パタリ
「ふぅ」
溜息一つ、彼女はそれを閉じた。
ガリ版刷りの、それをホチキスで止めただけの、簡素な小冊子だ。
そんな彼女の様子を見つめたまま、前に立った少女はごくり、息を飲む。
まるで判決台の前の被告の様にも見えた。
冊子を読み終えた彼女…東雲高校の制服を身に纏った、校章からは三年生であろう,彼女はゆっくりと目の前の女生徒に目を向けた。
堅く閉ざされた、彼女の口が開く。
「ま、初めてにしてはちゃんと書けてるわね、小坂さん。誤字とか幾つか見られるけど、それを直せばOKよ。ご苦労様」
普段は堅い彼女に微笑を向けられ、女生徒・小坂こころに満面の笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます、部長!」
ぺこり、小坂は頭を下げた。
小坂こころは文芸部二年。昨年は入部したてで出展できなかった、文芸博覧会用の作品をほとんど一年かけて書き下ろしたのだ。
6月のその発表会まで二ヶ月ほど時間はあるが、早いに越した事はない。
「でも小坂さん?」部長の彼女は小坂に不思議そうに問うた。
「この水原って主人公、もしかして…」
「先輩」
小坂はピッと人差し指を立てて、彼女の言葉を止める。
「物語の真実は、読んだ人の数だけあるんですよ。そう教えてくれたのは先輩じゃないですか?」
小坂の言葉に、彼女はちょっと驚いたような、そんな顔をした後に苦笑い。
「そうね、そうだったわね」
つぃと、机の上に置かれた小坂の作品に目を移す。
「小坂さん。この作品の題名は何にする?」
「そうですねぇ」
小坂はしばし考え…一人納得した様に頷いた。
「leaflet,で良いんじゃないでしょうか?」
「『小冊子』? そのまんまの意味ね」
「誰にとっても、ただの小冊子でありたい,それだけですよ」
窓から、暖かな風が滑り込む。
どこから迷い込んだか、桜色の小片が一つ、机の上の小冊子に落ちた。
それぞれの物語へ………