのが一番じゃ。わらわが寝室に連れて行ってやろう」 性懲りもなく擦り寄ってくるファトラ。
 「「「すな!!」」」 アレーレとマリエルを除く全員がファトラに突っ込んだ。


 「ったくエライ目に遭ったぜ…お花畑が見えた時にゃもう終わりかと観念しちまった…」
 一息ついて無事復帰したシェーラが愚痴をこぼす。
 さすがのアフラも大人しく聞くより他はなさそうだ。
 「大丈夫かシェーラ。きつかったらいつでも言うが良いぞ」 必要以上に優しい言葉を掛けるのは勿論ファトラだ。
 「けっ!誰がてめえなんかの世話になるもんか」 今回は直接にはファトラが原因ではないがこれまでの事もあり風当たりは強い。
 「残念でしたねファトラ様。もう少しでシェーラ・シェーラお姉さまのセクシーな唇をものにできましたのに」 ファトラの隣でアレーレが呟く。
 ”ピクリ” その言葉にシェーラが反応する。
 「全くじゃ。今一度味おうてみたいと思っておったのにな」 ファトラはシェーラの体を眺めながら答える。
 ”ピクピクピク…” シェーラの額に血管が浮かんだ。
 それに気付いたイフリータがファトラに向かって話し掛ける。
 「ファトラ、なぜお前は敵を作ろうとする?」
 「敵?どういう事じゃ?」 逆にファトラが聞き返した。
 「今のお前達の会話がシェーラ・シェーラにとって不愉快であることは明らかだ。なのにお前は止めようとしない。誰が見てもシェーラ・シェーラに喧嘩を売っているようにしか見えないのだが」
 「不愉快? わらわはただ自分の気持ちを素直に述べただけじゃ。シェーラのようなとびっきりの美少女をものにできるチャンスがあればそれを掴もうとするのは当然のことではないか」 相変わらず他人の都合はどうでも良いファトラである。
 「うぅ〜ん、さすがファトラ様ですわぁ」 しなを作るアレーレに対してルーンは今更ながら溜息をつく。
 「姉さん、それをファトラ姫に言っても無駄よ。身勝手さで彼女に勝てる人なんて同盟領には存在しないし、それにまあ…それが彼女の魅力とも言えるしね」 イフリーテスのセリフはどう聞いても中傷としか思えないのだが本人はそう思っていないようだ。
 「イ、イフリーテスさん、今言うた事はほんまかもしれへんけど本人の前で言うんは止めた方がええですよ」 珍しく誠が注意する。自分に跳ね返ってきたらたまらないと思ったからだが残念ながら遅かったようだ。
 「誠、つまりはお主もそう思っているわけだな」 誠の顔を覗き込むように見つめるファトラ。
 誠の全身を悪寒が走り抜ける。
 「じゃあご主人様、後はよろしくね♪」 無責任な追い打ちを掛けるイフリーテス。
 「ぼ、僕は…」 言葉がまとまらない。
 「あのうファトラ様、お願いですから許して貰えないでしょうか。先にご無礼なことを言ったのはイフリーテスお姉さんですし誠さんも悪気が有ったわけではないと思いますから」 誠の隣で頭を下げるイフリーナ。
 「そうよ。大体あなたが普段から好き勝手しているからそんな事言われるのよ。ねえルーン王女」 負けじと援護する菜々美。
 しかしながら菜々美に同意を求められたルーンはなんと答えていいのやら…。
 「と、とにかくまずはイフリータ達とマリエルの件をどうするかが先です。ストレルバウ、何か意見は有りませんか」 顔を引きつらせながら話を元に戻そう(逸らせよう)とするルーン。
 なんとかうやむやになりそうな雰囲気に誠はほっとした表情を見せるがイフリーテスは少し残念そうである。
 しかし城へは遊びに来た訳ではない。イフリータと共にストレルバウの方を向き真剣な顔になった。
 さてストレルバウだが、彼は今まで一言も発していない。
 ルーンに意見を求められるまでじっとイフリータ達を観察していた。
 「そうですな」 手にしていた湯飲みを置き座り直す。
 その自信溢れる表情、威厳を感じさせる態度に周囲は期待に満ちた目を向けた。
 「まず我々が持っている情報量は少ないと言うことです。大戦前に彼女らを調査しましたが何も分からなかった…。その後も色々な文献を調べましたが彼女ら鬼神に関するものは大変少ない…。ですが!」 いきなりストレルバウは立ち上がった。
 「儂は負けませんぞ! 王立学術顧問の名に掛けてこのストレルバウ、必ずや謎を解き明かして見せましょう!」
 「さすがストレルバウ博士。僕も博士を見習って不屈の精神でがんばらんとあかんなあ」 感心する誠。
 その誠の言葉が聞こえたのかルーンがにっこりと笑いかけてきた。
 もちろん誠の隣にいる菜々美にもルーンの笑顔が見えるしその意味も分かる。
 次の瞬間、両者の間に火花が散った…。
 ストレルバウはそれには構わず(まあ気付いていないだけだが)更に言葉を続ける。
 「そのためには何が必要か? 一番必要なものは熱意です。これなくしては何もできません」 熱弁を振るうストレルバウ。イフリータ達の方を向き更に…熱くなった…。
 「そしてここに彼女たちは帰ってきた! そう、二度と拝めないと思っていたその姿を再び見ることができたのです。それも三人揃ってですぞ! これを天の采配と言わずなんと言おう…」
 「あ、あのストレルバウ、何を言いたいのですか…」 ルーンが恐る恐る突っ込む。さすがのルーンもストレルバウの放つオーラに押されていた。
 だが彼女の言葉は届かなかったようだ。
 「しかも彼女たちはこの儂を頼ってきた。よろしい。この王立学術名誉顧問ストレルバウ、まだまだ若い者には負けませんぞ!この儂のテクニックで必ずや全てを白日の下にさらけ出して見せましょう!」
 唖然としているルーン達を無視するがごとく言葉を続けるストレルバウ。
 「そのために、まずはその装備を解いてありのままの姿を見せていただこう。何? 恥ずかしい? 馬鹿モン! 科学の進歩の為には恥ずかしいだの苦しいだの言っちゃいかん。いやよいやよも好きの内。嫌なことや辛い事、更には苦痛すら快感に変わっていくもんじゃ。全く最近の若いもんはすぐに結果を欲しがっていかん。努力せにゃ何も得られんというのに…」 愚痴(?)まで出てきた。
 毒気に当てられて呆然とするルーンや誠達だったがそんな中イフリータがマリエルを抱いてすっと立ち上がる。
 「イフリーテス、イフリーナ、帰るぞ」
 「そうね。確かエランディアにも偉い学者さんがいるって話聞いたことが有るわ」 イフリーテスも立ち上がった。
 「な、何を言う。このエルハザードで儂以上の学識経験者なぞおるものか。大人しくこのストレルバウに全てを任せて…」 とイフリータ達の方へ歩み寄るストレルバウだったが。
 ガスッ! イフリーテスがイフリータの前の方へ動いたかと思った次の瞬間ストレルバウは壁まで吹っ飛んでいた。
 「じゃあ姉さん行きますか…」 何もなかったかのように声を掛けるイフリーテス。
 「あ、あのお姉さん」 おずおずとイフリーナ。
 「エランディアまではかなり距離も有りますし、マリエルちゃんも疲れています。ですから二、三日滞在してはいかがでしょうか。街にはお医者さんもいますからマリエルちゃんを診て貰ってからでもいいと思うんですが…」
 イフリーナの言葉に顔を見合わせる二人。
 確かにマリエルは疲れているようだ。シェーラが復活した後イフリータの隣で眠り込んでいた。
 「そうだな。マリエルにとってはこのロシュタリアがベストではあるな」 マリエルの寝顔を見ながら頷くイフリータ。
 「そうね。この子の病気を直すのが第一だもんね。私達の事は後回しでもいいしね」
 とイフリーテスも同意したそのとき
 「分かってくれたか! さあ儂の元へ来るが良い!!」 再びストレルバウが駆け寄ってくる。
 ドガッ!! イフリーテスがイフリータにお辞儀するように前屈みになり右足を後ろに跳ね上げた。つま先が天井へ向いている。
 ストレルバウは綺麗な弧を描き部屋の角まで飛んでいった。
 「と言うわけでルーン王女、私達この国に何日か滞在したいのだけど良いかしら」 やはり何事もなかったかのようにルーンに話しかけるイフリーテス。言葉使いが完全に元に戻っている。
 「そ、そうですね…所であなた達の体の方はどうするんですか?このままではいけないと思いますが」 ストレルバウの毒気が抜けていないようだ。表情が冴えない。
 「あのうお姉さん、誠さんが少しは分かるというお話されてましたよね」
 その言葉に今度は誠を見つめる二人。
 「誠ちゃんねえ…」
 「そうだな。あの変態の助手ではな」
 「誠ちゃんも若いのに変態の仲間入りかぁ。やり直しはきくかもしれないけどねぇ」
 「ま、所詮あの陣内の親友と言ったところか」
 言いたい放題の二人に対し誠は抗議しようと立ち上がった。
 だがそれより早くファトラが口を開く。
 「お主達どうして誠があの変、いやストレルバウの助手であることを知っておる。この事は秘密でも何でもないが調べないと分からないはずだが」 真剣な表情だ。
  ”僕は変態とちゃう!” そう誠は訴えたかったのだが今度はイフリータ達が誠を無視して答える。
 「どうしてって…昨日イフリーナちゃんがそう言っていたんだけど、それがどうかしたの?」
 「イフリーナの情報が間違っていたのではないのだろう。何をそんなに不思議がっているのだ?」
 首を捻る二人。誠は入り込む余地がない。
 「イフリーナ、その話をどこから聞いた?」 やはり真剣に問い掛けるファトラ。
 「どこって…ご主人様からですが…私なにか悪い事言ったのでしょうか?」 不安な表情になるイフリーナ。
 「その主は誰から聞いたのか知っておるか」 それには構わず更に質問を重ねるファトラ。
 見るとルーンもやはり真剣な表情をしている。
 「は、はい。なんでも『すぱい』から聞いたそうです」 顔を引きつらせながら答えるイフリーナ。
 「スパイだと?誰じゃそやつは! わらわが手打ちにしてくれるわ!」 声も荒くファトラが激高する。
 「落ち着きなさいファトラ。それでイフリーナ、スパイというのはどれくらいここロシュタリアに潜入してるのですか?」 ある意味間抜けな質問だが相手がイフリーナならば有効であろう。
 「は、はあ…私も詳しくは知らないのですが結構いるみたいですよ」 まずいことを言ったかと後悔するイフリーナだったが今更どうしようもない。
 「結構いる…そんな…この国に多くの不忠者がいるとは…」 ショックで顔色が悪い。
 「あのうルーン様…『すぱい』って何でもご主人様が『特別に訓練したバグロム兵』の事で人間ではないんですが…」 余り話さない方がいいかなと思いつつルーンが気の毒になり訂正する。
 「何! バグロム兵じゃと!」 再度ファトラが怒鳴り声を上げる。
 「は、はい! その通りです!」 それにつられたのかイフリーナも大声で返す。
 「そうですか…虫ですか…良かった、不忠者ではなくて」 ルーンはほっとした表情を見せる。
 「ふむ…そうか小さい虫ならどこへでも入り込めるな…」 納得したように頷いたファトラは小声でルーンに話しかける。
 「姉上、申し訳ございませんがイフリーナの件、わらわに任せていただけませんでしょうか?」
 「どういうことですかファトラ? まさかあなた彼女を拷問にかけて更に情報を引き出そうというのではないでしょうね」 問い詰めるルーン。
 「そんなことは致しません。逆効果ですしそんなことをしたら上の二人が黙ってますまい。決してイフリーナには危害を加えぬとお約束致します」
 珍しく真摯な態度で頭を下げるファトラを見て考え込むルーン。
 今まで何度もそれに騙されてきたような気がしないでもない。
 だが彼女もイフリーナの件で妙案が有るわけでもなくまたイフリーナには危害を加えないというファトラの言葉は信じても良さそうに思えた。
 「分かりました。あなたに任せましょう。ですが決して乱暴なことはしてはなりませんよ」 一抹の不安を抱きつつ頷くルーン。
 「有り難うございます姉上」 再度頭を下げるファトラ。続いてイフリータ達の方を向き中断した話を続けた。
 「イフリーナ、話はよく分かった。さてもう一つ聞きたいのだが、そなたはなぜこの国にやってきたのじゃ?ただ姉たちに誘われただけと言うのはちと苦しいが」 じっとイフリーナを見つめるファトラ。
 ファトラの視線を受け少し萎縮したイフリーナだがここは正念場である。
 なんとしてもファトラにロシュタリア滞在の許可と仕事を貰わなければならない。
 イフリーナは気合いを入れ直し答えようとしたがイフリーテスに口を塞がれた。
 「私が代わりにお答えしますわファトラ姫」
 「それは良いがお主、イフリーナの呼吸は確保しておるのだろうな。さっきのような騒動はご免だぞ」 にやりと笑うファトラ。
 騒動の元はあんただろうが! 誰もがそう思ったもののここで突っ込むと話がややこしくなると思ったのか誰も口を開かない。
 イフリーテスも笑いながら手を離した。
 自由になったイフリーナはイフリーテスの方を向き猛然と抗議する。
 「お姉さん! なぜ私が答えちゃ駄目なんですか?!」 気合いが入っていただけに勢いがある。
 「まずはイフリーテスに任せたらどうだ」 イフリータから声が掛かった。
 「そうよ、お姉さんの言うことを聞いた方が得策だと思うわよ」 菜々美も実感を込めて言う。
 「悪いけどイフリーナちゃん、あなたは熱くなるとうまく話せないみたいだから私が先に概略を説明するわ。その後で言いたいことを告げなさい」 優しく笑いながら話すイフリーテス。
 それを聞いたイフリーナは急に申し訳なさそうな顔になり頭を下げる。
 「すいません…いつもお手間掛けてしまって…」
 「気にしない気にしない。私はあなたのお姉さんなんだから面倒を見るのは当然よ」 笑って答えるイフリーテス。
 「はあ、うちのお兄ちゃんもこれくらい面倒見が良ければ会長職も無事に全うできたのにねえ…」 ため息混じりに菜々美が呟く。
 「そうやなあ…あいつが他人に優しくしているところは想像つかへんけど確かになあ…」 誠も同意する。
 それに対し
 「誠さん、菜々美さん。ご主人様は私にも時々労いの言葉を掛けて下さいますし、ディーバ様をいつも励まされています。そこまで言わなくても良いと思うんですけど」 とイフリーナが抗議しようとするが
 「時々ってどれくらいかしら? 百回に一度程度じゃ言わないわよ」 反論するイフリーテス。
 「そうだな。それにディーバは人間ではなく昆虫だ。やはりあいつは人よりも虫と一緒にいる方が合っているのではないのか」 同じくイフリータ。
 「大体あんな城に住めるって事自体異常よねえ」
 「全くだ。色彩感感覚云々以前の話だな。その他の事も考慮するととても人類とは思えん」
 相変わらず陣内の事となると幾らでも悪口が出てくる二人である。
 「いや…あのねそこまで言われると妹としてもちょっと辛いんだけど…」 苦笑しながら菜々美が訴えれば
 「そうですよ。幾ら本当の事とは言えあんまりです」 イフリーナも再度抗議…したつもりであった。
 「ではイフリータ達が申したことは正しいわけだな。漫才はそれくらいにして本題に入れ」 笑いながらファトラが促す。
 イフリーナは 『あっ!』 と声を漏らしたがそれには構わずイフリーテスは話を始める。
 「最初この子は特別な用件というのはなかったのよ。ま、せいぜいお茶とお菓子を買うくらいね。所が急にバグロム城を修復する必要が出てきたものだからお茶を買うお金もなくなったそうなの。そこでこの子に働いてお茶を買ってこいと言う命令が出たって訳なんだけど分かって貰えたかしら」
 話を聞いたルーンは眉をひそめ、ファトラは額に手を当てる。
 「つまり『金がないからバイトしろ』という事か」 聞くんじゃなかったという表情のファトラ。
 「そうなの。まあ城が壊れた原因は向こうに有るんだけどね」 笑って答えるイフリーテス。
 「どういうことですか。バグロム城に何があったかご存じなんですか?」 好奇心を押さえきれず問いかけたルーン。
 誠達もまたバグロム城に何が起こったのかは聞いていない。
 皆その答えに注目した。
 「城の一部を私たちが破壊しただけだ」 あっさりと答えるイフリータ。
 「だけど原因を作ったのは向こうよ。私たちは全然悪くないわ」 少々悔しそうに話すイフリーテス。
 「そうだ。しかし…手加減をしすぎたような気がしてならない…」 こちらも残念そうな表情になる。
 「あ、姉さんもそう思う? 私なんか床に小さい穴開けただけでしょ。いっそのこと空から軽く4.5発撃っとくんだったと後悔しているのよ」 拳を握りしめている。
 「甘いな。叩くときには徹底して叩かないと意味がない。お前がフルパワーで付近に2、3発放てば城ごとあの辺りは消滅していたはずだ」 冷静に突っ込むイフリータ。
 「あのう…すんません。イフリータさん達をそこまで怒らせるって陣内の奴一体何したんですか?」
 彼女たちは陣内の名を上げていないが名指しで質問する誠。
 「あいつ…事もあろうにイフリーナちゃんを…」 その時のことを思い出したのか再度拳に力が入るイフリーテス。
 「イフリーナを…」 皆固唾を飲んで次の言葉を待つ。
 「殴ろうとしたのよ!あー思い出しただけで腹が立ってくるわ」 忌々しそうに話す。
 「全くだ。この次は必ず死ぬほど後悔させてやる」 むっとした表情のイフリータ。
 「ま、まて…陣内はイフリーナを殴ったとか縛って窓から吊したとかそんなことをしたのではなくただ打とうとしただけなのか?」 改めて問うファトラ。
 「そうだ。何か変なことを言ったか?」 不思議そうな顔で聞き返すイフリータ。
 「もしもイフリーナが殴られていたらどうなっていたんでしょうか?」 怖々質問するルーン。
 「勿論その日を境にバグロム城はこの世から消えていますわ、ルーン王女」 にっこり笑って答えるイフリーテス。
 「そうですか…」 ルーンは再び後悔する。イフリーナの件をファトラに任せたのは間違いかもしれない…。
 「あ、あのお姉さんお願いですから余り無茶なことは…」 すがるような目で訴えるイフリーナ。
 「まああなたとの約束もあるし可能な限り穏便に済ませたいとは思っているけどねえ」 苦笑するイフリーテス。
 「そうだな。あの主は学習能力がなさそうだからすぐに同じ事をやってしまいそうだな」 そう答えるイフリータは何となく声が弾んでいるように感じる。
 「あ、言えてる言えてる。お兄ちゃんて自分では出来が良いつもりなんだけど結構抜けてるのよね。あれは確か小学校4年生の時だったかなあ…まこっちゃん覚えてない?」 菜々美も嬉しそうに誠に話し掛けた。
 「えーと4年生の時…」 いきなり話を振られて首を捻る誠。
 「ほらキャンプでさあ」 誠の記憶を呼び起こそうとするが
 「今は昔話をしているときでは有りません。話がずれてしまいましたが、イフリーナはアルバイトをするのが目的なのですね」 ちょっとむっとしながらルーンが促す。
 「は、はい! 私にお仕事下さい! お願いです。私それでお薬買わなくっちゃいけないんです!」 結局論旨がはっきりしないイフリーナ。
 イフリーテスはやれやれと首を振る。
 「イフリーナちゃん、ちゃんと順序立てて話しなさい。それではルーン王女も分からないわよ」
 「待て。薬というのはマリエルの薬のことを言っておるのか?」 ファトラが割り込んだ。
 「そうです!私マリエルちゃんのお薬が欲しいんです。何でもしますからお仕事を下さい!」 目をうるうるさせながら訴えるイフリーナ。
 ファトラはイフリーナの目をじっと見つめる。イフリーナも逸らそうとしない。
 ややあってファトラが口を開いた。
 「その件は後で改めて話そう。さてイフリータにイフリーテス、お主らの治療だが…」 立ち上がって誠の方へ歩いていく。
 「誠、お主できるか?」
 ファトラがそう誠に問い掛けたとき突然ストレルバウが跳ね起きた。
 「なりません!なりませんぞファトラ様!確かに誠君は若い。しかしそれだけです。やはりここは経験豊富なこの私に!」 と三度駆け寄るストレルバウ。
 今度はファトラがストレルバウの腕を掴んでそのまま一気に引く。
 そして…彼は窓の外へ消えた。
 「アレーレ!」
 「はいファトラ様!」 桶とタオルを差し出すアレーレ。
 ファトラは手を清めた後窓の外を一瞥し
 「埋めてこい」 と一言。
 その言葉に一礼したアレーレが退出しようとしたときルーンが呼び止めた。
 「アレーレ、上に重石を置くのを忘れないように。それと分かっているとは思いますが一ヶ所だけでは駄目ですよ」 にっこり笑って命令するルーン。
 「かしこまりました」 再度ルーンに一礼して退出していくアレーレ。
 「さて誠やって見ぬか?変態の汚名を雪ぐ良い機会だと思うのだが」 にやりと笑って問い掛けるファトラ。
 誠は泣きそうな顔になる。
 「僕変態とちゃいますよ。お願いですからそんな事言わんといて下さい」 やっと先程から言いたかった言えた誠だが遅すぎたような気がする。
 「だって変態の弟子だもんねえ」 イフリータの耳元で、しかし周りにも聞こえるよう話すイフリーテス。
 「師匠があれだからな。変態師弟の修理で良く私達は不完全とは言え動けるようになったもんだ」 誠が変態で有ると言うことに異存はないようだ。
 「お姉さん! それはあんまりです。誠さんいい人じゃないですか。それを変態だなんて」 二人の方を向いて抗議するイフリーナ。
 それをきっかけに他の面々もイフリータ達の周りに集まってきた。
 だがなぜか誠はその輪の外にいる。
 「イフリーナ…有り難う」 心の奥底から感謝する誠。
 だがその声は夢中で議論(?)する彼女らには届いていない。
 「そうよ。大体まこっちゃんが変態ならファトラさん、あなたはどうなるのよ!」
 「菜々美ちゃん…やっぱ幼馴染みやなあ…ちょっとずれとる気もするけど…」 とはいえ弁護してくれているのは間違いない。
 「口が過ぎますよファトラ。誠様は優しく誠実な方だというのはあなたも分かっているはずです。それをたった一度の過ちで変態扱いするのは許せません」
 「ルーン王女…別に僕は変なことをした訳では…」 それでも感謝する誠では有ったが
 「そうです。誠は私の可愛い生徒です。生徒の過ちは私の過失でも有ります。どうか誠を変態と呼ぶのだけは勘弁してやって下さい」
 「ですから先生、僕は何もしとらんって」 話が少しずれてきたような気がする。
 「そうよ藤沢様の仰る通りよ。それに誠さんはまだ若いんだし幾らでもやり直しはできるわ。ここは誠さんが変態の道から抜け出せるようみんなで見守って上げないと」
 「あ、あの僕は変態とちゃうってさっきから…」 少し所ではない。かなりずれている。
 「そうは言ってもよう姉貴。同じ屋根の下に変態がいるってのは余り気分のいいもんじゃねえぜ」
 「…ですから僕は普通や、普通の高校生やって言ってるやないか」 苛立ってきたようにも見える。
 「そうどすなあ見回りを強化して貰うとか対策を講じて貰わんといけませんなあ。それにしても一見まともに見える人が実は変態やったというのは時々耳にしますが身近におるとは…誰も気付かなかったんどすか」
 「ちゃう…僕は変態とちゃう…普通の高校生や…」 結局いじけてしまった。
 「まあそう言うなアフラ。一応変態にも人権は有るわけだしな」 ファトラが言うとこの上なく違和感を感じてしまう。
 「あ、あの…いつから誠さんは変態ってことに決まったんですか?」 首を傾げながらイフリーナが尋ねる。
 「そうよ。まこっちゃんも何とか言ったらどうなの!あれ?まこっちゃん?」
 輪の中に誠の姿がないので慌てて周りを見る菜々美とイフリーナにルーン。
 誠は菜々美達の後方で背中を丸め何かぶつぶつ言っていた。
 「どうしたのまこっちゃん?」
 「誠様どこかお加減でも悪いのですか?」
 「元気がないようですけど誠さんどうされたんですか?」
 三人は思い思い誠を気遣いながらそばへ寄って行く。
 「……」 何か呟いているのだが小さくて良く聞き取れない。
 誠の前で耳を澄ませる三人。
 「ちゃう…僕は変態とちゃう…」 半分泣いているような声で呟いている。
 菜々美はファトラ達の方を睨む。
 「ちょっと!先生達がいじめるから誠ちゃんすねちゃったじゃない!」 いや他に言い方が有ると思うのだが…。
 「そうですよ。お姉さん達も言い過ぎです。誠さんに謝って下さい!」 いつになくヒートしているイフリーナ。
 「ファトラ! あなたがおかしな事を言うからいけないのです! 一ヶ月謹慎なさい!」 後先を考えずに処分を下すルーン。
 だがファトラは誠の方を指さし
 「お言葉ですが姉上。誠のその姿はどう見ても変人としか見えませんが」 と言い切った。
 「う〜ん、あれじゃあ反論できないわよねえ」
 「そうだな。変態とまでは行かなくとも十分変人と言って良いだろう」
 「誠ぉ、先生は情けないぞ。お前はいつからそうなっちまったんだ」
 「そうよ誠さん、藤沢様の愛情を理解できていれば道を踏み外すことはなかったはずよ」
 「やっぱり類は友を呼ぶっていうし、虫の大将の親友なんだろ。やっぱ変人だよなあ」
 「学問に熱中する余り周りが見えんようになったり、ずれてしまったりというのは良くある話どす。不幸なんは本人がそれに気付いていないと言うことやね」
 今度は皆から変人扱いされる誠。
 菜々美達が見守る中小さく肩を震わせていた誠だが突然立ち上がった。
 「僕は変態でも変人でもあらへん!僕は普通なんや!」 と大声で叫ぶが…
 「まあ誰も自分のことをおかしいと思う奴はおらんからのう」
 ファトラのその言葉に大きく頷くイフリータ達であった。


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