Elhazard The Shudderly World !! 



戦慄の世界 エルハザード

第参夜 戦功の世界へ



 味皇決定戦より一週間が経過した、マルドゥーン山頂の大神殿。
 彼女はぼぅっと頬杖をついていた。
 「アフラさん」
 声を掛けられるが、彼女は気付かないのか,振り向きもしない。
 「あの、アフラさん」
 2度目,しかしピクリともしない。
 「アフラさん!」
 声をかけた本人は彼女の肩に手をかける,途端、彼女は相当驚いたのか慌てて立ちあがった。
 がこ!
 「★◆?●!★!!」
 足を机のぶつけたらしい,声も出せずにうずくまってしまった。
 声をかけた青年は呆然と、彼女の背をみつめることしばし…
 「なんどす? 誠はん?」
 涙目でアフラは彼を見上げた。
 「あの、そろそろ帰ります。これ以上迷惑かけとうないし」
 「迷惑なんてあらへんわ」
 ぶつけた右足を引き摺って、アフラは立ちあがる。
 「洗濯も掃除も手伝うてくれるし…いつまでおってもかまいやしまへん」
 痛みがまだ引いていないのだろう,不器用に微笑むアフラ。
 「ありがとうございます。でもそろそろここで得た知識を実験の方に移したいので」
 「さいですか」
 寂しそうに、アフラは呟いた。どこか演技がかって見えるが、アフラは本心を悟られまいと敢えてそう見せていた。
 もっとも鈍い誠にそんな細やかな心配は無用なのではあるが。
 「それじゃ、判刻後に出発しますぇ,準備しておくんなまし」
 そしてこの日、誠を抱えたアフラはロシュタリアに向けて飛んだ。



 「REISER TIL UNDRINGSLAND,LANTGT VEEK TIL EN NY DIMENSION …♪」
 彼女の鼻歌は風に流れて消える。
 日は天頂にあり、穏やかな日差しが眠気を誘う。眼下に人々の息吹を感じ、彼女はその場に寝転んだ。
 フィリニオン興国首都アイオン。バグロムの脅威の後、かつての隣国であったバルバトスと合併してからというもの、その発展は他国に比べ群を抜いて秀でている。
 小国ながらも独立性の強いこの国は、南に位置するガナン公国と北の独立都市に対して相性は良いが、宗主国であるロシュタリア,及び遠く西に位置する大国グランディエとは意見の相違が多く見られる。
 もっとも小国の域を出ない故に、相手国には「うるさいだけ」と思われるにすぎないようだが。
 その首都の全体像を見下ろせる時計台の屋根の上に、彼女はいた。
 黒髪を後ろに流し,幼さの残るその表情は人畜無害そうな『造られた』少女・鬼神イフリーナ。
 少女のその姿からは想像できないほどの秘められた破壊の力を持つ彼女は、太古の文明が作り出した鬼神と呼ばれる兵器の一種であった。
 だが彼女は人と同じ感情を有し、意志に基づいて行動する事が出来る。この点においては後に感情を軽視して破壊力にのみ重きを置いて生産された鬼神イフリータに対して唯一勝る点であろう。
 もっとも彼女はその性格が人で言うところの『大ボケ』に相当するので与えられた命令を忠実に守りはするも成功させた試しのない困った娘でもあるが。
 「あら? 貴方は?」
 時計台の屋根の上で寝そべる彼女の頭上から、驚きを内包した声が掛けられた。
 「え? あ、こんにちは!」慌てて置きあがる彼女。
 イフリーナを優しい金色の瞳で見つめているのはやはり一人の少女。鬼神と同じくらいの年頃,16,7であろうか。
 おぼつかない足取りで時計台の屋根の上を歩き、イフリーナの隣に腰を下ろす。
 「ここは街が一望できる絶景なんですよ。貴方も良く来るのですか?」
 「は、はい!」
 瞳と同じ金色の髪を風に泳がせて、彼女はちょっと緊張した鬼神に問い掛ける。
 「こうして街を見つめると…平和って良いですよね」
 「そ〜ですね〜。ずっとこのまま続くと良いですね」
 「もぅ、戦いはさせませんよ」
 「?」断定的な彼女の言葉にイフリーナは首を傾げる。
 「…私,時々疲れるとここに来ちゃうんです。なんか回りが急に鬱陶しくなっちゃって」
 「あ、それってありますよね。私もご主人様に怒られると、こうして逃げてきちゃうんです」
 「でも、結局はまた元に戻るんですけどね」
 「ふふふ…そうなんですよね」
 二人は顔を見合わせ笑い合う。
 「私、ミュリンっていいます。貴方は?」
 「私、イフリーナです。よろしくお願いします」
 「よろしくね、イフリーナさん」
 しばし少女二人の歳相応の話で、普段は無人の時計台の屋根の上は活気付いていた。



 ハイロウズ
 中央に砂丘を有した広大な荒地として知られる、ロシュタリアを越え、カシュクよりも北の、アリスタ公爵領セルメタに取り込まれた無人の地だ。
 その荒野を一騎の騎士がぽくぽくと進んで行く。
 「遠いなぁー」
 大声で愚痴るが、彼の声は晴れ渡った大空に消え行くのみ。
 と、思いきや
 「違うわ、愚か者め! 落とし穴というものはもっと広く掘る物だ!」
 「ヴィ?」
 「だぁぁ!! そんな明かに何かあるような隠し方してどうする!」
 怒声が、小高い丘の向こうから聞こえてきた。
 「こんな所に誰がいるんだろう?」
 騎士は首を傾げ、興味半分に馬首を丘に向けた。
 「ワカメ,半径2mのモノは掘るのだ。相手が騎馬ならばそれくらいは必要となろう」
 騎士は小高い荒野の赤茶けた丘に到達,声の主を知る。
 眼下では一人の変わった服装の男と、数匹のバグロムが落とし穴を作っていた。
 ”なんでバグロムがこんな所にいるんだ?”
 「誰かを引っ掛けるつもりか?」左右を見渡すが、ここは街道ではない。
 よくよく見てみると、どうやら落とし穴を掘る練習をしている様にも見える。あちこちに無造作に縦穴が掘られていた。
 「ともあれ…」騎士は背負った槍を手にかける。
 「放っておいて良いとは思えないな,丁度クレンナさんから貰ったこの炎帝の試しくらいにはなるかな?」穂先が燃え盛る炎を象った赤い鉾を握り直し、彼は馬をバグロムの一団に向けて突っ込ませた。
 それに当然ではあるが彼らも気付く。
 「何だ?」
 唯一の人間の男は一騎特攻をかましてくる青年に目を向けた。
 「ヴヴヴ?」
 「ふむ、何だか良く分からんが敵のようだな。演習の成果を試すには丁度良い。カツヲ!」
 「ヴィ!」
 バグロム・カツヲの指示の下、6匹のバグロムが蹄鉄型のフォーメーションを組んで騎士を待ち構えた。
 ”ん?”騎士はバグロムの前で馬を止める。
 力任せの彼らが戦術らしきモノを用いるのは彼は目の当たりにするのは初めてだった。前回戦役の末期には一人の人間の男によりバグロムに戦術というものが行き渡り、初めて効果的に作用したとは聞いているが、彼のいたカシュクにおいては幸運にも、その頃侵攻は受けていない。
 槍を手に戸惑う彼に対し、ゆっくりとバグロム達は囲む様に近づいてきた。と、
 「き、貴様!!」
 その後ろに控えていた人間の男が騎士を見て憎しみと驚きの声をあげた。ひょろりとした、青白い不健康そうな肌の青年である。
 「み、み、水原 誠!! またまたまたまた私の邪魔をしにきたのかぁぁ!!」
 甲高い声に、思わず騎士は耳をつぐんでしまう。
 「何を言ってる? 僕はラマール=サード,カシュクの赤い彗星と呼んでくれぃ」
 白い歯がキラリ,しかし誰も呼んではいない。
 そんな彼の言葉をおそらく、いや絶対聞いてはいないだろう,男はヒステリックな叫び声をあげてバグロムの尻を蹴った。
 途端、ラマールの包囲を完了したバグロム達は一斉に和の中心にいる彼に襲い掛かった!!
 「へぇ、たいしたもんだなぁ,あの馬鹿正直なバグロムがねぇ」ニタリを不敵に微笑み、槍を構える。
 「でも」
 下段から上段へ,半円状に槍を一閃!
 「やっぱりこの程度の数じゃ、炎帝の力を借りるまでもないなぁ」
 振り返ることなく後方へ上段から下段へ180℃。
 今まさに接敵せんとするバグロム達5匹はラマールまであと数センチの所で動きを止め、
 ぼてぼてぼて
 倒れた。
 「何だとぉぉ!!」カツヲの背に隠れて驚愕の声を挙げる男。
 ラマールは気絶したバグロムを乗り越え、馬上から男を見下ろした。
 二人の間に緊張が走り、挟まれたカツヲは金縛りにあったように動けない。
 交錯する四つの瞳。共に普通人にはない,変態の色が宿っていたというのは後にパルナスという少年が記す事である。
 どこかに共通点を見つけたのか、先に緊張を破ったのは、
 「僕はラマール=サード,一緒に来ない? バグロムの指揮官殿?」
 槍を収め、微笑んで騎士は手を差し出す。
 バグロムの指揮官の名は、陣内 克彦といった。



 幻影の森という場所がかつてあった。
 そこはかつて先エルハザード文明の遺跡と、ユバ=ユーリウスという老人,イフリータという鬼神が息を潜めてささやかでいて幸せな暮らしを過ごしていた場所だ。
 しかし今やユバは故人となり、豊かだった森は朽ち、破壊された遺跡が無残に口を開いている廃墟である。
 生命の息吹が感じられない、そんな廃墟に一隻のエア・ボートが停泊していた。
 操舵者である女性は唯一、命の感じられる牌の前に佇んでいる。
 古代文字でかつてここに住んでいた者の名が刻まれた1m程の石碑,そこには真新しい花輪が幾つもかけられていた。
 花を捧げた当人は姿を現していない。陣内 菜々美は無言のまま、来訪者を待った。
 荒野の風が、遠慮なしに彼女に向かって吹きすさぶ。
 「誰だ?」
 突然の誰何の声に、菜々美は後ろを振り返った。まず最初に目に入ったのは石碑にかけられた物と同じ、淡いブルーの花輪。
 次に相変わらず無表情な、それでいて端正な女性の顔。
 「待ってたわ、イフリータ」菜々美は小さく微笑んで彼女と対峙した。
 「お前は…久方ぶりだな」
 表情を変えることなく、鬼神イフリータは彼女の脇を通りすぎ、石碑の花輪を新しいものと交換した。
 彼女は菜々美の幼馴染みである誠が追いかける『イフリータ』と同じで、しかし全く異なる個体だ。
 先エルハザード文明においてこの形式のイフリータは兵器として数体作られたと、現在では判明している。
 誠の知るイフリータよりも、ずっと表情の変化の乏しい彼女に菜々美は少しの躊躇いをもって尋ねた。
 「ここに住んでいるんじゃ、ないのね」
 「ああ、私を必要としてくれる者を見つけたから」
 ボゥ
 古い花輪がイフリータの手の中で灰となって消える。石碑の前で膝を付き、鬼神は誰に教わったのか故人に祈りを捧げた。
 応えるイフリータの横顔に、どこか幸せそうなものが菜々美には見えたような気がした。
 「それで」
 石碑の前で目を閉じたままイフリータ。
 「私に何か用があってきたのだろう?」
 「ええ」毅然と頷く菜々美。
 「カーリアが復活したの…何か…何でも良い、情報をくれない?」
 ピクリ,イフリータの肩が動く。
 ゴゥ…
 荒野を吹き抜ける風が鳴った,沈黙が続く。
 「ユバ…しばらく来れないかもしれない」そぅ小さく彼女は呟き、顔を上げた。
 真っ直ぐな両の瞳に菜々美が映る。
 「一度、ナバハスに戻る。話はそれからにしよう」
 抑揚なく話す鬼神に、菜々美は頷いた。
 直後、菜々美を抱えたイフリータは東に向かって飛び去って行く。



 フィリニオン興国首都アイオンの中心には、この地を統べる城が建つ。
 かつては砦として建設されてことを物語る、高い外壁に囲まれたその建物の一室に彼女はいた。
 「ミュリン様,お顔がすぐれませんが…?」
 「ええ,これを見れば誰でも青くなります」
 豊満な白い顎髭を胸まで蓄えた好々爺たる老将軍の心配そうな問い掛けに、少女は一束の書類を彼に手渡した。
 ここは女王執務室。
 使う者のセンスであろう、飾り気の少ない機能性に満ちた書斎であった。だが年頃の少女の感覚に合うとは一概には思えないが。
 フィリニオンの老将軍・ブリフォーは書類を一読。内容は至って簡単であり、解決は困難なものである。
 フィリニオンの北西に位置する小麦倉庫として名高いアンジェル地方,そこが最近続く大雨で水害が多発し、今年の小麦の収穫どころか住民の保護を行わなくてはならない状況に陥っているのだ。
 「治水工事をあと2年早めておけば、こんなことにはならなかったでしょうね」
 「過ぎてしまったことは仕方ありません。今はこの問題をどう解決するか、でしょうな」
 そう諭すブリフォーにミュリンは小さく頷くしかない。
 「そうですね。ハルファス殿に付近住民の保護と、治水工事のさらなる強化を命じましょう」
 ハルファスとは比較的若い、数少ないフィリニオン興国の幕僚の一人である。
 武力に秀でている訳でも知謀に勝れている訳でもないが、あらゆるニーズにもっとも対応しうる人物ではある。
 「ハルファス殿だけで宜しいのかしら?」
 女性の声に、2人は扉の方を振り向く。
 そこにはタイトなス−ツを着こなした30代前半の女性の姿があった。
 黒く長い髪を後ろで束ね、形の良いその面にはしかし、鋭い眼光が光っている。近寄りがたい,しかし美女ではある。
 「ユフィール様…」
 「ユフィール殿、ハルファスでは役不足とでも?」
 問うブリフォー。女王であるミュリンがこの女性を様付けで呼ぶのはブリフォーの呼びかたからも分かる通り、位が上であるからではない。
 ユフィールはブリフォーの言葉に小さく首を横に振る。
 「その報告を見るだけならば、十分でしょう。しかしアンジェル地方にはバルバトスの旧残党が組織的に動き出していると耳にしています」
 バルバトスとは現在のフィリニオンが成立する前の、敵対していた国家である。
 現在はバグロムとの戦いの為に双方疲弊し了解の上で合併したのだが、それに不満を持つ一派が少ないながらも存在している。
 「ほぅ」老将軍は感嘆の息を漏らした。
 「さすが、風の噂にお強い」
 「その為の、食客ではなくて?」苦笑するユフィール。
 彼女はアフラの先代の風の大神官であり、現在はこのフィリニオンの客として時々現れる。
 ミュリンの母と深い知り合いであったこともあり、当のミュリンに頼まれて滞在する事が多い様だが。
 「御忠告ありがとうございます。しかしまだバルバトス残党が活発に動いているなんて」
 「シオン殿がいるからでしょう?」無表情に、ユフィールは問う。
 シオン=バルバトスは幕僚の一人であり、バルバトス王家の血を引く唯一の人間ではある。彼が残党を保護し、転覆を狙っていると考えてもおかしくはない推論だ。
 そんな推論は誰でも持つ。しかしミュリンは首を横に振った。
 「彼はしっかりとやってくれています。今回の神の目の再封印に関しても根回しは完璧でしたしね。無意味に混乱を撒き散らすだけの困り者とは違いますわ」
 「そうかしら? 彼ならば残党を押さえることができると思いますよ。何せ彼こそ彼らの象徴なのだから」
 「それは建て前に過ぎません」
 きっぱりと、女王は言う。そこには確信の裏づけがあるようにも見える。
 「彼を買っているんですね」
 「買っていない者は部下にしていませんもの」クスリ,彼女は微笑む。それに対しユフィールもまた、無表情を崩して微笑んだ。
 彼女は若き女王を試していたのだろう。ブリフォーもまた、年甲斐もない元大神官に苦笑する。
 現在、急速に発展するフィリニオンに士官を希望する者は決して少なくはない。
 しかし実際は士官に合格するものは他国に比べて非常に難しいことは有名である。選考が厳しいのだ。
 「では…ブリフォー将軍,ハルファスと共に行ってくれますね」
 「その間の留守はお願いできますかな?」
 「分かりましたわ」小さく笑ってユフィール。
 「では明後日にでも出発できるよう手配してください」
 「御意」指示するミュリンに対して敬礼一つ,ブリフォーは白い髭を揺らしながら書斎を出て行った。執務室にはミュリンとユフィールが残される。
 「大変ね、少しくらい羽を延ばしたら?」
 砕けた言葉で、ユフィールは少女に言いながら椅子の一つに腰掛ける。
 「…今は、そんなことできませんわ」若き女王は苦笑。
 「貴女までまいっちゃうわよ。今夜は月の夜の祭りでしょう? シオンさんでも誘って」
 ペキ
 「な、なんで彼なんですか?!」思わずペン先を折りながら、ミュリンは慌てて反論した。
 月の夜の祭りとは一年の晴天と程よい雨を祈願する祭りだ。この祭りではリーデルという、皆で輪になって踊るこの地方独特の踊りが名物である。
 「それに…」ミュリンは一転、寂しげに呟く。
 「今日は父の命日ですもの」昔を思い出し、彼女は目を伏せた。
 「…いつまでもそんな顔をしていると、父上も成仏しませんよ」
 「だからといって、楽しく祝う気分にはなれませんわ」
 そんなミュリンの言葉に、ユフィールは困ったように頭を掻くしかなかった。
 遠く、今夜の祭の練習であろうか,楽しそうな笛の音が聞こえてきていた。



 日の光が惜し気もなく燦燦と振り注ぐ砂の大地。
 果てしなく続くかと思われる大地の一部分に嘘の様に緑が広がっていた。
 その様はまるで果てしない宇宙の中で惑星を見つけたときのような感動すら覚える。
 石、もしくは粘土づくりの建物がまるで碁盤の目のように整備された砂漠のオアシスに、人々の息づかいもまた、草木のそれ以上に活気づいている。
 街の真ん中に位置する大きめな石づくりの平屋。
 ロシュタリアはフリスタリカの白亜の城に比べると、大きさ・豪華さともに遥かに劣った作りではあるが、そこから発せられる品格と厳格さにおいては引けを取らない。
 砂漠の王国グランディア首都・グラスノーツ。その建物は王城でありかつ砦である、政治の中心地だ。
 外の熱気とは裏腹に、建物内はひんやりとして涼しい風すら吹き抜けていく。
 人気の少ない、薄暗い廊下を小さな靴音を響かせて一人の女性が歩いていた。
 手にはいくつかの封筒と書類,書簡。
 銀髪のショートカットが風に揺れ、細い面が顕になる。
 砂漠の民には見られない茶色の瞳に、色白の頬と額には紅で薄く文様のようなものが描かれていた。
 見れば彼女の纏う服も、砂漠特有の裾の長いローブではなく膝辺りまでしかない,これも紅色で幾何学文様が描かれた薄い黄色の素地の変わったものだ。
 どうやらこの土地の人間ではない様である。彼女は一つの扉の前で立ち止まった。
 ノックしようと右手の甲で扉を叩こうとするが、
 「それは認める訳にはいかない」
 扉の向こうから、ハッキリとした男の声が聞こえてくる。
 「何故ですか、殿下?」
 こちらは中年の男の声だ。何処か訛りがある。
 「バグロムがいた頃ならともかく、今となっては周辺諸国へ脅威を与えるに過ぎぬであろうが」
 「まだそのような甘いことを! 殿下もご存じでしょう? 敵はバグロムにあらず、人の中にこそあったということを、先の戦でも…」
 「口が過ぎるぞ、ハーゲンティ。お前が口を出す問題ではない」
 「…申し訳ございません」
 「いいから下がれ。とりあえずは国王に提出はしておく」
 「はっ」
 女性は扉から一歩後ろへ下がる。同時に扉が開いて灰色の長い髪を後ろで結んだ、どこか茶目っ気のある中年が現れた。
 殺傷能力すら有する日光から身を護る暗紫色のローブを纏い、目で笑って彼女に挨拶。
 彼はそう彼女を一瞥しただけで、何事もなかったように彼女のやってきた廊下を戻っていった。
 その後ろ姿を見送り、彼女は扉をノッキング。
 「入れ」
 「失礼します」
 扉の向こうには、執務机を前にした青年が難しい顔をして椅子に背を預けていた。
 と、彼は訪問者の顔を見るなり頬をほころばせる。
 「シャーレーヌ,戻ったのか!」
 「お久しぶりです,フレイア殿下」シャーレーヌは恭しく頭を下げた。
 彼女が殿下と呼ぶ青年は年の頃は20歳くらいであろう,先程のハーゲンティと呼ばれた中年と同じ、灰色の髪に浅黒い肌を持った活発そうな男性であった。典型的な砂漠の民である。
 「オヤジも戻ったのか?」
 期待を込めたフレイアの言葉に、しかしシャーレーヌは首を横に振って書簡の一つを差し出した。
 途端にフレイアの顔が強張り、書簡を開いて速読する。短かったのであろう、すぐに読み終え、
 「ぐわぁぁぁ!!」頭を抱えて叫んだ。
 「またか、またあのクソオヤジは斧を振り回してるのかぁぁ!!」
 「まぁ、地走りを目の当たりにして放っておくことはできないでしょう?」
 苦笑いでシャーレーヌ。
 ロシュタリアからの会議の帰り、国王サンタバレヌスは砂漠に巣くう地走りに遭遇した。
 地走りとは地中を移動する全長10m以上にも成長する巨大な肉食のミミズで、周辺部族に最近被害が多発しているのだという。
 「しかしなぁ…デスクワークが出来る人間をもうちょっと雇ってくれないかな? 俺一人じゃ限度があるぞ」憮然と彼は反論する。
 「だから私が一人、早馬で舞い戻ってきたんですよ」小さく笑って彼女。
 グランディエは広大な砂漠と一部の荒野に住む、多くの遊牧民を束ねる集合国家である。
 自由奔放を身上とする彼らは、基本的には権力を望みもしないし屈したりもしない。サンタバレヌスやその息子のフレイアなどは体の良い町内会の会長さんみたいなものなのだ。
 また計算や書類作成などを司る書士が、この国では圧倒的に不足している,遊牧民の中から慣れ親しんだ生活を捨てて、好んでやる者などいないのが主原因だ。
 故に、シャーレーヌのような他国人を雇っているのだが、性質上重役に座らせる事は出来ない。
 「何分数も多いようなので、サンタバレヌス陛下も苦労なさっておいでです。2,3ヶ月すれば一掃できる事でしょう」
 「2,3ヶ月かぁぁ…」がっくりと肩の力を落とすフレイア。
 実はサンタバレヌスの計算及び書類作成能力は群を抜いている。誇大ではなく、彼一人いればこの国を運営して行く事が出来るほどだ。
 「まぁ、君が戻ってくれただけでも助かるよ。色々頭が痛い問題が多くてね」
 気を取り直してフレイアは笑って顔を上げた。
 「ハーゲンティ殿のことですか」
 「聞いていた?」
 「少しだけ」言って彼女は小さく舌を出す。
 「研究費をもっと捻出しろとな,何か重要な先エルハザードの技術を蘇らせたいらしい」
 頭を軽く掻いて、フレイアはうめく。
 「今の年予算では厳しいですね」
 「ああ、しかしあいつの技術の功労によってこの国は何度も救われてはいる。無視はできん」大きく溜息。
 「あまり深刻にお考えにならない方が宜しいかと」
 努めて明るく、シャーレーヌは王子に告げる。しかし何事も真剣に考えてしまうこの若者の癖を良く知っているが故に、それが無駄な事は良く分かっていた。
 “そんなところが放っておけなくて、未だにここにいるんだけどね…”
 思わず微笑む彼女、それにフレイアは憮然と言った。
 「笑い事じゃないって。これには…」
 「幻影族が絡んでいる,とおっしゃいたいのでしょう?」
 ガタリ,フレイアは慌てて立ちあがる。拍子で椅子が後ろ倒れた。
 「何故それを!?」
 「奥様井戸端会議で」
 「嘘つくなってば」
 「私にも独自の情報網があるんです。だからこそ、先に戻ってきたんですから。もっともこれは陛下には進言しておりませんけどね」
 フレイアは椅子を直し、大きく息を吐いて背もたれに沈んだ。
 「で、どう出る気だ?」
 疲れの中に、やや期待したものを秘めて彼は尋ねる。
 「俺は平和主義者だから戦いは勘弁してくれよ」
 「さぁ? どう出ましょうかね…」挑戦的に微笑んで、シャーレーヌはフレイアの困った顔を半ば面白そうに見つめていた。
 砂漠の熱砂を伴った風が城の中で冷やされて、涼風となって二人の頬を撫でて行く。



 足元から軽快な笛の音と人々の笑い声が聞こえてくる。
 彼女はそんな音を聞きながら、遠く街の果てを見つめていた。
 「やはりここにいらしたんですね,ミュリン様」
 不意に背後から自分自身に掛けられる声に、慌てて振りかえる。
 「シオン…どうしてここが分かったの?」
 ミュリンは目を大きく瞬かせて、訪問者を見つめる。
 街を見下ろせる時計台の屋根の上,ここを知るのは自分と、あの変わった少女だけと思っていたのだが。
 「教えてくれたではありませんか」彼は静かに笑って続ける。
 「?」首を傾げるミュリン。
 「まだバルバトスと言う国があった頃、貴女は私にこの場所を教えてくれた。友達の印にって」
 「…そんな頃もあったわね」遠く、彼女は思い出す。
 まだ6歳くらいであろうか、同い年の子供が珍しかったあの頃、何らかの国同士の祭事で訪れていたシオンと知り合った。
 たった二日だけだったが、すぐに仲良くなれた思い出がある。
 「あの頃は、父も母も生きていたっけ」
 「その頃に、戻りたいですか?」シオンは問う。
 「う〜ん、どうかな?」苦笑する。しかし彼女の答えははっきりしている。シオンは場違いな質問に己の愚を責めた。
 一際大きな笑い声が、足元から聞こえてくる。
 「お祭り、行きませんか?」
 「そうね…貴方が友達だっていうのなら、一緒に行ってあげる」昔の様に意地悪く笑って、ミュリンは問う。
 「?」
 「普通、友達は敬語なんて使わないものよ」
 「癖は抜け切れないですし…」困って頭を掻くシオン。
 「使い分けも、大切よ」
 「不器用なものでね」
 「裏表のない人ね」ミュリンはしかし、嬉しそうに微笑むと立ちあがり、差し出されたシオンの手を取る。
 「踊りましょうか,10年振りに」
 「昔のように足を踏まないで下さいね」
 二人は微笑み合いながら、時計台を降りていった。



 「そもそも征服というものなぁ…」
 カツオに乗ったひょろりとした男・陣内 克彦は、隣で馬に跨る青年にとくとくと説明をたれる。
 青年は青年で、
 「そもそも美少年というのはだね…」
 こちらも説明をたれている。
 果たして二人の会話は全く噛み合っていなかった、というよりもお互い好き勝手に喋っているのだ。
 「「…ということなんだ」」
 語尾がピタリと、練習に練習を重ねたシンクロナイズドスイミングの二人組のように合った。
 彼らは二人、お互い顔を見合わせ、
 「「気が会うな、私達(僕ら)!」」
 その後ろで5匹のバグロム達がうごうごと、嬉しそうに相づちを打った。
 「ひゃ〜っはっはっはっはっは!」
 「あ〜っはっはっはっはっは〜!」
 どちらともなく笑い出す。変態同士は異なる領域であっても馬は合うようである。
 「ところでだ」ぴたりとお得意の高笑いを止め、陣内は真面目な顔を隣の男,幼馴染みであり憎き敵であり、永遠のライバルである(一方的だが)水原 誠そっくりのラマール=サードに問いかけた。
 「ラマール、お前はどこへ行くつもりなのだ?」
 陣内は個人的都合でバグロムの本拠地である元カーリアの遺跡に帰れないでいたのである。演習訓練をしていたのは帰らない口実であった。
 「ココリコ山の麓・アクーナの街さ」さらりとラマール。
 「アクーナ? 寂れた炭坑の街か? もはや何も出ないあんな街に何の用がある?」
 アクーナは彼の言う通り、半世紀前までは主に石炭を多く産出していたが、現在では掘り尽くされて過疎化の進んだ街と化している。
 それを異世界人である陣内が知っているというのは、さすがはエルハザードの完全征服に一時は王手をかけただけのことはある。
 「石炭なんかよりも、ずっとすごいものがあるんだよ」
 「ずっとすごいもの…だと?」
 「そう…鬼神さ」
 「鬼神…か」陣内は驚き半分、苦い顔半分を浮かべる。
 実の所、彼にはロクな思い出ではない。イフリータには彼が主にもかかわらず、宿敵である誠に寝返るわ、復讐の鬼神・カーリアには逆に利用されるわ、仮初めの鬼神アブザハールに利用され、今の配下であるイフリーナはドジで使い物になりゃしないわ…
 もっとも鬼神は、彼ですら御し難い力を持った存在である事は確かだ。バグロム『軍』というより野盗の集団程度の国力(?)しかない現在、手駒として欲しいところではある。
 同じことを考えているディーバは最も効率的な方法を陣内に迫っているのだが、それ故に彼は本拠地に帰れないのは余談である。
 「…まぁ、いい。気が向いたから同行してやろう」
 「そうかい。期待しているよ」
 陣内の卑怯/狡猾回路が爆走中なのを横目で観察しつつ、ラマールはラマールなりの卑怯回路を回転させていた。



 山頂近くに白い帽子をかぶったココリコ山とそれに連なる数千m級の山々。
 初夏である今、ココリコ山系はその山一つで夏から真冬までを体験できる。
 その一角に寂れた街があった。
 人口およそ300名ほど,今や若者の姿は全く見られない、沈んだ雰囲気の街・アクーナ。
 8つの人影はしかし、街に立ち寄ることなく大きく迂回し、廃坑となった鉱山へと向かう。
 目的のものはすぐに見つかった。
 「これが…」
 「鬼神の祠…か」
 二人は岩壁に嵌った両開きの扉を見上げる。それに倣う様に後ろに控える6匹の虫達も見上げた。
 廃線となったトロッコが向かう先は闇。ぽっかりと開いた、かつては賑わっていたのであろう、巨大な坑道の入り口から離れること50m。
 90度に真っ直ぐ切り立った岩壁に高さ5m、横幅はやはり5mはあろうかという扉が佇んでいる。
 材質は不明。表面には何かの衣装が凝らしてあったのだろうが風化が激しくただボコボコしているだけに見える。扉の片隅にはカラカラに枯れた花束が供えられていた。
 鬼神を祭ったものであろうが、最近は誰もここに足を踏み込んでいない証拠である。
 「イクラ、タラ!」
 陣内の掛け声に後ろに控える虫が二匹、ずずいと前に出て扉に手を当てる。
 「行け!」
 「「ガガガガガ…」」
 思いきり押しているらしい…が動きもしない。
 「マスオ、カツオ!」
 「「ウィ!!」」
 増援、計4匹のバグロムの怪力でもびくともしない。まるで岩壁に描かれた扉の絵を押しているような錯覚まで覚える。
 「ダメか…こうなったら」
 「何か手があるのか?」
 陣内はラマールを見る。彼は愛馬から自慢の槍を取り出して構えた。
 「…何やっている?」
 「カツヒコ,それに皆、危ないから下がっていた方が良いよ。大砲をぶつけるみたいなものだから」
 「?? ラマール、何を言って…」首を傾げながらも、陣内はカツオ達とともに岩壁から結構離れた草むらの中まで避難。
 それを横目に見届けたラマールは、槍を上段に構え直した。キッと扉を見据える。
 「炎帝/クレンナの名に基ずき/起動!」神官の旧公用語を叫ぶ,途端、炎の形をした穂先から紅蓮の炎を纏った蛇が生まれた!
 それはゆったりと槍に、ラマールに巻きつき…
 「いかん,あれは!」陣内は物陰から叫ぶ! ラマールの炎に包まれたその姿は、彼の苦手な炎の大神官のキレた時を彷彿とさせた。
 「やめろ! ラマール!!」
 「てりゃぁぁぁ!!」陣内の声は届かなかったのだろう,炎の破壊力を纏った炎帝を扉に叩きつけるラマール。
 どごごごごごっ!!
 赤赤赤…爆炎が舞い散る。
 轟音、爆発! それは陣内とバグロム達の聴覚を一時的に奪った。
 もうもうと上がる砂煙が収まる頃には、消し飛んだ扉と薄闇の祠の奥に通じる回廊、そして入り口に積もった扉と岩壁のカケラの山があった。
 「…石炭が掘り尽くされておって良かったな。カツオ、イクラ、ワカメ、タラ…あの単細胞を掘り出してやれ」
 「「ウィ!」」
 陣内は余興に痛む額を軽く押さえ、二匹のバグロムを連れて先に中へと進んでいった。


 「んな!」陣内は絶句する。
 回廊は案外短く、一本道を数百m下に下にと進んでいくと円形のやや広い部屋に差し掛かった。
 そこは陣内がかつて見たのと同じ、イフリータが収められていた棺の部屋に似た構造をしている。だが、部屋の中央、鬼神がいるはずのその場には鬼神の影も形もないではないか!
 「あだだだ…やっと追いついたよ、カツヒコ。鬼神はどこだい? 伝説の美少年は? 永遠に主の為に仕えてくれるという僕のハニーは?」
 「んなもん、おらんわぁ!」
 めしぃ、陣内の渾身の一撃がラマールの頬に炸裂した。
 「ぐふぅ…良いパンチだ、ジョー」
 「どうして貴様があしたのジョーを知ってるんだぁぁ!!」
 「まぁまぁ、そんなに怒ると血管が破れるぞ」
 「原因はお前だろうが!」
 「ところで、本当に鬼神はどこにいるんだ?」
 ラマールは鬼神の眠っていたと思われる、部屋の中心にあるガラス製の棺の蓋を開けた。
 中にはいびつな形をした杖が一本。ラマールは取り出した。見た目ほど重くはない。
 「それが鬼神のゼンマイだ、そいつで鬼神のゼンマイを巻いた者が、主になる」
 「へぇ…」まじまじと見つめるラマール。
 先端にサッカーボール大の赤い球体が取りつき、軽いが金属製と思われる杖身。宝玉と反対側の先端は細いハリガネのような物が何本も突き出ている。
 「ウガガギ!」
 カツオの声に二人は振り向く。
 「「!!」」同時に納得。この鬼神の安置所の一角に無粋な穴が開いていた。人が通り抜けられるような穴だ。
 「ウガウギ!」穴の向こうを覗いたカツオは事の次第を陣内に報告。穴の向こうは坑道だった。
 「ようするにだ、これは…」ラマールの言葉を陣内は確認する様に続けた。
 「鉱脈を探して掘り進めた鉱夫が、たまたまここにヒットした。で、鬼神を持ち去ったということだ」
 「しかし鬼神は起動していない」ラマールは手にしたゼンマイを見つめて一言。
 「街の人間に聞いてみるのが早いかもしれんな。よもや死体と間違えて墓を作っている、何て事はないと思うが」
 そんな陣内の自嘲めいた呟きは、まだそれの方が良かったと思う事となる。



 「それはウチのパデト爺さんの所にある神像のことじゃないかな?」
 いきなりヒットした。
 アクーナの街の中心にある噴水広場。人の行き来が少ないこの場所で、陣内とラマールは一人の男を捕まえたのだ。バグロム達は街外れに待機している。
 「神像?」
 「詳しく聞かせていただけませんか?」
 「ええ」青年は暇なのか、二人の旅人に事の次第を語り始めた。
 今から20年ほど前の石炭が掘り尽くされようとしていた頃。
 まだ鉱夫として現役だった彼の祖父が炭坑で不思議な部屋に行き当たった。今思うとそれは先エルハザードの遺跡だったのかもしれない。(その通りなのだが)
 そこにはまるで今にも動き出しそうな人形が一体、安置されており、彼の祖父はそれを持ちかえったそうだ。もともと収集グセのある祖父の家はそれこそガラクタ屋敷であり、その人形も実際ガラクタの中にしばらくもぐりこんでいた。
 しかし半年後に炭坑がついに廃止され、見る間にこのアクーナが寂れる中、彼の祖父は町おこしの一環として思い切って新興宗教を創めたのである。
 急遽こしらえた彼の家を改造した神殿には、丁度良いとばかりに発掘された人形を御神体とされて飾られた。
 だがあまりに怪しげな神殿と、「人類みな兄弟」という安易過ぎる教義に振り向く者はおらず、信者0のまま頑固にも現在に至る。
 「…いや、教祖が爺さんだから信者は一人かな」
 「その家、もとい神殿はどちらに?」
 「街外れさ。ここから真っ直ぐ行けば…遠目でもすぐに分かると思うよ」
 「そうか」
 「どうもありがとう」
 青年は笑ってその場を去って行く。しばらくラマールと陣内はちょろちょろ湧きあがる噴水を見ていたが、どちらともなく呟いた。
 「どうする、カツヒコ」
 「押し入るか、ラマール?」
 「いや、面倒が起きるのは僕の立場的にマズイ。出来れば穏便に、相手も納得の上で引き取りたい」
 「…では、そうだな。私に考えがある」
 ニヤリと陣内は自信たっぷりに微笑んだ。



 その日の夕方、まるでエジプトの神官のようなトコトン派手な服を着た陣内と、それに仕えるように派手だが抑え目の礼服を着たラマールがいた。
 2人の後ろには頭から真っ黒のフード付きマントを被り、正体が分からない様にしたカツオをワカメが布に包まれた2mほどのものを二匹で運びながら付いてくる。
 二人は廃坑から迂回して街外れへと赴いていた。
 目の前には…
 「何だ?」
 「これは…」
 「「ウガガ…」」
 絶句。青年から聞いてはいたが気色悪いほど派手な家だった。
 屋根には金のしゃちほこ(?)、玄関は真っ赤な鳥居とタンディライオンの置物。
 長く続く中庭には何故かパチモンくさい大仏3つにミロのビーナス、ひまわりが所狭しと咲いている。
 建物の柱はパンテオン作り。その全てが何故かエルハザードではなく地球のもののような気がするのは陣内の錯覚であろうか?
 「聞いた以上に派手好きのようだな」胸を張って陣内は中庭を堂々と進む。
 「うまく行くかな?」その後ろに従ってラマールは自信なさげに呟いた。
 「うまく行くかな?ではない。うまくするのだ」振り返る事なく陣内は進んだ。一行は神殿の中に入る。
 「たのもう! パデト教祖殿はいらっしゃるか?!」
 ラマールの良く通る声が神殿の中に木霊する。とはいってもそんなに広くはないが。
 その神殿の奥、台座のような物の上に一人の人が立っているのがうっすらと見えた。
 長い黒髪に閉じた瞳、白い肌。均整の取れたプロポーションを兼ね備えた『女性』の像だった。
 ”クレンナさまぁぁぁ!! 騙しましたねーーー!!”心の中で絶叫するラマール。
 彼の『従順な美少年との甘い私生活』という綿密な計画がいともあっさりと砂と化す。
 「入信者かね?」
 ラマールのそんな心の内など関係なしに事は進む。神殿の奥、おそらく居住空間であろうお茶の間から姿をあらわしたのは一人の腰を曲げた老人だった。
 銀色のぴかぴか光った服を羽織り、そこには十字やら六芒星やら日の丸やら良く分からない刺繍が金色でされている。
 もっとも派手さでは現在の所、陣内の方が勝っている。彼の頭上には電球で点滅する王冠が乗せられているのだから。
 「あ、あなた方は!」思わず敬語で慄く老人教祖。
 陣内の睨んだのは『とことん派手に行けば、この手の爺さんは偉い身分だと思うだろう』とのことだ。根拠はないが睨んだ通りなのは、どうやらこの爺さん,陣内とは同じ穴のムジナのようである。
 そんな老人に陣内は答えずに変わってラマールが答える。
 「ここにおわすはイナンジ真理教・絶対にして最高位の教祖様、イナンジ様であ〜る!」
 「なんと!」驚愕の老人。ちなみにそんな宗教はエルハザードどこをさがしてもない。勢いだけだ。
 とことん厚顔な陣内は、老人の存在に今気づいたといった風に目を向け、悠然と語り出す。
 「そなたが、パデト教祖殿か?」
 「う、うむ! アクーナ平和教の教祖・パデトじゃ。イナンジ殿、一体ここへ何用で?」どこか恐れを抱いた声色で老人は尋ねる。
 「そなたのアクーナ平和教,モットーは『人類みな兄弟』だそうだの」
 「その通り!」
 「その教え、我等イナンジ真理教のそれを全く同じ。この事実は我等が兄弟ということではありませぬか?」
 とうとうと語る陣内に、老人は鼻じろむが何より今までロクに聞く者がいなかった自分の教義を知っていたのが嬉しいのだろう,鷹揚に頷いた。
 「なんと、そうでしたか! 志同じくする者同士、という訳ですなぁ」感慨深げに彼は息を吐く。
 「そこでお願いがあるのです」こちらはラマール。彼は真摯な目を老人に向けて続けた。
 「我等イナンジ真理教にパデト様のお力をお貸し願いたいのです!」
 「我が力?」びっくり顔のパデト老。
 「パデト殿にイナンジ真理教のアクーナ支部長になっていただきたいので御座います」
 「な、なんと?!」
 陣内が優しげな視線を老人に向けた。
 「志も同じ、ここは宗派を超えて我等イナンジ真理教に帰依願いたいのです。パデト殿が支部長になっていただければ、全国10万の教徒達も安心します故」
 「じゅ、10万?!」2度ビックリのパデト。ラマールは耳打ちする様に言った。
 「来年には20万、再来年には…いえ、言いますまい。真なる教えは確実に心に届きます」
 「それほどまでの規模の、それも教祖直々…教義も同じとは…」
 ぶつぶつ呟く老人に、陣内は畳み掛けるように言い放つ。
 「どうかパデト殿のお力を…」彼は『頭を下げる』,それをパデトは慌てて止めた。
 「イナンジ教祖様、貴方の誠意は私に、何より我が神にしっかりと伝わりました」
 「「では!」」
 「ええ、同じ教義であれば、同じ道を進みましょうぞ!」力強く老人は言い放つ!
 「その勇気、賞賛に値します」と静粛に陣内。
 「では、これを。我等が神の神像に御座います」ラマールは後ろの二匹に合図する。
 カツオ達は担いでいたその荷物の梱包を解き、覆っていた布を取る。
 「おおおっ!!」パデトは思わず目を細めた。
 沈み行く夕日の赤い光りを乱反射する黄金の陣内像(美化525%)。もちろんペンキで金色に塗った物だ。ちなみに製作はタラである,器用だ。
 「代わりにアクーナ平和教の神像を、ロシュタリアにある我等が本部の神像とともに祭りたいのですが…」
 「おおぅ! そこまでして頂けるとは…20年来、ここまでやって来た甲斐があると言うものです!」うっすらと目に涙する老人。
 その答えを聞いた陣内とラマールは、二匹のバグロムに目配せして黄金の陣内像を鬼神と入れ替えた。鬼神を布で包み再び二匹は担ぐ。
 「ではパデト支部長殿,布教をこれまで同様、宜しくお願い致します」陣内は老人の手を握り、別れの挨拶。
 「ええ、お任せ下さい! …今日はもう遅い、我が家で申し訳ないが泊まっていかれては?」
 「お心遣い、ありがとうございます」ニッコリと陣内スマイル。選挙時の政治家のようだ。
 そこにラマールが付け加えた。
 「明日早朝、ガナンで講演を控えているもので。これよりすぐにでも発たないといけないのです」
 「そんなお忙しい中をわざわざここまで…分かりました、イナンジ教祖様、アクーナはこのパデトめにお任せ下さい! そして神像も…宜しくお願い致しますぞ」
 「お任せ下さい」力強く陣内。
 「では、宜しくお願い致します」ラマールとバグロム×2が頭を下げ、
 4人はパデトが見送る中、アクーナの街を去って行った。



 「感心するよ、カツヒコ。あんなにペラペラ嘘付けるなんてさ」
 「どこに嘘があった?」
 再び廃坑にて、一息ついた一行は鬼神を見上げて呟いた。
 「信者数とか、君の像を神像にしているとか」指を折って数えるラマールに、陣内は憮然と反論。
 「バグロム全盛の頃はみな、私のことを神の様に崇めておったわ。それに10万どころではなかったぞ」
 「…そか」まんざら真っ赤な嘘ではないのだが…
 「まぁ、どうでも良いさ。問題なくてには入ればこっちのもんだしね」
 改めて神像もとい鬼神を見つめるラマール。
 美少年と聞いていた鬼神は20代前半の美女だ。全く、彼の守備範囲外である。
 だが指令は守らなくてはならない。ちゃんと連れ帰らなかった日には…強暴な元・炎の大神官に焼き殺されてしまうだろう。
 空はすでに星空となっている。今夜にでもここを去るつもりだ。
 しかしその前にやらなくてはならない事がある。
 「で、カツヒコ,この鬼神だけど…」
 「もちろん、私のものだ,カツオ!」
 指示を出す陣内,バグロム6匹が素早く動き、しかし一瞬早くラマールがゼンマイを手にした。
 カツオはラマールの武器が納まった愛馬を,残る5匹がラマールを包囲する。
 「ラマール、武器ナシで我が精鋭達を払い抜けることが出来るとでも思うのか?」
 嬉しそうに陣内が包囲の輪の外から問う。
 「怪我をしたくなかったらそのゼンマイを私に渡すのだ、ふひゃ、ふひゃひゃひゃひゃ〜〜!!」
 「ヤだね!」アカンベーのラマール。
 陣内は高笑いを止めると、無表情に右手を上げた。
 「やれ」
 「「ウィィィィ!!」」
 一斉に襲いかかるバグロム5匹!
 ラマールは身を屈め、真っ先にやって来たマスオの額に目掛けて下から突き上げるような鋭い上段蹴り!
 「ウゲ!」後ろに倒れそうになるマスオの足を掴む…と
 「何だとぉぉぉ!!」陣内は絶叫!
 「マスオアタ〜〜〜ック!!!」絶叫のラマール!
 体重は300kgはあろうかというマスオを片手で振りまわすラマールの姿がそこにはあった。
 体重のあるマスオを武器にして、バグロム達は一瞬どうしたら良いのか分からずに直撃を食らい、あっさり倒れて行く。
 最後にカツオに向けて投げるラマール,カツオは目を廻した同僚に押し潰された。
 「き,貴様、人間か?!」陣内は累々と横たわる部下を見渡し、額に汗。
 「うん。これで、僕がこの鬼神の主だってことに文句はないね?」
 「まぁ、今回は譲ってやるわ」引きつった笑いを浮かべる陣内に微笑みを浮かべつつ、ラマールは直立する鬼神の背中を見る。そこには古文書の通り小さな穴が開いていた。
 彼はゼンマイの先端をそこに突き刺す。
 瞬間、バチィと電光が散る。
 「さて」
 ラマールはゼンマイをギリギリギリギリ巻いて行く。
 ゼンマイが、鬼神が、ラマールの体から放電が始まり、それらは鬼神に吸収されて行く。
 ギギィ…
 ゼンマイを通して放電するラマールが限界まで巻いた時だった。
 「ん…」
 鬼神の目が開く。
 パシュ!
 紙風船の空気が抜けたような音を残して、辺りの緊張と放電が一気に収まった。
 ゼンマイを引き抜くラマール。その彼に、目を開いたばかりの鬼神はまるで神のような威厳の気を纏って、彼に振り返る。
 主を、確認するかのように目を見開く彼女。その形の良い唇に桜色の生気が宿り、小さく動く。
 「…何だ、ガキじゃん」
 呟くような、小さな声。しかししっかりと二人の耳には届いていた。
 「「はい?」」
 ラマールと陣内は同時に間の抜けた声を出していた。第一声が全く予測しなかったものだったのだ。
 鬼神は辺りをキョロキョロ見渡すと、ふぅと肩を竦ませる。
 「何よ、やっと目覚めと思ったら、ガキ2人に虫だけ。カッコイイおじさまはいないのかしら?」
 「誰がガキだよ、だれが!」ラマールが憮然と言い放った。
 「僕だって鬼神が美少年だって聞いてたから楽しみにしてたけど、よもや年増のおばさんだとは思わなかったよ」
 「こ、このナイスバデ〜を捕まえて、おばさんですって!!」長い髪を逆立てる鬼神。
 「12歳以上はみんなおばさんさ!」(問題発言)
 「ぬあんですってぇぇ!!」
 バチバチバチ!
 ラマールと鬼神の間で火花が散る。
 「ちょ…まぁ、その辺にしておけ」珍しく仲介に入る陣内。この後に起こりうる大戦争の巻き添えを避けただけかもしれない。
 彼は鬼神に向き直り、改めて尋ねた。
 「鬼神よ、お前の名は?」
 陣内の問いに彼女は答えまいかしばらく迷った後、ラマールを一瞥した後にこう答えた。
 「イフリーテスよ。体はこのガキに仕えるけど、心まで思い通りになるとは思わないことね!」天然なのか故意なのか,屈折した答え方をする鼻息の荒い鬼神だ。
 「僕だって仕方なくお前の主になってやったんだ。目覚めさせてもらって有り難く思うんだな!」
 「ふん!」
 「ケッ!」
 お互い背を向けるラマールにイフリーテス。
 陣内は大きく溜息を吐きつつ、ようやく目を覚ました部下達に目を向けた。
 「帰った方が無難かもしれないが…いや、帰れんわ」
 迫り来るディーバの只ならぬ雰囲気を思いだし、身震い一つ。
 疲れた表情で目の前の若者と美女に視線を戻すしかなかった。

To Be Continued... 



キャラクター考察・第三回 『シェーラ&アフラ』

 行動派のシェーラと理論派のアフラ。
 全く対称的な二人だからこそ、関係も長く続くんでしょうね。
 この二人の出会いはTV版によれば神官の修行時代からの様です。その頃から毛色の違う相手を意識していたみたいです。
 シェーラは幼い頃、前代の炎の大神官クレンナに憧れて神官への門を叩き以来、まさに腕力で大神官の座を獲得した、全く炎の様に激しい性格の女性です。
 典型的な姉御肌で、熱しやすく冷めやすい,裏表のないさっぱりした性格ですね。またバグロムに負けず劣らず(?)純粋で、色恋沙汰はてんで苦手,誠に片想いを続ける可愛い一面も持っています。
 大神官,それも破壊力を内包した炎を司るだけあって、おそらくエルハザードという世界において人間という枠では最も強い攻撃力を有していると思われます。
 方術を抜きにして体術の点でも秀でたものを持っており、典型的な攻撃ユニットですね。
 対してアフラは代々神官の家系に生まれ、英才教育を施されてエスカレーター的に神官への門を叩いたそうです。
 無駄な行動を嫌い、計算高く行動する反面、シェーラのような無鉄砲さを何処か憧れている一面もあります。ともあれ、「ちゃっかり」という言葉が一番似合うキャラクターですね。
 彼女の操る風の方術は攻撃力こそ炎に劣るものの柔軟性を有しており、かまいたちのような真空破ばかりでなく、風による浮遊や防護なども可能な模様。
 彼女の性格なのか、風の門による仕事なのか非常に博学であり、ストレルバウには劣るものの高い知識と教養を有している様です。
 アフラに関して、彼女のプライベートな気持ちや行動などはシェーラとまるっきり異なり、表だって現れることなく全くの闇に包まれています。
 感情を表に出す事が少ない為にか,はたまた突き放したような京言葉にか,あのファトラ&アレーレですらあまり付き纏う様子もありません。怒らせたら殺される(社会的にも)ことを本能的に察知しているのでしょうか(汗)。


 ともあれ、シェーラとアフラは本気で喧嘩が出来る唯一の仲であり、それ故に親友であるようです。
 お互いの欠点を補え合えるこの二人ならば、しばらくは大神官の位は安泰ではないでしょうか?


[第弐夜] [TOP] [第四夜]