Elhazard The Shudderly World !! 



戦慄の世界 エルハザード

第伍夜 戦惑の世界へ



 そこかしこに散らばる書類,書物,そして幾年月を経た古代の遺物。
 こじんまりとしたこの部屋は混沌の中にあった。
 化学実験だろうか,組まれた装置もひっくり返り、床の上に黄色や青の試薬が散らばっていたりもする。
 もともと散らかっていたのだろうが、分厚い壁に穿つ拳大の穴から察するにここで一騒動あったものと推測できた。
 ロシュタリア城の広大な中庭にひっそりと建つ、そんなカオティックな誠の研究所――とは言っても、メインである研究室と物置,狭い寝室しかない本当に小さな建物なのだが――に風の大神官は眉間に皺を刻んで椅子に座っていた。
 「誠はん,案外自分の身の回りは気にせん性格なんやろか?」
 先程、倒れた実験用具と壁の穴を発見して飛び出していった誠を思い出しつつ、彼女は立ちあがる。
 風の大神官・アフラ=マーン,彼女はマルドゥーンの大神殿から誠を運んでつい先程ロシュタリア入りしたばかりであった。
 元々、公式訪問ではないのでこの国の元首に会うつもりは、さらさらない。
 何よりも彼女は多忙である,誠をここまで送ってきたのも仕事の合間を見計らってのことである…と彼女は自分自身に言い聞かせていた。
 しかし…
 「…将来、イフリータはんも大変おすなぁ」
 苦笑。
 手始めに、屈んで散らばる書物を拾い始めたのだった………



 ナバハスの街はちょっとした混乱の中にあった。
 いきなり街の一軒の酒場が燃え、そしてその炎は唐突に消え去ったのだ。
 消火活動を必死に行っていた住人達はキツネにつままれた気分である。
 しかし目の前に無残に炭化した建物は、確実に火事があったことを物語っていた。
 その焼け崩れた建物から人影が現れる。
 1,2,3,4…だ。
 「イ、イフリータさん?! 大丈夫ですか?」
 喧騒の中、現れた鬼神たる彼女にそう声をかけ駆け寄ってくる中年の男がいる。
 どこかで見たことのあるような黒い髪に黒い瞳。どことなく優しそうな男だ。
 「デュラム殿か,私は大丈夫だ」
 イフリータは彼に答える。
 「ただあちらの男が少しばかり足下がふらつく様だな」
 彼女の後ろには、イフリーテスと菜々美の肩を借りたラマールの姿がある。
 と、イフリーテスの視界にデュラムという男の姿が映った。
 鬼神の瞳が大きく、大きく見開かれて行く。
 そして…
 「ちょ、ちょっとイフリーテス?!」
 ラマールを菜々美に押し付け、彼女はフラリ,イフリータとデュラムに向かって足を踏み出した。
 その足並みは突として駆け足になる!
 「?!」
 無表情なイフリータの顔に、僅かの戸惑いが映った。
 イフリーテスは宙を浮く,その先には…デュラムその人。
 「わわ…わぁ!」
 「素敵なおじ様!」
 彼の首根っこに両腕を回して抱き付くイフリーテス,当然の事ながら訳も分からずデュラムは情けない声を上げて後ろにたたらを踏んだ。
 「ちょ、ちょっと,貴女は一体?」
 「イフリーテスと申しますぅ♪」
 ぎゅ〜
 イフリーテスは自らのプロポーションを直に教え込むかのように、強くデュラムを抱きしめ…
 メシィ!
 「痛ったぁぁぁいいい!」
 イフリータに右のこめかみを思いきりゼンマイの塚で突付かれた。
 相当な力があったのか,イフリーテスはデュラムを放してコロリ,地面に転がる。
 「何するのよぉ〜、姉さん〜」
 目に涙を溜め、恨めしそうに無表情なイフリータを見上げるイフリーテス。
 「何をすると訊きたいのは私の方だ。何故突然デュラムに抱き付いたりする?」
 ”あれ?”
 イフリーテスは無表情なイフリータのその奥に僅かな感情を感じたような気がした。
 「ひ・と・め・ぼ・れよ。それともなぁに? 姉さんがもう唾付けちゃってるの?」
 メシィ
 「イタイイタイイタイぃぃ!!」
 再びゼンマイの塚で、今度は頭をぐりぐりとされるイフリーテス。
 「デュラムはマリエルの大切な、大切な父親なのだ。妙な事をするな」
 ゼンマイで容赦なしに突付きながらイフリータ。
 慌ててデュラムがイフリータの腕に手を添えて止めさせる。
 「あの、イフリータさん,私は大丈夫ですから…余りいじめないであげてください」
 「…デュラムがそう言うのなら」
 イフリータがそう呟き、ゼンマイを降ろすと同時。
 「ありがとう、おじ様ぁん♪」
 飛びつこうとしたイフリーテスの顔面に、イフリータの無慈悲な右足が食い込んでいた。
 「…何やってるのかしら、あの2人?」
 「さぁ…ともかくどこかで休ませてくれないかな? 頭がクラクラするよ」
 菜々美とラマールは後ろから3人の様子を見つめ、呟いていた。
 街の住人がそんな彼らに目を取られている隙に、燃え落ちた建物の反対側から大小6つほどの影が走り去っていったことに気付くものはいない。


 ナバハスから砂漠の大国グランディエに至る道程は長い。
 まずはここ、ガナン公爵領に属するナバハスから徒歩で首都ガナンへ移動。そこから東に定期的に出ている馬車に乗って隣国フィリニオンへ。
 フィリニオン興国の首都アイオンからは、さらに東のアリスタ公爵領への定期便浮遊船が出ている。
 その浮遊船に乗って今はアリスタ公爵領であるイフランの街へ。
 イフランの街で浮遊船は降りて、そこからは徒歩で南東への街道を行けばグランディエ北部に出ることが出来る。
 もっともグランディエに入ってからも大変だ。
 そこから首都・グラスノーツへ行こうものなら、砂漠を延々と5日5晩歩き続けなくてはならない。
 ここまでで分かる通り、気が遠くなるほど遠いのだ。もっともイフリータ程の飛行能力やアフラ並みの風の法術が使えるのならば一日とかからないだろうが、そんなことは並みの人間には無理な話である。
 「イフリータ,行っちゃうの?」
 小さな手が、鬼神の袖を引っ張った。
 イフリータは少女を抱き上げ、やんわりと微笑む。
 「すぐに戻ってくる,片付けなくてはいけないことがあってな」
 少女の黒い髪を撫で付ける。少女・マリエルは首を横に振ってイフリータにしがみついた。
 イフリータの顔に困った表情が生まれる。
 「マリエル,イフリータさんにはイフリータさんの都合があるんだよ」
 そう言ったのはデュラムである。
 ここは街の外れにあるデュラムの家,すなわちマリエルとイフリータの住む家でもある。
 そのいつもは3人の小さ目のテーブルに、今は倍の6人が囲んでいた。
 お邪魔しているのは菜々美とラマール,イフリーテスだ。
 「でもイフリータはずっと私といてくれるって言ってたもん」
 イフリータの胸に顔をうずめたままマリエルは反論。
 「マリエル!」
 声を上げ、立ちあがろうとしたデュラムを、イフリータは目で制した。
 「マリエル?」
 イフリータは優しく、声をかける。
 「私はどんなことがあっても、お前が一番大切だ」
 マリエルは顔を上げた。
 だったらどうして? という表情が、その幼い顔に浮いている。
 「大切なお前の為に、私は行かなくてはいけないんだ。だから分かってくれ,いつもお前のことを考えていると」
 マリエルはイフリータを,そしてデュラムを見る。
 マリエルは小さく一つ、頷くとイフリータの膝の上から降りた。
 「分かったよ、イフリータ,元気にいってらっしゃいってできるように、今夜は私がごちそう作ってあげるね!」
 にっこり笑って、マリエルはそう言った。
 「お姉ちゃんも腕によりをかけてあげるね」
 言って続くのは菜々美。二人はキッチンへと姿を消していった。
 「イフリータさん…ところでグランディエまでは一体どうして?」
 デュラムは2人の姿が奥へ行ったのを確認して、尋ねる。
 彼にはイフリータ達の目的は話していない。
 イフリーテスとラマールはチラリと当のイフリータを眺める。
 イフリータは無表情のまま、彼に告げた。
 「大したことではない,私が言うことではないが、マリエルは寂しがり屋だから…仕事が終わったら早く帰ってきてあげてくれ」
 「ええ」
 デュラムは訊くのを諦めたのだろう,苦笑してお茶を一杯、すすった。
 「ところで…」
 デュラムはラマールとイフリーテスを見る。
 「自己紹介が、まだでしたね。私はデュラム,さっきの娘はマリエルです」
 「僕はラマール,初めまして」
 「私はイフリーテス,イフリータの妹です。ふつつかものですが宜しくお願い致しますわ」
 「は、はぁ…」
 挨拶の仕方がいささか違う様だが、デュラムは気を取り直してイフリータに視線を移し、そして2人に再び向き直った。
 「詳しいことは存じませんが、街の者を代表して御礼を言わせていただきます。そして…くれぐれもイフリータをお願い致します」
 「ちょ…デュラム殿…」
 彼女にしては恐らく珍しいだろう,困った顔でイフリータがぼやくのを、イフリーテスは思わず頬を緩めて微笑んでいた。


 翌朝、4人はデュラムとマリエルの親娘に見送られ、ナバハスを後にする。
 そして森の中で野宿を否応無しにされた陣内一行と合流し、首都ガナンへと出発したのだった。



 晩秋を思わせる柔らかでいて、どこか寂しげな風が2人の間を優しく吹き抜ける。
 1人は幼さを残した,しかしまるで人形のような人間ばなれした美しさを有した少女。
 彼女の横に並んで眼下の街並みを同じくぼんやり眺めるのも同世代の少女だ。
 動き安そうなワンピースに身を包み、金色の長い髪を頼りなげに風に任せている。
 こちらも隣の黒髪の少女に負けず劣らずの美少女だ。
 2人の少女の間には何もない。
 ただ、心地よい無言と静寂だけが存在する。
 ご〜んご〜んご〜ん
 不意に、2人のすぐ耳元から町全体に届くくらい大きな鐘の音が響き渡る。
 ここはフィリニオン興国首都アイオン。
 2人は街の真ん中にそびえる時計台の屋根に座っている。
 「お昼ですねぇ」
 鐘の音が終わると同時に、黒髪の彼女がぽつり、呟いた。
 「そうですね」
 僅かな微笑みを浮かべ、金色の髪の彼女が応える。
 「あの、イフリーナさん?」
 「はぃ?」
 黒髪の彼女…イフリーナは屈託ない笑みを、隣に腰掛けるこの国の若すぎる国家元首に向けた。
 「誰にとっても正しいことって、あると思います?」
 問い。
 遥かな頭上に浮かぶ、不気味な丸いシルエットを見上げながら。
 「私、頭悪いから良く分からないけど…」
 イフリーナは瞬考。そしてそれからは澱みなく続けた。
 「ミュリンちゃんが正しいと思うことなら、私は正しいと思います」
 ボケた上での答えなのか,それとも全てを把握した上での答えなのか…純粋な彼女の表情からは何も読み取れない。
 ミュリンは視線を上空から眼下へ。
 エルハザードの大都・フリスタリカ程ではないにしろ、幾万もの人の営みがそこにはある。
 「ありがとう、イフリーナさん」
 どこか吹っ切れたような、そんなミュリンの言葉が風に流れる。
 「私はルーン陛下のように天秤を観る役にこの身を捧げます」
 「ミュリンちゃん?」
 訝しげにイフリーナは隣の友達を見つめる。
 「だから、イフリーナさん。1つだけ、お願いを聞いてください」
 「うん…」真摯な願いに鬼神は戸惑いつつも頷く。
 「私の良心を、預かってもらえませんか?」
 イフリーナはミュリンを見つめる。
 彼女は鬼神にとって何なのか?
 答えは彼女の口を突いて出る。
 「友達、ですものね」
 答えたこの一瞬だけ、イフリーナから幼さが消えた。
 その一言だけでミュリンは身が軽くなるのを感じる。
 そして…
 どちらからともなく、笑みが漏れた。
 「あの、ちと道をお聞きしたいのだが?」
 唐突な声に、2人は声の方向を見上げる。
 目の前に褐色の肌の少女が浮かんでいた。
 「道、ですか?」
 ミュリンは明らかに人間業ではない彼女の行動にもしかし戸惑うことなしに尋ね返す。
 「ふむ。グランディエとゆ〜国は何処らへんにあるのじゃろうか?」
 妙に老人風な言葉遣いだ。
 「グランディエ…ですかぁ?」
 イフリーナは考えているような格好で呟く,多分考えてはいまい。その証拠に、’ちらりとミュリンを見やっている。
 「グランディエならここから東南東の方向です」
 すっ、とその方向に向って右手を伸ばすミュリン。
 「ふむ、そうか」
 褐色の肌の少女は小さく頭を下げ、一陣の風を残し飛び去って行った。
 「…あの人、どっかで見たことがあるようなないような」
 イフリーナは小声で呟いていたが、やがて面倒になったのか,再びミュリンとともにただぼ〜っと眼下を見つめ続けた。



 砂漠の王国グランディエの皇太子・フレイアは多忙である。
 そもそも砂漠の民の国民性からして、定住を好まない民族である。部族のように動きやすいものではない、ひたすら大きな国の運営などという作業を好んでやるような者は少ない。
 何よりこのグランディエという国,砂漠に散らばる多数の遊牧部族達を束ねるというのは表面上で、実際は諸部族の意見を聞き入れつつトラブルを解決する、言わば町内会長のようなものである。
 諸部族に対しての極度の介入,支配は原則的に禁止されているのだ。
 今回のバグロム戦役に関しても諸部族の有志を募った上での部隊である。戦いが終われば軍に残る酔狂などわずかで、普段通りの遊牧生活に戻っていた。
 フレイアの眷属にしてもそうだ。彼に面倒事を押し付け、みな砂漠の生活に戻ってしまっている。
 「要領が悪いっちゃ悪いんだろうな」
 「殿下,なぁにをぐちぐち言ってるんですか! ちゃんと手を動かしてください!!」
 異国の女性に叱咤され、彼は泣く泣く羽ペンを持つ腕を動かす。
 グランディエは首都・グラスノーツ。
 石造りの王宮…といえば聞こえは良いがどちらかと言うと実務的な役所では、風土的に少数精鋭にならざるを得なくなった環境下で仕事は進んでいる。
 今日で21歳になるフレイア皇太子は、やや長くなりかけた灰色の前髪を軽くかきあげる。
 彼の執務室には彼と、秘書である女性の2人しかいない。
 「なぁ、シャーレ−ヌ?」
 彼は手を動かしながら、隣の机で鬼の様に書類記入の仕事を進める銀色の髪の女性に声をかけた。
 答えにはしかし、射抜くような視線と無言の圧力があるだけだ。
 『無駄口叩いてる暇、あんのか、コラァ!』というオーラが立ち昇っていたりする。
 彼は小さく身を震わし、仕事に戻る。
 ”腹減ったなぁ、散髪行きたいなぁ,そういや、本も途中で止まってたよな…ってよくよく考えたら今日って俺の誕生日じゃん??”
 もっとも21歳にもなって誕生日を祝うだとか、そんな気はさらさらないのだが紛いなりにもこの国の王子,祝いの一言くらい何処からかあっても不思議ではないのだが…。
 心で涙し、食事を取る暇もなく昼が過ぎ、夜が更けた………


 「一段落、付いたぞ」
 「こちらもです」
 ふぅ、と2人は同時に深いため息。
 「今日はいつもよりも仕上がりが早いな」
 フレイアは城の外から聞こえてくる夜の喧騒に耳を立てながら言った。普段なら静まり返る頃に仕事が終わるのだが。
 そんな彼の感想に、シャーレ−ヌが小さく笑う。
 「お昼も摂らずに頑張りましたから、ね。さ、行きましょう!」
 「ど、どこに?!」
 首根っこを掴まれ、ずるずる引きずられながらフレイアは慌てて彼女に尋ねた。
 「何処って?」
 逆に不思議そうにシャーレ−ヌは聞き返す。
 「今日は殿下のお誕生日でしょう? お祝いしないと」
 「え…知ってたの?」
 唖然とフレイア。それを無視してシャーレーヌは続けた。
 「ジンギスカン食べ放題に行きます? それとも…ああ、今日は私のおごりですんで、いつものびんぼ〜症は出さなくて良いんですよ」
 満面の笑みの彼女に、フレイアもまた心からの笑みを向ける。
 そして2人は夜のグラスノーツへと消えた。



 ごろごろごろごろ…
 荷車が揺れる。不思議な一行では、ある。
 荷車には男女との区別のつかない怪しげな6つの人影と、一組の兄妹が腰掛けていた。
 その横を馬に乗った青年が随行する。
 不思議なのはこの荷車を引くモノ。
 荷車は2本のゼンマイに引かれていた。その人の腰あたりの高さで宙に浮くゼンマイにはそれぞれ女性が腰掛けている。言わずもがな、イフリータとイフリーテスだ。
 陣内一行である。
 彼らはグランディエが首都・グラスノーツを目指している。その為にはまず乗り合い馬車の出ているこのガナン公国の首都に出なくてはならない。
 徒歩にして2日の距離だ。
 「ぱぱっと着ける方法ってないのかしらね?」
 「ないな」
 菜々美の愚痴ともとれる言葉をあっさり返すのはイフリータだ。
 「2人でこの荷車を抱えて飛ぶ、とかは?」
 「安全の保障はしないわよ」
 答えるイフリーテスはしかし、やる気まんまんだ。菜々美はやっぱりいいと一言残し、後ろに座るバグロムのイクラに背を預けて目を瞑る。
 ごろごろごろごろ…
 定期的なリズムが彼女を揺らす。
 「カツヒコくん,やっぱり君達は兄妹だよ」
 菜々美の寝顔を眺めながら、馬上のラマールはポツリ呟いていた。
 先は長い。



 「ないないないないない〜〜〜〜!!」
 誠の叫びが響き渡る。
 アフラはようやく片付いた研究室で、香りのきつい紅茶を楽しみ始めたところだった。
 彼女は声の発生元と思われる研究所の裏へと回る。そこには部屋に入りきらない古代の遺物や誠の調査の足に使うエア・ボートなどが置かれているはずだ。
 「どないしたんですの、誠はん?」
 呆然と立ち竦む彼の背中に、アフラは紅茶を一口,すすって尋ねた。
 彼の隣には見覚えのある少女の姿。
 「あら、アフラお姉様! お久しぶりですぅ!」
 飛びついてくる彼女を慣れた体さばきでひょいと避け、アフラは誠の隣に。
 彼の目の前には何もなかった。
 「何かなくなっとるんどすか?」
 「僕の…エア・ボートが…」
 「…もしかして、さっきウチが部屋を掃除しとる時に見つけた菜々美ちゃんの書置きに関係しとるかもしれんわ」
 アフラは胸のポケットから走り書きされた手紙を取り出す。
 日本語で書かれているので彼女には読めないのだ。
 誠はそれを受け取り、目を通し…
 「カーリアが………菜々美ちゃんも無茶しよるで!」
 ギリっと唇を噛む誠。
 その後ろでは誠の呟きが何の事か分からず、ただ彼の背中を見ることしか出来ないアフラとアレーレの姿があった。
 日が、暮れる。
 フリスタリカの空気に暖められた晩秋の風が、三人の髪を揺らして行った。



 蝋燭の明かりにうっすらと黄色に彩られるそこは、本来ならば広い部屋に違いない。
 しかし高々と積まれた書物や、何に使うのか一目見た程度では分からない奇怪な数々の道具に埋め尽くされたそこは、人二人がすれ違うのもやっとなくらいだ。
 そんな混沌とした部屋の、唯一の燭台の置かれた机には中年の男が手にしたモノを真剣な面持ちで見つめている。
 拳大のクリスタルだ。
 その透明度は限りなく水に近く、存在は限りなく水から遠い。
 男は部屋に一人、何かを待つ様に身動き一つしない。
 灰色の長い髪を後ろで結んだ、どこか茶目っ気のある中年である。
 砂漠の民が好んで用いる暗紫色のローブを纏っていた。これは殺傷能力すら有する太陽の光から体を保護するのと同時に、現在の様に夜は氷点下となる気温から熱を逃がさない役目もある。
 男の頬の筋肉がピクリ、小さく動く。同時に無表情だった彼の顔に笑みが、浮かぶ。
 光源である蝋燭の光によって背後に延びる彼の影が揺らいだ。
 するとどうであろう,その影が急速に盛り上がり、まるで湧いて出たかのように一人の少女が現れたではないか。
 男は振り返ることも無く、反射してクリスタルに映る白髪の少女を微笑のまま見つめていた。
 クリスタルに映る彼女は無条件の殺意を身に纏う。戦いの素人であっても息を呑む気配だ。
 少女は音も無く背を向ける目の前の男の首に両手を伸ばし…
 直前で止まる。
 「…何を笑っている?」
 殺意に躊躇が、芽生え始めた。
 男は微笑のまま、ゆっくりと彼女に振り返る。そこに浮かぶは親意。
 「ようこそ、カーリアちゃん」
 言って、クリスタルを彼女に放った。カーリアは慌ててそれを受け止める。
 「な…何のつもりじゃ?」
 クリスタルを両手で抱きながら、カーリアは訝しげな顔で男を睨む。
 「まるでワシを待っていたような…」
 「待っていたんですよ」
 即答。中年は続ける。
 「私はハーゲンティ,先エルハザード文明を研究する者です」
 ペコリ、頭を下げる。
 カーリアは後ろへ一歩。
 「待っていたとな?」
 「ええ。貴方は私の力となり、私は貴方の助けとなりますからね」
 ハーゲンティは前へ一歩。
 「…何を言っておる?」
 「貴方はそのクリスタルで何をしようとしているのかは私には分からない。しかしそのクリスタルが「ある」だけで、果たして100%目的を達することが出来るのでしょうか?」
 クリスタルを胸の内にしまおうとするカーリアの動きが、止まる。
 カーリア,いやアルージャは瞬考する。これで神の目を起動することは出来る,だが時の狭間に埋もれた己本体を引き上げるには何度神の目を起動させることになるのか?
 アルージャの目論見としては、神の目によって次元断裂を起こしその余波でこの世界に本体を戻そうとするものだった。だがその余波が彼の本体の居る所までどの程度届くかは未知である。
 彼としてはこの世界の何が壊れようと関係無いので、神の目を起動しつづけることによって試行錯誤を繰り返そうと考えていたのだが、実際何度起動できるのか?そんなハード的な問題もあろう。
 「…貴様はこのクリスタルが『何』なのか、知っておるのか?」
 カーリアは質問を変える。中年は答えとして無言で頷き、付け加えた。
 「そのクリスタル,いえ、位相核と言った方が良いんでしょうか? それをいじっていたら垣間見えたんですよ。私と貴方、そしてもう一人の三人で神の目を解明するその瞬間を、ね」
 カーリアはそんな彼の言葉に目を見張る。
 「貴様,時のクリスタルを操ったというのか?」
 「基本制御だけは解明しましたよ。まだまだこれからです」
 言いながら彼は右手を差し出す。
 「さぁ、私と一緒にやりましょう,カーリアちゃん」
 カーリアは男を力強い視線で睨みつける,しかしハーゲンティは受け止めることなく受け流し、ただ笑みを浮かべていた。
 「ふん! 一つだけ言っておく」
 カーリアは差し出された彼の手を握り返す代わりに、時のクリスタルを叩きつけるように手渡す。
 「ワシのことをカーリアちゃん,などと呼ぶな! アルージャ様と呼べ!」
 新月のこの晩から、古の鬼神の姿と力を持った異世界の神官がこの地に止まることとなる。
 そのことを知っておくべきこの国の王子は今、ジンギスカン料理を頬張っていた……



 「なぁ、イシエルよぉ,聞いたか?」
 「何だべさ? マスター??」
 ウエイトレス姿のイシエルは、両手に一枚つづ持ったジンギスカン用の肉と野菜を持った皿を一瞥ののち、店の主人に振り返る。
 「ついさっきよぉ,向い筋の酒場で大喧嘩があったらしい」
 「いつもの事じゃ?」
 「それがな、小娘一人に大の大人が六人ほどボロボロにされたんだと」
 一瞬、髭づらの店の主人のその言葉にイシエルの眉が微妙に上がる。
 「きっと中国拳法の達人の娘だべさ,忙しいんだからそんなのはあとあと!」
 「まぁ、そんなのがいるみたいだから気をつけてくれってことだ。それと…何だ? 中国拳法って??」
 店の主人の問いに答えることなく、イシエルは両手の皿を食べ放題で本日一番の量をこなす一組のカップルの元へと運ぶ。
 歩きながらイシエルの脳裏では凄まじい速度で思考がなされてゆく。
 向い筋の酒場は幻影族のこの国における拠点である。無論、従業員も全て幻影族だ。
 喧嘩の内容は店の者とのいざこざか、もしくは客と客のものなのかは分からないが、目立つことを避ける幻影族らしからぬ失態だ。
 もしも喧嘩をして負けたのが幻影族というのならば。
 通常の喧嘩では人間に負けることもあるだろうが、六人も揃っていたとして負けたのだとしたら。
 一体誰に負かされたのか?
 もっともここまでは店の主人の言葉に基づいただけの彼女の仮定なので、事実は分からない。
 ”お仕事が終わったら調べてみようか”
 「はい、お待ちどう!」
 「お姉さん,俺、エールの大1つ追加!」
 「私は青リンゴのチューハイの大」
 「毎度!」
 典型的なこの国の青年と、異邦人の女性らしき仲の良さそうなカップルのオーダーを伝票に書き込みながら、イシエルは女性の面影に何故かロシュタリアに住む青年を思い出していた。



 綺麗に片付けられた誠の小さな研究所には、芳しい西方の茶の香りが満ちていた。
 ベットの縁に腰掛けたアフラは、アレーレのいれたお茶のカップを傾けつつ、誠への菜々美の文面に目を通す。
 内容は簡潔すぎてはっきりとは分からないが、要するにカーリアが鬼神の頃の記憶を取り戻すか何かして不穏な動きをしているということだそうだ。
 それを菜々美はカーリアと約束した通り『殺す』ことで止め様としているらしい。
 「で、誠はん,どないするんで?」
 「どないするもなにも…菜々美ちゃんが何処に行ったかも分からへんし…」
 唯一の椅子に座った誠は困った顔でお茶を一気飲み。
 「誠さんのエア・ボートに、その…何というか…そうそう、発信機みたいなのって付いてないんですかぁ?」
 アフラの隣に腰掛けたアレーレが不思議そうに誠に尋ねた。
 「…僕は007かい? 残念だけど、そんなんは取りつけてないわ」
 「珍しい」
 「僕をストレルバウ博士みたいな目で見とらへんか? アレーレ?」
 ジト目で誠。
 「発信機とか誠はんの趣味とかは置いておいて」
 「趣味てなんや?!」
 「菜々美はんの頼りそうなのというと誰ですやろ?」
 誠のツッコミを無視してアフラは続ける。
 「う〜ん、シェーラお姉様?」
 アレーレは呟く。
 「シェーラさんはマルドゥーンやし…エアボートでは途中までしか行かれへん」
 「藤沢夫妻はどうですかぁ?」
 「センセ達はこの間の味皇決定戦の後に旅行するって言うとったで。おらへんわ」
 「む〜,じゃぁ誠様はどう思われるんですか?」
 「うっ…う〜ん」
 アレーレのツッコミに誠は唸る。
 「誠はん、一つありますやろ」
 アフラはお茶の最後の一口を飲み干して、カップを机の上に。
 「一つというと?」
 「鬼神に対抗するには、鬼神しかありません?」
 「幻影の森のイフリータ!」
 「さすがアフラお姉様!」
 どさくさに紛れてもたれかかってくるアレーレを押し返し、アフラは頷く。
 「今日はもう夜も遅いし…明日の朝、出発しましょ」
 「そうですね。…あ、でも」
 誠は困った顔で呟いた。アフラは苦笑して彼の心の中の靄を晴らす。
 「心配せんでもウチがそこまで連れてってあげるわ,すぐやさかい。場合によってはグランディエまで送りますぇ」
 「何から何まで済みません」
 「じゃぁ、私は明日までに必要な荷物を用意しておきますね」
 アレーレは立ち上がり,と、動きを止める。
 「そう言えばアフラお姉様は今夜はどちらにお泊りになられるんですか?」
 「ここの屋根裏部屋に布団ありますぇ,ここに泊まりますわ」
 「え……お城の客室がありますけど…」
 「ウチの今回の訪問は個人的で公式やありませんし、現に王女様達にもお会いしてまへんしな。そこまで迷惑かけるわけにはいきません」
 きっぱりとアフラ。アレーレはやや不満そうに、しかしルーンやファトラの事を思うとこれから謁見というのも差し控えるべきだろう。
 しかし…
 「誠様と一つ屋根の下、ですよ?」
 恐る恐るアレーレは問う。
 「別に今までマルドゥーンの大神殿でもそうでしたし、なぁ? 誠はん?」
 「そうですね。でも僕が屋根裏の方に行きますんで」
 「ウチは客の方やから屋根裏で構いません」
 「お客やからこそ、僕が屋根裏の方へ行きます!」
 やや言い争い気味になってきた二人を疲れた顔で眺めながら、
 ”…論点が違う”
 アレーレは思うのだった。
 結局、変なところで強情な二人は伴に屋根裏部屋で一夜を明かしたようだが、真相は夜の闇の中,心の中、である。



 翌朝。
 彼女は寝間着のまま、自室のテラスから二人が西の空へ向かって飛び行くのを見送った。
 「ファトラ様ぁ,よろしいのですかぁ?」
 背後からのどこか甘えた声に、彼女はしかし振り返ることなく二人の男女の消えた西の地平線を眺めるのみ。
 しばらく、朝のやや冷気の帯びた風が彼女の漆黒の長い髪を撫でて行く。
 「アレーレ」
 部屋の中へ吹き込む微風に乗って、彼女の小さな呟きが控える侍女に届いた。
 「はい」
 届く声色にアレーレは姿勢を正す。さっきまでの甘えた雰囲気は、これまた風に乗って運ばれてしまったのか、皆無。
 「わらわが一番キライなものは何だか、知っておるな?」
 「…ファトラ様のキライなもの、でございますか?」
 彼女は返答に困る。
 彼女の主はキライなものが多すぎる,ともすれば世の中の半分以上の人間すらキライなのだ,男性故に。
 困り果てた、そんな侍女の顔を見ることなく、ただフリスタリカの彼方に広がる地平線を眺めたまま、ファトラは告げた。
 「姉上の苦しむ顔じゃ」
 振り返る。
 一陣の風が、彼女の背中を押した。
 長い髪の間に覗くこの時の主の瞳を、アレーレはきっと忘れない。
 「半刻後にロンズ,ストレルバウをここへ呼べ。隠密裏に、じゃ。奴らに予定が入っていようと構わん。すべてキャンセルさせてここへ寄越せ」
 「了解致しました、ファトラ様」
 侍女は声の抑揚なく応え、僅かに頭を下げて部屋からその姿を消した。
 「手を汚すのはこの私だけ構いませぬよ、姉上。我らは姉妹ではありませぬか…」
 感情無きその呟きを聴く者は、いない。



 机の上には地図が広げられていた。ロシュタリア北方の地図だ。
 精緻なその羊用紙の地図はしかし、見る者が見れば分かるはず。
 四公国が描かれたものであった。すなわちバグロムとの大戦以前の代物である。
 東を聖大河に,北はココリコ山系と幾つかの自治都市,エランディアに囲まれ、南東にロシュタリア,南にマルドゥーン山とそれを内包するカシュク,西は荒野と砂漠の大国グランディエが位置した、ガナン,バルバトス,フィリニオン,アリスタの四公国を表わす地図だ。元来この土地はロシュタリアの土地であったが、大昔に活躍した四人の公爵に割譲したことが国の起源とされている。
 地図に記載されている面積自体はロシュタリアの四分の一にも満たない。
 だが肥沃で、四季の豊かな土地である。この点は広大ながらも荒野と砂漠が80%以上を占めるグランディエに勝る点だろう。
 現在ではこの地図の『内容』は変わらないが、しかし『勢力』は異なっていた。
 バルバトスは消えフィリニオンと合併し、その領土の西の一部はアリスタ公領に。そしてカシュクの北の一部もまた、アリスタ公領となっている。
 そんな地図を見下ろす3人の姿があった。
 部屋の主のファトラと、実質上のこの国の武を代表するロンズ,文を代表するストレルバウだ。
 その後ろではアレーレが静かに控えている。
 「古い地図…ですな」
 呟いたのはロンズである。
 「この時代のものが一番記載が詳しいのじゃ」
 「この頃は平和でしたからのぅ」
 ファトラとストレルバウが応える。
 と、ファトラは唐突に指を鳴らした。応じてアレーレが手にした書類を彼女に手渡した。
 「おぬしらに来てもらったのはその地図を見れば言うに及ばず、であろう」
 彼女は二人を見渡す。
 中年と老人は各々困った顔で、しかししっかりと頷いた。
 現在、かつて四公国と呼ばれたこの地では不穏な空気が流れている。
 特に最近では、フィリニオンとアリスタの国境にあるイフランの街付近には両国の軍隊が距離を置いて睨み合い、緊張が続いているという。
 「昨晩、わらわの手元に届いた情報じゃ」
 ファトラは言って、地図の一部をいつ手にしたのか,指揮棒で差した。
 そこはフィリニオンの北西。小麦倉庫として名高いアンジェル地方だ。
 「ここが近年稀に見る大雨で水害が多発し、今年の小麦の収穫どころではないらしい」
 「そのようですな。ココリコ山系にぶつかった停滞前線が…」
 「学術的なことを述べる時ではなかろう」
 ストレルバウの言葉をあっさり殺してファトラ。
 「フィリニオン興国の軍が一部、救済と治水工事にそこへ駆り出されたようですな」
 こちらはロンズ。ファトラは小さく頷く。
 「ここはフィリニオンとアリスタとの北部の国境に近いが、内容が内容故にどうしても見落としがちになる。そして現在緊張の続くイフランの街」
 指揮棒が南へ50kmほど、下る。
 「ファトラ様はアリスタとフィリニオンの間で戦いが起こると、そう思われておるのですかな?」
 ストレルバウは問う。そこには何の感情も表れていない。
 「お主はどう思うのじゃ? ストレルバウよ」
 「イフランの街には鉱物が豊富な山々がございます。元々はフィリニオンの公国時までは領土となっておりましたが現在では実質上、アリスタ領でございますな」
 「もしも私めがフィリニオンの者ならば、早急に奪還したいところでございましょう」
 こちらはロンズだ。彼は続ける。
 「しかしフィリニオン興国は先の大戦で国力・軍備ともに疲弊しているはず。内陸部にあったアリスタは直接戦線には加わっておりませぬゆえ、その温存した戦力との差が如何ともし難いでしょう」
 「もしも戦争ということになりましたら、グランディエはともかく、ガナンやエランディア、何よりカシュクがここぞとばかりに動くことでしょう。今もまだ、どの国も疲弊しておりますからのぅ」
 ストレルバウが当時の戦いを思い出した様に、やや疲れた風に告げた。
 「フィリニオンはガナンとの間に相互不可侵条約を先日結んだそうじゃ。言うまでも無く隠密裏にな」
 「ほぅ」予測はしていたのか,しかし感心した様にロンズ。
 「おそらく条件の中には二国間の関税の引き下げも込められていることでしょうな」
 こちらはストレルバウだ。
 「またカシュクの元・炎の大神官の元にフィリニオンからの密使が訪れたとの情報も届いておる」
 ピクリと、ロンズの眉が僅かに動いた。
 ストレルバウは小さく頷きながらファトラの言葉を続ける。
 「北のエランディアは黙して動かず、西のグランディエは興味を示さない…ということですな」
 「そう言うことじゃ」
 ファトラはエランディアの王女を思い出しつつ、苦笑。
 そして彼女は僅かに大きく息を吸いこみ、意を決した様に告げた。
 「フィリニオンがアリスタに適当な理由をつけて喧嘩を売るじゃろう。カシュクと連携し、北、東、南の3箇所からな」
 「戦争、ですか」
 「宗主国として黙ってはいられませんのぅ」
 二人の男の瞳に剣呑な色が浮かぶ。
 つい先日、このロシュタリアで協力体制を築いて行こうと各国代表とともに定期会談を行ったばかりである。
 その数ヶ月も経たない後に戦争とは、宗主国であるロシュタリアの顔に泥を塗るようなものだ。それはファトラにとっては姉であるルーンの顔に泥を塗る行為と同列である。
 和を乱す者には宗主国として鉄槌を下さねばなるまい,例えそれが理不尽なものであっても。それ故の宗主国なのだから。
 「しかし理想を語れる汚れの無い人間が、今は何より必要じゃ」
 ファトラは二人に告げる。
 「その役は姉上にしか出来ぬ。故にわらわは姉上の影となり、この手を汚そうと思う」
 右手を地図の上に差し出し、握り締める彼女。
 ロンズとストレルバウは、その白い拳を見つめ、そしてお互い顔を見合わせる。
 最後にファトラに顔を向けた。
 「さて如何致しましょう、ファトラ様」
 「この爺で良ければなんなりとお申し付け下さい」
 深々と頭を下げる二人。
 「助かる、二人とも」
 ファトラは微笑を浮かべつつ、しかし僅かに瞳に厳しいものを浮かべる。
 「あくまでわらわの『推測』で軍を動かす訳にはいかん。だが、すぐにでも動ける様に手配を頼む。もしや…今からでは間に合わぬかも知れぬが」
 その推測は全て的中することを、彼女は知ることとなる。
 今この時から、彼女の本格的な戦いが始まっていた。

To Be Continued... 



キャラクター考察・第五回 『ラマール&イフリーテス』

 徳間AM文庫『神秘の世界エルハザード』はエルハファンならば必読です。上下巻と外伝が発売されており、古本として探した方が確実かと思われます。
 倉田氏が書かれたOVAでも、TVでもない独自の作品,ある意味で完璧な仕上がりを見せてくれる逸品です。
 そしてこの徳間AMにおいて、オリジナルキャラクターとしてラマールとイフリーテスが登場しております。あまりにおいしすぎるキャラなので登場させました。
 さて、ラマールですが彼は徳間AMではファトラの婚約者です。カシュクの王子であり、美少年愛好家,誠に惚れます。
 しかし出番は上巻のみ。ファトラ登場と同時に闇へと葬られました(笑)。
 今回、この物語においてはカシュクでの将軍位,誠とウリ2つな、滅法強いけど、美少年愛好家な変態さんとさせていただきました。
 カシュクはマルドゥーンをその身の内に抱える神官王国であり、彼は元・炎の大神官クレンナの影響下にいるものと思われます。
 彼の持つクレンナの作り出した炎の力を持つ槍『炎帝』は、今や死語となった旧神官公用語をキーワードに力を発揮するようです。起動時には炎蛇という炎の攻撃力補助の方術が出現します。
 ラマール=サードはとことん腕っ節が強く狡賢い所もありますが、子供っぽい所もあるようです。また誠とは異なり、自我を強く通す一面があります。ここが陣内と衝突しやすい故に意識のぶつかり合いでもあるので気の合う部分なのかもしれません。
 個体ユニットとしてはシェーラなど大神官ほどではないにしろ、高い攻撃能力を保有。また軍隊指揮の経験も前大戦で経験済みで実績もあるようですね。
 対してイフリーテス。彼女は徳間AMでの設定そのままとさせていただきました。
 中年好きで、ソフトウェアは柔軟。イケイケのねーちゃんっぽいという感じです。
 イフリーテスの能力はしかし、他の鬼神とは一線を画するものとさせて頂きます。これは後のお楽しみに!
 彼女とイフリーナ、イフリータの三人で徳間AMでは『鋼鉄の三姉妹』と呼ばれておりましたが、果たして当作品では…


 美少年好きのラマールと中年好きのイフリーテス。趣味も何も全く合わないこのコンビは果たしてやって行けるのか?
 お楽しみに!


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