9.王立学術院顧問への道

 「ただいま戻りました」
 「ご苦労」
 「お疲れさまでした」
 部屋へ戻ったアレーレにファトラとルーンが労いの声を掛ける。
 「しかし早かったな」
 「ええ、降りると丁度粗大ゴミを処理されようとしてましたので一緒に埋めてまいりました。ですがかなり大きな穴が空いてましたよ。ストレルバウ博士ってすっごく重かったんですね」
 「太ってましたからね。所でちゃんと塞いできましたか?」
 「はい。埋めた後で見回りの方々にお願いして庭石を動かして貰っています。あれなら絶対に大丈夫ですよ」 爽やかに報告するアレーレ。
 「そうか。後で褒美を取らせよう」 もちろん寝室でだ。
  「はい! 喜んでお受け致します!」
 喜色一杯のアレーレだったが端の方に控えようとしたとき落ち込んでいる誠に気付いた。
 「どうされたんですか誠様? お元気が無いようですが…もしかして人生の師とまで仰いだ博士の正体を知って絶望したとか」 本人はその気はないのだが傷口に塩を擦り込んでしまった。
 「そうじゃないのよアレーレ。ちょっと色々有ってね」 と代わりに菜々美が説明しようとすると
 「なんでしょうか,菜々美お姉さまぁ」 と絡みついてきた。
 「ちょ、ちょっと離れなさい! そういう変態行為はファトラさんとやってればいいでしょ!」 大声を張り上げる菜々美だが
 「ああんそんなあ。それに博士と違って私は変態じゃ有りませんよぉ」 なかなか離れようとしない。
 「こんなことするのを変態って言うのよ!」 と菜々美が怒鳴りつけたとき
 「ちゃう! 僕、変態とちゃう!」 突然誠が立ち上がって大声で訴える。トラウマになったのかもしれない…。
 その声にアレーレが驚いた隙に菜々美はアレーレを振り払った。
 更に言葉を続けようとする誠に対し
 「誠、大声を出すな。マリエルが目を覚ます」 冷静に注意するイフリータ。
 「そうよ。子供が寝ている傍で大声出すって非常識よ」 イフリーテスにまで言われてしまった。
 「まあそう言うな。誠も落ち込んでいていつもよりも情緒が不安定のようだし少しは大目に見てやれ」 その原因を作ったファトラが言っても説得力はゼロだ。
 「所でイフリータ、マリエルは起きそうにないのか?」
 「そうだな暫くはこのままだろう。それがどうかしたのか?」
 「いや…アレーレ、隣の部屋に大きなソファがある。マリエルをそこで寝かせてやれ。それと目を覚ましたとき、誰もいないと不安がるだろうから起きるまでついていてやれ」
 「承知いたしました」
 アレーレはイフリータの傍へ行きマリエルを抱きかかえようとするが
 「いや、私が連れて行こう」 イフリータがマリエルを抱いたまま立ち上がる。
 「分かりました。こちらへどうぞ」
 「済まないが話の続きは戻るまで待っていてくれ」 そう言ってイフリータはアレーレの後を歩いていく。
 それを見送りながらイフリーテスが呟いた。
 「ほんと、ファトラ姫って子供には優しいのねえ…」
 「そうですねえ。ファトラ様ってお優しい方なんですねえ…」 イフリーナも同調する。
 「ば、馬鹿、さっきも言ったであろうあの子は将来わらわ好みの美少女になるやもしれぬと。単なる先行投資じゃ」 慌てて否定するファトラ。
 それを見て微笑みを浮かべるルーン。
 一方シェーラ達は信じられないような表情をしている。
 「あのファトラがねえ…」
 「そうどすなあ…傍若無人、自己中心的な人やと思うてましたが意外な側面があったんどすなあ」
 「あなた達そこまで言っては失礼よ。あれでも一応ロシュタリアの第二王女なんだし」
 「だけどファトラさんっていつも王女様とは思えないことばかりしてたし、直接この耳で聞いたとは言えちょっと信じられないわよねえ」
 「お主達。そう言う話は本人の前でしない方が良いと思うのだが」 こめかみの辺りに血管を浮かび上がらせながらファトラが突っ込む。
 丁度そこへイフリータが戻ってきた。
 「礼を言うぞファトラ。マリエルはかなり疲れていたようだ。助かった」 相変わらず抑揚に乏しい。
 「そうか。いきなり見知らぬ人に囲まれたりで緊張したのであろう。だが早めに起こせよ。夜眠れなくなるからな。規則正しく生活しないと病気も治らん」
 これほどファトラに似合わないセリフは無いのではなかろうか。
 だがイフリータは気にしていないようだ。
 「そうだな。お前の言う通りだ。この件が終わったら起こすとしよう」
 そう話した後周りを見渡し
 「どうした? みんなして変な顔をして。何かあったのか?」 と不思議そうな表情で質問する。
 二人の会話を聞いた者全て、ルーンでさえ唖然としている。
 「どうされました姉上?」 まあ答えは分かってはいるのだがこのままでは話が進まないので取り敢えずルーンに声を掛けるファトラ。
 ルーンは引きつった顔になんとか笑顔を見せる。
 「いえ、何でもありません。ですが規則正しい生活を送ることは必要なことですよね」
 ファトラから言質を取りその行いを改めさせようと言う訳なのだが
 「そうですな。わらわのように健康体ならば夜更かしをしようと何をしようと問題ございませんが病弱な者はまず体を作るため規則正しく、また適度な運動を行うようにしなければなりません」
 やはり謀はファトラの方が一枚上手のようだ。
 溜息をつくルーンに対しイフリータはゆっくりと頷く。
 「そうだな…あの子もせめてお前の半分くらい元気だったらいいのだが…」
 「この国には医者も多い。きっと元気になって帰れるだろう」
 言い終えた後、自分らしからぬセリフだったと思うファトラ。
 だが一度口に出した言葉は戻らない。
 「所でマリエルはともかくお主達の治療をどうするかじゃな」 表情を押さえて話題を逸らそうとする。
 「そうだな…あの子の治療が第一目標だ。取り敢えずそれさえ全うできれば問題ない」
 「有り難うファトラ姫。その気持ちだけで十分よ。姉さんはマリエルがいるから無理だけど今度私だけでも他の国を回ってみるわ」 そう言って深くお辞儀するイフリーテス。
 ファトラは、今度は頬が赤くなるのを防ぐことはできなかった。
 言葉に詰まったように口を閉ざすファトラ。
 そんなファトラを助ける訳ではないがアフラがイフリータ達の方を向き話し掛けた。
 「どうですやろ。あんたらの事うちに任せてもらえまへんやろか」
 イフリータ達だけでなく全員が注目した。
 「アフラ・マーン、お前が博識であることは伝え聞いているが専門外ではないのか?」
 「確かにそうかもしれまへんがうちも古代エルハザード文明については一家言持っております。第一あんたらを専門に見れる人なんておりまへんえ」
 「それもそうね。あの変態師弟よりは全然頼りになりそうだし」 頷くイフリーテス。
 「もう勘弁してやれイフリーテス。幾ら誠とは言えこれ以上落ち込ませるのも気の毒になってくる」 笑いながらファトラが言う。
 「そうね…ほらぁ、ご主人様ぁそんな顔しないで元気出してよぉ」 誠に覆い被さるようにして話しかける。
 本人は元気づけているつもりなんだが…
 「ちょっと! あんたなにしてんのよ!」
 「そんな不謹慎なことはお止めなさい! 誠様に失礼でしょ!」
 菜々美とルーンから苦情(?)が出た。
 「あら、だって誠ちゃんは私のご主人様なんだしこれくらい有りじゃないの?」 にっこり笑って挑発する。
 「冗談言わないでよ! あなた藤沢先生が好きなんでしょ。まこっちゃんじゃなくって先生のとこ行きなさいよ!」
 「そうですよ。それに都合のいいときだけ誠様を主扱いするのもどうかと思います」
 ルーンもイフリーテスの傍までやってきた。
 誠を挟んで三人が対峙する。
 「そんな事言っても一応誠ちゃんはご主人様なんだしぃ。ねえ誠ちゃん」 そう言って誠を抱きしめるイフリーテス。
 もちろん胸が誠の顔に触れるような位置である。
 「なにやってんのよ!」 「なにするんですか!」
 「なにって、見ての通りご主人様とのスキンシップなんだけど」 平然と言ってのける。
 「まこっちゃん! あなたもなんか言ったらどう!」
 「そうですよ。そんなでれっとした顔してないでしゃんとして下さい!」 別に誠はそんな顔はしていない、当然の事ながら困ったような顔をしているのだがそうは見えないらしい。
 「それくらいにしておけ。イフリーテス、お前は本当に騒動起こすのが好きな奴だな。冗談も程々もしておかないといつか痛い目に遭うぞ」 しょうがない奴と言わんばかりのイフリータ。
 だがその言葉に一部を除き皆の動きが止まる。
 「ふふふ、誠ちゃんが落ち込んでいたから元気づけようかと思ったんだけどつい面白くって。それにそのうち姉さんが仲裁してくれると思ったし」
 「あのぉお姉さん…その…誠さんを元気にってあの…ああやって抱きついたら元気になるんですか…」 頬を赤くしながら大ボケな質問をするイフリーナ。
 イフリーテスは菜々美達の方をちらと見た後イフリーナの耳元で今度は小声で話す。
 「そうよ。特にあなたが抱きついたら誠ちゃんすっごく元気になるわよ」 そう言った後心の中で ”特に一部分がね” と付け加えてにやりと笑う。
 その言葉にイフリーナは更に真っ赤になったが周りは相変わらず硬直したままだ。
 「お、おいイフリータ」 やっとファトラが口を開いた。
 「なんだ」
 「今『冗談』と言ったように思ったが聞き違いか?」 信じられないような顔をしている。
 「確かに言ったがそれがどうかしたのか?」 逆に不思議そうに聞き返す。
 それを見たイフリーテスが苦笑しながら説明をする。
 「以前の姉さんからは想像付かないと思うけど最近姉さんは冗談を言うようになったのよ。ただちょっと洒落になってなかったりするんだけどね」
 「そうなのか…?」
 「ああ、早くイフリーテスみたいに使えるよう努力している」
 「ほう、それは面白い」 アフラの目が光る。
 「面白いのか?」 ファトラが突っ込んだ。
 「ええ、大変面白うおます」 ゆっくりと頷く。
 「二人ともうちに任せてもらえまへんか。それにうちやったらマリエルも一緒に見ることもできる思いますえ」
 アフラの提案に顔を見合わせた二人だったが先にイフリーナが反応した。
 「ほんとですか! 本当にマリエルちゃんを治して貰えるんですか!」 アフラの手を握りしめて確認する。
 「いや、治せるとは限りまへんが可能な限り…」 イフリーナの迫力にたじろぎながら答えるアフラ。
 「そんな…アフラさんだけが頼りなんです…お願いです。私なんでもしますから…」 涙を浮かべ訴えるイフリーナ。
 イフリータ達は話が付いたらしい,イフリーナに絡まれて困り顔のアフラの方を向く。
 「アフラ・マーン、お前に任せよう。だがマリエルを先に治すことを第一にして欲しい」
 「私達はそのための手伝いなら何でもするわ。よろしくねアフラさん」
 「わ、わかりました。よろしゅうたのみます…」 しがみついているというか抱きついているような感じのイフリーナをあやしながら答える。
 相手がファトラかアレーレなら問答無用で吹き飛ばしているが相手がイフリーナではそう言うわけにもいかないようだ。
 「姉上、それで宜しいですかな」 ファトラは小声でルーンに確認を取った。
 「そ、そうですね、アフラ様になら安心してお任せできますし宜しいと思いますよ」 一気に話が進んだことにやや面食らったが了承する。
 「了解いたしました」 小さく頷くファトラ。
 「では風の大神官アフラ・マーン、お主に任せたい。ロシュタリア王家は可能な限りの協力を約束しよう。人でも物でも必要であればなんなりと言ってくれ。すぐに手配しよう」
 「わ、わかりました…わかりましたから、ほらあんた、いい加減に離れんと…うちはそんな趣味はおへんえ」
 依然アフラに抱きついたままのイフリーナだったが今は押し倒す寸前になっていた。
 「マリエルちゃんの事…」 涙目も相変わらずだ。
 「だ、大丈夫や。うちがきっと元気にしますから…そやからあんたはよ…きゃっ」 バランスを崩して倒れてしまった…。
 「おお!やるのう、あのアフラ・マーンを押し倒すとは。わらわでも簡単にできぬと言うのに大したもんじゃ」 と笑いながらファトラが言えば
 「そりゃあ現時点ではエルハザード最強なんだしその気になったらたやすいんじゃないの」 無責任に応えるイフリーテス。
 「ファトラはん!」 語気は強いがイフリーナに押し倒されている状況では少々格好がつかない。
 ファトラは先ほどアフラに窮地(?)を助けて貰った恩を思い出したのか笑いながらもイフリーナに話しかけた。
 「イフリータ達とマリエルの事が決まったから次はお主の番じゃな、イフリーナ」
 その言葉を聞くやイフリーナは飛び起きて正座する。
 「やれやれどすなあ…あんたら妹の躾くらいちゃんとせなあきまへんえ」 やっと解放されたアフラはイフリータとイフリーテスの方を見て愚痴った。
 「う〜ん、そう言われても普段一緒にいないしねえ…」
 「そうだな。今の主から自由になれれば可能だとは思うが…」
 「姉さん、やはりここはあの城を吹きす飛ばすしかないんじゃない?」
 「ふむ…それしかなさそうだな。私がお前を抱えていきバグロム城上空から攻撃を加えれば一瞬のうちに片が付く」
 「でしょでしょ。理由はそうねえ…まあ何でもいいわ。この際だから言い掛かりでも何でも有りよね」
 「理由なぞ気にする必要はないのではないか? どうせ誰も聖大河を越えられないのだからあの城が消えたところで誰も知ることはない」
 「そう言えばそうね。あははは…余計な事考えちゃった」
 「全くお前は妙なところが抜けているな」
 楽しそうに話す二人を周りは異様なものを見る目つきで見ている。
 だがイフリーナは真っ青だ。
 「お、お姉さん! 何度もお話ししている通りあれでも一応私のご主人様なんです。後生ですから考え直して下さい。お願いします!」 土下座して懇願する。
 「やーねえイフリーナちゃん,分っているわ。冗談よ冗談」
 「ほんとですか?」 目をうるうるさせながら確認する。
 「ああ、お前との約束がある。だが今後何かあったらその時は保障できない」
 「分りました。ご主人様にちゃんと言い聞かせます! 今後は大人しくしていただくよう伝えますので…」
 「了解了解。あなたに免じてあなたがここにいる間は手は出さないわよ」 にこりと笑う。
 「ここにいる間はマリエルの治療とかで忙しい。虫共の相手をしている暇はない」 こちらは無表情だ。
 「…話はまとまったか? では本題に入って良いかな」 ファトラがややうんざりした表情で促す。
 「あらご免なさいね。中断させちゃったみたいで。どうぞ続けて下さいな」 顔は笑っているように見えるが目は笑っていない。
 ファトラとルーンを見据えていた。
 イフリータも厳しい表情をしている。
 その視線を感じ両手を握りしめるルーンだがファトラは気にならないらしい。
 イフリーナの方を見て話し始めた。
 「さてイフリーナ、お主はこのロシュタリアで仕事をし、得た金で薬とお茶を購入したいと言うことだったな」
 「はい! ですがお茶は後回しです! まずはお薬を…」
 熱く語ろうとするイフリーナを制してファトラが続ける。
 「マリエルの薬は高価なものになる可能性もある。その場合少々仕事した程度では足りんかもしれん」 素っ気なく話すファトラ。
 「そんな…お願いですファトラ様、私何でも致しますのでどうかお薬を買えるだけのお仕事を…」 再び目に涙を浮かべるイフリーナ。
 「そう先を急ぐな。良いか、わらわはその可能性があると言っただけじゃ。そうなるとは限らん」
 「ですが…」
 「まだマリエルの病状も何も分っておらぬのだ。そんな状況で具体的に幾ら掛かるとは言えまい」
 「…」
 イフリーナは言葉に詰まった。
 確かにファトラの言っていることは正しいように思える。
 だがたとえ自分が間違っていようとこればかりは譲るわけにはいかない…。
 そんなイフリーナを二人の姉は何も言わず見つめていた。
 イフリータはファトラの言うことが先ほどアフラに確約した内容と矛盾していると感じ、イフリーテスはファトラの言葉に作為的ものを感じ取っていた。
 しかしイフリーナはそこまで考える余裕がないようだ。
 じっと見つめるファトラの視線を正面から受け止める。
 室内はファトラ vs イフリーナの様相となってきた。
 周りも緊張した表情で二人のやりとりを見守っている。
 「またお主に何ができるかという事と、本当に仕事を求めて来たのかという疑念もある。まあ後者はお主の姉たちもそう言っておるから間違いはないだろう。しかしお主に何ができるのかな?」
 「私お掃除なら得意です!」 きっぱりと言い放つ。
 「そうか。しかし城内にはすでに十分な人数が雇われておる。今ここでお主を雇うと過剰人員となり誰かを辞めさせなければならぬ」 もちろん大嘘である。
 「で、ですが私、私…」 ファトラの方へにじり寄り何かを訴えようとする。
 どうやらあっさりと決着はついたようだ。
 「他にも大勢の者がこの城で働いておりお主が入り込む余地はない」
 「そんな…お願いです。お願いですからファトラ様…」
 涙を一杯浮かべて嘆願するイフリーナの姿を見て気の毒になったのかルーンが小声で話しかける。
 「ファトラ、なぜそのようなことを言うのですか。仕事なら幾らでも有るはずです。彼女一人を雇うくらいの余裕は有るはずです」
 「姉上、わらわは意地悪で言っておるのではありません。考えが有るのです。決して悪いようにはいたしませぬから」 そう言って彼女は再びイフリーナの方を見る。
 「そういうわけでお主を雇うのであれば新たに役職を設ける必要がある」
 「新しい役職…?」 顔を上げファトラの方を見る。
 にやりと笑うファトラの真意が掴めない。
 上の二人も、いやその場にいる全員がファトラの意図が読めなかった。
 「この城では多くの者が色々な仕事を行っておる。先程申したように主に掃除を行っておる者もおれば庭の手入れや姉上付きの侍女まで数えるだけでも大変じゃ」
 緊張した面持ちでイフリーナはゆっくりと頷く。
 「だが姉上やわらわの傍で働く者はおっても話し相手はおらぬ。まあわらわにはアレーレがおるが姉上にはそういった者はおらぬ。どうじゃイフリーナ、わらわ達の話し相手、お伽衆ということならば考えるが」
 「ちょっとファトラ姫。あなたまさかイフリーナちゃんを」 イフリーテスが立ち上がって睨めつける。
 「勘違いするな。こやつはわらわの趣味ではないし第一姉上は美少女を愛する崇高な趣味を理解されていない」 いや誰も分らないと思うぞ…。
 しかしまあルーンがストレートなのは周知の事実だ。
 皆納得するがそれにしても思いもよらなかった内容である。
 ルーンも怪訝そうな表情でファトラを見る。
 「ファトラ,どういうことですか。私達の話し相手というのは?」
 「面白いと思いませぬか? イフリーナはバグロム領内で生活をしておるのです。わらわ達と違った世界の住人、その話は大変面白いものではないかと存じますが」
 にやりと笑うファトラの顔を見てルーンは彼女が言いたいことを理解する。
 「そうですね…確かに同じエルハザードに有りながら前人未踏の地、こちらでは見られない珍しい景色とか風習について聞かせて貰えれば楽しいかもしれません」 ゆっくりと頷く。
 「あ、あのうファトラ様、ルーン様。お話ってそれはお仕事なんでしょうか? 私はお仕事をしてお金を得るようにという命令を受けていますので」 首を傾げながら話すイフリーナ。
 「良いんじゃないイフリーナちゃん。楽だしお二人ともそういってくれてるんだから」
 「は、はあ、ですが…」 今一歩納得できないようだ。
 「ではこうしよう。取り敢えずお主を姉上付きの侍女として雇おう。姉上の身の回りのお世話をしながら色々な話を聞かせてくれればよい」
 「ですがファトラ様」
 何か言いかけたイフリーナを制してファトラが口を開く。
 「何じゃ、まだ納得行かぬと言うのか?」
 「いえ、侍女として雇っていただけるのは有り難いのですが、そのう…お給料の方はどうなるのでしょうか。私はお薬代と治療費とそれからお茶とお茶菓子が欲しいんです」
 一瞬ファトラは優しい表情を見せる。
 だがすぐに厳しい顔に戻った。
 「そうじゃな…ではこうしよう。まず給料は全て現物配給とする。今回お主がここで働いている間の給与としてマリエルの治療費と薬代の全て、そして帰るときには茶と菓子を持たせよう。それでどうじゃ」
 「ほんとですか! 有り難うございます。本当に有り難うございます…」 涙でくしゃくしゃになった顔で何度もお辞儀するイフリーナ。
 だが次の瞬間ファトラはクッションの下に隠してあった短剣を取り出し窓の近く、誰もいないところへ向けて投げつける。
 全員驚いてそちらを見ると小さい甲虫が飛び立った。
 「あれは…バグロムの…」 ルーンが驚いたように声を挙げる。
 それを見たイフリータとイフリーテスがゼンマイを構えるが
 「待て!発砲するな!」 ファトラが大声で押し止める。
 その声に同じく撃破しようと構えていたシェーラやアフラも動きを止めた。
 「なぜだファトラ。逃げられてもいいってぇのか」
 「そうではない。まずここは姉上のお部屋じゃ。内部を破損させるわけにはいかん。またここの窓から外へ発砲されるのもまずい。他へ動揺を与えかねんからな」 もっともらしく答えるファトラ。
 その間に虫は遠くへ、もはや肉眼では見えないところまで逃げていく。
 追撃できるのはイフリーナくらいだ。
 一旦窓際へ寄ったファトラやアフラも席へ戻ろうとするが
 「ファトラはん,なぜ外したんどすか」 アフラが小声で尋ねる。
 「外した? 馬鹿を言え。外れたのじゃ」 やはり小声で返す。
 「そうどすか? ならそう言うことにしておきまひょ」 含み笑いを残し元の場所へ座る。
 ファトラも無表情を装い席に着いた。
 「さてと…邪魔が入ったが続けるとしようか…」 ファトラはのんびりと話し出したが
 「す、すいません、すいません。まさかバグロム兵がいるとは知りませんでした。本当に知らなかったんです。ですから」 必死に弁解するイフリーナ。
 もしも不評を買って今の話がチャラになったら洒落にならない。
 だがファトラは弁解を続けようとするイフリーナを手で制した。
 「分っておる。お主の与り知らぬ事をどうこう言うつもりはない」
 この言葉に周りはまたどよめく。
 ファトラはむっとしたが更に続ける。
 「話の続きじゃが条件をつけたいと思っておる」
 「条件…?」
 「ああそうじゃ。何と言おうとお主はバグロムの側で有ることに変わりはない。そう言う者を無条件で雇う訳にはいかん」
 「ちょっと待ってよ、ファトラ姫。そりゃあこの子の主はバグロム側の人間だけどさぁ、だけど今はそう言ったものを抜きにしてお願いしている訳じゃない」
 「そうだファトラ。本来この子は戦いを好まない優しい子だ。今の主は野蛮な奴だから仕方ないが違う者が主だったら何も問題は無かったはずだ」
 今度は二人の姉の弁護に感激して涙するイフリーナ。
 「僕もそう思いますよファトラさん。イフリーナは確かに今はバグロム側やけどマリエルの治療に一生懸命になってる。信用してあげてもええやないですか」 復活したのか誠も同調する。
 「お主ら人の話は最後まで聞かぬか。誰もイフリーナを疑ってはおらぬ」 やれやれという表情で話すファトラではあったが
 「そうなんですか、ファトラ?」 ルーンにまで突っ込まれた。
 「あ、姉上…それはないのでは…」 さすがにこたえたらしい。
 「だってあなたはさっきまでイフリーナの滞在には反対していましたし」
 ルーンの言葉を聞きイフリーナはファトラの顔を見る。
 同様にイフリータ、イフリーテスも真剣な眼差しでファトラを見つめた。
 「姉上、それは先ほどまでの話です。今は認めてやっても良いと思っております。ですが条件があると申しておるのです」 諭すように答える。
 「そうですか…ではその条件とは何ですか?」 ややほっとしたように話すルーン。
 だがイフリーナは緊張した、今までになく緊張した表情となった。
 「イフリーナしっかりしい。大丈夫や、ファトラさんがそんな無茶言うはずないって」
 …気休めという奴だ。
 一人として誠の言うことを信じる者はいない。
 それでもイフリーナは誠の方を向いて頷き、菜々美とルーンはそれを見てむっとした。
 ファトラはルーン達の見えない戦いは無視して話を続ける。
 「まず第一にこの城にいる間はそのゼンマイを預からせて貰おう」
 「ゼンマイを? 構いませんけどなぜでしょうか」
 「ちょっとイフリーナちゃん良いの? ゼンマイは私達にとって大切な」
 「良いんです。どうせお仕事中は邪魔になるのでお部屋に置かないといけませんから」 にっこり笑って答える。
 「そう言えばお前バグロム城ではゼンマイの代りにほうきを持っていたな」
 「ええ、お城ではお掃除とかしていることが多いのでゼンマイを持つ事って少ないんです。あ、だけど窓を拭くときはゼンマイに座ってやるからその時は使うなあ。それから…」
 「もう良い。とにかくゼンマイをわらわが保管するのは構わないわけだな」
 「は、はい。その通りです…それだけでよろしいんでしょうか…」 恐る恐る尋ねる。
 「もう一つある。いやまだあるが主なものははもう一つじゃ」
 「何でしょうか?」 再度緊張するイフリーナ。
 「お主には監視をつける。何度も言うようじゃがお主はバグロムに所属しておる。それに加えて一般常識に欠ける所が有るようじゃ」 その通りではあるが少なくともファトラには言われたくない。
 「はあ、すいません」 素直に頭を下げるイフリーナ。
 「ファトラさん監視というのは行き過ぎや。さっきイフリーナの事を信用していると言うたやないですか」 再度誠が噛みついた。
 「まあまあ誠ちゃん、取り敢えずファトラ姫の言い分を聞いてみましょ」 イフリーテスになだめられる。
 これもできれば避けたい所だ。
 「そやけどイフリーテスさん…イフリーテスさんは賛成なんか? イフリーナは君の妹やで」 落ち着いているイフリーテスにむっとしながら問い詰める。
 「だからファトラの話を聞こうと言っている。それからでも良いのではないか?」 イフリーテスだけでなくイフリータからも言われてしまった。
 二人に諭され、また当のイフリーナも異存はなさそうなので誠も渋々同意する。
 「それでファトラさん、誰に監視させよう言うんですか?」
 棘を含んだ誠の問いにファトラが答えようとしたとき
 「その役。わしに任せて貰おう!」 部屋全体に声が響き渡る。
 「だ、誰ですか!」 怯えたようにルーンが叫ぶ。
 ファトラはルーンを庇うようにして窓の方を向き、イフリータとイフリーテスも立ち上がってゼンマイを構えた。
 またシェーラとアフラはルーンの傍へ移動してファトラの左右を固め、ミーズは彼女らと背中合わせに後方を警戒する。
 誠や藤沢、それに菜々美は反応できなかったがこれはまあ仕方ない事ではある…だがイフリーナはと言うとその場に座り込んだままゼンマイを抱えて震えていた…。
 「誰じゃ…いやその声はまさか…」
 「左様!」
 そう言って窓から現れたのは…黒いマントに身を包んだストレルバウであった。
 「やはりストレルバウ…となると先ほど窓から落ちたのは」
 「身代わりです。困りますな、この私を甘く見ていただいては」 にやりと笑う。
 「落ちたと見せかけて壁から石を一つ抜き、それに服を被せて下へ落とす。ただそれだけの事。このストレルバウにかかれば他愛もない事です」
 「石をって博士、それ相当重いんやないんですか?」 不思議そうに誠が質問する。
 「そんなに不思議かね誠君? ならば見よ!」
 かけ声と共にマントを投げ捨てる。
 後にはレオタード姿のストレルバウが残った。
 その場にいる者全てが絶句する。
 「は、博士それは…」
 辛うじて誠が声を出す。
 その指さす先には隆々たる筋肉があった。
 「驚いたかね誠君。研究者は学問だけでなく体も鍛えんといかん。また学術院顧問の地位を得るには戦って、仮に君がこの地位を欲しいと思ったらこのわしと戦い、そして勝利せねばならぬのだ! わしもそうやって先代からこの地位を奪い、さらにトライしてきた多くの者を屠ってきた。まだまだ若いもんには負ける訳にはいかん」 ぞっとするような笑みを浮かべるストレルバウ。
 それに対しイフリーテスはじわりと間合いを詰め、イフリータはイフリーナの前へ移動を開始する。
 一方ファトラ達はストレルバウの狙いがイフリーナであることが分ったがルーンの傍を離れる訳にはいかない。
 見たくもないがストレルバウを睨みその動きに注意する。
 「さて話を戻そうか。イフリーナの監視、このストレルバウに任せていただこう。さあイフリーナよ、我が元へ来るがよい!」
 そう言って両手を広げるストレルバウにイフリーテスがゼンマイを突き出した。
 「なんの!」 ストレルバウは向かってくるゼンマイの上をイフリーナの方へ跳躍する。
 怯えるイフリーナ。
 だがストレルバウの前にイフリータが立ちふさがった。
 跳躍してきたストレルバウへ向けゼンマイを叩きつける。
 さすがにストレルバウも避けきれず両腕でそれを防御する。
 鈍い音と共に後方へ飛ばされるストレルバウ。
 だが計算したかの如く彼は窓の上の壁にへばりついた。
 「甘いわ!」 そのまま再度イフリーナへ向かうが
 「甘いのはお前だ」 飛翔したイフリータが壁から離れた瞬間を狙いゼンマイを振り下ろす。
 その下にはイフリーテスがゼンマイを構えていた。
 落ちてきたストレルバウへ対しフルスウィングをする。
 今度は防御もできない。
 腹部を思いっきり打たれそのまま外へ飛んでいく。
 その直後イフリーテスはゼンマイを構えようとするが躊躇する。
 上からおりてきたイフリータも同様だ。
 ゼンマイの中央付近を持つことを躊躇っている。
 二人顔を見合わせている内にストレルバウは地面に落ちたようだ。
 遙か彼方に土埃が上がっているのが見える。
 「大丈夫かイフリーナ?」 誠が固まったままのイフリーナに声を掛けた。
 「誠さん…恐かったですう…」 泣きながら誠にすがりつくイフリーナ。
 「大丈夫や、もう大丈夫や。君のお姉さん達が撃退してくれたからな」
 「はい…ひっく…だけど…本当にひっく…恐かったですぅ…」 そう言ってまた泣きじゃくる。
 それを見た菜々美とルーンが文句を言う前にファトラが口を開いた。
 「やれやれじゃな…あそこまでしぶとい奴とは思わなんだ。これで終わりだと良いが…」
 そのセリフにはっとするルーン。
 誠への抗議は後回しにして何やら書き物を始めた。
 「所でお主ら、ゼンマイを撃つのを躊躇ったように思ったがなぜじゃ? 先ほどわらわが止めたせいではあるまい」
 「そう言えばそうねえ…あの時イフリーテスがゼンマイを撃つと思ったから、博士成仏してねって手を合わせたのに撃たないですぐに下ろしたもんねえ」 菜々美も気になったようだ。
 「それはね、さっきあの変態のお腹をこの辺で(と指さしながら)叩いちゃったでしょ。で、そこを触るのが気持ち悪くって…」
 「お前もか。私もあいつを殴った部分をすぐに触る気がしなくてな」
 二人の言葉に顔を見合わす面々。
 取り敢えずファトラは侍女を呼び水と清潔な布を用意させる。
 「済まないわね、ファトラ姫」
 そう言いながらゼンマイを磨く二人…イフリーテスはともかくイフリータのその姿はとても違和感がある。
 そしてルーンは書き物が終わったのか下がろうとした侍女を呼び止めた。
 「これをロンズへ渡して下さい。今は対テロリストの警備で陣頭指揮を執っているはずです。ここにそのテロリストの人相を書きましたので確実に仕留めるようにと伝えて下さい」 そう言って用紙を手渡すルーン。
 ファトラがちらと覗くと、思った通りそこにはストレルバウの特徴が書かれたあった。
 他の者も感づいたらしい、感心したようにルーンを見る。
 「さてファトラ、中断してしまいましたが話は終わっていません。続けて下さい」 ちょっと顔を赤らめながら促す。
 「そうでした…イフリーナに監視をつけるという話の途中でしたな」
 そう言って皆が再び席に着くのを待つ。
 「さてと話を続けよう…イフリーナの監視じゃが」 と再度みんなの顔を見回す。
 相変わらず不機嫌そうな誠に視線が移ったときファトラはにやりと笑う。
 「誠、お主に任せよう」
 「えっ!」 理解できないのか驚いたような表情を見せる誠。
 「だからイフリーナの監視、お主に任せる。起床してから床につくまでの間、常に行動を共にするのじゃ。イフリーナが変な事、間抜けなことをしないようちゃんと見張るのじゃぞ」
 にやりと笑うファトラに対し菜々美とルーンから抗議が出る。
 「ちょっとファトラさん、なんでまこっちゃんなのよ! 他にもいるでしょ!」
 「そうですよファトラ。誠様だってお忙しいのですから誰か他の人になさい」
 だがファトラはルーンに耳打ちする。
 「良いですか姉上、イフリーナは姉上付きの侍女として雇うと申したのです。となると常に姉上のお傍にいます。つまりは監視役の誠もお傍にいることになるのですが」
 「大変良い考えだと思います。誠様、お願いできますでしょうか」 手のひらを返すルーン。
 「ちょっと何よルーン王女、あなた反対したんじゃないの」
 「いえ良く考えてみますと三神官の方々はマリエルの治療やテロリストへの対応でお忙しいですし、藤沢様にもやはり対テロリストの警備をお願いしたいと思います。菜々美様はお店がありますからそうなるとやはりここは誠様にお願いするしかありません」 取って付けたような、という表現がそのまま当てはまるルーンの答えだがそれでもすらすらと出てくるところはさすがである。
 周りを見渡す菜々美。
 だがシェーラ達もその意見に不服はないようだ。
 そして誠がその依頼を受けないはずはなかった。
 唇を噛みしめる菜々美。
 「どうじゃやってくれるか誠」 ファトラが念を押す。
 「分りました。僕でどこまでやれるか分りませんがちゃんとイフリーナの面倒を見ますのでよろしくお願いします」 そう言って頭を下げる。
 慌ててイフリーナも頭を下げた。
 ファトラが笑いながら何か言おうとしたとき、それまでゼンマイを磨いていたイフリータが誠の前に立ちゼンマイを向ける。
 「誠、分っているとは思うが変な事をしたらただじゃ済まないからな」 眼光鋭く迫力十分だ。
 思わず息を呑む誠。
 だが今度は後ろからイフリーテスが抱きついてきた。
 「大丈夫よ誠ちゃん。そんな顔しないで」
 怪訝そうな顔をするイフリータに構わずイフリーテスは言葉を続ける。
 「その時はちゃんと責任取ってくれるわよね」
 にっこり笑うイフリーテスに体が硬直する誠。
 「ふむ…それなら構わないな」 ゼンマイを下ろしイフリータが呟く。
 イフリーナは隣で真っ赤な顔をしてうつむいたがルーンと菜々美はそれどころではない。
 「まこっちゃん! そんな馬鹿なことはしないわよね!」
 「誠様、まさか不謹慎な事はなさりませんわよね!」
 イフリーテスから誠を引き剥がし、つるし上げる二人。
 「な、何を言うとるんや二人とも…僕はただイフリーナが変な事をせんよう見張るだけや…」 精一杯抗議する誠であるが通用するはずがない。
 誠はすがるような目で周りを見渡すが助けてくれる人はいない、というか誰も助けようがないと言うべきか…。
 だがにやにや笑いながらもファトラが声を掛けた。
 「姉上それに菜々美も、二人とも落ち着いて。良いですか、わらわと違って姉上の周りには大勢の侍女がいるのです。そんな中で誠が手を出せるはずはないでしょう」
 ファトラが言っても説得力は無いのだがそれでも二人は考えてくれたようだ。
 まじまじと誠の顔を見る。
 「そうね…確かにまこっちゃんが人前でそんな事できるとは思えないけど…その時はただじゃ済まないからね!」
 「誠様、ちゃんと見ていますからね。何かあったらすぐに分りますよ!」
 結局は信用されないようだ。
 これ以上の抗議なぞ受け入れて貰えるはずもなくただ頷く誠。
 「ではイフリーナを姉上付きの侍女として雇う。その条件としてゼンマイを保管させて貰うのと誠がその行動を監視する。これで良いな」
 イフリーナは大きく頷いた。
 上の二人も異存はないようだ。
 「ではイフリーナ、後で着替えて貰おう。その服は目立つからな…それと他の者もイフリーナの事は極力話題にせぬように」
 「どういうことですファトラさん?」 誠が怪訝そうに問い掛ける。
 「本来イフリーナのロシュタリア滞在は望ましい事ではない。まあいずれ他国に知れるかもしれんがこちらから教える必要はない」
 ファトラの見解に表情が暗くなるイフリーナ。
 「それを敢えて許可したのはイフリーナの姉やマリエルを慕う真摯な心に打たれたということにしておこう。それにこの国にも先の大戦で家族を失った者がおるのじゃ。できるだけ他の者には知られない方が良い」
 はっとした顔になる誠。
 確かにあの戦いでは双方に大きな被害が出ている。
 別に彼女のせいではないが『バグロム側のイフリータ』というのは良い印象を持たれるはずはない…。
 「なるほど…別にこの子が悪いわけではないが敵意を持つ者が出てくる可能性もあるわけだな」 イフリータが難しい顔で呟く。
 「そうね…有り得ない話ではないわね…分ったわ、よろしくお願いするわねファトラ姫」 イフリーテスは珍しくまじめな顔でお辞儀する。
 「すんませんファトラさん。僕そこまで考えんかったわ…イフリーナがここにおる間絶対に問題が起きんようがんばります」 誠も頭を下げる。
 「そこでだな誠、お主にもやって貰いたいことがあるのじゃが」 にやりと笑う。
 「なんですか。僕にできることだったら何でも言うて下さい」 先ほどと違って尊敬の眼差しでファトラを見る誠。
 それを見たファトラはまたにやりと笑い口を開いた。
 「そうか。ではお主も着替えて貰おう」
 しんと静まった部屋にファトラの声はよく通った…。


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