うららかな春の風が、彼の髪を撫でる。
「もぅすっかり、春ですねぇ」
「そうやなぁ」
水原邸,その庭先で縁側に腰掛け、誠とクァウールは日本茶を啜っていた。
「受験戦争が終わった人達は呑気で良いわね」
背後、リビングルームの奥から女性の声が聞こえる。
彼女は誠、クァウールの間に無理矢理腰掛けた。膝の上にはお盆,みたらしダンゴが皿に盛ってあった。
「ちょっとしたお花見ですね」席を譲って、クァウールは菜々美に微笑む。
そこには菜々美だけが感じ取った、余裕が見えた。
あれから一年とちょっと。
誠とクァウールは東雲大学に合格し、明日に入学式を控えていた。
対して学年が一つ下の菜々美は明日から高校三年生。受験戦争に放り出されるわけだ。
「まこっちゃん,数学とか教えてね」
「わかっとるって」苦笑いの誠。
彼らは庭の、梅の木を見つめた。
その梅の木の枝の一部には、季節外れの花が咲いている。
梅の花…いや違う。
桜の花だった。
一房しかない、梅の木に『つぎ木』された桜の枝は満開だ。その枝には中ほどに赤い指輪が嵌っている。
陽光を受けて赤い宝石が光を天に返す。
「本当に良い日よりだ」そんなアルトな声が、誠の頭上に響いた。
「そうやね。二年前の、ファトラさん達と会ったころを思い出すわ」
「私と出会った、あの日だな」彼女は小さく笑う。
誠の頭の上に小さな、小指ほどの大きさの人型が座っていた。
晴れ着姿の、髪の長い女性。
彼女は小さな湯飲みをくぃと飲み干す。
「日本茶は煎れたてが一番美味いな」微笑む彼女。
「熱すぎず、ぬる過ぎず。これが基本よ、イフリータ」菜々美は笑って小さな彼女に言った。
そう、彼女の名はイフリータ。桜に宿る精霊だ。
母体である桜が死なない限り、消える事はない。
「こんなゆっくりした日が、続くと良いんやけどなぁ」
「そうですねぇ」
誠のぼやきに、クァウールもまた笑顔で頷く。
あいにく、誠のそんな希望は呆気なく破られる事になるのだが。
『では、次のニュースです』
リビングルームでつけっぱなしだったTVから音声だけが4人に届く。
が、運が良いのか悪いのか、聞いている者はいないようだ。
『ロシュタリア外務官長であり王族である・ファトラ=ヴェーナス殿下が一昨日夜、『飽きた』と一言書置きを残して姿を眩ませた模様。ロシュタリア関係者は誘拐の可能性も含めて、国際的に捜査を開始し…』
ピンポーン♪
「は〜い!」
響くインターホンに、誠はイフリータを肩に下ろし立ちあがった。
そして…
物語のページは開かれる。
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