Elhazard The Shudderly World !! 



戦慄の世界 エルハザード

第四夜 乱戦の世界へ



 ナバハスという港町がある。
 ロシュタリアの北,ガナン公国に属し、人口わずか1千人にも満たない小さな街だ。
 港、とは言っても街の東側に面する水面は塩辛くない。
 横たわるは広大なる聖大河である。
 当然、その対岸には神の目によって破壊されたバクロム帝国の荒れ果てた大地が広がるのだが、川幅が広すぎるために水平線しか見えない。
 異世界人である水原 誠に言わせれば、「海やんけ!」とツッコミを入れたはずである。
 そのナバハスの港街の西には、豊かな森が広がっていた。
 街外れの森に面した所に、一件の家が建っている。木造平屋の、エルハザード東部においては標準的な一軒屋だ。
 あくまで標準なその家の前に、一人の少女を抱えた女性がひらりと降り立った。
 どこから?
 空からである。非常識である。
 「着いたぞ、菜々美」
 「はへぇぇぇ〜〜」
 女性に大地へと下ろされた少女は足をふらつかせ、再び女性に抱き止められる。
 「大丈夫か?」
 「だ、大丈夫な訳ないでしょ、イフリータ…」
 恨みがましい声色で、菜々美は鬼神イフリータを見上げた。相変わらずそこには表情と言うものが感じられない。
 「時速何キロで飛んで来たと思ってるのよ?」
 「マッハ2程度だ」
 「ほ、ほんと?!」目をひんむいて菜々美は驚愕。
 「ウソに決まっているだろう?」あくまでポーカーフェイスを保ったまま、イフリータは返した。
 「…冗談は言うのね」
 「ユバは良く言っていた」遠い目で鬼神は今や亡き男を思う。
 「いや、あの、冗談っぽくない冗談言われて、さらにそんな目されちゃあ、アタシの立場ってどうしたらいいのかなぁ…って」
 バタン,唐突に家の扉が開いた!
 菜々美は視線を鬼神から玄関戸へと向ける。
 「イフリータ、おかえり!」7歳くらいであろうか,腰まである長い黒髪を赤いリボンでくくった、瞳の大きな少女がイフリータの膝に飛び付いた。
 「ただいま、マリエル」
 「え…?」
 にっこり笑って、イフリータはマリエルと呼んだ少女を抱き上げた。
 「イフリータ?」怪訝な顔で菜々美は鬼神を見つめる。
 腕の中の少女に、菜々美ですら見入ってしまうほどの優しい微笑みを浮かべる鬼神。
 その笑みに、菜々美は元の世界にいる母の顔を何故か連想してしまった。
 「何だ? 菜々美?」無表情で顔を向けるイフリータ。
 「え、いや…アンタにもそういう笑い方って出来るんだなぁって思ってさ」
 「??」理解不能を無表情の中に現す鬼神。
 「何でもないわ。ところでこの子は?」
 菜々美はイフリータの腕の中の少女に視線を向ける。菜々美を何処か怯えた表情で見つめている、人見知りが激しいのだろうか?
 「こんにちは、私は菜々美。イフリータの古い知り合いなの」
 イフリータの,と言う所で少女の警戒があっさり解け去ったのが菜々美には分かった。
 「こんにちは、お姉さん。わたしはマリエル!」
 菜々美に笑顔で答える少女マリエル。
 「マリエルちゃんね,ヨロシク」
 「半年ほど前から、私はこの家にお世話になっている」そんなイフリータの言葉に菜々美は首を傾げる。
 このイフリータの主であったユバ=ユーリウスの住む幻影の森,彼女はそこの守人も兼ねていたはずだった。それが何故?
 「あの森は色々あってあらゆる機能が停止してしまっただろう?」菜々美の思惑を感じ取ったのか、イフリータはそう囁いた。
 カーリアの騒動に続き、菜々美の兄である陣内 克彦が絡んだ仮初めの鬼神アブザハールの率いた空中戦艦。
 これらの騒ぎによってこのイフリータは結果的にはユバを失い、幻影の森自体も壊される結果となったのだった。
 「イフリータはわたしとここにずっと暮らすんだもんね?」
 「ああ、お前がそう望むのならな,マリエル」
 イフリータは軽く彼女を見上げる少女の頭を撫でる。
 「ゆばのおじいさんには今日も会えた?」
 「ああ。マリエルの作ってくれた花輪を気に入ってくれたぞ」
 どういう経緯か、イフリータはこのナバハスにやって来た際にマリエルに懐かれてしまったのだろう。だがこの様子からして一日に一回は遠く幻影の森に赴き、ユバの霊前に立っている様である。
 菜々美はイフリータと、彼女を慕うマリエルを眺めている内に当初の考えを改め始めていた。
 「ところで菜々美」
 「え? あ、何?」
 ぼぅっと二人を眺めていた菜々美はイフリータに声を掛けられ、はっと我に返る。
 「私に話があるのだろう? 取り敢えず中に入ってくれないか?」
 「ほら、お姉ちゃん」
 「う、うん…」
 菜々美の手を取り引っ張るマリエルに菜々美は僅かに笑みを溢し家の中へ…
 どどん!
 「「?!」」
 背後の爆発音に、菜々美とイフリータは慌てて振り返った。
 「何、何があったの??」
 背後…ナバハスの街に立ち上がる炎の柱を見つめて菜々美は絶句。
 「高出力のエネルギー体を確認」
 イフリータは呟き、マリエルの前で屈む。
 「イフリータ…お父さんが」
 「デュラムは大丈夫だ。マリエルはここで待っていろ、私が様子を見てくる」
 「危ないよ、イフリータ!」
 「大丈夫だ」マリエルの頬を撫で、イフリータは微笑みを浮かべて言い聞かせた。
 「うん」
 「外に出るんじゃないぞ」
 マリエルを家の中に押し込み、イフリータは菜々美もまた家の中へ。
 「私も行くわ」
 「…しかし」
 「火事だったら、一人でも多く人はいた方がいいでしょ!」
 「分かった」
 顔を見合わせ、鬼神と商人の卵は炎がまるで生き物の様に立ちあがった狂乱のナバハスへと駆け出した!



 時間は多少前後する。
 「んもぉぉぉぉぉぉ!!」
 何もない街道に、女性の不満指数250%な怒りの声が上がった。
 「もぅ嫌! 今日は絶対あったかいベットで眠るの!!」
 長いストレートの黒髪をぶんぶか振りまわし、変わった形の杖を手にした20歳前後の美女がいやいやと駄々をこねる。
 それに、隣で馬に跨った青年がジト目で彼女を睨んだ。
 「うるさいなぁ,もう一回人形に戻してやろうか?」
 「ふざけんじゃないわよ、このガキンチョ!」
 「何だと、このウシチチババァ!」
 「き〜〜〜!!」
 「くぅぅ!!」
 顔を合わせて一触即発。
 そんな二人をちょっと後ろから眺めながら、髪を七三に分けた青年と全身ローブを被った7人の巨漢達が呆れた目を向けていた。
 陣内 克彦と正体を隠した(つもり)の親衛隊であるバグロム御一行。
 前を行くは、本日四度目の戦闘モードに突入したカシュクの勇・ラマールと、アクーナの街で数十年もの間、神像として祭られていた鬼神イフリーテスの二人だ。
 鬼神イフリーテスは本人が言うところに依れば、
 「感情が乏しかったイフリータ姉さんを不憫に思った科学者が個人的に改良したのがア・タ・シ♪ だから私が一番の最新型なの!」
 だそうであるが、もう少しイフリータの冷静さを見習って欲しいものではある。
 なお、イフリーテスには彼女をメンテナンスした先エルハザードの科学者の仕業であろう,服従回路は設けられていなかったようだ。だからこそ…
 「死ねぇぃ、ラマール!」
 「轟火を食らえ、イフリーテス!」
 どげしゃぁぁ!!
 雷光を纏ったゼンマイと、轟火に包まれる炎帝とが激しくぶつかり合う。
 当然、陣内は止めない。止めるだけの腕力がないからである。また、結果が分かっているからだ。
 「はぁはぁ」
 「ふぅふぅ」
 肩で息をする二人。やがて、
 「「ふん!」」
 お互い顔を背けた。こんな調子がまる一日続いている。そう、昨夜は野宿だったのだ。
 「おい、街が見えるぞ」
 陣内は街道の先に見え始めた家々を視界に入れた。
 「今日はあそこで休みましょ」こちらはイフリーテス。
 「ナバハスの街か…そうだな、今日はゆっくり疲れを癒そう。温泉もあるしな、あの町は」
 そんなラマールの呟きに、イフリーテスは瞳を輝かせる!
 「温泉?!」
 イフリーテスにラマールはやれやれと言った風に首を竦めた。
 「機械が入ったらショートするだろ」
 「なんですってぇぇ!」
 「なんだよ!」
 「ああ、もぅ、さっさと行くぞ」
 いい加減、陣内は唸り合う二人の間に入り、後に続くカツオ達を伴って街へと歩を急がせた。



 「領収書はカシュク衛兵騎士団でお願いします」
 ラマールは無口な宿のオヤジにそう言い残し、並ぶ丸テーブルの一つに就く。
 ナバハスにあるガラの悪そうな宿屋。
 その一階は公衆食堂兼酒場となっており、少し早めの夕飯を彼らは済まそうとしていた。
 卓に就くのは頭からローブで姿を隠した見るからに怪しい七人の巨漢とひょろりとした男,そして辺りをきょろきょろ落ち付きなく見渡しながら「シブいおじさん、いないわねぇ」と溜め息を漏らす女性の9人だ。
 10人目になろうとしているこのラマールにしても「可愛い男の子いないかな?」と呟きながら周囲を観察しているのだから似たり寄ったりであるが。
 「Aセット四人前とCセット六人前、お待たせしました」
 ラマールが席に就くと同時に、給仕の女性が信じられない神技で全員分の料理を一人で持ってくる。
 そんな彼らの席から少し離れた、カウンターのところに一人の少女がいた。
 からん
 グラスに入ったカルアミルクを右手で回す様にして中の氷を鳴らす。
 「おい、主人よ」
 「何かご注文で?」
 どこか凄みのある、しかし少女の声で彼女はグラスに視線を落としたままカウンターの向こうで酒瓶を並べる店の主人を呼び付けた。
 「ああ、注文じゃ」
 ニタリ、彼女は粘性のある笑みをその可愛らしい面に浮かび上がらせて顔を上げる。
 主人の眉が僅かに恐怖に寄った。だがガラの悪さではナバハス一のこの酒場。彼はこの程度では引き下がらない。
 「ナハトという小僧から受け取ったとされるモノを、どこへ運んだ?」
 びくり
 確かに、
 今度は確かに主人の恰幅の良い体が震えた。
 「…何のことで? お客様?」
 無表情を『浮かべ』ながら、主人は切り返す。
 「何かの名物品でございましょうか?」
 「ああ、そうじゃな」
 少女の視線が、主人の視線を掴んだ。まるで空気が固形化した様に、主人の体の自由が効かなくなった。
 「これは…」
 「そうじゃ,貴様ら『幻影族』の技の一つであろう?」
 主人の顔が強張った。この少女は自分の正体に気付いている、そして…
 そして殺意すら感じられることを
 「かぁぁぁ!!」
 空間を切り裂くような大音声で叫ぶ店の主人。
 その空気の振動は彼の偽りの姿ごと、空気を破砕した。
 「素直に教える気はないとみえる」
 少女はゆったりを立ちあがり、彼女と距離を置いた青い肌を持つ男と対峙。
 気がつけば、彼女を囲む様にして同じ肌の色を持った男性,女性合わせて7、8名が各々短刀の類を片手に身構えていた。
 その内の一人がじりりと動く。まるで弦を引き絞った弓のような緊迫感が瞬時に張り詰める。
 「はくしょ!」
 すぐ傍で誰かがクシャミ。それを合図に全員が動いた!
 戦闘、開始だ!



 「かぁぁぁ!!」
 「「?!?!?!」」
 カウンターの方からの空気を震わせる声に、陣内ら一行は全員がそちらに視線を向けた。
 いや、
 「ンマインマイ」
 「イッダラキ!」
 鈍感なのか、7人の正体不明な巨漢達は気にすることなく料理を突ついていた。
 「何だ? ありゃ?」
 ラマールの疑問に陣内ははっと目を凝らす。
 カウンター席で悠然と辺りを見渡す少女。それを囲む青い肌の男女…その中には先程の給仕も含まれている。
 「幻影族に…カーリアだと!」
 「あら、あの子,私と同じ鬼神じゃないの?」イフリーテスがサラダを一口、頬張りながらのほほんと騒ぎを中心を見やった。
 「アギャ?」
 その隣でカツオがコショウの瓶を床に落とす。
 ごとん
 イフリーテスの足下に落ちたそれを彼女は拾う。
 「ダメじゃないの、カツオちゃん」
 笑って彼女はそれを返し…ひくひくと形の良い鼻が動いた。
 「はくしょ!」
 可愛らしいクシャミが出る。途端、
 めきごきめきゃ!
 そんな打撃音が彼女の背後で始まった。
 「あら?」
 「あら、じゃない! 逃げるぞ、イフリーテス!」
 彼女の手を掴んで陣内は叱咤。
 「へ、どして?」
 「君らしくないじゃないか、カツヒコ?」
 首を傾げるラマールとイフリーテスに陣内は、はっと騒ぎの中心に視線を走らせた。
 「直接死体から情報を読み取ってやるわ,死ね!」
 少女・カーリアは折り重なる様にして倒れた二人の幻影族を足蹴に、素早い動きで彼女に連続攻撃を食らわせる5名の敵を睨みながら叫ぶ。
 ごぅ!
 彼女の体から真紅の炎が沸きあがった!
 「「?!」」
 一瞬動きを止めた彼らは、それが命取りである。
 龍を象った赤の轟炎はその顎で、彼らを食らうかの様に飲み込み瞬時に消し炭と変えた!
 そのまま龍はこの建物自体を食らい始めて行く。
 「「わぁぁ!!」」
 逃げ出す客達。
 「「ガウガウ」」
 料理をここぞとばかり頬張るバグロム達。
 そして…
 「「げ…」」
 陣内とラマールは絶句。
 炎が陣内達にロックオンされたミサイルの様に襲いかかったのである!
 「なんなんだ、アイツは!!」
 「だから絶対何かロクなことに巻き込まれると思ったのだ!」
 「めんどくさいなぁ」
 騒ぐ二人の男を尻目に、イフリーテスはぽりぽりと頭を掻いてゼンマイを握る。
 そしてその石突き部分でとんとんと床を叩いた。
 ゼンマイの先端部の宝玉が、淡い光を放つ。
 同時に10人を炎の大蛇が飲み込んだ!
 「「…あれ?」」
 顔を上げる陣内とラマール。
 視界にはテーブルに就いたまま、食事を続けるバグロム達とイフリーテスの姿があった。
 「ウゴウゴゴ?(どうしたんですか? 陣内閣下?)」
 不思議そうにカツオが尋ねる。
 「どうしたんですかじゃない! 何をこんな時に呑気に食ってるか!」
 「ゲゴゲゴゴ?(イフリーテスさんの力を聞いてらっしゃらないのですか?)」とこちらはイクラだ。
 「? イフリーテスの力?」
 「何を喋ってるんだ? カツヒコ?」
 ラマールを無視して陣内は今度はマスオに目を向けた。
 「ゲゲ、イゲゲ(どんな攻撃も無効に出来るそうですよ)」
 「何だと? どんな攻撃も無効??」
 「へ?」
 陣内とラマールはイフリーテスに顔を向けた。
 呑気に今度はパンに手を伸ばしている。と、二人に振り返った。
 「あれ? 言ったじゃないの、バグロム語で」
 「「どうして虫の言葉で言うか!!」」
 ちなみに陣内はバグロム語を理解できる訳ではない。彼らの言わんとしている意味を、声という手段を通してほとんど以心伝心に近い感覚でコミュニケートしているのだ。
 それは彼がバグロムの言葉で話しかけていないにも関わらず、彼の言葉の意味が伝わっていることからも明かである。
 そんなことはともあれ、だ。
 「完全なる盾、か。しかしそれは言い換えると」
 「味方の攻撃も、無効ということか?」
 陣内の言葉を取り、ラマールは尋ねた。
 「私は平和主義なの」肯定と取って良い様である。
 「打撃なんかは有効なんだろう? どうする? アレ?」
 ラマールは困った様に炎の向こうのカーリアを指差した。
 そこには足下の幻影族の死体に手を当てる彼女がいる。
 「あやつ、何をやっておるのだ?」
 陣内の視界に映るカーリアは幻影族の一人の額に手を当てると、
 「…」
 陣内は眉を寄せる。
 彼女の右手がするりと、幻影族の額に溶け込む様にしてもぐった!
 「あ…」死んでいるはずの幻影族の男の口が、動く。
 「グランディエの首都に住む…学者…ナハト様は…これで全てを滅ぼせると…憎きこのエルハザードを…」
 「なぬ?」
 何処か陣内的には魅力たっぷりの話題に地獄耳化する。
 グランディエ…それはロシュタリアの西に広がる広大な砂漠の国。
 前回のバグロム帝国を率いた戦いでは、陣内は上陸後、幾度もこの国の騎馬隊に苦汁を舐めさせられたものだ。兵士達の持つ武器が、先エルハザードの技術を応用した強力なもので、バグロムの堅い装甲をも貫く強力なものだった覚えがある。
 その国の学者と幻影族が繋がっている?
 さらに鬼神カーリアが、何故か保護者だった菜々美を近くに置くこともなく単独行動している。
 「匂う,匂うぞぉ…私の支配の片腕となる匂いが!」
 「支配?」
 「いや、何でもない!」つい声に出てしまったようだ。ラマールは怪訝そうに彼に尋ねた。
 陣内は考える。
 天井を見上げると、すでに炎で燃え付き、二階,三階ともに消し炭と化していた。
 炎は勢いを止めることなく、周囲の建物に転燃してゆく。
 炎の中で、若き支配者はこう結論付けた。
 ラマールとイフリーテス,しばらく手駒として使ってみるのも良いかも知れない、と。
 「ラマール!」
 陣内は叫ぶ。
 「あの女は鬼神だ」
 「イフリーテスみたいのか?」
 「いや…まぁ、そんな所だ。奴は何やらエルハザードを滅ぼすだか何かを企んでいる様だ」
 「? どうしてそんなことが分かる?」
 「ぼそぼそ呟いておったのが聞こえたのだ。どうも元凶は西方の大国・グランディエにあるようだが」
 「よくこの中でそんなのが聞こえたわねぇ、人間なのに」
 「むぅ」
 「ま、私も聞こえたわよ。あの子、鬼神以外の別の何かが憑いてるような気がするけどね」
 「ふぅん…」ラマールは腕を組む。
 と、何を思ったか、テーブルの脇に立て掛けておいた槍を引っつかんだ。
 陣内は彼の思惑を察し、後ろに振り返る。
 「イフリーテス!」鋭い声で叫ぶ陣内。
 「攻撃無効の範囲を町全体に! その後はそのままで待機,カツオ達はイフリーテスの盾となれ!」
 「了解よ」
 「「ウガ!」」
 10人を包む穏やかな空間が、瞬時に町全体に広がった!
 途端、町の一角を燃やし尽くし、さらに広がりつつあった炎が一瞬にして消え去る。
 「?」
 幻影族の男から腕を離し、カーリアは顔を上げる。
 その時点ですでに、彼女の鳩尾にラマールの放った炎帝の石突き部分が食い込んでいた!
 「ぐふ!」
 カーリアは後ろへと吹き飛び、炭化したカウンターを派手な音を立てて壊し、崩した。
 「ハッ!」
 止めの一撃を突き出すラマールの炎帝にしかし、カーリアは右手で刃の部分に倒立!
 クルリ
 細い槍の上で、曲芸の如き倒立廻し蹴りをラマールのこめかみを叩き込んだ。
 「?!」
 槍を放すことなく強引に振りまわすと、後ろへ数歩たたらを踏むラマール。
 ひょいと不安定な槍の上から地面に降り立ち、ラマールの懐に入るカーリア。
 ど・ど・ど!
 高速の拳による喉、鳩尾、腹への三点連撃。しかしラマールはそれを受けながらも左足のミドルキックをカーリアへ。
 「何だと?」
 カーリアは彼の攻撃を足受けで受け止めるが、ズシリと重たい一撃は彼女ごと吹き飛ばした!
 「?!」
 慌てて立ちあがり、カーリアはラマールから距離を置く。
 そして改めて気がついた。
 彼女の放った炎が完全に消え去っていることを。
 鬼神としての人間離れした怪力が消え去り、見た目通りの少女の力しか有していないことを。
 何より、兵器としての力が一切消え去っていることを。
 先程のカーリアの蹴りやパンチは、人間が食らえば風船に針を刺すかのように破裂するほど代物だったはずだ。だが食らったラマールはツボに入ったことによるダメージはあるものの、それを受けた上での反撃の余裕すらある。
 ふと彼の背後を見やれば鬼神が一体。
 「鬼神…そうか,「完全なる盾」を作り出す違法製造の鬼神か!!」
 「違法製造じゃないもん!」バグロムの壁の向こうから怒った声が聞こえてくる。
 「ラマール、そいつを捕らえよ,生身でならお前の方が上だ!」
 「分かってるよ」苦笑いを浮かべつつ、ラマールは炎帝を脇に締め、カーリアに迫る。
 その時である!
 「お兄ちゃん!」
 突然の女の声にラマールの注意がそれ、動きが鈍る。そこを見逃すカーリアではない!
 「フン!」
 「?!」
 カーリアが身の軽さを活かして死角からラマールの懐に再び入り、全身の体重を掛けた右殴りの拳を、彼の顎に打ち付ける!
 「菜々美ではないか?!」
 「それにカーリア?!」
 カクンとくず折れるラマールから後ろへ飛びずさり、カーリアは声の主,陣内 菜々美にニタリと笑みを向け…
 「待ちなさい!」
 背を向けて店の外へと駆け出した,ここでは飛べないのだ。
 菜々美はカーリアを追いかけ、倒れたラマールの脇を駆け抜ける。
 「…へ??」
 間抜けた声を上げて菜々美は後ろを振り返り、
 「まこっちゃん!?」
 慌てて倒れた彼を抱き起こした。
 「どうしてまこっちゃんが、こんなアホなお兄ちゃんと一緒に?!」
 「誰がアホだ!」ツッこむ陣内。
 菜々美は信じられないものを見る様に、彼を改めて眺めた。
 さらさらとした黒い髪、同色の深い瞳,何より幼い頃からずっと見つめ続けてきた彼がここにいた。どう見ても誠だ。
 対するラマールは苦笑いを浮かべて、震える声で呟いた。
 「僕は…マコトじゃ…ないよ」
 「え?」
 なにがなんだか分からないといった顔で、菜々美は兄である克彦に視線を向けた。
 彼女はすっかりカーリアのことを忘れ去っている様である。
 陣内はラマールと菜々美に歩み寄り、しゃがむ。
 「こやつはラマール=サード。誠とは別人だ。世の中には似た顔の奴が三人いると言うだろう?」
 「別人…?」信じられないのか、言葉を反芻する菜々美。
 「ところでどうしたのだ、ラマール? 急に倒れて??」
 「…あのカーリアとか言う奴…ケンカを知ってるよ…アゴに良いのを貰っちまった」
 カーリアの拳はラマールの顎に掠める様にヒットした。
 本来、人間の脳というものは堅い頭蓋骨に覆われてはいるが、どんな形であれ衝撃には脆い。カーリアは衝撃を伝えやすい顎に一撃を叩き込むことによって、その振動をラマールの脳へと伝え、軽い脳震盪を起こしたのである。
 こればかりは幾ら鍛えていようが、人間としての骨格を有している以上耐えられるものではない。
 「なるほど、炎が急に消えたのはお前のせいか」
 「あら、姉さんじゃないの」
 そんな声は背後から。
 「イフリータ…何故ここに?」
 「まこっちゃんの探してるイフリータとは別人よ、お兄ちゃん」
 「? おお、幻影の森のイフリータか」合点がいったのか、陣内はポンと手を打った。
 いや、ということは…
 「貴様は?」
 イフリータは陣内の姿を認めると、ゼンマイを構えて迫ってきた。
 このイフリータにとっては陣内の連れてきたカーリアによってユバの死期を早められるわ、森自体を壊されるわ,元凶の一つである。
 「ちょちょちょ…ちょっと待て、イフリータ」
 慌てて立ちあがり、後ろへ下がる陣内。
 「私を殺してしまったら、カーリアの行方が分からんぞ!」
 「別に私はあんな鬼神を追ってはいない」
 追っているのは菜々美だ。しかしそんなことは今の陣内が気づくはずもない。
 「ええと、では…カーリアを追わないとこのエルハザードが滅ぶぞ、それでもいいのか? え?」
 陣内は自分で良いながらも説得力がないことを感じた。この主を失ったイフリータにエルハザードが滅びるどうするなぞ問題にもならないからだ。
 だが、彼女の動きが止まった。
 「それは…困るな」
 彼女は少女を思い出し、ゼンマイを下ろす。
 入れ替わる様にして菜々美が陣内に詰め寄った。
 「カーリアはどこに行くつもりなの? 言いなさい、お兄ちゃん!」
 「く、首絞めるなぁぁ!!」
 がくがくと前後に首を振られ、陣内の意識が遠のいて行く。
 「「スビマゼン」」
 カーリアの逃げた先で張っていたイクラとタラがぼこぼこに殴られた顔を見せたのは、陣内が気を失ってからすぐのことだった。



 「む〜〜〜」
 ロシュタリアは第二王女・ファトラの侍女であるアレーレ=レレライルは受け取った書面を見て苦い顔を浮かべていた。
 先日より主であるファトラより受けていた調査の結果、すなわちフィリニオン興国とその若き首脳・ミュリン=フィリニオンについて、である。
 フィリニオン興国はその前身であるフィリニオン公国とバルバトス公国という二つの国であり、バグロム戦役の際に統合した。
 元来はこの二つの国,かつて―――とはいってもアレーレが生まれてから老人になるまで4,5回繰り返すほどの昔ではあるが―――ロシュタリアの属国であったらしい。
 土地の有力者であったフィリニオン、バルバトスを公主に任じそれが現在までに至っている。
 この二つの公主は犬猿の仲で有名であり、ついにバグロムとの戦いのどさくさに紛れて暗殺の応酬,果てにはフィリニオン側には当時10にも満たないミュリンが、バルバトス側にはやはり幼いシオンという末席の王子だけが生き残る羽目となった。
 アレーレの遣わした手の者によれば、どうやら北部混乱を狙った幻影族の仕業の様であると付随されていたが、それは主の求める情報ではない。
 とにもかくにも当時、侵攻を始めたバグロムに対抗するために二国は合併,厳粛な民主投票によりミュリンを女王とする体制を整え現在に至る。
 アレーレはミュリンの血族に目をつけた。
 彼女の四代前の女性,フィリニオン公国時代の王妃にロシュタリア王族が存在していたのである。
 すなわち…
 「ファトラ様とは遠い従姉妹になるのかぁ…近親憎悪、なんだろうなぁ」
 ファトラが姉であるルーンに対する異常なまでの愛情はアレーレの良く知る所である。
 もしもの話、ルーンがファトラに対しアレーレを殺せと命じればファトラは躊躇なく実行するだろう,そこまで姉に対しての追随の精神を持っている。
 ではそれとは逆の気持ちもあるのではなかろうか?
 近すぎる故に決して認められないという、本能から来る拒絶。
 ファトラは本能でミュリンに対しそれを感じとっていたのだ。
 「どうしよう…お見せしない方が、良いかも知れないなぁ…」
 アレーレはロシュタリア城は中庭のベンチに背を預け、空を見上げる。
 青い空に白い雲が一つ二つ、風に流され形を変えて行く。
 小鳥が囀り、翼を広げてその下を踊る。
 そして、
 「ぎゃーーーー!」
 誠の悲鳴が中庭の向こうに立つ小さな研究所から聞こえてくる。
 「あ〜、帰ってこられたんだ」
 アレーレは特に気にするでもなく、青空を見上げ続けていた。



 アリスタ公爵領セルメタはフィリニオン興国の東に位置し、南にはマルドゥーン山を懐に抱く宗教国家カシュク、北は比較的大きな国家・エランディアに面している。
 隣接するフィリニオンや故バルバトス,ガナン公と同じく元々はロシュタリアより公主領として割譲された土地が起源であり、豊富な鉱山資源を国力として繁栄していた。
 バグロム戦役の際には地形上、被害を受けることが少なかったこの公国は、現王の支持の下で当時混乱に陥っていたバルバトス公国領・イフランの街を始めとした現フィリニオン興国領の東部を『人道的立場』から軍事占拠,また南部の国境線があやふやなカシュクとの間に数カ所の砦を設置し一方的に明らかな国境を定めた。
 この際の処置は現在も続いており、フィリニオン興国からの領土返還要求,カシュクから領土として取り込まれてしまった地の神官達の聖域とされている「聖石ヶ丘」見直し問題などが問だたされている。
 が、アリスタ公は聞く耳を持たず、バグロム戦役の際に出し惜しみし、温存していた兵力を以ってして要求を半ば脅迫的に突き返していた。
 これに対しロシュタリア首脳部からも非難の声は上がっているが、永年に渡る戦いの疲弊を回復させたいとの意向と、これ以上の混乱を避けたいという立場から声を高らかに出来ないでいる。
 そんな情勢の中、急速な復興を遂げつつあるフィリニオン興国は東部イフランの街周辺の鉱物資源が喉から手が出るほど欲しい状況にある。
 もともとフィリニオン・旧バルバトスの地方は気候に四季があり、そのお陰で農作物は多彩で飢えることは少ない。東の大国グランディエのような遊牧民ではなく農耕民族である。
 現在、この国にないものは鉱物。鉄や銅・貴金属だ。土地の返還さえあれば、更なる復興に繋がるだろう。
 現王・ミュリンは幾度となく使者を遣わし、アリスタ公に返還を求めているが『未だ貴国は混乱の中にある』との一点張り。
 数多くの噂の一つには、イフランの街の住民自体がフィリニオン興国に望郷の念を憶え、アリスタ公の手を離れたがっているが戒厳令が敷かれ物々しい雰囲気に包まれているというものさえある。
 そして今回、ミュリンは元・風の大神官ユフィールをアリスタ公の下に遣わしていたのだが…


 一陣の風が、王の間に吹き抜ける。
 「ユフィール様?」
 そう問うミュリンの言葉に、長い黒髪の先端を床に届かせ、その場に膝を折った女性が現れる。
 彼女は顔を上げる。整った眉の下に鋭い眼光,氷のような冷たさを印象に受ける女性だ。
 「アリスタ公は…如何でしたか?」
 少女の言葉に、彼女は無言のままで薄く微笑む。答えるまでもない,そう言いたいのだろう。
 ミュリンは寂しそうな色を瞳に映すがそれも一瞬,強い意志の力を込めて隣を振り返った。
 そこには先程から一人の青年が控えている。
 「イフランの街にもっとも近いシアンの村に部隊を率いて警備に当たってください」
 若き女王の言葉に、青年は小さく首を傾げた。
 「『警備』で宜しいのですか?」
 「…」
 ミュリンは無言。
 「貴方が命じるのならば、私はあらゆる手段を以ってしてアリスタ公爵領セルメタを『滅ぼし』ましょう。しかしそれは、あくまで貴方が命じれば,です」
 青年・シオンは無表情なミュリンの瞳を見つめながら続けた。
 「私は幼い頃、貴方に誓いました,貴方の手となり足となることを。貴方の代わりに私の手を罪なき者の血で染めもしましょう,しかしそれはあくまで貴方の手の一つです。決めるのはこの国の王である貴方ですよ,ミュリン様…」
 ユフィールは表情のないミュリンを見守るように見つめる。
 シオンはじっと、やはりユフィールと同じく彼女を見つめている。
 フィリニオン興国国王ミュリンは、やがて大きく息を吐くと、スッと目を細めてシオンに向かって力強く命じた。
 「シオン=バルバトスに命ずる」
 「はっ」
 「機を見てイフランの街を奪還。ユフィールの指示を仰ぎカシュクと呼応し、アリスタ公セルメタを…滅ぼせ」
 「仰せのままに…」
 頭を垂れるシオンから視線を隣の女性に移す。
 「ユフィール」
 「はい」
 「カシュク首脳部と掛け合い、聖石ヶ丘を引き合いに出し援軍を仰げ」
 「ご随意に」優雅に会釈。
 そして、フィリニオン興国首都アイオンの王城には一人、王だけが残された。



 「ぎゃーーーーー!」
 遠く、聞き慣れた悲鳴が聞こえてきた。
 ファトラは自室の長椅子から身を起こし、立ち上がる。
 「ようやく帰ってきたか」
 懐かしい色をその瞳に宿し、机の上に詰まれた資料の一つを摘み上げる。
 それは一冊のスケッチブック。
 同時にバタン! 彼女の部屋の扉が力任せに開かれた!
 「ファトラさん! 何てことするんです!!」
 ぜーはーぜーはー,肩で息する青年がファトラに詰め寄る。
 「おお、誠か。アフラの抱きごこちはどうであった?」
 「はぃ?」
 「新婚旅行であろう?」
 「ちゃいます! マルドゥーンでほとぼりが冷めるまで身を寄らせてもらっとったんです!」
 「そか。だが、そ〜でなくともあんな誰もいないところで男女二人,なにもないとは思えんのだがのぅ?」つんつん、肘で誠を突ついてファトラはニヤけて尋ねた。
 おばさんモード発動である…って何歳だ?!
 「ないです!」きっぱりと誠。
 この場にアフラがいたらある意味で傷つきそうだが…誠をここまで送ってきた彼女はまだ研究所の方にいるようだ。
 「ともあれ、何を怒っておったのじゃ? 誠?」
 ファトラは取り直して、平然とした表情で彼を見つめる。
 「ああ、そうやったわ。…何を、じゃないですわ! 研究室、メチャクチャに破壊されとるじゃないですか!」
 「…どうしてわらわだと?」
 「壁に拳の跡が付いてました。石の壁に穴開けられるのはファトラさんかシェーラさんしかおらへん」
 「シェーラではないのか?」
 「シェーラさんなら焦げた後も絶対にありますよって、ファトラさんしかいません!」
 ファトラはそんな誠に苦笑いを浮かべる。
 無言でスケッチブックを彼の胸に押し付けた。
 「? 何です? これ??」
 「神の目の内部のスケッチじゃ。怪しいと思われる所だけ清書しておる」
 「…え」
 誠は慌てて開く。
 彼女の言う通り、何らかの機構の一部らしきものなどが数十ページに渡って描かれていた。
 スケッチにはストレルバウと、ファトラの署名がある。
 「どうしたんですか? これ…」
 「…実はな、言いにくいことなのじゃが」
 珍しく苦い顔で、言葉が前に進めないファトラだった。だが躊躇するのも一瞬、はっきりと告げる。
 「神の目にはもぅ、誰も近づけない。何者だろうと近づいた者は死刑じゃ」
 「そ、そんな極端な」笑う誠、冗談と取ったようだ。
 だがファトラの表情がいつになく真剣なことを読み取り、笑いが凍り付く。
 「…本当ですか?」
 「この間の周辺諸国会議で決定したことじゃ,これ以上の神の目への干渉を禁止すること。また、封印方法が見つかり次第封印すること。悪いが、例えお前であってもわらわは違反を侵す者は容赦すまい」
 睨まれた者を凍らせる冷たい視線。誠はファトラの視線を真っ直ぐに受け止めると手にしたスケッチブックに移す。
 「それでこれを…」
 「ああ、施行日前日に忍び込んできた。わらわ『達』にはそれくらいしかできぬ」
 言うまでもなく、ファトラが神の目に忍び込むであろうことはルーンにも分かっていた。だからこそあの夜は、ルーンの手心を加えた警備兵だけで天空の階段を護らせていたのである。
 「そうですか、神の目が…」
 しばし呆然とスケッチブックを見つめる誠。しかし案外簡単に気持ちに整理がついたのか,顔を上げてファトラに微笑みを浮かべた。
 「わざわざこんなことまで、ありがとな,ファトラさん。助かるわ」
 スケッチブックを示して誠は言う。そんな彼の反応を予測していなかったのか、ファトラは面食らった様子で慌てて反論。
 「いや,ストレルバウがメインじゃ。わらわはちょっと手伝っただけじゃからのぅ」
 実際はストレルバウを引き摺るようにしてファトラ主体で行ったことだったのだが…
 「ほんま、ありがとう。ここんところの碑文なんかは昨日まで篭っていたマルドゥーンで読んでた書物に出てきましたわ」スケッチの一部を指差して誠。
 「取り敢えずこれをベースにしてマルドゥ−ンで調べたことを応用してと…」
 ぶつぶつ呟く誠に、ファトラは思い出した様に机の上の便箋を誠に手渡した。
 「これは?」
 「ふむ、お前がやはり留守中に預かっての。シャーレーヌを言う奴からじゃ」
 「シャーレーヌさんですか! 来てたんですか!!」
 「ああ、グランディエの国王サンタバレヌスの秘書として付いてきておった様じゃ」
 誠は封筒に手を掛け、ふと思い出した様にファトラを見る。
 「…もしかしてファトラさん,シャーレーヌさんに変なことしてません?」
 「しようと思ったら妙な術で逃げおったわ、無礼な奴め」
 「いえ、無礼とかそ〜いう問題ではないんじゃ…」
 ジト目で誠。と、思い返す様にファトラは叫ぶ。
 「無礼といえば! シオンとか言う男!!」
 「え、彼も来てたんですか?」
 「ああ、お前に伝えて欲しいことがあるとな」苦々しい顔をしながらファトラは伝言を思い出した。
 「何でしょう?」
 「『我々は敵同士だ』とな」
 誠は一瞬躊躇,しかしゆっくりとその意味を咀嚼する。
 「…なるほど、神の目の件は彼の仕業ですか。ということはミュリンという方はやはり」
 「あの女を知っておるのか? 誠??」
 気に食わない単語が出てきて、ファトラは誠に問うた。
 「え、いえ,シオンに話を聞いただけで…ファトラさんの方が良く知ってるんとちゃいますの?」
 「…どう言う事じゃ?」誠の言葉の意味が分からずに、いらいらしながらファトラは再び尋ねる。
 「ミュリンと言う方はファトラさんの…」
 「失礼します、ファトラ様」
 誠の言葉を遮って、部屋の扉が開きポニーテールの少女が姿を現した。
 「あ、アレーレ、久しぶりやなぁ」
 「誠様もお元気そうで」
 少女・アレーレは笑みを浮かべて会釈する。
 「何じゃ? アレーレ?」
 誠の話を中断され、憮然とファトラは侍女を促した。
 「はい、ええと…」
 アレーレは誠をチラリと一瞥,困った表情でファトラに向き直った。
 「よい」
 主に促され、アレーレは両手に持った封筒をファトラに差し出した。
 「はい。ミュリン=フィリニオンに関しての調査報告をお持ち致しました」
 「そうか」封筒の中身を取り出しながらファトラ。
 「ミュリン様はファトラ様の…あの…」
 言葉に詰まるアレーレに、誠があっさりと繋いだ。
 「遠い従姉妹やろ?」
 「何じゃと?」
 さすがに驚きの表情でファトラ。
 「どうして知ってらっしゃるんですか?」こちらはアレーレだ。
 「だからシオンから聞いたんやて。そのお陰で神の目を起動させることが出来るかもしれへんからって、幻影族に何度も命を狙われたらしいで。もっとも親御さんも別の目的で幻影族に殺された言うてたわ」
 「従姉妹…か。なるほど」
 ファトラは脳裏にミュリンの姿を思い浮かべて小さく呟く。
 同性、それも美少女を嫌いになったことなど未だかつてないファトラであるが、初めて毛嫌いした相手が血縁関係にあると聞いてなんとなく納得したのか、やや満足げな表情が浮かんでいた。
 「今回の神の目の封印も、もともと封印して欲しいいう気持ちはどこもあったんやろうけど、シオンが根回ししたんやろうね。ミュリンさんが彼に命じたんやと思いますわ」
 「するとミュリンも神の目を動かすことができるということか?」
 「わからへんけど…ロシュタリア王族の血はひいとりますから、可能性はないこともないんやないですか?」
 「ふむ…」
 誠の説明にファトラは考え込む。
 幻影族にとって分家に価するミュリンの存在は面倒でもあるのだろう。命を狙われる理由である神の目を封印したいと言うのは彼女個人の望みでもあるのではないだろうか?
 「まぁ、良い」
 ファトラは思考を打ち切り、誠に向き直った。
 「それでお前はどうするのだ? 誠よ」
 誠はシャーレーヌからの手紙を読んでいた。ファトラの言葉に顔を上げる。
 「僕は…ここに書かれているグランディエの学者・ハーゲンティさんに会いに行ってみます。何でも時空間に関する資料を手に入れたとか書いてありますわ」
 シャーレーヌの持って来た物はある高名な学者への紹介状だった。
 ハーゲンティはグランディエの学者である。
 グランディエはロシュタリアよりも東,大砂漠をその身に抱える遊牧民の国家であり、伝統はロシュタリアに次いで古く、その証拠としてこの国で生産される武器・防具は先エルハザードの知識が一部使われている。
 先のバグロムとの大戦では、主戦力として新たに開発された熱線を用いた武器を手にした騎馬兵大隊が活躍。機動力と破壊力によってバグロムからの脅威を幾度も退けた実績も高く評価され、その功績を以って同盟間では強い発言力を有していた。
 国土自体はオアシス以外は砂漠の為に作物を育てる上では豊かではないが、稀少石が産物であり、専ら貿易はそれに頼るところが大きい。
 そしてハーゲンティはこの先エルハザード技術を用いて武器を開発した人物なのである。
 彼の論文は誠は良く目を通している。空間に関する研究が多いのだ。
 その彼が何かを手に入れた,それも「あの」シャーレーヌが明記するくらいのモノ。
 直接行って見せてもらえるのなら見て来て損はないだろう。
 「明日にでも出るつもりですわ」
 「そうか…必要な物があればアレーレに言え。用意してやる」
 「ええ、頼みますわ、ファトラさん,アレーレ」
 そう言う誠とファトラは同じ顔に、同じ微笑みを浮かべ合っていた。



 「幻影族に不穏な動き、か」
 イシエルはその建物を睨みつける。
 頑丈な石造りの二階建て。付近に一般住民の住宅はなく、軍事関連施設が立ち並んでいる。
 「しっかし、砂漠の夜は冷えるわね,貴方もそう思わない?」
 イシエルは足下に転がる、スマキにされた青年に尋ねる。
 しかし青年は無言のまま答えようとしない。青い肌をした青年,幻影族だった。
 グランディエ首都,その一角にイシエルは身物陰に身を潜めている。
 「貴方、こんなとこで何やってたの?」
 「………」
 「言わないのなら、仕方無いわねぇ」溜め息一つ。イシエルは手にしていた大きな杖,地のランプの先端で青年の額に触れる。
 「?!」
 「直接読み取らせてもらうわ」
 呪を一言、幻影族の青年の体が大きく震える!
 イシエルの脳裏に一言だけ、情報が伝わってきた。
 「監視…か。こんな下っ端が知ってる訳ないか」
 イシエルは自分自身に関しての記憶を青年の頭から消すと、気絶する彼の戒めを解いてその場を去った。
 それを知るのは夜空に明るく映える三日月だけだった。

To Be Continued... 



キャラクター考察・第四回 『アルージャ&カーリア』

 超人子弟コンビ…じゃなくてワルモノーズとでも呼びましょうか?(汗)
 アルージャは『異次元〜』にて登場した時の大神官,全ての根源だったという、しわがれたジジイです,別名八宝斎(笑)。
 彼は三神官によって時の彼方に再び追いやられたそうです,TV2ではそういうことになっている様ですが曖昧なのでわかりません。
 またカーリアはイフリータによってOVA2にて破壊されました。
 今回のこの話では、カーリアは次元の彼方,狭間に陥ったアルージャの必死の時を操る力によって破壊される前の状態でフリスタリカに復活。
 彼の目算では次元を操り得る神の目を彼女に操作させる事によって狭間より脱出つもりでいるようです。
 しかし復活の際に故障したのでしょう,カーリアは以前の記憶とアルージャの植え付けた記憶が飛んでいました。それに気付いたアルージャは尽きかけた時を操る力を以ってして『想いを具現化する』宝珠をカーリアの手に届かせる事に成功。
 自我が生まれ始めたカーリアを何とか押さえつけ、残存思念となってカーリアの体を用いて失われた神の目のクリスタルを捜す旅に出ました。
 カーリアは己の身の変化に気付き、菜々美に『何かあったら殺してくれ』なんて頼んでましたが、普通の人間である菜々美に頼んでもなー(汗)。
 さて、アルージャですが彼は時の大神官とか名乗ってはいますが、どうやら先エルハザードよりも古いエルハザードの人間の様です。家系的にクァウールのタウラス家と何らかの関係があると思われますが全く不明。
 時・次元をある程度操る能力を持ち、これに関してはおそらく地球へと飛んだイフリータが得た能力と同一のものでしょう。
 大昔に悪い事をやらかしたのでしょうけど、現世に戻って何をしでかすつもりなのか…危険なジジイです。
 変わってカーリア。鬼神に属する彼女ですが、先エルハザードにおいて幾体か生産されたイフリータの対抗兵器として作られた様です。
 一国の憎悪と復讐を素に、全てを恨み破壊する為に作られた彼女。しかしその心の奥底には誠が見たように、少女としての孤独な一面があるようです。


 果たしてアルージャは現世に復活できるのか?
 そしてカーリアは自我を取り戻し元の生活に戻れるのか,それとも彼女の望む通り、菜々美に殺されることを望むのか…
 それはこれより語られます。


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