Elhazard The Shudderly World !! 



戦慄の世界 エルハザード

第六夜 開戦の世界へ



 ガナン公国は先代ロシュタリア王を輩出した名家が治める国である。
 古くはロシュタリア創設時に活躍した公爵に与えられた土地ということだが、詳しい記述は残されてはいない。
 ともあれ、そのような関係からロシュタリアとの国交も篤い土地柄であった。
 また北に接する幾つかの自治都市,北の大国エランディア,そして西に面するフィリニオン興国とも関係は良好であり、国の西を覆う聖大河を用いた運輸も手伝って市場にはエルハザード全域からの品物で賑わっている。
 品物だけではない,行き交う人種も様々だ。
 しかしだからと言って、さすがに人にあらざる者――バグロム――の姿や、青い肌を持つ幻影族の姿は見て取れない。
 そんな活気のある、雑多とした路地を行く一行の姿があった。
 「フリスタリカよりも品物が揃ってるわねー」
 露天商の広げる品々を見渡して、陣内 菜々美は感心した様に溜息を漏らした。
 「そりゃそうさ、ガナンは港町だし。フリスタリカはハマの遊歩道を通ってるけど内陸だからね」
 彼女の隣で解説するのはラマール=サード。彼の言うハマの遊歩道というのは地球で言うところの絹の道のことである。なお、ハマとは彼の牽く馬とラクダを組み合わせたような動物で、荷物を牽かせたり、戦での馬の働きをする。
 「もっとも、それだけじゃなさそうだけど」
 路地裏を視界の隅に収めながらラマールに言うのは、長い黒髪を持つ女性。
 「それもあるわね、イフリーテス。フリスタリカは治安が良過ぎるものね」
 菜々美はどう見ても闇取引らしい現場を垣間見ながら同意。
 「でも私にとっては魅力的よ、この街は。東雲食堂の2号店を作るとしたらここに決定ね」
 「僕としてはカシュクに作って欲しいな」
 「ん、なんで?」
 ラマールの言葉に菜々美は首を傾げた。
 「そうすりゃ、毎日ナナミちゃんの料理が食べられるからね」
 「んなっ!」
 顔を真っ赤に染めて菜々美は言葉に詰まった。そんな彼女の様子を知らずにラマールは続ける。
 「兵舎の飯は臭いし、時々クレンナ様が無理矢理作ってくれるカレーは辛すぎるし……。それに引き換え、ナナミちゃんの作る料理に勝てるカシュクの食堂はないよ!」
 「あ、そ。えっと、やっぱり2号店を建てるとしたら表通りかな?」
 「わざわざ裏通りに作って『隠れた名店』ってするのも良いかもよ」
 「あら、イフリーテス,案外良いこと言うじゃないの」
 「あっさり流さないでよ…」
 残されたラマールは慌てて2人を追いかける。
 菜々美はそんなラマールを振り返って眺めつつ、大きく溜息一つ。
 ”顔が似すぎてるってのが困りものよね。さらに許せんのが…”
 「あ、あんなところに美少年が!!」
 ラマールの進行方向がカクッと90度変わる。彼の先には何故か背景にバラの花を背負った美少年が。
 「やめんか,イフリーテス、やっておしまい!」
 「ハイよ!」
 イフリーテスは手にした杖――鬼神のゼンマイ――を一振り,青白い電光が迸り、ラマールを焼いた。
 「?!?!?!」
 本日何度目か、彼は悲鳴を上げることすら出来ずにその場に黒くこげて倒れたのだった。
 「その顔で美少年好きはやめてよ。イメージ崩れるわ」
 「……人の趣味をアレコレ言うのは良くないと…」
 「イフリーテス」
 「はいはい」
 バチバチバチ!
 「?!?!?!」
 小さく痙攣するラマール、続けての放電はさすがに彼に起きる力を与えなかった様だ。
 それはさておき、
 「何を遊んでおるのだ?」
 「あ、お兄ちゃん」
 路地に倒れたラマールを踏みつけて姿をあらわしたのは、陣内 克彦。
 彼の後ろには頭からすっぽりと暗紫色のフードをかぶった巨漢の姿が六つ。
 そして人形のような美しさを兼ね備えた、ウェーブのかかった髪を持つ女性一人。
 「足を予約してきたぞ、あと一刻後に出発だ」
 「「えーー」」
 不満の声が2つ、菜々美とイフリーテスである。
 「今夜くらいはここで泊まろうよ」
 「暖かいお布団で眠りたいーー!」
 「蒸し暑い車内で眠るが良いわ!」
 イフリーテスに怒鳴り返す陣内。
 「急がなくてはイカン理由もあるのだ」
 苦い顔で彼は今度は菜々美に対して続けた。
 「急がないといけない?」
 「ふむ」
 陣内は妹にここからグラスノーツに至るルートを説明する。
 ガナンから南西にある砂漠の王国グランディエの王都グラスノーツへは2通りの行き方がある。
 まず一つはこのガナンから南へ,ロシュタリアはフリスタリカを経由して西へ。そこから砂漠を越えて向う方法。
 これは炎天下の砂漠を休みなしにエアボートであってもおよそ五日間かかり、非常に危険なルートである。旅慣れた者ならば問題はないのだが。
 そしてもう一つは比較的安全なルート。
 ガナンから西へ伸びる街道を通ってフィリニオンへ。さらに現在はアリスタ領となっているイフランの街まで着いたら今度はそこからカシュクへと続く、南西に伸びるマルドゥーン山の麓へと続く街道を通り、幾つかのオアシスを経由してグラスノーツへと至る方法だ。
 こちらは砂漠を歩いて2日ほどで済み、宿泊もオアシスがあるために一般的に良く使われる道である。
 「このイフランの街を巡り、フィリニオンとアリスタが一戦を交えるという噂がある」陣内は告げる。
 「そこへ聖地奪還を目指すカシュクも参入してくる気配もある。面倒にならないうちに通りすぎるべきだな」続けてイフリータが言った。
 カシュク,その言葉が出た途端、ラマールは起きあがる。
 「そうね」
 頷く菜々美。
 「姉さんがそう言うんじゃ、ねぇ」
 仕方なしといった風に頷くイフリーテスは思い出した様に彼に尋ねる。
 「で、その足とやらは何? 私はエアボートが良いなぁ」
 「大型の乗合いエアボートだ。車内泊でイフランの街まで丸1日だな、コレを逃すと次は一週間後になってしまう」
 「ふぅん、じゃ、しょうがないわねぇ」
 肩の力を落としてイフリーテスは呟いた。
 隣では目を細めて己の槍『炎帝』を見つめながら、ラマールがそっと呟く。
 「戦争、か」



 時間はおよそ一日遡る。
 グランディエの北東、カシュクの南部に近い位置に広がる緑の無い山岳地帯にそっとそこは隠されている。
 幻影の森――
 先エルハザード文明の遺跡である。
 そして今は主を失ったイフリータの守る森。
 幻影に覆われ、世俗の目から完全に切り離されたこの空間に2人の男女の姿があった。
 比較的新しい状態にあるエアボートに、その2人はいる。
 「しっかし菜々美ちゃんも良くやるわ。イフリータを抱き込むなんて」
 「言葉は悪いかもしれまへんが、やり方は兄にそっくりですな」
 苦い笑みを浮かべるのはアフラ。
 グォン!
 同時にエアボートが振動,地磁気を受けて1mほど地表から浮き上がる。
 誠は身ごなし軽く、乗り込んだ。
 「僕はこのままグラスノーツの街に向うわ」
 「大丈夫?」
 「エアボートに積んである水と食料は充分さかい」
 笑って誠。アフラは小さく頷いた。
 「ほな、気をつけて」
 「アフラさんも」
 2人の別れは再会を当然とする、素っ気無いもの。
 誠はエアボートを西へと滑らせ、アフラは北のマルドゥーン山を目指して青空へと消えて行った。



 誠達のいた場所からマルドゥーン山を挟んで北部。
 カシュクの最北端にある街は近年にない人数が集っていた。
 神官戦士――カシュクの誇る軍隊である。
 街の一番立派と思われる町長の家の、来賓室には2人の女性の姿があった。
 知る者は知るだろう、そして珍しい光景に驚くに違いない。
 一人は軍の責任者を示す簡素な額冠を巻いたクレンナ=クレンナ。
 先代の炎の大神官であり、大神官を結婚退職という形で退いた後は、マルドゥーン山を身の内に管理する宗教僧国カシュクの軍事顧問を担っている。
 そしてもぅ一人は白いローブに身を包んだ軽装の女性ユフィール=イリス。
 先代の風の大神官であり、夫に先立たれた現在はフィリニオン興国に身を寄せている。
 「ロシュタリアがとうとう軍を動かしているな」
 クレンナは椅子に腰掛けてコップに入った液体を一気呑み。
 カシュクで取れる香草を煎ったものをお湯に通したお茶のようなものだ。
 「そのようですね」
 向かい合わせに腰掛けるユフィールも同じくコップの中身を一口。
 苦さに眉を寄せつつ続けた。
 「公式にではないようですけどね。おそらく精鋭部隊でしょう,ハマによる移動の様ですけど、その速度が速すぎます」
 「指揮官の能力も高そうだな」
 クレンナは羨ましそうに呟いた。戦いで重要な要因は一人一人の戦闘能力の高さの他に、その一人一人をいかにうまく動かせるか? がある。
 これは個人戦闘ではないのだ。
 すなわち移動速度の早さはその軍の錬度,及び命令系統の確立と指揮官の能力の高さをそのまま反映する。
 「ロシュタリア軍の先鋒に立っている武将はロンズさんみたいですけど」
 「ほぅ、一戦交えるのも一興かもしれないな」
 剣呑な光を瞳に宿してクレンナは言い放つ。が、思い直したように言い直した。
 「が、この戦いはいかに早くアリスタを片付けるか、だ。威嚇しか出来ぬ奴等など我等の敵では無いだろうからな。あとはきっかけだけなのだが…」
 「案外、きっかけはすぐに訪れてくれそうですよ」
 ユフィールは一瞬、目を閉じて彼女に告げる。
 「どういうことだ?」
 「貴方の部下が、きっと察してくれるでしょう。明日の午前中には何らかのアクションがあると思って良いですね」
 「私の部下だと?」
 訝しげにクレンナ。
 「きっかけさえ出来たならば、あとは連携と速度。速度ならば私に敵うものはいません。私は風ですもの」
 戦いにおいてもっとも重要なのが最新の情報だ。ユフィールは風を通して情報を伝達する事が出来る。
 この風の法術は風の神官ならばある程度使いこなすことが出来るが、彼女のように広範囲に渡って情報伝達ができる使い手はいない。
 通常は伝言ゲームの様に幾人もの風の神官が間に入って伝えて行くという方法が取られるので、案外時間がかかりリアルタイムとは程遠いのだ。
 「準備は万端という訳か。しかし…」
 クレンナはふと、女性らしい柔らかな表情に戻る。
 「ミーズは今の我々を見て、なんと言うかな?」
 「他人の目を気にするような人だったかしら? 貴方は?」
 「失礼なヤツだな」
 お互い微笑み、そして次の瞬間には硬い表情に戻る。
 クレンナは立ちあがる,彼女にはまだやる事は沢山残っているのだ。
 彼女が部屋から出る為にドアノブを掴んだ、と、後ろを振り返る。
 「そうそう、ロシュタリアからの使者はどうする?」
 「その判断は異国のものである私にはできませんね」
 おちゃを啜りながら、ユフィールは素っ気無く答えた。
 「ウチに来た使者には丁重なおもてなしを受けてもらっておりますわ」
 それだけでクレンナは承知した。
 「分かった、こちらも丁重にもてなすとしよう」
 クレンナが部屋を去ると同時、ユフィールの姿も窓から駆け抜けた風に溶けて消えた………



 ロシュタリア北西部は2つの国と接している。
 赤茶けた岩の大地が目立つ西に広がる山岳地帯はカシュクとの国境、北に同じく背の低い草が生えるだけの荒野はフィリニオン興国との国境。
 ここから山岳地帯を左手にフィリニオンに入り北西へと進むとやがてアリスタの地に入る。
 物静かに、しかし信じられない速度で疾駆する騎師の数は500。
 彼等が至るのは、緊張の続くイフランの街だ。
 「ここからどれくらいかかる?」
 「約2日といったところでしょうな」
 騎上の人となった姫将軍ファトラは隣を行くロンズに問うていた。
 「やはりガレー船を移動手段にした方が早くはなかったでしょうか?」
 今度はロンズが彼女に問う。
 「ガレー船は緊張を高めるだろう。わざわざハマを用いているのはその為じゃ」
 「ですが幾ら精鋭揃いであっても、間に合わなければ緊張を与えるもなにもありませぬぞ」
 「その時にはその時じゃ。それよりもカシュクとフィリニオンへ向けた使者は戻ったか?」
 「いいえ」
 即答のロンズ。
 しかし上下左右に揺れの激しいハマの上で、平然と会話を続けるこの2人はやはり只者ではないだろう。周りの騎士達からチラリチラリと驚きの視線が投げかけられていた。
 「ちっ、軟禁か」
 ロンズの答えにやっぱりというか,予想通りだった事にファトラは舌打ちを打たざるを得ない。
 「軟禁、ですか? しかし何故」
 「時間稼ぎに決まっておろうが! そろそろ緊張が切れるということじゃ。急ぐぞ,イフランへ! これ以上我がロシュタリアの目の前で勝手をされてたまるか!」
 さらにファトラのハマの速度が上昇,引っ張られる様にして500の騎師の速度も一層速くなった。
 夜も拭けてきている。しかしファトラの思いとは反対に、ハマと騎士達の体力の限界も近づいてきていた。



 朝日は眩しかったが、爽やかさはなかった。
 「ここがイフランの街?」
 「何て言うか、ぞっとしないわねぇ」
 大型エアボートから降り立った陣内一行は街の物々しい雰囲気に一同して眉をしかめる。
 もっとも表情の乏しいイフリータと、表情の分からないバグロムからはそれは読み取れなかったが。
 街のそこかしこには武器を携えた兵士の姿がある。これが物々しさの原因だ。
 「途中、フィリニオンとの国境で軍隊を見かけたでしょう? そのお陰で戒厳令も敷かれているそうです」
 「不便ねぇ」
 ラマールの解説に、菜々美はふぅは溜息。
 と、彼女はラマールの姿が変わっていることに気付いていた。
 彼はいつの間にか着替えていたのだ、それはアリスタ軍の軍服である。
 「カツヒコくん」
 「何だ、ラマール?」
 彼に振り返った陣内もまた、ラマールの姿に首を傾げる。
 そして次の瞬間、その意味がはっきりと分かった。
 「僕はカシュクの将軍として、ここでやるべき事があるんだ」
 「?!」
 「だからさ、ちょっと協力してもらうよ。大丈夫、結果的には良い方へ転ぶからさ」
 ラマールは言いながら、陣内の後ろに控える六人の巨漢にかけより、
 ババババババッ!
 次々とフードを取ったのだった。
 フードの下からは言うまでも無くカツヲやワカメ達、バグロムの姿。
 「バグロムだ! アリスタ軍はバグロムと手を結んでるぞ!!」
 叫ぶラマールの声は静かなこの街に大きく響き渡った。
 「「ウガガ?!」」
 うろたえるバグロム一行。
 同時に街の中には、陣内一行を中心として同心円状に緊張が走る!
 一瞬の沈黙の後、まるで蜂の巣を突ついた様に町の中でパニックが勃発した。
 そしてそれが、引き金が弾かれた瞬間だった。



 マルドゥーン山――そこは世俗を離れた神官の長、大神官の住まう地。
 水の大神官クァウールは中庭の池の前でしゃがんで、その中を覗いていた。
 その隣にはシェーラ、アフラの姿もある。
 久方ぶりにこの山に、三人の大神官が揃っていた。
 「おい、アフラ。止めなくて良いのかよ」
 シェーラが言うのは池の魚の喧嘩を止める訳でも、クァウールが寒中水泳を敢行するのを止める訳でもない。
 今、池はクァウールの水の法術によって水鏡の術が敷かれていた。
 エルハザードの水のある場所ならば、どこでもそこに映る映像が見えるという高等法術だ。
 水に映るのは緊張の続いていたイフランの街。
 とうとう戦いの発端が勃発したのである。
 街の中にバグロムが現れた,それだけと言ってしまえばそれだけだが、この街の緊張を切るには何か一つ起これば全てが崩れていく状態だった。
 今、イフランの街は押さえつけられていた不満と恐怖と、そして戦いへの渇望が渦巻き始める。ここを中心として、アリスタ、フィリニオン、カシュクが渦に巻き込まれて行く。
 まずはまるでこの状態を目の前で見ていた様に、国境のフィリニオンの軍勢が動き出した。
 ハマを駆り、イフランの街へと雪崩れ込むその数は4000。
 指揮官は旧バルバトス公の血族・シオン=バルバトス。
 4000の軍勢はあっさりとイフランの街を制圧,その後に100名にも満たない僅かな騎士のみを残し、撤退するアリスタ軍を追いかけ殲滅しつつ、街道の街を次々と制圧,首都へと向う。
 同時にやはり北のアンジェル地方で待機していたフィリニオン軍も動き出した。
 フィリニオンの軍の要・ブリフォー将軍とハルファス将軍の率いる騎馬隊2000。
 アリスタ公セルメタが首都セルメタを目指して背後から一気に駆ける!
 そしてアリスタとの国境で待機していたカシュク軍も動き始めた。
 神具を身に付けた神官戦士を主体とした軍勢、およそ2000。
 向う先はアリスタ最南端の街であり、聖石ヶ丘を有する街・ストールだ。
 遠距離にも関わらず組織的に動く三つの軍勢,雲の水の粒子から見下ろす映像を睨みながら、アフラは唸る。
 「この連絡系統には風の法術を使ってますな、多分これはこのお人の力ですわ」
 水鏡に映るのはハマを駆り、ストールに押し寄せる神官戦士軍の先頭に立った赤い髪の女性。シェーラの前の大神官にあたるクレンナ=クレンナだ。
 彼女のハマの後ろに腰掛けた涼しげな顔の、黒く長い髪を有した女性。アフラの先輩である前大神官ユフィールだった。
 アフラが指差すのはこのユフィールである。
 クァウールはシェーラとアフラの様子を一瞥,念を押す様に言った。
 「私達大神官は公平に力を与えなくてはなりません。人同士の己から望んで起こした戦いに関しては、止める権利を持っていませんわ」
 それは神官と各国の王族との間に取り交わされた古よりの暗黙の決まりごとだ。
 人知を超える力を持つ大神官を敵味方の視点で見てはいけない,いや見えるような状況を作ってはいけないということが大神官の努めるべき義務でもある。
 「クソッ,バグロム相手ならまだしも、どうして人同士で戦いやがる」
 拳を打ち鳴らし、シェーラは忌々しげに呟いた。
 彼女は映像の一つに映る男に言い放ったようだった。
 シオン=バルバトス。かつては誠とともに先エルハザード遺跡を冒険した仲である。
 彼は今、制圧したイフランの街で早くも戦いの残務処理に当たっている様だった。
 「これは勝負になりませんな」
 アフラは呟く。
 フィリニオンとカシュクの連合軍相手に、数の上では遥かに勝るアリスタの軍勢は早くも勢いを殺がれて行っている。
 いかんせん、錬度が違いすぎるのだ。
 アリスタはその地理的条件からバグロムとは戦いをしていない。
 一方のフィリニオンやカシュクの兵士は実際に命をかけた戦いを経験している。
 これは大きな差であった。
 「決まり、ですね」
 クァウールは無表情に呟いた。
 やがて三人の見つめる中、僅か半日で北から乗り込んだフィリニオン軍によってアリスタの首都セルメタはあっさり制圧されたのである。



 各所で剣戟が鳴り響き、怒号と悲鳴が木霊する。
 「ちょっと、どうなってるのよ、お兄ちゃん!!」
 「知らぬわ! ラマールの奴め!!」
 「イフリーテスがいないぞ」
 陣内と菜々美、イフリータはバグロム達を隠しながら混乱の最中にあるイフランの街の路地裏に身を潜めていた。
 と、声は背後から聞こえてきた。
 「お待たせ!」
 ラマールの声だ。
 彼の乗る乗り物を見て、菜々美は呟く。
 「……エアボート?」
 「ええ。騒ぎに乗じてアリスタ軍から接収してきました」
 「でかした!」
 「あー、もぅ! 死ぬかと思ったわよー」
 船上にはラマールにこき使われたのか、ぐったりとしたイフリーテスの姿がある。
 「乗り込め,さっさとこんな街を出るぞ!」
 陣内の掛け声に一同はエアボートに乗り込む。
 一行はイフランの街から南西に伸びる街道に乗って、混乱に騒ぐ街を後にしたのだった。



 ファトラは一軍をイフランの街からやや離れたところに待機させ、ロンズと数人の侍従を連れて街に入った。
 彼女がイフランの街に辿りついた時には、すでにあちこちに燻る煙はあるものの、すっかり落ちつきを取り戻した街並みがあるだけだ。
 「遅かったな」
 「そのようで」
 彼女は戦火の後始末をする住人に目を走らせつつ、その中にフィリニオンの騎士の姿を見出して捕まえ、責任者へと取次ぎをさせる。
 半刻後、一同はかつてはアリスタ軍が用いていた兵舎の詰め所に通された。
 「これはこれは、ファトラ王女様」
 彼女を向かえるのは短い黒髪の青年だった。腰に双剣を指している。
 「…シオンとか言ったな」
 「我が名前を覚えて頂けているとは、恐悦至極」
 ふかぶかと頭を下げる彼を、彼女は胡散臭そうに見つめた。
 「ここにいたアリスタ軍はどうなった?」
 「ご存知ありませぬか?」
 意外、そんな表情を作ってわざとらしくシオンはおどけて見せる。
 「たった今、アリスタ公セルメタは我等がフィリニオンとカシュクの連合軍により制圧致しましたよ」
 「何?」
 「アリスタ公は一族と連れて、戦いになる前にあっさりと国外へ逃げ出したそうですが」
 「……この戦いが何を意味しているのか、分かっておるのか?」
 「この戦いは長年、フィリニオンとカシュク、そして今は無きアリスタとの問題。ロシュタリアが関与することではありませぬ」
 ファトラの目には見つめられるだけで思わず目を逸らしてしまう威圧がある。
 対するシオンは真正面からそれを受けながら、あっさりと受け流していた。
 「ほぅ、よもやこのわらわの前でそのようなセリフを吐けるとはな」
 「もちろん、これだけでは戦を起こす理由にはなりませぬ」
 ニヤリ、微笑みながらシオンは続ける。
 「アリスタはバグロムと手を組んでおりました」
 「ほぅ、その証拠は?」
 「このイフランの街の多数の住民がバグロムを目撃しております。アリスタ軍兵士とバグロムが並んで歩いているところを」
 「ふむ、この街の住民全てが証人ということか」
 「はい。バグロムは人類の共通の敵。何においても排除すべき事項です」
 「それが建前、ということだな」
 「一介の将軍である私にはそのようなことは難しくて分かり兼ねますが」
 しばらく沈黙の時間が流れる。
 破るのはファトラだ。
 「ところでセルメタ公は一族を連れて国外へ逃げたといったな」
 「はい、グランディエへと脱出したとのことです」
 セルメタの西〜南西はグランディエと接している。だがグランディエと一言で言っても、広すぎる。
 「どこへ?」
 「さぁ、私にはそこまでは」
 その言葉は真実だろう。
 「そうか、邪魔したな」
 ファトラは不敵に微笑みながら、シオンの前を後にした。



 イフランの街を出たファトラに、ロンズは恐る恐る問いかける。
 彼には気付いていた、ファトラがこれから何を始めようとしているのかを。
 幼少より彼女を見守り続けていた彼だからこそ、それは分かり、また彼女の内面の揺れもまた感じ取っていた。
 「ファトラ様、いかがなさいますか?」
 「バグロムだと? フン,取って付けた理由,胡散臭いわ」
 毒づきながらファトラ。
 「しかしこの戦いをフィリニオン側に有利にするような理由は、どのようなものでも許すわけにはいかない」
 ファトラの意を決した視線はロンズに突き刺さる。
 「ロンズ,郊外で待機している騎士達の鎧に付いているロシュタリアの紋章を全て削り取れ」
 「は?」
 「各々、覆面を着用。半刻後に…このイフランの街を殲滅する! 誰一人として生かしてこの街から出すな!!」
 「ファトラ様……」
 うめく様にロンズ。
 「この混乱の最中、街の一つが消えたところで誰も不思議に思わんよ」
 乾いた笑いを浮かべてファトラは言い放った。
 「そうではなく…」
 「1000人を救う為には100人を殺す事が出来るのがわらわ王族じゃ。それを覚悟して、お主はついてきたのじゃろう?」
 手を汚す,ロンズはこの遠征に出る前に聞かされたファトラのそのセリフを思い出す。
 そして彼もまた、本当の意味で覚悟を決める。
 「はっ、直ちに指示の通りに」
 傾き始めた日の光に、ロンズの褐色の肌が黒さを増した様に見えた。



 グランディエ東部砂漠――
 エアボートの上で、誠は目を細めた。何かの影が、乾いた砂の大地に点々と散らばっていたのだ。
 誠は舵を制御し、そこへ近づいてみる。
 「うっ……」
 そして後悔。
 砂の上に散らばるのはバラバラにされ、乾き始めている死体だった。
 それも一つや二つではない、数十にも及ぶ。
 誠は横倒しにされた中型エアボートに目をやった。
 エアボートの中腹にはひどく目立つ紋章が描かれている。それに彼は見覚えがあった。
 「アリスタ公の船?」
 よくよく見れば、砂の上に散らばる調度品にしても、死体に僅かに付いている衣服にしても高級なものばかりであった。
 「でも何で? いや、一体何が?」
 横倒しにされた船には何か巨大な質量を持ったモノが衝突した跡があった。
 そしてバラバラにされた乗組員。
 誠の脳裏に犯人の姿がおぼろげに浮かんでくる。
 ザザザッ!
 と、彼の耳に何か砂の奥底から這うような音が届いた。
 それは次第に大きくなって行き……
 「ヤバイ、地走りや!!」
 慌ててエアボートに乗り込み、走らせる!
 風と地磁気を受けて浮き上がった小型エアボートはあっという間に凄惨たる現場を後にするが……
 ドバン!
 砂が吹きあがった,十数メートルの砂の柱が砂漠に一瞬にして立ちあがったかのように見えた!
 「ひぃぃ!!」
 誠は思わず悲鳴をあげつつ、エアボートの出力を最大に。
 シャシャシャシャシャ!!
 砂の柱は崩れ落ち、柱だったモノは身をくねらせながら砂の上を滑るようにして進む。
 巨大なミミズだった。
 ミミズが追うのは無論、誠のエアボート。
 このグランディエの大砂漠には地走りという名の肉食ミミズが存在する。
 彼らは僅かな砂の振動で動く物を感知し、呑みこむのだ。そして体の中である程度粉砕した後、体液だけを吸い取り残りを放出する。先程の死体は吸われた跡だったのだ。
 「お、追いつかれる?!」
 ミミズがその十数メートルに及ぶ巨大な体で砂を蹴り、エアボート目掛けてジャンプした!
 ミミズの影が、誠とエアボートを覆った。
 その時だ!
 ドン!
 腹の底から響く音と共に、巨大ミミズはあらぬ方向――横へと吹き飛んだ。
 「え?!」
 砂の上で動かなくなったミミズと、そして反対側に立つ幾十もの騎影に誠はエアボートを止めた。
 騎影の中から一つ、大きなそれがエアボートに近づいてきた。
 「大丈夫か、少年」
 「貴方は?」
 「ワシはサンタバレヌスという者じゃ」
 それは白い豊かな顎鬚を蓄えた、巻頭衣の下に甲冑を纏った老戦士だった。
 そして誠は彼を知っていた。
 「グランディエ国王……サンタバレヌス?!」
 どこかストレルバウを思わせる好々爺の微笑みに、誠はただ驚きを禁じえなかった。



 夕焼けの赤に炎の赤が混じる。
 街が燃えていた。
 戦いの余熱の燻るイフランの街に火が放たれたのは、所属不明の兵士達が街を包囲しつつ女子供も問わずに虐殺し終えた後のことである。
 この街に残されていた少数のフィリニオンの騎士達はよく闘ったが、いかんせん数が違いすぎる。
 その街の中、かつてのアリスタ兵士の詰所に一組の男女の姿があった。
 しかし決して愛し合った男女が共に焼身自殺を望んでいるような雰囲気ではない。
 「ここまでやりますか、ファトラ姫」
 燃え盛る炎に囲まれた部屋で、シオンは額に汗しながら目の前の姫将軍に抗議の意図をはらんで言い放った。汗は決して熱いからというだけではないだろう。
 「ここまでやる覚悟は無いのか、お主には?」
 対するファトラは涼しげに、いや氷の冷たさを以って問う。
 「私は貴女を見くびっていた様です。そのお顔に騙されましたよ」
 「フッ……もっとも最近はわらわにも、どこぞのお人好しがうつりそうではあったがな」
 表情だけは笑みにして、彼女は手にした得物を握り直す。
 ファトラの握り締めるは血と炎の赤に染まった白刃。
 僅かに湾曲している片刃は、切ることを目的とした刀に属する武器だ。
 対するシオンは腰の二本の長剣を抜く。
 黒い刃だった,その刀身は光すら照り返さない。全てを呑み込む黒い刃。
 「お主にはここで死んでもらうのが一番のようだ」
 煌く白刃,受け止めるシオンの黒刃は一本。
 それはシオンがまだファトラを甘く見ていた結果だった。
 「グゥ!」
 シオンの黒刃はファトラの重たい剣戟に耐えきれず、肩の位置まで下がる。
 赤い飛沫がファトラの白い頬に数滴、広がった。
 「…強い」
 「当たり前のことを言うな」
 右肩に深い傷を負ったシオンは左手一本でファトラを牽制する。
 「お主のところの可愛いだけのお姫様とは違うのじゃよ」
 「あの人のことを何も分からずに言うな!」
 ギィン!
 シオンのうまく動かないはずの右腕からの一撃をギリギリの所で受け止め、ファトラは珍しく驚いた表情を浮かべた。
 「ほぅ、そこそこやりおるな、だが、ここまでだ」
 「姫様!」
 ファトラの背後からはロンズ達一行,応援に駆け付けたのだ。
 さすがに不利を悟ったシオンは後に数歩。
 そこに一陣の風が駆け抜けた!
 「ユフィール!」
 「あら、シオンさん,貴方らしくもない」
 黒髪の元大神官の出現にファトラは一層の警戒を強めた。
 そして合点が行く。
 「なるほど、お主がフィリニオンにはついておったのか。なるほど、連絡系統はしっかりしておる」
 「お久しぶりでございます、ファトラ様」
 炎の中、恭しくお辞儀するユフィール。
 「お久しぶりのところ、申し訳ありません。急いでおりますので、これにて失礼致します」
 一言言い残し、
 風が吹く。
 「イフランを早々に離脱する! 我々の痕跡を残すな!」
 「「ハッ!」」
 そして無人となった兵舎はやがて他の建物と同じく焼き崩れて行った―――



 砂漠の夜は昼とその温度は逆転する。
 すなわち氷点下にまで下がるのだ。
 夕闇の中、誠はサンタバレヌス達をその現場に案内していた。
 砂の上に散らばる残骸は闇のお陰で暗く陰り、さながら奇妙なオブジェの様に見える。
 「これは…」
 老戦士は転がる生首の一つを見やった。
 その表情に驚きの色が広がる。
 「アリスタ公爵ではないか」
 「え?!」
 傍らで誠はさすがに驚きの声を上げる。
 「何故こんな所に?」
 「分からぬが……運の無い者達だ」
 そこで興味が失せたのか、サンタバレヌスは朽ちた首をその場に投げ捨て辺りを見渡す。
 彼の部下が壊れたエアボートを調べていたりする以外、動く影はなかった。
 「誠殿はグラスノーツに向うのだったな?」
 「ええ」
 「では一緒に行こうかの、誠殿」
 老戦士は死者には目をくれず、生者に目を向けそう笑った。



 フィリニオン興国首都アイオン。
 夜も更けたというのに、王の間には二人の女性の姿があった。
 「ご苦労様です、ユフィール様」
 「これからですよ、ミュリン」
 「ええ、分かってます。いかにロシュタリアを牽制するか」
 ミュリンの表情が一瞬にして女王のそれに戻る。
 「ガナンやカシュク、北方自治都市の支援を仰ぎます。またエランディアとの距離を短く、グランディエを刺激しないように外交を進めることにしましょう」
 「最悪の場合、戦いになることもお覚悟を」
 「ええ、それはすでに生まれた時からしていますもの」
 微笑むミュリン。それをユフィールは寂しそうに見つめた。
 「例えロシュタリアを敵に回しても、私はこのフィリニオンの民の為に命を賭しますわ。それが私がこうして生きていることへの恩返しですもの」
 まるで自らの言葉に縛られる様に、ミュリンは思いながらもその感覚に身を任せていた。
 亡き父と母の意思と、今己が生きている偶然を噛み締めながら………



 彼らがグラスノーツに辿りついたのは翌日の昼頃だった。
 「戻ったぞー」
 「オヤジ?!」
 「お帰りなさいませ」
 老王の声に青年と、女性の声が返ってくる。
 そして、
 「こんにちは」
 「あ、水原くん!」
 巻頭衣の青年の姿に女性は僅かに驚く。
 銀髪のショートカットを風に揺らしながら、砂漠の民には見られない茶色の瞳を薄い眼鏡の奥から彼を見つめた。
 「シャーレーヌ…さん?」
 自信なさそうに誠は問う。
 「ええ、お久しぶり」
 微笑む彼女に、誠はようやく安心した様に微笑んだ。
 彼の知る同名の女性とは似ても似つかない姿になっていたのだ。
 そんな2人の様子を眺めながら、サンタバレヌスは息子のフレイアに告げる。
 「ワシはちょいと疲れた。夕方には起きる」
 「帰ってきていきなり寝るのかよ……」
 愚痴る青年の年の頃は20歳くらい,灰色の髪に浅黒い肌を持った活発そうな、典型的な砂漠の民だ。
 欠伸をしながら城の奥へと姿を消す老人を見送りながら、彼――フレイアは誠に笑いかけた。
 「遠いところを遥々、大変だったね。お疲れ様」
 「そんなことあらへん,丁度良い息抜きになりましたわ」
 「息抜きで死にかけちゃ、意味ないけどね」
 シャーレーヌがサンタバレヌスから早くも聞かされていたのだろう、ボソリとツッコむ。
 「「きっついなぁ」」
 誠とフレイアは苦笑いを浮かべながら、老王とは反対側の廊下を進んで行った。



 心地好い風の吹き込むテラスにテーブルと椅子が三つ、置かれていた。
 テーブルの上には芳ばしい香りの放つお茶の入ったカップが三つ,そして同じ数だけのケーキの載った皿。
 「久しぶりやなぁ」
 目を細めて誠はシャーレーヌに言った。
 「そうね、私がロシュタリアを出て以来だものね」
 「眼鏡、変わったんやね」
 誠はロシュタリアの学院にいた頃の彼女の牛乳瓶の底のような眼鏡を思いだし、しみじみと呟く。
 「ええ、誰かさんのお陰でね。踏み潰さちゃったのよ」
 ころころ笑いながら答えるシャーレーヌ。
 答えと同時にフレイアの体が強張るのを、誠は見逃さなかった。
 「お菓子、食べるか?」
 フレイアはおずおずとシャーレーヌに自らのケーキの載った皿を薦める。
 「ええ、頂きます」
 当然の如く受け取ったシャーレーヌに、誠は話題を変えようと、ふと再び質問を口にした。
 「髪も短くなったんやね」
 学院にいた頃は後ろで編み上げていたのを思い出し、笑いながら問う。
 「ええ、誰かさんのお陰でね。ランプの火で焼かれちゃったのよ」
 やはり笑いながら言う彼女に、フレイアの顔が青くなるのを誠は知った。
 「お茶、入れてくるよ」
 そそくさと逃げ出す様に席を立つフレイア。
 その後ろ姿を見送りながら、誠は目の前の女性にしみじみ呟いていた。
 「自分、なんと言うか…明るくなったなぁ」
 「ええ、誰かさんのお陰でね」
 「そか」
 誠はお茶を啜る。
 それはまだまだ彼の口には熱いくらいだった。



 ロシュタリアはフリスタリカ――
 「ファトラ様より戦況の結果が早馬にて届きました」
 老賢者ストレルバウはそう言って、羊皮紙の束をルーンに手渡す。
 その表情は鋭い。
 対するルーンからはほのぼのとした雰囲気が辺りを包む様にして広がっていた。
 ルーンは羊皮紙を読み進め、そして表情一つ変えずに呟く。
 「そう、イフランの街を消したの。でもこの事実はあの子とってまだ業が重過ぎるでしょうねぇ」
 僅かに微笑みつつ、ルーンはストレルバウを見る。
 「戦争を起こすのは得策と思うかしら?」
 「なるべく避けた方がよろしいかと」
 賢者は即答。
 戦争――すなわちロシュタリアと、フィリニオン−カシュクの二国に対してのそれである。
 「けれどフィリニオンとカシュクに、このまま黙ってアリスタをあげる訳にはいきませんわ。折りしもつい先日、各国の協力体制を約束したばかりですのに」
 困った,それを示すジェスチャーをルーンがすると、どうも緊張感が欠ける。
 「経済的に制裁を与えるのが一番の策かと存じます」
 「そうね,彼らが正論たる証拠は、例え微細な物であってもファトラがしっかり始末してくれましたし」
 僅かに笑ってルーンは続ける。
 「けれどロシュタリアの面子を潰してくれたことに対しての罰を加えると、それだけでは甘すぎるのではないかしら?」
 ストレルバウはのほほんとしたルーンのセリフの中に会間見えた、何か恐ろしい存在に背筋が凍りつく。
 「それでは…いかがされますか?」
 「取り敢えずはファトラの動きを今しばらく見てみるとしましょう,けれどあの子も調子に乗って返り討ちにされなければ良いのですけど…ね」
 扇子を開き、口元を隠しながらルーンは言った。
 「私の為に自ら身を投げ打つなんて、ホントに良い子……あの子の為ならば、私は何度でもこの手を汚す事が出来るわ」
 「ルーン様…」
 ルーンは立ち上がる,慌ててストレルバウもそれに倣った。
 「ますはフィリニオンとカシュクの首脳を至急召集なさい,今後の処置を話し合いましょうか」
 扇子を閉じたルーンの口元は、いつもと変わらぬ微笑が浮かんでいるだけだった。

To Be Continued... 



キャラクター考察・第六回『菜々美&イフリータ』

 陣内 菜々美は誠の幼馴染み,異世界人であり、アレな陣内 克彦の妹です。
 彼女の得意技は料理。異能力は『幻影族を見破る』こと。
 もともと行動力に溢れ、この点に関しては兄と非常によく似た性質を有していますね。
 趣味はお金を稼ぐことというよりも、仕事を成功させることの様に思えます。
 エルハザードにおいてもっとも過酷な状況で放り出されて(砂漠の中)、生き繋いでいる彼女はこの作品で一番人間らしいキャラクタではないでしょうか?
 状況が過酷であればあるほど、彼女は本領を発揮する気がします。逆境に強いというか、本番に強いというか…
 当作品においては、フリスタリカにて地球風味付けを駆使した『東雲食堂』を開業し、起動に乗っている様です。また副業で色々やってはいる様ですが、5年後、10年後には彼女の傘下に加わる商店なんかがボロボロと出てきそうです。
 誠の幼馴染みである彼女は、もちろん誠には特別な感情を抱いているのですが…果たして表現できる日が来るのか否か!?
 今回は記憶を失っていたカーリアを拾った彼女が、そのおとしまえとして保護者の立場と、何より彼女との約束に従い、機能を停止させる旅に出ています。
 義理・人情には篤いと思われる彼女が、もしも目的の為には手段を選ばなくなったとしたら…策士としての能力値は兄に匹敵するのではないでしょうか?


 そしてイフリータです。彼女はユバ=ユーリウスによって目覚めた量産型イフリータの一機です。
 誠の知るイフリータと同じ構造ですが、ユバとの交流が甘かったのか,感情というものが薄い様です。兵器か人間かと比べると、兵器側に傾きそうですね。
 そんな彼女も色々あって、当作品ではナバハスに住む少女・マリエルと出会い、彼女を通して徐々にではありますが感情を覚えていっているようです。
 マリエルは徳間AM文庫にて登場しておりますのでそちらを参照下さい。っつうか必見でしょうね(笑)。
 主による指令ではなく、己自身の判断でマリエルとともに生活するイフリータ。
 そんな彼女が過去の忌むべき敵・カーリアに遭遇し、かつマリエルの住むこの世界が危険に晒されていると知らされたら…
 果たして彼女はどういう行動に出るのでしょうか?


 菜々美はイフリータの鬼神としての破壊の『力』を。
 イフリータは菜々美の世間で巧く渡って行くという『力』を。
 お互いに利用し、される関係となりそうです。ドライながらも非常に機能的なタッグかもしれません。


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