Elhazard The Shudderly World !! 



戦慄の世界 エルハザード

第弐夜 古戦の世界へ


 ロシュタリアは遥か上空。
 空気すら薄いと思われるほどの夜空の中、人口の星は光を発することなく今日も不気味に浮かんでいる。
 神の目と呼ばれる先エルハザード文明の古代遺産。
 その表面に黒い影が二つ、蠢いていた。
 影2つは月の冷たい光に照らし出される。一つは長い髪の女性,もう一つは腰の曲がった老人だ。
 「ストレルバウ,ここに中へ通じると思われる扉があるぞ」
 「ううむ、これで4つ目ですな」
 そんな言葉が交わされる。
 「おお、ここは開くではないか!」
 「ではここから侵入いたしましょう」
 影二つは、巨大な遺跡の中へと消える。
 この二人の行動を見た者は、さらに上空で輝く月と、天に瞬く星だけだった。


 コツコツコツコツ…
 二つの足音が狭い通路に木霊する。
 「しかし大丈夫でしょうかのぅ?」
 不安げな老人の声が響いた。対し、凛とした女性の声が返る。
 「神の目に対しての不干渉条約は明日の日の出からの施行となっておる」
 「それはそうですが…」
 「だからバレぬようにこっそりと天空の階段を使ったのではないか,例え見つかって捕まっても、牢獄で2,30年過ごせば出て来れるわ」
 「バレぬように…でございますか」はぁ、と老人は溜息一つ。
 「しかし姉上も冷たいものよ。バグロム戦役では影の功労者であった誠をあっさり切りおって…少しくらい条約締結に反論してもよかろうに」
 「それは本気でおっしゃっておるのですか? ファトラ様?」半眼でストレルバウ。
 「…冗談じゃ。分かっておるわ」
 もしもルーンが会議の席上で神の目封印に少しでも躊躇しようものなら『ロシュタリアに侵略の意思あり』として周辺諸国から反発があったろう。
 一人の男と数万の人間を秤にかけることが出来るのが、施政者というものだ。
 クァウールにしてもそうだ,神官代表としての意見を述べなくてはならない。一人の男の研究などよりも、生きとし生ける者の安全を最優先するのが使命である。
 「分かっておるが、わらわ自身が姉上に見捨てられた様な気がしてな」
 自虐的に、ファトラは微笑んだ。それにストレルバウは怪訝な顔をする。
 ”影武者を頼むうちに己と重ねる様になってしまったか? それとも…”
 もう一つ推測を憶え、学術顧問は心の中で一笑に付す。この王女に限っては考えにくい結果であったから。
 「ルーン様はファトラ様を見捨てられるなどという事は決してありませぬよ」
 諭す様に、ストレルバウは好々爺の表情で呟いた。
 「そうかのぅ?」返すファトラは、こと姉に関しては子供のような反応を見せる。
 「ご安心なさいませ」
 ”でなければ、天空の階段での警備があんなに手薄ではありませぬよ”
 心の中で彼は付け加えた。
 やがて二人は神の目の中ほどまでやってきたようだ,様々な機器が光を瞬かせている。
 さらに奥の方からはゴゥンゴゥンと何か大きな物が動いている音が聞こえてきていた。
 「さて、では『これは!』と思われる物をスケッチして行くとしようか」
 ファトラは背負っていた鞄からスケッチブックを取り出すと、『今いる』場所を木炭の切れ端で素早く描いて行く。
 ラフではあるが、要所要所を押さえた適確な描写である。
 ストレルバウもまた、奥へと進み木炭を紙に走らせる。こちらはファトラ以上に慣れているのであろう,僅かな時間で描きあげて行った。
 ファトラの目的は誠に代わっての神の目の解析ではない。専門知識のない彼女や、本腰を入れていないストレルバウがいじると暴走する危険が多分にあるからだ。
 二人は今のうちに神の目内部の構造をスケッチし、誠の参考資料として残しておこうとしているのである。
 「ところでストレルバウ」
 黙々とした作業が数刻続いた後だった,スケッチブックが共に二冊目に突入した頃である。
 「誠は王立学院に通っていたな?」
 「ええ、僅か一年ほどですがのぅ」
 木炭を神速で動かしながら老人は応えた。王立学院とはロシュタリア王立学院という名のストレルバウが学長を務めるロシュタリアの最高学府である。
 主に貴族子弟の教養の場として機能しているが、その歴史はロシュタリア建国当時から続いており、エルハザードにおいて屈指の研究機関としての名が高い。
 誠はバグロム戦役の後、ストレルバウのつてで中途編入したのである。無論、貴族などの学ぶ一般クラスではなく、研究員養成のクラスである。
 「学友か何かにシオンという男とシャーレーヌという女はいなかったか?」
 「…お会いされたのですかの?」数瞬遅れて、ストレルバウは逆に問う。
 「先程コケにされたわ」憮然とファトラ。
 「左様で…」
 沈黙。
 「誠とどういった関係じゃ? わらわのことを良く知っておったようだが」
 「それは…」ストレルバウはたじろぐ。
 ファトラはそんなストレルバウに無言の圧力をかけた。
 「…むぅ、仕方ありませぬな,手を休めずにお聞きください」
 「うむ」
 ストレルバウは遠い昔を思い出すように語り出した。



 フリスタリカ郊外に、赤レンガで建てられた建物が幾つか並んでいる。
 どこか重厚な趣のあるこの施設はロシュタリア王立学院と呼ばれ、遠くレシオンやクランドといったロシュタリアとの国交が薄い国々からもわざわざ訪れる学徒さえも見受けられる。
 ロシュタリア王立学院は、都心から郊外の森に近い場所に立てられており、三つの三階建ての講義棟,二つの図書館,一つの体育館,そして学生寮と整地された校庭から成っていた。講義棟は炎の棟、風の棟、水の棟と各々名前がついている。
 棟によって行われている教科は異なり、まず水の棟では一般的な計算理論、古書から学ぶ古代理論など、既存のものを学ぶことの多い場だ。
 風の棟は発展理論,すなわち未知の理論の開拓を行う思想の場であり、炎の棟は実践による理論展開,一言で言うと実験を行う場である。
 ロシュタリア王立学院とその周辺は広大な敷地を有し、一つの閉鎖された区画を形作っているようにも思われる。
 そんな校門から中庭にかけての楓が両脇に立ち並ぶ大通り,4人の男女が談笑しながら建物に向かって歩いていた。
 「まこっちゃん,ここに慣れた?」
 「そんな菜々美ちゃん,慣れたって聞かれても…昨日編入の手続き取ったばかりやし」
 少年は隣を歩く少女に苦笑して応えた。
 「しっかし広いな、ここ。アタイは好きじゃないけど、アフラは好きそうだな」
 「シェーラもついでだし、勉強して行ったらどうだ?」
 「や、やめてくれよ,センセイよぉ!」
 中年男は赤毛の少女の肩をガッシと掴むが、彼女は慌てて逃げ出した。
 ここに用があるのは誠と藤沢だけだ。菜々美とシェーラは興味本位で付いてきただけである。
 そんな4人を眺める6つの瞳があった。
 学院の屋上から、通りを行き来する大勢の中から4人を、いや,一人の少年だけに焦点を合わせていた。
 「博士、アイツですか?」
 黒衣に身を包む青年は訝しげに隣に立つ老人に尋ねた。しかし老人が応える前に、青年の隣でやはり眼下の彼を見つめていた少女が口を挟んだ。
 「シオン、あの人が持ってる杖…」
 囁きかけるような、弱々しい声にシオンと呼ばれた青年は切れ長の黒い瞳を再び彼に向ける。
 杖は彼の背丈より少し低い程度,打撃武器には向かない形状をしている。
 「あの杖がどうかしたのか? シャーレーヌ?」
 少女はお下げにした銀色の長い髪を触りながら、分厚いメガネを光らせて自信なさげに続けた。
 「先エルハザードの遺産,強いエネルギーを放てるみたい,それと見えざる盾の能力…パーソナルロック機能もついてるわ」
 「持っている物が機能的でも、使う本人の能力が高くなくてはな」
 青年は冷たく言い放つ。
 「博士の言う事だから、疑っちゃいないけどね」
 シオンは老人から聞かされた話を頭の片隅に置いて、苦笑した。
 ついこの間まで大きな戦いがあった。
 巨大な昆虫の姿を持つ、意志の通じぬ怪物・バグロム。
 そして人の国の集合体,同盟軍との間に果てる事の知らない戦いが。
 聖大河の向こうからやってくる侵略者に、人は果敢にも挑み、これまで幾たびの小競り合いが続いてきた。
 しかし戦況は一変する。
 バグロム軍を謎の男が指揮するようになってからだ。
 あろうことか、バグロムに付いたその男は鬼神イフリータを覚醒させることに成功する。
 彼の指揮により、直線的な動きしかなかったバグロム軍は、より軍隊の動きを得て、破竹の勢いで侵略を続けて行った。
 これに驚き、同盟も本格的な反撃を開始するが本質的に身体機能が異なる為に、手痛い反撃を受けることとなり各地で撤退を強いられる。
 そしてとうとう、同盟諸国の首脳は宗主国ロシュタリアの持つ禁断の兵器の解除を迫ることとなる。神の目,エルハザード上空に浮かぶ、裁きの光を発するとされる超兵器。しかしこの発動には大神官三人の力が必要であった。
 この兵器の威力を伝説から知り、恐れる宗主国王女・ルーンは妹であるファトラに、この兵器の使用の是非を問う為を兼ねて、3人の大神官の元を直接その足で訪ねてくるようにとの指令を下した。
 その結果により使用の是非を決めようとしたのである。
 結局、ルーンは三神官,水のミーズ,風のアフラ,炎のシェーラの3人とファトラの力により神の目を発動させるに至ることとなったが。
 ともかく、二王女の勇気ある行動により古代の超兵器から発せられる破壊の力は、同盟諸国を危機に陥れていたバグロム軍を殲滅し、この大地に平和を呼び戻すことに成功。だが永きに渡る同盟とバグロムの戦いの傷痕と疲弊は、エルハザード全土に渡ってしばらくは残るものであった。物質的にも、そして人の心にも残る傷痕として。
 戦役の主役,ルーンの婚約者であるガレスがこの戦いにおいて戦死したのは、誰もが悲しむところである・・・・・
 というのが一般の見解だ。
 当然、バグロムを陰から誘導し、またガレスという貴族の男を演じていたのは幻影族であることや、彼らに誘拐されたファトラ,そのファトラを演じていた異世界の友人のことは公式に発表されることではなく、一部の人間が知ることだ。
 そして誠がイフリータを呪縛より解き放ち、暴走した神の目を沈めたのは当の鬼神であることも。
 大神官達を懐柔し、ファトラを救出,幻影族ガレスを神の目の上で倒し、エルハザード殲滅という野望を阻止した、実質上の功労者達はエルハザードの平和の中に溶けこんで行った。
 陣内 菜々美,幻影族の力の通じないという能力を有する彼女は、ルーンにより出資してもらった僅かな資金を元に弁当のデリバリーを始め、今では一件の食堂,東雲食堂を設立するに至っている。
 藤沢 真理,アルコールがキレると人力無双な怪力を,煙草がキレるとさらに泊が付く彼は、教師としての勉強をロシュタリア王立学院で続ける傍ら、便利屋のような仕事を行うこととなった。
 そして水原 誠。
 彼もまた王立学院でストレルバウの指示の下、本格的な学問の道を進みながら、自分なりの方法,もっぱら文献だが、神の目の研究に勤しむ予定である。
 そんな水原 誠,周囲の助力や成り行きはあったとはいえ、彼の活躍には目を見張るものがあった。
 だが、こうして彼を見る限りごく普通の,ぼんやりとした人間にしか見えない。
 「まぁ、試してみるとしようか」
 「そうね」
 「いいですか? 博士」青年・シオンは老人に確認する。
 彼は鷹揚に、そして自信を持って頷いた。
 シオンはパチン,指を鳴らす。


 途端、誠の動きが止まった。どうしたのかと、藤沢と菜々美も立ち止まるが、
 「危ない,シェーラさん!」
 「へ? うわぁぁ!!」
 誠は慌てて空いた方の手でシェーラの襟首を掴み、引き寄せた!
 「…何よ、これ?」
 「落とし穴…か?」
 目の前に底の見えない巨大な落とし穴が口を開いていた。丁度4人が落ちるには十分な大きさだ。


 「危険感知能力はBかな」
 「じゃ、次はこれね」
 シャーレーヌが懐から長方形の紙を一枚取りだし、風に乗せて飛ばした。
 それはやがて形を変え…


 「おいおいマジかよ」
 藤沢は額に汗。
 「まこっちゃん,ここってホラーハウスかなにか?」
 「昨日来た時は普通の学院だったで」
 「物騒な所だな」
 唐突に現れた落とし穴は現れた時と同様に唐突に消え、同時に目の前には体長4mはあろうかという強暴な双牙熊が立っていた。
 双牙熊とは灰色の二本の長い牙を持った熊で…肉食である。
 しかし目の前のそれは白かった。
 熊は丸太よりも太いその腕で4人に剣の様に鋭い爪の斬撃を振りかぶった!
 「ヤベ!」
 「逃げるぞ、誠」シェーラは飛び退き、藤沢は菜々美を小脇に抱えて横っ飛び。
 残る誠は…
 「え、ええ?!」右往左往している。


 「瞬間判断力はDね」
 ポソリ,シャーレーヌは呟いた。


 4本の爪が誠に迫る!
 「誠!」シェーラが叫び、咄嗟に火炎を発生させた。
 「!」
 誠はイフリータのゼンマイに意識を込める。途端、誠を包む様に半球状の硬質な膜が発生。
 ガギン,熊の右腕の爪が跳ね返り、
 ドゴン!
 「グガァァ!!」
 シェーラの火炎が熊の右腕を吹き飛ばした。ちぎれた腕は、黒煙となってチリと化す。
 「?? コイツ、本物やない!」
 後ろに飛び退いて、誠はイフリータのゼンマイの先端をもがく熊に向けた。


 「特殊防御はA,でも物理防御だけかしらね?」
 「洞察力もAだ,博士の言う通りここらへんは俺達にないものを持ってるな」
 「運動は苦手そうね」苦笑いのシャーレーヌ。


 「どういうことよ、まこっちゃん!」
 「わからへんけど…誰かが僕等を試してるんや。見てみぃ,この一帯、いつのまにか僕らしかおらへんやないか!」
 「おお、言われてみれば」
 「センセ、納得してるときじゃねェ,突っ込んでくるぜ!」
 誠はシェーラの声を聞きつつ、ゼンマイに意志を通わせる。
 「逃げるぞ、誠!」
 「大丈夫や、センセ」
 熊のあぎとが開かれる,同時にゼンマイの先端に光が灯った。
 ボシュ!
 くぐもった音を発して、ゼンマイの先端から光の弾が発生,襲い来る熊に直撃した。


 「特殊攻撃はBだな」
 跡形もなく消え去った熊を眺めながら、シオンは呟く。
 「あら、Aじゃないの?」
 「レスポンスが遅すぎる。攻撃を撃つ前に、俺だったら切り込めるな」
 小さく笑って彼は腰の二本の剣を鳴らした。
 「で、どうかね?」
 老人は二人に尋ねる。
 「腰抜けの貴族のぼっちゃんじゃないことは分かった。OKだ」
 「…恐そうな人じゃないから、いいわ。ストレルバウ博士」
 ストレルバウは二人の答えに嬉しそうに頷いた。


 「何だったんだ? 一体??」
 人の通りが元に戻ったのを呆然と眺めながら、シェーラは首を傾げる。
 「あ、博士!」
 誠は前からやって来る学術顧問に頭を下げた。
 「校長、ここは一体どうなってるんです? 獰猛な動物を放し飼いにするのはイカンと思うのですがね」
 「そうよ、博士!」
 藤沢と菜々美の非難に老人は苦笑い。
 「誠殿,紹介したい者がいる」
 ストレルバウの言葉に従って、後ろに控えていた二人の男女が前へ出た。
 「これより一年、誠殿と勉学を共にしてもらうクラスメイト…と言った方が良いかの?」
 「どういうことです? 僕は講義の傍聴と図書室の使用だけと…」
 「それで神の目が分かると思っておるのかね?」
 「…」
 ストレルバウは穏やかではあるが重たい言葉を紡ぐ。
 「ここにあるモノで神の目が解明できれば、ワシがとっくにしておる。誠殿はワシの知らぬ知識を得なくてはならんぞ」
 「でもどうやって…」
 「だから俺達と一緒にやってくんだろ?」短く切り込んだ黒髪の青年は笑いながら誠の言葉を遮った。
 「俺はシオン=バルバトス,先文明の料理の研究をしている。さっきはアンタの力を勝手に試させてもらった、すまないな」素直に頭を下げる青年に、シェーラが噛みついた。
 「テメェか! あんな物騒な事しやがったのは!」
 「ちょ、シェーラさん!」
 誠の静止を聞かず、炎の奔流がストレルバウを含めた三人を襲った。
 その中からスッと前に出る少女。
 両手には一枚づつ無地の白い紙が添えられている。
 炎がまずは少女を、次にストレルバウとシオンに襲い掛かった!
 …ように見えた。
 「あれ?」
 目を擦るシェーラ。炎は何もなかったように消えてしまっていた。
 少女は両手の『無地だったはず』の紙を懐にしまうと誠に向かってぺこりと頭を下げる。
 「私はシャーレーヌ,符術の研究をしています。よろしくね、水原さん」
 分厚いメガネの向こうにある瞳の色は分からない。
 どこかおどおどした声色に、象形文字のような図柄が施された着物のような変わった格好をしている彼女に誠もつられて頭を下げた。
 そんな三人を前に、ストレルバウだけが嬉しそうに頷いていた。



 シオンとシャーレーヌは机に向かうよりも直接現場を調査することを重視していた。
 ロシュタリア王立学院においては異色ではある。古代文明を研究するどの研究員にとっても彼らの方法は最適ではあるのだが、いかんせん時間と何より危険が大きすぎる。
 古代遺跡はその大半が、先文明の警備システムが今でも生きている場合が多いのだ。
 また人里離れて存在している事が多く、そんな場合はそこに住みついてしまった野獣や時には魔物のようなものまで巣くっている事が多い。
 誠は一旦、二人と別れて予定通り講義を聴講した後、呑みにくりだした藤沢,シェーラとも別れ、彼らに渡された待ち合わせ場所を示したメモを辿って菜々美と夕暮れのフリスタリカを歩いていた。
 何でも自己紹介も兼ねた歓迎会(?)を開いてくれるという。美味しい料理を出してくれる店でおごってくれるというのだ…が、
 「ってここって…」
 「私のお店じゃないの…」
 扉の閉まった東雲食堂には立て札に『本日は夜より営業』と書かれている。
 「まぁ、私の料理の腕に目を付けたのは誉めてあげるわ」
 ちょっと嬉しそうに菜々美は笑いながら玄関を開けた。
 誠は彼女の後に続いて中に入ると、
 「いらゃっしゃいませ!」
 途端、菜々美は営業スマイルを向けた。



 半刻後。
 活気に満ちた店内のカウンターに三人の学生の姿があった。
 「明日、鬼神の島に乗り込むつもりだ」
 「鬼神の島…イフリータの遺跡か?!」
 シオンは小さく頷いた。
 鬼神の島,すなわちイフリータの眠る先エルハザードの遺跡であるのだが、そこにはすでに彼女はなく、沈黙を守っている。
 今は一番その遺跡から近い、港町として発展を遂げたガナン公によって保護されているはずだった。鬼神なき今も第一級の保護区として神官からも禁断の地として指定を受け、一般人の侵入は禁止されている。
 「何しにいくんや?」
 「決まってるだろ,先エルハザードの知識の探求さ」
 「でも今は鬼神もいなくて」
 誠はいぶかしむ。それに頬を仄かに赤くしたシャーレーヌがほそほそと呟く。
 「あそこは鬼神の安置所としての機能だけだと思ってるの?」
 「へ?」
 「例えそれだけの役割の遺跡だとしてもだ,それに付随する機能には目を見張るものはあるんじゃないか?」
 シオンはジョッキに注がれた麦芽酒を一気に飲み干して言った。
 「…そうかもしれへんけど、許可なしで行くつもりなんか?」
 「そんなことでいちいち許可なんてとってられっかよ。取れるとも思えないし」
 「第一、聖大河を半ばまで渡ることになるんやで,一体どうやって…」
 「行くつもりかって,そう言いたいのか?」
 シオンは意地悪げに笑って、誠の額をつついた。
 「俺達は考えるだけの葦じゃあない。全ては行動に結び付けてこそ、知識って言うのは役に立つし、そうあるべきだろ?」
 「私が星の動きから位置を割り出して、鬼神の島へ向かうの。今まであの島へは二回やってるから安心してね」
 くぴり、とシャーレーヌはアルコール度の低いお茶の入ったグラスを傾けた。
 「水原君の練習には丁度いいかもね」
 「二回って…それに練習なんか? 僕があの遺跡行った時は大変だったで」
 「鬼神の島は、まぁ、初心者向きだ。警備システムもイフリータが解放されてからぐんと危険度は下がったしな」
 「水原君が足を踏み込んだ頃はさすがに私達でも遠慮する」
 「でもなぁ…」誠は幻影族のナハトによって溺れる幻覚を見せられた事を思いだし、顔をしかめた。
 「何より鬼神が眠っていたんだ。関連の資料が見つかる可能性が高いぞ」
 ピクリ、誠のジョッキを握る手が動いた。
 「まだ奥の方は私達も、他の発掘隊も足を踏み込んでないみたいだし」
 「ほな、明日はがんばろか!」
 ””おいおい…””ジト目の二人。
 「おっまたせしました!」
 三人の前に料理の乗った大皿が置かれる。
 「シオンさんもシャーレーヌさんも、まこっちゃんと仲良くしてあげてね。サービスしといたから」軽くウィンクする菜々美。
 「いいってば、菜々美ちゃん」
 「おっけ〜!」
 「分かりました」二人は笑って応える。
 しばらく三人は料理に手を伸ばしながら談笑を進めた。
 と誠は昼の事を思い出してシャーレーヌに尋ねる。
 「そういえばシェーラさんの火炎をあっさり消しちゃったのは一体?」
 シャーレーヌは懐から昼間の二枚の紙を出してカウンターに置いた。
 墨のような黒いもので象形文字のようなものが所狭しと書かれている。
 「何です? それ?」誠はまじまじとそれを見つめた。どう見ても5cm×10cmくらいの薄っぺらい紙片だ。
 「方術を書式化した物なんです。これは炎の呪符です。炎の神官の方術をこの中に封じさせていただきました」
 相変わらず小さい声で彼女は言い、別の紙を懐から取り出して短句を呟く。
 と、それは眩しい明りを上げて瞬時、燃え上がり、浮かび…
 誠達の頭上で光を降り注ぐ光の珠となる。
 「妖術師?!」誠は絶句。
 エルハザードの遥か東方には妖術師と呼ばれる、呪符を用いて人心を操り惑わすことを生業としているもの達がいると言うことを耳にしたことがある。
 「そちらも研究の対象になってます」クスリ、意地悪く笑ってシャーレーヌ。
 「ですから炎の神官の方術を封じたこの符を、今と同じように起動させればあの続きがここで再現されます」
 「…しまっておいてくれません?」誠はカウンターの上の二枚の符を指差して言った。
 「シャーレーヌは独学でこの符術を開発している。神官の特権の方術が一般人でも使えるというのが魅力だな」
 「使える様になるのに、神官になる以上の苦労が必要ですけどね」シオンの説明にシャーレーヌは元も子もない補足を付け足した。
 「シオンさんはええと…古代の料理の研究とかおっしゃってましたね」
 誠はもう一人の研究者に尋ねる。
 「ああ、料理こそ男のロマン,幻の味をこの口に含んだ時の感動といったら…くぅぅ!! 燃えると思わないか?」
 「あ、菜々美ちゃん,何か飲み物ちょうだい」
 「私もさっきのを追加で」
 「聞けよ、お前等」
 燃える男は暑苦しかった様である。


 翌日
 「さてと」
 誠は小さな背負い袋を肩に提げ、右手には杖を手にする。
 杖と言ってもそれは古代の遺産だ。
 『イフリータのゼンマイ』,もともとは鬼神の武器であるが、古代遺産とシンクロしうる能力を持つ誠には多少なりとも扱うことができる。
 何より死地に於いては、これは彼の心の支えになるだろう。
 研究室を出たところで、誠はそこで待つ人影に気付いた。
 「シェーラさん?」
 「聞いたぜ,誠」いつになく真剣な表情で彼女は誠に歩み寄る。
 「イフリータの遺跡に無断で行くんだってな」
 「誰からそれを?!」後ずさる誠。
 「菜々美からだよ。でもな、止めろとは言わなかったよ」呆れたように、彼女は笑って言った。
 誠は無言でシェーラの言葉を待つ。
 「ただ、菜々美の奴は力を貸してやってくれってな。アタイも付いて行くぜ」
 「へ?」
 「なぁに、大神官の仕事なんてアフラ辺りに任せときゃなんとかなるもんさ。さ、行くぜ」
 「ち、ちょっと、シェーラさん!」
 スタスタと歩いていってしまう彼女の後を、誠は慌てて追いかけた。
 やがて二人は待ち合わせ場所である王立学院の中庭へ辿りつく。
 そこに最新型の小型浮遊船が浮いていた。
 「どうしたんや、これ…」
 「レンタル」シオンの一言。
 シェーラの同行にシオン,シャーレーヌは弐の句も言わず承認した。確実な戦力は多いに越した事はない。
 「さ、行くぞ」
 「おぅ!」シェーラは応え、飛び乗った。
 「これで聖大河を越えるんか…大丈夫やろか?」
 一抹の不安を大きく育てながら、誠もまた乗り込んでいった。
 操舵は誠とシオンの持ちまわり。操船はシャーレーヌが太陽と星に基づく方向の指示を行う。
 「さぁ、未知への冒険の始まりだ!」
 「三度目だけどね」
 屋根に遮られた大空を指差し宣言するシオンの言葉に、シャーレーヌの静かな、冷静なツッコミは深く刺さったようだった…



 空が晴れていたのが成功の主要因だろう。また風が順風だったのも誠が旅の神に恵まれていることを示したいたのかも知れない。
 「警備も何もないやあらへんか」
 「ここまで来れる奴がいないとでも思ってんだろ」
 「来ても何もないんじゃねぇか?」
 「普通の方には、ね」
 四人は小型浮遊船から三日ぶりに岩だらけの大地に降り立った。
 目の前には誠には懐かしいイフリータの遺跡が、侵入者を迎え撃つように入り口を空けている。
 所々に茂みがある程度の緑の少ない孤島。天は昼にもかかわらずどんよりとした暗雲で覆われている。
 ガナン領に属するこの遺跡にはしかるべき警備があると、誠はルーンから聞いていたのであるが遺跡、いやこの島自体に人の気配は感じられなかった。
 「中は警備が必要ないんだ」
 シオンは誠の表情を読み取ったのか,腰に剣を括りつけながらそう告げる。
 「警備が必要ないって…?」
 「あ、ゴメン。『中は』って言うのは間違いだな」シオンは訂正。いきなり剣を抜き放つ。
 「ったく、物騒なお迎えだぜ」
 小さく舌を鳴らし、シェーラもまた誠を守るように身構えた。
 「??」
 「水原さん。囲まれています」シャーレーヌは鋭い口調で耳打ち。同時に懐から呪符を数枚取り出した。
 「来るぞ!」シオンが叫ぶ。それを皮切りに、周りの茂みから次々と何かが飛び出してきた!
 ゴゥン!
 シェーラの爆炎が『それ』の出鼻をくじいた。
 『それ』らは牽制するように、4人を遠巻きに囲み、旋回し始める。
 「なんや…あれ?」
 誠は周囲を囲む『それ』を見つめた。
 双頭の黒犬,犬というには体の大きさは2mばかりあるが、それが10数頭。
 「見た事ねぇ化けモンだな」
 シェーラもまた、囲む同様の獣に警戒しながら厳しい表情を浮かべる。
 「あら? 御存知ないんですか? この遺跡には先エルハザード時の生物が生息してるんですよ。この双頭の野犬は十数匹で狩りをする狼と同じ習性を持っています」
 「頭が二つある分、狼の二倍は悪知恵が働くやつらだ」
 「「はぁ…」」シオンとシャーレーヌの解説に、二人は溜息をつく。
 その間にも、包囲の輪は徐々に縮まっていった。
 「どうするんや? 1・2・3…15近くおるで?」
 「シャーレーヌ,頼む」
 「ええ」彼女は手にした呪符を遺跡の入り口の方向へと無造作に投げた。
 呪符はやがて塵へと帰り、その力を発動させる。
 ゴゥゥゥ!!
 「「ギャッギャ!!」」
 真っ直ぐな突風が包囲の一角を吹き飛ばした。
 「遺跡に向かって走れ! やつらは中まで追ってこない!」
 叫ぶシオン。
 「「了解!」」
 四人は開いた包囲を一気に駆け抜ける。遺跡の入り口までおよそ300m。
 先頭はシオン,シェーラ,シャーレーヌ。そして…
 「はぁはぁはぁ…体力がもたへん」
 「何やってんだよ、誠!」シオンの叱咤。すぐ後ろまで双頭の野犬達は追いついてきている。
 「よし,誠、伏せろぉ!」
 「は、はいぃ!」
 シェーラの叫びに、彼は咄嗟に地面に身を投げ出す。
 誠の背中を、熱い何かが通過する。と、その後、
 ドゥゥン!!
 爆発
 「水原さん,早く今のうちに!」
 「ええ」シャーレーヌのおそらく精一杯の大きな声に、誠は身を起こして再び走り出す。
 炎と仲間の死体を踏み越えて迫りつつある野犬を背後に感じながら、彼は前を行く三人の背中を必死に追いかけた。
 あと三歩
 二歩
 一歩
 「つ、着いた」遺跡の入り口で誠はへたり込む誠。
 「お疲れさん」
 視線を背後に向ければ、野犬達が距離を置いてうろうろとしていた。
 「ホントに来ねぇな。どうなってやがんだ?」
 「本能です」
 シャーレーヌの一言に、シェーラは首を傾げる。シオンは小さく笑って補足した。
 「奴等よりも危なかっしいのが、この中にはいるってことだ」
 「でも僕等が来たときには何もおらへんかったで」
 「そりゃ、運が良かったんだろうさ。少なくとも、俺達が踏み込む時は毎回、遺跡の警備のやつらに遭遇してるぜ」
 「…前も聞き忘れ取ったけど、警備ってなんや?」
 誠の問いに、シオンは,シャーレーヌもシェーラも無言。ただ誠を見つめる。
 「なんや? なんか僕変なこと言ったか?」
 と、誠は気付く。三人の視線の先は自分の後ろ,遺跡の奥である事に。
 ギギギ…
 金属の軋む音
 「誠、あぶねぇ!」
 「逃げろ!」
 「避けて!」
 三者三様の言葉。誠は後ろを振り返ることなく、手にした杖に力を込める。
 「イフリータ」小さく叫び、杖の先端を背後に向けた。
 バッ
 電撃音。白光が誠を背中から照らす。彼はその場から飛び退く。
 ズズン…
 重たい音が後ろに響いた。彼は振り返る。
 「これは…ロボット?」
 身長2m程の人型をした機械人形が倒れ伏している。手と思われる部分には銃口のような物が付き、全体は鉄のような金属で作られていた。
 「あ、あぶないところだったな…」白い顔でシオン。それに誠は苦笑い。
 「おいおいシオン,こんなんがゴロゴロいんのかよ」シェーラが恐る恐る警備システムと呼ばれる機械人形を足蹴にした。しかし重量があるのであろう、ピクリとも動かせない。
 「この人形にはシェーラさんの炎の法術は効きづらいですし、シオンの剣も弾いてしまいます。電気信号で動いているようなので、誠さんのさっきやったような電撃が一番効果的ですね」シャーレーヌが代わって解説した。
 シェーラはそれに苦い顔をしながら再び人形を蹴る。
 「アタイもこんなのを殴れるほど、拳が硬くねぇや。ってことは、この先は誠だのみってことか?」
 「ええ?! これって結構疲れるんやで」
 「私の電撃の符もありますし。何よりさっきの野犬のような野生の獣が、この遺跡の中に住み着いていることも多いんです。気をつけて行きましょう」
 誠を励ます様にシャーレーヌは言った。
 「という訳だ。気を抜くなよ、誠」
 「そうやね」誠は立ちあがりながらシオンに答える。
 「ま、幻影族が出てこんだけ、マシかもしれへんなぁ」
 当時を思い出して、誠は苦々しく呟いていた。


 「あらあらあら…」
 「どうしたんや? シャーレーヌさん?」
 遺跡に入って半刻ほど歩いたであろうか,小さな部屋を見つけて入ってみると、そこは居住の跡のある部屋だった。
 誠達はその部屋を調べていたのだが、突然のシャーレーヌの困った声である。
 彼女はしゃがんで何かを手探りで探していた。
 「何か落としたんか?」
 「ええ」答え、彼女は顔を上げる。茶色の大きな瞳が当惑に満ちていた。
 「メガネを落としてしまいまして…あれがないと私は」ただでさえ自信のなさそうな声はさらに震えていた。
 「ここに落ちますよ」誠は彼女の後ろに落ちていた眼鏡を拾い、ふと度の程度の度なのか気になったのであろう,掛けてみた。
 「うげ!」思わず叫ぶ誠。
 紫外線、赤外線、視点の先への距離,物質名,構成元素などなど、ありとあらゆる情報が眼鏡を通して誠の頭の中へ無理矢理流れ込んできた。慌てて眼鏡を外す。
 「シャーレーヌさん,何です、これ?」荒い息を吐いて誠は彼女に眼鏡を返した。
 「代々私の家に伝わるものです。これがないと不安で歩けないんです,私」
 メガネをかけて一安心したのか、彼女は小さく笑って応える。
 ”目が悪いわけやなかったんかぃ…”
 「ん、あら?」
 と、シャーレーヌは埃だらけの棚の上から一冊の書物を見つけ、驚きの表情で佇む。
 「古代の大技師・ロバーツ=サイエントの『符学大全』の4巻ですわ」
 目を輝かせて、彼女はは誠に言った。
 「ロバーツ…なんかどっかで聞いた事のあるようなないような」
 「それが何か役に立つのか?」横からシェーラが聞く。
 「呪符に描かれる文様の科学的考察が綴ってあるんです。符学は今では口伝でしか残っていない死学なんで、こうして参考資料が手にできたのは珍しい事ですね」
 「…はぁ、そうなのか?」
 いきなり本をめくり出したシャーレーヌにシェーラはそう呟くと、誠に視線を移す。
 と、こちらはこちらでシオンとともに何やらガラクタを巡って論議を醸し始めていた。
 「…なんだかなぁ」一人浮いているような気がして、彼女は天井を見上げる。
 滑らかな金属性の天井。洞窟のような遺跡とは異なり、このイフリータの遺跡はもともと先エルハザード文明での研究所かなにかだったように思える。
 「シェーラさん。いい事が書いてありましたよ」
 袖を引っ張られ、シェーラはシャーレーヌに振り返る。
 「? 何だ?」
 「炎の法術を強化する文様がありました。試してみます?」
 筆を片手に、キラリ、眼鏡の奥が光った。
 「え〜、なんか恐いからパス」
 「当社比2倍なんですけど」
 「よし、やってくれ」
 彼女はシェーラの手の甲に、一つの幾何学文様を筆で描く。
 「変わったような気がしないな」まじまじと見つめ、炎の大神官は首を傾げた。
 「術の発動の時に効果がありますから」
 「グルルル…」
 「「?!」」
 それは突然やってきた。部屋の入り口に立ち塞がるようにして大きな影が立っている。
 巨大な牙を持つ熊,前にシャーレーヌが誠を試す際に用いたモデルである双牙熊だ。
 明らかに4人を餌として考えているようである。
 「どりゃぁぁ!!」いきなりシェーラは炎のランプに意識を集中。生まれた炎の球が、避ける間もなく熊に炸裂!
 チュド〜ン!!
 「い,遺跡が崩れるぅぅ!」慌てて誠。
 「さ、酸素が…燃焼で酸素が…酸欠に?!」叫ぶシオン
 「アタイのせいか? アタイのせいなのか?!」他三人に、シェーラは慌てふためきながら尋ね回る。
 「何も思いっきりやることないでしょう?!」
 目に涙を溜めながら、シャーレーヌは落ちてくる塵から守るように両手で頭を押さえて非難する。
 「ともかく、早くここを抜け出さんと」
 落ちてくる瓦礫を掻き分け、四人はほうほうの体でそのブロックを逃げ出した。


 吹きつける風が耳に轟音を残して次から次へと襲い来る。
 横Gがまたそれ以上に強く彼らに襲いかかっていた。
 「なんか煙吹いとるでー」
 「何か言ったか? 誠!」
 「遺跡から煙がもくもくとー!」
 「聞こえませんわ〜」
 「アタイも聞こえないぜー」
 全速力で鬼神の孤島からみるみる遠ざかっていくエア・ボートの上で、風に打たれながら誠は後ろを振り返る。
 遺跡から煙が昇っているのである。
 「シェーラ,もっとスピード上げるんだ,見つかったらシャレにならんぞ!」
 「おうよ!」
 風の轟音に負けずに声を張り上げる二人に、誠は大きな溜息を吐いていた。
 「ゴメン、イフリータ…」
 四人の戦術的撤退は功を奏し、謎の遺跡発火事件として翌日の新聞をにぎわせることとなったという。
 そんな実地研究を続けること一年,3人は学院を卒業し、各々の道へと進んでいった。
 すなわち誠は本格的に神の目の研究員として学院に籍を置き、シオンは実家であるバルバトス家に戻り、新たに興ったフィリニオン興国で官僚に仕官。
 シャーレーヌはさらなる隠された遺跡を求めて放浪の旅へと。



 「それから2年か」
 「はい。よもやシャーレーヌがグランディエに仕える事となるとは思いもしませんでしたの。イメージも変わっておりましたし」
 数時間前に挨拶に来た教え子であった彼女を思いだし、ストレルバウは微笑む。
 「だからわらわの事を知っておったのか,誠の奴、案外おしゃべりだな」
 憮然とファトラは呟き、苛立ち紛れか壁を軽く蹴飛ばした。
 ギギィ
 軋んだ音と主に壁がズレた。
 「? なんじゃ? これは?」
 ファトラは壁をついと押す。すると隠された様に通路が現れた。
 「おい、ストレルバウ…何やら隠し通路のようなものがあるが…」
 「??」
 ストレルバウは隠し戸の向こうに足を踏み出す。足を付くと同時に戸の向こうは自動的に灯りで満ちた。
 延々と通路が伸びている。
 「方向的に神の目の中心に向かっている様に思えますな」
 「よし、行くぞ,ストレルバウ! 日の出まで、時間も余り残されていない」
 「ハッ!」
 二人は通路を全力で駆け出した。
 数分も走ったところで幅の狭かった道は幾つかの同じような通路と合流し、人四人が横になって歩けるほどの広さを持つようになった。そして、
 「扉だな」二人は両開きの扉に行き当たった。
 「無理矢理こじ開けた痕があります。最近出来たような感じがしますな」
 「突入じゃ」
 「ちょ、何らかの罠が!」
 慌てるストレルバウだが、ファトラは扉を蹴り開けた。何も起こらない。
 「何じゃ?」
 小さな小部屋だった。様々な計器と、中心に人一人が乗れるくらいの菱形のプレートが設置されている。
 計器は悠久の時を経た今もなお、何らかのデータを顕わし続けていた。
 「何じゃ? 神の目の中心かと思いきや、狭い部屋じゃのぅ」
 踏み込み、彼女はプレートの上に立つ。
 「ファ、ファトラ様!」
 「何じゃ、ストレルバ…ウ??」
 老人の慌てた声に振り返るファトラ,しかし彼女の視界に映った老人は急速に消えて行った。いや、違う!
 「?? ここは?」
 ファトラはいつのまにか見知らぬ空間に立っていた。
 腹に響く、くぐもった音の響くホール状の部屋だった。光源と思われるものはないが全体が光っているのか,視界に困る事はない。
 金属性と思われる壁に象形文字のような黒字がびっしりと描かれ、部屋の中心には3mほどの高さの四本の六角の金属棒と、3つの水の如く透き通った拳大のクリスタルが先端に嵌っていた。一本だけ、クリスタルの存在がない。
 ファトラは体全体が部屋全体から放たれる見えない圧力に押しつぶされる錯覚を覚えた。
 「ここは…神の目の中心だな」
 本能的に察知。
 自然とクリスタルのない柱に目が行く。
 ”何故あそこだけないのじゃ?”
 同時に陣内の操った空中戦艦を撃破した時の感触を思い出した。バグロム殲滅の際には感じなかった、何処か拍子抜けしたような神の目の破壊力を。
 「ファトラ様!」
 唐突に背後から声を掛けられ、ファトラは柄にもなく驚いて振り返る。言うまでもなくストレルバウである。
 「ご無事でしたか」
 「あ、ああ。ストレルバウ,急ぎスケッチを再開するぞ! おそらくここは」
 「神の目の中心部ですな」老人は言葉尻を取り、素早くスケッチブックを取り出す。
 日の出まであと一刻,この部屋の全てを観察するにはこの二人にとっては充分な時間だった。
 翌朝、何事もなかったようにファトラはルーンに付いて公務に当たっていた。



 菜々美はロシュタリア城の中庭にある誠の研究所に足を踏み込んでいた。
 彼女の背にはナップサック一つ。
 「まこっちゃん,借りるわよ」
 彼女は彼の机の中から何かのキーを取りだし、研究室の脇に向かう。
 そこにあるのは一隻のエア・ボート。
 反重力を発生させるグラヌイ鋼を用いた、先エルハザードの技術を応用した船である。
 言うまでもなく高価な代物だが、これは一から誠が製作した特別製で馬の20倍のスピードが出るという。
 その恐ろしさ(?)はかつてカーリアと共に醤油を探した際に菜々美は味わっていた。
 「今度は貴女を倒す為に、これに乗って旅をするなんて…皮肉ね」
 菜々美は自虐的に微笑み、ボートにキーを差す。
 この日、味に定評のあった東雲食堂は無期限の休みに入ると同時に、店主である陣内 菜々美がフリスタリカより姿を消した。

To Be Continued... 



キャラクター考察・第二回 『アレーレ&パルナス』

 双子の姉弟でともに美少女好き。実際は何歳だか分かりません(汗)
 付き人をやっているのは家系なのか? と思ったんですが、アレーレはファトラに市井で見出されたようですね。
 ファトラの愛人を名乗るアレーレはファトラに負けず劣らずの美少女好き、いや、お姉様好きのようでディーバにすら迫っております。ある意味では主以上に範囲は広いのかもしれません(笑)。
 彼女は王族付きの侍女ということで、OVAでは誠達の水先案内をストレルバウから命じられるほどなので諸学に長けていると思われます。
 なんだかんだ言って、ファトラと行動を共にし彼女をフォローしていることからも細かい段取りなんかは巧く設定する力を有しているのでしょう。
 レレライル家の血なのか,人に取り入るのが巧いようにも思えます。当人にそういった気はなさそうなので、天然で人に可愛がられる様ですね。
 しかし主の指示に対しては陣内並みに卑怯な手を使って己の手を悪に染める事も厭わない様です。『異世界〜』においては藤沢の結婚式で誠の身包みを剥がし、拘束しています。
 ファトラ王女が成人し、王族として政界に身を置くようになった時、アレーレは有能な秘書として才能を発揮する事でしょう。時には政敵に対してその手を血に染め様とも…
 対してパルナス君。
 クァウールの従者として登場した彼は、姿はアレーレと同じなのにどうもぱと目立ちません。
 ですが「可愛がられる」という能力は姉並みに秘めており、彼の場合はそれを意図的に利用しているように思われます。
 クァウールが大神官となったので、彼はタウラス家に戻ったのかどうなのか…分かりません。アレーレと比較すると彼は子供っぽさを強く有しておりますね。

 アレーレにパルナス,あらゆる意味で末恐ろしい姉弟です。
 大丈夫なのか? エルハザードの風紀は?!(爆)


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